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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


武人、川路聖謨(かわじとしあきら)に学ぶ

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大事件ががあっても、口先だけでいい加減なことを言ってごまかすだけで責任をとらないどこかの国の官僚とはわけが違うのです。
常に全力で命がけで行政を預かってきたのが、日本の官僚であり政治家です。
そのひとつの例が、川路聖謨という人物にあります。


20190529 川路聖謨
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


川路聖謨(かわじとしあきら)は幕末の幕府の勘定奉行です。
幕府の勘定奉行は、寺社奉行、町奉行と並ぶ「三奉行」のひとつです。
彼は、勝海舟と西郷隆盛による、江戸無血開城の翌日、ピストルで自殺しました。
遺体は、すでに作法通りに見事に自分で腹を斬ってあり、そこにサラシを固く巻いたうえで、こめかみに銃を当て、自らの命を絶っています。

もし川路が生きていれば、明治も違ったご治世になったかもしれないと言われました。
川路聖謨の心に常にあったのは、
「ご政道に関わる者、
 常に「命がけ」で事にあたるべし」
でした。



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水雷艇気質と武士の戦場 佐藤康夫中将伝

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難局に
男冥加と突入す
なるもならぬも
神に任せて


駆逐艦「朝潮」
駆逐艦朝潮


以前働いていた会社の専務は、もともと貨物船の乗組員だった人でした。
その専務が船員だった昭和40年代の頃のお話です。
当時、南米に行くと、とにもかくにも日本人というだけで、大モテにモテたそうです。

ある港にすごい美人がいて、一晩中、遊んでもらったのだけれど、お礼にとお金を渡そうとすると、どうしてもいらないという。
仕方がないから、せめてものお礼にと、着ていたTシャツを1枚をあげてきたのだけど、どうしてだったと思う?というわけです。

その娘さんは、大好きなおばあちゃんがいて、そのおばあちゃんが昔、若かったころ、日本人の船員さんに何度も助けられたのだそうです。
それは明治の中ごろのことです。

当時の東南アジアや南米の港町は、白人天国でした。
絶対的支配階層である白人に対し、現地の人々は人間としてすら認識されなかった、そういう時代でした。
黒人や東洋人は、魚や虫と同じで、
「痛覚がないのだ」
と本気で信じられていた時代です。
ですから有色人種の男性は、ただの労働力としての家畜と同じ扱いだったし、女性もただの道具とみなされていました。

とりわけ港町は、気の荒い白人たちが集まるところで、白クマのような毛むくじゃらの白人の大男が、大酒を飲んでは暴れまわる。
そういうところに、海軍の軍服を小ざっぱりと着こなした、現地の人たちと同じ有色人種の日本人が、訓練航海のために港に上陸するわけです。


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20190317 MARTH





金門島の戦いと根本博陸軍中将

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根本中将とこれに従う武人たちの働きは、蒙古に4万の邦人の命を救い、北支では35万人の邦人の生命を守り、金門島にあっては廈門(アモイ)20万と、台湾1千万の命を守り保護しました。

そして自らはそうした功績を一切誇ることもなく、何も語らず、一人の老人としてその生涯を閉じています。

これが鍛え上げられた昭和の陸士の姿です。


根本博陸軍中将
20161220 根本博
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鍛え上げられたひとりの将帥の鉄の意思と行動が、ときに何千、何万という幾多の命を救うという話を書いてみたい。
偕行でも過去何度か採上げられている根本博陸軍中将のことである。

根本中将は、陸士23期で、終戦のときには駐蒙軍司令官としてモンゴルにいた。
このときの顛末については、偕行19年10月号の中山隆志氏の論文に詳しい。
以下概略を述べると、終戦後にソ連の機械化旅団が攻めて来た。
駐蒙軍は軍使を出して2日間の猶予を願った。
4万人近い在留邦人(民間人)がいたからである。

けれどソ連は聞き入れなかった。
一方ではChina派遣軍から「即時停戦、武装解除」の命令が来ている。
このとき根本中将は一つの決断をしている。
「民間人を守るのが軍人の仕事である。その民間人保護の確たる見通しがない状態で武装解除には応じられない」
「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ軍は断乎これを撃滅すべし。責任は一切司令官が負う」との命を発したのである。

前掲の中山氏の文を引用する。
「この決意を聞いた丸一陣地の将兵の士気は一気に高揚した。
 既に祖国の敗戦を知りながら、邦人を守るために戦うのである。
 20日午後及び夜間に、ソ蒙軍が攻撃してきたが反撃して撃退した。
 21日は各方向から一部陣地内に突入したソ蒙軍と白兵戦を交え、
 奪還攻撃をかけ、
 迂回して陣地後方要点を占領しソ蒙軍を撤退」させた。

そしてこの日の夕方には、張家口に集まった邦人全員の引揚げを完了させている。
この戦いで戦死・行方不明となった70名は顕彰されることはなかったが、間違いなく駐蒙軍は、4万人の命を救ったのである。



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20190317 MARTH




野中兼山に学ぶ日本人の生き方

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善であれ悪であれ、いつの時代であっても現状を変えようとする者は必ず叩かれます。
なぜなら現状には必ず既得権益層があるからです。
とりわけ我が国における善は、民衆をこそ「おほみたから」とするものです。
自分だけが利益を得ようとする人たちからすれば、その動きは社会の敵、彼らの敵となることを意味します。
それでも誠実に戦う。
先人たちは、それを実践してきました。
それが勁(つよ)い日本を取り戻すことだからです。


野中兼山像 (長岡郡本山町「帰全山公園」)
野中兼山
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昭和9(1934)年9月21日に午前5時頃、高知県室戸岬付近に上陸した室戸台風は、西日本を中心に大きな被害を及ぼした台風として知られています。
この台風が室戸岬に上陸したときの中心気圧は911ヘクトパスカルです。
これは日本本土に上陸した台風のなかで、観測史上最も上陸時の中心気圧が低かった台風で、その記録はいまだに破られていません。

最大瞬間風速、毎秒60メートルと記録されているのですが、実は大阪管区気象台所属の室戸岬測候所が、風速60メートルを記録したところで観測機が風圧で壊れてしまったのです。
ですから実際には、もっとすごい強風であったわけです。

室戸台風は、四国・高知県の室戸岬に上陸した後、大阪と神戸の間に再上陸しました。
阪神地区への上陸は、満潮時と重なったため、4メートルを超える高潮が発生し、大阪港は、わずか30分で2メートルもの海水が流入し、浸水は大阪城付近にまで及んでいます。

暴風が最大規模に達した午前8時には、小学校などの木造校舎が一瞬にして粉砕崩壊し、中にいた児童や職員、心配して迎えに来た保護者に多数の犠牲者が出ています。
このときの被災者の慰霊のために、大阪城公園に慰霊塔(教育塔)が建てられています。
こうして室戸台風は、死者2702人、行方不明334人、負傷者14994人という大惨事をもたらしました。

ところがこの室戸台風が先に上陸した高知県の室戸では、室戸台風が最大勢力の時点で上陸しているにもかかわらず、高潮や暴風による被害がまったく出ていません。
室戸岬のすぐ近くにある手結内(ていない)港、津呂(つろ)港などは、室戸台風が最大勢力で上陸している・・・つまり阪神地区を襲ったときよりも、もっと勢いが強い状態で上陸しているのですが、港も各戸も、まるで被害が出ていません。

それはなぜでしょうか。
その理由が、室戸台風がやってきたときよりも250年も昔の土佐藩家老、野中兼山(のなかけんざん)にあります。


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20190317 MARTH



誰も見ていなくても約束を守る日本人の美意識

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上村松園画『静御前』
20180105 静御前


よく時代劇などで、大奥のお女中たちなどが、忍び込んだ曲者に気がついて、薙刀(なぎなた)を持って頭に鉢巻を絞め、
「曲者(くせもの)でございます。
 お出会えそうらえ」
などといって廊下をバタバタと走る姿などが描かれます。

武家の娘といえば、まさに薙刀が定番だったわけですが、なぜ、江戸時代の武家の娘さんたちが薙刀を習ったかというと、実は静御前への憧れからきていたといわれています。
静御前といえばいまでいうダンサーである白拍子(しらびょうし)だった女性であり、源義経とのロマンスが有名ですが、同時に彼女は当時の世を代表する薙刀の名手でした。
武家の女性たちにとって、まさに静御前は永遠の憧れだったし、だからこそ、彼女たちは静御前に倣(なら)って薙刀を学んだのです。
おそらく静御前は、日本史上もっとも多くの女性から愛され続けた女性であろうと思います。

実は、この薙刀、たいへん強力な武器で、相当腕の立つ剣道の達人でも、女性の扱う薙刀の前に、手も無くやられてしまうことがあります。
そういう意味では、江戸の武士たちは、もっとも強力な武器をむしろ女性たちに与え、自分たちはそれより弱い大刀を腰に差していたともいえるわけです。

その静御前は飢饉の際に「雨乞い神事」を行い、ただひとり雨を降らせることができた「神に届く舞」を踊れる白拍子として、後白河法皇から「都一」のお墨付きをいただいた女性です。
この神事のとき後白河法皇の側にいた源義経は、静御前のあまりの美しさに心を打たれ、その場で御前を妻に娶(めと)ることを願い出ました。以来二人はずっと寝起きをともにしています。

けれど京の都で雅な生活をする義経は、鎌倉にいる兄の源頼朝に疎まれ、ついに京を追われてしまいます。
京を出た義経一行は、尼崎から船に乗って九州を目指すのですが、暴風雨に遭って船が難破してしまい、一行は散り散りになってしまいました。


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20190317 MARTH



藤堂仁右衛門と武士道

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欲ボケしたような身勝手な個人主義の日本人では、せっかく親日包囲網が確立されても、その包囲を日本人自身で取り壊すことになってしまうのです。
だからこそ、日本人自身がこれからますますもっと心身を引き締め、立派な日本人、立派な国家となっていかなければならないのだと思います。


20190313 蓮の花
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関ヶ原の合戦のときのことです。
伊勢・伊賀32万石の大名であった藤堂高虎の家臣に、藤堂仁右衛門(とうどうにえもん)という人がいました。
藤堂仁右衛門は、激しい戦いの中、水を飲もうと谷川に降りたところ、そこで敵の大将、大谷吉継の重臣である湯浅五助(ゆあさごすけ)に出会いました。
さても勇名で鳴らした湯浅五助です。
「いざや、尋常に勝負!」と藤堂仁右衛門は、手にした槍を持ちかえました。

すると湯浅五助は、「いや、待たれよ」という。
「実はいま、主(あるじ)の大谷吉継の首を埋めているところでござる。勝負はするが、貴殿を見込んでお願いがござる。主人の容貌は、腐りの病で見るに耐えぬほどになっている。首を晒されたなら天下に醜貌(しゅうぼう)を晒すことになろう。ついては首を埋めたこの場所を、どうか他言しないでもらいたい。我が願いを聞き届けとあらば、よろこんで槍を合わせよう。」というのです。

主君を思うその気持ちに打たれた藤堂仁右衛門は、「委細承知」と答え、五助が首を埋め終わるのを待ちました。
そして尋常に勝負し、見事、五助の首をあげました。

関ヶ原の戦が終わり、大谷吉継の首探しが始まりました。
ところが、どこをどう探しても、首が見つかりません。
そこで家康は五助を討った藤堂仁右衛門を呼び出しました。
「何か手がかりを知っているのではないか。」

問われた藤堂仁右衛門は、家康に向かって言いました。
「吉継殿の首の在処は存じております」
「ではすぐにこれへ持ってまいれ」

ところが藤堂仁右衛門は、首を横に振りました。


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「なにくそ」という負けない心を早川徳次に学ぶ

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今日の記事は、シャープの創業者の早川徳次さんの物語ですが、最後までお読みいただくと、きっとみなさんの中に、新しい何かが生まれると思います。

すこし長文ですが、是非最後までお読みいただけたらと思います


20190228 早川徳次
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 「なにくそ」という言葉は、漢字では「何苦礎」と書くのだそうです。「何ごとも苦しいときにこそ基礎をつくる」という意味です。この言葉通りに実践し、成功をおさめたのがシャープの創業者の早川徳次(はやかわとくじ)です。

 シャープの本社は大阪にありますが、もともとはこの会社の創業は東京です。早川徳次も生まれは東京日本橋です。生家は商家でしたが、家業が衰退し、母親も病気になって、徳次は二歳半で出野という家に養子に出されています。出野家の養母は徳次少年を非常に可愛がってくれましたが、その養母が徳次が五歳のときに亡くなります。
 次に出野家に入ってきた後妻がとんでもない「伝説の女性」で、まだ子供だった徳次を殴る蹴るはあたりまえ、真冬に公衆便所の糞つぼの中に突き落として放置したりもしたそうです。泣き声を聞きつけた近所の人々が助け出したのですが、糞尿まみれでおぼれかけて半死半生、もちろん全身糞まみれの徳次少年を、後妻は眼を吊上げて井戸端(いどばた)に引きずると、厳寒の中で罵声とともに冷たい井戸水を浴びせ続けたそうです。近所の人たちは、あきれはててものもいえなかったといいます。

 そんな日々ですから、徳次少年は、食事もしばしば与えられません。それどころか「お前に勉強なんか贅沢だ、働け!」とばかりに、小学校も二年で中退させられてしまいました。
 あまりの酷(むご)さに、みかねた近所の井上さんという盲目の女行者(おんなぎょうじゃ)が、徳次少年の手を引いて飾り職人の家に丁稚奉公に連れて行ってくれました。井上さんは修験道の信仰をされていた女性ですが、徳次は晩年になっても、「あの時の井上さんの手のぬくもりを、私は生涯忘れる事が出来ない」と述懐しておられたそうです。この一言は重いものです。よそのおばさんの手のぬくもりが、それほどまでにあたたかく感じたというのです。それほどまでに徳次少年は、つらい毎日を送っていたということです。


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*引用・転載について
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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