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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


夏の怪談

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古いものを、上から目線で馬鹿にして、泣いて喚いて論点をずらして、いつの間にか被害者のポジションをゲットするというのは、まるでどこかの国のようですが、小泉八雲のように、謙虚に日本の古典を見直すとき、そこにはこれまで知り得ることのできなかった、論理的な世界が広がっているといえるのかもしれません。


20190727 抜け首
画像出所=https://bibi-star.jp/posts/1788
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


五百年ほど前のことです。
九州の熊本の菊池家の侍臣に、磯貝平太左衞門武連(たけつら)と云う人がいました。
代々武勇にすぐれた家柄で、生れながらに弓馬の道に精通した猛者で、その力量は非凡、子供の頃にすでに剣道、弓術、槍術の腕前で師匠を超え、長じては永享年間(1429〜1441)の乱で武功をあらわして、たびたび誉(ほまれ)に授(さず)かっています。

ところが主家の菊池家が滅亡してしまいます。
磯貝平太左衞門はほかの大名に仕官(しかん)する道もあったのですが、前の主人に心が残っていたこともあるし、どうしても自分のために立身を求めようという気になれません。
結局彼は浮世(うきよ)を捨てて剃髪して僧になりました。
そして名を囘龍(かいりゅう)とあらためて、諸国行脚に出かけたのです。

もっとも僧衣の下には、いつでも武士の魂が生きています。
昔、危険をものともしなかったと同じように、いままた難苦(かんく)をものともしません。
天気や季節にも頓着(とんちゃく)なかったし、ほかの僧侶達があえて行こうとしないところにさえ、仏の道を説くためにとよろこんで出かけていきました。

この時代は暴戻乱雑(ぼうれいらんざつ)の時代です。
たとえ僧侶の身でも、一人旅は安全とはいえません。
そんななかではじめての長い旅となったある日、囘龍(かいりゅう)は甲斐の国の山間部に居ました。
そこは村から数里離れた、はなはだ淋しいところです。
夕方にになり、星の下で夜を明かす覚悟をして、路傍に適当な草地を見つけて、そこに臥(ふ)して眠りにつこうとしました。

彼はいつも喜んで不自由を忍べる人で、布団がないときは、裸の岩が彼にとってのよい寝床になり、松の根がこの上もない枕になりました。
彼の肉体は、まるで鉄(はがね)のようでしたから、露や雨や霜や雪になやむことさえなかったのです。

こうして横になっていると、斧(おの)と大きな薪(まき)の束(たば)を背負って道をやって来る人がありました。
その木こりは横になっている囘龍(かいりゅう)を見て立ち止まると、しばらく彼を眺めて、驚きの調子で言いました。



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20190317 MARTH


根本博陸軍中将(北支と台湾を救った戦神)

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根本中将とこれに従う武人たちの働きは、蒙古で四万の邦人の命を救い、北支では三十五万人の邦人の生命を守り、金門島にあっては廈門(アモイ)二十万と、台湾一千万の命を守ったのです。そして自らはそうした功績を一切誇ることも語ることもなく、一人の老人としてその生涯を閉じています。これが鍛え上げられた昭和の陸軍士官の姿です。


20190726 根本博
画像出所=https://ameblo.jp/jtkh72tkr2co11tk317co/entry-12396826806.html
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根本博中将は終戦のときには駐蒙軍司令官としてモンゴルにいました。
終戦後にソ連の機械化旅団がそこに攻めて来ました。
このとき根本中将はソ連軍に軍使を出して二日間の攻撃猶予を願っています。
四万人近い在留邦人がいたからです。

ところがソ連軍は聞き入れません。
一方で軍司令部からは根本中将のもとに「戦争が終わっているので即時停戦、武装解除」の命令が来ていました。

このとき根本中将は、
「民間人を守るのが軍人の仕事である。
 その民間人保護の確たる見通しがない状態で
 武装解除には応じられない。
 理由の如何を問わず、
 陣地に侵入するソ軍は断乎これを撃滅すべし。
 責任は一切司令官が負う」

との命令を発しています。

根本中将旗下の将兵の士気は高く、二〇日午後及び夜間のソ蒙軍の攻撃を反撃して撃退、二十一日には各方向から一部陣地内に突入したソ蒙軍と白兵戦を交えてソ蒙軍を撤退させています。
そしてこの日の夕方には、張家口に集まった邦人全員の引揚げを完了させています。
戦いに先立って、根本中将は居留民避難のための列車を手配をしていたのです。
しかも各駅にはあらかじめ軍の倉庫から軍用食や衣類をトラックで運ばれ、避難民たちが衣食に困ることがないようにしていました。

当時、張家口から脱出した二十五歳(当時)だった早坂さよ子さんの体験談には次のように記載されています。
「張家口はソ連邦が近いので
 ソ連兵が迫ってくるという話に戦々恐々とし、
 五歳の女子と生後一〇カ月の乳飲み子を連れてとにかく、
 なんとか日本に帰らねばと思いました。
 駅に着きますと貨物用の無蓋車が
 何両も連なって待っており、
 集まった居留民は皆それに乗り込みました。

 張家口から天津まで普通でしたら
 列車で七時間位の距離だと思いますが、
 三日間かかってやっと天津へ着くことが出来ました。
 列車は万里の長城にそって走るので、
 長城の上の要所々々に
 日本の兵隊さんがまだ警備に着いていて、
 皆で手を振り、
 兵隊さんたち、無事に日本に帰ってと祈りました。」


同じ時期、他の地域では、在留邦人が女子供ばかりのところを襲撃されて皆殺しにされたり、ソ蒙軍の兵士から暴行を受け、あるいは地元民に襲撃されて所持品から着衣まで奪われたりした情況からすれば、張家口からの邦人避難民が「手を振りました」とは、もちろん難民としてのご苦労や不自由はあったろうけれど、いかにもみやびなことです。
そしてこれができたのは、間違いなく軍の将帥としての根本中将の断固たる意思と、その将を信頼して勇敢に戦った兵士たちの活躍でした。



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朝顔につるべ取られてもらひ水

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日本人は民度が高いと言われています。
私も、そうだと思います。
けれど、その民度の高さは、DNAのなせる業というだけでなく、やはり教育による影響が大であったと思います。
だからこそ、本来の日本の教育を取り戻すことは絶対に必要なことなのです。


20190725 朝顔につるべ取られてもらひ水
画像出所=https://ameblo.jp/aoiwasi-k135/entry-12290699977.html
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以前、国民学校小学4年生の国語教科書から「軍犬利根」のお話をご紹介した際に、以下のように書かせていただきました。
*****
戦前に「尋常小学校」と呼ばれた小学校は、昭和16年から「国民学校」と名前が変わりました。
だから「戦争のために戦時意識高揚のために変えた」と戦後左翼から攻撃されました。
その攻撃はGHQが火付け役になってもいました。

ところが実際に国民学校の教科書を見ると、全然軍国主義教育、国粋主義教育になっていないのです。
このことは、また日をあらためて別な稿に書きますが、むしろその教科書から伺えることは、「いま、大人たちは間違って戦争をしてしまったけれど、君たち少年少女が大人になったとき、決してそうした「戦争」という手段を用いることなく国を護れる、そういうことができる大人に育ってもらいたい」という、明確なメッセージが、そこここに埋め込まれているのです。

なんと、国をあげた戦いの最中に、日本は「戦争をしない国つくり」のための教育を子供達にしていたのです。
涙が出ます。

*****

今回はそのことについて、国民学校の小学6年生向けの国語教科書『初等科國語七』に掲載された俳句をもとに書いておきたいと思います。



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20190317 MARTH


18歳未満閲覧禁止『Sさんの体験談』

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日本人は、正しい目的を達成するためには、目的を遂げようとする者自身が、正しく生きなければならないと考えます。しかし世界には、何をしようが目的さえ遂げれれば良いと考える国や民族があることを、私達は歴史に学ばなければならないと思います。
歴史は繰り返すと言いますが、絶対に繰り返してはならない歴史もあるのです。


東京朝日新聞記事
20190724 東京朝日新聞
画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


このお話は、調寛雅著『天皇さまが泣いてござった』に所蔵された「Sさんの悲劇」の転載です。
毎年この時期にアップさせていただいています。
内容から18歳未満および女性の方は閲覧禁止とさせていただきます。

これは実際に事件を体験なさった日本人女性の目撃談です。
文中に出てくるSさんのお名前は「佐々木てん」さんと言います。
日本にいたときにChinese男性の妻となり「Chineseとして」通州で働いていました。
そのSさんの目の前で事件は起こりました。
文中に記載はありませんが、旦那のChineseは、もともとChinaのスパイであったといわれています。

事件後陸軍は、取調べののち、佐賀の因通寺のご住職である調寛雅(しらべかんが)氏に、Sさんを託しました。
そこでご住職が彼女が語った内容を本にまとめたのが、この記事の内容です。

本からの転載にあたっては、2011年に徳島の保守さんが、因通寺から許可をいただいて文字起こしをされ、私もご一緒にこの拡散に努めさせていただきました。

私がこの事件を最初にとりあげたのは2009年のことですが、この頃はまだほとんど知られていず、またあっても日本軍の起こした自作自演の情報宣伝活動であったなどといわれていたものです。
私もずいぶん「デマ」と誹(そし)られましたが、この事件については当時の事件報道の新聞記事も多数残っています。
新しい歴史教科書をつくる会も、ついに文科省の検定教科書に事件の掲載を認めさせています。
起きたことは事実なのです。

いまの通州市は、当時あった城塞なども取り壊され、高層マンションが林立する大都会となって、往年の面影はまったくありません。
中共もこの事件の事実は消したいと思っているのでしょう。
しかし、私達はこの事件を決して風化させることなく、私達日本人が「国境とは何か、民族の違いとは何か」について、しっかりと学ぶべき題材とすべきだと思うし、事件に遭遇して命を奪われた同胞たちの思いもまた、二度とこのような悲劇が繰り返されることがないことに尽きると思っています。



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20190317 MARTH

グアム島のラッテ・ストーン

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写真はグアムのラッテ・ストーン (Latte stone) と呼ばれる石柱群です。残念なことに、9世紀から17世紀にかけて作られた古代チャモロ文化の遺跡らしいという以外、いまでは何に使われたのか、どのように使われたのかなどがまったくわからなくなっています。このラッテ・ストーン、現地の人たちはこの石群に、「タオタオモナ」と呼ばれる霊が宿っていると信じているのだそうです。


タオタオモナが宿っているとされるラッテストーン
20190723 ラッテストーン
画像出所=https://travel.rakuten.co.jp/kaigai_package/tour/TC00006901.html
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この「タオタオモナ」、英語で書いたら「tao tao mona」ですが、これはどうみても日本語の「tae nai mono(絶えないもの)」か「to toi mono(尊いもの)」です。
絶えないもの、尊いもの、絶やしてはいけないものが宿っているから、「tao tao mona」です。
縄文人たちは南米までも交易していたというし、古代から海洋交流がさかんに行われてきたなかで、日本的なものの考え方が受け入れられ、チャモロ文化の中に取り入れられたとしてもおかしくありません。

このグァム島を含むマリアナ諸島に人が住みついたのは、紀元前3000年~2000年頃だといわれていて、マレーシアやフィリピン、インドネシアから、カヌーに乗って移住してきたとされています。
絶対に日本から移住したという言い方はなされません(笑)。

ところが日本列島に人が住んでいた痕跡(人骨)は、古いものでは12万年前のものが発見されているし、三万年前には海上に浮かぶ神津島の石が本土に運ばれていたことを示す石器も見つかっています。
さらに2万年前の氷河期のときには、海面がいまよりも140メートルも下がり、この時代には日本本土から小笠原諸島、グアム島のあるマリアナ諸島まで、視界内に大きな島が連なっていました。

寒冷期ですし、少しでもあたたかなところを求めて人々が移住していったことは十分に考えられますし、そのあと海面が上昇していったときに、島に遺された人々がチョモロ人となっていったということは十分に考えられることでもあります。
さらに魏志倭人伝によると日本は海上を1年も航海した先にある黒歯国まで倭種、つまり倭人の国であると書いています。
南米まで航海していたというのなら、グアムくらいは目と鼻の先です。

そのグアムに、西洋人がやってきたのが1521年のことです。
マゼランが西洋人としてはじめてグアム島を「発見」したとされています。
その40年後、1565年にスペイン人のレガスピがやってきて、島の領有を宣言しました。
こうしてグアムはスペインの植民地になり、住んでいた人たち(先住民)は、チョモロ人と呼ばれるようになりました。
チョモロというのは、スペイン語で「刈り上げた」とか「ハゲ」を意味する言葉なのだそうです。

ではチョモロの人々が、もともと自分たちのことをなんと呼んでいたかというと、記録によれば外部に対しては「タオタオ・タノ」と言ったのだそうです。
これをスペイン人たちは、「土地の人」という意味だろうと訳したのですが、日本語で聞けばこれまたどう聞いても「とうとい者」です。

スペイン人が「おまえたちは誰だ」と身振り手振りで訊ねたとき、島の長が「俺達は尊い魂を胸に持っている人々だ」とやはり身振りで示したとしても、何もおかしなことはありませんし、それをスペイン人たちが、「土地の人」という意味なのだなと解釈したとしても、これまた何もおかしなことはありません。
いまではすっかり血が混じったとはいえ、グアムの先住民たちの表情や顔立ちは、やはり日本人とたいへんよく似ています。

チョモロ人(Wikipediaより)
20190727 チョモロ人
画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%A2%E3%83%AD%E4%BA%BA
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スペイン人と現地の人との間には、何度となく激しい戦いがあったようです。
しかしスペイン統治の333年間に、先住民であるチェモロ人の純血種は絶えてしまいました。
現在島にいるのはスペイン種との混血だけです。
そして、チェモロ人たちの文明がどのようなものであったのか、どのような歴史を持っていたのか、どのくらいの人口があったのかさえも、いまでは、まったくわからなくなっています。

こうしてチェモロの歴史は、完全に絶え、残っているのは、石でできたラッテ・ストーン、ミクロネシアダンス、庶民の生活、恋人岬の伝説、そしてスペインなまりのチェモロ語などだけになりました。



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20190317 MARTH


杉本鉞子の『武士の娘』

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この本は1925年にアメリカ・ニューヨークで
“A Daughter of the Samurai”
の書名で出版されました。
当時は「この本を読むと日本のことがわかる」といわれ、全米で大ベストセラーとなり、後には欧米8か国で出版されるに至っています。


20190722 武士の娘
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英文で書かれた日本論で有名な本には、新渡戸稲造著『武士道』、内村鑑三著『代表的日本人』などがありますが、もうひとつ、忘れてならないのが、
杉本鉞子(すぎもとえつこ)著の『武士の娘』ちくま文庫、です。


この本は1925年にアメリカ・ニューヨークで
“A Daughter of the Samurai”
の書名で出版されました。
当時は「この本を読むと日本のことがわかる」といわれ、全米で大ベストセラーとなり、後には欧米8か国で出版されるに至っています。

著者の杉本鉞子は、明治6年、代々長岡藩で家老職を務めた稲垣家に生まれました。
長岡藩は幕末から維新にかけて幕軍として官軍と戦った藩で、長岡藩の武家たちは時代の激流の中でたいへんな苦労をしました。
そんななかで家老の娘である杉本鉞子は、厳格な武士道の教育を受けて育ちます。



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20190317 MARTH


父母の愛

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人には様々な使命があります。
その子が持って生まれた使命を、ちゃんと果たさせてあげること。
それこそが本当の教育なのではないかと思います。
その根底にあるのは、いつの時代においても、常に父母の愛です。


足形付き土器
画像出所=http://blog-imgs-46.fc2.com/n/e/z/nezu621/20111113170822a52.jpg
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何年か前にネットで拾った小話をひとつご紹介します。

***

俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。
それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにグレた。

親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。
俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。
そしたら・・・
病室のベットの上にお母さんがうつってた。

「〇〇ちゃん、二十歳のお誕生日おめでと。
 なにも買ってあげれなくてゴメンね。
 お母さんがいなくても、
 〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。
 今頃、大学生になってるのかな?
 もしかして結婚してたりしてね・・・」

10分くらいのビデオテープだった。
俺、泣いた、本気で泣いた。

次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。
みんなにバカににされるくらい勉強した。
俺が一浪だけどマーチに合格した時、親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。

そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。
また、よく見てみたら。
ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
お母さんは、笑いながら「情けないわねぇ」なんて言ってるんだ。
俺また泣いちゃったよ。

父親も辛かったんだろうな、親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、就職決まった時、親父が「これでお母さんに怒られなくて済むよ」
なんていってた。

俺このビデオテープがあったからまっとうに生きられてる。


***



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20190317 MARTH


*引用・転載について
ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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