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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


縄文人と弥生人は同じ人

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偽写真


のっけから物騒な頭蓋骨の写真を掲示して申し訳ないのですが、上にある写真は「縄文人と弥生人」の頭骨の比較として、あちこちに引用されている写真です。
この話は、先日行われた日本史検定講座における長浜浩明先生の講義で、私も初めて知ってびっくりしたのですが、なんとこの写真、偽造(変造)写真だというのです。

写真を見ますと、なるほど縄文人よりも弥生人の方が、頭骨が面長に見えます。
だからこの写真は、縄文人よりも弥生人は面長な顔立ちで、民族的特徴がまるで違うということを証明する写真として、NHKが「日本人はるかな旅」という番組で放送し、その後、同じタイトルの本でも紹介され、さらにマンガでも出版されて、広く世の中に出回っています。

ところがこの写真、真っ赤な偽写真です。
本物の写真は、下の写真です。

もとの写真


こちらの写真の方が全体に白いですが、冒頭の写真は、この写真を何度もコピーを繰り返すことで(当時はコピー機の性能が低かったため)全体に写真がくろずんだものです。
しかも、写真をよくみると、顔を線対称にして、張り合わせていることがわかります。

最近、STAP細胞に関して、データの改ざんや切り貼りなどが問題視されていますが、こうした考古学や歴史学、あるいは古代史の分野では、戦後左翼系の学者たちによって、このようなデータの改ざんや証拠のねつ造が、繰り返し何度も行われ続けてきました。
そしてそれが教科書にされ、本になって出版され、デレビでも何度も繰り返し放送され続けてきたのです。
それこそ、小保方さんどころの話ではないのです。



なぜこのようなことが行われたのか。そしてどのようにデータの改ざんが行われて来たのか、真実はどこにあるのか等については、長浜浩明先生が、「日本人ルーツの謎を解く」(展転社)に詳しいです。



それにしても、なぜ、このような古代史に関するデータの改ざんやねつ造が行われ続けてきたのでしょうか。

その答えが、戦後のGHQによる検閲があります。
GHQは、お仕着せの日本国憲法等においても、表向きは検閲の禁止をうたっていましたが、実際にはガンガン検閲を行い、また戦前から伝わる(ということは日本の古代から中世、近世、近現代へと続いて来た)歴史を教えたり研究したりしている者たちを、片端から公職追放しました。

その影響をもっとも大きく受けたのが大学で、大学の教授たちで、日本書紀を研究し、神代からの天皇の歴史をまともに研究する教授たちを、ことごとく追放してしまったのです。
代わって教授職に就いた者、あるいは生残った教授たちは、生き残りのために、一斉に、戦前までの日本史を頭から否定する学説を発表しました。

なかでも有名なのが、東京大学の江上波夫(なみお)名誉教授の「騎馬民族征服王朝説」です。
長浜先生によると、あれは江上教授の「私は日本書紀を否定してますから、どうかクビにしないでください」というアピールに他ならないとのことですが、ところが昭和23年に発表されたこの説は、さまざまに形を変えながら、いまも強固に歴史学会、人類史学会、考古学会、古文学会等に、根強く残っています。

それがどういう思想かと申しますと、概略以下のようなものです。
========
かつて日本列島には、鹿の毛皮をまとっただけの、ほとんど原始人のようなオクレタ生活をしていた縄文人たちが住んでいた。
そこに2500年ほど前に、朝鮮半島からススンダ稲作文明を持つ渡来人(弥生人)たちがやってきた。
そして縄文人たちを殺戮し、日本民族は入れ替わった。
========

というものです。そして、
========
入れ替わったはずの弥生人たちも、その後、なんら文明の進歩がないまま、意味のない古墳などの土盛りをして、豪族たちが勢力を誇示していたけれど、そこに7世紀になって、またまたススンダ文明を持った渡来人たちが朝鮮半島からやってきて、日本人に箸の使い方から文字、仏教などを教え、そのためようやく日本には、文明が花咲いた。
========

とされ、落しどころとして、
========
こうして朝鮮半島から常に大きな影響を受けることで、やっと文明化した日本人は、あろうことか明治以降、その朝鮮半島を征服し、若い女性をことごとくセックス奴隷にしたあげく、大陸においても残虐な人殺しをし続けた。
そうした日本人のもとになっているのが、弥生時代に渡来し、縄文人の男たちを皆殺しにし、縄文人の女たちを強姦し抜いた血に基づくものなのである。
========

と続いて、ぐるりとまわって現代と古代がつながるわけです。

これが要約すれば、戦後の文系大学を流れる大学教育の根幹にある「思想」です。
このようなものは、歴史でもなんでもない。
ただの「思想」にすぎないものです。

この「思想」に反する実証学的な証拠類は、ことごとく否定され続けてきました。
まれにこの「思想」の間違いを指摘する学者などが現れても、そういう学説は、どんなにグウの根もでないほどの証拠をそろえても、学会からは排除され、あるいは無視され、決して日の目をみることもなく、本にする場合でも、せいぜい自費出版で、2〜3千部売れれば良い方となりました。

逆に、上にある「思想」を補強するような内容の本を、権威ある学者がはずかしげもなく発表すれば、これがビックニュースになり、また本にすれば、その本は文科省や教育委員会の推薦をもらって、全国の行政、学校、図書館などに公費を使って配下され、それだけで最低5万部が売れ、それだけではなくて、テレビでも紹介されると、本は学説本でありながら、数十万部の大ヒットとなって、書いた学者や左翼系出版社のフトコロを潤してきたわけです。

東京書籍の小学校歴史教科書の代表執筆者となっている佐々木毅という人物は、元東京大学教授で、その後、東大の学長にまでなり、その後、学習院大学の教授ににまでなって、いまは学士院の会員となっている、肩書きだけみたら、ものすごく偉い人です。
けれどその人たちが書いたその教科書をみると、まさに上に述べた「思想」がそっくりそのまま反映しているわけです。
そしてその教科書が、小中高の歴史教科書として広く採用され、日教組という手足によって、何も知らない子供たちに「事実」として刷り込まれています。
実に、とんでもない話です。

小保方事案は、いまだにマスコミなどによって、激しい追求がなされているようですが、むしろそんなことよりも、戦後の教育を歪めて来たいまの左巻きの大学教授たちをこそ、証拠のねつ造、改ざん、デタラメな記述等で追求し、公職を追放すべきと思います。

では、実際の姿はどうだったのでしょうか。
まず、
========
かつて日本列島には、鹿の毛皮をまとっただけの、ほとんど原始人のようなオクレタ生活をしていた縄文人たちが住んでいた。
そこに2500年ほど前に、朝鮮半島からススンダ稲作文明を持つ渡来人(弥生人)たちがやってきた。
そして縄文人たちを殺戮し、日本民族は入れ替わった。

========
このくだりですが、これはまったくデタラメです。
9500年前の上野原遺跡や、5500年前の三内丸山遺跡などの縄文時代の遺跡など、いまや多数の縄文時代の遺跡から、当時、すでにきわめて高い文明文化が日本に存在していたことが、明確に確認されています。

鹿の毛皮にしても、なるほど冬の寒いときには毛皮を外套として羽織ったかもしれませんが、衣類は鳥浜貝塚から、間違いなく布製の衣類を着ていたことが、確認されています。
もっというなら、縄文式土器は、壁面には縄目の模様があるという特徴があるわけですけれど、縄というのは、編んで作るものです。

編むという技術があるなら、その技術を用いて布をつくるのは、当然にあり得ることで、実際、縄文式土器というのは、必ずといって良いほど、底の部分に布の模様が遺っています。
これが何を意味しているかというと、縄文時代には、土器を作るに際して、土器の下に布を敷いていた、ということです。

縄を編み、土器を作るに際しても下に布を敷いていたのなら、その布を身につけなかったと考える方が、そもそもどうかしています。
縄文時代の人々は、いまの学会の通説よれば、鹿の毛皮しか着ていなかったそうですが、そもそも森や草むらに男たちが狩りにでかけるに際しては、男性はフリフリ状態では、大事なところを怪我してしまいます。
ですから、かならずフンドシやパンツを穿いていだであろうことは、あたりまえすぎるくらいあたりまえにわかることですが、そのフンドシやパンツが、この高温多湿の日本で、しかも夏の暑い盛りに汗まみれになって狩りをするのに毛皮のパンツだったら、大事なところがインキンタムシになってしまいます。

日本では、3万年前の磨製石器が発見されています。これは世界最古のものです。
そして1万6500年前には、やはり世界最古の土器が作られていたことが確認されています。そしてこれが縄文時代のはじまりで、その後、土器や土偶などはどんどん工夫されて行き、縄文時代の後期になりますと、あの大阪万博の太陽の塔のモチーフになったハート形土偶などの美しい造形物も制作されるようになっていました。
オクレタ生活どころか、当時の世界にあっては、まさに最先端ともいえる文化的生活が営まれていたことが、考古学的に実証されているのです。

では、同じ時代の朝鮮半島はどうだったかというと、いまから1万年前から5千年前までの5千年間(一説には12000年前から5000年前の7千年間)もの間、人類の痕跡が途絶えています。その期間の遺跡がないのです。
遺跡がないということは、そこに人が住んでいなかった、ということです。

その後、いまの北朝鮮辺りに人が住むようになったのですが、この種族のことを、古代のChinaでは「濊族(わいぞく)」と呼びました。
古代のChineseたちは、周辺の種族たちに、それぞれ、ろくでもない漢字をあてていますが(日本は倭で、これは背の低い人という意味の漢字)、糞尿を意味する「濊」という漢字を当てられたのは、古代の朝鮮半島の中部から北部に住む人々だけです。
「濊」は「汚」という漢字と結びついて「汚濊」となりますが、どれだけ汚い民族だったかということです。

もっというなら、汚いということは、同時にオクレタ文明、もしくは文明的に未開であったことを意味します。そのどこからどう日本が教わったというのでしょうか。

さらに稲作については、いまから約6500年前の朝寝鼻貝塚から、大量のプラントオパールが見つかっています。
プラントオパールというのは、植物が土に含まれる珪素(けいそ)土中から吸い上げたとき、その硅素が、葉脈に沿ってガラス質に変化してオパールとなって蓄積するもので、葉脈の形状に沿って固まることから、どの植物によって形成されたのかが特定できるというものです。
オパールは、何千年経っても壊れないし、焼いても形が残るため、土中や土器の破片に含まれるプラントオパールを研究することで、当時、どのような植物が栽培されていたかがわかるわけです。

そして、日本で大量の稲のプラントオパールが見つかったということは、6500年前に、すでに日本では稲作が行われていた、ということです。
そしてその時期の朝鮮半島には、まだ人が住んでいません。

さらにいうならば、朝鮮半島で稲作がはじまったという痕跡は、5世紀頃のものです。つまりいまから1500年くらい前のものです。すくなくとも考古学の実証主義的に見る限り、日本に遅れること4000年の差があるのです。
そうした事実がすでに明らかになっているのに、どうして朝鮮半島から稲作が渡来したことになるといえるのでしょうか。

さらに申し上げますと、稲作は、いまから7千年前に、Chinaの上海辺りにある河姆渡遺跡(かぼといせき)ではじまり、それが山東半島、遼東半島、朝鮮を経由して日本にもたらされたというのが、いまどきの左巻きの学者たちの言い分ですが、そもそも山東半島や遼東半島のあたりは、地形が険しすぎるし水利がないため、稲作ができません。
できないのに、どうしてそういう経路で伝わったのか、誰も説明ができていません。
できていないということは、そんな事実はなかったということです。

さらにいえば、河姆渡遺跡の稲作にしても、日本で6500年前の稲作の痕跡が見つかったという発表があったら、突然、Chinaから7000年前の稲作跡が見つかったことにされています。
けれど、河姆渡遺跡の稲の痕跡が、ではいったいいつの時代のものなのか、これについては、誰も検証していません。
Chinaの当局が、7000年前のものと発表したから、7000年前となっているだけのことです。

そもそも中国5千年という話も、明治時代に日本にやってきたChinese留学生たちが、当時の日本の皇紀が2500年だったために、「とりあえずその倍くらい言っておこう」とばかり、いきなり5千年と言い出しただけのもので、そもそも根拠がありません。
後に、この中国5千年は、戦後の高度成長期に、さすがに倍だとすぐにバレるからと、「おかずは桃屋の花らっきょ」のCMで、中国4千年に言い換えられました。
もともと、いいかげんなものでしかないのです。
そのいいかげんなChinaが、とつぜん根拠もなく7000年と言い出したから、稲作はChinaから渡来したというのは、あきらかにChinaにおもねる思想であって、これは学問ではありません。

もともと人類史をたどりますと、日本列島に人がやって来たのは、いまから約3〜4万年前であったろうといわれています。
人類が猿から分化したのはいまから約700万年前のことで、そこから人類は、猿人、原人、旧人と変化しました。
いまの人類を「現生人類(ホモサピエンス)」といいますが、これが誕生したのが、いまから約15万年前で、旧人等と現生人類には、交配はなかったとされています。

面白いので、下の絵を貼っておきます。
猿人、原人、旧人たちと現生人類の間には、血の結合性はないのだそうです。つまりわたしたちは、旧人たちの子孫ではありません。(それにしても、やっかいな種に育ったものですね)

人類の道具の変化


この絵はもちろんパロディですが、ただこの絵を見て思うのは、日本のたとえば鳥浜貝塚で、漆塗りの櫛(クシ)は発見されているのに、漆塗りのたとえば槍の柄とか、漆塗りの棍棒(こんぼう)のようなものが日本ではまったく発見されていないということです。
発見されているのが、女性の装身具である漆のクシで、漆塗りの武器が発見されていない。そういう時代が日本では1万5千年近くも続いたというのは、これは人類史上の奇跡と言っても良いくらいの出来事なのではないかと思います。

現世人類が最初に誕生したのは、15万年前のアフリカ中央部です。
それが10万年前には中東あたりに移住し、そこから6万年前にユーラシア大陸を四方に散りました。
それが日本列島に北と南からやってきたのは、いまから4〜3万年前とされています。

ちなみに日本では、約12万年前の石器が発見されていますが、これが新人類のものなのか、旧人類のものなのかはわかっていません。
けれどもし、それが新人類(ホモサピエンス)のものであったとしたら、これは世界の人類史を揺るがしかねない大事件となります。

一方で、勘違いしてはいけないのは、日本列島に北と南から人類がやってきたのは、いまから4〜3万年前だということであって、それは2500年ほど前の、渡来系弥生人とかいう話とは全然違うということです。

推定される新人の世界拡散の経路とその時期
(篠田謙一著「日本人になった祖先たち」より)
18b


戦前の日本では、日本列島の歴史はせいぜいさかのぼっても3〜4千年で、それ以前の日本列島には、まだ人が住んでいなかったとされていました。
ようやく昭和6年に旧石器時代の人骨の骨盤とみられる化石が発見されて明石原人と名付けられたりしていますが、発見者が29歳のアマチュア考古学者(後に本物の学者になる)であったことから、学会では相手にされず、しかもその化石も戦争で焼けてしまって、現物は存在していません。

ちなみに標本の写真からの解析で、戦後にはこの明石原人は縄文時代の人骨であったのではないかとされています。
要するに、おそらく1万年前頃の人骨であったというわけですが、このためいまでは、明石原人という記述も、教科書から消えてしまいました。

しかし考えてみると、そもそも戦前には、縄文時代の始まりがせいぜい4千年前くらい、弥生時代が2500〜3千年前くらいとされていたわけです。
ですから1万年前は当然石器時代という認識しかなかったわけです。

ところが戦後、次々と考古学的な発見がなされました。
その結果、現在では、日本列島に人が住み始めたのは、なんと12万年前にまでさかのぼる(砂原遺跡・島根県)とされています。

12万年前というのは、実はものすごいことです。
一般に現生人類(新人類)は、およそ4万年前に誕生して現代に至ったのだといわれています。
それ以前はネアンデルタール種のような旧人類の時代です。
その新人類が、旧人類を滅ぼして現代に至ったのだというわけです。


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しかしそもそも新人類というのは、クロマニョン人の別名です。
これは19世紀に南フランスのクロマニョン洞窟で発見された5体の人骨から、その後同種の特徴を持った人骨がヨーロッパ各地で発見されることになりました。
その説を唱えたのは、フランスの古生物学者のルイ・ラルテですが、要するにクロマニョン種というのは、ヨーロパの白人種を意味するわけです。

言い換えれば、白人種は4万年さかのぼることができるというだけのことで、人類には他に黄色、黒色の人種がいますから、それらを含めた人類の祖先となると、旧人類を含めて考察しなければなりません。
そのため現代では、世界の趨勢として、旧人も含めて人類史を考えなければならないとされるようになりましたが、なぜか日本では、相変わらず日本人もクロマニョン人の子孫のように思い込んでいる人が大勢いるようです。

しかし砂原遺跡の人骨は、それらクロマニョン人始祖説を、完全否定するインパクトを持ちます。
つまり日本人は、旧人類の末裔だとしなければ、理屈が立たなくなるのです。
そして近年西ドイツの研究チームの発表によれば、旧人類のDNAを最も濃厚に持っているのが、日本人なのだそうです。

ちなみに旧人類といえば、代表的なものがネアンデルタール種ですが、2007年にネアンデルタール人の舌骨が発見され、この発見によってネアンデルタール人は解剖学的に、現生人類と同じだけの音声を発する能力があるということが明らかになりました。

また英国の人類学者のロビン・ダンバーは、脳の容積とヒト族の群れの大きさの関係についての分析を行い、大きな脳を持っていた旧人類は120人以上のグループを形成して生活していたに違いないと結論付けました。
言語がなければ、それだけの大きな集団を保持することができません。
初期的言語コミュニケーションを用いるチンパンジーでは、50人以下のグループしか構築できないのです。

要するに、集団生活には言語によるコミュニケーションが欠かせないし、言語が発達する(これは特に女性のウワサ話によって発達してきたといわれています)ことによって、大脳に著しい進化が生まれ、また人々の生活も一変したというわけです。

日本列島に住んでいた12万年前からの人々は、そうした言語によるコミュニケーションを盛んに用いることのできた旧人類です。
そうであれば、万年という長い歳月の間に、その言語コミュニティ能力がたいへんな勢いで進化していったということは十分に考えられることになります。

さらに2万数千年前ものから3万年以上前の前頃の製造を示す複数の磨製石器が長野県飯田市(竹佐中原遺跡)から出土しました。
これもまたものすごい発見です。
伊豆半島の沖に浮かぶ神津島の石でできた磨製石器が、山奥の長野で発見されているからです。

神津島まで、伊豆の下田からでも海路を片道57キロです。
しかも島までの海路は、流れの早い黒潮に洗われています。
つまり、流れの早い横幅57キロの急流を往来するようなものなのです。

当然、丸木舟ではいけませんし、もちろん丸木につかまって泳いで行くこともできません。
しかもその神津島から、石を持ち帰っているということは、それなりの船を持ち、それなりの航海術が確立されていなければならないのです。
つまり、2万5千年以上の昔に日本列島に住んでいた人々は、外洋航海ができる船を持ち、往来していたのです。

先程も書きましたが、ひとくちに1万年とか2万年といっても、これはとほうもなく長い歳月です。
なにせ明治維新からまだたったの150年しか経っていないのです。
関ヶ原の戦いからでも、まだたったの400年です。
千年前となると、紫式部や清少納言が活躍した平安中期です。
二千年さかのぼっても、まだ垂仁天皇の時代です。

ちなみに垂仁天皇の時代に、出雲で捕らえた白鳥を、口のきけない皇子の本牟都和気命(ほむつわけのみこと)の遊び相手にしたところ、皇子が言葉を発するようになったので、出雲地方が鳥取と呼ばれるようになり、これがいまの鳥取県の名前の由来になっています。

こうして日本列島では、1万6500年前には縄文式土器が作られるようになり(大平山元1遺跡・青森県)、1万3000年前には人の形をした土偶(相谷熊原遺跡・滋賀県)が作られ、1万2500年前には工芸品のための漆が栽培され(鳥浜貝塚・福井県)、岡山県の朝寝鼻貝塚から約6500年前の稲の生育を示す大量のプラントオパールが見つかっており、さらに2500年前には稲の水耕栽培を行う集落が営まれるように(菜畑遺跡・佐賀県)なります。

ところが7300年前に、鹿児島沖のアカホヤで、日本史上最大と呼ばれる破局噴火が起こり、九州一帯から東北地方にかけて、ほとんどの人が死んでしまいます。
そしてそこからあらためて、日本が再建され、皇紀によれば2678年前(実際には二倍年歴で紀元前100年前後)の時代に、神武天皇が即位されて、日本という国が生まれています。

日本の凄みは、先住民を皆殺しにして土地も文化も奪い去って、ワープロでいうなら、いわば上書き方式で文化が形成されてきたのではなく、もともと住んでいた人々が形成した基礎となる古い文化の中に、海外からの新しい文化を受け入れて、国内の文化そのものを発達させるという、ワープロでいうなら挿入方式であったことです。
これにより古い文化が途絶えることなく現代に至っています。

つまり日本文明は、世界最古の文明を継承しているといっても良い文明といえます。
日本人は何万年もの間、この日本列島という天然の災害の宝庫ともいえる列島に住んできました。
そしてその中で、お互いに助け合って生きていく和の文化を形成してきたし、それはもはや日本人にとって、後天的な文化というより、DNAに刻み込まれた先天的な本能となりました。

破壊よりも建設。
対立よりも和。
闘争よりも愛。
それが日本人です。

藤岡信勝先生が、実に面白い言い方をされていたのですが、「縄文人と弥生人を区別するということは、鎌倉時代に住んでいた人を鎌倉人、江戸時代の日本人を江戸人、明治時代の日本人を明治人と呼ぶこととなんら変わりがない」というのいうのです。

つまり、弥生人などというシロモノは、ないのです。
縄文人も、弥生人も、同じく太古の昔から日本列島に住んでいた日本人でしかないのです。

なるほど、弥生時代になると、日本人は武器を持ち始めました。
その時代になると、遺跡からたくさんの槍や弓、刀剣などが出土しています。
そして、土器は、縄文時代のような装飾性の高い土器ではなく、きわめて簡素な土器へと変化しています。

なぜそうなったかといえば、縄文時代の終わり頃から、日本人が朝鮮半島に進出しはじめたことが最大の理由です。
日本列島の中で生活している分には、日本人は武器など必要ありませんでした。
このことは江戸時代から明治、大正、昭和初期にかけて、日本人の家屋に鍵などというものがなかったのと同じです。
泥棒がいなければ、鍵など必要ないのです。
同様に、襲う者がいなければ、武器など必要ないのです。

ところが朝鮮半島は、大陸と陸続きです。
高い文明を持った日本は、大陸(China)等との交易も行いますが、そこには濊族もいるわけです。
彼らは、倭人たちの集落を襲い、食べ物を奪い、男たちを殺し、女たちを陵辱します。
そうなれば、倭人たちも、いきおい武装しなければなりません。

倭人たちの進出によって半文明化された朝鮮半島からは、日本本土にも、濊族などの外来人たちがやってきます。
数はごく少数ですが、中には、福岡一家惨殺事件や、女子高生コンクリート詰め殺人事件のような、むごい事件を起こす悪者もいます。
そしてそういう悪者たちは、悪さをしてはあちこちを旅しますから、いきおい日本列島の中も、物騒な情況になってきます。
もし、おかしな連中がやってきたら、戦わなければなりません。そのためには武器が必要だし、女たちもすぐに逃げ出せるように、服装も簡素になります。食器類も簡素になる。
低い温度で、長時間賭けて焼いていた土器(食器)も、できるだけ短時間で焼くために火の温度をあげ、焼き上がりが早くなるように、食器類も薄くなります。
こうして、生活の道具類が大きく変化したのが、弥生時代であった、ということです。

つまり、縄文人から弥生人への変化などは、なかったのです。
縄文人も弥生人も、ひとしく日本人であり、ただ、朝鮮半島に進出したことから、文明文化の度合いの、明らかに低い野蛮人たちと接することになり、結果、日本人は、武装したり、食器を簡素なものにしたりする必要が生まれたということにすぎないのです。
そして、これが事実です。

ましてや、渡来系弥生人によって、縄文人が駆逐されたなどという事実もありません。
なぜなら、縄文時代の日本人も、現代の日本人も、持っているDNAは同じなのです。

また、「6〜7世紀にススンダ文明を持った渡来人たちが朝鮮半島からやってきて、日本人に箸の使い方から文字、仏教などを教え、そのためようやく日本には、文明が花咲いた」などということも、まるで事実無根です。

そもそも朝鮮半島からススンダ文明がやってきたといいますが、それは何のことを言っているのでしょうか。
仏教伝来のことでしょうか。
仏教は、インドで生まれてChinaで漢字化されました。
それがそのまま日本に伝わってきています。
朝鮮半島で、なんらかのオリジナルが加えられていたのなら、朝鮮半島を経由してはいってきたといえますが、なんら朝鮮オリジナルがないのなら、それはただ通過しただけのことでしかありません。

そもそも仏教伝来は、百済の聖明王(聖王)が、西暦552年に日本の欽明天皇に仏像や経典を献上したという出来事をいいます。
この当時、百済王は、その跡継ぎの王子を、日本に人質として差し出しています。
つまり、当時の百済は日本の属国だったわけで、属国である以上、その土地の名産品を朝貢するのが筋です。
ところが百済には、名産、特産となるべきものが何もない。
何もかもが、日本から教えられたことだったからです。
そこで、ばんやむをえず聖明王が、苦肉の策として選んだのが、Chinaの特産である仏像と仏教教典を、日本の天皇に献上するということだったのです。
逆にいえば、百済が、どれだけオクレタ国だったか、ということです。

では、オクレタ日本に渡来したというのは漢字でしょうか。
なるほど漢字は、仏教とともに、日本に渡来しました。
けれども、それよりも数世紀も前(あるいはもっと何千年も前)から、日本はChinaや渤海国等と交易をしています。そこのことは黒曜石の分布で確認することができます。
つまり、日本は、朝鮮から仏教教典の献上を受ける前から、漢字を知っていたといことです。

では、他に朝鮮半島から6〜7日本に渡来したススンダ文明というものは、何があるのでしょうか。
「三つ答えて、下の( )の中に書きなさい」
(    )
(    )
(    )

建築技術? 答えは×です。世界最古の木造建築物は日本の法隆寺五重塔です。
高麗人参? ×です。それが栽培されるようになったのは、徳川将軍吉宗の時代です。
キムチ?  ×です。キムチが生まれたのは、大正時代です。
韓流ドラマ? ×です。古代ではありません(笑)
たぶん、書ける人はいないと思います。
なぜなら、何もないからです。

========
こうして朝鮮半島から常に大きな影響を受けることで、やっと文明化した日本人は、あろうことか明治以降、その朝鮮半島を征服し、若い女性をことごとくセックス奴隷にしたあげく、大陸においても残虐な人殺しをし続けた。そうした日本人のもとになっているのが、弥生時代に渡来し、縄文人の男たちを皆殺しにし、縄文人の女たちを強姦し抜いた血に基づくものなのである。
========
↑この記述も、まさにとんでもない、最早いいがかりとしか言いようがないものです。
そもそも、日本人が殺しや強姦好きの人種なら、先の大戦前の国際連盟の時代に日本の版図となっていたエリアには、日本人のDNAを持つ人たちが、山のようにいるはずです。

けれど、いません。
殺したり強姦したりするどころか、徹底した善政を施し、しかも大戦終了後は、逆に日本人が一方的に犠牲になっています。
だから、当該エリアに、日本人のDNAが残っていません。
事実は、まるで逆なのです。

みなさんも、もしよろしければ、上にご紹介した長浜先生のご著書の「日本人ルーツの謎を解く」を読んでみてください。きっと眼からウロコだと思います。
また、よろしければ是非、日本史検定講座のご受講をお薦めします。まだ第四期の申込みは間に合います。
第四期は、他に高森先生や、宮脇先生、田母神先生など、まさにそうそうたる講師陣です。
勉強になります。

そして藤岡先生のお言葉にあったことを、是非ご理解いただきたいと思います。
縄文人と弥生人の違いは、鎌倉時代の人を鎌倉人、江戸時代の人を江戸人と呼んで別な人種、別な民族と主張するのと同じまったく馬鹿げた「とんでも思想」にすぎないということを。
日本人は、旧石器時代から縄文、弥生、古墳、奈良、平安、鎌倉、室町、江戸、明治、大正、昭和、平成と、ずっと日本人は日本人のままなのです。


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コメント
万葉集
こもよみこもち ふくしもよ…
この歌はどう解釈したらいいのでしょうか。
2019/01/20(日) 08:18 | URL | 駒形悦夫 #-[ 編集]
うわあー。
これです。私が知りたかった本当の歴史はこれなんです。
こんな風に理路整然とアフリカからの人類史を解き明かして欲しかったんだ!!
古代から現代までをねず先生の解説つきで一冊の本にして欲しい!
ねず先生のブログを読むと、感動、驚愕するとともに怒り、増悪もまた湧いてきます。
左翼、シナ、朝鮮にどれだけ騙されてきたのか。。

2017/08/25(金) 15:55 | URL | シミズ #-[ 編集]
うわあー。
これです。私が知りたかった本当の歴史はこれなんです。
こんな風に理路整然とアフリカからの人類史を解き明かして欲しかったんだ!!
古代から現代までをねず先生の解説つきで一冊の本にして欲しい!
ねず先生のブログを読むと、感動、驚愕するとともに怒り、増悪もまた湧いてきます。
左翼、シナ、朝鮮にどれだけ騙されてきたのか。。

2017/08/25(金) 15:55 | URL | シミズ #-[ 編集]
同感です。
前略 私も以前から同様に考えていました。そして縄文時代を科学するというサブタイトルの「御柱祭り火と鉄と神と・彩流社」で日本古代史を生活科学の目で見ると、日本の真実に近い古代史が解明できつつあります。読んでみて下さい。皆さんの考えのように日本文化が中国等から伝来したわけでなく日本人自身の発明発見で発展してきたことが、科学的に見ればハッキリ追うことが出来るのに、日本考古学界はそれを認めていないために、子供たちにこの科学的な時代に、何の科学的実証も無い嘘だらけの日本古代史が教えられて行くことに我慢できずにいます。
2014/09/23(火) 18:48 | URL | 百瀬 #dwL6GmpE[ 編集]
検定講座受講します
こちらのブログから新しい教科書をつくる会の講座を受ける手続きをしました。
あまり難しくなければいいなと思ってます。高校生程度であればいいけど。
2014/05/29(木) 17:22 | URL | #-[ 編集]
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2014/05/09(金) 15:14 | | #[ 編集]
No title
残らないDNAによる科学的論理性をご展開していただき、ありがとうございました。使わせていただきます。日本精神をいつもありがとうございます。
2014/05/09(金) 12:00 | URL | 真正和人 #-[ 編集]
No title
いつもありがとうございます。今回の記事で、さらに日本人としての誇りを持てるようになった気がします!

日本人に生まれることができて本当に良かった!心から感謝しています。
2014/05/08(木) 17:04 | URL | 大和2600 #c9iXJ.sE[ 編集]
日本は奇跡の古文明国家
このたびのお話、たいへん納得いたしました。

人類は6,7万年前にアフリカを出発して世界各地へ散らばりました。おそらく氷河期の到来によって環境の良いところを探す旅だったのでしょう。

氷河期の日本は大陸と地続きで移動は容易だっただけでなく、素晴らしく気候の良い場所だったと思います。寒冷ながらも南を暖流が通っている沿岸地帯で植物が生育するのに好適で食料に困らない地域だったのです。
現在の大陸は乾燥していて(今でも砂漠が大半ですが)、寒く厳しい場所でとても人が住めないところだったと思います。日本は大陸の端で暖流が流れ湿度もあって食べるものが豊富だった。

ここで世界史上でも最古の文明が発達していたと思います。もちろん他の地域でも文明の地はあったと思いますが次に出現する戦争好きの農耕文明による戦乱に巻き込まれてほとんどの古文明の痕跡は残っていないのでしょう。

氷河期が終わって大陸から離れヒトの移動も大幅に制限された事が幸いして日本だけは古文明のまま発展を遂げてきたのでしょう。

記紀が最古の古文書歴史書でそれ以前は文字も知らない未開の国だったという国家観は改めましょう。ほつまつたえは私は真書だと思っています。日本は1万年前以上から続く最古の文明の国家です。そう考えると記紀が編纂されたのは日本の歴史上ではけっこう最近の事になります。
2014/05/08(木) 09:01 | URL | ネコ太郎 #-[ 編集]
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2014/05/07(水) 23:36 | | #[ 編集]
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2014/05/07(水) 23:26 | | #[ 編集]
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2014/05/07(水) 23:10 | | #[ 編集]
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2014/05/07(水) 23:07 | | #[ 編集]
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2014/05/07(水) 16:48 | | #[ 編集]
No title
本物の写真と、写真1の縄文人(左)とは、左右を反転して階調を調整すると、全く同じように見えるのですが(歯の抜け具合や、骨の傷、その他諸々)・・・。同じ人物の写真(または原版が全く同じ写真)という可能性は無いですか?
2014/05/07(水) 00:58 | URL | s #mQop/nM.[ 編集]
No title
「人工的に雨期と乾期を演出したのが、水耕栽培」とのことですが、田の水耕栽培の前に長期間、陸稲(畑で作る稲)文化があったという説があります。
それについてはどのように考えられますか。
2014/05/06(火) 23:00 | URL | みちお #-[ 編集]
No title
弥生期に渡来してきた外来人ははやり朝鮮系なのでしょうか。
もしそうなら例えば

ある日やってきた渡来人たちが避難民を装い保護を求める
しばらく滞在した後、村があまりにもお人好しなので
さらに仲間を呼び寄せる。
一斉蜂起して村を壊滅させる。
生存者が他の村に助けを求め、渡来人たちを問い詰めても
むしろ自分たちは被害者だと嘯く
さらに他の村々へ、自分たちは言いがかりをかけられ
困っている、助けて欲しい。あの村に女を攫われた。。。など

まったく現代と変わらない情景が浮かびます。

おかげで盗みや殺しとは無縁の生活をしていた縄文人が
短期間で防衛や戦闘という生活スタイルに変化させてしまった
のではないかと思います。

それでも武器を持った日本人がその後に「弱者から搾取する」という流れにならなかったのは日本人だからこそではないでしょうか。
2014/05/06(火) 22:35 | URL | コージ #-[ 編集]
日本主体での公職追放希望
>渡来人達がやってきて縄文人を殺戮し、日本民族が入れ替わった。 

↑なるほど・・この分だと二千年後の研究者は↓
「どうも日本民族は十九世紀末位に西洋人と入れ替わったようだ。 なぜならその頃丁髷結ってた人達が一斉に消え、皆が西洋式に変化した形跡があるからだ。 
当時の天皇すらそうだったところを見るに、少なくともこの時点で天皇以下支配層が西洋人に入れ替わったのは間違いない。   
天皇はこの四千年間万世一系だとか言われてるが、実際には十九世紀~二十世紀頃に断絶してる事はこれらの形跡からして明らかだ」 

↑などとドヤ顔で言ってそーですな(~ヘ~;) 
もっとも二十世紀前後は文献が豊富だからそんなデタラメは通らないが、
もし二十世紀まで文字が無く伝承だけだったら、上記の様なデタラメがフツーに罷り通り、二千年後の未来では定説にさえなりかねん訳で←「伝承=全部作り話」論者によって(*`д´)ノ
2014/05/06(火) 21:56 | URL | 魔除けに牛島辰熊 #-[ 編集]
No title
稲作が進むにつれ、顎が細くなって行くという収斂が進んだだけという説もあります。単語に関しては、ミクロネシア系の言葉が沢山残り今に至るみたいですね。古代に存在した入墨の習慣は、アイヌのもので在るそうです。縄文土器などは、南米の孤島にまで分布して居るらしい。
2014/05/06(火) 20:17 | URL | #-[ 編集]
嗚呼悲しき哉…
ここ数ヶ月ほど当サイトを拝読させて頂き思う事。
自国民が他国を引き入れる工作をして久しく、お古い左巻きの方々は自分たちの孫が可愛くはないのでしょうか?
ご自分たちはノホホンとお好きなことをおっしゃり、先に逝かれるからいいとして、残された我々がどのような目に遭うかなど、後は野となれ山となれで結構なことかもしれませんが、こちらはたまったものではありません。
特亜な方々に占領された日の本の来し方行く末までを考えられたことがあるのでしょうか?
現今の左巻きの方々は占領されてもよし、自分らとその子孫は現状維持で生き残れるとお思いでしょうか?
…お覚悟はおありなのですね?
2014/05/06(火) 18:53 | URL | いち郷土愛に目覚めし者 #HKYaUj/6[ 編集]
No title
任那日本府はなかったと教わったクチです。でも、「なかったこと」を教えるってどういうことでしょう? 今考えると不思議です。黄泉平坂はなかったとはいってなかったので、これは実在するんでしょうね。
2014/05/06(火) 18:50 | URL | #-[ 編集]
No title
騎馬民族の特徴は馬肉を食べないことです。朝鮮民族は馬肉だけは食べません。
また、朝鮮の踊りは馬が歩くリズムですり足ではないそうです。

朝鮮民族と日本民族は似て非なる民族です。
2014/05/06(火) 17:12 | URL | junn #p4GOlP7Y[ 編集]
卑弥呼の鏡
最近になって、日本の古代社会がいかに進んだ技術を持っていたかをはっきりと証明するものが出てきました。

古代の青銅鏡「三角縁神獣鏡」を3次元(3D)プリンターを使って再現したことで、この鏡がどれだけすごい技術を持って作られたか、その一端が明らかになったのです。
「卑弥呼の鏡」とも呼ばれるこの三角縁神獣鏡は、背面の中央や三角形の縁部・神獣像などが厚く、中央の最厚部は約2センチあるのに対し、最も薄い部分は1ミリ以下という驚くべき精巧さで作られていたのです。

反対側の鏡面はきわめてなめらかに磨かれており、現在の鏡にも負けず劣らず対象物をきれいに映すことができます。

その上、壁に投影した反射光の中に鏡の背面に刻んだ文様が浮かび上がる現象が起きることが分かり、古代の技術の素晴らしさに改めて賞賛の声があがっているそうです。





 レプリカは、愛知県犬山市の東之宮古墳から完全な形で出土した鏡2面(直径はそれぞれ約24センチ、約21センチ)を復元したもの。三角縁神獣鏡の平均的な組成と同じ比率の銅、スズ、鉛の金属粉を材料にレーザー積層造形法で製作した。



画像の拡大
 この現象は背面に凹凸があり、厚みが不均一な鏡を研磨する際、鏡本体にひずみが生じて厚い部分がかすかに凹面に、薄い部分が凸面になって反射光にムラが出ることが原因。全体が薄く、背面に彫りが深い突出した文様があるなど厚みに幅がある鏡だと現れるという。

 復元した三角縁神獣鏡は背面の中央や三角形の縁部、神獣像などが厚く、中央の最厚部は約2センチあるのに対し最も薄い部分は1ミリ以下。

 村上部長は「他の古代鏡でも同じ現象が起きる可能性はあるが、この三角縁神獣鏡は特に条件がそろっている。なぜこんなに薄く仕上げたのか謎だったが、現象が起きるまで研磨した可能性もある」と指摘。「古代鏡の役割を考え直す手掛かりになれば」と話している。
2014/05/06(火) 15:38 | URL | お笑いお花畑 #-[ 編集]
No title
日本人ほど多種多様な遺伝子を持った民族はいないのだそうです。しかしそれなのに、今の朝鮮半島の人との共通点は皆無なのだということです。(よかった)
昨夜卓球の世界選手権が終わり女子は決勝で中国に負けて、31年ぶりの銀メダルを獲得しました。今回は出場しなかった、福原愛ちゃんとエースで頑張った石川かすみ(字を忘れた)選手の容貌体型が、対照的であり愛ちゃんが縄文系、石川選手が弥生系だと、勝手に思っていましたが、そういう区別は間違いだとわかりました。
縄文から弥生への移行は例えれば、江戸から明治への移行と同じ様に考えればよいとわかりました。
政治体制も、生活様式も、言葉使いもがっらと変わって、西洋文化を取り入れながらしかし、江戸時代と同じ日本人なのだということ。
冒頭に書かれた「歴史」は、今の半島の人たちが信じて疑わない、日本と半島との関係史です。本当のことを知らずに、反日に凝り固まったまま海に沈んだ、若い人たちが可哀想です。
今日本の歴史考古学の世界はめちゃくちゃですが、少なくとも「韓国」といった時点でアウトという風潮にはなっているようです。
また、「韓国」から来ている研究者も殆どまともに相手にされていないそうです。学界などで、彼らの発表の時間はトイレタイム、喫煙時間だそうです。
これからますます、あの国では漢字の読めない歴史学者が増えます。
読めない文献は無いに等しい。夢想、妄想、捏造のし放題。
日本の学者の皆さんは、本当に言いたいことを棺桶までもっていかないで、何らかの方法で発表してください。
どこの町にでもある、郷土資料館のような所にでもおびただしい数の縄文から現代に繋がる遺物を見ることができます。素人にだって、この文化が一万年以上この地で途切れなく発展醸成されてきたものだと感ずることができます。
騎馬民族征服説など笑止千万。馬がどうやって海を渡るのだ。この険しい山川が入り組んだ地をどうやって馬で駈けるのだ。
騎馬民族は女でも、ズボンをはいて馬にまたがる。楊貴妃も馬にまたがって乗ったという。日本の飾り馬の埴輪には、女が横座りに騎乗するため、馬の胴体の片側に、足載せがついているものがある。日本の女は、古来大事にされてきたのです。
日本は世界で最も古い国です。ですから、昔のことは日本が一番よく知っています。GHQが画策した歴史改竄も、そろそろほころびが出て来ているのでしょう。嘘を吐き通すというのも大変でしょう。
何かに気づき始めた日本に、他国は戦々兢々としているのでしょう。
そのように私は認識して、にやにやしています。
いつもありがとうございます。



2014/05/06(火) 15:17 | URL | #-[ 編集]
韓国政府と元慰安婦を告訴せよ
韓国の女性家族省の公式ホームページにとんでもないことが掲載されているそうです。元慰安婦の証言とされているが、日本国民の名誉を傷つける許されない行為です。

「朝鮮総督府が警察と憲兵などを動員して暴力的に女性たちを連れていった」「拒否すれば鞭で打たれ、徹底的に日本軍が監視していたので逃げるのも難しかった」「日本軍は性犯罪が世の中に知られるのを恐れ、戦争に負けると同時に私たち(慰安婦)を生きたまま土に埋めたり、自殺を強要するなどさまざまな方法で殺した」

このようなことを河野氏は認めたのでしょうか。韓国の虚言に対しては「法的な措置」を取る以外にありません。

日本国民に対する名誉棄損で韓国政府と元慰安婦を告訴すべきです。賠償金は日本国民一人に対して「千円」で構いません。
2014/05/06(火) 15:07 | URL | にっぽんじん #-[ 編集]
左翼の悪行を徹底的に分析して整理してほしい
最近の教科書ではさすがに消滅したでしょうが、私が子どもの時代の教科書はとんでもない印象操作が書いていました。典型的なのは北朝鮮が韓国より進歩した国であるかのような印象操作です。具体的例ははっきり思い出せませんが、韓国は軍事政権で経済も遅れているのに対して北朝鮮は経済が進み福祉も充実しているような書きっぷりでした。左翼学者はろくに学問的実力もないくせに印象操作に関しては天才的でした。北朝鮮は無料で医療が受けられると書いていましたが、そのほんとうの意味がわかったのはそれから何年も経った後で、北朝鮮でいう「医療」とは日本でいうと中学校の保健室みたいなものだったのです。保健室には無料で誰でも入れる、それも全国ではなく都市部だけでしょうが、それを言葉たくみにだまくらかして「北朝鮮の医療は無料で福祉の先端をいっていると見せかけていたのです。マスコミは左翼一色だったから、それを否定する見解など絶対にのせません。
学者も教師も共産主義に洗脳されていたから、日本も未来は共産主義になるべきと信じ込んでいたのです。その洗脳がとけるのは1980年代の後半であると思います。共産主義の洗脳が日本人の間から溶けていくに従い、時代にとりのこされた共産主義者たちは次の洗脳道具をさがしていました。それが日本の戦争責任のむしかえしと執拗な追及および熾烈な糾弾でした。実際、日本の共産主義者に残っていたのはそれだけだったのです。
でも実際はアジア人民の苦しみを理解しろなどと言っているのはウソ八百の大嘘でこいつらは中国共産党や北朝鮮の独裁国家で抑圧されている人民の苦痛などなにも気にかけないで、日本たたきばかりやっていたのです。自分たちが学問や教育の主導権を握りたいからです。こいつら海外の反日勢力をあおって日本たたきをやるのが一番効率的だと気づいてからは手に負えなくなりました。
それが1980年代です。故・谷沢永一氏などが徹底的に左翼の悪行をあばきましたが、最近の若い世代はあまり知らないと思いますので、教育や学問での過去の悪行や手口を徹底的にあばきだして整理することは日本がこいつらの生き残りや後継者によるプロパガンダにやられないために大変重要なことだと思っています。
私はリベラルは徹底批判するつもりはありません。公明正大な自由主義者はどこの国でもそれなりの役割があると思います。日本の長年の敵はリベラルのふりをした反日左翼です。日韓に関しては常に日本をけなし、日中に関しては常に日本をけなし、10年前は北朝鮮をかばって日本をけなし、日米に関しては常に日本をけなし、どうしようもない自虐化が宗教にまで昇華したような恐るべき勢力、それが反日左翼です。リベラルと共産主義が結合してしまって、共産主義のおそるべき悪が隠れたのが日本の思想空間での悲劇です。
2014/05/06(火) 14:59 | URL | 反・左巻き #-[ 編集]
戦前はどのように教えられていたのでしょうか?
縄文人と弥生人は同じ人 !!!

驚きのタイトルでその解説もなるほどと思って通読させて頂きました。しかし、戦後の公職追放で約20万人が追放の憂き目に遭ったことは存じておりますが、それならば戦前はどのような歴史教育がなされていたのでしょうか?戦前の歴史教科書を見てみたくなりました。
2014/05/06(火) 14:26 | URL | #-[ 編集]
倒錯的な左巻きの洗脳
私も古い教科書で学んだもんだから、いまから振り返ると妙な記述のオンパレードでしたね。子どもなら批判できないでしょう。
たとえば「朝鮮戦争により、日本の経済は発展した、あるいは持ち直した」という教科書によくあった記載(今もこれ?)。
いかにも朝鮮に恩があるような書きっぷりで気色悪いですね。
経済が発展したのは国民が勤勉で技術があったからです。需要は世界中にあったでしょうに。
なら米国やヨーロッパの経済需要があったから日本の経済が発展したと書かないと公平を保てないような気がするが、そうとは書かない。
すべてがこのように逆なのです。朝鮮戦争のとき、近くに日本という物資の補給庫があって助かったのは韓国人のほうなのです。それを恩着せがましく書く。朝鮮戦争などなかっても日本経済は発展したに違いないのに変てこなことを書く。こういう例は枚挙にいとまがないでしょう。
左翼勢力の呪いは教育のいたるところに悪弊を残しています。特に日教組のやらかしたことは最悪でした。ただの共産系洗脳集団なのに平和集団だと見せかけていました。マスコミも左翼に洗脳されていたから、完全に国民はだまされました。
2014/05/06(火) 13:58 | URL | 反・左巻き #-[ 編集]
人類の起源
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20101026001&expand#title

最古の人類はアフリカでなく、アジアであるという説もありますよ~

この記事では中国となっていますが、わたしは個人的には人類の起源は日本だと思っています。
日本の、白山から琵琶湖にかけてです。
2014/05/06(火) 13:54 | URL | しおり #cizGH2X.[ 編集]
No title
1911年秋の辛亥革命で最初に政府樹立を宣言した湖北軍政府が、10月11日に国号を中華民国、年号に黄帝紀元を採用すると発表、同年を黄帝紀元4609年としています。5000年とも、4000年とも言えるような数字ですね。皇紀の真似であることは間違いありませんが。
2014/05/06(火) 12:11 | URL | #-[ 編集]
No title
一時期、上記の江上教授をはじめとして「天皇家のルーツは大陸から来た騎馬民族である」と主張する学者がずいぶんいたようですが、最近ではさすがに少なくなったようですね。

終戦直後、アメリカは日本の力を削ぐために宮家の数を減らすなどして皇室の弱体化を図りましたが、一番効果的な方法は皇室を外来の征服王朝とすることで、江上教授の提唱した説もそれに関連があるのでしょうか。
しかし本当にそのような証拠があれば、GHQが必ず見つけて公開しているはずです。それをしなかったということは、つまり根拠がないということなのではないでしょうか。
2014/05/06(火) 10:18 | URL | ねこ #ADFt6C5g[ 編集]
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縄文人と弥生人は同じ人?これが正しいかどうか判断する根拠を私は持たないが、一読の価値はある

旅から帰ってネットで偶然見つけた内容です。  江上波夫「騎馬民族征服王朝説」は常識として頭に埋め込まれてきたので目からうろこです。韓国のビジネスマン氏の家に昔、泊めてもらったとき彼らにとって江上波夫の騎馬民族説は朝鮮から弥生日本人の先祖が移動してきたという説で重要なのだなと感じた。日本書紀を否定しているという宣言としての騎馬民族説なのか?というのも新鮮な驚きです。 http://nezu...
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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