アクセスランキング

先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


川添シマさん

人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。
(それぞれの画像はクリックすると当該画像の元ページに飛ぶようにしています)

20150912 満州 高粱畑


かつて満州に、川添シマさんという女性がいました。
まだ新婚の若い奥様でした。
夫は警察官でした。
けれど、この当時、満州には匪賊(ひぞく)が横行していました。

匪賊というのは、集団で徒党を組んで掠奪や暴行を生業とする暴徒たちのことです。
抵抗できない民家を集団で襲って、強盗、強姦、放火行う賊徒たちです。

それはまだ、満州国が生まれて間もない昭和7(1932)年8月23日のことでした。
何もない、ただ黄色い砂漠が広がるだけの大地に、日本人が入植し、水をひき、地面を耕し、そこを広大な高粱(こうりゃん=モロコシのこと)の畑に変えていました。

腹いっぱい飯が食えるようになれば、きっとこの地に平和が訪れる。
もう匪賊になんかならなくても、みんなが平和に暮らせるようになる。
そう思い、そう信じて、多くの日本人が満州に入植しました。
そして現地の人々を指導して、痩せた砂漠しかない黄色い大地を、青々とした緑の穀倉地帯に変えていっていたのです。


けれど、そんな高粱畑のある民家は、同時に匪賊たちに狙われるところでもありました。
満鉄本線に沿う新京(しんけい。いまの長春)にある陶家屯(とうかとん)の地でも、そんな匪賊への警戒をすこしも弛めませんでした。

もっとも警戒といっても、駅の周りに塹壕と鉄条網を設けておいたくらいのものです。
そして周りの家々からそこへ逃げ込む多数の住民を守るものは、わずかに6人の日本人の巡査がいるだけでした。

川添シマさんは、その巡査の中のひとり、川添忠次郎の妻でした。

その日の夜遅く、月の光も照らしきれない黒々とした高粱の野の果てに、火影が立ちました。
いうまでもなく匪賊が掠奪のあとに焚き払う民家の炎です。
このような運命にさらされる心細さが、人々の胸に湧いて、誰もかもが言葉もなく、野の果ての炎を見つめていましたが、その色もだんだん薄れて行って、夜はまったくの静寂の世界へと導かれていきました。

緩んだ心が人々を眠りへと誘って、巡査派出所の柱時計が10時を打ちました。
すると何やらただならぬ人声がしました。
シマさんはとっさに夫を呼び起こしました。

ざわめきは増していきました。
喊声(かんせい)があがりました。
物音が高くなります。
大地を蹴って走る大勢の靴音がします。
呼び覚ます声に、二階から5人の若い巡査たちも駆け下りてきました。

「いよいよ来たぞ」
「来ないのが不思議だったのだ。諸君、しっかりやろう。最後のひとりまで踏ん張るんだ」
覚悟を見せた夫の言葉を、健気なことと聞きながらも、シマさんの心はさすがに揺らぎました。
けれど、その奥底から湧き出たのは日本魂の言葉でした。
「さあ皆さん、早く駅舎へ」
駅舎には大勢の避難民がいるのです。
巡査達は、その避難民を守る責務があります。

巡査達は言いました。
「奥さんこそ、早く駅舎裏の塹壕へお逃げなさい」
「いいえ。ここは私一人でたくさんです。早く行って、あそこにいる大勢の人をたすけてください」
日頃、シマさんのことを姉のように慕う若い巡査たちの厚意を受けて、敢然と決意を見せたシマさんの言葉に、
「そうだ。ここは妻にまかせて、ぼくらは駅へ行かねばならぬ。さあ諸君」と夫は声を励ましました。

もう賊は近づいてきていて、銃声が豆を炒るように聞こえます。
少なくとも400を超える多数のようです。

巡査たちは手に手にピストルを握りしめながら、折からかくれていく月影を幸いに地を這うようにして駅舎をめがけて走りだしました。
喚声と銃声、脅かすような叫び声、ものを壊すけたたましい音、それが陶家屯の部落を取り巻いて渦巻きはじめました。

夫とその同僚が暗闇に消える姿を見送ると、シマさんはすぐに電話に飛びつきました。
「もしもし、本署ですか。范家屯(はんかとん)の派出所です。ただいま匪賊が約400来襲しました。戦闘中です。すぐに応援を願います!」

受話器を置いてほっと息をつくと、匪賊は駅舎に近づいたとみえて、100メートルばかり向こうの塹壕から銃火が起こりました。
派出所をめがけて近づく賊もいるようです。
もうこうなっては、賊の数などは眼中にありません。
戦わなければ殺されるのです。

シマさんは拳銃をとるなり、窓に駆け寄って、闇に迫る黒い影に弾丸を浴びせかけました。
すると、そこにめがけて、賊が銃撃してきました。
シマさんが握りしめた拳銃から、火を吐いて弾丸が飛んでいきました。
そして28発目の弾丸が銃口を離れたとき、シマさんは左胸に銃弾を受け、ばったりと倒れました。

ほどなく本署からの応援隊が背面に銃火を切ったので、匪賊はこそこそと高粱の影に隠れて逃げて行きました。
陶家屯の人々は、生き返った思いで、避難所から家に帰りました。
そして川添氏らが派出所に戻ったとき、血に染まったシマさんが、まだピストルを握りしめたまま、がっくりと窓で絶命していました。
尊い満州警備の人柱、川添シマさんの御霊は、殉国の業を完成して天に帰りました。

昭和8(1933)年4月25日、シマさんの魂は、護国の神として、同じく満州や上海の地に斃れた尊い犠牲者1698名の英霊とともに、靖国神社に合祀されました。

*********

実はこの事件は『女子鑑』という大阪府教育会が昭和13年に刊行した和綴じの本に書かれた史実です。
文章はいつものねず式で、おもいきった現代語訳にしています。

一般に満洲事変は、昭和6年の柳条湖事件に端を発するといわれています。
満州国の建国は昭和9年3月1日ですが、それ以前の昭和7年1月1日にChinaに中華民国が成立していたとして、「だから日本が満州を侵略したのだ」などと訳知り顔に書いている本やサイトがたくさんあります。

けれど、その日に成立したのは、孫文が臨時大統領を務める「中華民国臨時政府」であって、まだ国家とはいえない、国際的にも非承認の、あくまで臨時政府です。
しかもこの時点でChinaで新国家を名乗る軍閥は数十もありました。
そもそもChina国家自体が、そうした軍閥の上に外来王朝である清王朝が「乗っかっていた」だけの体制です。

なるほど昭和7年に清皇帝は退位していますが、清王朝自体は力を失ったとはいっても厳然と存在していましたし、もともと柵封国であった周辺国は、その後も継続して清王朝への朝貢を毎年継続しています。
そして外来王朝である清家が力を失った結果、China国内にもともとある軍閥(大手匪賊)たちが、それぞれ勝手に割拠していたというもともとの原始Chinaの状態に戻っただけの混沌とした状態にあったのが当時のChinaです。
Chinaではこの状態が昭和24年の中華人民共和国の成立時まで続いています。
昭和7年の時点で「国家が成立していた」などと当時のChineseに言ったら、「それ、どこの国のことだい?」と笑われます。

上にご紹介した川添シマさんのこの事件は、そんな政情がきわめて不安定な時代に起きた事件です。
そしてひとつはっきりいえることは、当時満州にいた多くの民衆(これは満州人も日本人も同じです)にとって、誰が政権を取るかよりも、いかにして自分たちがちゃんとした農業で食料を作り、みんなが豊かになっていくかが、何より大事だったのです。

日本軍がChinaを侵略したというけれど、現に川添シマさんがいた陶家屯村にいたのは、シマさんの夫を含めたわずか6名の巡査だけです。
そして、これを襲った匪賊は400人です。
いったいどちらが「侵略」なのでしょうか。

もし、これを侵略というのなら、日本から中東やアフガン、アフリカなどに農業指導に行っている国際交流団のメンバーは、全員、侵略者です。
世界中の先進諸国が貧しい国々に派遣している医療ボランティアなども、全部侵略者です。

現代日本人は中共や韓国のプロパガンタに踊らされすぎです。
民族の誇りを失い、欲ボケになるから、簡単に踊らされるのです。

欲に目がくらむとどうなるか。
たとえば銀行の窓口に強盗がきて、窓口の女性に「金を出せ」と凄んだとします。
すると窓口の女性、
「すきなだけお金を渡してあげるから、分前をちょうだい」
価値観が歪むと、そういうことになるのです。
そして真面目に稼いだ富が失われるのです。

戦後の日本は、働いて働いて、みんなが豊かになったのです。
けれど、その結果が、若い夫婦が夫の収入だけで安心して妻や子を養えず、子のいる主婦が時給の安いパートタイムで働かなければならず、子の養育もままならない、そんな事態です。

かつて川添シマさんのような立派な女性がいました。
彼女は何のために亡くなられたのでしょうか。

人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

The capital of Manchukuo 1 of 2
満州国国都、新京《前編》


関連記事

コメント
烈女の御霊に合掌
シマさんは、愛する夫を支え、一念振り絞って凛として戦い、三界に生を引きました。
ともすると目先の利益にとらわれる私達には、最早想像もできない世界かも知れません。
大陸や半島からの客が減って、このままだと店は潰れる!
政府の外交のせいだ!
そう宣う業界があります。
外国人が落とす金。
そればかり期待するなど、あまりにも愚かだと思います。
烈女川添シマさんの御霊に心から合掌します。
2019/09/20(金) 19:03 | URL | takechiyo1949 #VCU7f5e.[ 編集]
ねず先生の問いかけに、胸が熱くなりました。これまでは、謝罪を求める自称被害国や国内の知識人に対して、原因を確かめもせず真実を知ろうともせず何となく負い目を感じて沈黙してきました。経済援助や女性基金にも唯々諾々と地と汗を支払い続けました。そしてついに相手の心底がはっきり見えました。ここからは、日本人が団結して国内にまで食い込んだ敵性民族を排除し祖国を防衛しなければなりません。真実と本質を理解した日本人は、迷わず戦えるはずです。
2015/09/21(月) 15:34 | URL | 渡辺 #-[ 編集]
No title
今日も、ありがとうございます。
いざと言う時に、一番の力が出たのは、教育の力だったと思います。
私は 孫、子さらに、ひ孫の代まで、生まれてきた使命を知り、全うして生きることができる人間を育てるお手伝いをします。それは、平和の近道です。今は、軍備もやむなしですが・・・。
現状を認識していないいわゆる有名人という名の人間が、
安保法案を阻止しなくては、とコンサートなど開くのは、ノーテンキと思う毎日です。
平和と歌えば、攻撃されないのか?おばかチャン
2015/09/13(日) 19:48 | URL | えっちゃん #-[ 編集]
No title
私は男ですが、想像を絶する状況で川添シマさんの様に行動できるかと問われたら自信が持てません。

彼女には相当な覚悟が有ったことでしょう。

しかし、その行動の基礎には日本人としての思いやりや良心といったしっかりしたものが在るように感じます。

昔に戻れとは言いません。しかし、教育や道徳という面で日本の歴史から学べることがたくさん有るのだと言いたいです。

いつも勉強に成る記事を有難うございます。
敬具。
2015/09/13(日) 16:32 | URL | たまにはコメントしてみます。 #-[ 編集]
御礼
戦後70周年に向けて「正しい歴史に学ぶ すばらしい国日本」
偶然見ることができ小名木氏はじめ日本人として胸を張れる
感動する映像でした。友人知人に紹介しています。
遅ればせながら御礼申し上げます。
2015/09/13(日) 15:14 | URL | 1949 #-[ 編集]
No title
先ほどコメントさせて頂きましたが、追記です。
国連への負担金ですが、我々国民の血税が真に世界平和の為であれば、支払って当然です。
ですが、今回の様なパン総長のような行動を取る国連には我々の血税を使ってほしくない、とそういう意味で書きました。

書いて相手に伝えるという事は難しい(汗)

2015/09/13(日) 12:21 | URL | #PyZMa2bE[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
*引用・転載について
ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

スポンサードリンク
カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
スポンサードリンク
<
カテゴリ
月別アーカイブ
スポンサードリンク
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓


↓好評発売中↓








ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
スポンサードリンク
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

スポンサードリンク
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク