アクセスランキング

先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


着物と呉服の違いとは

「ねずさんのひとりごと」は、ドメイン変更をしました。
ブックマークに登録してくださっている方は、登録変更をお願いします。(ドメイン変更日:2019年5月26日)
旧ドメイン:http://nezu621.blog7.fc2.com/
 ↓↓↓
新ドメイン:http://nezu3344.com


人気ブログランキング応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

平成31年度倭塾動画配信サービス受講生募集中


和服のことを「呉服(ごふく)」とか「着物」といいますが、どちらの言い方が正しいのでしょうか。
実はそんなところにもおもしろい歴史があります。


20160624 御所車


和服のことを「呉服(ごふく)」とか「着物」といいますが、どちらが正しいのでしょうか。
古代の日本には文明も着るものさえなく、魏蜀呉の三国志の時代に孫権率いる「呉の国」から着衣の文化が伝わったから「呉服」なのだなどという、まことしやかな嘘がまかり通ったりしていますが、もちろんそのようなことはありません。
日本は魏蜀呉の三国時代などよりもはるか数千年の昔から、布の衣装を着ていたことは、ちゃんと遺跡が考古学的に証明しています。

さて、「呉」という字は、訓読みが「くる(繰る)、くれ(繰れ)」ですが、糸を繰って織った布地を使った衣服のことを、もともとの大和言葉で「くれはたおり」、または「くるはたおり」といっていたのです。
その「はたおり」が長い時代のなかで言葉が常識化し短縮されて、「はとり」となりました。
「はとり」は、服を織(お)る人たち、つまり「部(べ)」ですから、ここから「はとりべ」という単語が生まれ、短縮されて「はっとり」となり、この意味をあらわす漢字として「服部(はたおりべ)」が用いられるようになりました。

そして「糸を繰って」つくった布で服を織ったもののことを「くるはた」または「くれはた」と読んだことから、後から漢字で同音の「呉(くれ)」が用いられるようになり、そこから「呉(く)れ服(はた)」と書くようになり、これを音読みして「ごふく」と呼ぶようになったわけです。
こうして「はたおり」で作られた着物のことを「呉服(ごふく)」と呼ぶようになりました。

そもそもChinaの「呉」の国は、孫権が打ち立てた国ですけれど、この国は西暦229年に成立し、西暦280年には西晋によって滅亡させられています。
つまり、呉が国家を営んでいたのは、わずか51年のことでしかありません。

そしてこの時代に、魏志倭人伝が書かれたことに明らかなように、日本(当時は倭国)は、呉とは敵対している魏とむしろ仲が良く、逆にいえば、呉は敵国の範疇ですから、この時代に日本が「呉の衣装の影響を受けた」というのは、いまいち考えにくいことなのです。



『ねずさんのひとりごとメールマガジン』
登録会員募集中 ¥864(税込)/月  初月無料!


20190317 MARTH





これは現代にも通じることですが、被服などの習慣は、文化的優位性のある国や地域から、遅れた国へと伝播するものであって、その逆はありません。
逆が起こる・・・つまり文化の遅れた国から、文化の進んだ国へと伝播するのは、スラングや暴力、隠語や売春など、風俗や暴力、つまり裏世界に関することに限られます。

早い話、英国が七つの海を制したから、世界のビジネスマンの衣装は英国風背広とネクタイになったわけです。
あるいは、文化的先進国とみなされた英国からやってきたツイギーがミニスカートだったから、日本中でミニスカートが流行ったのです。

では、この時代、呉は、それだけ進んだ文化を持った偉大な国とみなされていたのでしょうか。

そもそも魏蜀呉の三国が鼎立(ていりつ)していたころ、なぜか魏の曹操だけが、憎らしいくらいに強い宰相であり、魏は軍事大国として描かれているのは皆様御存知のとおりです。
まさに事実はそのような状況であったのですが、魏がどうしてそんなに強かったのかというと、魏の後方には、倭国という技術大国があったからです。

魏は、倭国との交易のために、わざわざいまの平壌に楽浪郡庁を置き、次いでいまの漢城に帯方郡という郡庁を置いています。
理由は、倭国との交易を盛んに行うためです。
ではそれが何のためだったのかといえば、倭人たちは質の良い鉄を作っていたからです。

三国志の時代は、Chinaはまだ青銅器の時代です。
その青銅器の時代に、鉄製の武器を持てば、その軍団は世界最強です。
なにせ青銅器の盾は、鉄の剣や槍(やり)で簡単に断ち割ったり、突き通すことができたのです。
だから曹操は強かったのです。

そして魏と国交を持つ倭国からしてみれば、わざわざ遅れた国である呉とこの時代に付き合う理由はありませんし、呉人の衣装を「かっこいい!」と真似る必要も理由もありません。

要するに「呉服」というのは、呉の国から渡ってきたから「呉服」というのではなくて、もともと「繰れ織(くれはた)」に「呉(くる)服」という漢字を当てただけのことで、実は呉服と呉の衣装とは、何ら関係などありません。

ちなみに、もともとは単に機織りして作った布で出来た衣装のことを呉服と言ったのに、これが「ごふく」と呼ばれ、なんとなく海の向こうからやってきた服装のようなイメージで受け取られるようになったことには、歌舞伎が影響しています。

江戸時代のはじめに、派手な衣装を付けた歌舞伎者たちが三国志演義の上演をして、これがたいへんな人気となったのです。
日本人はもともと洋モノが好きなことに加えて、なにせ歌舞伎の衣装は派手で恰好いい。

ちなみに史書である三国志と、三国志演義は実は中身はまったくの別物で、演義の方は、なるほど史書の三国志をモチーフにしているものの、桃園の誓いとか義兄弟の契りとか、いわばひと昔前の任侠ものの映画みたいなもので、義理と人情と恋と喧嘩と、弱い正義が強大な悪に最後は必ず勝つという創作ドラマです。
そして江戸時代の初期の歌舞伎は、実は歌舞妓と「女偏」であったくらいで、出雲の阿国(おくに)の時代から、いまの宝塚劇団さながらに、女性が演じる舞台でした。

女性歌舞妓ですから、衣装も派手だし、物語は勇壮な三国志演義です。
関羽も張飛も、着飾った美しい女性たちが演じるわけですから、これが人気が出ないはずがありません。
まして江戸時代にはいって世は平和となり、戦乱で壊れた建物などの建設需要が増して世はまさに好景気。
河原に舞台小屋が建てば、そこは行列をなす客の入りようとなりました。

役者さんたちは、まさに1日に千両稼ぐ、文字通りの千両役者となるのですが、そうなると千両箱を積み上げてでも、そんな女性の役者さんと一夜をともにしたいというおじさんも現れるわけで、いきおい風紀を乱すもととなりました。

そこで幕府が行ったのが、女歌舞妓の禁止です。
こうなると、女性は舞台に立てませんから、仕方がない、男性ばかりで舞台を行うようになりました。
ところが役によっては女性役も必要になるわけです。
そこで誕生したのが女形で、また歌舞妓も、国字で「伎」という字がわざわざ作られて、歌舞伎と書かれるようになりました。

ちなみにこの女形、今度はご婦人方に大人気となり、歌舞伎はふたたび興隆してまたまた千両役者が登場します。
基本、ドラマや映画のように、人が何かを演じるという舞台は、これは万国共通で人気になるものです。

一方、出雲の阿国に代表される役者さんたちは、男女とも派手な衣装に身を包んだわけですが、これが関ヶ原以降に生まれた新たな幕府という権威に歯向かうような一種の爽快感をもって庶民感情を刺激して大ヒットします。
同じ着物でも、役者のようなかっこいい着物、流行の最先端のモテ系の着物を扱うお店が、三国志人気にあやかっって、呉服屋を名乗るようになります。

いまでも原宿や青山あたりに、派手な最先端のファッション店がたくさんありますが、江戸のはじめころのああいった派手系のお店が、呉服屋を名乗っていたわけです。

要するに、呉服は、もともとは単に「繰って織った布で出来た服」を指す言葉を意味したし、着物は単に「着るもの」を意味した言葉だったのだけれど、江戸のはじめの歌舞伎と三国志演義の出しものの影響で、呉服がなんとなく、海外のモノをイメージする着物の最先端ファッションを意味する一般名詞へと変化し、これが時を経て、江戸の末期には、着物全般を意味する言葉へと変化していったわけです。

ところが幕末から明治にかけて、西洋から男物は筒袖にももひき姿の衣装、女物はすその広がったスカートの衣装が入ってきます。
さらに明治政府は、文明開化のために洋装を奨励しました。

このため、従来の被服が和服、西洋風の被服が洋服と分けて呼ばれるようになったのですが、このとき、もともとあった呉服や着物という名称もそのまま生き残りました。

さてその和服、戦後洋装化に拍車がかかったために、いまや和服は絶滅危惧種になりつつあります。
けれど、着たらわかりますが、自然と姿勢が保たれ、また、夏の暑いときには、人は脇の下にびっしょり汗をかきますけれど、和服はそこが空いているわけです。
やはり、高温多湿の日本の気候にあっているというか、夏、和服は意外と涼しいし、冬は温かいものです。

ところが近年職人さんがみなさん高齢化し、実はあと30年もしないうちに、呉服の柄を書ける日本人の職人さんが絶えてしまいそうな危機にあります。

理由のひとつが、近年の中国柄です。
日本の職人さんに、絵柄を描いてもらうと値段が 高いのでと、Chinaに行って、Chineseの絵描きさんに柄を描いてもらう。

ところが、やはり日本人とChineseの感性の違いで、色使や絵柄から、日本人の職人さんの描く、やさしさやすなおさが消え失せ、派手で手抜きの電飾のようなケバケバしさだけの絵柄となってしまいます。
China柄やChina染は、伝統的な和服の控え目でいるようでいて、精緻でキメの細かな和服の熟練の美しさがなかなか出ません。

近年、日本の伝統文化が次々と失われています。
しかし、文化の継承、技術の継承こそが、新たな文化や技術を開くのです。
文化も技術も持たずに、ただ目先の利益に飛びつくことが、いかに脆弱なものかは、お隣の国を見ればあまりに明らかです。

そうそう。
着物といえば、扇子が定番の小物ですが、その扇子も近年ではChina産の安い扇子が出回っているだけでなく、ある程度の高級扇でも、骨になる竹材がChina産の竹が用いられています。
ところが浅草にある文扇堂というお店ででは、製法が昔ながらというだけでなく、骨の竹材も国産の竹を使っています。
愛用させていただいていますが、おかげで扇子を閉じるとき、パチンという小気味良い音がしてたいへん気に入っています。
製法も材料も、国産のものは、やはりちょっと違います。

※このお話は2016年6月の記事のリニューアルです。
お読みいただき、ありがとうございました。


人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

講演や動画、記事などで有償で活用される場合は、
メールでお申し出ください。

nezu3344@gmail.com

【お知らせ】
<倭塾、倭塾ゼミ・他>
会場は都営新宿線船堀駅前にある「タワーホール船堀」です。
5月19日(日)13:30 第61回 倭塾(401会議室)
6月1〜2日 日心会10周年記念神話を体感する伊勢修養団研修 ※開催場所:伊勢市)
6月8日(土)18:30 第38回百人一首塾(402会議室)
6月23日(日)第62回 倭塾公開講座(307会議室)
7月6日(土)第63回 倭塾公開講座(307会議室)
7月20日(土)第39回 百人一首塾(407会議室)





関連記事

コメント
大阪府池田市に残る織姫伝説
こんにちは!
今日も拝読させていただきました。シェアさせていただきました。
ありがとうございます。

大阪府池田市には「織姫伝説」が残されています。
二人の織姫、呉織(くれはとり)、穴織(あやはとり)
呉織と仁徳天皇が祭神の呉服神社(くれはじんじゃ)
穴織と応神、仁徳天皇が祭神の伊居太神社(いけだじんじゃ)
染殿井(織姫が染色用の水を汲んだ)
唐船が淵(ここに二人が乗った船が着いた)などなど。
絹織物を呉服というようになったいわれが呉服神社です。
地名も呉服町(くれはちょう)だったりします。
他にも、織姫が機織りに勤しんで暗くなったら、天空から
7つの星が降りてきて明るくした、その場所が「星の宮」などです。
京のお公家さんが川遊びに来たという「猪名川」。
大広寺(池田城主池田氏菩提寺)の玄関の天井は「血天井」と呼ばれ、六代城主、池田貞正が落城の際に切腹し、その時の床板がはられています。
そんなこんな池田市ですが、最近市長が自民党から維新に変わって
大騒ぎになっています。ここでも維新のアホさがでるか、それとも・・・
2019/06/04(火) 12:51 | URL | 岡義雄 #-[ 編集]
和装で講演会!期待してます
歳を取ると体形も変わりますが、ここ何年も着る物(着物ではありません)を新調したことはありません。

友人の着物姿…特に女性の小物や髪型…やっぱり憧れますね。

ミュールで颯爽とカツンカツン歩く若い女性もカッコいいですが、浴衣では無い着物…和を衣生活に取り入れてる女性は素敵です。
価値観も広がるでしょうね。

浴衣は着ますが他の着物は持っていません。
てか「似合わない」と相方に言われます。
その浴衣もドアノブに引っかけて袖を破ってしまいました。
日本の家屋は洋風化してしまい、着物で生活するには不便でしょうね。

貫禄あるねずさんはきっと似合うと思います。
和装で講演会!
期待してます。
2019/06/04(火) 09:46 | URL | takechiyo1949 #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
*引用・転載について
ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

スポンサードリンク
カレンダー
11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
リンク2
スポンサードリンク
<
カテゴリ
月別アーカイブ
スポンサードリンク
解析
スポンサードリンク
ねずさん(小名木善行)著書
↓最新刊↓


↓好評発売中↓








ねずさんメルマガ
ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ
ご寄付について
ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について
最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。
検索フォーム
スポンサードリンク
関連サイト
祝日には国旗掲揚を!
御国旗セット
¥2,190

大型御国旗セット
[ステンレス製3mポール付き]
¥4,800

御国旗伸縮ポールセット【大サイズ】
¥3,000

御国旗セット L
[ マンション設置用 Lタイプ テトロン 国旗 ]

台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
お薦め書籍1

日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

スポンサードリンク
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
最新トラックバック
AdSense
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
amazon
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
https://docs.google.com/file/d/0B9Dh1-gISO9CZERHN2oxempSeEk/edit
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
スポンサードリンク