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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


朝顔につるべ取られてもらひ水

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日本人は民度が高いと言われています。
私も、そうだと思います。
けれど、その民度の高さは、DNAのなせる業というだけでなく、やはり教育による影響が大であったと思います。
だからこそ、本来の日本の教育を取り戻すことは絶対に必要なことなのです。


20190725 朝顔につるべ取られてもらひ水
画像出所=https://ameblo.jp/aoiwasi-k135/entry-12290699977.html
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


以前、国民学校小学4年生の国語教科書から「軍犬利根」のお話をご紹介した際に、以下のように書かせていただきました。
*****
戦前に「尋常小学校」と呼ばれた小学校は、昭和16年から「国民学校」と名前が変わりました。
だから「戦争のために戦時意識高揚のために変えた」と戦後左翼から攻撃されました。
その攻撃はGHQが火付け役になってもいました。

ところが実際に国民学校の教科書を見ると、全然軍国主義教育、国粋主義教育になっていないのです。
このことは、また日をあらためて別な稿に書きますが、むしろその教科書から伺えることは、「いま、大人たちは間違って戦争をしてしまったけれど、君たち少年少女が大人になったとき、決してそうした「戦争」という手段を用いることなく国を護れる、そういうことができる大人に育ってもらいたい」という、明確なメッセージが、そこここに埋め込まれているのです。

なんと、国をあげた戦いの最中に、日本は「戦争をしない国つくり」のための教育を子供達にしていたのです。
涙が出ます。

*****

今回はそのことについて、国民学校の小学6年生向けの国語教科書『初等科國語七』に掲載された俳句をもとに書いておきたいと思います。



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20190317 MARTH


*****
国民学校『初等科國語七』十九「朝顔に」

千代(ちよ)

 朝顔につるべ取られてもらひ水
 木から物のこぼるる音や秋の風
 何着ても美しうなる月見かな
 ころぶ人を笑うてころぶ雪見かな

一茶(いつさ)
 雀の子そこのけそこのけお馬が通る
 やせ蛙まけるな一茶これにあり
 やれ打つなはへが手をする足をする


*****

千代というのは、加賀千代女(かがのちよじょ、かがのちよめ)のことで、江戸時代中期、18世紀の俳人です。
石川県白山市の出身で、素晴らしい俳人というだけでなく、日常生活においても人々から大変に尊敬され、本人も世間から悪しざまに言われないように身の持ち方に気をつけて、堂々と生きた女性としても有名な女性です。

女性俳人の代表とされ、名句をたくさん残していますけれど、そのひとつひとつに心根のやさしさがあふれ、まじめに俳句を勉強し、まじめに生き抜いた女性としての品格さえも、歌から感じ取れる凄みがあります。

 朝顔につるべ取られてもらひ水

冒頭にある絵は、歌川国芳が、この「朝顔につるべ取られてもらひ水」を絵にしたもので、まさに歌のイメージにぴったりの絵になっています。
「ある朝、井戸で水を汲もうとしたら、朝顔が釣瓶の所につるを巻きつけていました。
水を汲むには、その朝顔のツルを千切ってしまえば済むところ、なんだかそんなことをしたら健気な朝顔がかわいそうで、隣の家に水を貰いに行きました」といった意味の句です。

わずか12文字の短い言葉の中に、朝の情景や朝顔の清々しさが浮かび、おそらく女性でしょうか、ツルを切らずに水をわざわざもらいに行く女性の、やさしい心が、心地よく伝わってきます。

けれどそれだけでなく、朝という時間帯が、出勤前の忙しい時間帯であることは、昔も今もなんら変わることはありません。
そんな忙しい時間にあっても、やさしい心遣いを忘れない。
健気な植物をおもいやる。
自然をたいせつにする。植物をたいせつにする。
そんな「思いやりの心」の美しさ、たいせつさを、この句はあざやかに描いているということができます。

 木から物のこぼるる音や秋の風

「秋の風」とありますが、ここで詠まれた風は、季節が秋で、モノがこぼれるような激しい音をたてているところから、野分(台風)の強風です。
台風の風はおそろしいです。
けれど、そのおそろしい風を、直接「台風の強風です、こわいです」と書かないで、句から連想させるというところに、俳句の面白さがあります。

つまり、和歌と同じで、言いたいことを直接的に言うのではなく、言いたいことをあえて言わずに、相手(読み手)に連想させるようにする。
いかにも日本的な「察する」文化の句です。

その台風の嵐の風が、まるで物がひっくり返って激しい音を立てている音であるかのように聞こえてきます。
昔の家屋を想像してみたらわかると思いますが(私の家もそうなのですが)、大風が吹くと家が揺れます。
はっきりいって、強風は怖いです。
家が飛ばされかねないからです。

ところがその台風のおそろしい強風を、これまた「秋の風」と千代女は詠んでいます。
つまり、そんなおそろしい風さえも、それはそれで季節の風物として、千代女は現実として受け入れようとしています。

つまり、この句の凄みは、たとえどんなに辛いこと、恐ろしいことがあったとしても、それを受け入れ、消化し、そこからまた強く立ち上がっていく。
「強い」という字は、「勁い」とも書きますが、この「勁い」は、「疾風に勁草を知る」から来ています。
どんなに強い風が拭いても、草花はその風を「柳に風」と受け流す。
それが「勁さ」だという言葉です。

この句は、その「疾風に勁草を知る」を、女性の立場から千代女が俳句にしたということができます。

ちなみに白山市の松任には、千代女の居宅が有った場所に、いまも「なつめ」の老木があります。
もう樹齢300年を超えているそうですが、その「なつめ」の木が、この歌に詠まれた木なのだそうです。
本当に日本は歴史の古い国なのだと思います。

 何着ても美しうなる月見かな

季語で「月見」とありますから、前の句と同じ秋、おそらくは中秋の名月であろうと思います。
その美しい満月の月灯りのもと、女性たちは、子供達と一緒に、お団子などを食べながら「お月見」を楽しみます。
ちょうど良い加減の満月の月灯りで、普段着の女性たちが、夜風に映えて美しい。
そんな情景です。

さらにいうと、この時代、「美しい女性」というのは、単に見た目が良い、顔立ちが良い、あるいはスタイルが良い女性をいいません。
心根のやさしさや、働き者であること、家事や人付き合いなどを、まめに行う活き活きとした女性のことを「美しい」と言いました。

ですからこの歌にある「何着ても美しい」というのは、いわゆる月見のために着飾った女性、商売で着飾っているような女性たちではありません。
ツギのあたった野良着を着ている女性たちが、月灯りのもとで、生き生きと輝いて見えることを詠んでいます。

さらにいうと、「何着ても」というのは、どんな身分や職業の人であっても、あるいはどのような民族衣装を着た人たち(他国の人たち)であっても、という意味にもなります。
どんな民族、身分、職業の人であっても、お月様の下では、等しく人間です。
それを「美しい」という。
つまり、互いを人して対等な存在として認め合うという精神が、ここにあります。

 ころぶ人を笑うてころぶ雪見かな

こちらは季節が冬になります。
歌に説明は要らないでしょう。
みんなで雪見をしていると、誰かが雪に転んでしまいます。
その様子を見て大笑いした人が、自分もまた雪にすべって転んでしまう。
そんな様子をみながら、みんなで「アハハ」と大笑いしている。
江戸中期の、そんな街角の楽しげな様子が、まるで目に浮かぶかのようです。

そしてこの歌には、さらに奥行きがあります。
「転ぶ人」というのは、失敗した人です。
失敗には、いろいろなことがあります。
事業の失敗、人間関係の失敗など、さまざまです。
そういう他人の失敗を、嗤(わら)う。
それは、決して良いこととではありませんし、他人を笑いものにする人は、笑いものにした、そのことで自分もまた、失敗して他人に迷惑をかけたりします。

人の世に、100%の成功などありません。
100%良い人もいない。
すべての人は、良いこともすれば、悪いこともしてしまうし、必ず何らかの失敗をします。
そうした人々の喜怒哀楽、愛憎恩恵のすべてを包み込んで、天から降る雪は、すべてを覆って真っ白にします。

人を憎んだり、嘲笑したりするのではなく、自分も、そんな失敗する人のなかのひとりだと自覚して、全部笑って、みんなでまた楽しもうよ、がんばろうよ、といった響きが、この句の中に読み込まれています。

 *

次に、一茶(いっさ)というのは、ご存知、小林一茶のことです。
時代的には、千代女よりも半世紀ほどあとの人になります。
一茶といえば、初婚が50歳のときで、なんと28歳の「きく」と結婚し、その「きく」が37歳で早世すると、今度は一茶62歳で田中雪と結婚、ところが雪とは半年で離婚し、その後なんと64歳で「やを」と再々婚して、一女を得ています。

一茶は、58歳のときに脳卒中になって半身不随になり、63歳のときには言語障害までおこしていたそうですが、それでも連日連夜励んでいたのだそうで、まあ、元気がよいというか、むしろ、たいしたものだと感心してします。

 雀の子そこのけそこのけお馬が通る

ここでいう「雀の子」は季語になります。
雀は春に卵がかえって雛になることから、季節は春です。
春先の良い天気の日、雀の雛が道路で遊んでいます。

「そんなところで遊んでいたら、お馬さんに踏まれてしまうよ、危ないよ」
といった歌意になります。
句に「そこのけそこのけ」とありますから、その馬は、いわゆる荷駄の馬ではなくて、大名行列の馬かもしれません。

同時にこの句は、当時の武士達は、いわゆる権力者たちですけれど、そんな武士達に対して、この歌は逆に雀の子たちが「そこのけそこのけ、ここはオイラの遊び場だい」と言っているようにも見えます。
つまり、権力に対して、天真爛漫な庶民が「そこのけ、そこのけ」と言っている。
二本差しの武士達の権力に対して、堂々と「そこのけ、そこのけ」と言っている、いわば反骨精神のようなものも、実はこの句には詠まれています。

おもしろいのは、こうした反権力というか、反骨精神の俳句が、戦時中の小学校6年生向けの教科書に掲載されていることです。
戦時中なのです。
いまどきの学者さんや、一部の宗教家や左翼の人達は、まるで「戦時中は言論が封殺されて、国家権力の下で何もかもが押さえつけられた時代」といいますけれど、まさにそういう時代に、子供達に小林一茶の「そこのけ、そこのけ」が、学校で教えられているのです。

この一茶の「そこのけ」の句と、そのひとつまえにある千代女の「ころぶ人を笑うてころぶ雪見かな」の句を重ねてみると、おもしろいことがわかります。
それは、
「たとえ国家権力といえども、人の世なのです。間違いを犯すこともある。だからこそ、ひとりひとりがしっかりと勉強し、自立した大人となって、たとえ相手が国家権力であろうとも、間違いは間違いとして、しっかりと訂正できる大人になってもらいたい」という明確なメッセージです。

学校では、この6首の俳句のために、二時間程度の授業が割り当てられました。
最初の一時間は、先生による千代女や一茶の人と俳句の解釈でしょう。
けれど、二時間目には、こんどは生徒たちが主役となって、この句から何を感じるかを授業で先生と討議したり、作文を書いたりします。

当然、歌の表面的な意味だけでなく、その奥にある歌の真意にまで、先生との討議が及びます。
及べば、当然、「そこのけそこのけ」が、馬が雀の子に「そこのけ」と言っているだけでなく、雀の子の側が、馬に「そこのけ」と言っていることに議論が至ります。

戦時中の教育は、このように、ひとりひとりの自立を促す授業であったのです。
そしてこのことは、次の俳句で、尚一層明確になります。

 やせ蛙まけるな一茶これにあり

痩せたカエルが、何かに飛びつこうとしているのか、それとも他の何かと喧嘩しているのか、それはわかりません。
ただ、痩せたカエルが、何かに挑戦しようとしている。
その痩せカエルに、一茶が「負けるな、がんばれ!、オレがついてるぞ!」と応援しています。

だからといって、一茶は、その痩せカエルが喧嘩している相手を踏み潰したり叩いたりはしないでしょう。
一茶は、ただ、見ていて、応援しているだけです。
けれど、「一寸の虫にも五分の魂」、たとえ痩せても日本男子。
どんなに苦しくても辛くても、戦うべき時には、命をかけて戦う。
世に非道があれば、それを正すために戦う。

この世に、理想社会なんてものは存在しません。
どんなに素晴らしく平和で安定した豊かな世であっても、その中には競争もあり、憎しみもあり、戦いがあります。
それでも、どこまでもみんなのために、自分を鍛え、精進し、みんなのために生きていく。
それは、断じて隷従することではない。
どこまでもみんなのため。
それが皇国臣民の生き方であると、こうして教えられたのです。

 やれ打つなはへが手をする足をする

「はへ」というのは「蝿」のことです。
蝿は本当に邪魔なものです。
まさに「うるさい(五月蝿い)」存在です。

けれど、だからといって、打つ、つまりただ殺すのではなくて、その蝿が手をする、足をするなら、そうさせてやりなさい、とこの俳句は詠まれています。
「泥棒にも三分の理」、ただ一方的に裁くのではなく、三分でも理があるなら、ちゃんと聞いてあげようではないか、と、この句は教えてくれています。

それは、ただの「やさしさ」ではありません。
そこには「三分の理」は三分の理として、それだけに影響されないしっかりとした自我が形成されていなければなりません。
そうでなくては、蝿のための世の中になってしまう。

しっかりとした信念と覚悟を持ち、そのうえで、たとえ蝿であっても、その言い分は、ちゃんと聞き届ける。
そうしても、蝿の言いなりにならないだけの、しっかりとした信念を持つ。
そのために勉強する。

 *

ご紹介した7首の俳句は、国民学校の小学6年生向けの国語教科書に掲載された俳句です。
その「国民学校」というのは、それまで「尋常小学校」と呼ばれた小学校を、昭和16年4月から改組して「国民学校」として発足しました。
つまり、まさに戦時中の小学校です。

戦時中の小学教育ですから、戦後には、「軍国主義のファシズムを徹底するための教育制度であった」などと悪しざまに言われ続けてきました。
ところが、では、どのような教育が国民学校で行われ、どのようなことを書いた教科書が使われていたのかと、実際にその教科書を読んでみれば、まさに、今日お伝えした、「やさしい心を持ち、しっかりと学び、察する心を養うことで、たとえ権力であったとしても、間違っているものには、しっかりと立ち向かう精神」が、しっかりと教えられていたわけです。

もういちど歌を振り返ってみます。

千代(ちよ)
・朝顔につるべ取られてもらひ水
 (自然をたいせつにする心)
・木から物のこぼるる音や秋の風
 (どんなに辛いことがあっても負けない心)
・何着ても美しうなる月見かな
 (ボロは着てても心の錦)
・ころぶ人を笑うてころぶ雪見かな
 (人の不幸を笑ってはいけない、純白の心)

一茶(いつさ)
・雀の子そこのけそこのけお馬が通る
 (一寸の虫にも五分の魂)
・やせ蛙まけるな一茶これにあり
 (小兵なりといえども強い者に立ち向かい打ち勝つ)
・やれ打つなはへが手をする足をする
 (しっかりとした信念を持つ)

こういうことに、千代女や一茶の俳句を通じて、授業のなかで生徒自身が気づいていく。
そういう教育がなされていたわけです。
これは、ひらたくいえば、国民学校の教育理念の根幹にあるのは、生徒たちの自立心そのものであった、ということができます。

なんのためでしょうか。
国民学校当時の日本は、まさに戦時中です。
自分や同級生の父が、兄が、戦場へ行き、お亡くなりになる。
そんな現実が、日々、教室の中で起きている、そういう時代です。

本来であれば、まさに国威発揚、軍国路線まっしぐら、鬼畜米英、憎き露助にChina兵などと反米、反英、反露、反China教育が行われていても全然おかしくない時期です。
現に、21世紀の今日において、別に戦争をしているわけでもない、むしろ日本に助けてもらいながら国をあげて反日教育をしている国も、世の中にはあります。

ところが日本の国民学校では、国威発揚、対立と闘争どころか、その教育現場では「大人たちはいま、政治を誤って戦争という悲惨を行ってしまっている。君たち少年少女が大人になったときには、決して戦火に遭わない、そういう日本を築き上げてほしい」と、そういう教育が、国を挙げて行われていたのです。

ですから国民学校の教科書のどこにも、当時の朝日新聞にあったような「鬼畜米英China露助」のような言葉はなくて、利根を育てた文子さんのやさしい心や、軍鳩の悲しい死、そして千代女や一茶を通じて、思いやりの心や、やさしい心、そして絶対に戰いという不幸を招かないための人材教育が行われていたのです。

どこぞの国では、21世紀の今日においても、ご都合主義的に歪曲した歴史や國語が教えられていると書きました。もっというなら、それらの国では、戦前や戦中の文献史料などによって、本当の真実に子供達がたどり着かないように、故意に使用言語まで変更して、誰も昔の文献などに行き当たることができないようにしています。
はっきり言って、異常です。

けれど、そんな周辺国を、実は、私達は笑えません。
なぜなら、日本国内においても、戦前戦中まで普通に教育の現場で用いられていた旧仮名使い(歴史的仮名遣い)や、旧字(戰、來、戀、國など)が意図的に排除され、私達が戦前の本などを読もうとしても、なかなか難しくて読めないようにされているからです。

教育勅語は、我が国教育の根幹であり、日本人の原点といえる大切なものですけれど、いまどき「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス」を、普通にスラスラと読める人は、現実に限られてしまっています。
周辺国を嗤えない現実が、私達にもあるのです。

千代女の「何着ても」の歌の解説のところで、「どんな民族、身分、職業の人であっても、お月様の下では、等しく人間」と書かせていただきました。

昭和12年7月29日に通.州事件が起き、日本人居留民230名が、人類史上まれに見る残酷な方法で殺害された事実は、このブログの読者の皆様なら、みなさますでにご承知おきのことと思います。
けれど、通.州城の悲劇は、実は、通.州に限ったことではないのです。

通.州はたまたま規模が大きかったというだけで、当時、日本人の民間人が、Chinaのあちこちでたいへんな暴力にあって殺されています。
あまりのことに、当時日本政府は、揚子江沿岸付近にいた在留邦人2万9,230名の引き揚げを訓令しました。

この訓令にもとづき、8月9日までに、約3万の日本人が、上海に集まり、そこから海路、日本への帰還をしようとしていました。
そして、上海では、二千名の日本海軍陸戦隊が、この引揚者たちの警護の任務に就きました。

ところが、その、Chinaから引き揚げようとする日本人民間人を狙って、China国民党は、なんと30個師団10万人の訓練された正規兵を差し向けたのです。
目的は、日本人を殺すためです。
これに対して、日本の海軍陸戦隊は、わずか2千の兵力で完璧な防衛戦をしています。

China大陸での日本人居留民への集団暴行については、セオドラ・ルーズベルト米大統領の妻も目撃をしています。
彼女はその模様をワシントン・ポストに寄稿しています。
その同じ時期に、日本国内には、およそ6万5千人のChineseが、きわめて平穏に暮らしていました。

それらのChineseは、中華街に住んでいたり、あるいは日本企業で働いたりしていましたが、彼らは日本人から報復されることなど、考えもつかない平和な環境の中にいたし、日本人もそうしたChineseたちが経営する中華街のお店に、ごく普通に、普段通りに食事をしに行ったりしていました。

Chinaでは、日本人とみるや、残酷な暴行の対象になっていた、その同じ時期に、日本国内では、Chineseたちが、極めて平和に、普通に暮らしていたのです。

もし日本人が、Chinaの宣伝工作に言うような冷酷残虐な民族であったのなら、どうして日本にいたChineseたちは、平穏に暮らすことができたのでしょうか。

日本人は民度が高いと言われています。
私も、そうだと思います。
けれど、その民度の高さは、DNAのなせる業というだけでなく、やはり教育による影響が大であったと思います。
だからこそ、本来の日本の教育を取り戻すことは絶対に必要なことなのです。

※この記事は2015年7月の記事の再掲です。
お読みいただき、ありがとうございました。


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コメント
正岡子規による評です。
 朝顔の蔓が釣瓶に巻きつきてその蔓を切りちぎるに非れば釣瓶を取る能はず、それを朝顔に釣瓶を取られたといひたるなり。釣瓶を取られたる故に余所へ行きて水をもらひたるといふ意なり。このもらひ水といふ趣向俗極まりて蛇足だそくなり。朝顔に釣瓶を取られたとばかりにてかへつて善し。それも取られてとは最も俗なり。ただ朝顔が釣瓶にまとひ付きたるさまをおとなしくものするを可とす。この句は人口に膾炙する句なれども俗気多くして俳句とはいふべからず。
2019/07/29(月) 19:22 | URL | #AIlHpmOk[ 編集]
豈國を目指す願いは必ず成就する
我国を否定して異国を受け入れる?
異国を否定して我国だけ受け入れる?
近隣との時世に振り回されての妙な危機感と対立…そんな煽りが流行ってる気がします。
内戦でも起こしたい?
正気の沙汰とは思えません。
「明察功過」とは「察して思い遣る」こと。
何気ない朝顔にも心を配る…そんな国柄を維持していれば、豈國を目指す願いは必ず成就すると思います。
2019/07/29(月) 09:23 | URL | takechiyo1949 #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

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