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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


三遊亭円朝と日本語表記

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どんな苦境に陥ったとしても、そこを新たな出発点として創意工夫を凝らしてまた立ち上がる。
それが積み重ねられてきた日本人の知恵であり行動です。


20190728 三遊亭円朝
画像出所=https://www.sekizenkan.co.jp/blog/16
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


梅雨が明けたと思ったら、いきなり台風、いきなり猛暑。
夏といえば定番なのが、ひとむかしまえは怪談でした。
中学高校の合宿などでは、先輩が恐怖の怪談などを後輩たちに語って聞かせ、その後で近くの墓地や、校舎の◯階のトイレまで往復する肝試しなどが行われたりもしたものです。

そういえば高一のときの夏の合宿でこれがあり、同じ学年のいちばんいかつい顔をした友人が恐怖のあまり柱にしがみついて肝試しに行くのに抵抗し、みんなが大爆笑した記憶があります。
このときは、ただトイレに行って帰ってくるというだけの肝試しもどきでしたが、そういえばそのトイレまで行って、ついでだからと小用をしながら窓の外を見ると、何やら巨大な白い光が空中を西の方へと飛んでいくのが見えました。
火球といって幸運のシンボルなのだそうですが、その合宿のあとの練習試合で簡単に一本負けしましたので、あまりあてにはならないのかもしれません。

さて、昨日はろくろ首をご紹介しましたが、今日はもうひとつ別なお話を。
けっこう有名なお話なのですが、題名は最後に明らかにします。

江戸時代の中頃、湯島天神のあたりに荻原新助(おぎわらしんすけ)という男が住んでおりました。
ちょいと男前のいいオトコなのですが、内気で読書好き。あまり外に出かけません。

七月も半ばを過ぎた、ある暑い日のこと、しんと静まりかえった真夜中に、新助が行燈(あんどん)の灯(あか)りを頼りに読書にふけっておりますと、遠くから、下駄の音がカランコロンと聞こえてきました。
「誰か来たのだろか」と思って表の路地の方を見ますと、二十歳くらいの美しい女性が、十歳あまりの娘に、小さな灯篭(とうろう)を持たせて向こうから歩いてくる。

灯籠持ちがいるとはいえ、女二人です。
新助は天女でも舞い降りたかと、ついつい女に声をかけました。



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20190317 MARTH


新「こんな夜更けにいかがなされました?」
女「所用の帰り道でございます。
  でも先ほどから夜路が恐ろしくてなりません。
  この子も疲れ、休むところもなく、
  難儀をしているところでございます。」

新「それはそれは・・・よろしければ
  我が家で少しお休みなされてはいかが。
  冷たい水くらいしかございませぬが、
  遠慮はいりませぬ。ささ、どうぞ」

若い女性が、見ず知らずの独身の男性の家に、いきなり上がり込むなど、いまではまったく考えられないことですが、江戸の昔はそうした心配のまったくない時代です。
新助は優しげで真面目そうだったし、家といっても一間に土間があるばかり。
窓は全部開け広げてあるし、そもそも長屋で、他の世帯も周囲にいくらでもあります。

「それではすこしだけ」
と、女性は新助の家にあがりました。
見れば四畳半の狭い部屋に、小さく本を広げ、いくつかの和歌などが書いてある。

女「和歌(うた)を読まれるのでございますか?」
新「あはは。下手の横好きというやつで、
  お恥ずかしい限りです」

すると女性は、新助が書きかけていた上の句に、見事な下の句をさらさらっと書き足しました。
「ほほう」と言って、
「では、これなど」
と新助が上の句を詠むと、女性はすぐに見事な下の句を継ぎます。

こういうものは、ひとりでごちゃごちゃ考えているより、気の合う誰かと一緒にやったら、楽しいものです。
まして美しい女性です。
しかも教養がある。
なんと素晴らしいひとだろうか。

女性のほうも、さぞかし楽しかったのか、二人はすっかりうちとけてしまいました。
気がつくと東の空がほんのりと藍色に明るくなってきます。

女「人目もありますので、今日はこれで」
女性は、すこし明るくなってきた空の下を、いそいそと帰って行きました。
それからというもの、女性は日が暮れると必ず新助をたずねてきました。
新助も女性がやって来るのが楽しみで仕方ない。

こうして二十日あまりが過ぎました。
新助の家の隣は、ひとり暮らしのお爺さんです。
このところ、毎夜、明け方近くまで、新助の家から女の声がするので、どうにもうるさくて寝られない。
ただでさえ蒸し暑いのです。
気になって仕方がない。

ひとこと文句を言ってやろうと、爺さんは夜中に新助の家に行きました。
障子はあけっぴろげです。
一間しかない家の中は、外から丸見えです。
ところがのぞき込んだ部屋の中では、なんと新助が、白いガイコツと向かい合って座っている。

新助が何やら語ると、ガイコツがうなずいています。
「ひぇっ!、バ、バケモノ」
お爺さんは、腰を抜かして、自分の家に逃げ帰りました。

翌日、お爺さんは、新助を訊ねました。
爺「そなたのところへ、夜ごとに女の客が来ているが、あれは一体何者じゃ」
新「お露(つゆ)と申すおなごにございます。
  それはそれは教養のある女性で、
  ゆくゆくは女房にめとろうかと
  思っている相手にございます」
爺「実はの、昨夜、そなたの家に行ったのじゃ」

お爺さんは、昨夜見たままを新助に話しました。

新「ま、まさか・・・」
爺「まさかではない。
  死んで幽霊となってさまよい歩く者と、
  あのように付きおうておったら、
  精(せい)を吸い尽くされて
  悪い病気にむしばまれますぞ」
新「私はいったいどうしたら良いのでしょう」
爺「その女子(おなご)は、
  どこから来たと言っているのじゃ?」
新「はい、万寿寺(まんじゅじ)のそばに
  住んでいると申しておりました。」
爺「ならば、いまから行って
  探してみようではありませぬか。」

二人は連れ立って、万寿寺に向かいました。
寺に着くと、境内の墓所に、死者のなきがらをおさめた、魂家(たまや→たましいをまつるお堂)が一つ、目にとまりました
古びた魂家です。
棺桶(ひつぎ)があり『飯島平左衛門の娘お露』と書いてありました。
棺のわきには、子供くらいの大きさの人形が掛けてあります。
隣には、毎夜、女が手にしていた牡丹(ぼたん)の花をあしらった灯篭が架けてありました。

新「おお、間違いなくこの行燈にございます。
  それに隣の人形の髪型と着物、
  まさに毎夜、ウチに来る伴(とも)の娘です。」

怖くなった新助は、爺と二人で、万寿寺の良石(りょうせき)和尚(おしょう)に会って事情を話しました。

新「私はどうしたらよいのでしょうか。」
和尚「間違いなく貴殿は
  化け物に精を吸い取られておられますな。
  あと十日もしたら、
  命もなくなりましょう」

和尚は新助に、魔除けのお札と、金無垢の観音如来を渡しました。
和尚「この観音像を部屋に置き、
  入口にお札を張るのじゃ。
  よいな。金輪際(こんりんざい)おなごに会ってはなりませぬぞ」

その日の夜、新助が一心不乱にお経を読んでいると、いつものように女の下駄の音がカランコロンと近づいてきました。
新助は、経を唱えながら蚊帳(かや)を出て、そっと戸の節穴から表を覗(のぞ)き見ました。
そこには、いつもの通り牡丹(ぼたん)の花の灯籠を下げた少女が先に立ち、お露さんが後ろに立っています。
髪は文金の高髷(たかまげ)に結い上げ、秋草色に染めた振袖に、燃えるような緋縮緬(ひちりめん)の長襦袢姿です。
その美しさたるや、言葉に尽くせない。

「彼女がまさか幽霊だなんて」
新助の恋心は激しく燃え上がります。
しかし四方八方に貼ってあるお札が怖くて、二人の幽霊は、憶して後ろに下がります。

露「あれほどまでに、
  今宵もまたお会いするとお約束したのに、
  今夜に限り戸締りをするとは情けなや。
  男の心と秋の空、
  変り果てたる新助様のお心が情けない」

そういうと、お露さんは振袖を顔に当て、さめざめと泣きだしました。
その姿は、新助の目には、美しくもあり、哀しくもあり。
新助は、何も云わず、ただ口の中で、経を唱え続けました。

明け方近くまで、表で泣いていたお露さんは、夜明け前には去って行きました。
そして翌日からバッタリと姿を見せなくなりました。

それから五十日ほど過ぎました。
新助は、寺へ出かけ、和尚に今日まで無事のお礼を申し上げました。
そして帰りしな、途中の酒屋にはいり、それまで禁じていた酒をひとりで飲み始めました。
けれど、酒を飲むほどに彼女が恋しくなる。

店が閉店の時間となりました。
新助は酔った足で、ふたたび寺に向かいました。
寺に着くと、お露さんが現れました。

露「毎晩、お会いしましょうと、
  あれほど固くお約束をしましたのに、
  あなたさまのお気持ちが変わってしまい、
  本当にさみしゅうございました。
  でも、あなたさまは来てくだされた。
  お目にかかれて、本当にうれしゅうございます。
  さあ、どうぞこちらへ」

新「そなたにつらい思いをさせるとは。
  まことにすまぬことをした。
  もはやそなたが何者でも構わぬ。
  これからは二度と離れまい」

露「うれしい」

新助は、お露さんに手を取られて、そのまま奥の院に入って行きました。
翌日、寺の小僧が墓所の掃除をしていると、そこには棺に引き込まれて、白骨の上へ重なるようにして死んでいる新助がいました。

ほどなくして、江戸の町には、新助と若い女が牡丹(ぼたん)の花の灯籠(とうろう)を持った娘とともに夜の街をさまよう姿が見られ、それを見た者は重い病気にかかると噂されたとか。

 ***

すでにお気付きの方もおいでになろうかと思いますが、この物語は初代・三遊亭円朝の傑作『怪談 牡丹燈籠(ぼたんどうろう)』です。
この物語は、明治25年(1892)に三世・河竹新七の脚色で歌舞伎座で上演されて空前の大当たりとなり、以来、歌舞伎の人気演目として今日に至っています。

三遊亭円朝は幕末から明治にかけて活躍した落語家です。
いわゆる滑稽噺(こっけいばなし)よ呼ばれるお笑いではなく、人情ものや怪談ものなど、落語と言いながら講談に近い分野で噺家(はなしか)として成功をおさめ、みずから三遊亭という新しい家を興すにいたりました。

弟子の円生(えんしょう)も三遊亭二代目を襲名して真打ちに昇進しました。
ところが円生、いまいち師匠ほどの人気が出ない。
悩んだのでしょうね。
なんと円生は、師匠の円朝の演目の妨害を始めるのです。

どういうことかというと、円朝が演ずる予定の演目を、先回りして円生がやってしまう。
すると円朝は、予定の演目が行えなくなるわけです。
噺家といっても、事前にちゃんと予習をして高座に望むわけです。
直前に芸を奪われてしまったら、その日の演目は台無しです。

さすがの円朝も、これには困ってしまいます。
弟子の円生のしていることは、芸人としてゆるされることではありません。
しかしその円生は、自分が育てた自分の二代目です。
弟子の責任は師匠の責任。
いまさら円生を否定するわけにも行きません。

そこで円朝が考えたのが、たとえ弟子であっても他人が真似することのできない新作を行うことでした。
こうして生まれたなかのひとつが、この怪談・牡丹燈籠です。
しかもこの怪談を行うのにあたり、円朝は、ヒュー・ドロドロドロといった、笛や太鼓による効果音を用いました。
さらに照明の色を変えたり輝度を落としたりと、座を盛り上げるために様々な工夫を凝らしました。
高座といえば、座布団一枚で、三味も太鼓も用いずに、純粋に話芸だけで勝負するという話芸の世界を、円朝はBGMや照明を用いた圧倒的なパフォーマンスに仕立てたのです。
こうして生まれた新しい噺のかたちは、いまでも稲川淳二などに引き継がれています。

円朝が、円生のしていることに腹をたてて円生を攻撃し、円生は円生で自分を正当化するために「論点ずらし」をして円朝を攻撃してWTOに訴える(笑)とか始めていたら、どこかの国と同じです。
けれど円朝は、弟子が自分の演目を演ずることを新たな出発点にして、そこからさらなる工夫と精進を重ねていったわけです。

どんな苦境に陥ったとしても、そこを新たな出発点として創意工夫を凝らしてまた立ち上がる。
それが積み重ねられてきた日本人の知恵であり行動です。
円朝は、こうした努力の積み重ねによって、まさに落語界の中興の祖と呼ばれるようになりました。
そして、その演目はいまなお色褪せることなく続き、一門は、円生、円楽、金馬など、いまなお大繁栄した一門となっています。

実はこの円朝、功績はそれだけにとどまりません。
実は円朝は「現代日本語の祖」とも言われています。
これは円朝が、明治時代の「言文一致運動」でたいへんな貢献をしたことによります。
江戸時代までの文章は、筆字で文語体です。
明治に入って、これが活字・文語体に変わるのですが、外国人が日本語の文章を読もうとする際、「、」も「。」もなくて、文がどこまでも続く日本語の文章が、たいへんにわかりずらい。

実はこれには理由があって、もともと江戸時代までの文章は筆字・縦書きで、巻物のような台紙に書かれましたし、本も和綴じですから、一行に入る文字数が少ないのです。
ですから、書かれた文字の大小や、続き文字の切れ端、改行などで、文の切れ目がちゃんと理解できたわけです。
ところが明治に入って活字が普及してくると、活字は一行に入る文字数がとても多いですし、その文章に切れ目がなくて、「、」も「。」もなく、延々と文が続いていたら、きわめて読みにくいしわかりにくい。
そこで日本に来て日本語を学習していた外国人から、ヨーロッパの語族の文章にある「.」や「,」を日本語の表記にも採用したどうかということになったわけです。

重要文化財『後陽成天皇宸翰女房奉書』桃山時代 京都国立博物館蔵
20190728 後陽成天皇宸翰女房奉書
画像出所=https://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/shoseki/69mukasi.html
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。


たとえば有名な樋口一葉の『たけくらべ』では、次のような記述が冒頭を飾ります。
「廻まわれば大門の見返り柳いと長けれどお齒ぐろどぶに燈火(ともしび)うつる三階がいの騷さわぎも手に取る如く明くれなしの車の行来(ゆきゝ)にはかり知られぬ全盛をうらなひて大音寺前(だいおんじまへ)と名は佛(ほとけ)くさけれどさりとは陽気の町と住すみたる人の申(まを)しき三島神社の角をまがりて・・・・」
いま文庫本などを見ると、文の途中に「、」や「。」が入っていますが、当初はそのようなものはありませんから、上のようにすべての文章が、この物語の最期までずっと繋がって、一文(まさに一文です)となっていたわけです。

樋口一葉は、口語体で文章を書く人として当時の文壇から高い評価を得た女性ですが、一般の文章は、上のこの一葉の文章が、さらに文語体になっているわけです。
読むだけでもたいへんにむつかしい。
そこで明治時代に起きたのが、口語体で文章を書こうという運動で、その運動に一役買ったのが、三遊亭円朝であったわけです。
円朝は、自身の落語が、そのままの口述どおりに文章化されることに協力することで、現代日本語の文章表記の基礎を築いたひとりとなったわけです。

どんなに良いこと、素晴らしい内容をもったことであっても、世間に普及しなければ日本語の表記を変えるまでの原動力には至りません。
このことは、どんな駄作でいい加減な内容の嘘ばかり書いてある本であっても、メディアが注目して世間に広がれば、まるでそれが真実であったかのようにされてしまうのと同じです。
普及しなければ意味がないのです。

ただし、嘘やハッタリだけのものは、数年で化けの皮が剥がれます。
真実は、発表のときは世間に受け入れられなくても、5年も経つと真実であることに気付く人たちが現れ、20年経つと世間に大きな影響を及ぼすようになると言われています。
円朝が生きた時代、なるほど円朝はそれなりの人気がありましたが、文書は文語体でした。
けれど昭和になると、尋常小学校の教科書の記述も口語体になっていくのです。

怪談牡丹燈籠は、ただの夏の怪談というだけでなく、どんな苦境に追い詰められても、決してくじけず、そこからさらに立ち上がることを見事に示した作品であり、また日本文学を口語体に変える原動力となった作品であり、物語に効果音を付けるようになた最初の作品です。

ちなみに、それまで幽霊には足がないとされていたものが、この牡丹燈籠のお露さんには足があって、下駄をカランコロンと鳴らして歩きます。
そのカランコロンが、そのままテーマソングになったものが、「ゲゲゲの鬼太郎」になっています。

日本の文化は、忽然(こつぜん)とこの世にあらわれたのではありません。
先人たちのさまざまなことの蓄積が、いまの日本を形成しています。
逆に言えば、いま私たちが日本の文化を粗末にしたら、そのツケは、こんどは私たちの子や孫の時代に大きな厄災となってふりかかってくることにもなるわけです。
その意味で、私達の責任は重大です。

お読みいただき、ありがとうございました。


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コメント
圓朝が圓生の弟子ですよね。
師匠が弟子の邪魔してたんですが。
2019/08/01(木) 20:26 | URL | #AIlHpmOk[ 編集]
文化を粗末にしてなりません。
『…日本の文化を粗末にしたら、そのツケは、今度は私たちの子や孫の時代に大きな厄災となってふりかかってくる…』
ねずさんの仰る通り。
これが一番恐い(汗)
2019/08/01(木) 10:08 | URL | takechiyo1949 #-[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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