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先人たちが目指した日本の姿。それは私達の国が常に「よろこびあふれる楽しい国(=豈国)」であり続けることです。


名将、山口多聞

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山口多聞中将
山口多聞中将


山口多聞(やまぐちたもん)ときけば、旧日本海軍の提督の中の提督として、世界中のファンを魅了している人物です。

生まれは東京・文京区小石川で、明治25年、旧松江藩士・山口宗義の子として生まれています。

多聞というのは、すこし変わった名前ですが、実は、楠木正成の幼名、多聞丸から、命名されたものだそうです。

山口家の仕えた松江藩というのは、出雲一国の藩です。もともとは毛利領。幕末時の藩主は松平家です。山口家は、この出雲松平家の家中だった。

江戸中期以降、年貢米に頼る全国の藩の財政がひっ迫する中で、出雲松平家はタタラによる製鉄事業を行い、藩の財政改革と相まって、なんと寛政年間には八万両もの蓄財をしています。

幕末には徳川親藩でありながら、はやくから時代の変遷を予測して、幕府方にも新政府側にもつかず、藩の独立を保った。
つまり、非常に合理性を尊ぶ気風が、出雲松平家中の風であったといえます。

そんな家中に生まれた山口多聞は、いまでも進学校として名高い開成中学(現開成高校)を卒業後、海軍兵学校第40期生となります。
入学時は150人中21番。卒業時は、144名中2番の成績です。
同期には特攻隊生みの親・大西瀧次郎がいます。

旧日本軍の将校の物語になると、必ずこうした「成績何番」という話がでてきます。
卒業時の成績が生涯ついてまわる。

昨今では、日教組の奮闘(?)で成績の公表すらしない学校が増えているようですが、これは間違いです。
いいものはいい。悪いものはわるい。
それは区別であって差別ではない。
俺は成績は悪いが、ケンカでは負けない!でも良いのです。
そうやって競争して人間は負けない心、くじけない心が養成され、強くなる。

山口多聞は、第一次世界大戦時には欧州派遣艦隊に所属します。
もともと水雷、砲術出身の士官であり、本来の専門は潜水艦です。

そして軽巡洋艦「五十鈴」や戦艦「伊勢」の艦長を歴任するのだけれど、海兵同期の大西瀧治郎の薦めで、当時発展途上だった航空関係に転向します。

船舶や陸戦は、水平運動をします。
潜水艦は、水平運動に垂直運動が加わる。つまり、動きが三次元になります。
潜水艦の専門であった山口多聞にとって、三次元運動をする飛行機は、非常に入りやすかったのかもしれません。

山口多聞は、昭和9(1934)年に在米大使館付武官として2年間、米国で暮らします。
山口多聞といえば、山本五十六の秘蔵っ子、米内光政のラインとも言われていますが、山口は学生時代にプリンストン大学に留学した経験をしています。
ちなみに、山本五十六はハーバート大学で学んでいます。
そして両者とも、駐米武官を経験した国際派です。また愛妻家、子煩悩としても知られている。

駐米武官として山口が関心を抱いたのは、日米の国力の違いです。

なにせ開戦前の昭和15年当時、米国の原油の生産量は日本の150倍です。
日本の石油は、消費量の90%が輸入。しかもそのうちの70%が米国からの輸入です。
石油の備蓄量は連合艦隊の2年分しかない。
米国と開戦するということは、日本海軍は艦船を動かすための石油を失うということです。

さらに石炭の産出量は、米国は日本の約9倍、鉄鋼産出量は日本の13倍です。
資源を米国からの輸入に頼る日本が、米国と開戦すれば、当然、資源の輸入を南方に求めざるを得なくなる。
そうするといたずらに戦線が拡大し、戦線の拡大は、我が国の国防力の分散化と弱化を招く。だから、米国の現状をつぶさに見た山口は、米内、山本らと同様に、日米避戦論であったのです。

この時期、多くの軍人が日米開戦に反対だったことは、あらためて注目に値します。
文民統制(シビリアン・コントロール)というけれど、ロシアの南下に対して必死の努力でこれを阻止した日清戦争(明治27年)の頃は、文民といってもその多くは武人だった。
からくも勝利した日清戦争の戦果を、まるで無駄にしてあらためて日露戦争を起こさざるを得ない情況を引き起こしたのは、文民政治家です。
軍人が多大な命を犠牲にして日露戦争に勝利すると、これに浮かれて軍縮などとわかったようなことを言いだし、あげくChinaを蹂躙する蒋介石に付け入る隙を与えてChina事変に至らしめたものも、結局は幣原喜重郎内閣の「平和外交」です。

平和を愛する「文民統制」といえばいっけん聞こえはいいけれど、要するに「腰ぬけ平和主義者」に外交をやらせると、かえって被害を大きくする。
そのことは日本の近代史にあらわれる厳然とした事実です。

大東亜戦争開戦時、山口多聞は海軍少尉で、第二航空戰隊司令官です。
山口は航空母艦「飛龍」に乗り、真珠湾攻撃に出撃します。
日米避戦論であっても、やるからには勝たなければならない。それが軍人です。

開戦前の昭和16(1941)年10月中旬から11月中旬、山口多聞は、航空部隊に猛訓練を施します。
この頃、山口は、口の悪いパイロットから「人殺し多聞丸」とあだ名されています。
「丸」は、彼が太っていたから。
「人殺し」は、彼が行う猛訓練がすさまじかったからです。

山口は、物心ついてから病気らしい病気をしたことがなかったし、学業が優秀なだけでなく、合気道や馬術もやっていた。大飯ぐらいで、体力もあった。
それだけに、部下が「頭が痛い」「腹が痛い」などといっても、訓練に容赦なかったのです。
しかもほんのわずかなミスも許されない、緊迫した戦いを行うのです。

「人はよく頭や腹が痛いとよくいうが、ありゃいったいどんな感じのものなのかね」などと本気で質問し、訓練生たちを鼻白けさせたりもしています。

山口多聞は本気だったのです。
日米開戦となれば、初戦で大金星をあげなければならない。
戦いを長引かせるだけの体力は、日本にはないのです。

その訓練されたパイロットたちが、11月中旬、いよいよ実戦のために空母に乗り込みます。
乗ってみて驚いた。

艦内のあらゆる場所に、ところかまわず重油の缶が山積みされているのです。
居住区といわず通路といわず、少しの空所も見逃さず重油の缶が置かれている。
ドラム缶はむろん、一斗缶までが動員されて、ところ狭しと置いてある。

船体強度が許すかぎり、然料庫以外の場所に ドラム缶や石油缶を積み上げてあったのです。
そのため居住区まで重油の臭気が満ちていた。
船の航行中は、ピッチングやローリングで洩れた重油が床を這い、これに滑って転倒する者も少なくなかったそうです。

実は、山口多聞率いる第二航空戰隊は、「飛龍」、「蒼龍」の二隻の空母を基幹としていたけれど、両船とも航続距離が短かったのです。

平時ならなんの問題もない。油送船を一緒に連れていけばよいのです。
然料が切れたら 洋上で補給すればいい。

ところが真珠湾攻撃の機動部隊は秘匿(ひとく)行動で、連日荒天が予想される北太平洋コースがとられることが決定していた。

冬季の北方航路です。荒波に洋上補給は不可能です。
もっとも、だからこそ、途中他国の船に行き会う機会が少ないだろうということなのだし、もし敵国や第三国の船に連合艦隊が発見され、無線一本打たれたら、万事休すです。

要するにハワイ近海まで、いかに隠密裏にたどり着くかが課題だったのであり、そうなると航続距離の短い「赤城」「飛龍」「蒼龍」は、連れてけない、ということになる。

だから飛行機は他の空母に搭載し、三艦の内地にとどめおくという案が、軍令部(大本営海軍部)から出された。

これを伝え聞いた山口少将は、烈火のごとく怒ります。
即座に南雲中将に面会し、中将の胸ぐらをひっつかんで怒鳴りまくった。

結果、山口の強い抗議と要望で三空母は、作戦に参加することになったのだけれど、そのかわり、然料である重油を各空母に積めるだけ積み込むことになったのです。


山口多聞は、平素は無口でおとなしい人だったそうです。
学業優秀だから、いわゆる秀才でもある。とりわけ海兵四〇期というのは、粒よりの秀才ぞろいといわれた年次でもあります。

しかし、ひとつまちがうと、なにごとによらず、たちまち烈火のごとく怒りまくる。
体力にすぐれ、武道も強く、怒りだしたら始末におえない男でもあったそうです。

いまどきの日本男性は、怒らないことがまるで美徳のように育てられています。
しかし、筋の通らないことに怒るというのは、むしろ男子の美徳です。


昭和16(1941)年12月2日、連合艦隊は「ニイタカヤマノボレ、1208」との電報を受信します。
山本司令長官からの「12月8日に開戦と決す」という暗号電文です。

当日、空にはまだ月が残り、星も淡くまたたいていた早朝、六隻の空母の甲板上に、第一次攻撃隊全機が、爆音を轟かせます。

時刻到来とともに、空母はいっせいに風上に艦首を向け、スピードをあげる。

空母が十分な速度になるとともに、飛行甲板のから先頭の制空隊(零戦二一型)、水平爆撃隊(九七艦上攻撃機)、急降下爆撃隊(九九艦上爆撃機)、雷撃隊(九七艦上攻撃機)、合計183機が順に、飛び立ちます。

そして、空が明るさを増して、しばらくたったとき、攻撃隊総指揮官淵田美津雄中佐から、有名な「トラ、トラ、トラ」の暗号電報が飛び込んできます。

「ワレ奇襲ニ成功セリ」です。

待ちに待った電報です。

このとき、喜びに湧く艦橋で、山口多聞二航戦司令は、旗艦赤城にある艦隊司令部に向けて、

「ワレ 第二攻撃準備完了」と発光信号を送ります。

第二波攻撃の必要あり、許可を求む、としたのです。

米太平洋艦隊司令長官ニミッツ提督が、戦後記した「太平洋海戦史」には、次のような記述があります。

~~~~~~~~~~~
攻撃目標を艦船に集中した日本軍は、機械工場を無視し、修理施設に事実上、手をつけなかった。

日本軍は湾内の近くにあった燃料タンクに貯蔵されていた450万バレルの重油を見逃した。

この燃料がなかったならば、艦隊は数ヶ月にわたって、真珠湾から作戦することは不可能であったろう。
~~~~~~~~~~~

実は、山口多聞は、真珠湾攻撃の二カ月前の「長門」での図上会議の席上でも、第三次攻撃として、真珠湾における燃料タンク、修理施設への攻撃を主張しています。

このとき、南雲忠一司令長官は黙ったままだった。

山口は、実際の真珠湾でも、第三次攻撃を準備し、その体制に入っていた。
しかし、いくら待っても旗艦「赤城」からは応答がありません。

双眼鏡を顔から離した山口多聞は、

「南雲さんはやらんだろうな」とつぶやいたといいます。

どれだけ悔しかったことか。

軍は、命令がなければ動けません。
独断専行は、決して許されない。

このとき、南雲中将は機動部隊を無事に帰還させることを優先し、初めから第二波攻撃を考えていなかったのです。

しかし、真珠湾攻撃の目的は、開戦とともに米機動部隊を撃滅させ、ハワイの港湾施設を破壊して米太平洋艦隊に後退を強いることにあります。
そうであるならば、燃料タンク、修理施設への攻撃は不可欠です。

だからこそ、山口は徹底した第二派攻撃を何度となく具申した。

しかも攻撃後の報告では、真珠湾に米空母がいなかった。
山口は、敵空母をさらに追い詰める旨を具申するけれど、南雲中将はこれも無視し、艦隊に北北西に進路反転を命じます。

このとき山口は、地団太ふんで悔しがった。

歴史というものは皮肉を教えてくれます。
南雲中将は、水雷畑の出身で「水雷の権威」で「航空戦」にはズブの素人です。
それをいきなり航空艦隊の総帥に任じられたのは、年功序列を重んじる海軍の平時の人事の発想であったといえるのかもしれません。

航空に素人の南雲中将が上官で、プロの山口がその指揮下に甘んじていた。

もし、山口多聞少将が真珠湾機動部隊を指揮していたら、ハワイの軍事施設を徹底的に叩いていたであろうし、米空母艦隊を求めて決戦を遂行したであろうと思われます。

すでにこの時点で、米国太平洋艦隊は、戦艦を失っています。
いわば空母はまる裸状態にあったのです。
もし南雲中将が山口の意見を入れ、真珠湾の港湾施設の徹底した破壊後、米空母を追い詰めていたら。
すくなくとも、以後の大東亜戦争の帰趨は、まったく違ったものとなっていたであろうことは、想像に難くないです。

そもそも戦争というものは、平時とは異なるものです。
やるからには下手な情け無用で徹底的にやる。
そうしなければ、結果としてこちらがヒドイ目に遭い、多くの日本人のかけがえのない命が失われてしまうのです。
明治以降の日本の戦史を見ると、そのことをいやというほど思い知らされます。

古来、日本人は平和を愛する民です。
しかし、戦時における下手なやさしさは、かえって事をややこしくし、結果として多くの日本人の命を奪う。
そのことは、いまを生きる日本人が歴史から学ぶ教訓として、しっかりと再認識すべきことではないかと思います。

平素はやさしくて温和だが、ひとたび怒らせたら徹底した報復を行う。
残念ながら、これが国際政治において最も求められる姿です。


さて、開戦から半年後の昭和17(1942)年6月、ミッドウェー海戦が起きます。

海戦に先立ち、山口は、戦艦大和の艦上で行われた研究会で次のように述べています。

~~~~~~~~~~~
ミッドウェーは、日米両海軍の決戦場である。

そのために、これまでの艦隊編成を抜本的に改め、空母を中心とする機動部隊を編成すげきである。

空母の周辺に戦艦、巡洋艦、駆逐艦を輪形に配置し、敵機の襲来に備え、少なくとも三機動部隊を出撃させるべきである。
~~~~~~~~~~~

しかし、山口多聞の提案はうやむやされてしまいます。
しかもアリューシャン作戦で戦力は分断され、ミッドウェーには真珠湾作戦よりも二隻少ない四隻の空母での出撃となった。

ミッドウエー海域で、敵の機動部隊接近の報を得た山口は、すぐに各艦の艦載機を発進させるように南雲司令部に進言しています。

進言の時点で、各空母の攻撃機はミッドウェー空襲のために、陸用爆弾を抱いて装備していました。

船は当然、魚雷でなくては沈みません。
しかし、山口は攻撃機の爆弾を魚雷に変える時間を惜しみます。

まず、陸用爆弾で敵空母の甲板を破壊して動きを封じ、海戦の主導権を握るべきだと主張します。すくなくとも敵空母の甲板に穴が空いたら、敵航空部隊は出撃できず、仮に出撃していたとしても、最早帰還できずに、燃料切れとともに海に没するしかなくなる。

しかし、南雲艦隊司令部は、魚雷による攻撃と、護衛戦闘機の準備ができていない事を理由に、艦載機の発進を見合わせてしまいます。

これが仇になります。初動の対応を遅らせてしまったのです。
敵に先手を許してしまう。

午前七時すぎ、雲間から突如襲来した敵爆撃機によって、連合艦隊は、瞬時に「赤城」、「加賀」、「蒼龍」の3空母を失ってしまいます。

七時一〇分、三空母が黒煙と焔を噴出したことを知った山口は、搭乗艦の「飛龍」から艦隊司令部に「全機今ヨリ発進、敵空母ヲ撃滅セントス」と電文を打ちます。
「飛龍」は、この時点で、奇跡的に無傷だったのです。

山口は、即座に第一次攻撃隊(艦爆一八機、艦戦六)を発進させる。

このとき、搭乗員に向かって彼は次のように述べています。

「ひとつ体当たりのつもりでやってくれ。俺も後から行く」


第一次攻撃隊を発進させた山口は、護衛艦の到達もまたずに、空母「飛龍」単独で米空母をめざして走り出します。

そして進撃しながら、艦隊司令部に「各損害空母には駆逐艦一を付け、主力部隊の方向 に向かわしめられたく」と要請した。
この時点で、これは要請とというより命令に等しい。

部下が上官に命令したカタチになっているけれど、この時点では、もはや他に選択肢はなかった。生き残った艦隊は、飛龍のあとを追います。

九時一〇分、「飛龍」を発進した第一次攻撃隊が、敵空母「ヨークタウン」を捕捉します。
敵空母からは、猛烈な対空砲火があったけれど、第一次攻撃隊は砲火をかいくぐって爆弾を投下し、これを命中させた。

一〇時三〇分、山口の指揮する「飛龍」は第二次攻撃隊の雷撃機一〇、 艦戦六を発進させ、同時に第一次攻撃隊を収容する。
生還した機はわずか六機です。

一一時四五分、第二時攻撃隊が敵空母に到達し、魚雷二本命中させます。

山口は、これで二隻の敵空母をやっつけた。残りは空母一隻と判断したといわれるけれど、実は、第二次攻撃隊が魚雷を撃ち込んだのは、同じ空母「ヨークタウン」だった。
つまり、米空母はこの時点で、まだ二隻が無傷だったのです。

一二時二〇分、山口は、司令官、第三次攻撃の実施を薄暮に延期することを決定します。
第二次攻撃隊の被害も大きく、残存の飛行機がほとんど底をついていたのです。
乗員の疲労も極限に達していた。

午後二時、疲れ果てた「飛龍」に、敵爆撃機一三機が飛来します。
敵は、上空から、太陽を背にして急降下してきた。

このときの「飛龍」艦長、加来止男大佐の操艦は、歴史に残る名操艦です。

「敵機来襲!」

絶叫する見張員の声に、即座に回避運動に移り、敵の爆弾を七発まで躱(かわ)した。

しかしそこまでで、力つきます。

見張員が叫び声をあげたのが二時一分、そして二分後には四発の爆弾が、「飛龍」に続けざまに命中した。

最初の命中弾は、前部の昇降機(飛行機を甲板に上げるエレベーター)にまともに当たり、昇降機をひきちぎって、空高く放り上げます。

舞い上がった昇降機が、艦橋の前面に激突する。
艦橋は、前面ガラスが粉みじんに割れ、その破片が山口司令官や加来艦長の頭上に降りそそいだ。

「飛龍」は、一時的に操艦不能になります。

操舵を失っても、「飛龍」は、走りつづけます。

日暮れどきになって、ついに「飛龍」はエンジンが停止する。

海面が静かな月光に照らされる。
夕凪の洋上を、「飛龍」が漂い始めます。

浸水がはじまる。
艦が左に傾き始める。

深夜になって、艦橋の艦長加来大佐は、側に立つ司令官山口多聞少将に、

「残念ながら、飛龍の運命もこれまでと思います。総員退去の許可を求めます」と言った。

山口は、黙って加来とともに、火の手が回っていない飛行甲板の左舷部に降ります。

そこには汗と煤煙に汚れた800名の乗組員がいた。
彼らは二人を取り巻きます。

このときの様子を、当時飛龍飛行長だった川口益(すすむ)氏が語っています。

~~~~~~~~~
月のせいで、そんなに暗くなかった。
艦は三〇 度くらい傾いていたのではなかったか。

山口司令官の訣別の訓示は、

皆のお陰で、他の三空母(赤城、加賀、蒼 龍)の分もやった。

敵空母二隻と巡洋艦一隻をやつけた・・・と、我々はそのときそう信じていた・・・どうもありがとう。

しかし、飛龍をみて分かるとおり内地に帰還するだけの力ははすでにない。

艦長と自分は、 飛龍とともに沈んで責任をとる。

戦争はこれからだ。

皆生き残って、より強い海軍を作ってもらいたい、と訓示した。
~~~~~~~~~

その場にいあわせた生存者全員は、日本の方向に向き直り、山口長官の音頭で万歳をとなえます。

軍艦旗と将旗 がおろされ、退艦儀式が手順どおりに進みます。

御真影(天皇・皇后両陛下の額入りの写真)を背におぶった主計兵曹を先頭にたて、負傷者、搭乗員、艦内勤務者の順に退艦する。

駆逐艦二隻が接近してきて、短艇をくり出す。

山口を師と慕う主席参謀伊藤清六中佐が、このとき、「司令官!」と大きな涙声で呼びます。「何か頂く物はございませんか」

山口多聞は、ふり向くと、ニヤリと笑い、
「これでも家族に届けてもらうか」と頭にかぶっていた黒の戦闘帽を脱きます。

伊藤中佐が受け取ると、山口は「それをくれ」と腰に下げていた手ぬぐいを指さします。
空母が沈むとき浮き上がらぬよう 、自分の体をどこかにくくりつけるつもりだったのでしょう。

日付が変わった六日午前二時、白煙を上げながら漂う「飛龍」に、駆逐艦「巻雲」から二本の魚雷が発射されます。

山口多聞、享年49歳。


戦後、ハーマン・ウォークという作家が、「リメンバランス・オブ・ウォー」という本を書いています。
彼はこの本の中で、次のように書いています。

~~~~~~~~~~~
ミッドウェー海戦で米国太平洋艦隊の航空母艦が失われれば、海上で日本軍の侵攻を止める術がなくなるから、陸軍の主力を西海岸に配置しなくてはならない。

そのため、ヨーロッパや、北アフリカでイギリスを助ける力が弱まり、(中略)イギリスは絶体絶命となり、ヒトラーがヨーロッパの勝者になった可能性が高くなったであろう。
~~~~~~~~~~~

ヒットラーの勝利はともかくとして、もし帝国海軍が山口多聞の言を入れ、ミッドウエーにおいて、空爆による敵空母粉砕を実現していたら、おそらく、その後の世界史はまったく別なものになっていたであろうことは、想像に難くない。

山口多聞は、当時もいまもこれからも、世界の海軍史上に名を残す名提督です。

そんな提督がいた帝国海軍を、誇りに思います。

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Battle of Midway 2 ミッドウェー海戦 2


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コメント
No title
 自分が乗っていた艦が敵襲で沈んだからといって、司令官や艦長を艦とともに葬っているような、人材を大事にしない組織は所詮敗者に成り下がる。
 失敗を基に反省のできる組織にしてこなかった日本海軍の欠陥は大いに責められるべきでしょう。
 こういう馬鹿な慣習のおかげで日本海軍はどれ程の優秀な人材を喪ってきたことか、、、
 山口司令のご冥福をお祈りいたします。
2012/01/30(月) 09:46 | URL | 遠藤 #-[ 編集]
文書は簡潔に!
史実(文献や証言)に基づいて記事にされているのはよくわかります。

しかし、山口多聞を讃えようとする意図があり過ぎて、彼の功績の羅列に加えて、ブログ主の思い入れが入り過ぎている。

誤字や史実と違う事実を書いているのも気になりますね。

例えば。
パールハーバー攻撃は、第一陣は「第一次攻撃隊第一波」であり、第二陣は「第一次攻撃隊第二波」と呼ぶ。

したがって、多くの士官が南雲一航艦長官に進言した三回目の航空攻撃は「第二次攻撃隊」となる。

しかし。
進言や意見具申と言っても、無線封鎖している艦隊は発光信号で催促する以外に方法は無い。
実際、口答で第二次攻撃を進言したのは航空隊総隊長の淵田中佐くらいしか記録に残っていない。

確かに、山口多聞少将は有能勇猛で私も好きな提督です。が、一つだけ注文をつけさせてもらえばミッドウェーの時に自決などせず、生きて日本に帰って、その後の作戦指揮をとってもらいたかった。


2011/07/14(木) 14:24 | URL | 歳三 #o/PXu/q6[ 編集]
No title
ヒョウドウさん

そもそも 山口多門 て誰ですか?
多聞だから
日本の歴史も知らないのに、無理するからボロが出るんだよ
ホンタクかじって、トンスルでもすすってろって、な。
2011/05/17(火) 18:41 | URL | 老森西二 #ZIgbSyeQ[ 編集]
残念ながら記事に誤りがあります。
私は、大東亜戦争時の日本海軍の提督では、大西瀧次郎、山口多聞、角田覚治、宇垣纏の4人を尊敬している。
それ以外は、無能、無責任である。「良識派」等と謂われ、おめおめと生き残った提督は尊敬に値しない。
それだけに、この記事での誤植、誤りは訂正して頂きたいと思う。
まず「同期には特攻隊生みの親・大西瀧次郎がいます。」⇒大西中将は「特攻隊生みの親」ではありません。生みの親は、源田実です。コイツもオメオメ生き残り、政治家になって、映画「トラ・トラ・トラ」中のセリフに『源田実か。あいつは使えるよ』と加えさせました。選挙利用以外の何者でも無い。恥を知らない男です。
2つ目。これは「誤植」でしょうが、「大東亜戦争開戦時、山口多聞は海軍少尉で、第二航空戰隊司令官です。」⇒当然、「少尉」ではありませんね。「少将」です。
このような細部に誤りがあると、記事自体の信頼性が疑われかねません。宜しくお願い致します。


2011/01/20(木) 14:26 | URL | 歩三・安藤大尉 #-[ 編集]
初めまして
拝見させて頂きました。私も旧海軍提督の中で「山口多聞」さんは大好きな方です。「知力」、「決断力」、「勇猛」さが惹かれる要素です。私は先月4月日7日、枕崎での戦艦「大和」以下第二艦隊戦没者追悼式に参列し、鹿児島、宮崎、大分の旧海軍関連史跡や慰霊碑を訪ねてきましたが、最後に別府の「友永丈市中佐生誕地碑」と墓地へ寄り、甥の「友永丈一」さん宅へ伺い貴重なお話を伺いました。大本営にあったという中佐の油絵は歴史の重みを感じました。山口さんしかり、優れた名将を早くに失った当時の軍体制は終戦まで過ちを犯し続けました。悪しき伝統が現代にも残っております。「平和」を守らんが為に戦った先人は今の日本を憂いでおられるでしょう!
2010/05/24(月) 14:02 | URL | yaso #-[ 編集]
初めまして
拝見させて頂きました。私も旧海軍提督の中で「山口多聞」さんは大好きな方です。「知力」、「決断力」、「勇猛」さが惹かれる要素です。私は先月4月日7日、枕崎での戦艦「大和」以下第二艦隊戦没者追悼式に参列し、鹿児島、宮崎、大分の旧海軍関連史跡や慰霊碑を訪ねてきましたが、最後に別府の「友永丈市中佐生誕地碑」と墓地へ寄り、甥の「友永丈一」さん宅へ伺い貴重なお話を伺いました。大本営にあったという中佐の油絵は歴史の重みを感じました。山口さんしかり、優れた名将を早くに失った当時の軍体制は終戦まで過ちを犯し続けました。悪しき伝統が現代にも残っております。「平和」を守らんが為に戦った先人は今の日本を憂いでおられるでしょう!
2010/05/24(月) 13:28 | URL | yaso #-[ 編集]
初めまして
拝見させて頂きました。私も旧海軍提督の中で「山口多聞」さんは大好きな方です。「知力」、「決断力」、「勇猛」さが惹かれる要素です。私は先月4月日7日、枕崎での戦艦「大和」以下第二艦隊戦没者追悼式に参列し、鹿児島、宮崎、大分の旧海軍関連史跡や慰霊碑を訪ねてきましたが、最後に別府の「友永丈市中佐生誕地碑」と墓地へ寄り、甥の「友永丈一」さん宅へ伺い貴重なお話を伺いました。大本営にあったという中佐の油絵は歴史の重みを感じました。山口さんしかり、優れた名将を早くに失った当時の軍体制は終戦まで過ちを犯し続けました。悪しき伝統が現代にも残っております。「平和」を守らんが為に戦った先人は今の日本を憂いでおられるでしょう!
2010/05/24(月) 13:25 | URL | yaso #-[ 編集]
No title
真珠湾で何故日本は、戦艦のみに捉われて肝心の空母や修繕施設や備蓄燃料を徹底的に破壊しなかったのか?
この点は、やはり残念と言わざるを得ません。
あのとき、これらのことを実践していれば後のミッドウェー海戦での敗北もなかったろうし、優秀な戦士もそのまま温存できたはずです。
この多聞さんが生きておられれば、空母機動部隊の重要性ももっと認識され、大和も武蔵も空母に転用されたのかもしれませんよね(時系列的にはどうかはわかりませんが、しかし信濃という実例もあります)。

もしそうなれば米軍の物量作戦にもある程度長期に渡って対抗できたかもしれません。
そうした期間が長くなるほど、講和に持ち込むチャンスも広がったかも知れません。

大東亜戦争における誤算は全てここからと思われるのもむべなるかなと言わねばならないでしょう。
2010/03/27(土) 16:03 | URL | 杜若 #JalddpaA[ 編集]
名無しのアホへ
本当のことを書かれるとすぐに感情的になって
レイシズム丸出しになるからこのネット右翼はバカ揃い。
俺が在日だって?(笑)
それとゼロ戦と大和と何の関係があるのさ。
じゃあもオマエは日本人だという証拠があるのか?
パスポートか印鑑証明を出してみろよ。
何だったらどこかで待ち合わせして実際に会っても
いいぜ。
そこでガンガンやりあおうじゃネーか。
そんな根性も無いヤツが何を抜かすか。
オマエみたいな腐った根性のヤツは
あの世に行ったら
伊藤博文や坂本竜馬にどの面下げて会うんだ?
ネットで在日を苛めましたって自慢して報告するのか?
よくそんなことが言えたもんだよな。

ねずきちさんは冷静だし、
一部差別的なことを書いているのが
気に食わないがそれは別にして
実に詳細に調査しているから評価している。

コメンテーターがアホ揃いなのが不幸。
2010/03/27(土) 08:16 | URL | ヒョウドウ #-[ 編集]
武士は攘夷を捨てたのか?
瓶子様、私も、この間「竜馬伝」を見て、余りの内容の酷さに絶句した一人です。
あの番組は、坂本竜馬を戦後の反戦平和主義者の視点に立たせて、それ以外の攘夷の志士を世界の情勢も知らず外国人排斥を唱える狂信者に仕立て上げる事で、攘夷=悪、開国=善、を訴えるだけのプロパガンダドラマです。そもそも、明治期を生きた政府の指導者に攘夷の志士ではないものなど一人もいません。
攘夷派は当初は、個人の武力で外国人に危害を加えれば、外国人は恐れて日本を出て行くと考えていましたが、実際には、攘夷を起こせば起こすほど、外国勢力に日本支配の口実を与えるだけだと気付き、以降は、個人では無く藩を担ぐようになります。しかし、単体の藩では、団結して日本に集る外国勢力に対抗できない事を悟り、<馬関戦争・薩英戦争等の敗戦>300諸藩を解体し、天皇を中心にした、強力な中央集権国家を建設する事を考えていきます。そのスローガンは富国強兵、進んだ西洋の技術を取り入れ、産業を振興し、軍備を拡充し、日本を強国に導く事、そして、それにより、日本の主権を守り、外国の干渉を撥ね付ける事、、つまり、開国攘夷が明治以降の日本の悲願となるのです。
攘夷の志士は、概ね思想的には、個人による攘夷<鎖国攘夷>、→藩による攘夷、<鎖国攘夷>、→国家主体の攘夷<開国攘夷>へと、考えを深化させています
左翼の教科書にあるように、「攘夷の志士は、外国の力に負けて攘夷を放棄した」とあるのは、とんでもない間違いであり、ただ個人の攘夷を放棄し、国家主体の攘夷に切り替わっただけなのです。
維新の元勲、伊藤博文が、若い頃は放火犯だったように、竜馬伝では、嫉妬深い狭量な危険思想家に描かれている武市半平太だって、命長らえれば、伊藤に並ぶ維新の元勲になったかも知れません。
そもそも、薩長同盟は、幕府討伐の為の「薩長軍事同盟」であり、長州に武器を密輸したのは、薩摩の庇護下にあった海援隊です。坂本竜馬が平和主義者という大河の設定はこの時点で破綻していますよ。
2010/03/24(水) 16:25 | URL | 石原昌光 #-[ 編集]
日本人と日本人の優秀さがねたましい人間
いつも感動的な話をありがとうございます.
山口多門中将の話,ミッドウェーで艦とともにいかれたこと返す返すも残念です.
実質的な敗戦の責任者,南雲中将や参謀源田氏などがのうのうと生きて帰ったことを思えば山口中将こそ生きて帰ってほしかった.
軍艦模型が好きだった私は,その関係で子供のころから中将の名前を知っていました.
当事はまだプラスチックの軍艦模型などなく,5年生の頃に初めて飛行機や戦車のプラスチック模型が出てきたばかりで,もっぱら,木製の模型で巡洋艦や駆逐艦を作っていました.
数年してようやくレベルの潜水艦モデル「ノーチラス」号が手に入るようになった時代でした.

大学の頃,知己を得て赤城に乗っていた戦闘機のパイロットで,戦後長らく今話題の日航のパイロットをしていた方に何度か会う機会がありました.年齢は私の父母よりも年上です.
たまたま何かの折にミッドウェーの話がでて,私が山口中将の話をすると目を輝かせて中将を知っているのかとたずねてきました.
名前だけだといいましたが(私の年齢から当たり前の話ですが),海兵の先輩でもある中将にかなり敬愛の情を抱かれているようでした.特別に目を掛けてもらったことでもあったのでしょうか.
その方はミッドウェーで母艦赤城が沈んで,仕方なく海上に不時着,残念ながら僚艦の救助もなく海上を漂っていて,もう最後かと覚悟を決めていたところ運良く駆逐艦だったか潜水艦だったかがそばを通りかかって助けてもらったと言っていました.
近年,その方が亡くなってから,たまたま戦歴を調べていたら,終戦までに敵機を60機近くも落とした歴戦のつわものでした.
パイロットだったせいか60近くになっても車の運転の加速も生半可じゃありませんでした.イタリアに駐在していたこともあって愛車はアルファロメオ.
同乗させてもらうと,もうジェット機並みの加速で発進していきます.車好きの若者である私よりも過激な発進でした.今は懐かしい.

ところで,日本には日本人を日本人の誇りを貶めたいやからが,市井にもマスコミにも多く紛れ込んでいるようですね.
良い記事を読んで,このコメント欄に来たのに,いきなり異質の書き込みに出会っておっと思いました.
そして,NHKはやはりおかしい.
先日もたまたま友人の家でNHKの坂本龍馬を見ていましたが,やたらと土佐の藩士がわめき散らしたり泣き喚いたり,精神の弱さや嫉妬の情念をむき出しにしていました.
たとえ下級であろうと,旧藩主の家来である郷士であろうと武士は武士.
武士の矜持と貧困の現実との葛藤などが出てくるならともかく,上司に殴られたぐらいで門人の前で泣き喚く半平太など気持ちが悪くなります.
その前後に,またたまたま教育かBSで戦後の歴史の場面をチラッと見ましたが,都市の無差別爆撃と原爆投下の映像の後に出てきたのは,米兵が鳩に豆でもやるようにばら撒くチョコレートやキャンディに群がる子供たちを延々と流し続けていました.
ほとんど,歴史の要点と関係のないことに時間を使って,日本は日本人はこんなに惨めだったということを印象付けているとしか思えません.
NHKは日本の放送局ではありません.
もちろん,クル狂ッポ鳩政権も日本の政権ではありません
早急にどちらも解体する必要があると思います.
ねずきちさんの日本人を取り戻すブログ,応援しております.
2010/03/24(水) 07:12 | URL | 瓶子(へいし) #7o2SeL7w[ 編集]
今の日本を見て先人達はどう思うだろう。きっと怒り、嘆き、悲しむだろう。
祖父ちゃんゴメン。祖父ちゃんが命をかけて護ってくれた日本が壊れていく。色々やってみてるけど阿保な日本人が多すぎる。いや日本人じゃない可能性のが高い。
本当に日本がマズイ。家族護りきれる様にあの世から力を貸してくれ。
2010/03/24(水) 03:12 | URL | #mYadv.MQ[ 編集]
【「ヤミ専従」北海道開発局4119人処分へ】
今日の内閣支持率はこちらをカッチとね
http://www.jra.net/ank/online/naikaku.php

【「ヤミ専従」北海道開発局4119人処分へ】
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100323-OYT1T00981.htm
同省は、農林水産省のヤミ専従問題を受け、昨年8月に内部調査の
結果を公表し・・・

公用車談合に続く数々の随意契約で隠蔽されてきた税金泥棒の実態が
暴露されていく。

【創価学会の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/snt/snt0.cgi
【創価学会の掲示板タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2010/03/24(水) 00:54 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
塾の発足会でねずきちさんも講演されるんですね?
さっきプログラムみました。ねずきちさんってどんな人?
お若いかた?年配のかた?
なるべくたくさんの話がきいてみたいです。
2010/03/23(火) 21:56 | URL | 初コメ #-[ 編集]
お世話になります。
こんにちは
「過去現在未来塾」発足記念講演会です。3/23★最新情報追加されました★
http://blog.goo.ne.jp/mizumajyoukou

4月10日は【日比谷公園音楽堂】に集結しましょう!
「過去現在未来塾」発足記念講演会です。
日本を自分達の手に取り戻す為に熱風を吹かせましょう。
大和魂の見せ所です!
民主党政権を追っ払う程の大きな風を作りましょう!
追加状況が判ります。↓
http://applecosmos.blog123.fc2.com/blog-entry-36.html
2010/03/23(火) 20:35 | URL | 過去現在未来塾 #1GPmVcro[ 編集]
MPJについて。
今朝、毎日楽しみに愛読する、「MPJ、〔メディア・パトロール・シ゜ャパン〕、を開け、『日本を大好きな人たちのブログ』、に、綺羅星のごとく名を連ねた、錚々たる、人達のブログより、ねずきちさんの、「ねずきちの ひとりごと」、『名将、山口多聞 』、を読み、いつもながら感銘を受けると共に、いろいろと勉強させていただきました。
「羅馬人の日記」、も読み、毎日勇気ある、貴重な情報を伝えてくれる、筆者に感謝いたしました。
この板のコメント欄をお借りして、『MPJ』、に関して書かせていただきます。

平成22年2月6日、私が待ちに待った、特筆すべき組織が発足しました。


メディア・パトロール・ジャパン、発足

これは、肝腎なニュース、情報を国益に沿った、公正な視点から日本国民に報道し、知らせようとはせず、左翼イデオロギーにより、歪曲、捏造、されたものを一方的に報道する、日本のマスコミをインターネットのネツトワークにより監視し、正しい情報を広く交換、共有しようとする、画期的なシステムです。
発起人は、撃論ムック・編集長、西村幸祐氏、新進気鋭の経済評論家,来るべき参院選に自民党全国区から立候補される、三橋貴明氏、天才的作曲家・椙山浩一氏、が就任されております。

今から四十年ほど前、福田恒存氏がミニコミ紙、「言論人」、を発刊するにあたって述べた言葉。

「私がいくら躍起になっても、日本の新聞の偏向は改まらないだろう。したがって、このような日本のマスコミ批判のミニコミ紙を出す意義がある。」
(※、慧眼の福田氏の言った通り、<東京新聞>、も、<京都新聞>、も、<ジャパンタイムス>、も、テレビの <NHK>、もすっかり左傾してしまいました。その反対の例を私は知りません。)

「中川昭一先生を誰が殺したのか。これは現在日本にある、一つのムシステムと言える。情報を隠蔽し、一方、偽情報を流すシステムである。これにより、国民にとって大切な情報がまったく報道されていない」・・・昨年10月17日、東京永田町の砂防会館別館にて、会場に溢れた、超満員の参加者に対し、西村幸祐氏が語った言葉。

「現在の日本は、弾丸こそ飛び交わないが、反日軍と日本軍が戦っている、内戦状態である。マスコミに対抗しうるのはインターネットと言える」・・・今年2月2日、日比谷公会堂において、超満員の聴衆を集めた、「外国人参政権反対集会」、にいて、椙山浩一氏が語った言葉。

「NHKの、『NHKスペシャルJAPANデビュー』、事件は、マスメディアによる、『報道テロリズム』、の恐怖を、まざまざと見せ付けてくれました。
わたしたちは、NHKなどのテレビ局が放送した番組について、基本的にそのまま信じるしかありません。そして、もし何らかの偏った政治的意図に基づき、NHKなどが捏造情報を放送し、日本の国益を大きく損なったとしても、わたしたちはそれを掣肘する術を、全く持ち合わせていないのです。
さらに恐ろしいのは、NHKの木で鼻をくくった対応に怒った、千人を越す一般の日本国民が、NHKに大々的な講義のデモを行ったにもかかわらず、それを全てのテレビ局、大手新聞が報道しなかったという事実です。
信じられないかもしれませんが、日本の大手マスメディアは、日本国民のNHKへの千人規模の抗議行動を、一切報じようとはしなかったのです。これは作中にもある、「報道拒否」、という、報道テロリズムの一種としか表現しようがありません。・・・・
政治家の暴走は、有権者の投票で止められます。官僚機構や企業の不祥事は、それこそマスメディアが、ここぞとばかり叩くでしょう。
しかし、そのメディア自身の暴走や不祥事は、果たして誰が抑えることが出来るのでしょうか。日本国民はマスメディアを管理、制御する手段を、いっさい持ちあわせていないのです。
しかも、そもそも各マスメディアがいっせいに報道拒否を行った場合、わたしたちはマスメディアの暴走という、情報自体を、知ることさえできないということになります。
情報とはかくも恐ろしいものなのです。」・・・・三橋貴明著ーーー「新世紀のビッグブラザーへ」、あとがき、より。

2月20日、東京・青山にて、MPJに関する講演会が行われ、西村幸祐氏が講演されました。
私の記憶に残っているものを書かせていただきます。MPJの活動内容の一旦を氏っていただければ何よりです。

5年前、三省堂の、《英語》、の教科書に日本が韓国を植民地とし、酷い圧制を行ったという記述があった。
この内容に対し、2ちゃんねるから抗議が殺到し、その結果、修正が行われた。文科省は素通り、ネットによる抗議により、修正がなされたことは、いかに文科省がいい加減かを物語っている。
無数にアある、ネット言論を一回集約する必要があるのではないか。
私が残念でならないのは、マスコミの見出し作りである。
日刊現代に、「青木議員に若い女性をぶっつける。」、とは書いてあっても、
夕刊フジに、「輿石に若い女性をぶっつける」、とは絶対に書かない。

北海道教組はプールした主任手当てが15億と言われている。元々、国が主任個人に支払ったものが、主任に行き渡らない。これを組合の都合の良いように使っている。
山梨で行われたのと同じである。(※、大分で問題になった教員採用試験も、大分教組、教育委員会、大学教育学部、が癒着し、グルになっていたのが校長個人の問題に摩り替えられた。根は深い。)
外国人参政権問題も、今年になって、「産経」、以外のメディアもシブシブ書くようになった。
情報格差をどうして埋めたらよいか。派遣村は今となっては、「反麻生キャンペーン」、だったことが分かる。

MPJが始まった時、皆さんに是非お願いしたいのは個人個人でブログを立て、ゲリラ戦を行っている人たちがMCJに書き込むことであるる。
これにより、MPJが大きくなり、いずれ

MCJによる、世論調査

MPJでの意見広告

その他、単にマスコミ批判のサイトでなく、

MPJによるラジオ放送

MPJによる動画の発信

等にり、既存メディアに対抗する。

既存メディアに対抗する雑誌はあるが、

「撃論ムック」、話題になって売れたものでも3万部。

「WILL」、も10万部は売れてなく、数的に少ない。

MCJは既存メディァの偏向監視のみならず、情報を共有する。

わが国の場合、甚だ心もとないのは、国家としての情報戦が全く出来ていない。

ここ2年ほど目立つのは、メディアが、「報道しないこと」、という、国民にとっての深刻な事態である。
外国人参政権に関する国会質問をNHKは報じなかった。

次に起こすことは新聞、民放のスポンサーに対する広範な抗議である。
毎日ヘンタイはこれにより、スポンサーが皆降りた。
何か明らかにおかしいな、と思ったらスポンサーに抗議することがなにより効果的である。
いたずらにメディアを攻撃しても空振りに終わることが多い。(※、まったくその通りで、視聴者個々の抗議は怖くないが、『直接彼らの生活に響かないが』、個々の人間が数多くスポンサーに抗議するのは何より応える。「生活第一」、生活が脅かされない)





2010/03/23(火) 17:19 | URL | 町工場の親方 #-[ 編集]
No title
一番上の人のコメントを見て甚だ残念な思いと
そのような考えでいる方は、では日本国の現状について
どのように考え隣国のような反日国家から日本国を防衛し子孫へより良い日本国を受け継いでいけるのか。?どのようなお考えをお持ちなのか。是非聞いてみたいと思いました。

旧日本軍の将星達を卑下するような物言いは後世から見てのことだから評論できるわけで其の当時の其の状況下においては判断するのは難しい事もあったでしょう。
其の判断が結果的に自軍や友軍に多大な損害を与え作戦が失敗したであろう事も今だから批評できる事だと思います。しかし山口多門少将で普通レベルと言うのであれば
当時の他国の海軍将星たちはよほどすぐれていたのでしょうね。それを示すソースを提供して欲しいものです。
南雲中将に関しては航空畑ではなく水雷専門で行くべきだったとは私も思いますが。

零戦、雷電は駄作ですか。?大和、武蔵は役立たず?
航空母艦は欠陥船ですか。?当時の事を良く知らぬ
そして本当のことを教えられなかった我々が簡単に口に
すべき事でしょうか。もちろん反省し教訓をえてそこから
学ぶ事は必要な事ですがね。

其の駄作の航空機や艦船を使って戦った日本人を恐れ
欧米の航空隊は一時戦闘を避けたのも事実ですが。?

日本が敗れたのは情報戦、レーダー等の最新技術の遅れ生産力の差等色々あげつらう事はできますが
それを判っていても開戦せざる終えない状況に追い込まれたのが一番の原因でしょう。
結局平和時の外交の失敗なのではないかと。

山本元帥も仰っていたはずですよね。百年兵を養うのは使用する為ではない、其の力を見せる事で他国の侵略意図をくじく為だと。今の日本には残念な事に非常な制限を受けた外国から見ればアンバランスな防衛力がわずかに
あるだけでしょう。
2010/03/23(火) 15:00 | URL | 一有権者 #-[ 編集]
日本軍人と大陸浪人らが描いたアジアの夢はかくも壮大だった
■日本軍人と大陸浪人らが描いたアジアの夢はかくも壮大だった
チベット、モンゴル、ウィグルの独立を支援し、秘密工作は進捗していた


 関岡英之『帝国陸軍、見果てぬ「防共回廊」』(祥伝社)
 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 月並みな言葉を用いれば「近現代史の空間にぽっかり空いた穴を埋めた」秀作であり労作である。
 不都合なことが多い所為か正史からきれいさっぱりと消されていた驚くべき事実が、最近公開された機密文書、公電から徐々に明らかにされ、当時の日本の壮大な秘密工作の全貌、すなわちシナ包囲網の構築、そのユーラシア戦略の希有壮大さが、ようやくにして浮かび上がった。
 ただし本書は過去に山のように出された大陸浪人伝や馬賊物語、日本人のマフィアまがいの血湧き肉躍る活劇冒険譚とは、まったく基本の性格が異なる。
 小日向白朗や野中進一郎といった馬賊になった日本人等は日本の戦略的ヴィジョンとは関係のない地点での活躍であった。
http://www.melma.com/backnumber_45206_4792349/

■【関岡英之】「内なる脅威」と化した中国の日本侵蝕「桜H22/3/16」
ノンフィクション作家の関岡英之氏をお迎えし、『正論』2月号で 執筆なさっている記事『「内なる脅威」と化した中国の日本浸蝕』 をご紹介いただきながら、現政権が進めようとしている外国人地方 参政権付与や、「地域主権」重視がいかに国体を破壊することとな るのか、すさまじい勢いを見せている中国人永住者らの急増ぶりや 経済侵略、日本社会を明らかに変質させるであろう中華思想の脅威 などについて、お話を伺...
http://www.youtube.com/watch?v=28r6CNukdzI
2010/03/23(火) 14:59 | URL | otama #bdQhMxr2[ 編集]
No title
【山田宏杉並区長】

成人式で特攻隊遺書朗読→会場水を打つ→新成人感涙

「日本の為頑張る」と目覚めた新成人

日本の底力
http://defferentiatejapan.blog115.fc2.com/
2010/03/23(火) 12:14 | URL | JPN #-[ 編集]
No title
◆日本の医師免許なくても診療を 仙谷氏、制度改正を検討
前に民主党の現役議員が、他人の健康保険証を不法滞在者に使いまわせて捕まった時があったよ。
欧州で、在日外国人向けに無料医療を提供してる国があるから、それの真似事でもするんだろう。
保険の架空請求をガンガンさせて、既存の保険制度を潰す役割をさせるためにも

◆原口って、総務省のシステムとか電子政府とか、サムスンに発注させようと必死
日本の資本が大量に注ぎ込まれるシステム更改において、その資本を韓国に流すことと、決裁権をアメリカに渡した、日本の会社じゃ完全になくなったIBMを経由して、韓国に仕事を渡すことが目的。
つまり、日立(が一番のターゲット)を潰し、富士通・NECを潰す事が目的の完全な売国行為。
NTTグループによる資金提供に沿った形でオフショア化を勧めようと画策。NEC,富士通、日立を外し、IBM経由及びNTTデータ経由で官庁系システムを端から韓国に引き渡そうとしてる

http://chiraurasouko.blogspot.com/
2010/03/23(火) 12:11 | URL | #-[ 編集]
my日本@健全化を求める会
昨日あたりから、人気ブログランキングの一番上の広告スペースに
snsサイト「my日本」の宣伝広告が表示されているのにお気づきでしょうか?
私は、基本的には「my日本」の趣旨に賛同しますが、my日本には下の様な問題点があり、強く改善を求めていく必要があります。

●問題点
トップページに陰謀組織イルミナティが世界政府樹立・人類奴隷化計画を狙って暗躍している等とほのめかす動画を掲載しており

①情報リテラシーの高い人からは、馬鹿にされるか呆れられ、保守派の信用を落としてしまう。
②情報リテラシーの低い人の場合は、それを真に受ける危険性が高い。
特に「中韓よりも本当に危険なのはイルミナティだ。中韓ばかり攻撃している既存の保守派は馬鹿だ」という様な彼らの主張を真に受ける人が既に何人も発生している。
③情報リテラシーが中程度の人であっても、情報判断が混乱させられる危険がある。

なお、これらのイルミナティ陰謀論の発信者は、反対意見に対して、かたくなにコメント拒否・アクセス拒否しており、sns内で盛んに一方的なプロパガンダ活動を行っています。
(ブログランキング49位の「お母さんのブログ」が代表的な例で、最近コメントを全削除し不可としました。sns内でイルミナティ関連のコミュニティを主宰しています)

つきましては、以下のアンケートを実施して、my日本の管理者に改善を要望したくご協力をお願い致します。

◆my日本のトップページで世界政府、イルミナティを常時設置紹介することに反対?賛成?アンケート
http://sentaku.org/seikei/1000018626/

現在、反対65票、賛成9票、どちらでもよい11票

↑アンケート投票にご協力下さい。
2010/03/23(火) 11:20 | URL | my日本@健全化を求める会 #Qi8cNrCA[ 編集]
No title
私も、ねずきちさんの記事に加え、としぼーんさんのブログで紹介されてた東条英機元首相の「国民同胞諸君」と「日本青年諸君各位」も読ませていただきました。

あの時代の、国を守るための「決断」と「努力」、「気概」・・。
今の時代の人間が簡単に語れるものではない、あの「断崖絶壁の時代」・・。

よくぞ日本を守ってくださった、そういう思いでいっぱいになる・・。
2010/03/23(火) 09:41 | URL | 共通一次世代 #HfMzn2gY[ 編集]
No title
昨日の防衛大学校の卒業式。

ニュース動画で、鳩山が訓示を述べ、卒業生に握手を求める場面が写っていました。
卒業生は、鳩山から求められた握手をどんな思いで受け止めただろうか・・・。

この鳩山が最高指揮官であることがやっぱり許せませんでした。

「自衛隊をいかに効果的に使うかという課題に本気で取り組みたい」

これが「訓示」なのか・・。
これが、宣誓で「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える」と述べた卒業生たちに対する訓示なのか・・・。


佐藤正久参議院議員HP『 防衛大学校卒業式に参加 』より(一部抜粋)↓
http://east.tegelog.jp/?blogid=24?catid=164&itemid=4519

==========
ご家族の方々は自分の息子さんやお嬢さんの晴れ姿、年々逞しく成長する姿を見て感慨深いものがあると思います。特に宣誓で「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える」と述べた時は、感極まったと思います。ご子息ではありますが、自衛官として国に奉公する瞬間です。

来賓代表祝辞は「世界の山下」の柔道の第一人者の山下泰裕氏でした。山下氏は原稿を読まず、自分の言葉で自分の思いを伝えました。日本人の武士道、武という字は戈を止めると書きます。これが日本の伝統であり誇りです。自己を高め、誇りを持ってくださいとの祝辞は心を打つものでした。

鳩山首相には申し訳ありませんが、いかにも官僚の方が作った文章を、しかも早口で読んでいる感じが強く、佐藤には思いは伝わりませんでした。列席の方からも拍手は起きませんでした。拍手が起きたのは首相でも防衛大臣でもなく山下氏のスピーチだけでした。

鳩山首相の訓辞は、いつもの「ですます調」ではなく、「である調」だったため、口調がなじまず、日米同盟を基軸といっても滑っていた感じが正直しました。更には財政が厳しいので防衛予算を縮減するともとれる発言。

対着上陸戦闘は想定し得ないので、防衛力をリバランスする。日本を取り巻く不確実な環境に対処し、日本の国家目標達成のために継続と変化が必要。東アジア共同体の実現のために自衛隊をネットワーク創成のアセット(資産、手段)として用いるとの訓辞。

佐藤としては、今日の訓辞は行政府の長としての訓辞であり、自衛隊という運用組織の最高指揮官としての色彩は薄かった。更に自衛隊をアセットという手段的にとらえられてご父兄もうれしくない。皆、赤い血を持った日本人が構成しているのが自衛隊だ。アセットと言う言葉、佐藤には違和感が残った。

===========(以上抜粋)

本当に虚しいです。
2010/03/23(火) 09:18 | URL | 共通一次世代 #HfMzn2gY[ 編集]
No title
歴史に「if」はないけれど、返す返すも残念でならない。ねずきちさんの山口提督を読み、その後、としぼーんさんの東條閣下のご遺言を読んだ。朝から泣いた。
2010/03/23(火) 08:48 | URL | 菱海孫 #-[ 編集]
No title
ヒョウドウさん

太平洋戦争と言ってる時点でアウト。
立ち位置まるわかり。
2010/03/23(火) 08:36 | URL | 一味唐辛子 #RYiLlIo6[ 編集]
No title
いつも感慨深い記事を載せて頂いて有難う御座います。
大東亜戦争は白人の悪魔の植民地政策に終止符を打ち
その後の世界地図を塗り替えた程の価値のある戦いで在った事は周知の事実であります。
その大儀ある戦いに散った多くの方々には感謝と尊敬の念を持ってやみません。

私の上のコメントの方のような日本人が、日本を内側から
破壊し日本人が日本人として誇れなくなっている事に気づいてもらいたい。
ネズキチさんこれからも日本人が日本人として誇れる記事を期待してます。
2010/03/23(火) 08:22 | URL | としぼーん #xtc7akX2[ 編集]
No title
山口多門が名将とい言うよりは、あれで他国海軍で普通でしょう。勇敢だったことに異論はないですが。
太平洋戦争時にはそこまでレベルが落ちていた訳。
他の日本海軍の将軍のアタマが悪すぎ、また装備がボロだったと言った方が早い。ゼロ戦は駄作、雷電も駄作、大和、武蔵は役立たず。大型空母は欠陥船と、そんな状況であそこまでよくやったなと思います。
2010/03/23(火) 07:01 | URL | ヒョウドウ #-[ 編集]
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◆◇◆今般の主旨◆◇◆ ●先般当ブログのコメント欄において、当ブログ管理人である〔しーたろう〕が 「女性誌中心に『子ども手当』の危険...
*引用・転載について
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

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講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
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<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
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台灣民政府
台湾民政府
サンフランシスコ講和条約で、日本は台湾に関して処分権は連合国に提供しましたが、領土の割譲は行っていません。条約以降、連合国も日本も台湾の処分先を決めていません。つまり台湾はいまも日本であり、台湾にいる1500万人の戦前からいる台湾人は、日本国籍を有する日本人です。私は台湾民政府を支持します。
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コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
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コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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