• 鳴門の第九 松江豊寿大佐


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    「松江大佐が、我々俘虜に
     創造の喜びと働く意欲を駆り立ててくれた。
     このことこそが最大の報酬です」

    20211208 ベートーベン
    画像出所=https://media.thisisgallery.com/20224948
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    小名木善行です。

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    歳末になると、ベートーベンの交響曲第九番「合唱付き」(邦題『歓(よろこ)びの歌』)が、全国あちこちで演奏されます。
    なかでも四国・徳島県の鳴門市は、第九交響曲の街として有名です。
    なぜ鳴門市が第九なのかというと、実はこの地にかつてドイツ兵の捕虜収容所があったことが原因しています。

    「捕虜収容所」と「歓びの歌」、なんだか奇抜な取り合わせですが、ここにひとりの素晴らしい帝国軍人の個性があり、そこにこの「合唱付き」が重なるのです。

    それは大正3(1914)年のことです。
    この年、第一次世界大戦が勃発しました。
    日本は同盟国だったイギリスの要請を受け、同年8月、ドイツに宣戦を布告しました。

    その2ヶ月後には、早くも日本は、ミクロネシアにあったドイツ領の南洋諸島をことごとく占領しました。
    さらに77日間に及ぶ激闘の末、11月にはChina山東省の港湾都市でドイツ領だった青島(ちんたお)を陥落させました。

    これらドイツとの戦いで、日本に俘虜として、4,627人のドイツ兵とオーストリア兵が、日本国内の戦時俘虜収容所にそれぞれ分散して収容されました。
    そしてこのとき、完成したばかりの鳴門市の「板東俘虜収容所」に収容されたのが、953名のドイツ兵たちだったのです。

    鳴門の収容所所長に任命されたのが、会津藩出身の松江豊寿(まつえとよひさ)陸軍大佐です。
    松江大佐は、明治22(1889)年、16歳の時に仙台陸軍地方幼年学校入学し、陸軍士官学校(5期)を卒業後、陸軍に任官し、以後、ずっと陸軍畑を歩み続けた人です。

    幼いころから陸軍一筋に生きてきた松江大佐ですが、この頃の陸軍は、まだ長州閥が強く、どうしても会津藩出身者は旧幕臣ですから、いろいろな局面で差別待遇を受けたそうです。
    ですから若い頃の松江大佐は、あまりのことに耐えきれず、上官を殴って軍法会議にかけられたこともありました。
    一本気な人だったのです。

    けれどそういうことがあると、組織の中では、余計に警戒され、疎外されるものです。
    要するに今風にいえば、松江大佐は軍隊内部で、ずいぶんとイジメられたし、孤立してしまったのです。

    けれど、ここが大事なところなのですが、そういうイジメや孤立が、かえって松江大佐の心を鍛えています。
    前にもご紹介しましたが、孟子の言葉にある
    「天のまさに大任をこの人に降さんとするや、
     必ずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ、
     その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし、
     おこなうこと、そのなさんとする所に払乱せしむ」なのです。

    イジメというのは、イジメを受ける当事者にとってはとても辛いことです。
    けれどそれに負けず、くじけず、がんばりぬくことで、後になって振り返ると、イジメを受けた側が、人としてものすごく成長するのです。
    一方、イジメる側は、まるで成長しません。
    世の中はそういうものです。

    松江大佐は、日清日露を戦い、42歳で鳴門の捕虜収容所所長に任じられました。
    その松江大佐が、収容所のドイツ人たちにどのように言われたかというと、
    「世界のどこに松江のような(素晴しい)
     俘虜収容所長がいただろうか」です。
    この言葉は、板東捕虜収容所ばかりでなく、第二次世界大戦時にシベリアでも捕虜生活を送ったことのある、ドイツ軍人パウル・クライの言葉です。

    松江豊寿(まつえとよひさ)大佐
    松江豊寿1226


    松江大佐の収容所所長時代の生活は、収容所近くの官舎に住み、毎日1kmほどの道のりを、ゆっくりと馬で通勤する毎日だったそうです。
    その通勤途中、地元の人々があいさつすると、馬上からひとりひとりにていねいに返礼したといいます。

    当時の陸軍大佐といえば、言ってみれば、ものすごく偉い人です。
    その人品の整った偉い人が、ひとりひとりに丁寧にお辞儀をして、挨拶する。
    人間関係も信頼も、まずは挨拶からです。
    自然と町の人たちの信頼が、松江大佐に集まりました。

    松江大佐の日頃の口ぐせは「武士の情(なさ)け」でした。
    間違えてはいけないのは、「ただの情け」ではなく、あくまで「武士の」情けであったです。
    つまり、強さがあって、同時にやさしさがある。
    そこが大事なところです。

    そういう松江所長の姿勢は、自然と地元の方達からの信頼につながりました。
    松江大佐は、捕虜に対しても、出来る限り自由を認める扱いをしました。
    こうしてごく自然に、地元の人たちと捕虜のドイツ人たちのと間に交流が生まれました。
    地元の人たちは、収容所のドイツ兵俘虜兵士たちを「ドイツさん、ドイツさん」と呼んで、家族のように親しく接する風潮となっていったのです。

    ドイツ兵たちは、ドイツ式の牧場経営の方法や、パン、バター、チーズなどの製法、印刷の技法、園芸栽培の技法、土木建設工事の手法など、ドイツ生まれのすぐれた技術や数多くの新しい西欧文化などを地元の人たちに紹介するようになりました。

    そこで松江大佐は、収容所の前に2,300㎡もの土地を借りました。
    何をしたのかというと、ドイツ式農園と、スポーツ施設を作ったのです。

    ドイツ兵たちは、そこで農作業をしました。
    また敷地内にテニスコートやサッカー場まで作られました。
    ホッケーやシュラークバル(ドイツ式野球)、ファウストバル(こぶしだけで行うドイツ式バレー)のコートなども作られます。
    そしてなんと収容施設内に、ボーリング場やビリアード場まで作られました。

    これらはもちろん、ドイツ人捕虜たちのための施設です。
    けれど、この施設には、地元の日本人たちも自由に出入りしました。
    施設利用による収益金は、当時日本国内に流行ったスペイン風邪の際も義捐金などに活用されています。

    ドイツ人たちは、こうして捕虜でありながら自由を約束してくれている松江大佐に、なんとかして恩をかえそうと、町のインフラのための工事にも、参加してくれるようになりました。
    当時の姿をいまだに止めているものに、「船本牧舎」と「ドイツ橋」があります。

    「船本牧舎」というのは、牛と豚を飼育して乳製品やハム、ソーセージなどの製造技術を伝えるために作られたドイツ様式のレンガ立ての畜舎です。いまも鳴門市ドイツ村公園の南側に残っています。

    さらにドイツ兵たちは、地元民のためにと、地域に10もの橋を架けてくれました。
    この橋がいまも鳴門の「メガネ橋」と「ドイツ橋」として残されているのです。

    ドイツ橋
    ドイツ橋


    ドイツ橋は、2003年に県の文化財に指定されました。
    195トンもの石を積み上げて作られてていて、一切セメントが使われてない橋です。
    そして100年近く経った今でも、まったく健在です。
    それは石組みの巧みさばかりでなく、河床の処理が丁寧になされています。

    こうした橋の建造について、当初は応分の報酬が払われるはずだったのですが、俘虜に金を払うことの是非について論議が起きて、結局は無償となりました。

    このとき、ドイツ兵のひとりが言った言葉がいまに伝えられています。
    「松江大佐が、我々俘虜に
     創造の喜びと働く意欲を駆り立ててくれた。
     このことこそが最大の報酬です」

    今回書きたかったことの第一がこれです。
    心志を苦しめられ、鍛え上げられた人というのは、周囲までも立派な人にしていくのです。

    こうした交流の中から、自然発生的に生まれたのが、捕虜のドイツ人たちによる「ドイツ沿岸砲兵隊オーケストラ」の誕生です。
    そしてこのオーケストラは、帰国まで計34回、月平均1回の割合で公開演奏を行い、地元の人たちに親しまれ、また大きな影響を与えました。

    大正7年6月1日には、80人の地元民による合唱団が出演し、収容所施設内で、壮大なベートーヴェンの第九が、なんと第一から第四楽章まで、全曲演奏されました。

    ちなみに、世界中の捕虜収容所で、人を人として扱わない非人道的な扱いが公然と行われている中で、日本では極めて人道的な、というより、それ以上に家族的な扱いが行われていたことは、世界史的な観点からも、実に注目に値することです。

    そういえば、イスラエルの建国の英雄、ヨセフ・トランペルトールも、日本で、ロシア兵捕虜として収容所生活を送った経験を持っています。
    時点は少し違っていて、トランペルトールは日露戦争時の戦時捕虜として、大阪・堺の浜寺収容所に入れられています。

    浜寺収容所では、当時の日本はまだまだとても貧しかったにもかかわらず、捕虜たちに常に新鮮な肉や野菜やパンをふんだんに支給しただけでなく、将校には当時のお金で月額で三円、兵には五〇銭の給料も支給しています。

    そのあまりの親切さに、トランペルトールは一生懸命に日本語を習得し、なぜ小国日本が大国ロシアに打ち勝ったのか、その秘密を探求しようとしました。
    答えは、意外と身近なところに転がっていました。
    警備をしているひとりの日本兵が言ったのです。
    それは、
    「国の為に死ぬほど名誉なことはない」
    という言葉でした。

    祖国イスラエルに帰ったトランペルトールは、「トフ・ラムット・ビアード・アルゼヌ」という言葉をイスラエル建国の標語としました。
    これはユダヤ語で「国の為に死ぬほど名誉なことはない」です。

    日本は、建国の理念を「家族国家の建設」に置いている国です。
    誰もが家族のように親しみ、信頼し合い、互いに互いの役割に従って、できる最大限を家族のために尽くしていく。

    だから日本は、明治維新後の大発展ができたし、世界に良い影響を与え得たし、そうした先人たちのおかげで、いま私達はこうして生きているわけです。

    歳末の第九交響曲は、単にベートーベンの名曲というだけでなく、それが日本で演奏されることの背景には、捕虜さえも家族として扱い接した私達の父祖たちがいる。

    そのことを、この歳末にもう一度、思い出したいと思いました。


    ※この記事は2011年12月の記事のリニューアルです。
    お読みいただき、ありがとうございました。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

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