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(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています)若年人口の減少は、ずいぶんと以前から言われていることです。
団塊の世代が学生だった頃、1学年の生徒数は220万人ありました。
団塊ジュニアと言われる、いまの40代前半の時代も、1学年の人口は約200万人です。
ところがいまの小学校低学年は、1学年100万人強です。
およそ半分に減少しています。
団塊の世代が大学入試の時代、あまりの過当競争になったことから、全国に大学が増設されました。
いまでは、公立私立合わせて500校もの大学があります。
大学の数が増え、収容できる生徒数が半減したわけですから、高校生がほぼ全員大学進学時代にあっても、大学は生徒数が足りません。
生徒がいなければ運営できませんから、入試のレベルも下がります。
いまでは、合格ラインの偏差値が低すぎて算出できない大学もあります。
これを「Fランク大学」というのだそうです。
入試はあっても、名前と受験番号があれば合格するのだそうです。
私は、それはそれで良いことだと思っています。
いわゆる偏差値秀才というのは、ホワイトカラーの値打ちが「記憶力」にあり、画一的でこれといって特徴のない人間が企業の「求める人材」であったホワイトカラー集団就職時代には貴重な存在です。
けれどいまでは、人間の記憶などより、インターネットの検索の方がはるかに早くて安全で正確になりました。
外国語も、何か国語であっても、スマホで会話も文章も自動翻訳される時代です。
いちいち英単語や年号や名称や数式を暗記していなくても、それらはすべてネットで簡単に検索できてしまいます。
ということは、これからの時代に、人間の能力として必要なことは、しっかりとした母国語の読み書きができることや、複数の情報を組み合わせてものごとへの洞察力を発揮でき、しっかりとしたアイデンティティと礼節を持った社会性を発揮でき、行動力があって、覇気があって素直な正確であることでしょうし、そういう人材こそが、これからの時代、企業が求める人材、社会が必要とする人材になっていくと思います。
そういう意味では、入試に、いまだに偏差値が大事にされている、偏差値に代表される記憶力試験に重きが置かれていること自体が、はるかに大きな社会的損失であり問題です。
中共や韓国の大学入試は、日本とは問題にならないくらい倍率の高い入試ですが、そこから輩出された人間が、ではどのような国を築いているかを考えれば、日本は大学入試について、抜本的に考え直すべき時期に来ていると思います。
もう少し言い方を変えれば、Fランク大学であっても、いやむしろFランク大学だからこそ、企業や社会が求める人材を多く輩出できるようになれる・・・つまり世の中が求める人材を育成できる可能性が拓けてきているのではないかと思います。
ところが大学が生徒数の減少が顕著になってきた特に平成以降行ってきたことは、入試や教育内容の抜本的見直しではなく、むしろ次の3点と言われています。
他にもありますが、話を単純化するために省きます。
1 学費の値上げ
2 文科省への助成金申請
3 外国人留学生の大量受け入れ
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