• 意味不明な言葉を話す、関東軍の軍服を着ていた人はどこの人?



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    以下のお話は、以前にご紹介した石頭予備士官候補生の戦いの記事を読まれた、いま日光でワサビ畑「水耕栽培」をされている橋場榮二様から、いただいた原稿です。
    ご本人様から、お名前と全文の公開のご許可をいただきましたので、文をそのままご紹介します。
    歴史の真実が書かれています。
    橋場さん、原稿をありがとうございました。


    黒竜江省牡丹江市
    20190830 黒竜江省牡丹江市
    画像出所=http://jp.xinhuanet.com/2019-02/02/c_137793666_3.htm
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


    先に申し上げておきます。
    文中に次の記述があります。
    「関東軍兵士が大勢いた駐屯地に、沢山の婦女子が助けを求め、集まって来ていた。これから避難するための準備(身じたく)をしている際中、兵舎から火の手が上がり、そこに居た大勢いの兵隊さんは誰もいなくなっていた。大人のみんなは、意味不明な言葉を話す関東軍の軍服を着た兵隊さんが、私たちを見捨てて逃げたと、パニック状態に陥った。」

    実は戦後、このあたりの記録(記憶)が悪用されて独り歩きし、
    「関東軍は人々を捨てて逃げた」
    と言われるようになりましたが、まったくの嘘であり、でっちあげであり、デタラメです。

    関東軍の兵士たちは、予備士官候補生までをも含めて、全員、ソ連軍のいる前線へと出ていったのです。
    そして留守になる兵舎に、半 島人の指揮官のもと「半 島人の軍属」および「半島からの徴兵兵」を残しました。
    彼らは(将校は別ですが)、体格も良いし、日頃はとにかく勇ましいのですが、戦闘中に敵がやってくると「アイゴー」と叫んで銃を捨てて逃げてしまうからです。
    前線ではまったく役に立たないし、そのような者を、激戦が予測される前線に連れて行ったら、戦線が総崩れになってしまいます。

    このため半 島人の将校に管理を任せて兵舎に置いて行ったのですが、彼らはその将校を自分たちで殺害し、さらに兵営に火を付けて逃げて行ったのです。
    これを当時の日本人が見ていました。
    だから文にも「意味不明な言葉を話す関東軍の軍服を着た兵隊さん」と書かれています。

     ***

    ──────────
    父(廣:ひろし)の話。
    (1915年~2002年8月29日)
    ──────────

    父の通夜の時、お線香が突然真ん中から曲ったのを見て、父からのメッセージで、有難うと言っているように感じた。(通夜の祭壇の前で、何か気配を感じたかと思ったら、細く白い煙が立ち登っていたお線香の真ん中から、まるでお辞儀をしているように直角に曲がっていた。)
    父の魂は、過去世から現世まで、相当な徳を積んで来たようだ。
    だから、お線香を曲げるくらい、簡単にできるレベルにまで魂が達していたのだろう。

    父は子供の頃、柿の木から落ちて、左手を骨折し骨が曲がってくっ付いていた。
    そのケガがもとで、徴兵検査に落ちて兵隊になれなかった。
    それから暫らくして、妻をめとり暮らしていたが、1936年頃に満州開拓団の話があり、翌年妻と共に満州国に渡った。(場所:満州国内モンゴル地区)

    1940年に長男が生まれ、翌年、次男が生まれて4人家族となった。
    8年ほどして満人10人ほど雇う大農家になっていた。

    そのころ、日本全国で銃剣術の大会が開催され、満州国でも大会が開かれ、父が参加したところ、勝利を重ね満州国代表になった。
    そして、日本本土の国技館で開催された、日本一を決める大会に出場することになった。
    父は日本一にはなれなかったものの善戦したようだ。

    大会終了後、満州に帰って間も無く、赤紙が来て出兵することになった。
    (戦争が激しさを増すとともに、満州開拓団の働き盛りの男子や、若者のほとんどが関東軍の義勇隊員として、戦闘に加わる命令が下されるようになった。)

    当時、満州を守っていた関東軍は、南方戦線が激しさを増し、関東軍が所有していた軍事物資「武器、弾薬、兵器」のほとんどを南方戦線に送っていた。
    関東軍に残されていたのは、歩兵銃を含め、僅かな武器、弾薬と、工事用ダイナマイトくらいしかなかった。



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    20190317 MARTH



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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
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『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
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