日本は日本人のもの



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裕仁親王殿下-1


↑のお写真は、昭和天皇のご生誕翌年ごろのお写真です。

ほんとうに、凛々しく、そして可愛いく、ご立派です。

昭和天皇は、明治34(1901)年4月29日、明治天皇の初の皇孫(こうそん)殿下としてお生まれになられました。

明治天皇は、「名は裕仁(ひろひと)、称号は「迪宮(みちのみや)」とお命じになられました。

「裕」は、易経の「益徳之裕也」、詩経の「此令兄弟綽々有裕」、書経の「好問即裕自用即小」、礼記の「寛裕者仁之作也」から。

「迪」は、書経の「允迪厥徳謨明弼諧」、「恵迪吉従逆凶」から採られたのだそうです。


なにやら難しい漢字が並んでしまいましたが、簡単にいうとは、

「広く大きな心で国を治め、人類の幸福に尽くすように」

という意味が、裕仁の二字に込められていいるのです。

それが、明治天皇の理想であり、昭和天皇が生涯を通じてお心がけになられたことでもある。
ていうか、昭和天皇の御生涯そのものといえるのではなかったか。

明治天皇は、とても威厳のあるお方で、その鋭い眼でじっとご覧になられると、重心でさえも小さくなってしまったそうです。

ところが、迪宮(みちのみや)さまだけは平気で「おじじさま、おじじさま」となついておいでだったそうです。

相手が大国であれ、小国であれ、どんな相手でも媚びへつらったり居丈高になることなく、みな等しく御親交召されるのが陛下です。
その陛下に、自称大国だからと、それもナンバー6あたりを、一部の政治家のご都合主義で、勝手に変更し、大国優先の先例を作ったなどというのは、暴挙もはなはだしい。


昭和天皇の御幼少時のお写真が出たので、今日はすこし昭和天皇の幼少時のエピソードをいくつかご紹介したいと思います。


明治天皇は、ふるくからのしきたりに従い、生後70日の迪宮(みちのみや)さまを、7月7日、御養育掛となった枢密顧問官の川村純義(海軍中将伯爵)邸にお預けになります。

川村家では、五つの教育方針をお立てになり、迪宮(みちのみや)さまを3歳まで御養育された。

このときの教育方針が、つぎのものです。

◆川村伯爵五つの養育方針◆

一、心身の健康を第一とすること
一、天性を曲げぬこと
一、ものに恐れず、人を尊ぶ性格を養うこと
一、難事に耐える習慣をつけること
一、わがまま気ままの癖をつけさせぬこと


ほんの小さな子供のうちから、わがままを許さず、人を尊び、難事に耐える習慣を身につける。
すごいと思います。

川村純義海軍中将伯爵
川村純義



この頃のエピソードがあります。

ある日のこと、夕食の膳に、迪宮(みちのみや)さまがきらいなものを見つけたそうです。
で、「これいやっ」と箸を投げ出した。
川村伯爵は、平素おだやかな眼を厳しくし、
「おいやならお食べにならなくてもよろしい。爺はもうご飯を差し上げませぬ」と申し上げ、お膳を引き寄せてしまわれたそうです。

迪宮(みちのみや)さまは、「食べる食べる」と泣いて謝り、以後、二度と食べ物の好き嫌いを申されることがなくなった。

子供というのは、こうして躾をするものなのだと思います。
なにも子供のわがままにつき合うのばかりが親の仕事ではない。


明治39(1906)年5月から、迪宮(みちのみや)さまは、青山御所内に設けられた幼稚園に通います。
そして翌明治40(1907)年4月に、学習院初等科に入学する。

学習院初等科の制服を召された9歳の裕仁親王殿下
9歳の迪宮様


この頃の学習院院長が乃木希典陸軍大将です。

乃木院長は、厳格な6つの教育方針を立て、全職員にその実行を固く命じた。

◆六つの教育方針◆

一、健康を第一と心得べきこと
一、御宜しからざる御行状と拝し奉るときは、
  これを矯正申し上げるに御遠慮あるまじきこと
一、御成績については御斟酌然るべからざること
一、御幼少より御勤勉の御習慣をつけ奉るべきこと
一、なるべく御質素にお育て申上ぐべきこと
一、将来陸海軍の軍務につかせらるべきにつき、
  その御指導に注意すること

裕仁親王殿下は、東宮御殿から学習院まで、雨の日も風の日も徒歩でお通いになられます。
乃木院長は、毎朝、欠かさず正面玄関で殿下をお迎えなされた。

殿下は、院長の数歩前で停まり、欠かさずに礼儀正しく挙手の礼をされたそうです。

殿下は乃木院長の質素の教育をよく守り、つぎ当ての服を誇らしげに着て通学されたし、鉛筆は握れなくなるほど、消しゴムは豆粒ほどになるまで、お使いになられたといいます。

裕仁親王通学のお写真
裕仁親王通学のお写真



この学習院初等科時代に、養育係をお勤めになったのが、「足立たか」です。
裕仁親王は、たかをたいへん敬慕し、多大な影響を受けたといいます。

裕仁親王殿下が、学習院初等科時代、「尊敬する人は誰か?」という教師の質問に対し、生徒の全員が「明治天皇」を挙げたそうです。

ところがこのとき、裕仁親王一人だけが「源義経」と答えた。
教師が理由を聞くと、「おじじ様(明治天皇)の事はよく知らないが、義経公の事は“たか”がよく教えてくれたから」と、笑顔で答えられたそうです。
それだけ“たか”の影響が強かったということなのだろうと拝察します。

この足立たかは、その後、大東亜戦争を終結へと導いた鈴木貫太郎の妻になります。
2・26事件で、青年将校たちの銃弾五発を体内に受け、医者に運ばれた貫太郎が心停止となり、医者から「ご臨終です」と告げられた時、枕元にいた「たか」が、「あなた、起きなさいっ!」と一喝したら、心停止していたはずの貫太郎が、びっくりして息を吹き返した、なんてお話がありました。
→ねずきちブログ「鈴木貫太郎」
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-678.html

ちなみに「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という言葉は、山本玄峰という老師が、“たか”の夫である鈴木貫太郎に贈り、その言葉が、陛下の終戦の詔勅となっています。


話を戻します。
裕仁親王殿下は、乃木希典を「院長閣下」と呼んで、尊敬していたそうです。

ある人が「乃木大将」と乃木を呼び捨てたとき、殿下(当時)は、
「それではいけない。院長閣下と呼ぶように」と注意したといいます。

大正元年(1912年)、明治天皇御大葬の前々日、乃木院長閣下は、願い出て参内し、大切なところに朱点した山鹿素行の「中朝事実」を、顔を涙で濡らしながら、裕仁親王殿下に御講義された。

乃木のただならぬ気迫と様子に、裕仁親王殿下は、
「院長閣下は、どこか遠いところへでも行かれるのですか?」とお尋ねになったといいます。

このときの講義は、殉死を前にした乃木の裕仁親王殿下に伝える渾身の講義だった。

乃木希典
乃木希典


山鹿素行といえば、大石内蔵助の討入の際の、山鹿流陣太鼓ばかりが有名ですが、実は、赤穂藩とも関連が深く、また、幕末の吉田松陰は、山鹿流兵学師範です。
つまり、山鹿流は、幕末の志士達の基本理念となっている。

講義に使われた山鹿素行の「中朝事実」は、大約すると、

「Chinaでは王朝が何度も替わり、家臣が君主を弑することが何回も行われている。
Chinaは勢力が強くもなく、君臣の義が守られてもいない。

これに対し日本は、外国に支配されたことがなく、万世一系の天皇が支配して君臣の義が守られている。
Chinaは中華ではなく、日本こそが中朝(中華)である」というものです。

内容が素晴らしいので、こんどご紹介しますね(^^)b

ともあれ、万世一系の天皇をいただく日本は、ほんとうに幸福なのだと思います。

以下の文は、もしかするとご不敬になるかもしれないので、ご不満な方は読み飛ばしていただいて結構です。

飛騨に、阿礼さんというお宅があります。
その阿礼家というのは、古事記を口伝した稗田阿礼(ひえだのあれ)家なのだそうで、阿礼家には、代々伝わる口伝がいまでも伝承されているのだそうです。

稗田を「ひえだ」と読んだのは新井白石で、本当はなんと読むのかわからない。
もしかしたら、稗田と書いて単に「ひだ」と読むのが正しいのかもしれません。

つまり、稗田=飛騨で、飛騨の阿礼家に伝わる口伝の方が、古事記よりも正しいのかもしれない。

その口伝によると、実は神武天皇以前に、すくなくとも天皇家は250代以上続く家として日本にあったのだそうです。250代というと、だいたい6000年です。(もしかするとボクの記憶違いで25代かもしれない。間違ってたらごめんなさい)

そしてその口伝によると、代々天皇は「上代様(うわかたさま)」と呼ばれて、民から慕われていた。

みんなにつらいこと、苦しいこと、たいへんなことがあると、いつも上代様やその兄弟たちが率先して、みんなのために働いてくれた。だから、みんなの尊敬が自然と集まった。

そして大昔の日本は、末子相続制(末っ子が家督を継ぐ)で、家督を継ぐ末っ子以外のおにいちゃん、おねえちゃんたちは、民間の家とみんな縁戚関係になっていった。

つまり、上代様の一族と、ほとんどの庶民は、みんな縁戚関係になった、というのです。

これは、ねずきちは、非常にわかりやすいお話だと感じました。

日本における天皇家は、私たち日本人の感覚として、いわゆるヨーロッパの王族や、Chinaの皇帝などと、まったく異なる。

むしろ、本家と分家の関係に近いように思うのです。

つまり、総本家=天皇家、分家=日本のいろいろな家系です。

実際、家系図を手繰っていくと、たいていのお宅は、(日本人なら)かならず天皇家につながる家系図を持っているそうです。途中で分家となっていても、分家になったところから、本家筋を辿っていくと、どの家系図も、最後はみんな天皇家に行きつく。
家系図は家柄の権威付けのために、みんな天皇家と縁続きと謳ったなどと学校では教えますが、いやいやとんでもない。実は、ほんとうに縁続きだったのかもしれない。

だから、天皇とわたしたち日本人の関係は、感覚的に、王様と家来、王様と民衆という上下関係などでは、決してない。
むしろ、本家と分家の関係に近いんだよ、っていわれたほうが、なにかこう、しっくりくるように感じます。

鈴木さんのお宅でも、斉藤さんのお宅でも、高橋さんのお宅でも、どこの家でもそうだけれど、日本人のお宅なら、やっぱり本家でなにやら法事があるとか言われたら、いやおうなく、みんなが集まる。それって、上下関係とか本家による分家支配とか階級差とかというものでは決してないし、本家と分家の契約関係でもない。だいたい本家と分家間の本家分家関係契約書などというものは、みたことも聞いたこともない。

本家が侮辱されたら、やっぱ、腹が立つし、本家がみんなから慕われると、なんだか自分のことのようにうれしい。こういうのってそういう教育を受けたからとかそういう問題じゃなくて、きっと、血の問題だと思うのです。


いまでは、家系図も消えてしまって何十代も経ち、もう血のつながりがどうとかなんてまるでわからなくなっているけれど、きっと遺伝子レベルで、多くの日本人、もとから日本にいた日本人、奈良、平安、鎌倉、室町、戦国、江戸時代から代々続く日本人なら、おそらくほとんどの人が、陛下を侮辱されたら、カンカンに怒るし、陛下がご健康と聞くと、なんだかホッとする。これってきっとDNAの仕業なのかもしれません。

だから、汚沢のような日本人のDNAを持たない者には、こういう心理は、まったくわからない。理屈じゃないから、なおわからない。

すみません。ボクは、ここで自分が天皇と縁続きだとか、そういうことを言っているのではありません。自分がどうとかではなくて、日本人みんなの総本家が天皇なんだ、っていう上述の飛騨の阿礼家に伝わるという口伝・伝承が、感覚的にすごくしっくりくる、ということを言いたいだけです。

おそらく、多くの日本人が、冒頭の陛下のご幼少の頃のお写真をみたとき、とてもうれしく、誇らしい気持ちを持つと思います。

そして、昭和天皇が、幼いころに、きびしい教育を受けましたとか、こんなエピソードがありましたと聞くと、なにやら、それが自分のことのように、とっても誇らしく、またうれしく感じる。それが普通の日本人の普通の感覚なのではないか。

一方で、陛下になにやら無理強いをしたり、陛下がお悲しみになるようなことをするヤカラには、殺しても飽き足らないくらいの強い感情を抱く。それもごく自然な日本人の感覚です。

ちなみにボクは、戦後の教育を受けて育っています。
天皇については、日本国憲法により日本国国民統合の象徴であると教わった。天皇を尊敬せよとか、お写真をみたら敬礼しなさいとか、そういう教えは、これまで一度たりとも受けていません。

それでも、やはり、お幸せそうなご皇室のたよりを観たり聞いたり読んだりしたら、なにやらうれしいし、陛下のご尊顔を拝すると、とってもなつかしく、誇らしい。
今上天皇と美智子さまの笑顔のお写真などをみると、それだけでなんだかとっても嬉しくなる。
これって、教育されたとか、教え込まれたとか、そう思いこまされたとかいう以前の、もっと根源的な感覚なような気がします。


分家同士なら、ライバル関係もあるし、兄弟が言い車を買ったりすると、コノヤロなんて思ったりするけれど、本家が相手では、まるでそんなことは感じない。

本家と分家は、ライバル関係でも、上下関係でもないからです。

なら、どういう関係か? といわれれば、それは、本家と分家の関係だ、としか答えようもない。

陛下の政治利用についても、およそ日本人なら、そういうこと自体、思いもつかない。だって、それって「本家を政治的に利用する」ということでしょ?
よほど欲に目がくらんだとんでもない奴でもなければ、そんなことを思うやつは、普通、どこの家でも、まず、いやしません。

いいかえれば「本家を政治利用」しようとするような奴は、もはや日本人でない。
要するに、日本語が話せるだけの外国人、われわれ日本人にとっては、アカの他人です。ガイジンです。ヨソモノです。

そして日本という国は、陛下という日本人の総本家を中心にまとまっている国家です。

日本は、日本人のモノです。

それがわからないヨソモノに政治を委ねる必要など、まったくないのです。

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山鹿素行 中朝事実


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コメント

ますずし

No title
実のところ、私はさほど熱情的な天皇家信者ではありません。
故正直今の日本があるのは陛下の為とも思っていません。
各時代個個の日本人が死力を尽くした結果では...?
しかし、各人どうあれ陛下は日本の統合の象徴(本家の代表者だから当たり前の帰結)
なので斯くの如き大人物がシナの賊徒と会談させられるというのは...
それは、日本を愚弄しているのか!
という意見しか出てきませんね。

我が身に近しい親近感を感じる事はないものの、日本は大家族主義で
陛下はその本家の代表という考え方には親近感を覚えます。
と言うことは世界で一番歴史の長い大家族の国が日本というわけですね。

たらむ

No title
すばらしい記事をありがとうございます。
他の記事も少しずつ拝見して勉強させて頂いております。

えだまめ

No title
はじめまして。韓国在住の主婦です。先日ブログの読者さnからねずきちさんのブログを教えてもらいました。
ねずきちさんの良いお話を韓国語に翻訳してはどうかという読者さんからのご提案でしたが、実力不足とアプローチの難しさに、一旦は即お断りしたのですが、ねずきちさんのブログを読みながら、これは日本人は知るべきだ、できれば韓国の人たちにも知って欲しい、と思い、今後の懸案にすることに(勝手にすみません)いたしました。

韓国で日本語通訳である韓国文化解説員さんら日本の歴史に興味のある数人の方とお付き合いしたことがありますが、その韓国の方たちは、日本の実質的な支配者が武士の世になっても天皇は依然として権威を持っており、また平も源も足利も織田も(豊臣はのぞいて)徳川も、天皇家の分家であったということにとても感心していました。(徳川が清和源氏であることは捏造かもしれないそうですが)。
日本の国は天皇と共にあった、日本人は皆先祖が天皇につながるかもしれない。それもさらに250代もさかのぼる長い歴史を持っているかもしれない・・・なんだかすばらしいことです。

かぐやひめ

おはようございます
日本国が、今日まで独立国として立ってこられたのは、天皇陛下の御徳力によると、こころから感じます。

私達は、デモとか小沢屋敷の見学散歩とかにも、そう簡単にはいけません。遠くて・・・

でも、すがすがしく空気の澄み渡った冬の朝を迎え、今日一日、大御心に包まれた幸せをかみしめ、
その徳をおなじうすることを乞い願う・・・とされた教育勅語の教えに添っていこうとすることはできます。

親に孝、兄弟に友に、夫婦相和、朋友あい信じて、一日を過ごしましょう。(*^^)v

火事場の馬鹿力

外国人参政権が成立した場合、いずれ移民受け入れとなるでしょう。
その時、押し寄せるのは学生ではなく「兵士」です。
しかも、義和団の様な…。
シナで育成中とみました。
後手、後手に回っていますが、先手を打たねばならないかも知れません。

昭ちゃん大好きでした。

特亜嫌いさんへ
 中川昭一氏へのコメント貼り付け,有り難う御座いました。
 私は、何故だか中川昭一氏が、
 お亡くなりになられた日に、
 左腕がもぎとられる、気持ちが致しましたら
 本当に左腕を全治6ヶ月~1年の怪我を致しました。
 まだ痛みと左腕が上がりませんが
 痛む度に、昭一氏が何かを訴えている様なそんな
 気持ちがしている、今日この頃です。

ねずきちさん、ムスタファ、ケマル像の移転、
 良かったです。おめでとう、御座います。
 

ジャギ様

知育・徳育・体育の「徳」って何だ?
 ユダヤ人ならびに経典の民は、臣民一体の神聖千年王国の実現を悲願としてきましたが、近代になって日本国の皇室の存在を知ったときは唖然としたことでしょう。

 中国だって亡国したくて王朝が滅びたわけではなく、内憂外患を「徳」の力の衰えで乗り越えられなかったと、後世の歴史家は解釈しているようです。
 つまり本場中国の「徳」は、皇帝が持つ超自然的なオーラ、カリスマ、威力なのです。(京劇を見ると皇帝役の俳優の飾りが小刻みに震えているシーンがありますが、「徳」力が放射されている状態を表現しています。)

 「徳」という言葉は、日本ではこのブログで紹介されているような素晴らしい話しを精読し、感動し、受肉化することにより備わる立派な人格・風格・品位ですが、人格形成に終わりが無いように世代を超えて修身すべきものと考えて良いでしょう。

 日本の王権が皇室に収束し、祭祀長と日本国最大の権威となったのは、多分に中国の王朝を意識したものであることは、疑いありません。→結果、日本は独立を保ち得たのです。

 現在の汚沢民ス政権の皇室利用は、中国の冊封体制に友愛した足利義満よりも罪深いものと考えられます。

-

No title
ムスタファ・ケマル像がついに移転!!!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091218-00000640-san-sociねずきちさん、ありがとう~~

こんなのありました

真実の政治を悪魔から取り戻そう!


悪魔・小沢一郎を日本から追放する会』

http://blogs.yahoo.co.jp/eclipse508/folder/616992.html

ストレス解消にいかがなもんでしょう
てか、ほんとにひきずりおろさなや!!

特ア嫌人

まったくもって激同
害人以外の良識ある日本人なら、皆、ねずきちさんと同じ気持ちや想いでしょう。
それに特ア以外の外国の要人からも、尊敬の念を抱かれている両陛下は、日本人の誇りでもあります。
この気持ちを大切にしていきたいと、昨今の小沢民・主席率いる民主党をみていると、益々思いを強くします。

そんな日本と民を守るべく獅子奮迅な戦いの末、不幸にもこの世を去った中川昭一氏について、安倍元総理が暖かく語っています。
ねずきちさんにとって既出でしたらすみません。
知らない人がいたら読んでみてください。
あの中川昭一氏「核武装論」提起の裏に
ついても語られています。
中川昭一氏がお亡くなりになって以来
久しぶりに涙が溢れました。

「花とコグマ」様のブログより
*安倍さんが語る昭一さん
http://hanatokoguma.blog11.fc2.com/

烏天狗

今の繁栄は昭和天皇のおかげです
他国の歴史を見ますと、多くの場合、皇帝と呼ばれるために力で己の野望を達成しています。そうして自分の『富と権力』を誇示することに力を入れます。
しかし天皇陛下はそれとは全く異なります。陛下が願われていることは『日本国の安寧と国民の幸せ』だけでしょう。加えれば世界平和か。従ってその本質は無私ではないでしょうか。戦後、時を経るに連れて欲得に走る風潮が出てきましたが、本来日本人は無私を尊びます。男系で皇位が125代も続いているのはこのことによるものと思っています。

「午後2時、天皇は雨のなかを二重橋正門から自動車で式場に到着された。天皇が下車されると、侍従がすぐにうしろから雨用のマントをおかけした。だが、お立ち台の上でマントをお脱ぎ捨てになった。広場を埋め尽くした青年たちが篠突(しのつ)く雨のなかを雨具もつけずに全身を濡らしているのを、ご覧になったからだった。
 やがて、青年たちが御前で分列行進を開始すると、天皇はずぶ濡れになられながらも繰り返し、挙手の礼をもって答礼された。多くの青年たちは感動して、涙が雨にまじって顔を濡らした」

これは昭和3年12月15日、昭和天皇の即位をお祝いするために皇居前広場で行われた式典でのことです。12月ですよ、寒かったことと思います。
このお話しは今年の「SAPIO」2月11・18日、昭和天皇の特集号に載っています。ねずきちさんの、陛下に関するこのところの記事で久しぶりに引っ張り出して読みましたが、やはり感動の涙が出ます。
紹介したお話しはくっくりさんのブログ『ぼやきくっくり』に「SAPIO」の他の記事と一緒に載っています。良いお話がたくさんありますので読んで下さい。

 http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid621.html

濱風

No title
youtubeに花神がUPされています。
削除される前にみておきましょう。
大村益次郎(靖国に銅像があります)が主人公です。

1話 (以降連続再生されます)
http://www.youtube.com/watch?v=5G457wEMjxM

愛信

小沢氏秘書が起訴内容否認 政治資金規正法違反事件
陸山会の元会計責任者で小沢氏の公設第1秘書、大久保隆規被
告(48)が有罪判決が出れば、連座制で小沢一郎議員辞職となります。

検察側は違法献金の背景を、ゼネコン談合組織による公共工事の
受注調整に対する小沢事務所の強い影響力を指摘するとみられ
る。献金した側の西松の国沢幹雄元社長(71)は同法違反(第三
者名義寄付)などの罪で禁固1年4月、執行猶予3年の有罪判決が
確定。

【経済・政治の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj.cgi
【政治・経済タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

ぽよん

No title
15日に國神社にお参りに行ってまいりました。
売店の書籍コーナーに、古事記に関する本がたくさんありました。
ぺらぺらとめっくった中に、ちょうど、今日ご紹介いただいた、神武天皇の前に25代の上代様のお話が有りました。稗田=飛騨の件や、民間との縁戚関係なんかも。
ああ、だからこんなに皇族の方々は私たちのことを思ってくれるのだな。と、ねずきちさんの気持に似たものを感じたのです。
そして今日、ねずきちさんと私もどっかで繋がっているのだろうなぁと感じた次第です。

あおこ

No title
不思議ですね、私もねずきちさんと全く同じ感覚を持っています。冒頭の先帝陛下のお写真だけでもうるうる。

天皇・皇后両陛下の仲睦まじいご様子を拝見してはうるうる。悠仁様の健やかなお姿を拝見してはうるうる。

うれしいとか悲しいとかそういう感情を超越した心情ですね。なんだろう?

bb

ねずきちさん、こんにちは。
奇しくも先日若者から、

天皇陛下ってどういう方?と問われました。若者といってもかなりの若輩。
「そうだな~日本人全員のお父さんかな?」と答えました。

なんだかそれ以外言葉がありませんでした。

日本は奇跡の国と最近思うようになりました。守り抜かなければなりませんね。

昭和天皇
今年も昭和天皇・皇后のカレンダーを頂きました。
昭和天皇・皇后陛下の御真影も掲げてありますが、お若い御真影とカレンダーを見ては自分の年齢を合わせ見て長く生きたなあ~紀元二千六百年の行事の「国旗係」をしてからもうすぐ70年?感慨にふけるこの頃、最悪の皇室観を持つ政党の出現に呆れかえっています。

自転車屋

No title
このDNAというものを日本語に訳せば「こころ」ということになるのだろうと思います。
今日のお話、熱い涙が迸るのではなく、暖かな気持ちが体の中にいっぱいに広がりました。
日本に生まれてよかった。

syouwa_jp

No title
しかるべく、仰るとおりですね。大逆者がそのまま大手を振って日本にいることすら許し難い。

ミヤビ

感動しました!!
たしかに昭和天皇のお写真を拝見すると、自分の優しかったおじいちゃんを思い出しますし、両陛下は両親と重なってご健康をお祈りしますし、悠仁親王殿下は甥っ子と重なってしまいお健やかなご成長が楽しみです。
私たち分家のような庶民がたとへ後継者に恵まれなくても、自然の流れと悠然としていられるのも、<陛下という日本人の総本家>が厳然として存在するので安心感があるのだと思います。
素晴らしいお話しを有難うございました。

まつ星

中朝事実
「山鹿素行 中朝事実」
すばらしい動画でした。
いくつもの心を打つことばであふれていました。
ねずきちさま、一日も早く、この書物の紹介をお願いします
悲しいことに私の教養では理解に限度があります。
これからの生きる支えにもなるかと思います。
本当の日本語があると思います。

卓ちゃん

No title
今回の特例会見,中国側はいったん会見見送りを容認していたようですね。
12月9日ごろ,両国の協議の中「陛下はご高齢であり,健康状態を勘案してほしい」と説明を日本側がしたところ,中国政府高官は「そういう話なら会見見送りは理解できる。共産党指導部を説得できる」と受け入れたとのこと。
やはり,小沢が権力誇示を目的にゴリ押ししたことがはっきりしますね。
これは,切腹ものでなく,斬首ですね。
一日も早く内閣総辞職そして国民の信を問う総選挙ですね。

英雄

No title
日本は日本人のものですね。そうであるように若い人には頑張ってもらいたい。これから大変な時代が始まるのにつれて日本を盗もうとする悪人が多数跋扈するであろうから。敵が悪意できても日本人は同じようにせずに愛情を武器に持って戦うこととしたいですね。人間性を忘れたら、それは日本人ではなくなりますから。我々日本人は獣ではないのです。天皇の大御心の中にある神の国です。どうご奉公するかがよりよい国を作る要です。

かぐやひめ

まこと ただ、まことのみ
昭和天皇のご生涯は、天と人への「まこと」に貫かれていました。
あの方を失った1月7日のことは、忘れません。

けれど、江戸時代の初めにすでに帝という存在が「まこと=誠」をもって貫かれていたことを、山鹿素行の文章で知りました。ねずきちさん、いつも、たくさんの知識をありがとうございます。

どの時代も、安泰なことなどあったはずはありません。でも国民が心をひとつにして総本家を守ることで、国難を切り抜けて日本があります。

だれが、どう見ても、今は国難の時です。

一家の一大事を、だまって見過ごすことはできない。総本家をお守りし未来永劫につないでいかなければならない。

ねずきちこと小名木善行さんが、やむにやまれず立ち上がり「みなさん集まってください。ともかく集まったら、力になる。みんなでこの国を守りましょう!」と、声をあげた9月6日から3カ月・・・
ーここまで来たーという見方もあれば
ーここまでさえ来れてないーという厳しい見方もあることを、承知しています。

けれど、小名木さんには「確かな展望、会を率いる経験、周りを固めるブレーンとスタッフ」が、あったわけではないのです。

彼にあったのは「まこと」
ただ「まこと」のみでした。

みなさんは、その見えない波動にひきよせられたのです。

これからも、変らず、彼がまこと心を持ち続け、拡大し続けることができれば、志は成就する。

なぜなら、この国は神の国だからです。
私は、そう、信じています。

-

小沢氏、宮内庁長官を「あいつこそどうかしている」特例会見問題で
小沢氏、宮内庁長官を「あいつこそどうかしている」特例会見問題で
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091218/stt0912180138000-n1.htm

-

No title
いつも誇りと涙で一杯になりながら読ませていただいております。

エセル・ハワード女史の本に昭和天皇と思われる一文がありました。
女史は慧眼でした!

「彼が大変小さい子供の頃のものである。・・・新しい靴を履かせてもらったことと、それにたくさんのボタンが付いているので、上気して大層お喜びの様子だった。彼はまったく素直な子供で、健康と陽気さに恵まれていた。彼は突然私の姿に気付いたが、私が言われていた通りにお辞儀すると、小さい皇太子は、子供らしい喜びの最中だったにもかかわらず、自発的に自分の小さな手を帽子のところへ持ち上げて大変威厳を持って敬礼をした。たった三歳の幼児に過ぎなかったのに、彼の身体の中には誇り高き血が流れているのは誰の目にも明らかであった。私の心の中に次のような考えがひらめいた。”あなたはどこからどこまで皇帝です。いつの日にか、あなたは逞しく力強い指導者となられるでしょう。”」

-

天皇陛下ご会見の政治利用に抗議する緊急国民行動
期日
平成21年12月21日(月)  ※ 雨天決行!

内容
17時00分~18時30分  議員会館前 集合

※ 終了時間は多少、変更になる可能性があります。
※ 旗やプラカード等の持参大歓迎!

主催
草莽全国地方議員の会  TEL 03-3311-7810
日本文化チャンネル桜二千人委員会有志の会  TEL 03-6419-3900

-

天皇陛下ご会見の政治利用を糾弾する緊急国民集会
日時
平成21年12月21日(月) 15時00分~16時00分頃 (14時00分開場)

場所
憲政記念館 講堂
  地下鉄「永田町」駅、「国会議事堂前」駅 徒歩7分

内容
提言者:
  平沼赳夫(衆議院議員)
  安倍晋三(元内閣総理大臣) ※ 交渉中
  佐々淳行(初代内閣安全保障室長)
  ほか 各界有識者に交渉中

主催
日本会議

共催
日本会議国会議員懇談会、日本会議地方議員連盟

お問合せ
日本会議 担当:藤井
  TEL 03-6906-8995  FAX 03-5157-5657


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20日は大阪で街宣あり
女性から訴える日本大好き緊急行動「私達もいい隊!」 
  ◎活動作戦第8号
活動 街頭演説会
日時 12月20日(日) 11時30分~午後1時
会場 大阪難波高島屋前  
主題 外国人参政権反対、その他民主一般政策

◎活動作戦第9号
活動 街頭演説会
日時 12月20日(日) 午後1時30分~2時30分
会場 大阪阪神電車野田駅前  
主題 拉致救援街頭署名
メ モ 救う会大阪を支援参加

◎活動作戦第10号
活動 街頭演説会
日時 12月20日(日) 午後3時00分~4時30分
会場 大阪府豊中市阪急電車曽根駅前 
主題 外国人参政権反対
メ モ 曽根駅前に元民主党副代表中野寛成の事務所があり、
    同氏は、10月17日、大阪民潭の集会で
   「来年の通常国会に提出する」と明言
http://mid.parfe.jp/kannyo/sakuragumi/top.htm

konichiwa

No title
こんばんわ。いつも素晴らしい記事をありがとうございます。
おの小沢の会見には、普段温厚な夫もマジギレしてました。彼が政治がらみでこんなに怒ったのは初めて見ました。もちろん私も腸が煮えくり返りました。
今日の記事、DNAの件、私も常々思っていました。
理屈では説明できないんです。
皇室の写真にはつい見入ってしまいます。そして見飽きません。安らかな気持ちになります。
私たち日本人は、同じDNAできっと繋がっているんですね。
日常生活でうちのめされて、もうどこにも救いがない、味方がいない、と思っても、天皇陛下だけは、国民の一人として受け入れてくださると思うと強くなれます。大お父様のような感覚です。だからこそ、私たちもそのお心に応え、陛下に恥じぬよう立派な日本人として生きなければいけないと思います。
23日の天皇誕生日には一般参賀に行こうと思っています。今回の件もありますし、陛下を御護りしたい気持ちを伝えたいと思います。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

電話  080-4358-3739

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