• あさま山荘事件に学ぶ暴力と正義


    歴史や文化がもたらす価値観が正義となり、正義は暴力(ゲバルト)を越える力となるのです。
    日本は、縄文以来、万年の単位で蓄積された歴史や文化を持つからこそ、暴力を超える正義を、権威として確立できたのです。
    そして、私達は、正義のために、いま、日本の歴史を学び、日本の新たな文化を創造しようとしているのです。

    あさま山荘事件0410



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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    「あさま山荘事件」は、昭和47(1972)年2月、軽井沢で起こった事件です。
    連合赤軍のメンバー5人(坂口弘、坂東國男、吉野雅邦、加藤倫教、加藤元久)が、浅間山荘の管理人の妻(当時31歳)を人質にとって、10日間、219時間にわたって山荘内に立てこもった事件です。

    この犯人グループは、連合赤軍の前身である「京浜安保共闘」時代に、栃木県真岡市で銃砲店を襲い、猟銃10丁、空気銃1丁、銃弾約2300発を強奪していました。
    そしてこのあと「京浜安保共闘」と「赤軍派」が合流して「連合赤軍」となり、榛名山や妙義山の周辺の廃屋などを利用してアジトを複数設営していました。

    当初、アジトに集まったメンバーは合計29人(内女性10人)でした。
    ところが彼らはアジトで軍事教練を行うかたわら、「総括」と称して内部でメンバーに対する批判や自己批判を強要し、さらに粛清と称して仲間を散々殴ったり、木に吊るしたり、挙句はアイスピックやナイフで刺し、最後には絞殺したり、裸にして氷点下の屋外に放置して凍死させたりしていました。
    そして仲間たちの遺体を、全裸にしたうえで土中に埋め、アジトに放火して証拠隠滅を図っています。

    この結果、アジトで死亡したメンバーは12人。
    うち女性が4人いました。
    なかには中には妊娠8ヶ月の女性メンバーもいました。

    彼らに言わせると、「総括」は相手を「革命戦士として自ら更正させる」ことを目的とした正当な行為で、そのために周囲のものが仲間に対して暴力をふるうことは「総括援助」であり、正当な行為でした。
    リンチは非常に凄惨で、激しい殴打を伴ない、女性は逃亡を防ぐためと称して髪を切り、また性的奉仕が強要されました。

    主犯格の森恒夫と永田洋子の2人は「殴ることこそ指導である」と考えていたそうです。
    殴って気絶させ、目覚めたときには別の人格に生まれ変わり、完全な共産主義を受け入れ真の革命戦士になれるという論理を展開し、絶対的上下と隷従の関係の中で、それが「お前のためだ」として殴り倒し、内臓を破裂させて殺害していました。

    結局、連合赤軍29名はアジトを下山するときには、発見・逮捕された一部のメンバーを除く、わずか5名になっていました。
    そしてその5名が立て篭もったのが、あさま山荘だったのです。

    連合赤軍の5人は、包囲する警官隊に発砲を続けました。
    この発砲で、警視庁の高見繁光警部と内田尚孝警視の2人、そして不用意に山荘に近づいた民間人1人が死亡しています。
    また機動隊員と信越放送のカメラマン計16人が重軽傷を負いました。
    重傷者の中には、失明など後遺症が残った者もいるし、いまだに頭骨に散弾が埋まったままの人もいます。

    この事件の、全体の指揮を執ったのが、後藤田正晴警察庁長官(当時)でした。
    銃で乱射し、警官を狙撃する犯人たちに対し、現場の警察官、機動隊からは、発砲、射殺の許可を求める悲痛な叫びが繰り返し報告されていました。
    けれど後藤田長官は、警官隊からの発砲を禁じました。

    「長官は、俺たちの命より犯人の命が大切なのか!」という現場の声もあったといいます。
    その現場では、雪の中で寒さに凍え、犯人一味から絶えず銃弾を撃ち込まれ、仲間が目のまえで射殺されたり重傷を負っていても、ただ囲むだけで、一切の反撃は、長官命令によって許されなかったのです。

    仲間が目の前で射殺されているのです。
    現場の思いとしては、機動部隊を一気に山荘に突入させ、犯人グループ全員を一網打尽にしたうえで、一刻も早く人質を助け出したい。
    発砲してでも突撃したいとの思いにかられるのは、現場の思いとしてはむしろ当然です。
    特に機動隊は、そのために日頃から激しい訓練を十分積んできているのです。

    そういえば映画「踊る大捜査線」に、「事件は会議室で起ってるんじゃないんだ!」と憤慨するシーンがありましたが、実際に銃弾の脅威を前にして、山荘を取り囲んでいた警察官の心情、ご家族の心情は、想像するにあまりがあります。

    おそらくこの事件が起きたのが欧米ならば、警官隊どころか軍隊が出動して、山荘ごと爆破して一網打尽にしてしまったかもしれません。
    あるいはSWATなどの特殊部隊が山荘内に突入し、全員射殺していることでしょう。

    なぜ日本は、そうしなかったのでしょうか。
    なぜ後藤田長官は、仲間である警察官が現場で射殺されているのに、警察側からの発砲を許可しなかったのでしょうか。

    その答えが、警察行政と、現場の違いにあります。

    現場は、犯人を逮捕するか、射殺すれば足ります。
    またそれこそが現場の希望でもあります。
    けれど警察行政は、
    「二度と同様な事件が起こらないようにしなければならない」
    のです。

    犯人を射殺すれば、「あさま山荘事件」は終わります。
    けれど、射殺された犯人は、左翼の「殉教者」として英雄扱いされる。どこかの国と同じです。
    彼らが発砲するからと、警官隊が応戦して銃撃戦を行なえば、彼らはより一層、武装を強化します。
    そして「山荘立てこもり」だけでなく、銃器店の襲撃や、「総括」と称する凶悪な殺人を今後も繰り返していくことになります。

    実際、1960年の安保闘争における樺美智子さんの死亡事件や、1970年の上赤塚交番襲撃事件で射殺された柴野春彦、1970年の瀬戸内シージャック犯人は、左翼活動の「殉教者」とされて、以後の左翼活動の武装化を一層促進しました。
    そしてそうした運動の先に「あさま山荘連合赤軍事件」があるのです。

    だから後藤田長官は、心を鬼にして警察側からの発砲を禁じました。
    だから許可された応戦は、水鉄砲による放水と、鉄球だけでした。

    鉄球というのは、ビルの取り壊しのときなどに使われる、巨大クレーンにぶら下げた鉄球で、これを山荘にぶつけて、山荘に穴を開けるというものです。
    しかしこの鉄球は、寒さのために氷ついてしまって、結局、ほとんど活躍しないで終わっています。

    こうして10日間の攻防の末、籠城していた犯人5人は逮捕され、人質は無事救出されました。
    翌3月になって、逮捕された連合赤軍メンバーが供述で、事件の全貌が明らかになりました。
    警官隊の山狩りによって、山岳のアジトから大量の証拠品が発見されるとともに、糞尿にまみれ、さらに切断された衣服なども発見されました。

    人間は、窒息などの死亡時、糞尿を垂れ流します。
    そして死後硬直した死体から衣服を脱がすにはナイフなどで切断するしかない。
    つまり衣服がそこで「殺人」が起こった事実を裏付けたのです。

    あさま山荘事件終結後、社会党系の議員やメディアは、犯人を擁護しました。
    けれど事件後に明らかとなった、アジトでの凶悪な殺人事件の詳報が出ることによって、赤軍を擁護した左翼系議員やメディアの面目は丸つぶれになりました。
    すると左翼主義者たちまでも、手の平を返したかのように、赤軍を批判する側に回ったのです。

    また、それまで左翼運動を否定的に見ていた人はもちろん、左翼運動を好意的に見ていた人々も、この事件の異常性から左派を嫌悪するようになりました。
    そして赤軍に武力闘争は、この事件後、一気に収束していくのです。

    つまり、銃にモノをいわせ、仲間の命すらなんとも思わない極左集団に対し、殉職者を出してまで、犯人や人質の生命の安全を図った警察という対比が、このあさま山荘事件後、中核派や、赤軍、革マル派など、60年安保から一世を風靡してきた左翼活動、学生運動を、いっきに沈静化させることに至るのです。

    もしこの事件のとき、警察が、銃撃戦に応じていたら、その後の日本はどうなっていたでしょうか。
    連合赤軍の永田洋子や森恒夫は、後世に語り継がれる殉教者となり、左翼活動はいっそう過激になっていったのではないかと思います。

    あさま山荘に立てこもった犯人グループと激しい銃撃戦を行うことは勇敢な行動です。
    籠城している犯人グループに対し、圧倒的な人数と火力を持つ警官隊は、それを実現することもできたでしょう。
    そのためのプロもいました。
    けれど、それをすれば、後々、さらに赤軍事件は拡大する。

    どこまでも「手ぬるい」としか思えない方法で対処することは、どうみても勇敢ではないし、取り囲んでいる警官隊に死傷者が出ることは、決して良いこととはいえません。
    むしろ世界の標準から見れば、腰抜けにしかみえないかもしれません。
    けれど、一見、ひ弱に見えるその態度こそが、結果として、より多くの人々の生活の安全を護ることになったのです。

    正義だからといって、相手を悪と決めつける、相手を糾弾する、相手を叩きのめす、相手を殲滅する。
    しかし、そのことが結果として相手を勢いづけることになるのなら、それは正義とはいえません。

    暴力のことをドイツ語でゲバルトと言いますが、暴力に打ち勝つ力を暴力に求めたら、それは争いを激しくするだけのものになります。
    では、本当の意味で暴力に打ち勝つ力とは何かといえば、それが正義です。

    正義とは、言い方を変えたら価値観です。そして何に価値があるのかを決めるのは、文化の力です。そして文化は、古いものほど価値を持ちます。
    すなわち、

    正義=価値観=文化=歴史 です。

    つまり、歴史や文化がもたらす価値観が正義となり、正義は暴力(ゲバルト)を越える力となるのです。
    日本は、縄文以来、万年の単位で蓄積された歴史や文化を持つからこそ、暴力を超える正義を、権威として確立できたのです。
    そして、私達は、正義のために、いま、日本の歴史を学び、日本の新たな文化を創造しようとしているのです。


    お読みいただき、ありがとうございました。
    日本をかっこよく!! むすび大学。


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    ゲリラと疑われ、韓 国兵に身体検査されるベトナム人女性 AP/AFLO
    20170422 韓国兵に身体検査されるベトナム人女性
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    小名木善行です。

    「嘘も百回言ったら本当になる」という言葉がありますが、そうは思いません。
    百回言おうが、千回、万回言おうが、嘘は嘘です。
    真実には、千万回の嘘を、一瞬にして崩壊させる力があります。

    たとえば、昔の和風住宅では、台所は陽のあたらない北東に置かれました。
    これを一部の左翼系の人が、
    「女性の働く台所をそういう陽のあたらない場所に置いたのは、
     男尊女卑思想のあらわれであり、
     女性蔑視の名残である」
    などと言います。
    まったくもってバカな話です。

    そもそも昔は冷蔵庫がなかったのです。
    そういう時代に、食料がすいたり痛んだりしないようにするためには、できるだけ風通しがよくて冷安な場所に食料を保存しなければなりません。
    ということは、陽のあたる東や南、さらには強い西日の当たる西側も食料保存には適さないわけで、北側に食料の保管場所を置くしかないわけです。

    そうなると、北側に食料保管場所を起き、風通しをよくして、さらに調理場も、そこに置くのが、理に叶ったこととしか言いようがない。
    そうでなければ、買ってきた食料がみんな腐ってしまうのです。
    女性蔑視どころか、これは生活の知恵というものです。



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    日本の女性は、男性と対等どころか、神と直接つながる偉大な存在であり、世帯におけるすべての財産資産の管理責任者であり、新しい生命を生む貴重な存在であり、老いては子を支え、孫に行儀作法を教える偉大な存在とされてきたのです。
    そんな女性たちを護るのが男の役割です。

    20210430 男と女
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    小名木善行です。

    タイトルに「男と女」と書くと、私などの世代はつい、1966年のフランス映画の「男と女」、そしてこの映画の主題曲であるフランシス・レイの「ダバダバダ」の曲が頭に浮かんでしまうのですが、今日のお話は、それとはちょっと違い、男と女に関する社会の認識についてのお話(カ、かたい;;)です。

    旧約聖書によれば、最初の女性であるイブは、エデンのリンゴを食べた際に神の前で、リンゴを食べたのは「神が造られた蛇に勧められたから」だと答えて、リンゴを食べたことを神と蛇のせいにし、怒った神によって未来永劫、「出産の苦しみと、夫から支配されること」という原罪を与えられたとされています。

    またルネッサンス運動の原点となったギリシャ神話では、人類初の女性として誕生したパンドラは、そもそもゼウスが、男ばかりだった人類が堕落するために造った髪の造形物であると規定されています。

    また、西洋の中世において、魔女とされて拷問され、一方的に断罪されて殺されたのは、ことごとく女性であり、そうした歴史や文学、哲学的背景から、西洋では、女性たちは「永く抑圧されてきたもの」と規程され、このことから現代の女性たちは、男性との対等を求めてウーマンリブや、ジェンダーレスなどの社会運動を起こすに至っています。

    一方、日本では女性は、最初の女性神であるイザナミは、最初から男性神であるイザナギと対等な関係にあり、さらに日の神さまである最高神の天照大御神もまた女性神、その天照大御神と八百万の神々は直接対話することはできず、常に女性神であるアメノウズメが相互の伝言をするという仕組みになっています。

    宮中の階層を模したひな祭りのひな壇においても、最も高い場所には天皇皇后両陛下、その下の段には三人官女の女性たち、その下が五人囃子の童子たち、最も高貴な男性である左大臣、右大臣は、その童子のさらに下の段に飾られる習慣です。



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    世界は、富を奪い合って、血眼に資産を増やす時代から、ある程度の暮らしが担保されるなら、むしろ心地よく暮らしたい、という人々の時代になります。
    そして先々には、必要なものはみんなでシェアしあうことができる平和な社会へと変化していくことでしょう。
    この潮流に乗れない人たちは、社会から排除されることになります。
    これは、必ずそうなります。

    20210421 春
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    小名木善行です。

    いま、DSとかが話題になっています。
    それらは、見えないところにいたからこそ、世界の支配ができたのです。
    けれども、見えてしまったら、それはただのパワー(権力)であり、支配者(ルーラー・Ruler)となり、権力の新たなチャレンジャーによって、狙われ、倒されるべき存在となります。
    なぜなら、権力というのは、いわばボクシングのチャンピオンと同じ存在だからです。
    チャンピオンには、必ず挑戦者(チャレンジャー)が現れ、そしていつか必ず倒される。
    だから世界の王朝は、ことごとく倒され、交代しているのです。

    一方日本では、皇室のもと、万世一系の日本が、世界最古の国家を、なお継続中です。
    そしてこれは決して倒れることなく、未来永劫続いていくことができます。
    なぜなら、日本の天皇は、チャンピオンではなく、そのチャンピオンにベルトを授ける権威だからです。
    従って、世の権力(つまりチャンピオン)が、何人代わろうと、権威の存在は変わりません。

    何事も理由(わけ)があって起こります。
    戦後の日本は「腰抜けになった」と、多くの指揮者の方がご指摘なさいますが、それは違います。
    幕末から昭和初期にかけて、日本は世界に追いつけ追い越せをしていかなければなりませんでした。
    そしてそのためには、明治維新からわずか75年の間に、日本は戊辰戦争、西南戦争、佐賀の乱、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、支那事変、大東亜戦争と、なんと8回もの大きな戦争をしていかざるを得ませんでしたし、その都度、たくさんのたいせつな命を失うという結果を招きました。
    しかしそうした歴史を経由することで、日本は世界の二大大国のひとつ(もうひとつは英国)にまで、成長することができました。

    ところが先の大戦によって、日本は焼け野原になりました。
    これによって明治以降に築いた、物質的なものは、すべて灰塵に帰してしまいました。
    さらに、戦争のために人の命が、羽毛より軽いという時代も、完全に終わりを告げました。
    おそらく現代日本では、もちろん国のため、あるいは家族のために命をかけて戦おうとする人たちはたくさんいても、それを国家的政策にすることは、かなりむつかしい状況になってきていると思います。



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  • お葬式の不思議・神葬祭と告別式


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    我々日本人は、たいへんに古くて長い歴史を持つ文化の中にいます。
    そうした日本文化の持つ意味を、あらためて見直して見る。
    そうすることで、あらためて、私達が日本人であることの意義を再発見してみる。
    それが、とりもなおさず、私達日本人が、日本人としての誇りを取り戻すきっかけとなっていくのだと思います。

    神葬祭
    20210421 神葬祭
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    熊本県にある幣立神宮(へいたてじんぐう)は、我が国最古の神社といわれ、そこには樹齢1万5千年と伝えられる二本の御神木の巨樹がそびえています。
    つまり幣立神宮は、1万5千年前の神をお祀りする神社でもある、ということです。
    縄文時代のはじまりが、いまからおよそ1万7千年前のことですから、幣立神宮は、縄文時代を通じて、人々の向き合うことであり、悠久の太古から未来永劫に続いていく宇宙の真理に向き合うことでもあるのです。

    二本の御神木は、それぞれ、それぞれカムロギのミコト・カムロミのミコトと呼ばれています。
    「カムロ」というのは、「神が宿る」という意味で、それに「キ」と「ミ」がついています。
    古語において、「キ」は男、「ミ」は女のことですから、カムロギ、カムロミは、それぞれ、男性神が宿る木、女性神が宿る木、と呼ばれていることになります。
    ミコトは敬称です。

    西洋における神と、我が国における縄文以来のカミの概念は異なります。

    西洋における神は、主であり、人類に対する支配者であり、人類のオーナーです。
    そしてここから派生して、神と直接契約のある人たちだけが人であり、主との契約のない者は人の形をしていても、人ではない、いわばヒトモドキとして理解されます。

    我が国におけるカミは、自然への畏敬と先祖崇拝に基づきます。
    自然への畏敬としては、大木や大岩、あるいは山そのものが御神体となったりします。
    木や岩、山などはカミの依代であり、依代自体が神聖として、カミと認識されます。

    また先祖崇拝では、亡くなられた方は肉体から魂(これを霊(ひ)と言います)が分離して、イエやムラ、あるいはクニの守り神となります。
    守り神は、また人として肉体を持つ、つまり生を受けることがあり、これが「生まれ変わり」です。
    人とは、肉体に魂を留めた霊止(ひと)(または霊留)であり、霊(ひ)の依代が肉体です。

    依代のことを、カミのヤシロ(社)といいます。
    シロとは、器(うつわ)のことをいいます。
    この器に「ヤ」、つまり屋根が付くと、ヤシロ(社)となります。

    ですからお社(やしろ)とは、すなわちカミの依代であり、それは形としては、神社であったり、自然の岩や山であったり、大樹であったり、あるいは人の体(肉体)そのものもまた、オヤシロ(お社)となります。

    こうした自然信仰を、よく多神教だという人がいますが、この言い方は、やや誤解を生みます。



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  • 権力を抑える正義の力とは


    4月17日(土)13時半から第82回 倭塾を開催します。
    詳細は↓から。
    https://nezu3344.com/blog-entry-4847.html


    我々日本人が、霊(ひ)の存在をたいせつなものとしてきたという歴史伝統文化を思い出すとき、それは他人の命も人生も公然と蹂躙する悪の権力を抑える、唯一の正義の力を手に入れることになるのです。これが、これからの世界を変える究極唯一かつ最大の力です。そしてその正義は、縄文以来の日本の歴史の中にあります。

    20210329 壇ノ浦の戦い1
    画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%87%E3%83%8E%E6%B5%A6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
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    昨日のお話「源平桃と日本の護り」を、すこし掘り下げたいと思います。

    平家というのは、皇室を尊崇し、また水軍を伴ったということから海の神様である宗像三神をとても尊崇した一門です。
    そのために瀬戸内の小島で、かつ神聖な神様の島とされて小さな祠(ほこら)があった宮島に、いまも残るあの厳島神社を建造したりしています。

    厳島神社が建造された年は、不思議な符丁でパリのノートルダム大聖堂の工事が行われたのと、同じ時期にあたります。
    ノートルダム寺院も石造りですが、厳島神社もまた石造りの土台で、この土台は満潮時には海に沈みます。
    建物は、その上に載っている形になっていて、満潮時には社殿自体が海に浮かぶという構造になっています。
    しかも、海ですから波をかぶる。
    その波のエネルギーを、床板の隙間で巧妙に逃して建物を護るという、実に巧妙な仕掛けの建造物になっています。

    御祭神は海神の宗像三女神で、平家一門が行ったのが、有名な平家納経。
    この納経がまたすさまじくて、絵巻物にお経を書写するのですが、筆字ですから、一文字でも間違えれば取り返しが付きません。
    それを一文字の間違いもなく、きれいに写経し、しかもそれを平家一門の主だった公達全員が、それぞれ一巻を担当するという、前代未聞の納経であったわけです。

    つまりそれだけ平家の一門は宗像三神を尊崇したのであって、それだけ真剣に、しっかりと宗像三神を尊崇した平家が、その宗像三神が護る海で、全員が没して亡くなるという結果に至っているわけです。

    しかもこの壇ノ浦の戦いが、どうにも腑に落ちない。
    平家はもともと水軍であり、海での戦のプロ集団です。
    一方、源氏は、もともと陸軍であって、海での戦いは不利な集団です。

    この二つが流れの早い海峡である壇ノ浦で激突したわけですが、午前中は潮が平家側から源氏側へと流れていたために、戦いは完全に平家有利の戦いとなりました。
    ところが昼過ぎから、潮の流れが逆転し、源氏が潮の流れに乗って平家に襲いかかるという形になりました。
    さて、こうなったとき、みなさまが平家側の指揮官だったら、どのように平家方の船や兵を動かすでしょうか。

    あたりまのことですが、海流が逆転して戦いが不利になったのなら、船舶の機動力を活かして、そこはいったん退散する・・・というのが水軍のセオリーです。
    だいたい、潮の流れというのは、川の流れと同じで、これは人力ではどうにも抗しがたい。
    不利な戦いであれば、海は広いな大きいな、なのですから、さっさとその場を後にして、逃げてしまえばよいのです。
    それが機動力を活かした水軍の戦い方です。

    まして平家の側には、安徳天皇も船中においでになられるのです。
    みかどの安泰のためにも、潮目が代わったのなら、さっさとその場を離れて移動し、体制を整えて、海戦に不慣れな源氏を、あとで殲滅すればよいのです。


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  • 野菊の墓と心の襞(ひだ)のすれ違い


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    人々は、そんな葛藤の中で、持って生まれた魂を鍛え、訓練し、自分の魂をより高度なものに成長させる。
    それが魂がこの世に生かされている理由としてきたのが、日本の国柄であり国民性です。

    木下恵介監督『野菊の如き君なりき』より
    20151108 政夫と民子



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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    伊藤左千夫の小説『野菊の墓』に、主人公の政夫と民子の次の会話があります。
    今回は、すこし詳しく考えてみたいと思います。

    会話の民子は17歳、政夫が15歳です。
    兄弟同然に育てられた二人は、互いに慕情を抱いています。
    二人は畑仕事に行く途中、道端に咲いている野菊を見つけます。

    **********

    「まア綺麗な野菊、
     政夫さん、私に半分おくれッたら。
     私ほんとうに野菊が好き」

    「僕はもとから野菊がだい好き。
     民さんも野菊が好き?」

    「私なんでも野菊の生れ返りよ。
     野菊の花を見ると
     身振いの出るほど好もしいの。
     どうしてこんなかと、自分でも思う位」

    「民さんはそんなに野菊が好き。
     道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

    民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。
    二人は歩きだす。

    「政夫さん、私野菊の様だってどうしてですか」

    「さアどうしてということはないけど、
     民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」

    「それで政夫さんは野菊が好きだって?」

    「僕大好きさ」


    *********

    と、こういう会話です。
    この小説は、小学校のときに読んで、また映画化もされています。
    下にYoutubeを貼りました。
    映画でも、この通りに描写されました。

    民子にしてみれば、
     政夫さんは野菊が好きだと言った。
     自分のことを野菊のような人だと言った。
     ということは、
     政夫さんは自分のことを好きだと言ってくれている・・・。

    と、このように思うから民子は、頬を赤らめながら、うつむいて黙ってしまうわけです。
    大好きな政夫さんが、間接的にせよ、自分のことを好きだと言ってくれたと感じたのです。

    女性の方なら、以上の意味は説明するまでもないことと思います。
    ところが、男にはこれがわからない。


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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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