• 千年後の歴史教科書


    『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人・第一巻』が出たのはいまから7年前の、2013年11月のことです。7年前にこの本を出したときには、ここで論じた内容について、多くの方から疑問の声が寄せられました。そりゃそうです。いままで語られたきたことと、全然違った世の中にない歴史の見方を提示したのですから、賛否両論あるのは当然です。けれどあれからわずか7年で、ずいぶんとこの本で書いた内容が浸透してきたと感じています。
    だいたい世の中は、主流とされている議論はおおむね5年でメッキが剥がれ始め、20年経つと誰もそれを信じなくなると言われています。異端とされた説も、それが正しければ(あるいは真実を突いていれば)5年もするとだいぶ認知が広がり、20年もするとかなり常識化していきます。
    今回の内容も、おそらくこれから常識化していくものであると思っています。

    20201106 雲海
    画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E6%B5%B7
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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    ▼ 二十世紀における最大の出来事

    仮にいまから千年後の子供たちが、世界史の授業で二十世紀という時代を習うとします。
    そのとき、二十世紀を代表する最も大きな出来事は、いったい何だと教わるでしょうか。
    みなさんは、何だと思われますか?
    世界史──つまり人類史において、二十世紀を代表する最大の出来事とは・・・・?

    私は間違いなく、「植民地支配の終焉」を挙げることになるだろうと思います。
    人が人を差別する時代、しかもそれを国家ぐるみ、民族ぐるみで人種差別し収奪した時代、これがはじまったのは、十六世紀の大航海時代から以降のことです。
    もちろん古代においても奴隷支配という植民地の原型はありましたが、対等に戦い、勝負した結果、支配する者と支配される者に別れ、歴史においてその地位が度々逆転した中世以前の戦勝国による支配と、大航海時代以降の国家ぐるみ、民族ぐるみで人種そのものを差別し搾取した「植民地支配」とでは、その規模も内容もまるで異なっています。

    十六世紀以降、アジアやアフリカの有色人種諸国は白人が入植する植民地となり、現地の人々は収奪され、家畜のように扱われ、そして愚民化政策によってただ隷属するだけの民族に仕立て上げられていきました。
    当時の白人たちにとって、被植民者である現地のカラード(有色人種)は、人間ではありませんでした。
    これは誤解されている方もいらっしゃるのですが、人間として扱わなかっただけでなく、そもそも白人たちは有色人種を人類とは別の種類の生き物──つまり獣であると認識していたのです。

    有名な話ですが、植民地においては、白人の娘さんが部屋で着替えているところに、有色人種の男性(奴隷)が用事で入ってきても、娘さんは平気だったそうです。
    要するに室内に犬や猫が入ってきたのと、まるで同じだったのです。
    もちろん白人女性が着替えているところに、白人男性が入ってきたら、それはもう大騒ぎになります。

    こうした欧米列強による有色人種への植民地支配は、約五百年続いたのです。
    その間、何度かカラード(有色人種)による大規模な反乱なども起こっています。
    インドで1857年に起こったセポイの乱などもその一例です。暴動は白人たちの圧倒的火力の前に鎮圧され、首謀者たちは大砲の前に縛り付けられた状態で、大砲を発射され、五体をバラバラに飛ばされて処刑されました。
    なぜそのような残虐な方法で処刑できたのかといえば、有色人種は人間とみなされなかったからです。


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  • インパールの戦いから我々が学ぶべきこと


    インパールの戦は、大戦末期、日本が英国軍にさんざんに負けた戦いであり、作戦を指揮した牟田口中将はこのため戦後、まさにボロカスに言われ続けました。
    なるほど、勝つか負けるかの軍事という見方では、そのように見えるのであろうと思います。
    また軍事の専門家の方の見方であれば、なぜ破れたのか、作戦のどこにどのような落とし穴があって敗戦に至ったのかは、重要な研究要素です。
    ただ、我々一般の日本人がインパールの戦いから学ぶべきことは、まったく別なところにあるように思うのです。
    それは、戦いに参加し、敗軍となった日本の兵隊さんたちの、あまりにも真面目で、あまりにもせつないものであった、その行動です。

    20201105 トンボの目
    画像出所=https://fumakilla.jp/foryourlife/1020/
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    トンボの眼は、個眼というひとつひとつの目が集まってできているのだそうです。
    その眼の数は、トンボの種類によっても異なりますが、少ないトンボで1万個、多いものですと3万個にも達するそうです。

    トンボの眼のことを「複眼」といいます。
    世の中を見る時に、「単眼」で見るのか、それとも「複眼」で見るのか。
    単眼が、二眼になるだけで、物は立体的に見えます。
    「複眼」になったら、世界はいったいどのように見えるのでしょうか。
    これを「複眼的思考」と呼ぶことにします。

    今回も、昨日に引き続き『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人・第一巻』から、インパールの戦いをお送りします。
    インパールの戦は、大戦末期、日本が英国軍にさんざんに負けた戦いであり、作戦を指揮した牟田口中将はこのため戦後、まさにボロカスに言われ続けました。
    なるほど、勝つか負けるかの軍事という見方では、そのように見えるのであろうと思います。
    また軍事の専門家の方の見方であれば、なぜ破れたのか、作戦のどこにどのような落とし穴があって敗戦に至ったのかは、重要な研究要素です。
    ただ、我々一般の日本人がインパールの戦いから学ぶべきことは、まったく別なところにあるように思うのです。
    それは、戦いに参加し、敗軍となった日本の兵隊さんたちの、あまりにも真面目で、あまりにもせつないものであった、その行動です。

    なぜこのようなことを記事にするのかといえば、物事は一面的な見方ではいけないと思うからです。
    複眼的思考によって、物事を違う角度で考えてみる。
    するとそこから、いままで見えていなかった感動が、誇りが、次々とこぼれだすことがあります。
    これが日本の歴史の特徴です。
    諸外国のなかには「歴史認識」という虚構を通じてみなければ、恥ずかしくて生きていくことさえ難しくなってしまうような歴史を持った国や民族もあります。

    けれども日本の歴史はまったく逆です。
    標準化された「歴史認識」ではボロカスに言われていることでも、複眼的思考をもって歴史を振り返ると、そこにはまるで、トレジャーハンターが宝物を見つけたときのような衝撃と感動と日本人としての誇りをみることができます。




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  • 相沢忠洋の磨製石器に学ぶ人間の強さ


    ▼11月15日ねずさんの出版記念会開催(於・靖国神社)
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    「相澤君の一生は苦難の連続だった。
     アマチュアだからといってバカにされた。
     地元では、行商人のやっていることなど学問ではないとも言われ続けた。
     無理に無理を重ねた結果、このように寿命を縮めることとなってしまったのではないだろうか。」

    槍先形尖頭器


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    すごくひさしぶりになりますが、『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人・第一巻』から、相沢忠洋の磨製石器のお話を掲載したいと思います。
    なにかひとつのことを成し遂げるには、ものすごく大きな障害を克服していく必要があります。
    それは成し遂げようとするものが大きなものであればあるほど、障害も大きなものになる。
    ですから、あたりまえのことですが、何かを成し遂げようとするなら、覚悟がいります。
    そしていったん覚悟した以上、あとは突き進むしかない。
    では本文です。

    *********
    三万年前の磨製石器
    『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人・第一巻』より

    ▼日本で発見された人類最古の道具

    昭和二十四年に群馬県の赤城山麓で「槍先型尖頭器」と呼ばれる磨製石器が発見されました。
    薄緑色に透き通った黒曜石でできていて、中心には白雲のような筋状の模様が入り神秘的な美しさを放っています。
    トップの写真がそれです。
    長さ約七センチ、幅約三センチの、この小さな石器は、三万年前につくられたことが調査の結果わかりました。

    「磨製石器」というのは、石を打ち砕いた破片をそのまま利用した「打製石器」と違い、刃を鋭くするため磨きあげられていて、極めて鋭利で耐久性の高い石器です。
    つまり、人の手によって加工が施されているという意味で、人類最古の道具といっていいと思います。

    こうした磨製石器は、槍先型尖頭器の発掘以降、日本では関東・中部地方を中心に多数発見されましたが、海外ではオーストリアのヴォレンドルフ遺跡から出土した、二万五千年前の磨製石器があるのみです。
    つまり、日本より五千年も新しい時代のものというわけです。
    ほかにはロシアのコスチョンキ(約一万四千年前)、アフォントヴァゴラ(約二万年前)、オーストラリアのナワモイン(約二万千五百年前)、マランガンガー(約二万九千年前)などがありますが、いずれも人が石を磨いて作ったというより、はじめからその形になっている自然石を利用したものです。
    日本の加工技術は、なんと三万年の歴史があるのです。
    なんだか、技術大国日本を象徴したようなお話ですね。


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  • ススキとセイタカアワダチソウのお話


    11月15日ねずさんの出版記念会(於・靖国神社)開催
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    このお話は、ねずブロの初期の頃から、毎年この時期に掲載しているお話です。
    日本人なら、日本を信じる。
    そこからはじめる。
    ススキとセイタカアワダチソウの戦いは、そんな日本人としての戦いの原点を私達に教えてくれたような気がします。

    20201101 セイタカアワダチソウ
    画像出所=https://tokyo-eastpark.com/ogunohara/%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%82%A2%E3%83%AF%E3%83%80%E3%83%81%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%80%80%E3%80%80%EF%BC%8D%E5%B0%BE%E4%B9%85%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%85%AC%E5%9C%92%EF%BC%8D/
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    このお話は、ねずブロの初期の頃から、毎年この時期に掲載しているお話です。
    このブログを書き始めたのが2008年でしたから、かれこれ12回目の掲載です。

    セイタカアワダチソウというのは、上の写真にある草です。
    いまや全国に広がっていますから、あの毒々しい黄色い穂先は、皆様もきっとご存知のことと思います。
    いまから20〜30年ほど前は、本当にもう、東京の河川敷や堤防などは、この時期、セイタカアワダチソウに埋め尽くされていたのです。

    だいたい日本の古くからの草花というのは、だいたい淡さのある中間色系が多いです。
    ところがセイタカアワダチソウは、山吹色の、それこそ毒々しい色で野山を埋め尽くしてしまう。
    その様子が、まるで黄色い泡がブクブクと立っているように見えるということで、「泡立ち草(アワダチソウ)」という名前が付けられています。

    実はこのセイタカアワダチソウという植物は、戦後にGHQとともに日本にやってきた種です。
    戦後の食糧不足の時代に、米国が日本を飢餓から救うために、大量の小麦を日本に持ち込んでくれたのですが、このときに一緒にセイタカアワダチソウの種子が持ち込まれました。

    ところがこのセイタカアワダチソウ、もともと北米大陸という痩せて乾燥した土地に生育していた植物です。
    要するに西部劇に登場するような、あの土地で生育していたのですが、その辺り一帯というのは、湿度が20%程度、こうなるとクチビルなど、すぐに乾燥してカサカサになってしまほどです。

    セイタカアワダチソウは、もともとはキク科の植物なのですが、そういう痩せて感想した土地で生育するために、実に独特の進化を遂げました。
    どのような進化かというと、まずはとにかく繁殖力がすさまじい。
    ある年に、一本のセイタカアワダチソウが生えたと思ったら、翌年には植物のない枯れた土地に、いつのまにかポツリポツリと花を咲かせるようになり、さらに翌年になると、あたり一面がセイタカアワダチソウだらけになってしまう。
    つまり、植物にとって過酷な環境にあっても、少しでも植物が生きている土地であれば、そこで猛烈に密生して繁殖し、他の植物を駆逐して、自分たちだけの天下を築くという、まさに侵略的植物に育ったのです。


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  • 日本人の博愛・・・ロベルトソン号事件を題材に


    ▼11月15日ねずさんの出版記念会開催(於・靖国神社)
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    「博愛(はくあい)」は、訓読みすると「ひろくあまねく、いとしくおもふ」です。
    「博」という字の訓読みは「ひろし・あまねく」です。
    たとえ自分が酷い目に遭わされたからといって、だから人を傷つけて良いことにはならない。
    どこまでも愛。
    それが日本人なのだと思います。

    ロベルトソン号の記念碑(宮古島)
    20181018 ロベルトソン号記念碑


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    戦前の尋常小学校の4年生の修身の教科書から、「ロベルトソン号事件」をご紹介したいと思います。

    ******
    尋常小學修身書 巻四
    第二十 博愛(はくあい)

    明治六年、はるばる支那へやってきたドイツの商船ロベルトソン号は、ある日、海上で大あらしにあいました。
    船は帆柱を吹き折られ、ボートを押し流され、荒れ狂う大波に三日三晩ゆられて、九州の南の宮古島の沖に吹き流されて来ました。
    しかし運悪く、暗礁に乗り上げてしまいました。船員たちは、波にさらわれまいと、こわれた船に一生懸命に取り付いて、助けを求めました。

    ロベルトソン号の難船を見つけた宮古島の見張りの者は、さっそく役人に知らせて、人々を呼び集めました。
    役人は、よりぬきの漕ぎ手や医者を連れて駆けつけ、村々の人たちと一緒に助け舟を出しました。
    しかしさかまく荒波を乗り越えて進むことは、どうしてもできません。
    そのうえ、やがて日はとっぷりと暮れました。
    人々は、仕方なく引き返しましたが、陸(おか)にかがり火をたいて、難船をした沖の人たちをはげましながら、夜を明かしました。

    あくる日は、風もおとろえ、波もいくらか静かになりました。
    島の人々は、
    「今日こそは」
    と勇み立ち、飲水や、かゆなどを用意して、大波の中へ乗り出しました。
    あぶない岩の間をくぐり、大波にゆり上げられゆり下げられながら、力の限り漕いで、やっとロベルトソン号にたどり着きました。
    そうして、身の危険も忘れて、疲れ切っている船員たちを、残らず助けて帰ってきました。
    危ない命を助けられた船員たちの喜びは、どんなであったでしょう。

    島の人々は、薬を飲ませたり、怪我の手当をしたりして、船員たちを介抱しました。
    しかし言葉が通じないため、どこの人だかわかりません。
    そこでいろいろの国の国旗を取り出して見せて、はじめてドイツの人であることがわかりました。

    その後一ヶ月あまりの間、親切に世話をしているうちに、みんな元気になりました。
    そこで船を貸して本国へ帰らせました。
    出発の日には、島の人々は、海岸に出て、鐘や太鼓をたたいて見送りました。
    役人たちは船に乗って水先を案内しながら、はるか沖合まで送って行きました。

    船員たちは、月日を重ねて無事に本国に帰り着きました。
    そうして、嬉しさのあまり、会う人ごとに、親切な日本人のことを話しました。
    そのことが、いつかドイツ皇帝に聞こえました。皇帝は島の人々の親切をたいそう喜んで、軍艦を送って宮古島に記念碑を建てさせられました。
    その記念碑は、いまもなお残って、ながくこの博愛の美談を伝えています。


    *******




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  • 古きを訪ねて新しきを知る


    11月15日ねずさんの出版記念会(於・靖国神社)開催
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    もしかすると日本の古典文化というのは、ある意味現代世界の最先端を行く文化といえるのではないか。古きを訪ねて新しきを知る《温故知新》とは孔子の言葉ですが、日本を取り戻すということは、もしかすると、おもいきって千年、二千年という古代にまでさかのぼったところにある智慧にこそあるのではないか。

    ブルーノ・タウト
    20201021 ブルーノ・タウト
    画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%88
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    小名木善行です。

    東京・渋谷駅に忠犬ハチ公の銅像があります。
    かつて、このハチ公像を見て、涙を流した外国人がいました。
    名前を、ブルーノ・タウト(Bruno Julius Florian Taut)といいます。

    タウトは、大正13(1924)年から昭和6年(1931年)までの8年間に、日本で12,000軒もの住宅建築に関わり、昭和6年(1930年)には、ベルリン・シャルロッテンブルグ工科大学の教授に就任したヨーロッパを代表する世界的な建築家です。

    ところが彼は、ナチス秘密警察の追跡の手をのがれて、昭和8年に日本に逃避してきていました。
    このとき彼は、渋谷駅前で忠犬ハチ公の逸話を聞き、その素晴らしい話に感嘆しつつも、自身が残した実績と裏腹に、母国で社会的に抹殺された身であることを嘆き、涙を流したというわけです。

    そのタウトの書いた本に『日本美の再発見』という本があります。岩波新書の赤本です。
    桂離宮をはじめ,伊勢神宮,飛騨白川の農家および秋田の民家などの日本建築に「最大の単純の中の最大の芸術」の典型を見いだした、という内容の本です。

    この本を書いたのが、そのタウトです。
    渋谷駅を出たタウトは、その足で京都郊外にある桂離宮を訪れました。

    桂離宮は、江戸初期に後陽成天皇の弟の八条(のち桂)宮、智仁親王が造営した別荘です。
    源氏物語になぞらえた回遊式庭園や、書院、茶屋が、往時の姿のまま残っています。


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  • 個人主義・国家主義・利己主義


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    我が国の歴史や、我が国のあり方を、歴史の浅い他の国と比肩したり、他の国を理想化したり、むやみに他国の文化ばかりを尊敬したりしても、それは詮無(せんな)きことです。
    むしろ、長い歳月営まれてきた日本的な形を学び、身に付けていくところに、明日への希望があります。
    なぜなら日本こそ、人類が生んだ至宝を実現できた唯一の国であったからです。
    このことはITがいくら進んだとしても、決して代わることがありません。
    なぜならコンピューターはいくら発達しても責任を取ることができないからです。

    20201005 利己主義
    画像出所=https://www.irasutoya.com/2017/06/blog-post_4.html
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    小名木善行です。

    よく履き違えられていることに、個人主義と国家主義という言葉があります。

    個人主義は、いうまでもなく個人を中心に生きていこうという考え方です。
    国家主義は、国家意思を第一にする考え方です。

    そして実はこの両者は等しいものです。

    どういうことかというと、人間の体と同じです。
    人の体は、およそ36兆個の細胞でできているといわれています。

    そのひとつひとつの細胞の健康と、その個々の細胞の集合体である人体全体の健康は、相等しいものです。
    いくらひとつの細胞が元気でも、人体が死ねば終わりですし、人体が元気であっても細胞が癌化すればやはり寿命は縮みます。
    国家とは、個人の集合体なのですから、どちらが大事というものではなく、どちらもが大切なものなのです。
    至極、当然のことと思います。

    ところが近年の日本や米国では、個人主義を「利己主義」と履き違えている人が増えているといわれています。
    利己主義というのは、自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視する考え方です。

    個人が利己主義であり、国家の権力者もまた利己主義、そして国家が利己主義であれば、個人も国家も共倒れになります。
    そしてこのとき、多くの罪なき国民が犠牲になることは、近現代の歴史が見事に証明しています。


     最新刊

    《塾・講演等の日程》
    どなたでもご参加いただけます。
    2020/10/18(日)13:30-16:30 第76回倭塾(於:富岡八幡宮婚儀殿)
     https://www.facebook.com/events/867036783780708/
    2020/11/15(日)13:00〜15:30 日本書紀出版記念(於:靖国会館)
     https://www.facebook.com/events/269322421064039/
    2020/12/19(土)13:30-16:30 第76回倭塾(於:富岡八幡宮婚儀殿)
     https://www.facebook.com/events/337364737249840/



    20200401 日本書紀
    ◆ニュース◆
    最新刊『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』2020/9/19発売。
    『[復刻版]初等科国語 [高学年版]』絶賛発売中!!
    『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』絶賛発売中!!
    『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』絶賛発売中。


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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

電話  080-4358-3739

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