• 英霊に贈る手紙


    私達日本人は、いまの肉体だけの幸せや富のためばかりに生きる民族ではありません。
    過去から現在、そして未来へと続く時間という横軸と、お亡くなりになられて天におわず御魂と、いま我々が生きている地上社会という地、つまり天地という縦軸が交差しているところで、中今(なかいま)に生きているのが日本人です。
    そして過去からの心を未来につなぐ。
    それは何より、未来を担う子どもたちの幸せを願ってのことです。
    世の大人たちにとって、このことはとても大切なことです。

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    『英霊に贈る手紙』(青林堂)という本があります。
    発売されたのが2015年です。
    散って英霊となられた方々へ、ご遺族が綴ったお手紙集です。

    出版にあたり、寄せられたご遺族からのお手紙は584通にのぼったそうです。
    今回、その中から珠玉の60通のお手紙が、この本に収録されています。

    その中に、アッツ島で玉砕した山崎保代陸軍中将の娘さんのお手紙が掲載されています(164頁)。
    山崎中将とアッツ島の玉砕のことは、昨日の拙ブログ「5月29日アッツ島玉砕」でご紹介させていただきました。

    アッツ島守備隊2,650名、その最後の玉砕戦が終わった後、累々と横たわる日本の突撃隊の遺体の先頭には、山崎中将のご遺体がありました。
    これは米軍が確認した事実です。

    山崎中将は、突撃攻撃の最初から、先頭にいました。
    当然のことながら、先頭はいちばん弾を受けます。
    おそらく山崎中将は、途中で何発も体に銃弾を受けたことでしょう。
    その度に、倒れられたのでしょう。
    それでも中将は、撃たれては立ち上がり、また撃たれては立ち上がって、そしてついに味方の兵が全員玉砕したときにも、山崎中将は突撃隊の先頭に這い出て、こときれていました。
    享年51歳でした。

    米軍戦史は、このときの戦いを次のように記しています。
    「突撃の壮烈さに唖然とし、戦慄して為す術が無かった。」

    そんな山崎中将以下のアッツ守備隊に向けて、昭和天皇は、
    「すぐにアッツ島の部隊長に電報を打て」
    と指示されました。

    アッツ守備隊は、すでに突撃し、全員お亡くなりになったあとのことです。
    杉山参謀総長が、
    「閣下、電報を打ちましても、
     残念ながらもう通じません」
    と、お答えしたところ。陛下は、
    「たしかに、その通りだ」と、うなずかれ、
    「アッツ島部隊は、最後までよく戦った。
     そういう電報を、杉山、打て」
    とおっしゃっられました。その瞬間、涙があふれて。

    山崎中将への娘さんの手紙には、中将が、家で食事をしているときにも、ふと箸を置かれ、隊に電話をかけ、
    「今夜は風も強いし寒いから
     十分火の用心をし、
     営倉の兵は特に寒いだろうから
     水筒に熱い湯を入れて差し入れるように」
    と、いつも兵隊さんのことを気にかけ、その親御さんの気持になって、大切にしておられた、そんな人であったエピソードが綴られています。

    昨年、靖国神社遊就館で行われた「大東亜戦争七十年展」に、その娘さんが行かれたところ、お父さんの山崎中将の遺影の下に、
    「兵の名前と顔を1ヶ月で覚え、
     ひとりひとりに声をかけてまわり、
     分け隔てなく部下に接するその人柄に、
     皆感激して奮い立った」
    と、生還された方の証言が書かれていたそうです。

    娘さんは、そんな父のエピソードを、そこではじめて知り、
    「兵隊さんを大切に思う
     お父様のお気持ちと
     そのご苦労に頭が下がりました。
     皆様のご冥福を祈りながら。
     さようなら」
    と綴られています。

    日本の歴史は、西洋やチャイナなどにあるような英雄譚ではありません。
    庶民の歴史です。
    いつの世も、庶民が歴史の主役を成してきた国柄を持ちます。

    信長や家康にしても、彼らを支えるひとりひとりの武士たちがいたからこそ、戦国の世を終わらせることができたのです。
    かつての陸軍においても、兵を兵としてしか思わないような将校はいません。
    部下の兵も、そして敵兵までも、どこまでも命ある人と考え行動してきた。
    それが我が国の大将であり、将校であり、武士たちでした。

    その日本文化の延長線上に、英霊へのご遺族のお手紙があります。

    ※この記事は2021年1月の記事の再掲です。
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    日本の神と世界の神

     欧米では神(God)は、人類と異なる存在であり、人類の創造主です。そこから誰かが人類を造ったに違いないという発想が有り生まれ、そのことが近年の「人類は宇宙人が造った」などといった説にも至っています。

     欧米では神は人類のオーナーですから、人類に対して「生殺与奪の権」を持ちます。そこから同じ人間であっても、偉い人は下にいる一般の民衆に対し、自分の富のためなら彼らに対する生殺与奪の権を持つのはあたりまえ、といった考え方も生まれています。かように神話というのは、その国の文化の根幹になる大切なものとなります。

     日本の神話は、神々は人類の始祖という考え方をしています。我々は神々の子孫であり、死ねば神々の仲間入りをすることになると考えられてきました。そこから「生存中は、恥ずかしくないしっかりとした生き方をしなければならない」という思想が生まれています。

     さらにいうと、最古の神々はこの宇宙の存在そのものであり、天であり、地であり、山川草木であり、自然そのものです。ですから自然にあるすべてのものと、我々は共に親戚であり、そこから自然への畏敬と感謝の念を持ちます。

     西洋では神は唯一絶対の存在です。
     英語圏では「ゴッド(God)」と呼びます。「God」の語源はゲルマン語の「ゴッツ(Gott)」です。これが古インド語で「ディーバ(deva)」となり、ギリシャ語では「ゼウス(Zeus)」、ラテン語では「デウス(deus)」、フランス語では「デュー(Dieu)」、イタリア語では「ディオ(Dio)」、ポルトガル語では「ディウス(Deus)」などになっています。要するにゴッドとゼウスは、同じ神だ、ということです。そしてその「God(ゴッド)」が、天地の創造主であり、人類は「God(ゴッド)」が泥をこねて造ったとされます。

     ここにおもしろさがあります。ゴッドやゼウスの原型であるゲルマン語の「ゴッツ(Gott)」は、「お供えをして呼ぶこと」を意味する語なのです。祭壇を作って神に降りてきていただくのです。
     とてつもなく偉い唯一絶対神を人の都合で呼び出すというのは、神に対してちょっとばかり失礼です。そこから、初期の頃の神は、西洋圏においても、かならずしも強大でおそろしい唯一絶対神ではなく、人々にもっと近い存在であったであろうことが推測できます。

     日本の縄文時代の遺跡を見ると、集落の真ん中に墓地があります。これは生者と死者が共存していたことを表します。この習慣は日本の縄文時代に限らず、南洋の島々や、南米とも共通の文化です。とりわけ熱帯地方では、その真中の墓地にバナナの木を植え、村同士の戦いなどがあるときには、戦士たちがそのバナナを食します。これは、ご先祖の勇気を、墓地で稔るバナナをいただくことで、戦死の体内に取り込むためとされます。

     日本の縄文時代の集落内の墓地に、そのように木が植えられていたかどうかは、いまではわかりませんが、集落と墓地の形状から、おそらくは似たような習慣があったのではないかという考古学者もいます。

     このことが意味していることはひとつです。つまりお亡くなりになった方は、家の守り神となり、村の守り神となり、クニの守り神となられているということです。だから勇気を分けてもらえるのです。

     ところが、数えてみれば、ご祖先の数は莫大な数にのぼります。人が生まれてくるためには父と母の2名が必要、父母が生まれるためには祖父母が4人必要、その祖父母が生まれるためには8人の曾祖父母が必要です。このように計算してみると、縄文初期の日本の人口はおよそ10〜12万人と言われていますが、16代も遡ったら、いま生きている人は、全員親戚です。16代ということは、たった400年です。現代日本で言ったら、関ケ原の戦いくらいのできごとです。いまでも少し古い家になりますと、「我が家は関が原の合戦でカクカクシカジカの軍功を挙げ・・」などといった伝承が残ったりしていますが、400年の歳月というのは、爺さんが孫に、そのまた爺さんから聴いた話を伝承すれば、わずか4度、それが繰り返されるだけで、400年が経過します。日本の歴史は400年どころか、その百倍の、およそ4万年もの昔までさかのぼりますが、こうなるとお亡くなりに成られた(自分と直接血のつながった)ご祖先の数は途方も無い数になります。いま生きている日本人は、過去において先祖が何十回もかぶったことのある、つまり日本人は全員、親戚です。
     そしてお亡くなりになられたすべての方が神となられています。だからこれを「八百万(やおよろず)の神々」と言います。

     西洋の「ゴッド(GOD)」は唯一絶対の創造神。我が国の神々は人々の共通のご先祖。この違いがわからずに、英語圏の人に、「日本のGODは八百万人います(8 Million Gods)」などと言ったら、彼らはびっくりしてしまいます。そこはむしろ「たくさんのご先祖を、我々は神と呼んでいます(We call many of our ancestors gods.)」とでも説明したほうが、わかりやすいといえるかもしれません。

     さて、日本でもいまでは神様は神社にご鎮座あそばされていますが、1万年前にできた初の神社である弊立神宮が生まれるより前には、まだ神社というものはなく、必要に応じてその都度、祭壇をつくり、お神酒(みき)を捧げて、神様に降りてきていただいていたとされます。このことは、なんと、ゲルマン語の「Gott(お供えをして神様を)呼んでいた」と、同じ行動です。

     こうなると、日本の文化が特殊なのではなくて、もしかすると日本の文化が、世界の文化の土台になっていた、という可能性も出てくるわけです。これは、日本が文明の発祥だというのではありません。日本を含む環太平洋で、海を中心に暮らしていた海洋族に共通する文化が、万年の昔に世界に広がり、それが現代の東西の文明の基礎を形成したと考えられる、ということです。

     ところがクニに権力者なるものが誕生するようになると、権力者は、自己の権力を権威付けるために、「神は俺とともにある」といった考え方を持つようになります。このとき神が唯一絶対神であれば、その神の御加護を得た権力者もまた、唯一絶対の存在となります。そうなると権力者に刃向かう者は、同時に神に刃向かう者ということになり、反権力=絶対悪といった思考が生まれます。その絶対悪のことを悪魔と呼びますが、悪魔は絶対悪なのですから、悪魔はなぜか悪事以外は働かないことになっています。つまり絶対善を提唱すれば、これに対抗する絶対悪を作らなければならなくなるわけです。こうして二項対立型の思考が生まれます。ところが世の中は不思議です。現実には権力者の方が悪であったりするわけです。

     一方、日本神話は、神々であっても失敗することがあるとします。神でも失敗するのですから、まして人間が失敗をしないことなどありえません。ここから「失敗しても、またやり直そうぜ」という文化が生まれます。人であれば誰しも失敗する。後悔もする。そうやって人は成長していくと考える文化が生まれるわけです。これは二項対立ではなく、中庸を重んじる文化といえると思います。

     このことは、偏差値で考えるとわかりやすいかもしれません。大学受験で偏差値80以上の神のような秀才と、20以下の残念な反秀才重んじて対立するのが西洋的二項対立の文化です。これに対し日本の文化は、偏差値40〜60までの間にある圧倒的多数の人々が、テストでバッテンをたくさんもらいながら、日々成長していくことを大切にします。この世に絶対善もなければ、絶対悪もない。その両方のゆらぎの中で葛藤しながらも、強く生きていくことこそが大事だとしてきたのです。

     西洋における妖精信仰は、いわゆる多神教に分類されます。
     けれど気をつけなければならないことがあります。それは西洋における妖精信仰を土台とした多神教と、日本における八百万の神々では、その考え方が根底から異なるということです。
     何が違うのかは、たいへんわかりやすいです。西洋における妖精は、花の妖精、木の妖精など、すべて「人類とは別な存在」です。日本では、花の神、木の神であっても、それらは神々の親戚であり、人類の親戚です。つまりすべては繋がっていると考るのです。
     日本にも、人と異なる物怪(もののけ)や妖怪(ようかい)がありますが、これらは、人の怨念が凝り固まったもので、もともとは人や動物や道具類であったものが、この世への恨みが嵩じて、異形の姿になった、哀れな悲しい人たちとされます。
     その意味で、日本の八百万の神々を、西洋の妖精信仰と同じと捉えて「日本が多神教の国」と、簡単に定義してしまうのは、間違いのもとです。多神教とはいっても、日本は妖怪や物怪を信仰している国ではありません。

     こうした神に関する概念の違いは、男女の違いについても、西洋と日本で大きな差異を生んでいます。
     たとえばギリシャ神話では、最高神であるゼウスのもとに、ゼウスの妻のヘラ、娘のアテナ、愛と美と性の女神のアフロディーテ、狩猟と貞操の女神のアルテミス、穀物の女神のデメテル、炉の女神のヘスティアなどが登場しますが、それらはあくまで神々の中にのみ存在し、初期の人類には男性しかいなかったとされています。

     では、人類初の女性は誰かと言うと、これが有名なパンドラです。そう、パンドラの箱の、あのパンドラです。
     もともとオリンポスの神々よりも以前には、ティーターンと呼ばれる巨人の神族が栄えていました。ゼウスが人と神とを区別しようとして、人類から火を取り上げたとき、巨神のプロメテウスは、火のない人類を哀れに思い、人類に火を渡します。ところが火を得た人類は、武器を作って互いに戦争をするようになるのです。

     事態を重く見たゼウスは、プロメテウスを磔(はりつけ)にするのですが、不死身の身体を持つプロメテウスは死なず、3万年の後にヘラクレスによって助け出されます。
     一方、プロメテウスの弟のエピメテウスも、兄の罪によってオリンポスを追放され、地上で人類の一員となって暮らすことになりました。

     ゼウスは人類が火を用いるようになったこと、そしてエピメテウスという巨神が人類に仲間入りすることで、人類の力が強大になって神々に近づくことをおそれます。そして何でも作れる鍛冶屋の神のヘパイストスに命じて泥から女性のパンドラを造らせると、そのパンドラに命を吹き込むとときに、「美しさ、歌と音楽、賢(かしこ)さと狡(ずる)さと好奇心」を与えます。さらにアテナから機織や女のすべき仕事の能力、アプロディーテから男を苦悩させる魅力を、ヘルメスからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えさせました。

     そしてゼウスは、
    「これは人間にとっての災(わざわ)いだ」と述べると、パンドラに鍵のかかった箱を持たせて、「この箱は決して開けてはいけない」と言い含めて彼女を人類のいる地上に送り込みます。

     パンドラをひと目見たエピメテウスは、兄のプロメテウスから「ゼウスからの贈り物は決して受け取ってはならない」と言われていたにもかかわらず、一目惚れしてパンドラと結婚する。二人は幸せに暮らすのですが、ある日、どうしても箱の中身が気になってしかたのないパンドラは、禁を破って、ついに箱を開けてしまいます。

     するとその箱から、夜の女神ニクスの子供たちが飛び出します。その子供たちというのが「老い、病気、痛み、嘘、憎しみ、破滅」です。次には争いの女神のエリスが高笑いとともに箱から飛び出していきます。そして箱の中に最後に残ったものが、ギリシャ語で心を意味する「エルピス(ελπις)」であったとされます。「エルピス(ελπις)」が英語圏では「希望(hope)」と訳されています。ちなみに「エルピス(ελπις)」は、スペイン語では「エスペランサ(esperanza)」、フランス語では「エスポワール(espoir)」と訛(なま)ります。

     要するにギリシャ神話は女性を「美しくて歌や音楽が上手で賢(かしこ)いけれど、「狡(ずる)くて、好奇心旺盛で、男を苦悩させ、恥知らずで、機織りをする者」と規定しているわけです。しかも女性は、もともと人類を破滅させるために神が造られたものであり、世界は女性によって老いと病気、痛み、嘘、憎しみ、破滅、争いがもたらされたのだ、というのがギリシャ神話の考え方であるわけです。
     現代女性が見たら卒倒してしまいそうな話ですが、これは本当のことです。

     このことは旧約聖書も同じです。イブの好奇心によって、アダムとイブがリンゴを食べて智慧を付け、神からそのことをとがめられたイブは、「神が造られたヘビに騙(だま)されたのです」と、自分の罪を神とヘビに責任転嫁します。怒った神は、イブに「子を産む苦しみと、夫から支配されなければならない」という罰を与えます。これが人類の女性が持つ原罪(original sin)です。

     英国文学で有名なハーベイの『テス』という小説があります。
    大好きな小説で、英国文学で最高の小説をひとつあげろと言われたら、迷わず『テス』をお勧めしているくらいですが、主人公の女性のテスは、たいへんに魅力的な女性ですが、やはり何を考えているのかよくわからない存在として描かれています。これは日本人の感覚からするとハテナ・マークがいっぱい付いてしまいそうな捉え方ですが、ギリシャ神話を読むと、それが西洋社会における女性の定義なのだとわかります。

     西洋社会では、ジェンダーフリーとか、女性の人権云々といった議論が盛んですが、西洋の政治運動を闇雲に日本に導入するのではなく、西洋と日本との文化の成り立ちの違いを、まず先にしっかりと学ぶ必要があります。

     ちなみに人類男性の始祖であるアダムは、「神が造られたイブにそそのかされました」と、やはり神とイブに責任を押し付けます。怒った神はアダムに「生涯、労働をする苦しみ」を与えたとされます。そこから労働は罪人が行うものであり、高貴な人は働かないことがただしい事といった概念が生まれています。

     では日本ではどうだったのでしょうか。
     日本の最高神は天照大御神であり女性神です。そしてその最高神と直接会話を交わすことができるのは、やはり女性神である天宇受売神(あめのうずめ)です。男性の神々は、天照大御神に何事かを奏上するときも、あるいは天照大御神からのご下命をいただくときも、常に女性神である天宇受売神を通してでなければならないとされています。

     これは縄文以来の日本人の伝統的思考で、子を産むことができる、つまり命を産むことができる女性は、もっとも神に近い存在であるとされてきことに由来します。ですからいまでも神社で御神楽(おかぐら)が奉納されるとき、神様に捧げる舞を踊るのは女性の巫女(みこ)さんの役割です。神様と対話できるのは女性だけの特権だからです。男性もお神楽を舞いますが、その舞は、あくまで聴衆に、当該神社の御祭神を説明するための舞、つまり聴衆に向けられた舞となっています。

     また男女の始祖であるイザナギとイザナミは、あくまで「共(とも)に計(はか)りて」、つまり両者で相談して、一緒にオノゴロ島を築き、そこに降り立って国生みや神生みをされたと記述されています。つまり男女は、役割の違いこそあれ、対等な存在であり、さまざまな葛藤や誤解があっても、力を合わせることで未来をひらくというのが、日本の神話です。

     こうしたことは、現代の一般庶民においても、外で働く男性にとって、家にいる女性は神様だから、東日本では、親しみを込めて「カミさん」と呼ぶ習慣になっています。西日本では「よめ」ですが、近年不思議なことに「よめ」が、差別用語だと言い出すおかしな人が出てきました。「よめ」は「良(よ)い女(め)」を意味する言葉です。
    なにしろ我が国の神話では、神々と直接対話ができるのは女性だけに与えられた特権です。家にいる妻をないがしろにしようものなら、殿方は神々から見放されてしまいます。だから毎日、どこにあってもウチの女房殿を「良い女」=「ヨメ」と呼んでいるわけです。

     こうした文化がどこからきたのかというと、はるか縄文以前から、日本は海で魚を採って暮らす海洋民族として生活してきたことによります。だから縄文時代の遺跡には、すべて貝塚があります。貝塚からは釣り針も出土しますが、釣り針があるということは、魚を獲って暮らしていたということです。では釣り針に使う「釣り糸」はどうしていたのかというと、これには女性の髪の毛が用いられました。男性の髪と異なり、女性の髪は細くしなやかで丈夫です。このことが長い歳月の間に「髪は女の命」とまで言われるようになりました。
     男たちがどんなに器用に丁寧に素晴らしい釣り針を作っても、髪の長い女性がいなければ、釣り針を使うことができないのです。だから女性の髪は神であり、そこから女性そのものが神とされ、このことがいまでも「カミさん」という日常語として遺っているわけです。ちなみに西日本では「ヨメ」と言いますが、これは「良い女(め)」という意味で、カミさんと同じ考え方に基づきます。

     江戸時代まで、日本では旦那が働いた給料は、その家に支給されるものというのが、古来のしきたりでした。すべてが世帯を単位に考えられ、夫の小遣いを含めて、世帯の中の一切のやりくりを見るのは、女性である妻の役割とされてきました。武士も同じで、旦那の俸禄は、お殿様からいただいているというより、現実的には妻からもらっているようなものであり、何事も世帯全体で責任を持って行うというのが、日本における常識であったわけです。
     近年の日本では、西洋的個人主義が礼賛されていますが、給料が世帯を単位に支払われ、すべての家計の実験を奥方が握り、家族の誰かが悪いことをすれば、世帯全員が処罰の対象となり、重罪であれば、親族にまでその影響が及ぶという社会構造からは、犯罪行為も自粛されます。

     日本にあった長くて古い文化は、もしかすると古代において世界に影響をあたえたものかもしれません。そしてもしかするとこれからの世界を、個人主義から、世帯単位の家族主義に変えていく、大きな役割を担っているのかもしれません。

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  • 未来を担う


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    20220920 奇蹟の日本史
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    『奇蹟の日本史』

    あとがき 未来を担う


    GHQの「せい」にする。
    戦後左翼の「せい」にする。
    政治の「せい」にする。
    国際金融資本の「せい」にする。
    ディープステイトの「せい」にする、等々、近年、現状を何者かの「せい」にすることが流行しています。
    誰かの「せい」にしてしまえば、自分は被害者でいられる。
    不思議なことに、被害者でいることで、安心を得ているかのようです。

    まず、冷静に考えていただきたいのですが、自分の給料が安いことや、なかなか出世できないことなどは、会社の「せい」だったのでしょうか。
    自分に彼女ができないのは、誰かの「せい」でしょうか。
    いま起きている様々な事象について、「なぜそうなったのか」を考えることは、とても大切なことです。
    けれど、「だから仕方がない」とあきらめるのは、日本的ではありません。

    我々は「いま」をしか生きることができないのだから、「いま」できる精一杯の誠実を尽くすことで、より良い未来へとシフトしようと考えてきたのが日本人です。そして実は、こうした日本人の古くからの思考は、立体的です。

    どういうことかというと、川が上流から下流へと流れるように、時間は未来から過去へと流れます。
    だから「未だ来ず」と「過ぎて去る」です。
    それは、「いま」によって、流れてくる未来が変わる、ということです。
    船で昇れない激流を選ぶのか、大河のようなおだやかな川を選ぶのかは、自分次第だという思考です。

    給料が安い、出世できないという過去があった。
    だからといって将来をあきらめたら、それで終わりです。
    将来は「将(まさ)に来る」ものなのです。
    だから心を入れ替えて努力する。
    そうすることによって、給料があがるように、出世できるように努力する。
    繰り返しますが、あきらめたら終わりです。

    あるいはこれまで彼女ができなかった。
    だから女性に惚れられる男になろうと決意した。
    その人には、きっと素晴らしい彼女が、未来にきっと待っていてくれることでしょう。

    GHQや戦後左翼や政治や国際金融やディープステイトと呼ばれる者が、何をやってきたのかを知ることは大切です。
    けれど、そこで必要なことは、事実を知る、学ぶということであって、被害者になることではありません。

    なるほど、GHQが、日本を占領統治するために、様々な国際法上の違法を繰り返していたことは事実です。
    日本的思考の解体のために、彼らが様々な事柄を、強い意思と決断と実行力をもって推進してきたことも、事実です。

    けれど同時に彼らが、食材の不足した日本に大量の小麦や芋を持ち込んでくれたことで、当時の日本人が食いつなぐことができたのも、また事実です。
    もしそれがなければ、当時の人口8千万人のうち、食糧不足によって2千万人くらいが餓死したかもしれません。
    そうであれば、いま生きている日本人の4人にひとりは生まれていなかったことになります。
    私たちの命は、GHQからいただいたともいえるのです。

    日本がいまでも占領下にあるという人もいます。
    筆者もそう思います。
    日本に自主権がなく、結果平成以来30年の不況が続き、所得も上がらず、気がつけばあの貧乏だったチャイナにさえ個人所得が及ばなくなっている。
    それが事実です。

    そこまでわかって、そこで被害者になるのでしょうか。
    被害者になって愚痴を云うだけで終わるのでしょうか。
    それでは未来の子たちにとって、なんとも無責任極まりないのではないでしょうか。

    このままではいけないと思うなら、そうでない未来を築くのは、いまを生きている私たちの役割です。
    私たち一人ひとりが、歴史の当事者なのです。
    「そんなことを言ったって、個人の力なんて知れている」と考えるのも、違うと思います。
    なぜなら、いつの時代にあっても、時代を動かし、時代を変えるのは、その個人の力です。

    決してあきらめない。
    どこまでも戦う、いつまでも戦い続ける。
    死んでも魂魄となって戦う。
    七度生まれ変わって戦い続ける。
    それが日本人です。

    そしてそれが、いまを生きる日本人の、未来への責任です。

     透き通った青空の日に  小名木善行

    *****

    と、あとがきは以上なのですが、最近思うことがあります。
    よく、神々からの警告といったような内容の動画がyoutubeにアップされます。
    それは日本のものだけではなくて、海外のスピリチュアル系のサイトに、多く存在します。
    西洋では、ギリシャ神話にせよ、旧約聖書にせよ、神々は人類(西洋人種)とは別な存在であって、近年ではそうした神は「宇宙からやってきた」といったような解釈がなされているものが多いと言えます。

    そしてその神々は、たとえば鉄器などについても、すべて人々の生活をよりよくするための道具として、彼らにもたらした。
    ところが、人類(西洋人)たちは、それを戦いの道具、自分だけの贅沢のための武器にしてしまった。
    神々は怒り、また人類文明(西洋文明)を滅ぼすのかもしれない。
    だから、目覚めるのは今だ、というわけです。

    けれど、もしかすると、それは西洋人たちにとって、「海の向こうからやってきた高度な文明を持った人々」であったのかもしれない。
    その海の向こうからやってきた人々は、さまざまな文明の恩恵を彼らにもたらした。
    けれど彼らは、そうした文明の恩恵を、すべて武器に変えてしまったということかもしれないわけです。

    こうしたなかにあって、近年我が国では、3000年前の鉄器が発見されたり、青銅器も8000年前にはすでに用いられていたといった研究がなされるようになりました。
    ということは、もしかすると、西洋(西洋だけでなくチャイナなどの東洋も同じですが)に文明の利器をもたらしたのは、日本人であったのかもしれないといえるわけです。

    縄文時代の日本人は、鉄器も青銅器も、あくまで生活道具として用いていました。
    それを武器にするといった文化そのものが存在していませんでした。
    そして縄文人というのは、実は、葦船に乗った海洋民族であったということも、近年の研究で明らかになっています。
    その葦船は、多数の人間を乗せることができるような、かなりの大型船舶でもあったということも、わかってきました。
    縄文人たちは、そんな葦船に乗って、実は世界中を旅していた。

    そんな彼らが、世界に鉄器や青銅器をもたらす。
    それはあくまで生活をより豊かにするための道具として渡したものでした。
    けれど彼らは、それを人を殺める道具にしてしまった。

    もしかすると、そんな歴史が、実は真実であったのかもしれません。

    これは近年でも同じです。
    日本でファミコンが生まれ、スーパーマリオブラザーズが生まれました。
    日本人は、それらをあくまで人々のお楽しみのために用いていました。
    けれど、そうしたコンピューターゲームが世界に渡ると、世界ではそれを軍事シュミレーションとして用いるようになってしまいました。

    これはいまでも続いていて、世界最先端の情報処理コンピューターは、米のペンタゴンにあるのではなく、日本の一般家庭にあるプレイステーションに装着されています。
    日本人には、戦って相手を屈服させて自分が贅沢をする、という文化がありません。
    日本人はどこまでも平和を愛する民なのです。

    そしてそうした文化は、いま、世界中の庶民が求める文化になってきています。
    世界を良い方向にリードできるのは、日本人です。


    日本をかっこよく!
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  • 武器を持たない縄文人


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    縄文時代の遺跡から出土する人骨は、外傷によって亡くなったと思われる人骨が、わずか1・3パーセントしか発見されません。これは世界の常識からしても、圧倒的に少ない割合です。
    その少ない外傷も、明らかに矢が刺さったような傷を負った人骨は存在しません。
    頭蓋骨に穴の空いた骨は発見されていますが、それさえも、もしかしたら、事故で転んで頭を打っただけかもしれません。
    つまり、縄文時代において、戦いで死んだ人は、ほとんどいなかったと考えられるのです。

    20220926 縄文時代
    画像出所=http://web1.kcn.jp/west_fields/kodai/2_jomon.htm
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    拙著『縄文文明』から、武器を持たない縄文人と、子どもの足型のついた土版から見えてくる愛の2節をご紹介したいと思います。
    この本は今年4月の発売ですが、Amazonですでに245件のご評価、レビューをいただいています。

    ***
    『縄文文明』より

    ▼武器を持たない縄文人

    欧州などでは、だいたい1万年前くらいを旧石器時代、1万年~3000年くらい前の時代を新石器時代などと呼びます。
    ちなみに、旧石器時代というのは、人類が自然石をそのままの状態で使っていた時代であり、新石器時代は人類が自然石を加工して用いた時代のことをいいます。
    日本の縄文時代というは、欧州や中国における旧石器時代後期から新石器時代にかけて栄えた、まったく日本独自の文化の時代です。

    ひとくちに縄文時代といっても、年代的にはものすごく長い期間です。
    ・縄文時代草創期が今から2万年~9000年くらいの前。
    ・縄文時代早期が9000年~6000年くらい前。
    ・縄文前期から晩期が6000年~2000年くらい前の時代です。
    縄文時代は、総年数1万8000年という、とてつもなく長い時代なのです。

    では、縄文時代について現状の歴史の教科書で語られる通説を見ていきます。
    まず、約1万年前に地球の氷河期が終わりを迎え、海面が上昇すると同時に大陸の一部が切り離され、それが現在の日本列島となった、と解説されています。さらに、温暖化になった日本列島で集団生活が始まり、それが縄文時代のはじまりである、という書き方をしているのです。

    ですが、これまで語られてこなかった事実がすでに解明されていて、かつての通説では説明がつかないことも多く存在しています。
    本書では、そうした事実にフォーカスしながら、本当の縄文の姿を追っていこうと思います。

    縄文時代の遺跡は、全国で9万531カ所も発見されています。9万といえば、すごい数です。遺跡では「何が発掘されるのか」が注目されますが、「何が発掘されないか」も当時の文明を解明する手がかりになります。

    世界の古代遺跡では必ず発見されるのに、わが国の縄文時代の遺跡からは発見されないものがあります。

    そのひとつが「対人用の武器」です。人が人を殺すための武器が、縄文時代の遺跡からはまったく出土していません。
    もちろん、矢尻や石オノ、石包丁のようなものは数多く発見されています。
    ですが、オノの部分は小さく、長い柄がついており、こんなもので人をひっぱたいたら柄のほうが折れてしまって、戦闘ではまったく役に立ちません。
    矢じりにしても、サイズはとても小さなものばかりで、ウサギやタヌキなど小動物を仕留めるための道具であったとしか推測できません。

    もうひとつ、注目すべきことがあります。遺跡からは、縄文時代の人骨がたくさん発見されていますが、調査の結果、外傷によって亡くなったと思われる人骨は、わずか1・3パーセントだったということです。
    これは世界の常識からしても、圧倒的に少ない割合です。

    しかも、少ない外傷についても、明らかに矢が刺さったような外傷を負った人骨は存在しません。もしかしたら、事故で転んで頭を打っただけかもしれません。
    縄文時代において、戦いで死んだ人は、ほとんどいなかったと考えられるのです。

    もうひとつ申し上げると、今から1万6500年前の土器が、青森県の大平山元I遺跡で見つかっています。
    これは、まぎれもなく「世界最古」の土器です。
    1万年前といえば、ヨーロッパではまだ旧石器時代です。それよりも6500年も前に、日本では非常に高度に発達した文化が熟成されていたわけです。
    その時代、すでに土器を作り、集落を営み、武器を持たずに人が人を助け合う文化を熟成させていたのです。
    これはすごいことです。

    少し話がそれますが、縄文土器は細工が細かく、表面に秀麗な装飾が施してあることは、みなさんご存知のとおりです。
    このような丁寧な細工というのは、戦乱の世の中ではなかなか用いられません。
    せっかく作っても、ひとたび戦いがはじまれば、あっという間に割られて壊されてしまうからです。
    つまり、土器の特徴から見ても、縄文時代に戦いがあったとは考えにくいのです。

    こうした事実から、1万4000年間という途方もない長い期間にわたって、我々の祖先は、「人が人を殺める」という文化を持っていなかったということがわかりました。
    日本人が平和を愛するのは、この1万4000年間という途方もなく長い期間にわたって蓄積された、DNAのなせる業なのです。

    この章では、こうした教科書では語られてこなかった、「縄文人はどんな文明を発展させ、どんな生き方をしていのか?」という点に迫っていこうと思います。


    ▼子どもの足型のついた土版から見えてくる愛

    日本人は縄文時代から平和を愛する温かい心を持っていた......。

    私がそう確信しているのは、縄文時代の遺跡から対人用の武器が発見されなかったからだけではありません。
    「発見されたもの」からも、縄文時代の日本人がどんな国民性だったのかをうかがい知ることができます。
    縄文式土器というと、多くの人が壺や皿、土偶などを想像することでしょう。
    しかし、それだけではありません。

    少し変わったものとして北海道の函館市の垣ノ島A遺跡から、「子どもの足形のついた土版」も発見されています。
    『足形付土版』といいますが、一体何のために作られたのかはよくわかっていません。
    ただ、発見されたことは事実なので「そこから何を読み取るのか」が重要です。

    当時の寿命に着目してみると足形付土版の目的がうっすら見えてきます。
    縄文時代における平均寿命は大体、24〜25歳と非常に短いものでした。
    子どもが無事に生まれて、無事に育っていくのがむずかしい時代だったことは、間違いないでしょう。

    今では医療が発達し、子どもが死亡するケースはごくまれです。
    けれどほんの100年くらい前まで、日本に限らず世界中どこでも、子どもというのは、よく亡くなるものだったのです。

    厚生労働省の人口動態調査資料によると、100年前の新生児(生後4ヵ月以内)死亡率は7・8パーセントで、今の約40倍。
    乳児(生後1年以内)のほうは15.6パーセントで、今の42倍です。
    つまり100年前は、生まれてきた子どもの4人にひとりが、1年以内に死亡していたわけです。
    子どもの死亡率が下がってくるのは、昭和に入ってからです。

    私の亡くなった父は、男4人兄弟の長男でした。
    けれど、大人になるまで育つことができたのは、父と末っ子の叔父だけです。
    次男と三男は、やはり病気で子どもの頃に亡くなっています。
    祖母(父の母)から、亡くなった2人の自慢話をよく聞かされたものです。

    おそらく縄文時代も死産や早世が多かったことでしょう。
    医療も発達していなかったので、なんとか生まれて来ても、幼いうちに亡くなってしまうことも、今とは比べようのないくらい多かったと思われます。

    これだけは言えますが、時代が違っても産んだ子どもを失った悲しみや、亡くした我が子への思いは同じです。
    だからこそ親たちは、亡くなった子どもの足形を粘土板に残し、大切な思い出としたのです。
    それが私たちの祖先です。

    悲しい別れに際し、
    「ずっとおまえのことを忘れないよ」
    「ずっとおまえは、お父さんお母さんと一緒にいるんだよ」
    そんな思いを込めて、子どもの足形を粘土で採って、小さな家の中にずっと飾っておいたのかもしれません。
    写真もない時代ですから、足型を残すくらいしか方法がなかったのでしょう。
    そうして、子どもへの愛をずっと大切に保とうとしていた......。
    足形付土版は、その証ではないかといわれています。

    やはり日本人の祖先は、とても温かい心を持っていたのではないでしょうか。
    私は縄文時代の文明に触れれば触れるほど、そんな確信を深めています。


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    最近わかったことで、青銅器は日本では遅くとも8千年前には使用されるようになり、鉄器は3千年前のものが発掘されました。
    日本人は、それら金属器を、農機具などの生活用具として使用してきました。
    ところがその製法が大陸に伝わると、それらは武器として用いられるようになり、奪う人、奪われる人が生まれるようになっていきました。
    もしかすると、その宇宙人というのは、地球外生命体ではなく、地級史のなかにおける日本人の存在なのかもしれません。

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    新刊『奇蹟の日本史』が、出版社のHP、およびAmazonに掲載されるようになりました。
    出来上がった表紙のデザインは、日本神話を彷彿させる夫婦岩を、オレンジ色の背景に置きました。

    最近わかったことで、青銅器は日本では遅くとも8千年前には使用されるようになり、鉄器は3千年前のものが発掘されました。
    日本人は、それら金属器を、農機具などの生活用具として使用してきました。
    ところがその製法が大陸に伝わると、それらは武器として用いられるようになり、奪う人、奪われる人が生まれるようになっていきました。
    もしかすると、その宇宙人というのは、地球外生命体ではなく、地級史のなかにおける日本人の存在なのかもしれません。

    よく、政治は脳、血液は経済、神経がメディアやSNS、細胞が国民、骨が文化・思想に例えられます。
    バブル崩壊後の日本は、ずっと経済が不調ですが、国の血液である経済は、骨の髄で作られます。
    ですから、骨である思想や文化が欠落したら、いくら血液、つまり流通する通貨の量を増やしても、経済は一向に良くなりません。
    実際、567後、国は77兆円もの大金を投下していますが、日本経済は回復するどころか、悪化しています。
    骨がしっかりしていなければ、ならないのです。
    つまり、文化や思想が国体の根幹として定まっていなければ、何をやっても水泡だということです。
    その意味で本書は、日本人の思想、文化の復活の書であるととともに、日本経済復活の書でもあります。

    真の民主主義、平等社会、平和の実現
    こうした理想を、はるか古代から希求し、実現してきた国、
    それが我が国・日本です。

    本書は、世界の奇蹟とも言うべき日本の統治の在り方、
    そこで育まれた高い民度について、
    日本の歴史を振り返りながら具体的に指し示しています。

    これはまさに、世界に誇る「奇蹟の日本史」です。

    歴史上最も国内が荒れていたとされる戦国時代、日本にやって来たフランシスコ・ザビエルは、
    「日本の国民ほど優れた国民はいない」
    と記し、それは西洋よりも優れていると断言しました。

    幕末に日本にやって来た多くの欧米人は、大人のみならず子どもに至るまで日本人が礼儀正しく、明るく、親しいといった美点を感動をもって綴っています。

    本書は、なぜ日本人の民度はそれほど高かったのか、その秘密を
     「生活の安定」
     「平等と民主主義」
     「文化と信仰」
     「国の守り」という視点から、解き明かしています。

    《本書の主な構成》
    第一章(生活の安定)庶民の暮らしが第一
    神武創業(建国の理念)、神武東征(稲作の指導)、備蓄(米倉)、治水、災害疫病対策の観点から。
    【コラム】「稲は大陸からやってきた」は本当か?

    第二章(平等と民主主義)だれも見捨てられない社会
    身分の上下(貴族と庶民、武士と農民など)、男女の差別、貧富の差、家族・共同体などをテーマに、「日本には民主主義がなかった?」を問う。「貧窮問答歌」は日本の庶民の話ではなかったも収録。
    【コラム】万寿姫の物語にみる日本的情操

    第三章(文化と信仰)深くて高い文化が花開いた理由
    日本人の自然観と神道、そして仏教、日本の言語をテーマに、「日本の文化は、中国、朝鮮からもたらされた」「日本文化は渡来人によってもたらされた」「文字も中国からやってきた」の思い込みも払拭。
    「漢字が入る前、日本に文字はなかった」は本当か?

    第四章(国の守り) 皆で守った日本の国土
    神功皇后の三韓征伐、防人、元寇、秀吉の朝鮮出兵をテーマに、教科書では教えない、日本の危機回避の知恵を紹介。


    以上のような視点から、世界の奇跡というべき日本の統治の在り方と、そこで育まれた庶民の意識について豊富な事例で語り尽くします。

    出版社HP
    https://good-books.co.jp/books/2967/

    本書は、今年刊行の新刊本の5冊目です。

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    文章は平易で、ルビも多く、小学5年生くらいからお読みいただけるように工夫してあります。
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    20220725 昭和の軍人



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    昨日、靖國神社の永代神楽祭に合わせて、靖國神社に昇殿参拝をしてまいりました。
    15日の1日前にも関わらず、160名もの方にご参加いただきました。
    お越しいただきました皆様、ありがとうございました。
    遠方やお仕事等でお越しになれなかった皆様の分も、しっかりと感謝の思いと護国への決意を英霊の皆様にお祈りさせていただきました。
    また、この参拝に際し、新刊の『後世へ語り継ぎたい 美しく猛き昭和の軍人たち』も靖國神社に奉献してまいりました。
    この本は、本日(8月15日)発売です。

    十二支は、12年でひとまわりします。
    不思議なもので、なにやら人や国もまた、12年ひとまわりが、ひとつの区切りになるかのように思います。

    個人的にはブログの開設は2008年ですが、ブログを通じて歴史や日本の国柄を情報発信するようになったのが2009年です。
    そして、そんな活動を12年やってきて、ようやく13年目、つまり新たな12年が始まる今年2022年の8月15日に、英霊への感謝と鎮魂の書として、この本を上辞できたことは、そこに何か意味があるような気がしてなりません。

    戸川猪佐武さんの書いた『小説古田学校』に、次の台詞があります。
    「だれも知らん間に時代を先に進める。
     新しい事態を作る・・
     これが外交の要諦だ」

    外交に限らず、いわゆる神様ごともまた同じで、生身の人間にはわからないところで、時代が先に進められている。
    そのように思います。

    この本が、国史啓蒙という目的のもとで、新たな時代を切り開く、自分の中では、ひとつの象徴といえる出来事です。

    本書は、原稿はおよそ30万字におよびます。
    そのなかから、出版社さんに人物をセレクトしていただき、10万字分、つまり3分の1が、本となったものです。
    売れ行き次第ですが、続巻まで進むことができたら良いなと思っています。

    というより、この手の本が、多くの日本人にしっかりと受け入れられる、そういう時代を築いていくことこそ、国史啓蒙という仕事なのではないかと思います。

    もくじは以下の通りです。

    英霊の心は、常にいまを生きている私達とともにあります。
    そして、日本人が日本人としての誇りと自覚を取り戻し、あらためて胸を張った堂々とした日本人になっていくこと。
    それができる国を取り戻し、築いていくこと。
    そしてなにより、日本が平和であること。

    あらゆる逆風の中で、そういう国を築いていくこと。
    それこそが、いまを生きる私達にとっての「戦い」なのではないかと思います。

    文章は平易で、ルビも多く、小学5年生くらいからお読みいただけるように工夫してあります。
    夏休みの友として、ぜひ、お子様、お孫さんに、お勧めいただければと思います。

     ***

    はじめに
     純粋に、一生懸命生きた人たち
     日本は天皇の「シラス」国
     愛があるから戦えた

    1 優しかった「お母さん」への遺書 相花信夫陸軍少尉
     「お母さん」とは一度も呼べなかった
     優しい継母への最後の言葉

    2 智恵子。逢いたい、無性に...... 穴澤利夫陸軍大尉
     手さえ触れたことのない婚約者との純粋な愛
     東京大空襲。奇跡の出会いと永遠の別れ
     逢いたい、話したい、無性に......

    3 背中の静ちゃん 大石清陸軍伍長
     大阪大空襲であとかたも無くなった家
     日本陸軍のきめ細かい兵員管理
     出撃すれば帰れない
     泣くなよ静ちゃん。がんばれ!
     日本の兵士たち全員に大切な人生がある

    4 愛という命がけの戦い 藤井一陸軍少佐
     生徒から慕われる熱血教官
     特攻志願する夫への説得
     夫をひきとめることができなかった妻の悲しみ
     消え去った命がいとほしい
     小指を切って血書嘆願
     妻子の待つ黄泉の国へ

    5 芙蓉部隊、特攻せず 美濃部正海軍少佐
     特攻またやむをえず
     本土防衛のために米軍の作戦を逆用
     特攻は行わず、めざましい戦果を挙げる
     海軍兵学校の教育は戦後より優れていた
     「言わなくてもわかる」のが日本の文化

    6 僧侶となった特攻隊司令 玉井浅一海軍大佐
     初めての特攻出撃を命令
     玉井大佐が見せた優しい姿
     日蓮宗導師として戦没者を慰霊
     生き残った人たちの背負った十字架
     いまを生きる人たちの使命

    7 アッツ島、玉砕   山崎保代陸軍中将
     赴任時点で死ぬと決まった、アッツ島転任
     一万一〇〇〇対二六五〇の戦い
     「稀代の作戦家」と讃えられる
     天皇陛下からの電報
     日本の役割と進むべき道

    8 不死身の日本兵 舩坂弘 陸軍軍曹
     ランボー顔負け。サイボーグ並みの体力
     重傷をものともしない鬼神の分隊長
     米軍指揮所テントに突入
     伝説となった不死身の日本兵
     心に沁みる米兵の大男との交流
     帰国後、渋谷駅前に書店を開店
     慰霊に生涯をささげる

    9 義烈空挺隊、敵航空基地に突入 奥山道郎陸軍大佐
     沖縄、そして祖国を守るための特攻
     義烈空挺、沖縄作戦に出撃
     最後の最後まであきらめない
     日本だけが自国の武人を顕彰していない

    10 沖縄防御戦・作戦指揮参謀 八原博通陸軍大佐
     少女たちの戦争物語『あゝひめゆりの塔』
     戦時国際法を守った日本
     隠しきれない沖縄戦の事実
     不利な状況下でも失わない「武士の戦い」
     米軍来襲に備え持久戦を提案
     民間人に協力を願う
     米国通ならではの勝つための持久戦
     的中する作戦、それを咎める大本営
     忘れてはいけない戦争の教訓

    11 戦わざれば亡国、戦うもまた亡国 永野修身元帥
     終始一貫して戦争に反対
     日本は戦域を太平洋に広げすぎた
     日本軍こそが日米開戦に猛反対していた
     戦い勝たずとも祖国護持の精神は残る
     二十四歳のとき日露戦争を戦う
     「青二才」永野の案が採用される
     A級戦犯とされた永野元帥

    12 特攻隊の生みの親 大西瀧治郎海軍中将
     真珠湾攻撃の原案を作成
     沖縄戦の作戦立案の命令が下る
     次善の策が特攻作戦
     中将の覚悟を全員が「知って」いた
     「ウシハク」社会というもの
     日本は権力者の上位に権威を置いてきた
     玉音放送の翌日、自らの軍刀で切腹
     「人間」であることは世界の非常識だった

    13 桜花、九州沖にて散華 野中五郎海軍大佐
     ロケットエンジン搭載特攻専用機「桜花」
     多数の艦船を沈めた「車がかり竜巻戦法」
     桜花、九州沖にて散華 野中五郎 海軍大佐
     桜花の運用の難しさをすぐに見破る
     万にひとつも望みのない作戦
     桜花特攻の最期

    14 日本人として生きる 醍醐忠重海軍中将
     名門貴族の醍醐家の嫡男
     人間魚雷「回天」搭載の第六艦隊司令長官に
     機密費を回天で戦死した搭乗員の霊前に供える
     ポンチャナック事件
     報復目的の一方的裁判で死刑判決
     「海軍中将侯爵醍醐閣下銃殺さる」

    おわりに
     損得ではない、もっと大切なもの
     「シラス」と「魂」と「教養」
     現代日本の教育には躾が欠如している
     日本を取り戻す

     ***


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  • 新刊『後世へ語り継ぎたい 美しく猛き昭和の軍人たち』


      ───────────────
    8月14日(日)に靖国神社でみなさまとご一緒に昇殿参拝を行います。
    事前申込は特に必要ありません。
    是非、ご一緒に英霊に感謝を捧げ、護国への決意を新たにしていきたいと思います。
    詳しい内容は↓コチラ↓
    https://nezu3344.com/blog-entry-5295.html

      ───────────────

    なぜ日本が強かったのか。日本人が、愛し愛され愛を知る国であり兵であったからです。愛されていない、愛を知らない兵士は弱い。日本人は愛を大切にする民族だから強かったのです。愛があるから、自分の意思で戦えるのです。「どーせむり」では、強制されて戦うことしかできません。
     昭和の戦いで散華されたすべての英霊に、そして生き残って戦後の復興のために努力されたすべての先輩たちに、深く感謝の意を表したいと思います。

    20220725 昭和の軍人
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    *******

     戦後、たいへんなベストセラー作家となり、数々の作品を発表した司馬遼太郎は、昭和の軍人について「まるでヌエのような醜い塊のような」と形容しました。私はその一文を、発表当時、「純粋にしっかり戦いながら、そのような理解にされてしまった哀しみを司馬遼太郎が述べたもの」と理解しました。
     昭和の軍人は、結果として敗軍となってしまったために、戦後、様々に論評されてきました。けれど、彼らのひとりひとりが、苦難という言葉では形容しきれないほどのすさまじい戦いに身を投じながら、その中にあって純粋に、かつ人として、一生懸命に生きたことを、私達は決して忘れてはいけないと思います。
     はじめに、いくつかの特攻隊隊員の遺書を紹介させていただきます。

    【特攻隊員の遺書】

    我が一生、ここに定まる
    お父さんへ、いふことなし。
    お母さんへ、ご安心ください。
    決して卑怯な死に方をしないです。
    お母さんの子ですもの。
    それだけで僕は幸福なのです。

    日本万歳、万歳、かう叫びつつ死んでいった幾多の先輩達のことを考へます。
    お母さん、お母さん、お母さん、お母さん! かう叫びたい気持ちで一杯です。
    何か言ってください。
    一言でも十分です。
    いかに冷静になって考へても、何時も何時も浮かんでくるのはご両親様の顔です。

    父ちゃん! 母ちゃん! 僕は何度でも呼びます。
    お母さん、決して泣かないでください。
    修が日本の飛行軍人であったことに就いて、大きな誇りを持ってください。
    勇ましい爆音を立てて先輩が飛んでいきます。
    ではまた。

    富田 修中尉 長野県出身 日本大学卒
    海軍第十三期飛行予備学生
    昭和19年9月3日台湾にて殉職 23歳


    西条の母上には幼時より御苦労ばかりおかけし、不孝の段、お許し下さいませ。
    今回帝国勝敗の岐路に立ち、身を以って君恩に報ずる覚悟です。
    武人の本懐此れにすぐることはありません。
    鎌倉の御両親に於かれましては、本当に心から可愛がっていただき、その御恩に報いる事も出来ず征く事を御許し下さいませ。
    本日、帝国の為、身を以って母艦に体当たりを行い、君恩に報ずる覚悟です。
    皆様御体大切に。
    父上様、母上様

    教え子へ(第四十二期飛行学生へ)
    教え子は 散れ 山桜 かくの如くに

    里子殿
    何もしてやる事も出来ず散り行くことは、お前に対して誠に済まぬと思って居る。
    何も云わずとも、武人の妻の覚悟は十分出来て居る事と思う。
    御両親に孝養を専一と心掛け生活して行く様、色々思出をたどりながら出発前に記す。
    恵美ちゃん坊主も元気でやれ 行男

    関 行男大尉 愛媛県出身 海軍兵学校卒
    神風特別攻撃隊敷島隊
    昭和19年10月25日
    比島レイテ湾にて特攻戦死 23歳


    戦いは日一日と激しさを加えて参りました。
    父母上様、長い間お世話になりました。私も未だ十九才の若輩で、この大空の決戦に参加できることを、深く喜んでおります。
    私は潔く死んでいきます。

    今日の海の色、見事なものです。
    決してなげいて下さいますな。
    抑々海軍航空に志した時、真っ先に許されそして激励して下さったのは、父母上様ではなかったでしょうか。
    既に今日あるは覚悟の上でしょう。
    私も魂のみたてとして、ただただ大空に身を捧げんとして予科練に入り、今日まで猛特訓に毎日を送ってきたのです。
    今それが報いられ、日本男子として本当に男に花を咲かせるときが来たのです。
    この十九年間、人生五十年に比べれば短いですが、私は実に長く感じました。
    数々の思出は走馬燈の如く胸中をかけめぐります。
    故郷の兎追いしあの山、小鮒釣りしあの川、皆懐かしい思出ばかりです。

    しかし父母様にお別れするに当たり、もっと孝行がしたかった。
    そればかりが残念です。
    随分暴れ者で迷惑をおかけし、今になって後悔しております。
    お身体を大切に、そればかりがお願いです。
    親に甘えた事、叱られた事、皆懐かしいです。
    育子、昌子の二人は私の様に母に甘えたり叱られたり出来ないかと思うとかわいそうです。
    いつまでも仲良くお暮らし下さい。
    私も喜んで大空に散っていきます。
    平常あちこちにご無沙汰ばかりしておりますから、何卒よろしくお知らせ下さい。
    お願いします。
    御身大切にごきげんよう。

    神風特別攻撃隊 大和隊員
    一飛曹 塩田 寛 18才
    昭和19年10月26日 レイテ沖にて特攻戦死


    謹啓 御両親様には、相変わらず御壮健にて御暮しのことと拝察致します。
    小生もいらい至極元気にて軍務に精励いたしております。
    今までの御無沙汰致したことをお詫び致します。
    本日をもって私もふたたび特攻隊員に編成され出撃致します。
    出撃の寸前の暇をみて一筆走らせています。

    この世に生をうけていらい十有余年の間の御礼を申し上げます。
    沖縄の敵空母にみごと体当りし、君恩に報ずる覚悟であります。
    男子の本懐これにすぎるものが他にありましょうか。
    護国の花と立派に散華致します。
    私は二十歳をもって君子身命をささげます。

    お父さん、お母さん泣かないで、決して泣いてはいやです。
    ほめてやって下さい。
    家内そろって何時までもいつまでも御幸福に暮して下さい。
    生前の御礼を申上げます。

    私の小使いが少しありますから他人に頼んで御送り致します。
    何かの足しにでもして下さい。
    近所の人々、親族、知人に、小学校時代の先生によろしく、妹にも......。
    後はお願い致します。
    では靖国へまいります。

    四月六日午前十一時記す
    神風特別攻撃隊第二御盾隊銀河隊
    昭和20年4月7日

    海軍一等飛行兵曹 松尾巧 享年20才
    佐賀県出身 乙飛17期


     ***

     さて、いろいろな遺書を調べているときに、あるサイトに「特攻隊員は自らの死を飾りたかったのだ」と書いているサイトがありました。どのサイトか、あまりにも悲しくてすぐに閉じてしまったので、もうわかりません。知りたいとも思いません。戦後の浅薄な反日左翼的思考に染まりきり、血のにじむ魂の叫びを読んでさえ、そんな程度にしか思えない、そんなバカ者が日本人顔をして、いまこの世にいる事自体が私にはとても残念に思えます。

     日本国憲法の第一条には、何と書いてあるでしょうか。お近くにいる何人かの人に聞いてみてください。おそらく10人中9〜10人が答えられないと思います。「憲法を護れ」とか、「憲法9条を世界遺産に」とか、やかましく宣伝する割には、誰もその憲法を知らない。おかしくないでしょうか。これが戦後教育、戦後社会や戦後教育の実態です。都合の良い点だけを声高に主張し、あとは口にチャックで黙っている。そしてそのことを、より掘り下げて見てみれば、日本国内の、日本人のような顔をして日本語をしゃべる日本人でないごく一部の特定利権者たちにとってのみ都合の良い点だけが、美化されて声高に主張されているだけであることがわかります。それに易易と乗せられてしまった日教組の日本人の先生や、特定政党、特定宗教団体に、「自分の幸せ、家族の幸せのために」と洗脳されてしまった日本人こそ、あわれなものなのではないでしょうか。

     大日本帝国憲法の時代、大日本帝国憲法の第一条が「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す」は、誰もが知る日本の常識でした。戦後生まれの我々でさえ、暗唱出来る人が多いくらいです。戦前戦中は、100人に聞けば100人とも諳んじることができました。そこにある「統治す」を私達は「とうちす」と音読みするだけで、読めた気になっていますけれど、昔の人はその訓読みがわかりました。教えられていたからです。
    「統治す」の訓読みは「スメラヒ、シラス」です。
    「スメラヒ」は、スメラミコトの「スメラヒ」です。そしてもともとは「シメラフ」です。
    「シメラフ」は動詞で、これが名詞になると「シラス」です。ですから「統治す」は、「シラス、シラス」です。
    つまり、日本は天皇の「シラス」国であるということが、日本人の憲法の一番初めにくる考え方です。

     そして「シラス」とは、天皇がすべての臣民を「おおみたから」とするという意です。このことは、わたしたち日本人が、ごく一部の特権階級者によって隷属させられない、私有民にされない、支配されないことを表しています。
    世界の有色人種が、みんな欧米列強によって、モノとして私的に支配されていた奴隷制の時代に、日本は、民衆こそ宝であるという憲法を高らかに掲げたわけです。すごいことだと思います。

     そして権力からの自由を得た日本人は、誰もがその日本を護ることは、すなわち家族や身近な人たちを護ることであると、ごく自然に考えました。自分のことより、周囲の人を助けたい。守りたい。たとえそれによって自分の命が失われることになってでも、です。

     ところが戦前戦中においてさえも、そうやって自分たちが「おおみたから」としての幸せを与えられていることを理解できない人というのは、ごく一部ですが、いました。自分たちがいま幸せであること、「おおみたから」であることに感謝の心をもつどころか、自分が幸せであることが「あたりまえ」であって、国が戦争をしているのが良くないと主張する人たちです。
     天皇のシラス国、国民が「おおみたから」とされているからこそ、わたしたちが権力からの自由があり、だからこそ互いを思いやることができる人にやさしい社会が営まれ、みんなが貧しいかもしれないけれど、みんなが食えて幸せな社会を築いていたのです。ところがそのことが理解できない。理解できないどころか、まったく逆に考える。自分がちょっぴり不幸なのは社会のせいだという。
     戦時中にそんなことを言い出されたら、みんなが辛くても必死になって戦っているときなのです。それこそ人心を乱すことになる。だから当時の政府は、そういう人たちを逮捕投獄しました。

     戦後、そういう人たちが刑務所から出てきて、彼らの思い通りの政治や宗教をはじめました。それから70年以上が経ちました。歳月は「はじめの一歩」の歪みを拡大していきました。
     戦時内閣は東條英機首相でしたが、日本の陸軍の総帥であり、日本の最高権力者であった東條英機首相は、きっと個人で相当な蓄財をしていたに違いないとばかり、戦後GHQが徹底的に調べあげましたが、まったく何も出てこなかったというのは有名な話です。臣として本当に民のために尽くし、丸裸になって生き、戦後処刑された人と、ウシハク存在となって、個人の蓄財をし、自分だけが良い思いができる組織をこしらえた人。その心の違いが、上にご紹介した遺書にも明確に現れているといえるのではないでしょうか。

     遺書を読んだらわかります。愛があるから戦えたのだと。
     なぜ日本が強かったのか。日本人が、愛し愛され愛を知る国であり兵であったからです。愛されていない、愛を知らない兵士は弱い。日本人は愛を大切にする民族だから強かったのです。愛があるから、自分の意思で戦えるのです。「どーせむり」では、強制されて戦うことしかできません。
     昭和の戦いで散華されたすべての英霊に、そして生き残って戦後の復興のために努力されたすべての先輩たちに、深く感謝の意を表したいと思います。

     なお、軍人は、時期によって階級が変化します。そこで本書では、わかりやすさを優先するために、階級名は、最終階級で統一しています。このため、大佐としてお亡くなりになられた方は、生まれたときから大佐として表記していますが、ご理解を賜われればと思います。

    ********

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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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