• 検疫機能を持っていた太宰府のお話


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     3月6日 小名木善行


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    日本と台湾の絆


    おもしろいのは大宰府が九州の筑前にしか置かれていないことです。
    歴史を振り返ると、吉備の国に、ほんの一時期、できたての渤海国との交易管理のための監督官庁として吉備大宰府が置かれたことがありますが、こちらはすぐになくなってしまいました。渤海国との日本海交易には、大宰府は必要ないとみなされたからです。
    他に大宰という名を冠した政庁はありません。
    対外的な人の出入りの監督官庁は唐の国にもありますが、唐での名称は「都督府」です。
    私達は、大宰府という名を冠した役所が筑前に置かれたことの意味を厳粛に受け止める必要があります。


    太宰府の政庁跡
    20200313 大宰府政庁跡
    画像出所=https://hanami.walkerplus.com/detail/ar1040e60336/
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    新型コロナウイルスが話題になっていますが、実は、そうした疫病と、かつて九州に存在した「太宰府(だざいふ)」が大いに関係していたというお話です。

    大宰府といえば防人たちが活躍した古代から中世にかけての我が国の国防の最前線として有名です。
    この大宰府、いまではすっかり「だざいふ」と読むのが一般化していますが、もともとは訓読みして
    「おほ みこともち の つかさ」
    と呼ばれていました。

    今風に意訳すれば「大君の詔(みこと)をもって設置された府(つかさ)」という意味になります。
    「だざいふ」と言われても、なんのことだかピンときませんが、このように訓読みで言われると、「なるほど」とわかりやすくなると思います。

    問題はその「おほ みこともち の つかさ」に「大宰府」という漢字が当てられたことです。
    「つかさ」は「君命をつかさどるところ」という意味ですから、お役所を意味する「府」でおかしくはありません。
    国府(くにのつかさ)といえば、中央から派遣された国司がいるところです。
    ちなみに国府も国司も、訓読みはどちらも「くにのつかさ」です。
    言い換えれば国司=国府であったわけです。

    そもそも大宰府の置かれた筑前国には、ちゃんと大宰府の他に国府がありました。
    有名なところでは、筑前の国司に山上憶良(やまのうえのおくら)がいました。
    そしてその時代の大宰府の帥(そち、長官のこと)が大伴旅人(おほとものたびと)です。

    つまり通常の国府としての行政をこなす国司の他に、筑前にだけ、別に大宰府が置かれていたわけです。
    しかもその名の「大宰(おほ みこともち)」は、天皇の命令によって特別に設置されたとわざわざ宣言されています。


    20191123 万葉集表紙1200
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  • 四度あった南京事件


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     3月6日 小名木善行


    南京事件だの虐殺だのという議論になったら、みなさまにお願いがあります。
    それを言う方に対して
    「どの南京虐殺事件のことなの?」
    と質問していただきたいのです。
    そうして事実をきちんと調べ上げれば、日本軍による南京大虐殺など起こりようがなかったし、実際には同じChina人による南京に住むChina人への虐殺、暴行、陵辱、収奪、強姦、殺戮の歴史がおのずとあきらかになってくるからです。


    日本軍占領当時に良民証をつけた南京の子供の笑顔
    20200306 良民証をつけた南京の子供
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    中共がいう南京大虐殺はねつ造です。
    ただし南京には、実際に起こった虐殺事件があります。
    こちらは史実です。

    その南京虐殺事件とは、以下の4つです。

    1 第一次南京事件(大正2(1913)年)
      張勲軍が南京に乱入し、城内の民間人に対して
      虐殺、強姦、略奪を行った事件
    2 第二次南京事件(昭和2(1927)年)
      国民党の国民軍が騙し討ちのような形態で南京
      に入り込み、
      城内で虐殺、強姦、略奪を行った事件。
    3 第三次南京事件(昭和12(1937)年)
      南京に陣取った国民党軍が、
      日本軍がやってくるからと城内で
      虐殺、強姦、略奪を行った事件。
    4 第四次南京事件(昭和24(1949)年)
      中共軍が南京を制圧し、資本家らを襲い虐殺、
      強姦、略奪を行った事件。

    1~2では、在留邦人も被害にあいました。
    3は、中共政府が宣伝する南京大虐殺よりも「前」にあった出来事です。
    4は、昭和24年ですから、すでに大東亜戦争も終わり、日本とはまるで関係のない中で起きた事件です。

    以下、順にその概要をみていきますが、これを見ると、いかに大陸の流儀というのが、被害者を加害者に、加害者を被害者にすり替えるいい加減なものかがわかります。

    ちなみにこの「四度あった南京事件」の記事は、2012年3月8日に当ブログ書いた記事ですが、おかげさまでその後動画にもなり、またあちこちのサイトに転載され、いまでは結構、知られるようになりました。



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  • 祖国遥(はる)か


    この物語は、何度ご紹介しても長春駅前での三人の女性の死のところでは、不覚にも涙でパソコンの画面が見えなくなってしまいます。
    お地蔵さんが建立されている青葉園は、さいたま市にあって、その中央に「青葉慈蔵尊」があります。
    何度か献花に行かせていただきました。
    また村田春樹先生をはじめ、いまもゆかりの人たちが毎年集って慰霊祭を行っています。


    満洲時代の長春駅
    20200305 長春駅
    画像出所=https://aucfree.com/items/p716623530
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    最初にこの物語をブログでご紹介したのは2011年のことです。
    すると不思議なことにネット上で、
    「この話は嘘っぱちだ」
    「ただの作り話にすぎない」
    などといった批判が相次いで起こりました。

    私自身は、もちろんその時代に居合わせたわけではありませんし、被害に遭われてお亡くなりになられた看護婦の方々と直接お会いしたわけでもなければ、その場を見てきたわけでもありません。
    ですからどこまでが史実で、どこまでが創作なのかはわかりません。

    ただこのような物語があり、そしてその短くも悲しい生涯を惜しんで、さいたま市の青葉霊苑に慰霊塔が建てられていることは事実です。
    そしてその慰霊塔には、いまもご遺族の方々等による献花が絶えずに続いています。
    そのさいたま市の霊園にある慰霊塔が、上にあります「青葉慈蔵尊」です。

    お地蔵さんならば普通は「地蔵」と書くところを、その像は「慈蔵」と書いています。
    そこに語り継がなければならない何かがあると私は思います。

    同様のケースは、他にも多々あったものと思われます。
    実際にはもっと悲惨な現実がたくさんあったのが事実です。
    そしてこの物語には、伝えなければならない大切なものがぎっしりと詰まっているように思います。

    本稿は、日本航空教育財団の人間教育誌「サーマル」平成18年4月号に掲載された「祖国遙か」をもとに書かせていただいた2011年3月の記事のリニューアルです。
    また、物語のご紹介に際して「看護婦」という用語を用います。
    いまでは「看護師」と呼びますが、ほんの何十年か前までは「看護婦」という呼び名が普通だったからです。

     *

    お地蔵さんの建立には、堀喜身子(ほりきみこ)さんという元看護婦の婦長さんだった方が深く関係しています。
    掘喜身子さんは、幼い頃から病人を看護することが大好きな女の子でした。

    彼女は昭和11(1936)年に女学校を出ると、すぐ満洲に渡り、満洲赤十字看護婦養成所に入所しました。
    そこで甲種看護婦三年の過程を修め、郷里の樺太・知取(シリトリ)に帰って樺太庁立病院の看護婦になっています。

    昭和14(1939)年の春、彼女は医師の堀正次と結婚しました。
    結婚して1年目の春、堀喜身子さんのもとに、召集令状がやってきました。
    令状を受けた一週間後には、彼女は単身で、任地の香港第一救護所に出発しています。

    まもなく彼女の任地は上海に移り、次いで満洲国牡丹江、さらにソ連との国境に近い虎林(こりん)の野戦病院へと移りました。
    野戦病院には、他に48名の看護婦がいました。


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  • 徳川家康と大阪経済


    家康が行った行動は、現代風に言うならば、コンゴなどの資源原産国が、西欧商業国と戦って勝利して、原産国中心型の世界体制を築いたようなものです。
    これはすごいことです。世界で、同様のことを成し遂げ、成功した国は、他にないのです。


    20200308 大阪城
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    徳川家康が豊臣家を滅ぼした(戦った)意味について書いてみようと思います。
    家康が、関ヶ原の戦い、その後に続く大阪冬の陣、夏の陣で徳川家康が豊臣氏を滅ぼしたことは、誰でも知っていることです。
    ところが、どうして家康がそうまでして豊臣家を滅ぼしにかかったのかという点になると、たいていの解釈がこれを単に家康の名誉欲ととらえて、「家康が天下を欲しがったため」としています。

    本当にそうなのでしょうか。

    家康が征夷大将軍であった期間は、わずか2年です。
    もし家康が望み通りに天下を得たというのなら、どうしてせっかく念願の征夷大将軍になったのに、これをたった2年で手放したのでしょうか。

    1600年に関ケ原の戦いに勝利した家康は、1603年に征夷大将軍に就任しています。
    しかしわずか2年後の1605年にはこれを返上し、将軍職を息子であり秀吉の血統である秀忠に将軍職を譲っているのです。

    亡くなったのは、それから11年目の1616年のことです。
    将軍になりたかった、天下を取り、武家の棟梁として征夷大将軍になりたかったという論では、家康が2年で将軍職を返上した理由の説明がつきません。

    さらにいえば、
    大阪冬の陣は関ヶ原の戦いの14年後です。
    大阪夏の陣は、その翌年(1615年)、つまり15年後です。


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  • 今日は二・二六事件(ににろくじけん)があった日


    日本の正気を取り戻す。
    これこそが現代日本に生きる私たちに課せられた最大の使命です。
    現下の政治状況に、腹立たしい思いを深くしている人は多いと思います。それをあおる人たちもいます。けれど、そのあおる人たちも、現実にクーデターを起こすかといえば、それはしていません。
    やはり血気に流行る気持ちを、ちゃんと抑制しておいでです。


    20200220 二・二六事件
    画像出所=https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=23023004667
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    2月26日は、昭和11年(1936年)に、二・二六事件(ににろくじけん)があった日です。
    この事件は陸軍の青年将校らが1,483名の下士官兵を率いて大臣らを襲撃した事件で、大蔵大臣だった高橋是清(たかはしこれきよ)や、内大臣の斉藤実、陸軍教育総監の渡辺錠太郎らが死亡しています。
    事件の背景となっていたのは、「空飛ぶ鳥さえ影を見せぬ」と言われた東北地方などでの大規模な飢饉です。

    そのときの情況を、当時の秋田魁新聞が伝えています。
    引用します。

    *********
    秋田魁新聞『凶作地帯をゆく』
    昭和9年(1934)年10月26日
    http://www.pref.akita.jp/fpd/rekishi/rekishi-index.htm

    「秋晴れの鳥海は清らかな山姿を、
     紺碧の空にクッキリ浮かせている。

     しかし、山裾にある町村は、
     未曾有の凶作に悩み、
     木の実・草の根、
     人間の食べられるものは
     全部刈り取り掘り尽くし、
     米の一粒だに咽喉を通すことのできぬ
     飢餓地獄にのたうつ惨状、



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  • 日本は歴史を通じて奴隷がいなかった国


    奴婢は、訓読みすれば「奴(やっこ)と婢(かかあ)」です。
    奴(やっこ)というのは、朝廷では下級官吏のことで、婢(かかあ)もまた同じです。
    地方豪族であれば、奴婢(やっことかかあ)は、やはりその地方豪族の家で働く下級職員です。
    つまりいまで言うなら、奴婢というのは、国家公務員や地方公務員のことを言います。


    写真のような国といっしょにされたくない。
    20200219 奴隷
    画像出所=https://www.wikiwand.com/ja/%E5%A6%93%E7%94%9F
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    日本は歴史を通じてslaves(奴隷)、slavery(奴隷制)が全く存在しなかった国です。
    このような意見の発信をすると、外国人から、徹底的にこれを否定する(受け入れない)という反応が帰ってくることがあります。
    それもそのはずで、彼らはそれが文化です。

    死の5段階受容説というのがあって、人は自分が死ぬのだという衝撃的な事実に出会ったとき、ほぼ必ず同じ行程を経ていくとされます。
    簡単に申し上げると、次の5段階です。

    1.否認:頭では理解しようとするが、感情的にその事実を否認している段階。
2.怒り:「どうして自分がこんなことになるのか」というような怒りにとらわれる段階。
3.取引:神や仏にすがり、死を遅らせてほしいと願う段階。
4.抑鬱:回避ができないことを知る段階。
5.受容

    これは「死の受容」プロセスを研究した精神科医にエリザベス・キューブラー=ロスの5段階説ですが、死に限らず、衝撃的な事態にであったときの反応は、ほぼこの形になると言われています。
    欧米人の場合、こうした反応がやや露骨に出る傾向があるのですが、日本人の場合は、最初の「否認・孤立」が起きても、言葉や仕草、態度の上では、これをやや曖昧にする傾向があります。

    たとえば医師からガンの告知をされ、余命何ヶ月と言われたとき、日本人は内心では必死にその事実を否認するのですが、心配した家族が「大丈夫?」と聞けば、笑顔で「ああ、これくらい大丈夫さ」と答える。
    「どうして自分がこんなことになるのか」という怒りよりも、むしろ悲しみの気持ちの方が大きいし、悲しくても人前では涙を見せずにいようとする。
    神仏にすがるにしても、取引よりも、むしろ勇気をくれと願う。
    鬱になっても、笑顔とやさしさを絶やさない。



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  • 新型コロナウイルスと日本古来の伝統の持つ意味


    感染症対策としての3つ。
    1 政策
    2 手洗い
    3 日本式挨拶
    たったこれだけで、世界ではありえないほど衛生環境を守ってきた日本。
    私たちは、あらためて日本古来の伝統の持つ意義を見直してみる必要があるといえるのではないでしょうか。
    昔からある伝統には、ちゃんと意味があるのです。


    手水処(てみずどころ)
    20200220 手水
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    昨日の記事で、中国の王朝の交替は、常に「疫病(えきびょう)」と「飛蝗(ひこう)」によると書かせていただきました。
    もう一度整理しますと、
    「疫病」とは、ペスト、天然痘、コレラ、赤痢などの感染性の病気です。
    たとえば14世紀に元が滅んで明になったとき、元の人口はおよそ1億3千万だったものが、およそ3千万人に減っています。原因は疫病です。
    17世紀に明が清にかわったときも、明の人口は最盛期およそ9千万人だったものが、清が王朝を築いたときにはわずか2460万人に減っていました。
    数千万単位で死者が出て、人口が3分の1以下に減っているのです。

    そして同時に起きているのが「飛蝗(ひこう)」です。
    これはトノサマバッタの変異種のことで、普段はなんてことないトノサマバッタが、ある一定の密度以上に生まれると、身体が黒く大きく変異し、数億匹の単位で、飛来し、一帯のありとあらゆる食べ物を食べつくします。
    「飛蝗」の去ったあとには、食べ物は何一つ残らず、人には餓死が待っています。
    チャイナの場合、もともと人肉食の習慣がありますから、穀類がなくなれば人の肉を食べます。
    これは食習慣の問題で、残酷とかそういうことではありません。
    そうしなければ生きていくことができないから、日頃からそのような習慣が生まれているわけです。
    民族としての生き残りのための知恵であって、そのことをとやかく言うことは間違っています。

    ところが一定以上に死者が発生すると、埋葬が間に合わず、遺体にハエがたかり、ウジがわきます。
    そして腐乱した屍体から、今度は伝染病が発生します。
    その意味では、「飛蝗(ひこう)」と「疫病(えきびょう)」によって政権がかわることは、ニワトリが先かタマゴが先かの議論のようなもので、どちらが先とは言い難いところがあります。

    いずれにしても、身内を失い、食べるものさえもなくなった人々は、難民となって周辺国に流入します。
    その一番の被害者となるのが、北方遊牧民で、このために北方遊牧民が中原(ちゅうげん)《チャイナの中央地帯のこと》に侵入して、新たな王朝を建てました。
    昨日も書きましたが、これが「天(あらた)まり、皇帝の(か)わる」という「易姓革命」の意味です。

    そしていま、アフリカで発生した飛蝗(ひこう)は、インド北部からチャイナに向けて飛翔中です。
    その数、なんと4000億匹。



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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
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