• 苦労が育てた和泉式部の魂の歌


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    百人一首に登場する百人の歌人のなかで「誰か一人好きな歌人は?」と聞かれたら、迷わずいの一番にお答えするのが和泉式部(いずみしきぶ)です。
    たぶん、同じ思いを持つ方は多いと思います。
    そしておそらく古今の歴史上、最高の歌人といえば、和泉式部を置いて他にないと思います。

    20170420 百人一首塾 和泉式部_th



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    小名木善行です。

    和泉式部は平安日記文学の代表『和泉式部日記』でも有名な女性です。
    和漢に通じ平安時代を代表する女流文学者である和泉式部が、晩年、自らの死を前にして詠んだ歌が百人一首に収蔵されています。

     あらざらむこの世のほかの思ひ出に
     いまひとたびの 逢ふこともがな

    歌の意味は、
    「私はもう長くはいきていない(在らざらん)ことでしょう。
     けれどこの世の最後の思い出に、
     今一度あなたに逢いたいです」
    というものです。
    この時代の「逢ふ」は、男女が関係するという意味がありますから、ここでの「もう一度逢いたい」は、「あの人にもう一度逢いたい、抱かれたい」という意味が込められます。
    ストレートにも思える愛情表現です。

    それだけなら、「ああ、そういう思いもあるのだなあ」という程度の話にしかならないかもしれません。
    なかには「だから和泉式部はエッチな女性だったのだ」などと、下品な論評をしている先生もいます。
    和歌に少しでも興味を持ってもらおうという気持ちからだとお察ししますが、そこまで品を落とさなくても、和泉式部は、ちゃんと解説したら、誰もが感動する歌です。

    この歌で和泉式部は「あなたに逢いたい、抱かれたい」と歌っているわけですが、ところがこの歌を詠んだときの和泉式部は出家して尼さんになっていたのです。
    尼さんというのは、色恋を含めて俗世のすべてを捨てて御仏に仕える人です。
    そしてこの歌を詠んだとき、和泉式部は、すでに余命幾ばくもなく、相手の男性は、もしかすると既にお亡くなりになっている男性なのです。



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  • 赤染衛門 やすらはで 寝なましものを さ夜更けて かたぶくまでの月を見しかな


    次回倭塾は7月17日(土)13時半から富岡八幡宮婚儀殿、テーマは「幻の極東共和国と古代の日本」です。
    詳細は→https://www.facebook.com/events/884676452313311


    赤染衛門のこの歌は、単に、友人の代作をしたというだけではありません。
    思いやりをたいせつにすることによって、きわめて安定した社会が築かれたこと、
    そしてひとりの女性の小さな思いやりの歌が、ひとりの男をたくましく成長させ、その男の未来を開いたこと、
    そこにこそ、この歌が500年の歴史を描いた一大抒情詩としての百人一首の中盤に置かれた意味があるのだということができます。
    いやあ、百人一首って、本当に奥が深くておもしろい。


    20170729 赤染衛門
    画像出所=https://blogs.yahoo.co.jp/tcfhj507/19197588.html
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     やすらはで
     寝なましものを
     さ夜更けて
     かたぶくまでの
     月を見しかな


    小倉百人一首五十九番にある赤染衛門(あかぞめえもん)の歌です。
    歌を現代語訳しますと、
    「あなたが来ないとわかっていたら
     さっさとやすらいで寝てしいましたものを、
     夜が更けて、
     西に傾く月を見てしまいましたわ」
    といった意味になります。

    たいへんにわかりやすい歌で、この現代語訳は、たいていのどの本をご覧頂いても、同じ訳が書かれています。
    なぜならこの歌には、後拾遺集に詞書(ことばがき)があり、そこに次のように書いてあります。
    「中関白少将に侍りける時、
     はらからなる人に物言ひわたり侍りけり。
     頼めてまうで来ざりけるつとめて、
     女に代りてよめる」です。

    「女に代りてよめる」ですから、赤染衛門は、誰か、他の女性に代わってこの歌を書いているわけです。
    現代語に訳すと、
    「後に中関白にまで出世することになる
     藤原道隆さまが
     まだ少将だった時代に、
     自分の『はらから』
     つまり姉妹同然の女性の友達のところに
     来るといって来なかったので、
     その女性に代わって
     詠んであげた歌です」
    となります。

    それで、
    「朝まで起きて待っていたけれど、
     さっさと寝てしまえば良かったわ」と詠んでいるわけです。
    ただそこから、ただの皮肉や愚痴しか読み取らないのでは、この歌がすこしもったいないです。

    というのは、この歌は、百人一首の59番という、1番から100番までの歌の、ちょうど真ん中、つまり500年続いた日本の安定と繁栄の時代の、まさにそのピークとなった中盤を代表する、9首の女流歌人の歌の中のひとつとして、百人一首は紹介しているからです。
    つまりこの歌は、平和と繁栄の、ひとつの象徴の歌でもあるわけです。

    この歌を詠んだ赤染衛門は、清少納言よりも10歳年上、和泉式部や紫式部からみるとおよそ20歳年上にあたる先輩女性です。
    藤原氏の全盛期を築き、有名な
     この世をば わが世とぞ思ふ 望月の
     欠けたることも なしと思へば
    と即興歌を詠んだ、藤原道長の妻である源倫子(みなもとのりんし)に仕えました。
    この二人の夫妻の娘が中宮である藤原彰子(ふじわらのしょうし)で、その彰子に仕えたのが、紫式部や和泉式部です。

    その紫式部が、赤染衛門について、紫式部日記で次のように書いています。
    「丹波守の北の方をば、宮、殿などのわたりには、匡衡衛門とぞ言ひはべる。ことにやむごとなきほどならねど、まことにゆゑゆゑしく歌詠みとてよろづのことにつけて詠み散らさねど、聞こえたるかぎりは、はかなき折節のことも、それこそ恥づかしき口つきにはべれ。
    ややもせば、腰はなれぬばかり折れかかりたる歌を詠み出で、えも言はぬよしばみごとしても、われかしこに思ひたる人、憎くもいとほしくもおぼえはべるわざなり。」


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  • 大中臣能宣と素性法師


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    和歌は「察する文化」です。
    相手の良心を信じ、察し、一緒により高みに達していこうとするのが和歌の文化です。
    そして、それこそが日本の心だと思います。

    現代の御垣守の衛士、皇宮警察
    20210614 皇宮警察
    画像出所=http://www.ffvideo.biz/blog/2016/12/ffkicyou.html
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    百人一首の四十九番歌の御垣守の歌です。

     御垣守 衛士のたく火の 夜は燃え
     昼は消えつつ ものをこそ思へ


    この歌の一般的な解釈は、要するに恋の歌だというもので、
    「御垣守のたく篝火のように、
     (私の恋心は)
     夜は燃えるけれど、
     昼間は消えてしまう。
     これって何なのでしょうね」
    なのだといいます。

    どうやら訳者の解釈によれば、作者の恋心は、夜は炎のように燃えるけれど、昼間は消えてしまうらしいです。
    恋心がいつ燃えるかは本人の勝手ですが、昼間消えてしまうのは困ったものです。
    お調べいただいたらわかりますが、たいていの解説書が、そのような解釈をしています。

    和歌をどのように解釈するかは、読む人の勝手です。
    ですから、恋心が夜しか燃えない(萌えない?w)という解釈であっても、それはその人の解釈なのですから、それはそれで否定はしません。

    ただ、この歌を詠んだ大中臣能宣朝臣(おほなかとみよしのぶあそん)で、神祇大副(じんぎだいふく)といって、神祇官(かん)の副長官だった人です。
    この時代、天皇直下の機構として、太政官、神祇官、弾正台の3つの役所が置かれていました。

    太政官というのは、会社でいえば経営企画部で、企画部が考案したことは、役員会の決裁を経て全国の営業店に示達(じたつ)されます。
    そしてこの時代、その示達機構の役割を担っていたのが神祇官です。

    その神祇官は、一般には天皇の行われる祭祀のお手伝いをするところと説明されますが、その機能はそれだけではありません。
    神祇官は全国の神社を統括し、神社のネットワークを通じて、全国の津々浦々に中央政府の意向を示達するという大事な機能がありました。
    この時代、中央で例えば大化という元号が決まりますと、全国津々浦々におよそ三日もあれば完全に示達が行き届いたと言われていますが、そこには「全国の神社を神祇官が統括する」という朝廷の機能があったわけです。

    作者の大中臣能宣朝臣は、その神祇官の大副、つまり副長官です。
    いわば、神社界のナンバー2です。
    とても偉い方なのです。
    そのような偉い方が、果たして「私の恋心は夜しか萌えません」などという、アホな歌を詠むでしょうか。



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  • 「あ(吾)」と「な(汝)」と「わ(和)」の世界観


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    「やまとの国」は、すべての人が互いの霊性を神聖として認め合う、大いなる和の国なのだ、というのが、古代における日本という国への理解です。
    日本語はおそろしいほどの深みを持った言語です。
    古代の日本人はすごいことを考えたものです。

    20151218 紙芝居古事記
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    記紀では、神代において、自分のことは「吾(あ)」と呼びます。
    相手のことは「汝(な)」です。

    「あ」は、上を向いて「あ」と発声したらわかりますが、内側から出て広大な宇宙とつながるものです。
    そこから「あ(自分)」は、自分のなかにある広大な神聖としての霊(ひ)を意味します。

    「な」は、核となる重要なもので、たとえば「なら(奈良)」といえば、「神聖な(な)、場所(ら)」だから、「なら」が「みやこ」になりました。
    ちなみに「み」は敬いを表す接頭語で、「や」は「屋根のある建物」、「こ」は「米蔵」を意味します。
    つまり災害対策のために、全国から集めた大切なお米を貯蔵し管理し、いざ災害というときには、被災地の人たちが飢えに苦しむことがないように、しっかりと面倒を見るたいせつな場所だから「み・や・こ」です。

    そしてそうして誕生した「みやこ」を、さらに大型化して、国家としての神聖な場所にしようとしたから、付いた名前が「な・ら」の「みやこ」になったわけです。

    その「あ」が、相手に向かって、
    「汝(な)は誰(たれ)そ」と問います。
    つまり「あなたは誰ですか?」と聞いているわけです。



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  • マルかバツかではない、もうひとつの思考


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    たいせつなことは、どちらの解釈が正しいのか、といったマルかバツかにあるのではありません。必要なことは、何をたいせつにして生きるかであり、日々、より良い判断を積み重ねながら、よりよい未来を切り開くことです。

    20170403 待賢門院堀河
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    百人一首の80番に、待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)の歌があります。

     ながからむ心も知らず黒髪の 
     乱れてけさはものをこそ思へ

    一般に、黒髪の乱れというのは、後朝(きぬぎぬ)といって、情事の翌朝のことを言います。
    ですからこの歌は、表面上は恋の歌であり、「黒髪の乱れて」というところに情事の後のエロティックな雰囲気が現れた歌であり、そんな髪を気にする女性ということで、百人一首の絵札では、待賢門院の堀河は、必ず手鏡を持った姿に描かれています。

    しかし、そうと決めつけるばかりが歌の鑑賞ではない、というのが今日のお話です。

    和歌を詠んだ歌人が、どのような思いでその歌を詠んだのか。
    本人に聞いてみなければ、そんなことはわかりません。
    けれど仮に本人に聞いてみたところで、人の心は十界互具(じゅっかいごく)といって、一瞬の中に三千の千々の思いがあるものです。
    言葉にできるのは、そのひとつにすぎず、ですから言葉はその人の一瞬の思いを述べるにとどまります。

    日本の和歌の文化のおもしろいのは、その千々に乱れる一瞬の思いを、言葉をできるだけすくなく削ぎ落としていくことによって、逆に、短い言葉の中に様々な思いを込めることに成功した文化である、という点です。
    ですから和歌の鑑賞は、読み方次第で、様々な解釈が可能になります。

    そして和歌というのは、歌人が、そのときの万感の思いを歌に託したものでもあるわけですから、鑑賞にあたっては、その歌人や、歌の背景を考えながら、鑑賞させていただくことになります。

    百人一首は、そうして過去に詠まれた様々な歌のなかから、藤原定家が百人の歌人の百首の歌を用いて、百首すべてで一首の歌になるように編纂した一大抒情詩とみることができます。
    そうであれば、この80番目に配置された歌は、百首全部の中のいち要素として配置されていることになります。



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  • 十七条憲法第四条「以礼為本」


    4月17日(土)13時半から第82回 倭塾を開催します。
    詳細は↓から。
    https://nezu3344.com/blog-entry-4847.html


    「礼」の意味は、相手を心底敬(うやま)うことです。
    ひとりひとりを大切に。それは十七条憲法以来の、日本人の精神性と社会秩序の根幹です。
    また、「礼を失った者は、必ず悪事に走る」ということも、とても重要な箇所ですので、ぜひとも覚えておきましょう。

    20210321 礼儀
    画像出所=https://www.irasutoya.com/2018/09/blog-post_98.html
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    十七条憲法の逐条解説です。
    これまでの解説《総合解説第一条第二条第三条
    第四条は「以礼為本」です。

    第四条
    《原文》
    四曰
    群卿百寮 以礼為本
    其治民之本 要在乎礼
    上不礼而下非斉 下無礼以必有罪
    是以
    群臣有礼 位次不乱
    百姓有礼 国家自治


    《読み下し文》
    群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)
    礼(うや)をもって本(もと)とせよ
    それ民(たみ)を治(おさ)むるの本は、かならず礼にあり。
    上(かみ)に礼なきときは下(しも)斉(ととの)わず
    下(しも)礼なきときは、もって必ず罪あり。
    ここをもって群臣に礼あるときは位次(いじ)乱れず。
    百姓(ひゃくせい)礼あるときは国家自(おのずか)ら治(おさ)まる。


    《現代語訳》
    国家の官僚や議員は、礼を根幹としなさい。
    民衆を治めるための根幹は、必ず礼にあります。
    上に立つ者に礼がなければ、下にまとまりがつかず、
    下にある者に礼がなければ、必ず罪が生まれます。
    国家の官僚や議員に礼があるときは、世の中の秩序は乱れず、
    百姓(ひゃくせい)に礼があるときは、国家はおのずから治まるものです。



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  • 十七条憲法第三条「承詔必謹」


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    みんなにはかり、みんなで決め、決まったら、みんなで実行し、四の五のと途中で文句は言わない。決められたことは途中で投げ出すことなく、きちんと果たしていく。
    それは責任感であり、大脳新皮質や肉体の遺伝子が持つ利己的な行動や、いたずらに対立をあおる思想ではなく、ものごとを霊(ひ)で受け止めて自他ともに一体であるとする清陽(すみてあきらか)な思想です。
    そういうことを、私達の祖先はたいせつな文化として育んできたのです。

    20210401 高天原
    画像出所=https://youtu.be/4Mexv3nnBtM
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    小名木善行です。

    十七条憲法の逐条解説です。
     第一条「以和為貴」https://nezu3344.com/blog-entry-4813.html
     第二条「篤敬三宝」https://nezu3344.com/blog-entry-4818.html
    今回が「第三条・承詔必謹」です。

    これまでの流れとして、十七条憲法は第一条で先ず「和することを第一として、上下心を合わせてちゃんと議論しなさい」とし、続く第二条で「その議論にあたって仏法僧を敬う心を持とう」と説いていました。
    続く第三条は、議論が決まったらどうするか、ということが描かれます。

    第三条
    《原文》
     三曰
     承詔必謹
     君則天之 臣則地之
     天覆地載 四時順行 万氣得通
     地欲覆天 則致壊耳
     是以
     君言臣承 上行下靡
     故承詔必慎 不謹自敗


    《読み下し文》
    三にいわく
    詔(みことのり)を承(う)けては必ず謹(つつし)め。
    君(きみ)をば則(すなわ)ち天(あめ)とし、臣(おみ)をば則ち地(つち)とせよ。
    天(あめ)が覆(おお)い、地(つち)が載せて四時(よつのとき)順(めぐ)り行(ゆ)き、万気(よろずのしるし)は通うことを得(え)む。
    地(つち)、天(あめ)を覆わんと欲するときは、則ち壊(やぶ)るることを致さむのみ。
    ここをもって、君(きみ)言(のたま)えば臣(おみ)承(うけたまわ)り、上(かみ)行なえば下(しも)靡(なび)く。
    ゆえに詔(みことのり)を承(う)けては必ず慎(つつし)め。
    謹(つつし)まずんばおのずから敗れん。




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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
むすび大学事務局
E-mail info@musubi-ac.com
電話 072-807-7567
○受付時間 
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定休日  木曜日

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