• 「へそまがり」と「ないものねだり」


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    「事実」に基づいて考える。
    そして時系列に連続する「事実」が、合理的かつ客観的に再現可能性が極大になるように、ストーリーを組み立てる。
    歴史学というのは、本来、そういうものです。
    年号や事件名や、誰かの「意見」を鵜呑みにするのが歴史学ではありません。
    ですから、「そんな話、どの本に書いてあるのか根拠出典を示せ」というのは、言ってみれば、「だってぇ、ママがそう言ってたもん!」と言い張っている子供と同じです。

    20201109 秋
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    イソップ物語に次のお話があります。

    【キツネと酸っぱいブドウ】
    ある日、キツネはみずみずしいブドウが高い木からぶら下がっているのを見つけました。
    ブドウは本当に美味しそうでしたから、キツネは長いこと見つめていました。
    ブドウが食べたくてたまらなかったのです。
    キツネはとても高くとび上がりましたが、ブドウを取ることはできません。
    何度とび上がっても、ブドウには手が届きませんでした。
    キツネは疲れておなかも空いていました。
    キツネは座り込んで、ブドウを見つめて言いました。
    「私って本当に馬鹿みたい!
     何度とび上がってもブドウは取れない。
     おかげでとても疲れたし、
     おなかもペコペコだわ。」
    ついにキツネは、ブドウに対して本当に腹を立てて叫びました。
    「どうせあんなブドウはおいしくないわ。
     きっと酸っぱくてまずいわよ。
     もう食べなくていい!!」
    キツネは「あのブドウは酸っぱい」と言いました。
    でも本当は食べたくて仕方がなかったのです。
    キツネは捨て台詞を吐いて立ち去りました。

     *

    【ラクダと角(つの)】
    ラクダは、角(つの)の自慢をする強そうな牛を見て羨ましくなって、自分も同じものを手に入れたいと思いました。
    そこでゼウスの所へ出かけて、角を授けて欲しいとお願いしました。
    するとゼウスは、大きな体と強い力に満足せず、余分なものまで欲しがるとはもってのほか、と立腹して、角をくっつけてやらなかったばかりか、耳の一部を取り去ってしまいましたとさ。


    ***

    同じような話を二話ご紹介しました。
    古い昔に読んだ記憶をお持ちの方も多いと思います。
    この二つのお話は、いずれも「ないものねだり」の愚かしさの物語とされています。
    しかし腹が減ったときにキツネがブドウを求めたのは合理的思考であり、体の大きなラクダが、さらに強くなろうと角(つの)を求めることもまた合理的なものです。
    同時に、これらは、キツネには食べ物がないこと、ラクダが牛より喧嘩に弱かったことを意味します。

    実は「思想」も、これと同じで、何かの思想があるということは、その思想が理想とする社会がないことを示します。
    民主主義を理想とする社会は、実は少数の大金持ちに支配され、多くの民衆が隷属させられているという、支配被支配の社会であって、実はそこに民主主義はない。
    あるいは自由主義を理想とする社会には、実は自由がない。
    共産主義を理想とする社会には、実は平等が存在しない。

    要するに、ないから欲しい・・・つまりそれらはすべて「ないものねだり」だということです。
    別な言い方をすると、それらはみんな「水中に火を求む」ものでしかない。

    ところが四方を海に囲まれた日本では、海外の実情がわからないから、それらの主義を標榜している国には本当に民主や自由があると思いこんでいます。
    そして実際に海外に行くと、「ああ、やっぱり日本が良いな」と・・。

    おもしろいもので、海外で生活していると、日本人女性が世界でいちばん美しい女声に思えてくるそうです。
    なぜなら海外で接する日本人女性の情報は、週刊誌や動画など、きれいな女性ばかりだから。
    同じことは、日本にいて外国人がかっこいいと思う心理にも似ているようにも思えます。

    そういえばお隣の半島の人は、やたらと「世界平和」を口にします。
    世界平和自体は、もちろん良いことです。
    しかしどうして「世界平和」なのかというと、彼らは腹の中を洗いざらいぶちまける、我慢しないのが正しいことだという文化を持ちます。
    けれど、思いは人によってまちまちですから、それをすることによって常に周囲と衝突を繰り返すことになります。
    そして上下関係が形成される。

    結果、上に立てばやたらと支配的になるし、下であれば常に上のわがままに無理やり付き合わされることになります。このため、心中には「いつかころしてやる・・」という恨みが常にある。
    つまり個人間の付き合いでも、会社などの組織でも、国自体も、その心中は平和とは程遠い、恨みが常にはびこっているわけです。
    だからやたらと「世界平和」とか、「世界が平和でありますように」という言葉が使われます。

    「日本を取り戻す」という言葉が広く認知されたのは、いまの日本に日本らしさが欠けていることの裏返しです。
    要するに、社会用語というのは、多くの場合、「ないものねだり」である、ということです。

    立憲主義を守ることを標榜する人たちがいます。
    彼らは憲法を守ることが大事だと主張します。
    けれども日本は法治国家であり、憲法が守られています。
    にもかかわらず、憲法を守れと言っているということは、彼ら自身は憲法を守る気がまったくないということの裏返しであるということです。
    つまり破壊主義者であるということです。

    あるいは「あらゆる差別に断固として闘う」と言っている人たちがいます。
    つまりそれらの人たちは、差別をしていると(彼らが思う人)を差別したいわけです。
    つまり実は彼らこそが差別主義者であるということです。

    表面上言われていることと、実体がどのように違うのかは、言っていること、主義主張というものは、実はすべてが「ないものねだり」である、という視点に立つと、よく見えてくるものです。
    へそ曲がりのようですが、この視点から論理的に物事を眺めると、意外と真実を見抜く目が養われます。

    出典根拠を示せという人がいます。
    「そんな話、どの本に書いてあるのか?」
    というわけです。

    馬鹿なことを言ってはいけません。
    書いてないから、話しているのです。

    そもそも、歴史において、本に書かれている内容というのは、その本を書いた教授なり著者の「論」でしかありません。
    「論」は、「事実」ではありません。
    「事実」をもとにした、その教授なり先生の「意見」です。
    その「意見」をもとに自説を組み立てても、それは「屋上屋を架す」ことにしかなりません。
    考えるまでもない、あたりまえのことです。

    そうではなく、「事実」に基づいて考える。
    そして時系列に連続する「事実」が、合理的かつ客観的に再現可能性が極大になるように、ストーリーを組み立てる。
    歴史学というのは、本来、そういうものです。
    年号や事件名や、誰かの「意見」を鵜呑みにするのが歴史学ではありません。

    ですから、「そんな話、どの本に書いてあるのか根拠出典を示せ」というのは、言ってみれば、「だってぇ、ママがそう言ってたもん!」と言い張っている子供と同じです。
    すくなくとも筆者にはそう見えます。
    大人なら、自分の頭で考えろ!ということです。

    したがって、筆者の述べる歴史のストーリーも、それは筆者の「論」にすぎません。
    ですから、それを鵜呑みになんてしてもらいたくない。

    そういうことではないのです。
    そこでもし、知的刺激を受けられたのなら、今度はご自分の頭で考えていただきたいのです。
    それは、自分の仕事のことでも、社会のことでも、政治のことでも、医療のことでも、みな、そうです。

    情報化社会というのは、そういうものです。
    あらゆる情報が氾濫しているのですから、それらを鵜呑みにするのではなく、どれが正しいか、どれが自分で納得できるか、自分の頭で考えることが必要な時代になっているのです。

    日本をかっこよくする。
    そのために必要なことは、ひとりひとりの日本人が、誰かの意見を鵜呑みにするのではなく、それぞれが自分の頭で考えるようになること。
    そこにこそ、日本再生のための、わずか一本の蜘蛛の糸があるのです。
    すくなくとも筆者はそのように思っています。


    ※この記事は2020年11月の記事のリニューアルです。

    日本をかっこよく!
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  • サミュエルソン経済学の嘘


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    高度成長期の日本経済は、極端な言い方をすれば、「豚は太らせて食え戦略」に乗っかったものであったといえます。いまは、その太らされた豚が、食われている状態です。他国への依存をいつまでも続けていれば、当然、そのような形になります。
    真の自立を果たし、日本が日本人による日本人のための政治を実現できるようにしていくこと。現代は、そういうことを、あらためて考えるべきときにきています。

    20221118 経済学
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    ポール・アンソニー・サミュエルソン(Paul Anthony Samuelson)といえば、世界的に有名な米国の経済学者です。
    顕示選好の弱公理、ストルパー=サミュエルソンの定理、サミュエルソン=ヒックスの乗数・加速度モデル、バーグソン=サミュエルソン型社会厚生関数などを提唱し、ノーベル経済学賞を受賞した人物でもあります。

    このサミュエルソンの書いた本が、有名な『経済学』で、経済学といえば、まずはこの本の名が出てくるほど、世界的にメジャーになっている書です。
    大学時代に、この本で経済学の勉強をしたという方も多いのではないかと思います。

    そしてこの本の表紙裏にある言葉が、有名な、

     個人にとっての美徳は
     集団にとっての悪徳である


    という言葉です。
    一般にはこの言葉の意味は、個人が勤勉貯蓄を行うことは美徳だけれど、全国民がそのようになってしまったら経済は発展しない。
    むしろ個人が浪費の悪徳に走ることが、全体経済を伸ばす、つまり全体経済にとっての美徳になる。
    したがって、個人の美徳は、集団にとっては悪徳にしかならない、という意味と解せられています。

    そして現在、世界の経済運営は、基本、この思想に依っています。
    国家経済を伸ばすためには、むしろ個人が浪費してくれた方が良い。
    もっというなら、浪費を誘うことが、国家経済を成長させる、というわけです。
    若い頃から、ずっとこの考え方を正しいと信じて来られた方も多いのではないかと思います。

    けれど、サミュエルソンの経済学というのは、米国の経済学です。
    そして米国経済は、ごくひとにぎりの大金持ちがスポンサー(出資者)となり、そのスポンサーの持つ資金をいかに効率よく運営して、その出資金を増やしていくかが、実は経済運営そのものの考え方です。

    たとえば大金持ちのスポンサーさんに、
    「戦争をして多くの人の命を奪いたい。
     これをやれば大儲けできる。
     だから資金を出してくれ」
    と依頼すれば、やはりスポンサーさんは、出資を拒否します。
    まあ、なかにはソロスのような変わった人もいますけれど、彼はそもそも投資家です。
    投資家というのはリスクを取って金儲けをするから投資家なのであって、純粋な意味での代々続く大金持ち家とは、すこし事情が異なります。

    代々続く破格の大金持ち、巨富を持つ人というのは、どこの国にも必ず居ます。
    我々は、1本100円のミネラルウォーターをコンビニで買いますが、それと同じ程度の感覚で一晩で一億円を飲み代に支払うことができるような大金持ちさんというのは、どこの国にもあるものです。
    そしてその多くは、代々の大金持ちの家系ですから、基本、考え方が保守的です。
    そのような人たちから、大金を出資してもらって、大儲けをする。
    誰かが大儲けするということは、誰かが大損をするということですし、それが巨額の資金ならば、それだけより多くの庶民が損をすることになります。

    それでも、出資をしてもらおうとするときに、そもそも「大金持ちさんの個人としての美徳は、集団にとって、つまり国家経済にとっては悪徳になるのですよ」というサミュエルソンの経済学は、実に説得力のある、有意な経済学となったわけです。
    だからサミュエルソンは、世界的に評価されるようになったのです。

    けれどもこの考え方には、大きな欠陥があります。
    経済を、欲得だけにしか捉えていないからです。
    そしてまた、一部の人の金儲けの手段の正当化しか描いていないからです。

    本来、経済とは、経世済民を意味します。
    経世済民とは、多くの人々の豊かさと安全と安心、そして愛とよろこびと幸せと美しさのために行われるものです。
    古くからの日本型経済モデルは、この視点に立っています。

    サミュエルソンの経済学と、何が違うのかと言えば、答えは単純明快です。
    サミュエルソンの経済学が、一部の大金持ちの利益の極大化を図ることを目的としているのに対し、
    日本型経済モデルは、圧倒的多数の一般庶民の幸福の極大化を図ることを目的としている点です。

    天然の災害が多い日本において、ひとりだけで堤防工事をしたり、災害時の瓦礫の撤去や町の復興を遂げることはできません。
    ですから自ずと、みんなで力を合わせることになります。
    消費は、個人の対価を支払う苦痛と、その品等を得ることによって得られる喜びとの交換です。
    ですから製造する側は、儲かる商品よりも、より良い商品を供給しようとします。
    消費をする側も、安かろう悪かろう型の商品ではなく、長く使えるより良いもの、その品を得ることによって、幸福が長く続くものを得ようとします。
    ですからそこに、使い捨てではない、モノを大切にするという思想が生まれます。

    つまり日本型経済モデルでは、個人の美徳が、そのまま集団にとっての美徳になるのです。

    日本型経済モデルが、庶民経済にあるからといって、それはバラマキ政治を行えば良いというものではありません。
    ひとりでできないことを、集団の力で行うというのが日本型モデルです。
    したがって、バラマキ予算があるのなら、その予算は、産業育成に用いるべきです。

    いま半導体が不足しているのなら、国内に半導体工場をつくるために用いるべきです。
    火力発電のために、外国から何兆円も重油を買うのなら、国内に豊富にある石炭産業を復活させ、石炭による火力発電を検討すべきなのです。
    いまなら、ばい煙の問題を克服し、クリーンエネルギーとしての石炭火力発電設備を築くことは可能です。
    太陽光発電よりも、よほど効率の良く電力を得ることができます。

    食糧問題も、外国からただ買ってくれば良いという思考は捨て、国内農業の振興を図るべきです。
    おかしな輸入農薬を外国から買ってこなくても、循環経済を重視することで、国内で安全な農薬をいくらでも開発することができます。

    世の中を階層構造(ヒエラルキー)と捉え、その階層の頂点に立つ人の利益の極大化を図れば、サミュエルソンの経済学になります。
    世の中を球体構造として捉え、誰もが主役であり、誰もが脇役であるといった視点に立つと、サミュエルソンの経済学は否定され、日本型経済モデルになります。

    高度成長期の日本経済は、極端な言い方をすれば、「豚は太らせて食え戦略」に乗っかったものであったといえます。
    いまは、その太らされた豚が、食われている状態です。
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    現状ではタイムマシンがない(すでに開発されているという説もありますが、すくなくとも公開はされていない)のですから、真実はわかりません。ただ、古代の文献史料や、現代の学説論説の中から、あらためて「事実」だけを抜き出して、まったく新たな視点で、歴史を(できるだけ矛盾のないように)再構築してみる。それが本来の歴史です。
    狭量で自虐的な従来の学説から、我々はもっと自由であるべきだと思います。そもそも学問とは、自由なものなのですから。

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    徳川家康がどうして関ケ原の戦いを挑んだのか。
    これまでの通説は、家康の権力欲説、家康の器量説(=豊臣秀頼の無能説)というものばかりでした。

    けれどすこし考えてみれば、それらの説が「おかしい」ということは誰にでもわかることです。
    なぜなら当時のお大名はみんな独立採算です。
    戦に出れば、部下が死んだり怪我を負ったりします。
    そうした部下への保障は大名主である大名の責任です。
    つまり、戦【いくさ】には、たいへんなコスト(リスク)がかかります。
    はたして耄碌爺さんが「ワシは征夷大将軍になりたのじゃあ!」と言っているからと、全国のお大名が、そんな爺さんのために、わざわざ関ケ原まで大軍を率いて歩いていって、わざわざ戦いに参加して、けが人や死亡者の保障までするのでしょうか。

    あるいは豊臣秀頼の器量が足りなかったとしても、殿様というのはいわば責任職です。
    部下が優秀であれば政治はちゃんと行うことができるし、実際石田三成など有能な部下に秀頼は支えられていました。
    天下を治める器量というのなら、当時の毛利元就や伊達政宗、島津義弘なども、武勇・器量のいずれをとっても家康に匹敵する実力と器量を兼ね備えています。
    何も家康だけに器量があるということではありません。

    つまり、これまで定説のようにされてきたことであったとしても、常識的に考えてみれば「おかしい」と思えることはいくらでもあります。

    ところがこれまで学問的とされたものは、どこかの誰かがそうした歴史の事実について、それがなぜ、どうして起こったのかという理由を本にしていて、その本を「根拠」としなければ、論文にならない、学説にならないということが、これまた常識とされていました。

    けれど少し考えたらわかることですが、いくら本になっていたとしても、それは誰かの「論」にすぎないわけです。
    その「論」を根拠に「論」を立てても、それは「屋上屋を架す」という、無駄なことにしかなりません。
    ところが現代の文系学会というのは、そんな「屋上屋を架す」こと、つまり、誰かの「論」を出典・論拠にしなければ、説としてさえ認められないという形になっています。
    そして多くの日本人が、そうした形を、学問的に正しい態度であると信じています。
    けれどそれは「誤認」です。

    そもそも戦後の日本は、GHQによって、まともな本は焚書され、まともな学者は公職追放されているわけです。
    そしてその上で、新たに敗戦利得者となった人たちが、日本を貶め、先人たちを小馬鹿にしたような論文をいくつも書き、そうした低次元な内容の論文でなければ、論文誌に掲載さえもしてもらえず、掲載された、いわば「新説」としての根拠に乏しい低次元な論説が「学説」となり、本になり、そうした本を論拠にしなければ、新たな論文としてさえも認められない、という暗黙のルールが出来上がったのです。

    歴史小説なども同じで、純粋な娯楽であっても、過去の偉人に疑問を呈するような内容の小説であれば大手出版社が全面的にプロモートしてベストセラーにするし、そうでないものは、たとえ本になっても、初版印刷後、絶版になるという形ができあがりました。
    結果日本人は、ろくでもない低レベルな情報や知識にしか触れることさえもできなくなってしまったわけです。

    情報と知識というのは、お料理に例えることができます。
    情報が食材、知識が料理です。
    ろくでもない食材(情報)しか与えず、料理(知識)の技法さえもインスタント化してしまえば、日本人がいくら伝統的な価値観を共有していたとしても、何世代かのうちには、日本人をすっかり骨抜きにすることができます。

    そして民族の骨とは、民族の文化や基本となる思想のことを言います。
    文化も思想も失ったら、それはもはや民族とはいえない、ただの個々に分断されたヒトモドキの個体となります。
    実際、戦後の日本は、その道をひた走ったわけですし、実際現代日本は、まさにそうした企画通り、計画通りになっているわけです。
    実に見事なものです。

    医学分野など、科学の分野では、誰かの発見に基づいて、新たな学説や術式が建てられます。
    ですから、その方式が、誰の術式を元にしたのかは、重要な要素となりますし、万一、そこに失敗があっても、元の術式の不備に原因があったのかもしれないといった可能性も示唆しますから、学者や医師としての身を護るためにも、誰の術式や学説に依拠したのかは、とても重要な要素になります。

    けれど文系においては、そうした医学や科学の世界の理屈は通用しません。
    そもそも、上に述べた「誰かの術式や学説」というのは、それ自体が「事実」です。
    つまり「過去に積み上げられた事実」をもとに、新たな術式や学説が建てられるのです。

    ところが文系の場合の誤認は、「過去に述べられた論説」を基準に、新たな学説を建てなければならないとしているわけです。
     事実を基礎に置くのか。
     論説を基礎に置くのか。
    この両者は、まったく意味が異なります。
    そして後者は、まったくの間違いです。

    本来は文系においても、どこまでも「事実を基礎に」置かなければならないのです。
    歴史上書かれた書物は多いけれど、そこから事実と論を分けて考える。
    そうして導き出された事実のみに着目し、その事実が、時間の経過の中で時系列に、そして再現可能性が最大になるようにストーリー化していく。
    それが本来の歴史学の仕事です。

    そうして事実を組み合わせて論を建ててストーリー化すると、様々な見方が可能になります。
    そしてその様々な見方が、多方面から学問的に批判されることによって、少しづつ昇華して、それがようやく学説となります。
    ところが、ひとたび学説として成立しても、新たな考古学的発見ひとつによって、それら学説が、一瞬にしてすべてひっくり返されてしまうという、まるでオセロゲームのような世界が、本来の歴史学会であるといえます。

    後漢の光武帝が建武中元2年(西暦57年)に奴国からの朝賀使へ(冊封のしるしとして)賜った印として、有名な『漢委奴国王印』があります。
    この金印が『後漢書』「卷八五 列傳卷七五 東夷傳」にある
    「建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」
    (建武中元二年、倭奴国、貢を奉じて朝賀す。
     使人自ら大夫と称す。
     倭国の極南の界なり。
     光武、印綬を以て賜う)
    の金印だということになっているのですが、通常はこの印の読み方は「かんのわのなのこくおういん」とされるといわれています。

    この読み方については、さまざまな説があり、たとえば
     「委奴国」は「倭国」と同じで「やまとのくに」と訓じる説
     「漢の倭(委)の奴(な)の国王」と訓じる説
     「委奴」を「いと」と読み、「漢の委奴(いと)の国王」とする説
    などがあります。

    それらの論説の上に、論を建てても、あまり意味はありません。
    むしろ、原文である印影の文字に立ち返って、あらためて読んでみると、
    『漢委奴国王印』にある「委」の字は、禾が稔った稲穂のもとでかしづく女性であり、奴は「やっこ」であって、男性を意味する字です。
    つまり、漢の光武帝は、この印を、もしかしたら
    「女性を頂点の王とし、男性たちがその下にあって政治や行政を司る国の国王の印」
    という意味で『漢委奴国王印』としたのかもしれないのです。

    実際、『後漢書東夷伝』には、「桓・霊の間、倭国大いに乱れ、更々(こもごも)相攻伐し、歴年主(あるじ)無し」とあります。
    これによって、二世紀後半(西暦100年代後半)に、倭国内で大乱があったことが確認できます。

    また、『三国志』の『魏志倭人伝』には「其の国、本亦(また)男子を以って王と為し、住(とど)まること七・八十年。倭国乱れ、相攻伐して年を歴(へ)たり。乃(すなわ)ち共に一女子を立てて王と為し、名づけて卑弥呼(ひみこ)と曰ふ。鬼道(きどう)を事とし、能(よ)く衆を惑わす。………卑弥呼死するを以って大いに冢を作る。径百余歩、徇葬(じゅんそう)する者、奴婢(ぬひ)百余人」と書かれています。

    『三国志』が書かれたのが3世紀後半であることから、ここでいう「倭国乱れ」が『後漢書』にある二世紀後半の「倭国大乱」を意味するとされるのですが、もしかすると倭国は、もともと2世紀以前には、女性をリーダーとする国を形成していたのかもしれないのです。
    それが男性がリーダーとなることで大乱となり、ようやくそれがおさまったときには、再び女性がリーダーの国になっていたと、そういう流れが、これらの書物から読み解けるのかもしれません。

    現代の歴史学会では、古代に関しては、日本国内で書かれた記紀は、もっぱら相手にせず、外国の文献によってのみ日本の古代を考証するというルールになっていますが、古代におけるチャイナの史書というのは、周辺国をあくまで野蛮な蛮族の国としてしか描いていないものです。
    つまりそうした議論は、もっぱら日本を野蛮国だという決めつけから入っているわけですが、そういう決めつけのルールに則ってさえ、これまでとは、まったく別な見方が可能になるわけです。

    さらにこれらの記述を日本書紀で読み解いてみると、1〜3世紀には朝鮮半島が日本の一部であったことを考えると、ここでいう倭国大乱は、もしかすると神功皇后の朝鮮征伐のことを指しているのかもしれない。

    現状ではタイムマシンがない(すでに開発されているという説もありますが、すくなくとも公開はされていない)のですから、真実はわかりません。
    ただ、古代の文献史料や、現代の学説論説の中から、あらためて「事実」だけを抜き出して、まったく新たな視点で、歴史を(できるだけ矛盾のないように)再構築してみる。
    それが本来の歴史です。

    狭量で自虐的な従来の学説から、我々はもっと自由であるべきだと思います。
    そもそも学問とは、自由なものなのですから。

    日本をかっこよく!
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  • 千年後の歴史教科書


    ■□■━━━━━━━━━━━━━■□■
    第96回 倭塾は、令和4年11月20日(日)13:30開講です。場所はいつもと異なり、JR新宿駅新南口近くの会場になります。映画『めぐみへの誓い』を製作した野伏翔監督の講話もあります。終了後、懇親会もあります。会場の都合で今回のみ事前申込が必要です。詳細は↓で。
    https://nezu3344.com/blog-entry-5408.html
    ■□■━━━━━━━━━━━━━■□■

    日本を神の国だという人がいます。それが本当かどうかは分かりませんが、ひとつ言えるのは、戦後、私たち日本人が失った「日本の心」は、皆が幸せに、そして平和に暮らせる社会を皆で築いていこうという、世界の人々が待ちわびている神の心、神の願いと深いところでつながっている、そんな気がします。

    20201106 雲海
    画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E6%B5%B7
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    今年は著書が7冊も刊行となりますが、以下は処女作となる『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人・第一巻』に掲載した文です。
    この本が出たのが2013年11月のことです。
    当時は、ここで論じた内容について、多くの方から疑問の声が寄せられました。
    そりゃそうです。それまで語られたきたことと全然違った世の中にない歴史の見方を提示したのですから、賛否両論あるのは当然です。
    あれから8年。
    この本で書いた内容は、ずいぶん浸透し、いまや常識となりつつあります。

    世の中は、主流とされている議論はおおむね5年でメッキが剥がれ始め、20年経つと誰もそれを信じなくなるといわれています。
    異端とされた説も、それが真実を突き、正鵠を射ているものであれば、10年で認知が広がり、20年でかなり常識化していきます。
    その場の流行ではない、真実の力がここにあります。
    そしてより合理的かつ論理的で、人々の理性に訴え、心に刺さるものは、20年で消えてしまう「つくられた時代の主流」と異なり、その先百千年と生き残っていくのです。

    ───────────
    タイトル「千年後の歴史教科書」
    ───────────

    ▼ 二十世紀における最大の出来事

    仮にいまから千年後の子供たちが、世界史の授業で二十世紀という時代を習うとします。
    そのとき、二十世紀を代表する最も大きな出来事は、いったい何だと教わるでしょうか。
    みなさんは、何だと思われますか?
    世界史──つまり人類史において、二十世紀を代表する最大の出来事とは・・・・?

    私は間違いなく、「植民地支配の終焉」を挙げることになるだろうと思います。
    人が人を差別する時代、しかもそれを国家ぐるみ、民族ぐるみで人種差別し収奪した時代、これがはじまったのは、十六世紀の大航海時代から以降のことです。
    もちろん古代においても奴隷支配という植民地の原型はありましたが、対等に戦い、勝負した結果、支配する者と支配される者に別れ、歴史においてその地位が度々逆転した中世以前の戦勝国による支配と、大航海時代以降の国家ぐるみ、民族ぐるみで人種そのものを差別し搾取した「植民地支配」とでは、その規模も内容もまるで異なっています。

    十六世紀以降、アジアやアフリカの有色人種諸国は白人が入植する植民地となり、現地の人々は収奪され、家畜のように扱われ、そして愚民化政策によってただ隷属するだけの民族に仕立て上げられていきました。
    当時の白人たちにとって、被植民者である現地のカラード(有色人種)は、人間ではありませんでした。
    これは誤解されている方もいらっしゃるのですが、人間として扱わなかっただけでなく、そもそも白人たちは有色人種を人類とは別の種類の生き物──つまり獣であると認識していたのです。

    有名な話ですが、植民地においては、白人の娘さんが部屋で着替えているところに、有色人種の男性(奴隷)が用事で入ってきても、娘さんは平気だったそうです。
    要するに室内に犬や猫が入ってきたのと、まるで同じだったのです。
    もちろん白人女性が着替えているところに、白人男性が入ってきたら、それはもう大騒ぎになります。

    こうした欧米列強による有色人種への植民地支配は、約五百年続いたのです。
    その間、何度かカラード(有色人種)による大規模な反乱なども起こっています。
    インドで1857年に起こったセポイの乱などもその一例です。暴動は白人たちの圧倒的火力の前に鎮圧され、首謀者たちは大砲の前に縛り付けられた状態で、大砲を発射され、五体をバラバラに飛ばされて処刑されました。
    なぜそのような残虐な方法で処刑できたのかといえば、有色人種は人間とみなされなかったからです。

    ▼ 日本人が自らを犠牲にして果たしたこと

    そうした植民地時代が、二十世紀の終わり頃、突然各地で終焉を迎えたのです。
    世界中の被植民地国家は次々と独立を果たし、欧米諸国はその富の源である植民地をことごとく失いました。
    それだけではありません。
    かつて被植民地として支配されたカラード(有色人種)国家は、経済面でも急激な成長を遂とげ、二十一世紀となったいまでは、世界の経済の牽引役にまで育っています。
    この突然の変化の背景には、何があったのでしょうか。
    五百年続いた絶対的優位の植民地支配が、なぜ、こうも短期間に突然の終息を迎えたのでしょうか。

    これをお読みのみなさんなら、もうお分かりかと思います。
    答えは、日本にあります。

    東洋の辺境にあった島国の日本が、世界でただ一国、カラードでありながら自尊独立のために短期間で国をまとめ、積極的に欧米の文物を取り入れ、瞬く間に欧米列強と肩を並べる強国になったかと思うと、ただ一国で世界最強の誉れ高いロシア陸軍を彼らの最も得意とする陸戦で打ち破り、さらに世界最強のバルチック艦隊を壊滅させたのみならず、昭和16年には絶対に負けることがないと信じられた大英帝国の東洋不沈艦隊を壊滅させてしまいました。

    さらに日本は、植民地支配されていた諸国で白人支配者を追放すると、現地の人々に行政を教え、教育を施し、軍備を整えさせ、彼らの独立自尊を手助けしました。
    その代わりに、日本は満身創痍の焼け野原になりましたが、ついに世界は、植民地支配という構図を失うに至ったのです。

    その象徴となったのが、昭和39(1964)年の東京オリンピックでした。
    東京オリンピック参加国は、その時点で史上最多の93カ国です。
    なぜ最多なのか。
    新たに独立した世界中の元植民地国が参加してくれたからです。

    東京オリンピックのマラソンで優勝したアベベ選手は、イタリアの植民地から独立したばかりのエチオピアからの参加です。
    ちなみに東京オリンピックの前に開催された1960年のローマオリンピックの参加国は83です。
    1956年のメルボルンオリンピックでは、参加国は67でした。
    1896年に行われたアテネオリンピックでは、参加国はわずか14です。

    東京オリンピックの次に開催されたメキシコシティオリンピックでは参加国は112となり、2012年のロンドンオリンピックでは、ついに参加国は204となりました。
    参加国が増えたということは、それだけ独立国が増えたということです。
    そしてそうなった背景には、間違いなく日本の働きがそこにあるのです。


    ▼ 日本は戦争目的において勝っていた

    そして、二十世紀までの世界史のなかで、自国の利益を度外視してまで周辺諸国の独立と平和のために戦い、勝利を得、それら諸国に莫大な経費をかけて自立を促したという、まさに神様のような国は、日本以外に存在しません。
    韓国人で、韓日文化研究所の朴鉄柱氏は、次のように述べています。

    「大東亜戦争で日本は敗れたというが、
     敗れたのはむしろイギリスをはじめとする
     植民地を所有していた欧米諸国であった。
     彼らはこの戦争によって
     植民地をすべて失ったではないか。」

    まさに、そのとおりです。
    五百年後、千年後の世界の歴史教科書には、二十世紀に関する記述として、間違いなく「植民地時代の終焉」という語句が入ると思います。
    これこそ二十世紀最大のエポックであり、人類史に残る偉業といえることだからです。
    そしてこれを成し遂げたのは、まぎれもなく、私たちと血のつながった若き日の私たちの父祖たちだったし、それを引き起こしたのは間違いなく日本でした。
    そういうことを私たちは、しっかりと知っておく必要があると思います。

    ちなみに、植民地というのは英語で「colony(コロニー)」です。
    ですがおもしろいもので、日本語でコロニーと書かれるときは、生活共同体の意味に用いられるようです。英語の「colony」が、日本語では「植民地」「コロニー」と二つのまったく別な言葉に訳されて使われているのです。
    ちょっとおかしな話です。


    ▼ 不思議の国「日本」

    さて、せっかくここまで書いたので、もうひとつ。二十世紀の終わり頃から二十一世紀にかけて、世界の人類に起こった最大のエポックは何でしょうか?
    第一次、第二次世界大戦ではありません。
    それらはいずれも二十世紀に終わっています。
    米ソの冷戦でしょうか。
    それも二十世紀に終わっています。
    核の開発と利用、人類初の月面着陸、火星探査機の打ち上げ、もちろんそれもあるでしょう。

    けれどそれよりなにより、もっとはるかに大きな出来事があります。
    それは、世界の人口が70億を超えたことです。

    大東亜戦争が終結した頃、世界の人口は約20億人だったのです。それがわずか70年足らずで、70億人へと3倍半に増加したのです。
    これは人類史上、初の出来事です。
    地上にこんなにたくさんの人間が住むようになったのは、人類史上、いまをおいてほかにありません。

    一七九八年に、英国のトマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus)という学者が、『人口論』という本を書きました。
    まさに歴史的名著といわれる本なのですが、その中で彼は、次のように述べています。

    「人口は、幾何級数的に増加する。
     一方、食料の生産能力には限界がある。
     だから人口の増加には一定の限界がある。」

    これはとても重要な指摘です。
    なぜならここに指摘されているとおり、人類は食料の生産能力を超えて生き残ることは不可能だからです。
    マルサスは本の中で、

    「いろいろな研究調査の結果、
     最終的に世界の人口は二十億人が限界で、
     それ以上は食糧生産高が間に合わず、
     人口は増加しない」
    と述べています。
    そしてマルサスの本から150年後の世界は、まさに20億の人口となっていたのです。

    第二次世界大戦の発生原因については、政治学的な考察や、軍事学的な検証、あるいは地政学的なアプローチなど、さまざまな研究がなされています。
    しかし、戦争原因についての統一見解はありません。
    つまり諸説ある状態なのです。
    それら諸説の根本を探っていくと、結局のところ、戦争の原因は貧困と飢え──つまり人口が20億に達し食料供給が限界になった世界が、新たな食料の供給源を求めて奪い合いをしたからだと考えることができます。

    けれどここに、やはりおかしな国が、世界に一国だけありました。
    日本です。

    日本は満州や中国大陸、東亜諸国や南洋諸島に進出しましたが、そこで何をやっていたかというと、もちろん政治経済軍事的側面もありますが、同時に大変熱心に農業指導をしているのです。
    世界が「自分たちが食うため」に他国を侵略し、その国の食い物を横取りするという挙に出ていた時代に、世界でただ一国、そうした暴力集団を追い払い、現地の人々と一緒になって汗を流して食料生産高の向上を図ろうとしていた──それが日本だったのです。

    事態はそれだけにとどまりません。
    日本は大変な国費をかけて農業生産物の改良をし、なかでも稲塚権次郎氏の開発した小麦は、なんと収量がそれまでの小麦の五倍というすごい品種でした。
    稲塚氏が直接指導した中国の華北産業科学研究所は、まさに中国全土にこの新種の小麦の普及促進と農業指導をして回っていました。
    おかげで華北産業科学研究所の職員は、大東亜戦争終結後も中国に2年間とどまり、その普及活動を継続させられています。

    その結果、何が起こったのでしょうか。
    大東亜戦争当時の中国の人口は約5億人でした。
    それがいまや15億です。
    人口が三倍に増えました。
    三倍の人が「食って生きて」いくことができるようになったのです。

    さらに稲塚氏の開発した小麦は、戦後に起こったインドの大飢き饉きんを救っています。
    飢饉によって1億人以上が死ぬと思われたときに、この小麦の改良品種がインドにもたらされ、たくさんの命が救われました。
    それ以降、インドで飢饉は起きていません。

    さらに1960年代から90年代にかけて、インドの小麦の収量は3倍に増大。
    その結果、人口まで3倍に増えたのです。

    こうしたことの積み重ねによって、世界の人口は爆発的に増大し、いまや70億に達しようとしています。
    つまり、二十世紀の後半から二十一世紀初頭にかけての、爆発的な人口増加の理由のひとつに、間違いなく日本という国の働きがあるわけです。

    誰しも、人が死ぬのは悲しいことです。
    まして飢えて死ぬなどということは、もっと悲しいことです。
    飢えによって我が子を死なせることになったら、いくら悔いても悔やみきれない悲しみが残ります。
    そうした飢えから多くの人々を救い、子孫を増やすことができるようにしたのだとすれば、それはまさに神の行いといっても過言ではないかもしれません。

    もちろん、世界に奇跡の小麦が普及拡大した背景には、日本以外の多くの国の良心と協力と努力がそこにありました。
    いまの私たちには、こうした先人たちの努力に学び、見習い、未来を担うという役割が課せられているのではないでしょうか。


    ▼ 日本の心を取り戻そう!

    せっかくここまで書いたので、もうひとつ書いておきたいと思います。
    文明は必然的に火を使いますから、人類が文明を築いた地域では多くの木が伐採されるため、何もしなければ森林の面積が少なくなっていきます。
    おかげでいまでは、人類の古代文明発祥の地は、どこもかしこもペンペン草も生えないような砂漠になっています。

    いちど砂漠化した土地に、自然に緑が戻るには、最低でも五千年の歳月がかかるといわれています。
    ところが最近、そうして砂漠化した土地に、緑が戻りつつあります。
    何が起こっているかとクズの普及です。
    クズというのは、漢字で「葛」です。
    葛飾区、葛根湯の「葛」、好きな人も多い葛切りのクズです。

    クズは根が丈夫で、荒れた土地でも生息が可能です。
    日本生まれのこのクズが、世界の砂漠地帯で、砂だらけの土地を緑に変えつつあります。
    もちろん日本人の指導によって、現地の人たちが植えているのです。

    クズの葉は砂漠を覆って日陰をつくり、日陰は土地を潤します。
    そして葉が落ちると、それが腐って腐葉土となります。
    地面に栄養分が戻りはじめるのです。
    そうして何年かたつと、その土地が蘇り、そこでイモなどの栽培ができるようになります。
    するとますます地味が肥え、さらに灌かん漑がいにより水が引かれることによって、いままで何もないただの砂漠だった土地に、なんと何十年かぶりに緑が蘇るのです。

    見ていてください。
    十年後、五十年後、百年後、千年後。
    私たちが学生時代に、何もない砂漠地帯と教わり、パジェロがラリーで走るくらいしか使い道のなかった白い大地が、緑豊かな大地として蘇るのです。

    日本を神の国だという人がいます。
    私には、それが本当かどうかは分かりません。
    けれどひとつ言えるのは、戦後、私たち日本人が失った「日本の心」は、皆が幸せに、そして平和に暮らせる社会を皆で築いていこうという、世界の人々が待ちわびている神の心、神の願いと深いところでつながっている、そんな気がするのです。

    「日本を取り戻そう!」という言葉が、私たちの合い言葉になっています。
    それは「日本の心」を取り戻すことでもあり、世界の人々にとって本当に幸せをもたらすものは何なのかを真剣に考え、行動していくことでもあります。
    私たちはいま、それができるかどうかの瀬戸際に立っているように思います。


    日本をかっこよく!
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  • 第96回 倭塾開催のご案内


    (1) 11月倭塾について、フェイスブックの仕様で、スマホなどで、開催日が「2022年11月19日土曜日」と表示されているケースがあるようです。開催日は、「2022年11月20日日曜日」ですので、お間違えのないようにお願いします。
    (2) 11月の倭塾は、本年最後の倭塾となります。開催場所もいつもと異なるし、人数制限もあります。また、そのために事前申込制になりますのでご注意ください。

    20221107 めぐみ
    画像出所=https://www.megumi-movie.net/index.html
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    小名木善行です。

    11月の倭塾は、本年最後の倭塾となります。
    開催場所もいつもと異なるし、人数制限もあります。
    また、そのために事前申込制になります。

    11月の倭塾には、映画『めぐみへの誓い』を製作した野伏翔監督の講話もあります。
    この映画製作をを通して野伏監督が感じた日本人拉致事件への心情を語って頂きます。
    もちろん、小名木善行の講義もあります。

    また、本年最後の倭塾となるため、懇親会も予定しています。

    11月倭塾のテーマは
    「新しい日本のために」
    です。

    拉致問題が起きながら、何もしなかった政府。
    景気後退に何もしなかった政府。
    なぜかお注射にばかり熱心な政府。
    日本の産業を守り育むという姿勢のまったくない政府。

    いまの日本は問題だらけです。
    けれど、問題があるということは、すでに解決への道がスタートしているということでもあります。
    新しい日本のために。
    新しい未来のために。

    いまわたしたちが本当にしなければならないことは何かを、みなさまとご一緒に考えたいと思います。

    かなり内容の濃い、そして熱い倭塾になります。
    万障お繰り合わせの上、ぜひとも、お越しください。

    なお、開催場所が事前にご案内していた秋葉原から、新宿駅南口に変更になりました。
    以下の開催案内をご高覧のうえ、場所のお間違えのないようにしてください。

    参加は事前申込制です。↓にメールでご連絡ください。
    wajuku.onagi@gmail.com


    《第96回 倭塾開催のご案内》
    1 日 時
      令和4年11月20日(日)
      13:00 開場
      13:30 開講
      16:00 終了
      16:30 撤収終了
    2 場 所
      東京都渋谷区代々木2-4-1 THビル2FAルーム
      JR新宿駅新南口より徒歩5分
      https://onl.sc/MW2piiw
    3 テーマ 「新しい日本のために」
    4 講 師
      演出家・映画監督 野伏 翔先生
      塾長 小名木善行
    5 定 員 先着54名(限定)
      席に限りがあるため、事前申込をしていただいた方限定参加になります。
    6 参加費
     ☆参加費
      (1) ご新規      2500円
      (2) 倭塾参加経験者  2000円
      (3) ご夫婦で参加 お二人で2000円
      ※事前振込は必要ありません。当日会場でお支払いください。
      (4) 未成年者     無料
      (5) ご家族お友達招待特典
       これまでに一度でも倭塾にご参加されたことのある方が、倭塾初参加となるご家族・ご友人などをお連れの場合、そのお連れの方を人数に関わりなく初回参加のみ無料とします。
    7 参加(事前申込が必要です)
      以下のアドレスにメールで事前申込をお願いします。
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      先着順で54名様までの限定になります。
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    何が正しいのかという見方をすると、
    どちらかが正しく、
    どちらかが間違っているといった
    二項対立的な見方になります。
    これが陥穽(かんせい)です。

    20221103 行政区分地図
    画像出所=https://sengokumap.net/province-map/province-map/
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    日本語で「国」といえば、それは日本全体を意味する国家としての「国」でもあり、出雲の国とか相模の国、武蔵の国というように、ひとつの行政単位を意味する言葉でもあります。
    いまでは両者は「国」と「県」というように区別して用いられますが、もともとはいまでいう「県」のことを「国」と呼んでいたし、いまでいう「国」のことは「天下」と呼んでいたわけです。
    つまり単語の用いられ方が、時代とともに変わってきているわけです。

    これが戦国時代くらいまで遡ると、事情はもっと複雑で、たとえば多くの人は三河は後に徳川となる松平家が殿様であった国だと思っています。
    同様に駿河は今川、尾張は織田家です。

    ところが事態は実はもっと複雑で、同じ三河の国の中に、今川方の領土もあれば、織田家の領土もあったのです。
    簡単に言えば、同じ三河の国であっても、村単位で尾張織田家に付いていたり、今川に付いていたり、松平に付いていたりしていました。
    いまどきの歴史地図のようなものを見ると、国ごとに大名がいたように描かれていますが、実際は、はるかにもっと複雑になっていたわけです。

    こうして領地が複雑に絡まっているから、大名はその土地に城、つまり収税のための拠点をつくり、あたり一帯を自己の領地に組み込もうとしました。
    たとえば松平が城を築くと、そのあたりの村から年貢を納めてもらっていた今川方の村が、松平に年貢を収めるようになるわけです。
    そうなると、今川方としては、領地を失い、石高を失うことになりますから、ここで城の奪い合い、つまり合戦が起こるわけです。

    と、話は脱線しましたが、英語で国といえば、country、state、nationなどの言い方があります。
    支配地域を指す場合は「country」
    民族や文化的同一性を言うときは「nation」
    人々の政治的集合体という意味では「state」
    と、おなじ「国」であっても、用語の使い分けがなされます。

    「United State」なら「政治的に団結した地域」を意味しますが、そのなかには様々な「nation(民族国家)」が存在し、CCP(中共)が米国内に中華街を中心とした別なヒエラルキーを築けば、そこは土地が米国であっても、実質的にCCPの「Country」となります。

    現代日本人の我々は、「国には国境があって、一定の範囲の地域は、ひとつの国に所属する」とのんきに考えていますが、それは日本という国が海で隔てられ(Country)、日本国内がおおむねひとつの文化的同一性を持ち(nation)、ひとつの政府のもとにあり(State)というたいへん幸福に恵まれた国であるから、そのように思うだけのことであって、世界の多くの国では、実はまったく異なった実感の中に国というものが存在しています。

    最近、CCPが、世界中の各国に、自国の警察署を築いています。
    日本にも、CCPの警察署があります。
    メチャクチャな話のように我々日本人は思いますし、世界の多くの国々でも同様に思いますが、CCPにしてみれば、そこに自分たちの民族のnationがあるのです。
    だからそのnationに所属する人たち、つまりチャイニーズを取り締まるために、その国に自国の警察署を作っても、まったく構わないと、彼らは考えるわけです。
    まったく自分勝手な話ですが、国というものに対する考え方が、CCPは、我々とはまったく異なっているのです。
    そういう身勝手な国を、そのまま存続させてはいけない。

    歴史を学ぶとき、歴史地図で、ここが出雲国、ここが備前国、ここが肥後国などと日本地図が色分けされていると、ある意味たいへんわかりやすくなります。
    けれど、ではその地図が当時の実体を表しているのかというと、そうである部分もあり、そうでない部分もあるわけです。

    ここで、何が正しいのかという見方をすると、どちらかが正しく、どちらかが間違っているといった二項対立的な見方になります。
    これが陥穽(かんせい)です。
    陥穽に落ちた瞬間に、真実から離れてしまいます。

    真実には必ずゆらぎがある。
    ですから100%正しいものなんてないし、100%間違っているものもありません。

    ただし、人々が安全に安心して暮らせるようにする、人々が支配と隷属の二項対立的な不幸に陥ることなく、愛とよろこびと幸せと美しさと自由のあるいまと、これからやってくる愛とよろこびと幸せと美しさと自由のある未来を得るためには、おそらく、そうした「ゆらぎ」をしっかりと見極めていく必要があるのではないかと思っています。


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     その未来とは、大災害によって日本がなくなる未来かもしれない。日本が大発展して世界のリーダーになる未来かもしれない。どちらのパラレルワールドに行くのかは、自分自身の心がけ次第なのかもしれませんし、そうではないかもしれない。誰にもわからないことです。
     けれど、よりよい未来に来てもらうために、努力することはできます。そしてそのためには、常にあらゆる可能性を留保しておくことなのではないかと思っています。

    20171008 ネフィリム
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    猿人が出現したのがおよそ600万年前、ネアンデルタール系等の新人類種が出現したのが、およそ25万年前のことです。
    ところがおよそ7万年〜7万5千年前に、インドネシアのスマトラ島にある「トバ火山」が大噴火を起こします。
    この噴火は地球史上に残る大噴火で、噴煙は世界に広がって、地球気温は年平均で5℃も低下しました。
    実はこれが、最終氷河期と呼ばれる時代の始まりです。

    年平均気温というのは、1℃違うだけで、鹿児島と仙台の気象が入れ替わります。
    それが5℃違うということは、日本がアラスカのような気候になり、赤道直下の気候が北海道から樺太にかけての気候になるということです。
    その凄まじさがおわかりいただけようかと思います。

    加えて火山の噴火は、その噴煙の中に大量のガラス成分を含みます。
    ですからその噴煙を吸い込むと、ガラスの小片が肺に刺さり、動物は死に至ります。
    噴火そのものの影響と、その噴煙が世界中に飛び散ったことによる影響、そして地球気温の急速な低下によって、地球上の人口は、およそ1,000〜10,000人程度にまで減少したといわれています。

    そして一時に大幅に減少した一族の子孫が、現代に生きる私たちの祖先となりました。
    これを「ボトルネック効果」といいます。

    おもしろいことに、このときのトパ噴火後、ヒトに寄生するシラミもまた、この時期に変種が生まれています。
    毛髪に寄宿する毛ジラミと、衣服に寄宿する衣ジラミで、近年の遺伝子の研究によって、この2種が分化したのも、およそ7万年前とわかりました。
    このことは、トバの噴火後、急速に寒冷化した地球を生き残るために、人類が衣服を着用するようになったことを示しています。

    問題は、それまでにおそらくはあったであろう進化の多様性です。
    例えば人科に近い哺乳類にサルがいますが、サルは手のひらに乗るようなサイズのメガネザルから、大型のゴリラに至るまで、その生態は実に様々です。
    顔つきも違います。
    目がまるでアニメの人物のように顔の中で大きな面積を占めているサルもいれば、目の小さなサルもいます。
    尻尾の長いサルもあれば、ほとんど尻尾がないサルもいます。
    つまり、生態が様々なのです。

    おそらくは、もともとは一種類であったのであろうと言われています。
    それが環境適合のために、様々な形に進化した。
    同様の例は、獣医さんの動物病院に行ったら、犬の進化系統図などが壁に飾ってあったりして、ご覧になられた方も大勢あると思います。(下図)

    20171008 犬の進化系統図


    犬も、小型犬から大型犬まで、身体の大きさから、毛吹きにいたるまで、まさに様々な種類があります。
    おそらく人も同様に、私たちが考える以上に、はるかに多くの種類があったのではないかと思うのです。

    たとえば、旧約聖書の『創世記』および『民数記』、旧約聖書外典(続編)の『ヨベル書』、『エノク書』には、ネフィリム(Nephilim)と呼ばれる巨人が登場します。
    エチオピアの旧約聖書の『第一エノク書』第7章には、「地上に降りて人間の娘と交わった天使たち(グリゴリ)によって、巨人が生まれた」という記述があります。
    その巨人たちは、人間たちの食物を食べつくすと共食いを行ったと書かれています。
    まるでアニメの『進撃の巨人』みたいな話ですが、あながち妄想とばかり言えないことには、そのネフィリムの人骨が、世界中で発掘、発見されていることです。

    ためしに「ネフィリム」でネットで画像を検索いただければ、たくさん出てきます。
    その画像は、合成だという話もあります。
    大型のものですと、身長が10メートルにも達します。

    普通に考えて、トパの大噴火のような極端な地球環境の変化があったとき、巨大な身体を持つものは、同じく大型生物の恐竜が絶滅したように、生存は困難であったろうと思えます。
    ただ、その一部はごく少数ながら生き残ったとする可能性は、否定できないかもしれません。

    日本にも、夜刀神(やとのかみ)やダイダラボッチと呼ばれる巨人伝説があります。
    夜刀神は、『常陸国風土記』に登場する神様、ダイダラボッチは『常陸国風土記』、『播磨国風土記』に登場します。

    そのような巨人がいたかいなかったのか、私にはわかりません。
    ただ、地球上の生命の進化を考えるとき、いたとしても不思議はない、という気がします。
    それに不思議なのは古代遺跡です。
    古代遺跡の中には、山の頂上に巨石が持ち上げられているものが多数あります。
    どうやってそこまで持ち上げたのか。
    それこそ巨人でもいなければ、それはできないことであったかもしれない。

    まだまだ超古代というのは、わからないことだらけです。
    頭ごなしにウソと決めつけるのではなく、あるいはこれが本当だ、真実だ、と決めつけるのではなく、結論は「いろいろな可能性を保留しておく」ということで良いのではないかと思います。

    100パーセント正しいというものはないのです。
    同様に100パーセント間違っているというものもない。
    数学では、1+1は2と教わってきたけれど、近年の研究でこれが量子にまで至ると、1が1であったりゼロであったりする。
    そうであれば、1+1の答えはゼロもしくは、それに近い値にしかならないのかもしれないのです。

    学校にはテストがあります。
    テストには採点が必要ですから、出題する側は、あらかじめ正しい答えを用意します。
    たとえてみれば、それはクイズのようなものです。

    けれど実社会に、あらかじめの回答などありません。
    すべて、いまこの瞬間の蓄積が、やってくる未来を決めます。
    パラレルワールドなのです。
    どのパラレルワールドに行くのかは、いまこの瞬間の自分の選択によります。

    その未来とは、大災害によって日本がなくなる未来かもしれない。
    日本が大発展して世界のリーダーになる未来かもしれない。
    どちらのパラレルワールドに行くのかは、自分自身の心がけ次第なのかもしれませんし、そうではないかもしれない。
    誰にもわからないことです。

    けれど、よりよい未来に来てもらうために、努力することはできます。
    そしてそのためには、常にあらゆる可能性を留保しておくことなのではないかと思っています。


    ※この記事は2017年10月の記事のリニューアルです。

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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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