• 古事記に書かれた「従者(ともびと)」という言葉の重み


    上に立つ人も、下にいる部下も、みんな等しく「おほみたから」であり、「とも」です。
    それが日本の文化です。

    八上比売(八百万の神の浮世絵師 持田大輔さんのブログより)
    20220622 八上比売
    画像出所=https://ameblo.jp/yaoyorozu-ukiyoe/entry-12591344170.html
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    大国主神話の冒頭に、実に興味深い記述があります。
    それが「従者」という記述です。
    大国主神は大いなる国の主になる前の若い頃、大穴牟遅(おほなむち)という名前でした。
    八十神(やそがみ)たちが八上比売(やがみひめ)を求めて出雲(いずも)から稲羽(いなば)に向かった時、大穴牟遅は「従者」であったと古事記は書いています。
    そして「従者」は、このように書いて「ともびと」と読みます。
    そこに日本的組織の大切な教えがあります。

    古事記の原文と読み下し文を読んでみます。

     ***

    おほくにぬしの あにおとに  故此大国主神之兄弟
    やそかみたちは みなくにを  八十神坐然皆国者
    おおくにぬしに さりましぬ  避於大国主神
    やそがみたちの さるゆえは  所以避者其八十神
    いなばのやがみ ひめこころ  各有欲婚
    おのおのよめを ほつしては  稲羽之八上比売之心
    ともにいなばに ゆきしとき  共行稲羽時
    おほなむちかみ ふくろおひ  於大穴牟遅神負袋
    ともびととして ひきゆきき  為従者率往

    (現代語訳)
    大国主(おおくにぬし)の兄弟の八十神(やそかみ)たちは、全員、国を去りました。
    その理由は、因幡(いなば)にある八上比売(やがみひめ)の心を嫁にしようと、皆でともに因幡に行ったときにはじまります。このとき大穴牟遅神(おほなむちのかみ)は、従者(ともびと)として引率されていました。

     ***

    西洋でも東洋でも、およそ世界の国々で社会を構成しているのは、上下と支配の関係です。
    上に立つものが主人、下にいる者が従者です。
    これを主従関係と言い、社会秩序の基になります。

    けれど実際には、主従関係と言えば聞こえは良いのですが、実態は所有関係です。
    上にいる人が下の人を私的に所有するという関係です。

    私的に所有することは、ひとことでいえば下にいる人は「私物」だ、ということです。
    極端に言えば煮て食おうが焼いて食おうが所有者の勝手です。
    職場におても上司がボスであり、所有者です。
    部下は所有物ですから、活かすも殺すも(つまりクビにするのも)上司のであるボスの勝手です。

    ところが日本は違うのです。
    上の文においても、従者と書いて「ともびと」と呼んでいます。
    しかも、普通であれば上司の数よりも部下の数の方が多いものですが、八十神(やそがみ)という何人いるかわからないほどたくさんいるのが上司であって、部下である従者は、大穴牟遅神ひとりです。

    ※八は、たくさんの、という意味を持ちます。八十(やそ)は、それが十もあるのですから、数え切れないほどたくさんの、という意味になります。

    普通ならひとりの課長の下に大勢の部下がいるものですが、ここでは数え切れないほどたくさんの部課長の下に、平社員がひとりだけ、という関係になっています。
    実に興味深い記述です。

    その部下のことを、従者(ともびと)と書いています。
    「ともびと」は、同音異義語で書けば「友人(ともびと)」です。

    友人同士の関係は、所有や支配とはまったく異なるものです。
    縦の関係ではなく、横の関係です。

    「とも」は「伴」とも書きますが、「伴」もまた同一集団に属する横の関係の仲間や友人のことを言います。
    伴侶なら配偶者のことですが、この「侶」という字も訓読みは「とも」です。
    つまり伴侶というのは、連れ添う友であり、夫婦は互いに同列にあって生涯をともに連れ添う対等な仲間という認識がそこにあります。

    似たような言葉に「一族郎党」があります。
    「一族」というのは血縁関係のある人々のこと、「郎」は良い男、「党」は仲間です。
    一族郎党とは、血縁関係のある良い男たちの仲間集団だ、というわけです。

    鎌倉武士は、御恩(ごおん)と奉公(ほうこう)の関係にありますが、地所を守って頂いたお礼に「いざ鎌倉!」と鎧兜に身を包み、馬に乗って複数の郎党を従えて出征します。
    そうした武士と郎党の姿は、なるほど外見上は大陸や西洋のような主従の関係に見えます。
    しかし日本型社会では、意味が違うのです。

    戦の時に、武器を手にして丁々発止(ちょうちょうはっし)と白刃(はくじん)を交えるのは馬上の武士の役割です。
    その武士の面倒を細かく見るのが郎党の役割です。

    よくボクシングの試合などで、次のラウンドの合間にリング上の選手が自分のコーナーに戻ると、コーチやら付き人の人たちが一斉に選手に群がって、汗を拭いたり指示を与えたり、トランクスを引っ張って呼吸をしやすくしたりします。
    そうしたコーチやら付き人の人たちと選手の関係は、選手によって支配された所有関係ではありません。
    全員が戦いに勝つための当事者としてのまとまりであり、互いに役割分担をして、チームで勝利を期します。
    馬上にあって郎党を従えた鎌倉武士の姿は、実はこれとまったく同じです。
    チームなのです。

    同様に、大穴牟遅の兄弟であった八十神たちもまた、大穴牟遅の支配者ではありません。
    大穴牟遅もともに八十神たちの仲間です。
    いわば同じ村の青年団の仲間たちであって、その中で大穴牟遅は他の仲間たちの荷物を担ぐ役割が与えられていたということです。
    ここに、西洋や東洋の主従関係とは一味違った日本型の集団構造があります。
    古事記はこのことを「従者(ともびと)」という言葉で表現しているわけです。

    日本型リーダーは、西洋や東洋の社会にあたりまえのようにあった上下と支配の関係とはまったく異なるものです。
    上司と部下の関係は、あくまで人として対等な関係を前提とします。
    従って部下は所有物ではなく、どこまでも身内であり「ともびと(友人)」であり、パートナーです。
    上司と部下は、同じ一つの目的のもとに集った仲間と認識されます。

    なぜこのような姿が日本に育ったのかと言うと、日本が古くからの文化を伝承した国だからです。
    これはとても貴重なことです。

    西洋でも東洋でも王朝は破壊と建国の歴史です。
    王朝が交替するたびに人口の三分の一が失われ、それまでにあったすべての社会システムは破壊され、まったく新たな社会統治体制が生まれます。
    ですから王朝が替わる度ごとに、すべてがゼロからスタートします。
    つまり以前の文化が伝承されないのです。
    このことは、知識や経験や知恵さえも、ふたたびゼロからスタートすることを意味します。

    近年の世界の科学技術の進歩は、まさに目をみはるものがありますが、そうした科学技術の進歩は、科学技術に関するあらゆる情報の交流が途切れていないことによります。
    ひとつの技術が成立すれば、その技術が公開情報となり、次の人はその技術をもとにさらにその上を行く技術を生み出していきます。

    十二馬力を出力することが夢だったエンジンが、いまでは数万馬力の出力を持つエンジンまで開発されるようになったのは、こうした技術の公開と相互の切磋琢磨(せっさたくま)によります。

    携帯電話も、ほんの三〇年前には一台の電話が小学生のランドセルくらいの大きさでした。
    いまでは片手で持てるだけでなく、パソコンの性能さえも持っています。
    情報通信網も、インターネットの普及によって加速度的に整備され、いまでは居ながらにして世界中のあらゆる情報に接することができるようになりました。

    しかしもし、大規模な戦争によって何もかもが破壊され、技術を持った人たちまで全員殺されて人々が原始時代のような生活からやり直すことになったとしたならば、人類はまた数千年かけて文明を取り戻していかなければならなくなります。
    つまり破壊と殺戮の繰り返しの中では、戦いの技術は進歩するかもしれませんが、社会システムが進歩することはないのです。

    ところが日本では、現在判明しているところでは、高い文化を持ち始めたのがおよそ4万年前、縄文時代のはじまりが1万7000年前です。
    とりわけ長く続いた縄文時代は、その全期間を通じて、殺人や事故による死傷率が、わずか1.8%です(山口大学と岡山大学の2016年の共同調査結果)。

    つまり日本には人が人を殺すという文化がそもそも存在していないのです。
    当然、破壊もない。
    すると何が起きるかというと、文化が伝承され、積み上げられていくのです。

    社会はそれまでに経験した様々な出来事に学びながら、世代をこえて進化します。
    こうして我が国に生まれたのが、支配や所有とは異なる「とも」としての集団形成です。

    縄文時代も、初期の生活は狩猟採集生活であったと言われています。
    狩猟採集生活というのは、ある意味とても楽しい生活で、人々は一日二〜三時間働くだけで、その日の食べ物を得ることができたのだそうです。

    ところが日本では、これだけでは集団が生きていくことが困難なのです。
    理由は天然の災害です。
    日本列島では、地震、落雷、大水、津波、噴火、火災などが頻発します。

    海が荒れれば漁にも行けず、火山が噴火すれば山でタヌキを捕まえることもできません。
    そうした災害に生き残るためには、ひとつには人々が助け合って生きることも大切ですが、それ以上に常に災害に備えて食料を備蓄しておくことが必要です。

    ところが冷蔵庫のなかった時代です。
    肉や魚や野菜や木の実は長期の食料保存ができません。
    できるのは唯一、稲だけです。

    稲は風通しの良いところに保管して、ネズミや虫害だけ対策すれば10年以上もの保存が利(き)くのです。
    このことから、縄文中期には、さかんに稲作が行われるようになりました。
    そして稲は、個人で保管するよりも、水害にあいにくくて地盤の堅い山上に、みんなの共有財産として保管したほうが、より安全に長期の保存ができることを学びます。
    こうして、山の上の地盤の堅いところに、村の共有財産として神社が建てられます。
    神社は高床式で建てられ、奉納米が備蓄されました。

    少し古い神社では、いまでも宮司さん以下の社の職員たちは新米を食べることができません。
    奉納米は新穀(しんこく)で奉納されますが、神社ではそれを最低二年間保管します。
    万一の災害時における村人たちの非常食とするためです。
    みんなの共有物としての万一の際の保存食料は、村でもっとも安全な場所で、通気性の良い高床式の建物に保管し、神様に守っていただくという、神社を村の共有財産として、神社を中心に村落を営む姿が形成されていたのです。

    そしてその中で、誰が偉いわけでもない、偉いのは神様だけで、人は互いに協力し合うことを第一にする、すなわち和をもって貴(たっと)しとする我が国の形が形成されていったのです。

    また災害時の備蓄食料の分配は、単純にどの家庭にも同じ分量だけ配給すれば良いというものではありません。
    家族の人数も違うし、成長期の子供のいる家庭と、高齢者の家庭では一日に食べる量も異なります。
    単純に同量を分配するのが平等なら、どの家にも過不足なく上手に分配するのが公平です。
    そうした公平性は、上下と支配の関係では成立がむつかしいものです。
    どんな人でも同じ村の仲間として、対等な人間として接するところに、公平が生まれます。

    そして日本は、こうした文化を千年万年の単位でずっと継承し一度も滅びることがなかった国です。
    だからこそ世界でもめずらしいと言える上下関係を「とも」と呼べる社会システムを構築しているのです。

    特に、いわゆる社会的エリートと呼ばれる人の中に、役職=偉いという、誤った考え方を持つ人が多いようです。
    戦後教育は、西洋文化がいたずらに素晴らしいとするかなり偏った教育ですし、そうした教育を受けて育ったエリートさんたちが、このような誤った考え方に取り憑かれることは、よくあることです。

    そうした人たちは、「命令すれば部下が動く」と思い込んでいるフシがあります。
    それは違います。

    かつての帝国陸軍がそうでしたが、上司の命令ひとつで、部下たちは敵弾の前に突撃をしました。
    それは上司の命令だったからか、といえば、もちろん命令があったからではあるのですが、命令一下で、生命を捨ててまで突撃することができたのは、そこには上司への絶対の信頼があったからです。

    なぜそのような信頼が生まれるのかといえば、上司と部下はともに目的をおなじくする「とも」であったからです。
    そのうえに、上司と部下という役割分担があります。
    そういうことをしっかりと認識し、立派な上司のもとであるからこそ、部下たちは敵の機銃の前に、三八式歩兵銃ひとつで突撃攻撃を仕掛けることができたのです。

    役職というのは、単なる役割です。
    上に立つ人も、下にいる部下も、みんな等しく「おほみたから」であり、「とも」なのです。
    それが日本の文化です。


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    自分ひとりで禊をして、それなりに清くなったつもりでいても、人というものはどこか穢れを持つものです。
    だから神々のお力をお借りして、祓(はら)いをします。
    古事記の言葉、そして祝詞の言葉は、そういう意味なのではないでしょうか。

    20220407 禊
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    祝詞(のりと)にも出てくる、「竺紫の日向の橘小門の阿波岐原」のお話をします。
    『古事記』に出てくる言葉です。
    黄泉の国から帰ってきたイザナギ大神が、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘小門(たちばなのおど)の阿波岐(あはき)原で、禊祓(みそぎはらひ)をされたというお話のところです。

    読み下し文ですと、次の文になります。

     是以(これをもち)て伊耶那岐大神は、
 「吾(あ)は、伊那志許米上志許米岐(いなしこめ、しこめき)(此九字以音)、穢(きたな)き国に到りて在(あ)り祁理(けり)(此二字以音)。
     故(ゆへ)に、吾(あ)は身の禊(みそぎ)せむ」と詔(の)らして、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘小門(たちばなのおど)の阿波岐(あはき)(此三字以音)原(はら)にて、禊祓(みそぎはらひ)せむ」

    この段は、祝詞の中に必ず出てくる言葉でもあり、神道では、とても大切にされているところです。
    「竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘小門(たちばなのおど)の阿波岐(あはき)原で禊祓(みそぎはらひ)しましき〜」という言葉は、神社の祝詞でお聞きになられたことのある方も多いかと思います。

    これを読んだり聞いたりして、単に「ああ、九州の海岸で禊祓いをしたのか」と読むと大きな勘違いをします。

    そもそも黄泉の国に行かれたから、そこで穢れを拾ってきたのです。
    「しこめ、しこめき、きたなき」は、「醜くくて汚い」という意味ですが、「みにくい」は「見えにくい」という意味にもかかります。
    「しこめ、しこめき」は、「凝目(しこめ」にもなるからです。
    つまり、汚い穢れというのは、目に見える汚れだけではなくて、見えない、自分ではわからない汚れがあるのです。

    それを「つくしのひむかのたちばなのおど」でみそぎし、はらうのです。

    「みそぎ」は、普通「禊」と書きますが、「身を削(そ)ぐ」という意味でもあります。
    身を削(けず)るのです。
    体を刃物で削ったら、痛いですが、それくらいしっかりと穢れを削いでいくのです。

    それが「つくしのひむかのたちばなのおど」で行われます。

    古事記は、もともと稗田阿礼が大和言葉で暗誦していたものを文書に書き残したものだ、ということは、皆様ご存知と思います。
    つまり、もともと口伝だったのです。
    すると次のような意味が兼ねられていることが見えてきます。

    この段の原文は、
    「到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐(此三字以音)原而禊祓也」です。
    これを七五読みすると、次のようになります。

    到坐    いたります   5文字 ここに至って
    竺紫日向之 つくしひむかの 7文字 心を尽くして日に向かい
    橘小門之  たちおどの   5文字 立って声をあげ
    阿波岐原而 あはぎはらにて 7文字 吾(あ)は、ぎ(岐・すべてを)、腹から
    禊祓也   みそぎはらはむ 7文字 身を削ぎ(けがれ)を祓うのだ

    日に向かいというのは、我が国の最高神は太陽ですから、太陽に向かってという意味と、日=霊(ひ)ですから、みずからの霊(ひ)に向かって、という2つの意味が掛けられます。

    そしてこの後、様々な神々が成られるのですが、どのように書かれているかというと、

    投げ棄つ杖から→衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)
    投げ棄つ帯から→道之長乳歯神(みちのながちちはかみ)
    投げ棄つ袋から→時量師神(ときはかしのかみ)
    投げ棄つ衣から→和豆良比能宇斯能神(わづらひのうしのかみ)
    投げ棄つ褌から→道俣神(みちまたのかみ)
    投げ棄つ冠から→飽咋之宇斯能神(あきぐひのうしのかみ)
    投げ棄つ左手の手纒(たまき)から
     →奧疎神(おきざかるのかみ)
     →奧津那芸佐毘古神(おきつなぎさひこのかみ)
     →奧津甲斐弁羅神(おきつかひえらのかみ)
    投げ棄つ右手の手纒(たまき)から
     →辺疎神(へざかるのかみ)
     →辺津那芸佐毘古神(へつなぎさびこのかみ)
     →辺津甲斐弁羅神(へつかひべらのかみ)

    とあります。
    手に持っている物、着ている衣類、左右の手にしている物を、まずはすべて投げ捨てています。
    そしてこのあと、瀬、つまり動きの中で背負った穢れから神が成り、また水に潜って禊するときに、
     底津綿上津見神(そこつわたつみのかみ)
    濯(すす)ぐときに
     中津綿上津見神(なかつわたつみのかみ)
    水の上から
     上津綿上津見神(うわつわたつみのかみ)
    などが生まれています。

    どういうことかというと、まずこの段ではイザナギのことは「大神」と書かれています。
    「大神」とは偉大な神、という意味です。

    その偉大な神が、手に持っている物、身につけている物一切を手放し、
    また水の中、つまり心の深層意識、中層意識、表層意識の中にある穢れの一切を祓い、手放しているということが書かれているわけです。

    そしてこうして一切合財を手放したときに、天照大御神を筆頭とする偉大な三貴神がお生まれなっています。

    我々は凡人であり、偉大な神とは程遠い存在ですが、
    偉大な神ですら、すべてを手放されて、禊、祓いされているのです。

    我々凡人もまた、何事かを成し遂げようとするときには、欲をかいて何でも欲しがるのではなく、何もかもを手放すことによって、はじめて、何事かを為し得る、そういうことがここに書かれているのではないかと思います。

    西洋の文化では、逆です。
    欲深い者が、大金を手にして、あらゆるものを手に入れて贅沢三昧な暮らしをします。
    別な言い方をするなら、それは拝金主義ですが、その拝金主義によって、自分だけの贅沢を手に入れ、人々を支配することが、人生の成功であるとされます。
    このことはチャイナも同じです。

    日本の発想は逆です。
    あらゆる欲望から解き放たれて、何もかも手放していく中に、仲間となる神々が誕生し、そして偉大な事業を為し得るのだとしているわけです。

    「何もかも手放したら、何もできなくなるではないか」と思われるかもしれません。
    けれど、手放したものたちは、それぞれが神となり、仲間となっていくのです。
    そしてそれら神々、人の世界なら友人たちと、一緒になって、みんなで力を合わせて、偉大な事業を成していく。

    人の幸せは、自分だけがいい思いをすることにあるのではなく、
    みんなの笑顔と幸せがあるとき、自分もまた幸せを得ることができる。

    そういう教えが、日本の神話です。

    古事記の解釈は、様々なものがあります。
    古いものですから、どの解釈が正しいとか、間違っているとかいうことはありません。
    そして、どこまでも深堀りしていくことができるのが、古事記のおもしろさでもあります。
    けれど、

    「竺紫の日向の橘小門の阿波岐原にて禊祓せむ」

    というこのひと言が、祝詞(のりと)の祓詞(はらえことば)にも登場するということは、単にイザナギ大神が禊ぎ祓いした場所を示しているからというだけではないということを意味していると思います。

    たとえば天津祝詞(あまつのりと)は、次のような構文になっています。

     たかあまのはらにかむづまります
    高天原に神留坐す
     かむろぎかむろみのみこともちて
    神漏岐神漏美の命以ちて
      すめみおやかむいざなぎのおほかみ
    皇親神伊邪那岐の大神
     つくしひむかのたちばなのどのあわぎはらに
    筑紫日向の橘の小門の阿波岐原に
     みそぎはらいたまうときにあれませるはらえどのおおかみたち
    禊祓ひ給ふ時に生坐せる祓戸の大神等
     もろもろまがごとつみけがれを
    諸々禍事罪穢を祓へ給ひ清め給ふと
     はらいたまえきよめたまうとまうすことのよしを
    申す事の由を・・・(続く)

    つまり
    「禊祓うときに生られた大神たちに、
     禍事罪穢を
     祓ってください、清めてください」
    という構文になっています。

    けれどこのことは、いわゆる他力本願で祓ってくださいとお願いするのではなく、その深奥にあるのは、自らの欲望その他の穢れを自分で払い落とす決意と実行を、神々の前に誓うということにある、と、このように読めるわけです。

    現代の世界を観ると、ほんのひとにぎりの大金持ちたちが世界中の情報を操作し、世界中の人々を騙し、世界中の人々の平穏な暮らしを邪魔し、破壊することで、自分の利益を極大にすることが行われています。
    いわゆる拝金教で、金儲けがすべてとばかり、七度生まれ変わってもまだ使い切れないほどのお金を持っていながら、なお、金を儲けようとしています。

    世界のわずか0.1%の人が、世界の富の半分を手にしているとも言われています。

    しかし大金持ちも、煎じ詰めれば「ただの人」です。
    我々庶民もまた、間違いなく「人」です。
    金があろうがなかろうが、人であることに変わりはなく、人である以上、そもそも対等な存在です。
    そして、世界中の誰もが、自分を主役とする人生を生きています。
    世界中、どこにも、生きている人間に、モブキャラなんていないのです。

    縄文以来の日本の文化は、小さな集団の中で「みんなの幸せが自分の幸せ」という思考を大切にしてきた文化です。
    そこにあるのは、全部、幼い頃から見知った人たちです。
    そういう人たちのために行動する、幸せを提供する。
    ここにこそ、日本の文化の原点があります。

    だから、すべてを手放し、欲望から解き放たれて自由になる。
    これが、禊(みそぎ)です。

    けれど、自分ひとりで禊をして、それなりに清くなったつもりでいても、人というものはどこか穢れを持つものです。
    だから神々のお力をお借りして、祓(はら)いをします。
    古事記の言葉、そして祝詞の言葉は、そういう意味なのではないでしょうか。


    ※この記事は、『ゆにわ塾』のなかにある、羽賀ヒカルさんと筆者が共演している『古事記を学ぶ』というコンテンツの中で筆者自身が羽賀さんから教えを得たものです。これを伺ったとき、古事記の持つ奥深さに感動するとともに、たいへん良い勉強になりました。
    自分は、まだまだ「手放せない」ものが多すぎて、まだまだ全然、禊(みそぎ)できていませんが、日本の縄文の知恵、古事記の知恵、日本書紀の知恵に学び、死ぬまで成長を続けていきたいと、そう思っています。

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  • 武術の始まり 建御雷神


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    武術は、一朝一夕に成立するものではありません。何百年、何千年と伝承されていく中で、何人もの天才的武術家が、師匠に教えられた武術にさらに工夫を重ね、それが絶えることなく伝承され続けなければ、成立しえないものです。建御雷神の武術神話が、どれだけ古い昔のものかは、大国主神ゆかりの出雲大社の創建が、いつなのかわからないほど、古い昔であったということ以外はわかりません。それだけ古くから、伝承され、工夫され続けてきた日本古来の武術を、私達がこれからの時代にも、大切に守り抜いていかなければならないと思います。

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    タケミカヅチノカミは、古事記では「建御雷神」、日本書紀では「武甕槌神」と書かれます。
    葦原の中つ国、つまり地上の国を大いなる国に育てあげた大国主神に、
    「天照大御神(あまてらすおほみかみ)、
     高木神(たかぎのかみ)の命(みこと)以(も)ちて
     問(と)ひに使之(つか)はせり。
     汝(いまし)の宇志波祁流(うしはける)
     この葦原中国(あしはらのなかつくに)は、
     我(わ)が御子(みこ)の所知(し)らす国(くに)と
     言依(ことよ)さし賜(たま)ひき。
     故(ゆゑ)に汝(いまし)の心(こころ)は奈何(いかに)」
    と国譲りを迫った神様です。

     古事記では、このとき建御雷神は、
    「十掬剣(とつかのつるぎ)を抜き放ち、
     その剣を逆さまに波の上に刺し立てると、
     その剣の切っ先の上に大胡座(おおあぐら)をかいて
     大国主神に問い迫った」
    と記述しています。

     日本書紀は少しだけ違っていて、
    「十握剣(とつかのつるぎ)を抜きはなち、
     その剣を地面にさかさまに植えるかのように突き立てて、
     その切っ先の上に堂々と座る」
    と書いています。

    古事記は「海の波の上」、日本書紀は「地面」に剣を突き立てたとしているのですが、両者とも、その切っ先の上に大胡座をかいて座ったというところは一致しています。

    神々の技(わざ)ですから、もちろん本当に剣の切っ先の上に座られたのかもしれません。
    ですが普通には、現実的に、そのようなことは奇術でもなければ、まずありえないことです。
    そんなことは、記紀が書かれた古代においても、誰もがわかることです。
    ということは、これは、別な何かを象徴した記述であるということです。

    大国主神の側は、大軍を擁する大いなる国です。
    そこへ乗り込んだ建御雷神は、いきなり国王であった大国主神に直談判をしています。
    もちろん高天原からの使いですから、直接国王に面会が可能であったとしても、それでも「剣の切っ先の上に大胡座(おおあぐら)」というのは、ありえない描写です。

    この点について、日本書紀は、経津主神(ふつぬしのかみ)と、武甕槌神(たけみかづちのかみ)の系譜を先に述べています。

     ▼経津主神(ふつぬしのかみ)の系譜
    【祖父】磐裂根裂神(いはさくねさくのかみ)
    【父母】磐筒男(いわつつを)、磐筒女(いはつつめ)
    【本人】経津主神(ふつぬしのかみ)

    ▼武甕槌神(たけみかづちのかみ)の系譜
    【曾祖父】稜威雄走神(いつのおはしりのかみ)
    【祖父】 甕速日神(みかはやひのかみ)、
    【父】  熯速日神(ひのはやひのかみ)
    【本人】 武甕槌神(たけみかづちのかみ)

    ここで祖父や父として書かれている神々は、古事記では、いずれも火の神が生まれることでイザナミが亡くなったときに、夫のイザナギが子の火の神を斬り、このときに飛び散った血から生まれた神として登場している神々です。
    古事記は、親子というよりも兄弟の神であるかのような記述になっているのですが、日本書紀では親子関係です。

    上に登場する神々は、いずれも剣に関係する神々です。
    磐裂根裂神(いはさくねさくのかみ)は、岩さえも根っこから斬り裂くという御神刀を意味する御神名です。
    子の磐筒男(いわつつを)、磐筒女(いはつつめ)は、それだけ鋭利な剛剣を筒に入れる、すなわち鞘(さや)に収めている状態を示します。
    そこから生まれた経津主神(ふつぬしのかみ)は、日本書紀に登場する神(古事記には登場しない)ですが、後に香取(かとり)神宮(千葉県香取市)の御祭神となる神様です。
    別名を、香取神、香取大明神、香取さまといいます。

     一方、武甕槌神(たけみかづちのかみ)は鹿島神宮の御祭神です。
    香取神宮と鹿島神宮は、利根川を挟んで相対するように位置しています。
    そしてこの両神は、我が国の古来の武神です。
    流派はそれぞれ鹿島神流、香取神道流といいます。
    いずれも我が国武術の正統な系譜であり、とりわけ香取神道流は、現存する我が国最古の武術流儀といわれています。
    いずれも最低でも二千年、もしかしたら数千年もしくは万年の単位の歴史を持つ武術流儀です。

    二千年前なら弥生時代、数千年前なら縄文時代の中期です。
    縄文時代には、人を殺める文化がなかったのですが、それでも集団においては正義が行われなくてはなりません。
    最近の研究では、縄文時代中期には青銅器、弥生時代には、すでに鉄器が使われていたことがわかっていますから、そうした古い時代から、なんらかの刀剣類が用いられていた可能性は否定できません。

    武術というのは、普通なら、体躯が大きくて力の強い者が有利です。
    早い話、どんなに強くても、武術を知らない大人と小学生では、大人が勝ちます。
    当然のことながら、小柄な小学生が、力の強くて大きな大人に勝つためには、なんらかの工夫がいります。
    こうして武術が工夫されます。

    その工夫は、一朝一夕に完成するものではありません。
    天才的技能を持った人が現れ、その技能が伝承され、さらに世代を重ねるごとに技術が工夫され、それが何百年、何千年と蓄積されることで、信じられないような武術になっていきます。

    残念ながら、海外の諸国には、そうした武術の伝承がありません。
    世界中どこの国にも、その歴史において偉大な武術家は何人も現れたことでしょう。伝承も工夫もされたことでしょう。
    けれど、それらは長くても数百年のうちにすべて滅んでいます。
    なぜなら国が滅び、その都度、皆殺しが行われているからです。
    とりわけ強い武術流派は、新政権にとっては恐怖そのものですから、皆殺しどころか、その一族全員が殺されています。
    つまりこの世から消滅しているわけです。

    チャイナがそうですし、西欧でも同じです。
    米国には「マーシャルアーツ(martial arts)」と呼ばれる軍隊格闘技がありますが、マーシャル・アーツという言葉は、実は日本語の「武芸」を英訳した言葉です。文字通り「武の」(martial)「芸」(arts)です。

    ところが日本の武術は、何千年もの昔から工夫され、伝承されてきた武術が、いずれも途切れることなく、世代を越えて磨かれ、工夫されてきた歴史を持ちます。
    とりわけ歴史の中には、何人もの天才としか言いようのない武術家が現れ、技術がさらに工夫されました。
    また武者修行といって、一定の練達者が、遠く離れた他流派の道場に学びの旅をして技術交換をして、さらに技能を高めるといったこともさかんに行われました。

    こうして数百年、数千年と磨かれ続けてきたのが、実は日本の古来の武術です。
    よく中国武術を古いものと勘違いしておいでの方がいますが、中国武術もまた、実は日本の武術が大陸に渡って成立したものだという意見があります。筆者はむしろそれが正しいのではと思っています。

    それにしても、たった二人で、大軍を要する大国主神に直談判するというのは、これは大変なことです。
    もちろん中つ国は敵地ではありませんが、それでも何十、何百という軍勢を前にしての談判ですから、そこで圧倒的な武術が示されたのでしょう。
    このことが、「切っ先の上に大胡座をかいて座った」という描写に集約されているのではないかと思います。

    さらにその後に行われた建御雷神と、大国主神の子の建御名方神(たけみなかたのかみ)との戦いの描写は、我が国古来の武術の姿を垣間見せるものになっています。

    相手となる建御名方神は、千人が引いてやっと動くような大きな岩をひょいと持ってやってたとあります。これは建御名方神が、相当な力持ちであったことを意味します。
    そして、
    「ワシの国に来て、こっそり話をするのは誰だ!」と問い、「ワシと力比べをしようではないか」と申し出ると、「まずはワシが先にお主の腕を掴んでみよう」と、建御雷神の手を取る。
    すると建御雷神の手が、一瞬にして氷柱のような剣に変わり、建御名方神が恐れをなして引き下がったとあります。

    今度は建御雷神が、
    「お前の手を取ろう」と提案して手をとると、その瞬間、建御名方神は、まるで葦の束でも放り投げるかのように、飛ばされてしまいます。
    飛ばされた建御名方神が逃げると、それを遠く諏訪まで追って行って降参させています。

    古事記のこの描写は、「これが我が国の相撲(すもう)のはじまり」と言われますが、力と技のぶつかりあいである相撲よりも、これもまた日本の古武術をそのまま紹介しているものであるようにも読むことができます。

    なぜなら、日本の古武術では、相手に触れられれば、触れられた場所がそのまま凶器のようになり、また、相手に触れれば、その触れた部位を、そのまま相手の急所のようにしてしまいます。
    アニメの「北斗の拳」では、「経絡秘孔をピンポイントで突く」といった描写がなされていますが、それはアニメやマンガのなかでの話です。
    実践で動く相手を対象に、ピンポイントでツボを突くというのは、現実にはよほどの練達者でも難しいものです。
    ですから日本の古武術では、相手に触れたその場所を秘孔にしてしまいます。
    また、相手に触れられれば、その瞬間に触れられたところを凶器に変えてしまいます。
    そして、気がつけば、遠くに投げ飛ばされてしまいます。

    これは、実際に体験した人でなければなかなかわからないことかもしれませんが、実際に、腕が、手が、鋭利な剣となり、また相手をまるで紙人形でも倒すかのように、投げ飛ばしてしまうのです。

    記紀が書かれたのは、いまから1300年前です。
    建御雷神の戦いは、まるで魔法のような武術によって建御雷神が勝利した物語ですが、古事記が書かれた1300年前には、すでにこうした、まるで魔法のような武術が実際に存在していたことを示しています。
    そしてその武術は、現代もなお、実在しています。

    ひとつ経験談(体験談)をお話します。
    それはある古流の武術家の先生の道場を訪問したときのことです。
    先生から抜身の真剣を渡され、「この刀で私に打ちかかって来なさい」というのです。

    いくらなんでも真剣ではこちらが怖いので、「では木刀で」ということになったのですが、全力で大上段から先生に面打ちを仕掛けて来いというのです。
    これは恐ろしいことです。
    下手をすれば先生に大怪我をさせかねない。
    だから遠慮したのですが、
    「構わないから全力で打ちかかってきなさい」と、こうおっしゃる。

    そこまで言われるなら、相手は先生なのだしと腹を決めて、言われた通りに全力で上段から先生に面を打ち込むことになりました。
    先生は防具すら付けていません。
    手に木刀も持っていません。
    つまり何も持っていません。
    だから真剣白刃取りのようなことをするのかな、と思いながら、面を打ち込みました。

    自慢するわけではありませんが、私も(学生時代のことですが)多少の心得はあります。
    面打ちの速さには、多少の自信もあります。
    そこで(本当は怖かったけれど)丸腰の先生に向かい、すり足で距離を詰めながら「エイッ」と木刀を振り下ろそうとしました。

    ところがその瞬間、筆者は凍りついてしまいました。
    先生が腰をすこしかがめて、手刀を突き出したのです。
    それは、ただ手刀を、顔の少し前に突き出しただけです。
    手刀は確実に私の喉元をうかがっていました。

    その結果何が起こったのかというと、振り下ろそうとした私の木刀が停まりました。
    そして身動きがつかなくなりました。
    どうしてよいかわからず、そのまま固まってしまったのです。
    その固まった私から、先生は悠々と木刀を取り上げました。
    気がつけば木刀を打ち込もうとした私は、刀を振り下ろそうとした姿勢のまま、ただ木偶の坊のように突っ立っているだけとなっていました。
    その姿勢のまま木刀を取り上げられ、その姿勢のまま固まっていました。
    この間、ほんの一瞬のことです。
    そしてこれが日本古来の武術の凄みだと理解しました。

    何が起こったのかは、いまだによくわかりません。
    ひとつの理解は、肉体を使って木刀を振り下ろそうとした私は、霊(ひ)を抜かれてしまったのかもしれないということです。
    人は霊(ひ)の乗り物です。
    霊(ひ)を抜かれると、肉体の動きは停止してしまいます。
    そして肉体が停止しているから、先生は悠々と、固まっている私から木刀を奪い取った。
    その間、私の肉体は、ただ固まっているだけった・・・・と、そういうことかもしれません。

    これは筆者が実際に体験したことですが、そこには、スポーツ化した現代武道とはまったく異なる、日本古来の伝統的武術がありました。
    そしてその武術は、こうして経津主神(ふつぬしのかみ)と武甕槌神(たけみかづちのかみ)にまで遡る、武道の古流の心技体の技術の上に成り立ちます。
    そしてそれは、いわゆる世界の格闘技とは、まったく一線を画する凄みのある世界です。


    日本をかっこよく!
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     これまでの西洋の歴史や東洋の歴史では、常に英雄がモブキャラを使って革命を起こすというスタイルでした。そして革命の都度、多くの命が失われてきた。そういう歴史でした。
     けれど、日本は違います。
     だれひとり殺さない。英雄なんていない。主役はあくまでひとりひとりの庶民です。その庶民が照らす一隅が、世界の良心を目覚めさせ、世界を良い方向に導いていく。
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    古事記のなかに、イザナギのミコトが黄泉の国から逃げ帰る際に、
    「黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂の本にあった
     桃子(もものみ)を三個取って、
     千五百の黄泉軍を待って擊ちました。
     すると黄泉軍はことごとく逃げて行きました」
    という記述があります。
    原文ですと「到黄泉比良(此二字以音)坂之坂本時、取在其坂本桃子参箇待擊者、悉坂返也」とあるところです。

    たかが桃の実3個で、1500の軍勢を追い返すなんて、できるはずねーだろ!みたいに言われがちなこのシーンですが、ここへくる前に、古事記は伏線を置いています。
    それが、
    「イザナミが、予母都志許売(よもつしこめ)を遣(つかは)して伊耶那岐を追わ令(し)めた」という記述です。

    予母都志許売(よもつしこめ)は「此六字以音」とありますから、使われている漢字には意味がありません。
    大和言葉で「よもつ しこめ」です。
    「よもつ」は、「黄泉の国の住民」です。
    「しこめ」は、日本書紀ですと「醜女(しこめ)」と描かれていますから、みにくい人たちという意味になります。
    ですからここは、黄泉の国から逃げ帰ろうとするイザナギを、妻のイザナミが「黄泉の国の醜い女達に追わせた、という意味になります。

    ところがこの「しこめ」たち、逃げるイザナギが、食べ物を投げると、「追え」という命令も忘れて、その食べ物に食らいつくのです。
    ということは、「しこめ」たちというのは、貧しくて、ろくに食べ物も与えられず、ガリガリにやせ細った飢餓状態にありながら、上からの命令で「追え」と言われれば追うしかない、可愛そうな人々ということができます。

    だから、食べ物を与えられたとき、追うという使命も忘れて、食べ物に取り付いたのです。
    ものすごく哀れな話ですが、そんな「よもつしこめ」に続いて、今度は1500の黄泉軍がイザナギを追ってくるのです。

    その黄泉軍に、イザナギは桃の実を3つ投げ与えた。
    すると、黄泉軍が帰っていったというのです。

    そこでこのことを考えてみるに、果たして1500人の追手の大軍に、桃の実を3個投げたくらいで、大軍は引き下がるものなのでしょうか。
    常識で考えて、そんなことはありえないことであると思います。
    ということは、ここで「投げ与えた」とされる「桃の実」は、別な何かの象徴であったと読む必要がありそうです。

    では、「桃の実」が象徴しているのは、何なのでしょうか。

    桃の実は、秋に収穫できる美味しい果物です。
    桃の実の味は、ひとくち頬張っただけで、「ああ、しあわせだなあ」と思わせる、甘くて、酸っぱくて、とてもみずみずしい味をしています。

    ということはつまり、ここで桃の実に化体して述べられていることは、そんな甘くて、酸っぱくて、みずみずしい・・・つまり、甘くて、やさしくて、幸せ感のある味であり、それが3個ということは、そこに述べられていることは、
     やさしさ
     愛情
     おもいやり
    の3つといえるのではないでしょうか。

    ただ上から強制されて、まさに「モブキャラ(背景キャラ)」としてイザナギを追ってきたのが、黄泉の軍勢です。
    それは1500名もの大軍であったけれど、全員が十把一絡げのモブキャラです。
    けれどイザナギは、そのひとりひとりに、人間としての
     やさしさ
     愛情
     おもいやり
    を投げ与えたのです。

    本当のことをいえば、誰だって、人間に生まれた以上、自分を主役とする人生を生きることができるはずです。
    けれど、それまで、黄泉の彼らは、まったく人として扱われなかった。
    ただのモブキャラ、ただの兵卒、ただの背景としてしか見られなかった。
    そんな彼らをイザナミは人して扱い、やさしさと愛情と思いやりをもって彼らと接したのです。

    生まれてはじめて、彼らは人として扱われる。
    いや、幼い頃に両親から可愛がられ、子として、人として扱われていた昔があった。
    「そうだ!俺たちだって人間なんだ!!」
    そう思ったときに、彼らはまさに、
    「俺たちは何をやっているのだろうか」と目覚めたのです。

    だから、ただ命令されて、モブキャラとなって追いかけたって、それってなんの意味もないよな、となって、追うことを止めて、元いた場所に帰っていった。
    そういうことを古事記は述べているのかもしれないと思うのです。

    1500の大軍というのも、十把一絡げの1500人ではなくて、そのひとりひとりは、自分の人生をまさに主役です。
    そうあるべきなのです。
    そして、どんな人にも、必ず良心というものがあります。
    そういうものを、しっかりと信じ、ひとりひとりを、まるで抱(いだ)くように、たいせつに、やさしさと愛情とおもいやりの心を持って接する。
    そういうことを、根本から大切にしてきたのが、日本という国の文化の最大の特徴です。
    これこそが、まさに日本の神々の心です。
    そういうことを古事記は、ここでしっかりと説いているのではないか。そのように思うのです。

    そしてそういう精神のもとに、帰国したイザナギは、三貴神であられる天照大神、月読命、建速須佐之男命をお生みになられます。
    つまり、三貴神の神としての精神(あるいは霊(ひ)の根幹)にあるのは、まさにやさしさと愛情とおもいやりの心なのです。

    この日本文化の精神は、時を越え、時代を超えて、まさにいま世界中の人々が求める偉大な人類の良心へと発展しようとしています。
    我々日本人のひとりひとりが照らす一隅が、世界を変えるのです。

    これまでの西洋の歴史や東洋の歴史では、常に英雄がモブキャラを使って革命を起こすというスタイルでした。
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    『古事記』は、たとえ罪人としてお亡くなりになった方であっても、ただ悪人だった、裏切り者だったと軽んずるのではなく、「結果として謀反人になってしまったけれど、真剣な愛に生きたという良い面もあり、また妻に心から愛された男であった」とちゃんと書いています。
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    古事記の国譲り神話のところに、高天原から派遣されたキジを射殺した天若日子(あめのわかひこ)が、神罰によってお亡くなりになるシーンがあります。
    このときちょっと不思議なお話が書かれています。

    簡単に要約してみます。

    中つ国で亡くなった天若日子の妻の下照比売は、夫の死を悲しみ、その哭(な)く声は風とともに響いて高天原まで聞こえてきたのだそうです。
    これを聞いた天若日子の父の天津国玉神と、その妻子は、高天原から降りて来ると、哭き悲しんで、天若日子の亡くなったところに喪屋(もや)を作り、八日八夜、葬儀を行いました。

    この時、阿遅志貴高日子根神(あちしきたかひこねのかみ)が、天若日子を弔(とむら)うためにやってきました。
    すると天若日子の父や妻が、
    「我が子は死ななかった。
     我が君は死なずにいてくれた」と、みんなで阿遅志貴高日子根神の手足に取りついて哭(なげ)き悲しんだのだそうです。
    古事記はここで、「天若日子と阿遅志貴高日子根神の二柱の神の容姿がたいへんよく似ていたから間違えたのだ」と書いています。

    ところが阿遅志貴高日子根神は、これにおおいに怒り、
    「我は愛(うるは)しい友だからこそ弔(とむら)いに来た。
     なにゆえに吾(あ)を穢(きたな)き死人に比べるのか」
    と云うと、腰に佩(は)いた十掬劍(とつかのつるぎ)を抜いて喪屋を切り伏せ、バラバラになった喪屋を足で蹴散らし、そのまま忿(いか)って飛び去ってしまわれました。

    このとき、天若日子の妻である高比売命(たかひめのみこと)は、兄の御名(みな)を知らせようとして、次の歌を詠んだとあります。

    あめなるや おとたなはたの  阿米那流夜 淤登多那婆多能
    うなかせる たまのみすまる  宇那賀世流 多麻能美須麻流
    みすまるに あなたまはや   美須麻流邇 阿那陀麻波夜
    みたに ふたわたらす     美多邇 布多和多良須
    あちしきたかひこねのかみそや 阿治志貴多迦比古泥能迦微曾也

    そして古事記は、「この歌は夷振(ひなふり)といい、いまも楽器とともに演奏されている歌です」と、この歌にまつわる物語を〆ています。

    すこしやっかいなのですが、ここに出てくる下照比売と高比売命(たかひめのみこと)は、同じ女性のことです。大国主神と多紀理毘売命(たきりひめのみこと)との間に生まれた娘で、大国主神のところに、高比売命(たかひめのみこと)、またの名を下光比売命(したてるひめのみこと)と書かれています。
    そして天若日子と結婚するのですが、やってきた阿遅志貴高日子根神の実の妹でもあります。

    歌にある、
    「あめなるや」は、天上界にいるです。
    「おとたなはたの」は、若い機織り娘のです。
    「うなかせる」は、うなじ、つまり首に架けている、
    「たまのみすまる」は、宝玉を一本の緒で貫いた首飾り
    「あなたまはや」は、緒で穴を貫いた玉よ、
    「みたに」は、御谷、
    「ふたわたらす」は、二つの谷をわたる
    「あちしたかひこねのかみそや」は、阿遅志貴高日子根神や、です。
    これをもとに歌を訳すと以下のようになります。

     天上界においでになる若い機織り娘が首に架けている首飾り
     その首飾りの緒で貫いた宝玉は
     二つの美しい谷を渡る
     阿遅志貴高日子根神なのです

    この下照比売の歌について、多くの解説本が、兄の阿遅志貴高日子根神を讃えた歌だと解説しています。
    私は、違うと思います。
    なぜなら愛する夫を失った下照比売が、ただ兄を讃えただけというのでは、話が通じないからです。

    そもそも歌の中に「二つの美しい谷を渡る(美多邇 布多和多良須)」とあります。
    天上界のひとつの宝玉が二つに渡るというのは、天若日子の魂と阿遅志貴高日子根神が、同じひとつの御分霊であるということです。
    そしてその宝玉は「阿遅志貴高日子根神である」と詠んでいます。

    天若日子は神に背いたいわば犯罪者です。
    ですから直接その名を歌に詠み込めば、それは罪人を讃える(神に背く)ことになります。
    つまり「言えないこと」です。

    ところがその天若日子の御霊と、阿遅志貴高日子根神が同一の御分霊であれば、下照比売が阿遅志貴高日子根神を讃えれば、それは天若日子を讃えることになります。
    つまりこの歌は、残された妻の、夫への失われぬ愛が読み込まれているとわかります。

    本節の末尾には、「この歌は楽器とともに演奏される歌です」と書かれています。
    天若日子と下照比売の愛が、長く歌い継がれたのです。

    このように『古事記』は、たとえ罪人としてお亡くなりになった方であっても、ただ悪人だった、裏切り者だったと軽んずるのではなく、「結果として謀反人になってしまったけれど、真剣な愛に生きたという良い面もあり、また妻に心から愛された男であった」ということを、ちゃんと書いています。
    そしてそのことが歌となり、永く語り継がれているとも書いています。

    どんなに良くしてもらっても、戦いに破れたら手のひらを返したように、彫像までつくって通行人に唾をはきかけることを強要する国もあります。
    けれど『古事記』は、どこまでも、人の愛を尊重しているのです。
    それが日本のこころだと思います。
    そして人の愛を尊重する、あるいは活きる、ないしは認められる社会というものは、たいへんに民度が高い社会であるということがいえようかと思います。

    これは福沢諭吉が説いていることですが、民度が低く、誰もが自分の利益ばかりを追求するような国では、「咎人であってもその愛を尊重」するなどという甘いことは言ってられないからです。
    すこしでも甘い顔をしたら、すぐに民がつけあがって、自分の利益だけを声高に主張し、我儘を押し通そうとする。
    ですからそのような民を持つ国では、政府は厳罰主義で、一片の情のカケラもない苛斂誅求の辛き政府にならざるをえません。

    そしてそのような国では、政府が民の民度を信じる姿勢を見せれば見せるほど、民衆はつけあがり、一部の者だけが利権を貪り、その利権を貪る者が、心が貧しくなった民衆を扇動して、より一層、愚かな貪りをし抜くようなになります。
    悲しいことですが、そのような国においては、政府が民を人間と思ってはいけない。
    李承晩は、朝鮮戦争のときに自国民を片端から虐殺しました。
    朝鮮戦争による南朝鮮の死者は、北に殺された人の数より、自国の軍隊に殺された人の数のほうが圧倒的に多かったとも言われています。
    そしてそのことの罪を問う声は、いまだに国の内外からひとつもあがっていません。
    毛沢東も、1億人以上の自国民を殺したと言われています。
    けれど彼もその国、その民族にとっては「偉大な英雄」です。

    李承晩にしても毛沢東にしても、それぞれその本人にとっては、ある意味幸せで充実した生涯であったかもしれません。
    しかし、そうした人をリーダーに仰ぎ、そうした人の持つ政府によって虐殺されたり収奪されたり、あるいはかろうじて生き残っても、極貧生活を余儀なくされる国民、あるいは民衆にとって、その時代は幸せな時代であったということができるのでしょうか。

    なにより大切なこと。
    それは誰もが豊かに安心して安全に暮らせる。
    そういう社会なのではないでしょうか。
    そしてそういう社会であり、民族であればこそ、たとえ咎を受けたとしても、その夫を愛する妻の想いとその心が大切に尊重され、歌にまでなって、永く讃えられたのではないでしょうか。

    冒頭にある小灘一紀(こなだいっき)画伯の絵は、その下照比売です。
    小灘一紀画伯は、古事記を題材に様々な絵を書き、展示会等を通じて古事記の普及に携わっておいでの境港ご出身の洋画家です。
    どの絵も、とても美しい絵です。


    ※この記事は2016年8月の記事の再掲です。
    お読みいただき、ありがとうございました。
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    4月17日(土)13時半から第82回 倭塾を開催します。
    詳細は↓から。
    https://nezu3344.com/blog-entry-4847.html


    感謝の心と祭祀を失わないという日本人の魂の歴史は、なんとヤマトタケルノミコトの時代から綿々と続いてきた、わたしたち日本人の根底にある心です。
    日本人の心を取り戻すとは、日本人が、日本人としての「魂」を取り戻すことです。
    そして魂を取り戻すためには、日本神話の上辺の筋書きだけではなく、その奥にある真意(神意)を学ぶことです。

    弟橘比売命
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     さねさし相武の小野に燃ゆる火の
     火中に立ちて問ひし君はも


    この歌は、弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)が東京湾に入水自殺する直前に詠んだ歌です。
    先に少し情況を申し上げますと、ヤマトタケルノミコトは、大和朝廷の全国統一のために、東奔西走したのですが、その東国征伐のときに、駿河の国(佐賀牟能国、相武の国)の焼津で、地元の国造(くにのみやつこ)に欺かれて、野原で火攻め(焼き討ち)にあうのです。
    このとき、三種の神器のひとつである草薙の剣(くさなぎのつるぎ)で難を逃れるのですけれど、そのことが由来となって、静岡県に焼津の地名が残っています。

    そしてさらに東へと向かったヤマトタケルノミコトの一行は、いまの神奈川県の横須賀あたりから、東京湾を横断して房総半島に向かおうとします。ここは海流の激しいところであることから走水の海(はしりみずのうみ)と呼ばれた難所です。

    ところが海路を行く途中で嵐に遭ってしまう。
    そこでヤマトタケルノミコトの妻(出雲風土記には皇后と書かれています)の弟橘比売命が、海神を鎮めるために入水自殺しました。
    海は夫を想う妻の気持ちが海神に通じて、時化(しけ)がやみました。
    そしてヤマトタケルノミコトの一行は無事に海を渡ることができました。

    弟橘比売命は、身を挺して夫を扶(たす)けたのです。
    このとき、弟橘比売命が入水する直前に詠んだ歌が、冒頭の歌です。



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  • 「知らす」について考える


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    あらためて「知らす」について学んでみたいと思います。
    本稿ではウシハクは扱いません。知らすのみを先ず考えてみます。

    20210402 高天原
    画像出所=https://www.town-takachiho.jp/top/kanko_bunka/kanko_joho/814.html
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



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    小名木善行です。

    古事記では「シラス」は「知」という漢字一文字で表されています。
    つまり「知」と書いて「しらす」と読むのですが、古事記は、大和言葉の意味と漢字の持つ意味が共通するものは漢字で、そうでないものは「以音(こえをもちいる)」と、漢字の音だけを借用したときには、個別に注釈を加えています。
    「知」には、「以音」という注釈がありませんから、この場合は、漢字の「知」と、大和言葉の「シラス」が、意味が共通しているということを意味します。

    そこで「知」という漢字を見ると、この字は「矢」と「口」で成り立っています。
    「矢」は弓矢の矢です。
    「口」の部分は、実は人間の口ではなくて、お酒を注(そそ)ぐ盃(さかずき)の象形だといわれています。
    そして古代において、矢と盃は、神棚に供えるものです。

    いまでは神様は神社においでになられるとされていますが、神社という構造物(建築物)がまだなかった縄文の昔においては、人々が神様と会うときには、神棚を造って、そこに神様の方から降りてきていただくという習慣になっていました。
    そのとき、神棚にお供えするのが矢と盃です。
    この習慣は、いまでも紙垂(しで・下の写真)として神社に残っています。
    紙垂というのは、矢の羽の部分、つまり矢羽の象形です。

    紙垂(しで)
    20210402 紙垂


    我々現代人の多くは、知恵や知識は本を読んだり、先生に教わったりして得るものとされていますが、大昔の日本では、知識や知恵というものは「目に見えない力」であり、それは「神々から授けていただいた力」とされていました。
    ですから「知る」ということは、我々が自分の頭で考えるとか、学んで覚えるといったものではなくて、もともとは「神様の知恵をいただく(お借りする)」と考えられていたわけです。

    ですから「知」という言葉は、そのまま「神々と繋がり、神々の知恵」を意味することになります。
    つまり「しらす・知」という言葉は、神々の知恵そのものであるわけです。



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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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