• 花を手向けた日本人


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    B-29
    B29


    B29といえば、空の要塞です。
    高度1万メートルの上空を、100機から500機の大編隊でやってくる。

    そして地上に焼夷弾の雨を降らせます。

    当時の日本の家屋は木造です。

    その木造の家屋が密集している大都会に、焼夷弾が降ってくるとどうなるか。

    しかも、焼夷弾は空中で四分五裂し、バラバラになって地上に落下する。
    それが家々に突き刺さり発火する。

    非戦闘員への無差別攻撃は、明らかな国際法違反です。

    にもかかわらず、日本はそうやって約559千人の死傷者を出しています。

    B29の正式名称は、ボーイングB29スーパーフォートレス(Superfortress)といいます。
    日本語に訳したら、「超空の要塞」となります。

    なにやらアニメの宇宙戦隊ものか、ゲームに出てくる空飛ぶ要塞みたいな名前ですが、実際、B29は、プロペラ4発の大型爆撃機で、全長30メートル、全幅43メートル。
    2200馬力のエンジンを4機積み、最大速力は最大速力581㎞/h。

    20㎜の機銃1門と、12.7㎜の機銃を12門備え付け、全方位からの完璧な迎撃態勢をひいた、まさに空飛ぶ要塞そのものだったのです。

    アメリカは、このB29を製造し、最初、この大編隊をイギリスに搬送します。

    偶然これを見つけたドイツ空軍は、びっくり仰天し、慌てて迎撃用のジェット戦闘機の開発を急がせた。

    それが「Ta183」です。
    Ta183
    Ta-183


    このTa183は、結局完成には至らなかったのだけれど、その技術は戦後米国に引き渡され、以降のジェット戦闘機の時代を築きます。

    もっとも、英国に集結したB29は、ヨーロッパ戦線には投入されてはいません。

    どういうことかというと、実は、この前年である昭和18(1943)年8月に、ケベックで、米国ルーズベルト大統領と、チャーチル英首相が首脳会談をひらき、中国への支援続行と、ビルマ方面での作戦、対日無差別絨毯爆撃の実行などを決めていたのです。

    つまり、アメリカは、一方でB29の開発をしながら、B29を用いた無差別絨毯爆撃は、対日用に限定して実施する、と当初から決めていた。

    要するに、同じ白人同志の戦いには、こうした明白な国際条約違反の行為は、後の後のためにも行わず、あくまでその利用先は、「黄色い猿」に対してのみ行う、としていたわけです。

    ついでに結論から言うと、対日戦線で猛威をふるったB29は、その後、朝鮮戦争でソ連が登場させたミグ戦闘機にさんざんやられ、ついに引退を余儀なくされています。

    ミグは、ジェット戦闘機です。
    なにせ最大速度は、B29の倍。
    実用高度は15000メートルと、これまたB29よりも高く、まるで歯が立たなかった。

    話を戻します。

    対日用に開発され、いったん英国に集結したB29は、昭和19(1944)年6月には、中国内陸部の成都にはいります。

    そして準備を整え、いよいよ昭和19年8月20日、日本本土空爆のために約100機の大編隊で飛び立ちます。


    謎の大編隊迫る。

    済州島の上空約8千メートルを航行中だったB29の編隊は、済州島にあった日本陸軍電波探知所によって発見されます。

    電波探知所は、緊急無電で、本土防衛制空部隊に報告する。

    報告を受けた陸軍飛行第4戦隊は、直ちに「隼」「屠龍」「疾風」「飛燕」等の新鋭戦闘機に分乗し、曽根、芦屋、雁ノ巣、板付、大刀洗の各陸軍飛行基地から迎撃のためにスクランブル発進します。

    そして北九州上空で、双方の戦隊が出あいます。

    B-29は、上下左右といわず、飛行中に全方位からの攻撃に迎撃できる性能をもった空の要塞です。

    そのB29が、100機の砲門を全開にして弾幕をはる。

    その弾幕をかいくぐり、速度が遅く、装備はほとんど紙でできているのと同じ、日本の戦闘機がB29に果敢に突撃します。

    そしてたちまち13機のB29を撃墜させてしまう。

    このときの模様を、当時中学一年生だった北九州の齋藤茂夫が手記に書いてられます。

    ~~~~~~~~~~~~~

    8月20日は日曜日で、特別な動員命令も下されず、学校は休みであった。

    私は午前中は大豆畠の草取り等の農作業に精を出し、午後からは近所の友達の加藤清さんや古川喜一さん等と、直ぐ近くの城瀬の海岸に泳ぎにいった。

    そして魚を釣ったり、さざえ、あわび、トコブシ、うに、みな等を採った。
    当日は日本晴れで、波も静かで絶好の磯日和であった。

    当日何時もの様に磯をしていると、軽い爆音が聞こえたので見上げると、約8千メートルの上空を真っ白い飛行機雲をたなびかせながら、3機又は4機編隊で、東南東に飛行するB29を目撃した。

    もちろん北九州方面爆撃の侵入であることは直ぐ解った。
    非常に悔しいがいかんともなしがたく、出来ることはぐっと睨みつけるだけであった。

    そしてまたしても無差別爆撃で、無辜(むこ)の乳幼児や婦女子等の非戦闘員が、沢山虐殺されるのかと思うと、非常に強い憤りを憶えずにはいられなかった。

    私はその時、しばらく泳ぐのを忘れて、飛行するB29の編隊を見上げていた。

    それはB29の描き出す真っ白な飛行機雲が、真っ青な空に鮮明に際立ち、とても美しかったので見惚れていたのである。

    その後、私は再び磯を続けた。

    暫くして南の空から激しくキーンと云う爆音や、ダダッという銃撃音が聞こえてきた。

    見上げると多くのB29が、編隊を乱して北に向かって飛んで来た。

    更の良く見ると、豆粒の様な我が戦闘機群が、逃走するB29を縦横無尽に攻撃していた。

    壮絶なる空中戦闘が展開されているのである。

    私達は機銃掃射を避けるべく、慌てて付近の岩陰に避難して、更に繰り広げられる空中戦闘を、手に汗を握りながら見上げていた。

    空中戦闘が始まった頃、加唐島上空辺りで、我が戦闘機1機が黒煙を吐き、高度を下げながら、南の方向に飛行するのが見られた。

    空中戦闘で不覚にも被弾したのである。
    私は此の戦闘機が無事帰投する事を祈らずには居られなかった。

    やがて朦々たる黒煙に包まれて火達磨になったB29が接近して来た。

    良く見ると、隼戦闘機が上に成り下に成りして、執拗に攻撃を加えている。

    B29は高度をグングン下げながら、初山村の当田海岸に接近した時、数個の落下傘が開いた。

    火達磨のB29は更に飛び続け、久喜の西側の小山の端陰に隠れ、私の視界から消えた。

    1分~2分の後、初山村方面から大きな爆発音が聞こえ、同時に黒煙が中天高く立ち上るのが、城瀬の海岸からも明確に見えた。

    私は小躍りして、手を叩き歓喜を上げて喜んだ。

    純粋培養の皇国小国民である私は、不逞にも皇土を犯したり窺おうとした、憎き奴等の当然の末路であると思った。

    生田伍長機の「隼」は、初山上空を2~3周して、B29撃墜を確認して南方向に飛翔帰投した。

    私は、鬼神をも哭かしめる生田伍長の阿修羅の如き奮戦に、最高の賛辞を送るとともに、飛び去る生田機を、涙に潤む目で見送っていた。

    9月に入り、中学は2学期が始まった。何日か後の或る日、学校帰りに初山村の墜落現場を見学に行った。

    現場は墜落してから日数を経過していたので、残骸等は大方片付けられていた。

    何か戦利品は無いかと付近を探したら、弾丸の欠片と焼け焦げた英文の書類片を発見したので、拾って持ち帰った。

    ~~~~~~~~~~~

    たまに聞かれる話なのだけれど、次のようなことを言う人がいます。

    B29の編隊が日本の上空にやってくる。

    日本の戦闘機が迎撃に向かうのだけれど、日本の戦闘機の最高高度は、せいぜい6千メートル。高度が全然届かないし、速力が違いすぎて、追いつくこともできない。

    加えて、B29は、飛行機の周囲360度に死角のない完全武装だったから、迎撃に向かった日本の飛行機は、見る間に上空から撃墜されて、まるで歯が立たなかった。。。

    ところが史実を調べてみると、B-29の総生産数は3,971機です。

    そのうち512機が撃墜され(一説によれば714機が損失)ている。
    そしてのべ2707機が損傷し、乗員の戦死者は2982名にのぼっています。

    圧倒的な性能差がありながら、これは、実によくやった、といえるのではないでしょうか。

    いってみれば、チェ・ホンマンのような巨人で完全武装した100大男の軍団に、数名の中学生の剣道部が襲いかかって迎撃するようなものです。

    倒しただけでも立派なものと言わざるを得ません。


    この日の戦いで、上の目撃談に出てくる生田憲生伍長の操縦していた飛行機は、「隼(はやぶさ)」です。

    そうです。あの加藤隼戦闘隊の「隼」です。

    「隼」は、全幅約10メートル、全長約9メートル、最大速度515Km/hの飛行機です。


    隼


    この日、生田伍長は、僚機とともに福岡上空で索敵中に、約5千メートルの高度で逃走するB29を捕捉しています。

    空中戦の要諦は、敵機より高位に昇り、急降下で優速を保ち、背後から奇襲攻撃を加えるというものです。

    生田機は高度約5千5百米の上空で、B29の後方上空に舞い上がり、急降下してB29の背後から機体に12.7ミリ機関砲を叩き込んだ。

    そして更に反転し、今度はB29の真っ正面から、銃撃を浴びせます。
    B29は、炎上し、高度を下げながらも、なおも飛行を続ける。

    生田機は、逃走するB29を確実に撃墜すべく、壱岐上空まで追撃して更に弾丸を発動機に叩き込みます。

    そのとき、猛火に包まれたB29から敵の飛行士7名が、落下傘で脱出した。

    そして機体は初山村・梅津新田の山中に墜落し、爆発炎上します。

    生田伍長は、初山村上空を2周して撃墜を確認した後、母基地に凱旋帰投している。


    降下した敵兵のうち2名は死亡だったそうです。
    そして5名が、憲兵隊に捕獲され、壱岐要塞司令部の営倉に連行され、翌日福岡の油山捕虜収容所に護送されている。

    この5名は、この日のすこし前に、北九州各都市を無差別に爆撃して、数百名の住民を虐殺した兵です。

    当時、米軍の中では、日本軍に捕虜になったときには、大人しくしていれば、危害を加えられる心配はない、という指導がなされていたといいます。

    なるほど、一部には、名古屋の岡田資(おかだたすく)事件のように、捕獲した米兵を斬首している事件もありますが、これは戦後のBC級裁判ですら、米軍側が「名古屋空襲は無差別爆撃であり国際法違法である」との見解を導き出ています。

    つまり、「一般市民を無慈悲に殺傷しようとした無差別爆撃の搭乗員は、ハーグ条約違反の政争犯罪人であり、捕虜とはいえない」のです。

    東京大空襲による死者
    東京大空襲による死者


    北九州で逮捕された米兵5名のその後については、てもと資料がないので、どうなったのかはよくわかりませんが、ただ、ひとつ、このときに墜落したB29の乗組員のうち、亡くなられた2名の米兵は、日本軍と地元住民とで、現場付近で丁重に埋葬され、十字架を立てて野辺の草花が供えられています。

    これは壱岐要塞司令官であった陸軍少将、千々波幸次将軍(陸士26期・陸大38期)が、副官に命じて埋葬させたもので、戦後の昭和20年末、埋葬された米兵の遺骨は、進駐軍が掘り出して米国に持ち帰っています。

    その時進駐軍の上官は、日本軍が丁重に葬った正義と温情に対して、感謝の念を伝えています。

    絶対に勝ち目のない空戦で、それでもなお、命がけで戦った日本人。

    そして撃墜し亡くなられた米兵に対しても、きちんと埋葬し、野辺の花を手向けた日本人。

    すくなくとも、そういう日本人の心は、これから先、日本が日本である限り、ずっとずっと大事にしていきたいものだと思うのですが、みなさんいかがでしょうか。

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    東京大空襲



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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
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出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
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『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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