• 閑話休題


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    20170123 高千穂の雲海
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    ある方から教わったのですが、私は前世で、杖を手にして岩山の上で朝日(夕日?)を眺めながら、「この美しさをみんなに見せてあげたい」と強く願っていのだそうです。
    「お坊さんだったのですか?」
    と伺いましたら、そうではないのだそうです。
    それ以上詳しいことは伺えなかったし、それがただのイメージなのか、本当に前世の記憶なのかは、自分にはわかりません。
    ただそのように言われれば、そうなのか、と思うだけです。

    ただ、ひとついえることは、このような衝動といいますか、願いは、常に心のなかにあります。
    とっても美しい景色を見たり、何かとても感動したとき、どういうわけか、それをひとりで独占したらもったいないって思うのです。
    みんなで楽しみたい。
    感動を共有したい。
    いつもそのように思います。

    そういう人は、たぶん、他にもたくさんおいでになると思います。
    いわゆる「美味しいお店の口コミ」なんていうものも、美味しかったという感動をシェアしたいという素朴な願いが形になったものなのではないかと思えるからです。


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  • 右大将道綱母


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    20170121 トンボ3
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    右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)というのは、平安中期に正二位大納言にまで昇った藤原道綱の生母のことです。
    この女性の歌が、百人一首53番にある次の歌です。

     嘆きつつ
     ひとり寝る夜の
     明くる間は
     いかに久しき
     ものとかは知る

    藤原道綱母は、衣通姫(そとおりひめ)、小野小町(おののこまち)と並ぶ、本邦三大美女のひとりです。
    ちなみに世界三大美女といえば
     クレオパトラ
     トロイヤ戦争のギリシャのヘレネ
     楊貴妃
    と言われていますが、この3人、3人ともに、あまりに美人であったために、国を傾け、城を滅ぼしてしまっています。
    だから美女のことを、傾国(けいこく)とか、傾城(けいせい)と呼びます。
    美しすぎるがゆえに、男の心を溶かし、国を傾けてしまうというわけです。

    これに対し、本邦三大美女は、いずれも外見も美しかったでしょうけれど、それ以上に心根の美しさが高く評価された美女です。
    衣通姫は、古事記に描かれた女性で、一大恋愛叙事詩の主人公となっている女性です。
    5世紀のはじめ、第19代允恭天皇の時代、木梨軽皇子(きなしかるのみこ)と恋におち、二人は激しく歌の応酬をするのですが、最後は遠隔地に飛ばされた木梨軽皇子のもとに行き、二人で心中しています。
    この悲恋の物語は、「ひなぶり」といって、宮中の楽舞にもなりました。


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  • 義和団事件と大陸出兵


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    20170121 北京の55日_th
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    先日、ある方と話していたら、「だって日本は現実に大陸に兵を置いていたではないか」と、いまさら洗脳された哀れなことを言っていました。
    おっしゃる通り、日本は戦前、China大陸に兵を出していました。
    これは国際的な約束事であり、今ふうに言うならPKOの派遣です。

    日露戦争が起こる4年前になりますが、明治33(1900)年、北京で義和団事件が起こりました。
    義和団というのは中国の伝統的な武芸と宗教が結びついた拳法結社で、
    「扶清滅洋(清国を助け、西洋を滅ぼせ)」をスローガンにし、外国人や中国人のキリスト教信者などを襲撃していた団体と、よく紹介されています。

    少し詳しく述べてみたいと思います。

    義和団のもとは、中国の山東省にあった「神拳」という拳法流派です。
    これに剣術道場の太刀会や、拳法流派の梅花拳などの複数の武術道場が合流し、門弟たちを集めて「義和拳(義和神拳)」を名乗って、巨大な武闘集団となりました。

    義和神拳を身につけると、
    「体は鋼鉄となって銃弾さえも跳ね返し、刀で刺すことも斬ることもできなくなる」
    のだそうです。
    しかも不死身の肉体となるだけでなく、闘気だけで敵を倒すことができるというリーダーが、数多くの門弟を率いて武闘団となり、その武力に惹かれてさらに大勢が群がりました。
    気がつけば、その数20万という、ものすごい大集団になっていたわけです。
    まるでマンガの北斗の拳で、ラオウが複数の武道家の流派を統合して、巨大な大軍を率いたみたいな話ですが、こちらは実話です。

    「すごいなあ。そんな人がいたんだ」などと騙されてはだめです。
    そもそも白髭三千丈というウソばかりの国なのです。

    では真実はどうだったのでしょうか。

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  • かあさんの鼻緒 緒明菊三郎


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    隅田川の川蒸気船
    20170121 隅田川の川蒸気船
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    首都高速を横浜方面から1号羽田線で東京方面に向かって走ると、やがて東京モノレールと高速が平行しては知る所が出てきます。
    そしてレインボーブリッジの少し手前くらいのところに至りますと、高層ビルの「第一ホテル」の薄茶色のビルが見えて来ます。
    そこはいまは「四号お台場」と呼ばれているところなのですが、実は、明治から大正にかけて、そこに造船所がありました。

    この造船所は、我が国の近代造船業の発展に尽くした緒明菊三郎(おあけきくさぶろう)が所有していました。
    いま隅田川には、水上バスが走っていますが、これも昔は「一銭蒸気船」といって、緒明菊三郎が開始したものです。
    一銭蒸気船が川蒸気船になり、いまの水上バスに至っています。

    緒明菊三郎は、伊豆の戸田の出身です。
    生まれは弘化2(1845)年ですから、江戸時代の後期です。
    年号は、弘化から嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応と続き、明治時代に至ります。
    嘉永年間にやってきたのが黒船です。

    菊三郎の生家は、代々戸田の船大工でした。
    平民ですから、平素は名字を名乗りません。
    ですから父は戸田村の嘉吉さんだったし、菊三郎は、戸田村の嘉吉さんとこのセガレの菊三郎という具合です。

    それがどうして「緒明(おあけ)」という名字になったのか、というのが、今日のお話です。


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  • あんぱんのお話


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    20170119 木村屋
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    パンの中に小豆餡が詰まった「あんぱん」は、菓子パンの定番です。
    この「あんぱん」、西洋生まれの普通のパンと異なり、実は正真正銘日本生まれの日本育ちです。
    パンもあんも日本流なら、帝国陸軍とは深い因縁で結ばれているパンでもあります。

    どうして日本式なのかというと、西洋式パンは、ビールと同じホップを用いたパン酵母を使って作られるのですが、あんぱんは、日本酒に使う酵母の麹を使って作られているのです。
    実はこれは、パン作りに和菓子の饅頭の皮の製法を取りいれたものです。
    ですからパン自体がアンコの味によく合います。
    だから飽きずに食べれる、あの美味しいあんぱんになります。

    「あんぱん」が日本で最初に発売されたのは、明治七年のことです。
    発明したのは、木村安兵衛(きむらやすべえ)という茨城県牛久生まれの武士です。
    藩が幕府側だったことから明治維新後、すぐに藩が解体され、家は碌を失ってしまう。
    このときす安兵衛はすでに五十五歳でした。
    当時としては結婚の遅かった安兵衛は、この時点でまだ子供も幼かったのです。
    生活に困った安兵衛は、本家筋を頼って江戸に出ました。


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  • リンゴの心


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    三沢市の空に舞ったミス・ビードル号(2011/9)
    20170119 ミス・ビードル号
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    昨日に引き続いて飛行機のお話です。
    いまはリンゴの美味しい季節ですが、実は飛行機とリンゴに、切り離せない関係があります。

    さて、国内で生産されるリンゴの50%は、青森県産です。
    国際的には、リンゴ生産量は、1位がChina、2位米国、3位フランスです。
    米国では、ワシントン州にあるウェナッチ市が、リンゴの産地として有名です。
    そのウェナッチ市は、青森県三沢市とリンゴ産地の「姉妹都市」になっています。
    なぜ姉妹都市かというところに、実は、飛行機が関係してくるのです。

    ライト兄弟が世界で初めて飛行機を飛ばしたのは明治36(1903)年ですが、その後、飛行機は瞬く間に世界に普及し、性能も向上していきました。
    昭和6年ごろになると、500馬力近いエンジンの飛行機が開発されています。
    科学技術の進歩はすさまじいものです。

    チャールズ・リンドバーグが大西洋無着陸横断飛行を成功させたのは有名な話です。
    この飛行は「翼よ、あれがパリの灯だ」という映画でも紹介され、世界的に有名になりました。
    この飛行が行われたのが、昭和2年です。

    この飛行で、リンドバーグは「大西洋」を征服したのですが、すると今度は世界の冒険飛行家たちの間で、次の目標として「太平洋横断」に注目が集まりました。
    ところが、ニューヨーク~パリ間の大西洋横断が約6千キロであるのに対して、太平洋横断は、約8千キロの道程です。
    3割も距離が長くなります。
    しかも通信機が貧弱な時代です。
    通信手段は、トンツートントンのモールス信号だけです。
    しかも下は海です。
    途中でエンジンが不調になって海に不時着したら、まず助かることはできません。
    まさに命がけの大冒険だったのです。


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  • ライト兄弟より早く飛行機を飛ばした日本人 二宮忠八


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    20170117 飛行神社(京都・八幡市)
    20170117 飛行神社(京都・八幡市)


    4月29日は昭和の日。
    この日は昭和天皇のお誕生日であります。
    ちなみに明治天皇のお誕生日が11月3日。
    大正天皇が8月31日。
    今上天皇が12月23日です。

    そして4月29日は「飛行機の日」でもあります。
    飛行機といえば、ライト兄弟が有名ですが、ライト兄弟が人類初の有人飛行を実現したのは、明治36(1903)年12月17日です。
    4月ではありません。

    ではなぜ4月29日が飛行機の日なのか。
    今日は、このことを書いてみたいと思います。

    ちなみに、ライト兄弟が、ノースカロライナ州のキティホークにあるキルデビルヒルズで、12馬力のエンジンを搭載した「ライトフライヤー号」で、飛ばした飛行機は、最初のフライトが、わずか12秒です。
    4度目の飛行で、59秒、260メートルの飛行が行われました。

    下の写真は、そのときの実写版で、飛行機を操縦しているのが弟のオーヴィル、横にいるのが兄のウィルバーです。

    ライト兄弟の飛行機
    ライト兄弟


    ところが実は、ライト兄弟よりも12年も前に、飛行機を飛ばしていた人がいるのです。
    日本人です。
    二宮忠八(にのみやちゅうはち)という人です。

    その二宮忠八が、香川県の丸亀練兵場で、わずか10メートルではあるけれど、日本初のプロペラ飛行実験を成功させたのが、明治24(1891)年4月29日です。
    ちなみに、二宮忠八は、翌日には、なんと36メートルの飛行に成功しています。

    その飛行機は有人ではありません。
    模型と言った方が良いものです。
    しかしこれが人類初の動力飛行実験の成功であったことは、疑いのない事実です。


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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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