• 暖炉のススと日本的日常


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    山本五十六の手紙
    山本五十六氏の手紙

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    明治以降の日本では、義務教育があたりまえになっています。
    それはとても良いことです。
    けれど、その大本をたどってみると、必ずしも良いことばかりではない・・・というのが今日のお話です。

    義務教育などの「学制」は、明治5年に敷かれました。
    これによって、全国一律の、いわゆる国民教育が行われるようになりました。
    ではそれまではどうだったのかというと、基礎教育は民間の寺子屋が行っていました。

    寺子屋は義務教育ではありませんから、当然、教育を受ける子と受けない子ができてしまいます。
    けれど、江戸時代の識字率は、98%あったという説もあり、これは、実は、もしかすると現代日本よりもはるかに優れた教育がなされていたことを示します。

    なぜなら、当時の文は筆字です。
    しかも草書体や続け文字が多用されていました。
    現代日本人で、果たして、そうした文字を読める人がどれだけいるでしょうか。

    トップに張った写真は、山本五十六の手紙です。
    出だしのところだけ、活字にしてみると、
    「拝啓
     益々御清健、このたびは浦波号にて
     南洋を御視察相成候よし
     奉多謝。世上机上の空論
     を以て国政を弄ぶの際、躬行
     以て自説に忠ならむとの真摯
     なる御心掛けには敬意を表候
     但し海に山本在り以って御安心な
     どは迷惑千万にて小生は単に
     小敵たりとも侮らず大敵たりとも
     懼れず」
    と書いてあります。

    改行位置などは、上の写真のままですが、それでも上の文字を直接読める人は少ないと思います。
    私も、はっきりいって読めません。


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  • 日本的組織と合意の形成 小倉三省


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    小倉 三省(おぐら さんせい)は、谷時中(たに じちゅう)に程朱学を学び、野中兼山とともに、治水、土木、開墾事業に力をそそぎ、土佐南学の発展につくした人です。

    もともとは代々、近江の人で、祖父の勝右衛門は山内盛豊(やまのうち もりとよ、一豊の父)に仕え、その盛豊は信長の家来だったのですが、弘治3(1557)年に黒田城が夜襲を受けたときに、子の十郎とともに戦死してしまいます。
    このため上司を失った山内一豊は、しばらく転々とした後、豊臣秀吉に仕え、その後、秀吉の小田原攻めの戦で功績があって、遠州掛川の城主になりました。

    小倉三省の父は、その一豊に仕え、もともと勇猛をもって聞こえ、一豊が土佐の高知城に封じられた時、上太夫として、91歳で没しています。
    小倉三省は、その父のおかげで、一豊のもとで火器隊長となり、中太夫となり、その後上太夫に出世して3千石を賜う武士となりました。

    小倉三省は、野中兼山より9つ年上でしたが、とともに谷時中の門人として、肝胆相照らす仲でした。
    その後、野中兼山は、藩侯によって総奉行に取り立てられ、次々と山野を拓き、また港湾を整備するなど、大功を現していきました。

    一方、小倉三省は、野中兼山と同じ役職にありながら、官僚としての功績は兼山に遠く及ばないものでした。
    その間、小倉三省はむしろ兼山の後を継ぐ後進の指導に深くあたりました。
    人によっては「兼山は徳すくなし」と述べる者もいました。
    そんなある日、小倉三省が兼山に言ったことがあります。

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  • 三宅寄斎(みやけきさい)


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    20170127 大徳寺
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    三宅寄斎(みやけきさい)は、戦国末期の1580年生まれで、宇多源氏を祖先に持つ佐々木秀義の第三子である佐々木盛綱の末裔です。
    この家系には、5世に南朝の忠臣として後醍醐天皇に忠義を尽くして讃えられた児島高徳(こじまこうとく)がいます。

    三宅寄斎は11歳で父を喪い、その後仕官しないで、京都の大徳寺で書を読み、学問を進めました。
    この三宅寄斎には、師匠と呼べる人がいません。
    自ら漢や唐の国の漢籍を学び、独自に注釈を施して子弟に教授していました。
    その教授が、実に深いものであったため、門人となる子弟が後を絶たなかったといいます。

    石田三成が、近くの佐和山城にあり、三宅寄斎の高名を聞いて、家臣の戸田某を差し向けて礼節をつくして三宅寄斎を招きました。
    ところが三宅寄斎は、三成が天下の平穏よりも秀頼に固執して日夜謀議を凝らしている様子を見て、わずか三回請われて訪問しただけで、あとは病気と称して再び交わることがなかったそうです。

    三成の家臣に、柏原某という人がいて、この人は三宅寄斎と友として親しくしていました。
    主君思いの柏原某は、黄金15両を持参して、三宅寄斎に三成のもとに馳せ参じるように求めましたが、それでも三宅寄斎は、三成との面談を拒んだと言います。


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  • 師道の確立 谷時中


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    20170127 谷時中の墓
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    谷 時中(たに じちゅう)のことを書いてみたいと思います。
    戦国時代、我が国の価値観は混乱し、人を殺したり怪我をさせてもとにかく強ければ良い、強ければ赦されるという、不可思議な道徳観が蔓延しました。
    人々の欲望が刺激され、人は己の欲得のために生きるものという気風が高まり、周辺国からやってきた人々が国内でありえないような犯罪を犯して逃げていくことが日常となった時代でもありました。

    お伊勢様の式年遷宮は、太古の昔より国費をもって営まれてきましたが、これがされなくなった時代が、日本の長い歴史の中で二回だけあります。
    一度目が応仁の乱に始まる戦国時代の100年。
    二度目が大東亜の敗戦後の71年です。
    つまり、戦国期は、戦後の日本によく似ているということです。

    そうした時代にあって谷時中は、日本における「師道」を確立しました。
    どんなに社会的に身分が高くても、学問の場では師匠が上です。
    たとえ相手が大名であり、師匠が農民の出であっても、学問の場では師匠が平気で殿様を呼び捨てにする。
    同様に、社会においても上長の前では、部下は常に平伏する。

    童子教にいわく、
    1 夫貴人前居 夫(そ)れ貴人の前に居ては
    2 顕露不得立 顕露に立つことを得ざれ
    3 遇道路跪過 道路に遇ふては跪(ひざまづ)いて過ぎよ
    4 有召事敬承 召す事有らば敬つて承れ
    5 両手当胸向 両手を胸に当てて向へ
    6 慎不顧左右 慎みて左右を顧みざれ
    7 不問者不答 問はずんば答へず
    8 有仰者謹聞 仰せ有らば謹しんで聞け

    まさにこれを確立したのが、谷時中であったわけです。

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  • 清水次郎長


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    清水一家
    20170126 清水一家
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    以下のお話は、平成23年6月にアップしたものですが、次郎長三国志にはない、ちょっと良いお話を書いています。

    ============
    「食いねえ、食いねえ、寿司食いねえ」といえば、ご存知広沢虎三の「次郎長三国志」です。

    讃岐の金毘羅樣へ刀と奉納金を納めた遠州森の石松が、帰り道に大阪から京都に向かって三十石船に乗ります。
    船の中で、お江戸は神田の生まれという江戸ッ子が、
    「清水港に住む山本長五郎、
     通称清水次郎長が、
     街道一の親分よ!」
    と啖呵を切ります。

    親分のことを褒められて嬉しくなった石松は、その江戸っ子に、
    「もっとこっちへ寄んねえ」と声をかけました。
    酒を進めて、
    石「呑みねえ、呑みねえ。江戸っ子だってねえ」
    江「オゥ、神田の生まれよ」
    石「そうだってねえ。次郎長にゃいい子分がいるかい」
    江「いるかいどころの話じゃねえよ。
      千人近く子分がいる。
      その中でも貸元をつとめて他人様から
      親分兄貴と言われる人が28人。
      これを唱えて清水の二十八人衆ってんだ。
      この二十八人衆のなかに次郎長ぐらい偉いのが、
      まだ五、六人いるからねえ。」


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  • 親韓反日の路線転換


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    20170124 猿の惑星
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    もともと朝鮮半島は五百年もの間、李氏朝鮮がChinaの属国として支配していたエリアです。
    国ではありません。エリアです。
    産業らしい産業もなく、国は貧しく国民は飢え、その劣悪な環境から、平均寿命は二十四〜五歳、主な輸出品目は、Chinaに献上する女性だけ、両班と呼ばれる貴族が横暴の限りをつくし、庶民には名前すら与えられていませんでした。

    要するに端的に言えば未開の蛮族が住むエリアで、そこに李王朝というヤクザのボスがいました。
    清国に擦り寄り、国王の称号をもらっていましたが、清朝からすれば隣国であるにも関わらず、清王朝が李氏朝鮮に与えた国王としての印綬は「泥印」です。
    Chinaの王朝では、冊封国に与える「国王印」にはランクがあり、清国が対等とみなした国は金印、普通の国には銀印を与えていました。

    この格付を清王朝を東亰に例えると、都道府県が金印です。
    市長さんたちが銀印です。
    泥印は、村長さんクラスということになります。
    ちなみに日本は、冊封を受けていた当時でさえ、金印です。

    ところがいまから百年ほど前、李氏朝鮮の宗主国である清王朝が滅びました。
    一方、隣にある日本は、日清日露の大戦に勝利し、世界の一等国の仲間入りを果たしていました。
    このため李氏朝鮮は、慌てて手のひらをかえしたように日本にすり寄りました。
    今度は力をつけた日本の属国となろうとしたわけです。
    けれどそれは日本にとって、何のメリットもない提案でした。


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  • 私心


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    雪の名古屋城
    20170125 雪の名古屋城
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    時代劇などで、お殿様役の役者さんが、「よは満足じゃ」と語るシーンがあります。
    ここでいう「よ」とは、いったい誰のことなのでしょうか。

    現代漢字では、「余」とか「予」が充てられます。
    けれど本来は、実は「世」です。
    ただ、「世」と書くと、なんだか大上段に振りかぶった大言壮語みたいで生意気なので、すこし遠慮して「余」とか「予」を書きました。

    音はあくまで「よ」です。
    そして「よ」とは「世」のことです。

    以前にこのことを書いたときに、ムキになって、「ねずがまたウソを書いている。よ、という一人称は、漢字で予や余、世と書くのが習わしなのだと、わかったようなことをさかんに書き立てていた人たちがいましたが、おそらく、わからない人(=心のねじ曲がった人)には、永遠にわからないことだと思います。
    そもそも日本語を、西洋的な人称という概念だけで捉えようとしていること自体が、すでにアホです。

    なぜ「世」なのかというと、人の上に立つ者、つまり殿様は、「私」を持ってはならないからです。
    これはとっても厳しいことで、殿様は、幼少期から徹底的にこのことを教育されました。
    なにしろ「私心を持ってはいけない」ということは、昔の武士たちのイロハのイの字よりも前に来る、基本中の基本だったのです。

    ですから、いまの子どもたちなら、
    「俺、これ食べたーい」とか、
    「俺、これほしい」、あるいは、
    「俺が一番!」などという言葉は、ごくあたりまえの日常語ですが、殿様の家庭では、こらはすべて禁止です。
    なぜなら、「俺が」という言葉自体が、私心のあらわれだからです。

    他の人を優先するとか、譲り合いの精神といったものとも違います。
    それも私心です。自他があるからです。
    常に世の中のために、何が大切か、必要か。
    それだけが大事にされました。

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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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