• 「道」と「教え」にみる日本人の宗教観と主体性


    人が正しく生きる道のことを、人道と言います。
    人道が大切であることは、万国共通の常識です。
    けれど人道は、教えではありません。
    教えを通じて得る結果が、人道です。
    これが「宗教」と、「神道」の大きな違いです。
    これは日本文化の大きな特徴です。

    1万5000年の歴史があると言われる熊本の弊立神宮
    20201126 弊立神宮
    画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%A3%E7%AB%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE
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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    以下は、11月17日に配信したねずさんの有料メルマガに掲載した記事のコピーです。
    メルマガは、最初の一ヶ月は無料で購読できます。

     *

    日本にはもともと「宗教」という言葉がありません。
    この言葉が出来たのは幕末のことで、英語の「レリジョン(Religion)」の翻訳語として生まれたのが「宗教」という言葉です。
    では日本には神様はいなかったのかというと、そんなことはなくて、全国津々浦々に神社があります。

    宗教がないのに、神社がある。
    それならば神社は神社教という宗教なのかというと、これがまたそうではない。
    欧米人にはこのあたりが非常にわかりにくい。

    くわえて日本人や外国の日本研究者が、神社の御祭神のことを「God」と英訳すものだから、余計にわけのわからないものになっています。
    英語圏における「God」は、天地を創造した特定の1柱だけです。
    ですから、日本にはその「Godが八百万(eight million)もいるのだ」などといい出すと、向こうの人からは、「この人、頭がおかしいんじゃないか」と思われてしまうのです。

    その意味では、むしろ日本人にとっての神は、英語圏でいう祖先を意味する「アンセスター(Ancestor)」の方が意味合い的に近いかもしれません。
    それなら、たくさんいて、ぜんぜん不思議がありません。
    けれど誤解を避けたいのなら、むしろ日本語のまま、「Kami(カミ)」とした方が無難といえます。

    さらにやっかいなことが、神道が宗教(Religion)の一派とされてしまうことです。
    「Religion(宗教)」は、いま生きている自分が信仰するものであり、「Worship(礼拝)」の対象です。
    ところが日本の神道は、祖先から伝わった伝統(Tradition)であり、未来の子供たち(子孫たち)につなぐ伝統(Tradition)、つまり過去現在未来という時間の流れをつなぐものです。


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  • 赤穂浪士外伝「天野屋利兵衛は男でござる!」


    「ねずラジ」は、筆者が12年にわたって書き綴ってきたブログの記事4000本の中から、選りすぐりの記事をベースに対談形式でお届けするラジオ番組です。もちろん、ただ過去記事を読み上げるだけでなく、その都度補足しながら、より理解が深まるように話しています。意外と人気で、リスナーが多いのでびっくりしています。
    詳細はこちら→https://www.ishikikaikaku.jp/nezuraji/


    「町人なれども天野屋利兵衛、
     思い見込んで頼むぞと、
     頼まれましたお方様には
     義理の二字がございます。
     たとえ妻子がどのような
     火責め水責めに合うとても、
     これで白状したのでは
     頼まれました甲斐がない。
     天野屋利兵衛は、男でござる!」


    20151215 天野屋利兵衛
    画像出所=http://www.kusuya.net/%E5%A4%A9%E9%87%8E%E5%B1%8B%E5%88%A9%E5%85%B5%E8%A1%9B
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    小名木善行です。

    昨日、赤穂浪士外伝から「矢頭右衛門七」をご紹介しましたので、今日は同じく外伝から天野屋利兵衛(あまのやりへい)をご紹介してみようと思います。
    上にある絵は、面白いので貼ってみたのですが(クリックすると掲載ページに飛びます)、同じ役柄でも、演じるのが丹波哲郎と、藤田まことでは、ずいぶんと雰囲気が違うもですね(笑)。

    天野屋は、大阪で代々続いた回船問屋の大店(おおだな)です。
    熊本の細川家や、岡山の池田家などにも出入がありました。
    大阪商人の寄り合いでは、北組の惣年寄にもなっていたくらいですから、かなり商売も順調だったのでしょう。

    ところが五代目利兵衛のときに大きな海難事故があって、店が傾いてしまいます。
    そのとき助けてくれたのが「赤穂塩」で藩の財政を立て直しを図っていた播州赤穂藩でした。
    このときから天野屋は「赤穂塩」の販売をいってに手掛けるようになり、家業を再興しています。
    ところが元禄13年、赤穂のお殿様が江戸城の殿中で刃傷沙汰を起こし、赤穂藩はお取り潰しになってしまったわけです。
    これはある意味、天野屋からしてみれば、商売の浮沈に関わるたいへんな事件だったわけです。

    そんな天野屋のもとに、ある日やってきたのが、元赤穂藩の家老だった大石内蔵助(おおいしくらのすけ)です。
    「内密で刀身が短く身幅の広い刀を50本ばかり用意してもらえぬか」
    そう問う内蔵助に、
    「もしかすると」と天野屋利兵衛は察します。
    《刀身が短く身幅の広い刀》というのは、屋内での戦いのための刀です。
    しかも乱戦で相手の人数が多いことを想定したときに用いる刀です。

    少し補足すると、屋内では天井が低いので普通の長さの大刀では、上段からの打ち込みができません。
    だから刀身を短くするのです。
    また《身幅が広い》というのは、乱戦で刀と刀が打ち合ったときに、折れない、曲がらないようにするための工夫です。
    つまり内蔵助は、明らかに吉良邸討ち入りを前提とした刀を求めにやってきたのです。


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  • 赤穂浪士外伝「紅扇に乗せた梅の花」矢頭右衛門七


    昨今では、この時期に定番だった「赤穂浪士」の時代劇もテレビでやらなくなったし、そもそも赤穂浪士を知らない若者が増えていると聞きます。今日のお話のような物語を、時代劇でこの時期にやったら、きっと高視聴率間違いないと思うのですが、残念なことです。

    20191214 紅扇に乗せた梅の花
    画像出所=http://blog.livedoor.jp/rh1-manyo/archives/43416882.html
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    小名木善行です。

    毎年この時期に赤穂浪士討ち入りの日を記念して、「赤穂浪士外伝『紅扇に乗せた梅の花』矢頭右衛門七(やとうえもしち)」をお送りしています。
    毎年同じ話でしつこいと思われるかもしれませんが、大好きなお話なのだから仕方ありません(笑)。
    このお話は『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人 第二巻』にも掲載したお話です。

    しかし、それにしてもこういう物語が、テレビの地上波の時代劇としてまったく流されないのは、残念至極としか言いようがありません。
    日本人のもともとの演劇芝居やドラマというのは、主人公たちの誰もがどこまでも、真面目でひたむきで、真面目だから、そこに葛藤があり、悩みがあり、涙や笑いがそこにあるということが、最大の特徴であったと思います。
    だから海外でも高評価をいただいたのです。
    ところが昨今のテレビドラマや時代劇では、主人公たちが不真面目、不謹慎であったり、そのために悪に手を染めるような描写が目立ちます。これはどうみても日本人的な美意識ではない。
    テレビドラマで、いまのところ最後の時代劇となったのは、2009年の大沢たかお主演の「JIN−仁−」がもしかしたら最後だったのではないか。そんなふうに思います。

    さて、本題です。

    **************
    赤穂浪士外伝
    紅扇に乗せた梅の花
    矢頭右衛門七(やとうえもしち)
    **************

    ─────────
    ▼ 矢頭右衛門七の恋
    ─────────
    12月14日といえば、赤穂浪士討ち入りの日です。
    赤穂浪士の物語というのは、本編(浅野内匠頭と吉良上野介の確執、切腹から討ち入りまで)のお話だけではなくて、四十七士のその他の登場人物のひとりひとりに、それぞれの細かなエピソードがたくさん残されています。
    ここまでくると、もうどれが実話で、どれが脚色なのか、さっぱり分かりません。
    それらのエピソードの中でも、私が特に好きなのが「矢頭右衛門七」のお話です。

    矢頭右衛門七は、討ち入りのときわずか17歳でした。
    大石主税(おおいしちから、内蔵助(くらのすけ)の息子)につぐ若さです。
    当時は「数え年」ですから、いまでいったら16歳。
    それも栄養事情がいまよりはるかに悪かった時代ですから、見た目はいまの13、4歳くらいだったかもしれません。それでもやはり武士は武士です。





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  • 尊皇の筋を通した赤穂浪士


    いわゆる「本当のこと」、「真相はかうだ」といったものは、解釈ですから、様々な解釈が成り立ちうるのです。
    赤穂浪士の事件に関する一連の論考も、これは解釈です。
    けれど、だからといって、様々な解釈を羅列しても、意味はありません。
    むしろ、建前として、「この件は、こういうことであったのだ」と「決めて」しまう。
    そうすることによって、具体的正義を実現する。
    建前というのは、決して意味のないものではなく、建前が立てられるからこそ、社会が安定し、対立や闘争を離れて、人々の生活の安寧が図られるのです。
    このことは、何が正しいかよりも、はるかに重要なことです。

    東京・泉岳寺にある赤穂浪士四十七士の墓。
    向かって左奥にある一段と大きな墓石が浅野内匠頭の墓。その隣には妻の瑤泉院の墓もある。
    20171218 泉岳寺の赤穂浪士の墓
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    小名木善行です。

    ある方からご質問をいただきました。
    それは、
    「赤穂浪士の一連の事件の中で、
     浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、
     吉良上野介(きらこうずけのすけ)に、
     江戸城内の松の廊下で
     刃傷に及んだ理由がわからない」というものでした。

    ほとんどの映画や演劇、ドラマでは、浅野のお殿様が、吉良上野介に、
    「イジメられて我慢できなくなって刃傷に及んだ」としてドラマ化しています。

    しかし浅野のお殿様は、赤穂5万国のお殿様です。
    そのお殿様ともあろう御方が、年寄りにすこしイビられたくらいで、逆ギレして刃傷に及んだというのなら、それはあまりにも浅はかだったということになるのではないか。
    赤穂5万国の藩士たちや、その家族、そして藩の民に対して、それは殿様として、あまりに無責任とはいえないか。
    さらにいえば、そのような殿のために、家臣が討ち入りまでしているということは、すこし筋が違うのではないか、という疑問です。

    なるほど鋭い指摘だと思います。
    赤穂浪士の物語の醍醐味は、実は、そんな疑問から始まるのです。
    そして、浅野内匠頭と赤穂浪士の活躍は、実はその後の日本の歴史を変えたのです。

     *

    まず誤解を解いて置かなければならないことは、江戸時代の大名(藩主)というものは、絶対王政における君主ではないということです。
    我が国のすべては神々のものであり、神々の直系の子孫である天子様(天皇)のものであるというのが、基本です。
    我が国は天皇の知らす国なのです。

    ですから藩主は、絶対君主ではなく、どこまでも藩の総責任者であって、藩を天子様から将軍を経由して預かっている立場です。
    もっというなら藩主は、藩の土地を護り、藩民が豊かに安全に安心して暮らせるようにするための藩の最高責任者です。
    従って、藩に何かあれば、その責任は藩主の責任となります。
    そしてそれが許しがたい問題であれば、藩主は腹を斬らなければならない。
    それが江戸時代の標準となる考え方です。
    藩主という地位は、命がけなのです。


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  • 靖国に祀られた女性 岩崎ゆき


    日清戦争における我が国の戦死者の数は、合計で1万3,311名です。
    このうちの9割にあたる1万1,894名が病死です。大陸は、我が国では考えられないほど、衛生環境が劣悪だったのです。
    そうしたなかにあって、戦場は、何も男ばかりの前線だけではありません。銃後の病院看護婦たちもまた、感染症という病気の最前線で戦争を戦っていたのです。
    岩崎ゆきは1929年、日清戦争で亡くなった兵士とともに靖国神社に祀られています。

    20201128 従軍看護婦
    画像出所=https://www.redcross.ac.jp/about/history
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    小名木善行です。

    日清戦争(1894〜95年)では、日本男児の武勇伝が語られることが多いが、実は、女性も奮闘していました。
    そのひとりが、日本赤十字社京都支部の看護婦だった岩崎ゆきです。
    十七歳の岩崎ゆきは、数多くの候補者から選抜され、チャイナ戦線で感染症を患った兵が収容される広島陸軍予備病院に赴任しました。

    戦時において、看護はもともと男性の仕事とされていました。
    陸軍でも当初、予算と風紀の問題により、女性看護婦の受け入れには否定的でした。
    軍人が女性問題を起こせば、軍の名誉が失墜するからです。
    ただ赤十字の強い要請によって、数人の女性が受け入れられました。
    岩崎ゆきはそのうちのひとりでした。

    岩崎ゆきは「女性の代表」という自覚のもとに看護にあたりました。
    しかし勤務開始から半年後、感染症の腸チフスにかかり、この世を去ってしまう。

    彼女はどのような思いで看護にあたっていたのか。
    少々長くなるが遺書を紹介したいと思います。

    ***

    「お父さま、お母さま、
     ゆきは大変な名誉を獲得いたしました。
     家門の誉れとでも申しましょうか。
     天皇陛下にゆきの命を喜んで捧げる時が来たのであります。
    (中略)
     勿論予防事項については充分の教えは受けて居ります。
     しかし強烈あくなきばい菌を取扱うのでありますから、
     ゆきは不幸にして何時感染しないとも限りません。
     しかし、お父さま、お母さま、考えても御覧下さい。
     思えば思う程この任務を命ぜられたのは
     名誉の至りかと存じます。
    (中略)
     今日で私の病室からは十五人もの兵士達が死んで行きました。
     身も魂も陛下に捧げて永遠の安らかな眠りであります。
     また中には絶叫する兵士達もありました。
    「死は残念だぞ!
     だが死んでも護国の鬼となって
     外敵を打たずに済ますものか」と
     苦痛を忘れて死んでいったのです。

     あるいは突然「天皇陛下万歳!」と叫ぶので
     慌てて患者に近寄りますと、
     そのまま息が絶えていた兵士達もありました。

     しかも誰一人として
     故郷の親や兄弟や妻子のことを叫んで
     逝ったものはありません。

     恐らく腹の中では飛び立つほどに
     故郷の空が懐かしかったでありましょう。
     ただそれを口にしなかっただけと思われます。
    (中略)
     しかしゆきは厳格なお父様の教育を受けた娘であります。
     決して死の刹那に直面しても
     見苦しい光景などは残さない覚悟で居ります。

     多くの兵士達の示して呉れた
     勇ましい教訓通りにやってのける決心であります。
     決してお嘆きになってはいけませぬ。
     男子が御国のために名誉の戦死をしたと
     同様であると呉れ呉れも思し召して下さい。

    ***

    まるで古武士のような覚悟が伝わってきます。
    岩崎ゆきは、懸念した問題も起こさず活躍したことで、その後、軍隊での女性の採用が認められるようになりました。
    戦後、女性看護婦が一般化したのも、岩崎ゆきのような尊い犠牲があったためです。

    日清戦争における我が国の戦死者の数は、合計で1万3,311名です。
    このうちの9割にあたる1万1,894名が病死です。
    大陸は、我が国では考えられないほど、衛生環境が劣悪だったのです。

    そうしたなかにあって、戦場は、何も男ばかりの前線だけではありません。
    銃後の病院看護婦たちもまた、感染症という病気の最前線で戦争を戦っていたのです。

    岩崎ゆきは1929年、日清戦争で亡くなった兵士とともに靖国神社に祀られています。

    ※この記事は2015年9月の記事の要約です。
    お読みいただき、ありがとうございました。
    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行でした。


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  • 第78回 倭塾開催のお知らせ(再掲)


    「ねずラジ」は、筆者が12年にわたって書き綴ってきたブログの記事4000本の中から、選りすぐりの記事をベースに対談形式でお届けするラジオ番組です。もちろん、ただ過去記事を読み上げるだけでなく、その都度補足しながら、より理解が深まるように話しています。意外と人気で、リスナーが多いのでびっくりしています。
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    20201130 忠臣蔵
    画像出所=https://ameblo.jp/kmshills-partners4/entry-12429214848.html
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    今回の倭塾のテーマは「赤穂浪士と忠義の概念」です。
    テーマ的に、主君に尽くすことが忠義の道という話を想像されてしまいそうですが、さにあらず。
    まったく別な赤穂浪士像、吉良上野介像、そして江戸文化の根幹を学ぶことで、日本人が古来、何を大切にしてきたかを学びます。

    コロナ問題が再燃していますので、会場にはアルコールの消毒液とマスクをご用意します。
    また会場では、
    ・皆様に会話の際のマスク着用厳守をお願いします。
     (水分補給の際のみマスクはずすことはOKとします)
    ・会場では、30分ごとに5分間、2箇所以上の窓開けを行い換気をします。
    ・今回の開催は、会場定員の半分の参加者までに限定します。
    ・お席は前後左右1メートルあけるように設置します。
    以上、必要な対策を取りながらの開講になります。

    開催場所は東京・江東区の富岡八幡宮、婚儀殿です。
    倭塾(公開講座)は、大人から子供までどなたでもご参加いただける、ねずさんの私塾です。
    女性のご参加が多いのも、倭塾の特徴です。
    塾生としての登録が必要なわけでもなく、当日お越しいただければ、どなたでもご参加いただくことができます。


    1 日 時 令和2年12月19日(土)
          13:00 開場
          13:30 開始
          16:30 終了
    2 場 所 富岡八幡宮・婚儀殿
          〒135-0047 東京都江東区富岡1丁目20−3
    3 テーマ 赤穂浪士と忠義の概念
    4 講 師 小名木善行
    5 定 員 25名
    6 参加費
     (1) ご新規        2500円
     (2) 倭塾参加経験者    2000円
     (3) ご夫婦で参加 お二人で2000円
     ※事前振込は必要ありません。当日会場でお支払いください。
     (4) 未成年者          無料
     (5) ご家族お友達招待特典
       これまでに一度でも倭塾にご参加されたことのある方が、倭塾初参加となるご家族・ご友人などをお連れの場合、そのお連れの方を人数に関わりなく初回参加のみ無料とします。
    7 参加方法
      直接会場にご来場ください。
    8 Facebook参加ページ
      お手数ですがFacebookご利用の方は、↓のページから 「参加」ボタンをクリックしてください。
      ↓↓↓
      https://fb.me/e/1s4HxoCJr
    9 主 催 小名木善行
      開催協力 日本の心をつたえる会
    10 懇親会 (調整中)

    お読みいただき、ありがとうございました。
    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行でした。


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  • 「夢」と「ゆめ」と「ドリーム」の違いにみる日米中の文化の違い


    「ねずラジ」は、筆者が12年にわたって書き綴ってきたブログの記事4000本の中から、選りすぐりの記事をベースに対談形式でお届けするラジオ番組です。もちろん、ただ過去記事を読み上げるだけでなく、その都度補足しながら、より理解が深まるように話しています。意外と人気で、リスナーが多いのでびっくりしています。
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    言葉は、たいせつなものです。
    日本語は、多様な文化を採り入れるのに際して、とても適した言語ですけれど、もとからの日本語の言葉の意味をしっかりとわきまえていないと、とんでもなくアコギな連中に引っかかってしまいます。
    日本人が日本語《国語》教育は、もっとしっかりしたものにしていく必要があると考えます。
    なぜなら日本人は日本語で思考するからです。

    20201130 小学國語
    画像出所=http://yosisi.sakura.ne.jp/sub1.htm
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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    よく「夢を実現する」とか「夢をかなえる」といいますが、現代日本人にとって、「夢」というのは、どのような意味を持っているのでしょうか。
    実は日本語の夢、英語のドリーム、中国語の夢では、それぞれまったく意味が違います。
    そこで、今回は夢について考えてみたいと思います。

    英語で夢のことは「Dream」とされます。
    「Dream」の語源は古サクソン語の「drōm」で、「よろこび、楽しみ」を意味するのだそうです。
    アメリカ映画などで、よく「夢をかなえる」などと言いますが、それは語感としては「自分が楽しみにしている希望を実現することでよろこびを得る」という語感があるわけです。

    戦後は、なんでもかんでもアメリカさんの真似をすることが流行(はや)りですから、米国人なみに「君の夢を実現しよう!!」などと言われると、ついその気になってしまう人も結構あるようですが、では、日本語の「夢」には、どのような意味があるのでしょうか。

    まず漢字の「夢」は、「くさかんむり」の下に「目」を横にした字(これを横目といいます)があり、その下に「夜」という字の省略形の「タ」があります。
    つまり夜は暗いので、草の一本一本がよく見えない・・・というわけで、なんとなくボヤ〜ッとしていて、よくわからないものが「夢」です。
    眠っている間に見る夢は、観ているときははっきりしているつもりでも、目が覚めたら忘れてしまう。
    ですから中国語でも「夢」といえば、ひとことでいえば「よくわからない、もやっとしたもの」といった語感があります。

    夢に「にんべん」を付けると「儚(はかな)い」という字になりますが、これもまた中国漢字です。
    要するに、漢字の意味としては、「夢」は、よくわからないまま消えてしまうもののことを言います。
    この点が英語の「Dream」と異なるところです。
    なにせ消えてしまうものなのです。
    「よろこび」が消えてしまったら、たぶん、さびしいです。


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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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