• 野菊の如き君なりき


    20210108 野菊



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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    伊藤左千夫の小説『野菊の墓』は、子供の頃から大好きだった小説です。
    ただ、おもしろいもので、少年時代に読んだときの理解と、やはりなんといいますか、歳を重ねてから読むのでは、また感じるところが違うものであったりもします。

    『野菊の墓』は、青空文庫でいまは無料で読むことができます。
    https://www.aozora.gr.jp/cards/000058/files/647_20406.html

    この『野菊の墓』から、一節をご紹介します。

    **********

    僕は一寸|脇《わき》へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。
    民子は一町ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、あれッと叫んで駆け戻ってきた。

    「民さんはそんなに戻ってきないッたって僕が行くものを……」
    「まア政夫さんは何をしていたの。
     私びッくりして……まア綺麗な野菊、
     政夫さん、私に半分おくれッたら、
     私ほんとうに野菊が好き」

    「僕はもとから野菊がだい好き。
     民さんも野菊が好き……」
    「私なんでも野菊の生れ返りよ。
     野菊の花を見ると
     身振いの出るほど好《この》もしいの。
     どうしてこんなかと、自分でも思う位」

    「民さんはそんなに野菊が好き……
     道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

    民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。

    「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」
    「さアどうしてということはないけど、
     民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」

    「それで政夫さんは野菊が好きだって……」
    「僕大好きさ」

    民子はこれからはあなたが先になってと云いながら、自らは後になった。
    今の偶然に起った簡単な問答は、お互の胸に強く有意味に感じた。
    民子もそう思った事はその素振りで解る。
    ここまで話が迫ると、もうその先を言い出すことは出来ない。話は一寸途切れてしまった。

    何と言っても幼い両人は、今罪の神に翻弄《ほんろう》せられつつあるのであれど、野菊の様な人だと云った詞についで、その野菊を僕はだい好きだと云った時すら、僕は既に胸に動悸《どうき》を起した位で、直ぐにそれ以上を言い出すほどに、まだまだずうずうしくはなっていない。
    民子も同じこと、物に突きあたった様な心持で強くお互に感じた時に声はつまってしまったのだ。
    二人はしばらく無言で歩く。

    真《まこと》に民子は野菊の様な児であった。
    民子は全くの田舎風ではあったが、決して粗野ではなかった。
    可憐《かれん》で優しくてそうして品格もあった。
    厭味とか憎気とかいう所は爪の垢《あか》ほどもなかった。どう見ても野菊の風だった。

    しばらくは黙っていたけれど、いつまで話もしないでいるはなおおかしい様に思って、無理と話を考え出す。
    「民さんはさっき何を考えてあんなに脇見もしないで歩いていたの」
    「わたし何も考えていやしません」

    「民さんはそりゃ嘘だよ。
     何か考えごとでもしなくてあんな風をする訣はないさ。
     どんなことを考えていたのか知らないけれど、
     隠さないだってよいじゃないか」
    「政夫さん、済まない。
     私さっきほんとに考事《かんがえごと》していました。
     私つくづく考えて情なくなったの。
     わたしはどうして政夫さんよか年が多いんでしょう。
     私は十七だと言うんだもの、
     ほんとに情なくなるわ……」

    「民さんは何のこと言うんだろう。
     先に生れたから年が多い、
     十七年育ったから十七になったのじゃないか。
     十七だから何で情ないのですか。
     僕だって、さ来年になれば十七歳さ。
     民さんはほんとに妙なことを云う人だ」

    僕も今民子が言ったことの心を解せぬほど児供でもない。
    解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、民子は真に考え込んでいる様であったが、僕と顔合せて極りわるげににわかに側《わき》を向いた。

    こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。
    二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。
    お互に心持は奥底まで解っているのだから、吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのである。
    しかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。
    またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。
    言わば未《ま》だ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである。

    *********



    この小説は、様々な女優さんが映像化していますけれど、やはりなんといっても、この木下恵介監督の「野菊の如き君なりき」が最高ですね。
    いまどきは、どうしてこういう映画がつくれないんだろう。
    令和3年は、こうした純情の心を保ち続けることができる日本に生まれ変わる年となりたいものです。

    お読みいただき、ありがとうございました。
    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行でした。


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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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最新刊
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『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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