• ビアク島の戦い


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     私たちの国には
     明治維新以来
     幾度かの困難に敢然と立ち向かった
     日本民族の不屈の歴史があります。
     たった一つしかない命を国家に
     同胞に捧げた凛とした真実の歴史があります。

    ビアク島
    20180306 ビアク島
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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    ビアク島の戦いは、後に
    「北のアッツ島(戦死2,638名、生還27名)、
     南のビアク島(戦死12,347名、生還86名)」
    とも言われた壮絶な戦いでした。

    当時の東京新聞に次のような記事があります。

    ~~~~~~~~~~~
    【友思い涙「証人」の孤独】
    東京新聞 社会部 加古陽治
    平成17年10月2日記事
    http://www2.tbb.t-com.ne.jp/shibuya/P_25_shinbun_kigi/shinbun_kigi.htm

    病院の廊下の奥で車椅子の老いた男は何度も泣いた。
    そのたびに顔がくしゃくしゃになった。
    昭和19(1944)年5月、
    米軍の上陸で激しい戦闘の舞台となった
    インドネシア・ビアク島。
    1万2千余の日本兵の命を呑み込んだ
    この「死の島」から奇跡の生還を果たした
    元陸軍兵長、渋谷惣作(山形県遊佐町)に
    この夏、会った。

    その体験を語る口調は訥々(とつとつ)としている。
    だが戦友の悲惨な死にふれるたびに、
    顔をゆがめて泣くのだった。

     *

    「渋谷、水くみに行こう」
    昭和19年5月27日、
    歩兵第222連隊工兵中隊(盛岡編成)の
    一員としてビアク島に渡った渋谷は、
    夜明け前、戦友に誘われ
    ボスネック地区の洞窟(どうくつ)を出た。

    沖合に浮かぶヤーベン島が
    見えないほどの大艦隊が海を覆っていた。
    「どれが大和かな」
    味方と思ったら、号砲が鳴った。

    「敵襲!」
    大声で叫び、洞窟に戻った。
    艦砲射撃が鎮まると米兵が大挙して上陸。
    午後になると洞窟の近くにきた。

    「ニッポンヘイタイいるか」
    なまりのある声で米軍の通訳が呼んだ。
    「はい、おります」
    ひとりがそう応じ、出て行こうとした。
    「やれ」
    すかさず小隊長が部下に命じ、
    仲間に帯剣で刺された兵士は絶命した。

    しばらくすると、
    洞窟にドラム缶が投げ込まれ、
    火を放たれた。
    「中は真っ赤で・・・。
     とてもとても・・・。
     もうぜんぜん分からない。
     意識をなくして、
     倒れたところが川だった。
     それで息ができた」

    ゴーゴーと火が燃えさかる。
    しばらくして意識を取り戻した渋谷は叫んだ。
    「この川の水に顔つけれ。
     息継ぎが楽だぞ」
    いまも忘れない、
    おいしい水だった。

    水だけで過ごし、三日目に外に出た。
    野戦病院で一服し、
    大洞窟にある司令部に合流した。

    整備した滑走路は米軍の手に落ちていた。
    渋谷たちの任務は、
    それを使わせないための肉弾攻撃。

    歩兵も工兵もなく突撃させられ、
    そのたびに十人、二十人と死んで行った。
    「いよいよ、今日は俺の番だのって思うだけ・・・」

    七月にはいると、
    支隊長葛目直幸中将が自決し、
    島での組織的戦闘は終わった。
    それで渋谷らは
    死に場所を求めるように戦い続けた。
    同月末、工兵中隊の残存兵で
    米軍の車列に最後の攻撃を仕掛け、
    渋谷ら9人だけが生き残った。

    あとはただ生きるための戦いだった。
    トカゲやネズミがごちそうだった。
    人肉を食べた者すらいたという。
    屈強だった若者は、
    そこまで追いつめられていた。
    (※ねず注:
     あとに引用しますが
     渋谷さん本人の手記には、
     この人肉食のことを
     明確に否定した文章があります。
     おそらくここは記者か編集部が
     筆を走らせたものだろうと思います)

    部隊はバラバラ。
    極限の飢餓状態。
    食料を盗もうと、
    三人で米軍施設に近づいたとき、
    地雷にやられた。
    ひとりはほぼ即死。
    同郷で親しかった一等兵の粕谷博も虫の息だった。

    「おれと一緒に帰るぞ」
    「うん」
    「おめえ、(遊佐町)藤崎のどの辺や」
    「学校から三軒目や」
    それが最後の会話になった。

    夢の中で二人の爪を噛み切り、
    軍票につつむ。
    戦友の死の証だった。

    気がつくと近くに白い子犬がいる。
    ついて行くと畑に出た。

    夢かうつつか、
    小さなトマトが鈴なりになっている。
    「博が助けてくれた」
    そう思い、夢中で食べた。

     *

    昭和19(1944)年10月、
    渋谷は米軍の捕虜になり、
    命を永らえた。
    工兵中隊254人のうち、
    生き残ったのは3人だけだった。

    だが彼には戦後、
    新たな闘いが待っていた。
    あれだけ過酷な戦場に身を置いたのに、
    軍歴が少し足りないからと
    恩給ももらえない。
    あまりにも悲惨な体験談を、
    地元の人たちは疑いの目で見た。

    渋谷の脳裏には、
    いろり端の光景が刻まれている。
    「村の人が逃げて帰ってきたと後ろ指をさす」
    「戦友と一緒に死ねば良かった」
    「おれはビアクで何人も殺しているし、
     死ぬのは怖くない」
    何度もそんな場面が繰り返された。
    「いま思えば戦争後遺症だった」
    と家族はいう。

    「誰も信じてくれねえ」
    渋谷は戦場の記憶を封印した。
    家族と戦友だけが例外だった。

    今年(平成17年)7月、
    久しぶりに記憶の糸をたどってくれた渋谷は、
    最後に吐き捨てるようにつぶやいた。
    「もう戦争には行かない」

    約一ヶ月後の8月18日、
    21世紀までひとり人生を生き抜いた
    工兵中隊「最後の証人」は、
    83年の生涯を閉じた。
    戦友に61年遅れの死だった。
    ~~~~~~~~~



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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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