• ある女性たちの遺書


    第83回 倭塾 5月23日(日)13:30より開催
    https://www.facebook.com/events/535392340770225


    「二十二名の私たちが、
     自分の手で生命を断ちますこと、
     軍医部長はじめ婦長にも
     さぞかしご迷惑のことと、
     深くお詫びを申し上げます。
     私たちは、敗れたとはいえ、
     かつての敵国人に犯されるよりは
     死を選びます。
     たとえ生命はなくなりましても、
     私どもの魂は永久に満州の地に止まり、
     日本が再びこの地に帰ってくる時、
     ご案内をいたします。
     その意味からも、
     私どものなきがらは土葬にして、
     この満州の土にしてください。」
    現代の日本は、75年前の彼女たちのこの思いに、
    自信を持って答えているでしょうか。
    自信とは自身のことです。
    現代日本は、そういう自身を持つ国であるといえるのでしょうか。
    未来の日本は、自身のある国になっているのでしょうか。

    20150522 満州国
    画像出所=http://www.synapse.ne.jp/m3naka/ESSAY7.HTM
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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    のっけから、たいへん重たい手紙ですが、これは満州で集団自決した看護婦の乙女たちの遺書の一部です。
    遺書は、昭和21(1946)年6月20日、つまり終戦後に書かれました。れたものです。

    掘喜身子さんは、女学校を出ると、昭和11年(1936)に満州に渡りました。
    幼い頃から人の看病をすることが好きだった彼女は、満州赤十字看護婦養成所に入所し、甲種看護婦三年の過程を修めて、郷里の樺太・知取(シリトリ)に帰って、樺太庁立病院の看護婦になっています。

    昭和14(1939)年の春、彼女は医者である堀正次さんと結婚したのですが、結婚1年目の春、堀喜身子さんに、召集令状がきます。
    看護婦として従軍せよ、という令状です。

    令状を受けた一週間後には、彼女は単身で任地の香港第一救護所に向かいました。
    まもなく任地が上海に移り、ついで満州国牡丹江から、さらに出征して6か月目には、ソ連との国境に近い虎林(コリン)の野戦病院に48名の同僚とともに異動となりました。

    虎林の野戦病院には、医師である夫の正次も令状を受けてやってきていました。
    ふたりはそこで医師と看護婦の夫婦として、毎日前線から送られてくる傷病兵の治療をして過ごしながら、同時に長男静夫(しずお)、長女槇子(まきこ)の二人の子にも恵まれています。

    昭和20(1945)年8月8日、ソ連が日ソ不可侵条約を破って、突然満州に攻め込んできました。
    戦況は激しいものでした。
    爆撃の危険から、虎林の野戦病院では、患者全員を長春に移すことにしました。

    ところが患者のうち70余名は、伝染病の重患なので一緒に連れて行くことができません。
    野戦病院では、軍医中尉であった夫の堀正次と、他に2名の軍医、それと5名の兵隊さんを残して、ある程度元気な者のみ、長春に向かわせることにしました。

    喜身子さんは、夫からもらった将校用の水筒を肩に、長春に向かいました。
    これが今生の別れとなりました。

    虎林を出発した病院の医師、看護婦、患者たちの一行は、牡丹江を過ぎ、ハルピンを通過して、一週間目の8月15日に、ようやく長春にはいり、そこで終戦の玉音放送を聞きました。

    しかし、日をおかず長春は、ソ連軍に占領されました。
    当時、ソ連軍に占領された町がどのようだったかは、
    ≪奉天駅前事件≫
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1100.html
    をご参照ください。

    長春がソ連軍に占領された後、掘喜身子さんは、将校夫人や子供たちと一緒に、女ばかり76名で合宿所に入りました。
    そこで身上調査を受けました。

    調査の結果、掘喜身子さん以下虎林の野戦病院から来た看護婦34名は、長春第八病院に勤務せよとの命令を受けました。
    月給はひとり200円です。
    彼女たち34名の看護婦は、その給料をみんなでまるごと出し合い、一緒に収容されている将校家族を養う費用にしました。



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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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