• マネー教信仰と日本の形


    ◆◆ニュース◆◆
    新刊『日本建国史』発売中。
    https://amzn.to/2LuOGgX

    Amazonベストセラー1位(古代日本史)


    世界は、マネー教の信者から、目をさますことができるのでしょうか。
    私は、それは「できる」と思っています。
    そしてそのときに、重要な役割を果たし、世界の先例となるのは、日本です。
    日本が目覚めることによって、世界は変わるのです。

    20200430 富本銭
    画像出所=http://otakarajoho.blog10.fc2.com/blog-entry-431.html
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



    人気ブログランキング
    応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    最近では、特にネット言論の世界では、マネーの持ついかがわしさというか、実は世界中の人々がすっかり「マネー教」というカルト宗教に染まってしまっていて、世界中のあらゆる民族、あらゆる人々がたいせつにしてきた神よりも、マネーそのものが神のように信仰される時代になっているとまでいわれるようになりはじめました。

    これはその通りで、本来なら人が生きていく上において、いちばん大切だったはずの「愛すること、働くこと、奉仕すること」という精神が失われ、誰もがマネー教という新興宗教による洗脳によって欲望を刺激され、多くのマネーを得ることが幸せになる道であり、そのためには犯罪を犯すことさえも、まるで良いことであるかのような錯覚に縛られる、そんな時代になりました。

    そのため日本も、かつては「エコノミック・アニマル」という言葉が生まれました。
    このように言われたのは、日本が経済的に繁栄したというだけでなく、まるでそれは欲望のためだけに生きる動物のようだ、そこに知性のかけらもない、といった認識があったからだといえます。
    まだその頃は、学校においても、あるいは一般常識においても、
    「お金よりも大切なものがある」
    「本当にたいせつなものは、お金では買えない」
    といったことが話題にのぼっていたし、議論の対象になっていたし、「ゼニカネの問題じゃねえ!」といった言葉が、巷間よく聞かれる言葉でもありました。

    しかし昨今では、そんな言葉さえも聞けなくなってきたし、サブカルチャーといえるアニメやマンガにおいてさえも、そのようなセリフはまったく死語になってしまいました。
    つまり日本人は、まったくマネー教の強情な信者になってしまったようです。

    そしてこのことは世界においても同様で、世界では日本以上に、より欲の深いもの、欲望のために他人どころか、お金のために他国を蹂躙(じゅうりん)し、その国のトップの選挙さえも干渉し、誤魔化し、しかもそれを正当化することさえも、マネーのためにあたりまえになってしまっているし、さらにいえば、人を病気にすることさえも、あるいは病気と偽ることさえもあたりまえになってしまっています。

    こうした行為の背景にあるもののことを「拝金主義」と呼ぶ人がいますが、これらは主義などという軽いもの(あえて軽いものといわせていただきます)ではなく、もはや主義やそれに基づく政治以前の、信仰そのものになっています。
    そしてこの教団に入ると、誰もが人間性を失い、愛や良心よりも、ゼニカネ本尊だけを信仰する亡者となっています。

    そのマネーのことを、我が国では昔、「銭」と言いました。
    この字は旧字が「錢」で、これは「金+戈+戈」の組み合わせでできている文字です。
    もともとの意味は、金物の戈(ほこ)。
    つまり銭という字は、戈が重なることで、金物さえをも、戈・戈・戈でズタズタにしてしまうことを意味しました。
    つまり昔の人たちは、「銭」というものは、「便利なだけれど、あらゆるたいせつなものを、ボロボロになるまでズタズタに引き裂いてしまう」と考え、だから「銭」という字を、そこに当てていたのです。

    その銭が、日本ではじめて登場したのは、いつのことかというと、これが永らく708年の和同開珎(わどうかいほう)といわれてきました。
    この頃、奈良の大仏が建造されていたのですが、どうにも銅が足りない。
    困っているところに、偶然、良質な和銅の大鉱脈が発見されて、大喜びした朝廷が元号を和銅とあらため、またこれを記念して、記念硬貨である和同開珎を発行した、というわけです。

    ところが平成11年に、その伏線となる銅銭が発見されました。
    奈良の飛鳥池遺跡から発見されたもので、「富本銭(ふほんせん)」といって、これが『日本書紀』に記述のある「今(天武12年・687年)よりは銅銭を用いよ」ということで発行されるようになった、我が国最初の銭だといわれています。

    実は、この日本書紀に記述された687年の「銅銭」(つまり和同開珎よりも以前の銅銭)が、どのようなものであったのかは、長いことわからなかったのです。
    このためおよそ200年くらいの間、その687年の銅銭が「あった、なかった」で大論争が繰り返されていました。
    多くの学者さんが、そのようなものはなかった、と主張したし、特に戦後は、チャイナやコリアよりもはるかに遅れた国である日本に、そのような発達した錢など、あるわけがない、という意見が学会の主流意見・・・というより学会の定説になっていました。
    ですから、我々が小中学校で習った教科書でも、記念コインである和同開珎が、我が国最初の錢と書かれていました。

    ところが神々というのは、おもしろいもので、平成11年に、見事にそうして定説となった歴史認識をくつがえす発見を我が国にもたらすのです。
    本当に考古学というのはおもしろい学問です。
    歴史学の認識を、たったひとつの発見で、すべてくつがえしてしまうからです。



     最新刊
     

    続きを読む
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    \  SNSでみんなに教えよう! /
    \  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

    あわせて読みたい

    こちらもオススメ

  • 大伴家持と児嶋の教養


    ◆◆ニュース◆◆
    新刊『日本建国史』発売中。
    https://amzn.to/2LuOGgX

    Amazonベストセラー1位(古代日本史)


    もし庶民に歌を読む素養などまったくありえないことであり、しかも女性がただの物として扱われるような社会なら、大伴旅人のような武門の長である高官がこのように「娘子の歌に涙を流した」などという歌を読めば、「うちの大将は色ボケの嘘つきだ」と、兵たちから侮(あなど)られます。
    庶民は馬鹿ではないのです。
    しかも防人たちというのは、ある意味、気の荒い武骨者の集まりなのです。
    その防人たちに侮られることは、大宰の帥として、失格を意味します。まして大納言に昇進など、決してありえないことです。

    20210629 巫女さん
    画像出所=https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E5%B7%AB%E5%A5%B3
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



    人気ブログランキング
    応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    拙著の『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』から、大伴旅人(おほとものたびと)と、児嶋という若い女性の問答歌をご紹介したいと思います。
    きっと、何かを感じていただけるものと思います。

    (お時間のない方は、途中を飛ばして、最後にある「四 鑑賞」だけをお読みいただけると良いと思います。)

     ***

    巻六‐〇九六五〜九六八 児嶋と大伴旅人
    大夫と念へる吾や水茎の 水城の上に涙拭はむ


    四首の歌をまとめてご紹介になります。
    この中で特に有名なのは968の
    「大夫(ますらを)と
     念(おも)へる吾(われ)や
     水茎(みなくき)の
     水城(みづき)の上(うへ)に
     涙(なみだ)拭(のこ)はむ」
    でしょうか。

    日頃男らしくありたいと思い、そのように自分を制してきた私が、思わず涙を流してしまうというこの歌は、男心のやさしさを表す歌として、多くの人に愛されてきと解説されています。
    しかしこの四首の歌を通じて、私達が学ばなければならないことは、すこし別なところにあるのではないでしょうか。


     最新刊
     

    続きを読む
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    \  SNSでみんなに教えよう! /
    \  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

    あわせて読みたい

    こちらもオススメ

  • 不思議な体験


    ◆◆ニュース◆◆
    新刊『日本建国史』発売中。
    https://amzn.to/2LuOGgX

    Amazonベストセラー1位(古代日本史)


    我々現代日本人にとっての共通のご祖先のことを、日本語で「カミ」といいます。
    そしておよそ650年経過しますと、ほぼすべての日本人が血のつながった親戚になります。
    1300年前といえば、その倍の年数です。
    つまり、持統天皇の時代を生きた人々のすべてのDNAが、いまを生きる私達の体のなかにはいっています。

    20210610



    人気ブログランキング
    応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    つまらない話かもしれないけれど、先日、不思議な体験をしたので、それを書いてみようと思います。

    クルマで、天武天皇・持統天皇の御陵にお参りに行ったのです。
    その近くまでやって来たとき、見通しの良い交差点を、側道から直進しようとして、危うく左からやってきた軽自動車と衝突しそうになりました。
    それが・・・不思議なことに・・・その軽は、突然、ウチのクルマの直前に現れたのです。
    あわや衝突という状況で、その軽自動車に、ビーとクラクションを鳴らされ、慌ててブレーキを踏んで、間一髪、衝突は免れました。

    交差点に侵入しようとしたとき、ちゃんと左右の確認はしたし、交通量の少ない交差点で、見通しも良く、まったく左右ともにクルマがいなかったから、交差点に侵入したのです。
    ボケていると言われてしまえばそれまでですが、一緒に乗っていて、いつも左右の確認を怠りなくする妻も、その軽はまったく目に入っていなかったと言っていました。

    つまり(実際にはどうだったのかわかりませんが)、我々にとってその軽は、本当に突然、目の前に現れたのです。(軽の運転手さん、もし間違っていたらごめんなさい)。

    衝突はしなかったので、そのままクルマで直進したのですが、その先は狭隘路になっていて、とても道が狭く、まさかこっちにはないだろう、ということで、グルリとまわって、もとの場所(さっきぶつかりそうになった場所)に戻ると、軽が向かおうとしていた方向のすぐそこに御陵はありました。

    だれもいない御陵の、青い空の静謐。
    その中で、音を立てない参拝をさせていただきました。
    そして、あらためて、あのときの衝突しそうになった出来事は、何だったのだろうかと考えました。


     最新刊
     

    続きを読む
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    \  SNSでみんなに教えよう! /
    \  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

    あわせて読みたい

    こちらもオススメ

  • あきこさん


    ◆◆ニュース◆◆
    新刊『日本建国史』発売中。
    https://amzn.to/2LuOGgX

    Amazonベストセラー1位(古代日本史)


    遠く離れた異国の地で、最後まで死力を尽くした男たちがいました。女たちがいました。
    過酷な戦場に咲いた一輪の花のような恋もありました。
    こうした一つ一つの小さな物語の中に、決して忘れてはいけない私たち日本人の心があります。
    それこそが伝えていくべき日本の歴史です。

    紫蘭(シラン)
    花言葉:あなたを忘れない、変わらぬ愛
    20150622 シラン
    画像出所=http://blog.goo.ne.jp/kmitoh375/m/200706/1
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



    人気ブログランキング
    応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    以下のお話は『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人!」の第二巻で「玉砕前の結婚式」としてご紹介したお話です。

    ******

    1 五十倍の敵に包囲された拉孟守備隊▼

    昭和19(1944)年6月から9月にかけて、ビルマ(現、ミャンマー)と中国の国境付近で壮絶な戦いがありました。
    拉孟の戦いと呼ばれています。
    この地を守る日本軍は最後の一兵まで戦い抜き、120日間という長期戦の末に玉砕しました。

    守備隊1280名のうち、三百名はほとんど体の動かない傷病兵でした。
    そのなかには、15名の女性もいました。襲いかかった敵は5万の大軍です。是が非でも援蔣ルートを確保したい蔣介石は、国民党最強といわれる雲南遠征軍を拉孟に差し向けたのです。
    それはアメリカのジョセフ・スティルウェル陸軍大将が直接訓練を施した、最新鋭装備の軍でした。

    戦いの末期に、偵察機三機で拉孟守備隊に弾薬を届けた小林中尉の手記があります。
    「松山陣地から兵隊が飛び出してきた。
     上半身裸体の皮膚は赤土色。
     T型布板を敷くため一生懸命に動いている。
     スコールのあとでもあり、
     ベタベタになって布板の設置に懸命の姿を見て、
     私は手を合わせ拝みたい気持にかられた。

     ......印象に深く残ったものにモンペ姿の
     女性がまじって白い布地を張っていた姿であった。
     思うに慰安婦としてともに従軍していった者であろうか。
     やりきれない哀しさが胸を塞いだ」

    上空からは、拉孟を死守する守備隊の周辺を、敵の大軍がびっしり取り囲んでいる様子がよく見えました。
    小林機は高度を30メートルにまで下げ、50キロの落下傘つき弾薬筒を二個投下しました。
    これに応えて守備隊の兵や女性たちが、ちぎれんばかりに手を振りました。

    小林中尉はこの何分か何十分後かに戦死しているかもしれない彼たち、彼女たちの顔を心に刻み込もうと、飛行機から身を乗り出すようにして目を凝らしました。
    けれど溢れる涙で目がかすみ、はっきり見えなかったそうです。

    「空中補給終了次第、ただちに戦場を離脱せよ」との命令だったのですが、熱い思いにかられた小林機は、敵の弾幕をくぐりながら、あらんかぎりの銃弾を敵陣に叩き込みました。
    愛機を敵弾が貫きました。
    体を弾がかすめました。
    それでも弾倉が空になるまで、撃ち続けたそうです。
    痛いほど、その気持ちが分かる気がします。



     最新刊
     

    続きを読む
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    \  SNSでみんなに教えよう! /
    \  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

    あわせて読みたい

    こちらもオススメ

  • 歴史家の立場、啓蒙家の立場


    ◆本日、倭塾開催です。
    13時30分講義開始、場所は東京江東区の富岡八幡宮婚儀殿です。
    https://www.facebook.com/events/469516267509745

    ◆◆ニュース◆◆
    新刊『日本建国史』発売中。
    https://amzn.to/2LuOGgX

    Amazonベストセラー1位(古代日本史)


    理系、文系を問わず、実は答えは無限にある。
    その無限の答えをもとめて、日々進化させていくのが学問です。
    学問は、決まりきった答えのお仕着せではない。
    そしてそういう自由な発想から、人の社会は、豊かさが得られていくのであろうと思います。

    20210610 トポロジー
    画像出所=https://blog.taketo1024.jp/entry/topology/1
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



    人気ブログランキング
    応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    歴史というのは、事実を元にしたひとつのストーリーのことをいいます。
    だから歴史のことを英語で「ヒストリー(History)」といいます。
    「History」は、「his story(彼の物語)」から来た言葉です。

    ストーリーには、かならず解釈が入ります。
    ですから事実と歴史は異なります。
    事実はひとつです。
    けれど、歴史は幾通りもの解釈が成り立ちます。

    まず事実について、先にお話します。
    「織田信長は本能寺の変で明智光秀に討たれて死んだ」
    というのは事実ではありません。
    「織田信長は本能寺の変で明智光秀に討たれて死んだと書いてある文献がある」
    ということと、
    「21世紀のとなった今日、織田信長は生きていない」という、この2つが事実としてあるだけです。

    実際に本能寺の変で亡くなられたのかどうかは、実は「わからない」のです。
    けれど、「わからない」と言っていたら、始まらないので、なぜそのように書かれているのかを、いろいろと推理するのです。
    そして、数ある推理のなかの、もっとも論理的で再現性が高いであろうと思われるストーリーが、歴史になります。
    ただし、このときそのストーリーは、見る人の立場によって、千変万化します。

    たとえば先の大戦であれば、日米が戦ったことは事実です。
    これを米国の立場からストーリー化すれば、白人社会が持つ植民地という財産を奪いにきた黄禍である日本が、英仏蘭などの諸国を次々と打倒して飲み込んでいくなか、米国民が勇敢に戦って、これを粉砕し、米国民が美女を手に入れたというストーリーになります。
    おもしろいもので、このストーリーは、ギリシャ時代のヘロドトスの『ヒストリアイ』とまったく同じ筋書きであり、H.G.ウェルズの古典的SF小説である『宇宙戦争』ともまったく同じストーリーです。

    『ヒストリアイ』に書かれた歴史は、
    「自分たち白人が、小国に分裂して互いに争っている時に、東洋(アジア)から強大な悪の帝国であるペルシャが襲ってきて、次々と白人国家がやられていった。そのとき、ひとりの英雄が立ち上がり、追い詰められつつあったギリシャの諸国を取りまとめ、強大なペルシャをやっつけて、美女を手に入れて、めでたしめでたし」、というものです。
    西欧の歴史は、すべてこのパターンよって形成されます。

    このパターンというのは、たとえていえばテレビドラマの、テレビ朝日・木曜ドラマ『ドクターX ~外科医・大門未知子~シリーズ』のようなもので、並み居る大学教授たちが内輪揉めしているところに、特別な重体患者がやってくる。
    誰もが逃げ腰になって責任のなすりつけ合いばかりをしている中で、独立系の外科医である大門未知子が、その難関とされる手術を「わたし、失敗しないので!」
    と、毎度おなじみの名言を吐いて、片付け、さっそうと病院を去っていく・・・といったようなもので、人は、こうした「毎度おなじみのパターン化されたストーリー」に安心するのです。
    逆に、このストーリーから外れると、人々は途端に不安になって、局に苦情が殺到することになります。


     最新刊
     

    続きを読む
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    \  SNSでみんなに教えよう! /
    \  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

    あわせて読みたい

    こちらもオススメ

  • 陰謀論について


    ◆次回倭塾は6月26日(土)開催です。
    13時30分講義開始、場所は東京江東区の富岡八幡宮婚儀殿です。
    https://www.facebook.com/events/469516267509745

    ◆◆ニュース◆◆
    新刊『日本建国史』発売中。
    https://amzn.to/2LuOGgX

    Amazonベストセラー1位(古代日本史)


    陰謀論は、多くの場合、陰謀をしているとされている人たちではなく、陰謀をしていると「言っている」人たちの側が、陰謀を働いていることが多いものです。
    ここでも「悪口は、悪口を言っている人が、はからずも自分のことを吐露している」という原則が働いています。
    惑わされないことです。

    20210623 世界人口
    画像出所=https://empowerment.tsuda.ac.jp/detail/48193
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



    人気ブログランキング
    応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    DSの陰謀だとか、ユダヤの陰謀だとか、大量殺戮だとか、ケムトレイルだとか、ネット言論を見ると、そのような話がてんこ盛り状態です。
    筆者はへそ曲がりなので、みんながそういうことを言っていると、逆のことを考えたくなります。
    だから述べるのですが、すこし冷静になって考えていただきたいのです。

    そうやって、西側諸国のトップレベルの人達が、あたかも悪意ある存在であるかのように言い立てることによって、いま、メリットを得られる国や支配者は、いったい誰なのでしょうか。
    寅さんが失脚することで、利益を得る国はどこなのでしょうか。

    歴史を振り返れば、大東亜戦争が始まる前の昭和13年、米国内に「日本の侵略に加担しないアメリカ委員会」という組織ができあがりました。
    そこには全米に影響力のあるVIPや、現職の大統領なども参加していました。
    そしてこの組織は、『日本の戦争犯罪に加担しているアメリカ』という80ページのブックレットを発行しました。

    そのブックレットが、6万部も印刷されて全米の有力者にバラまかれ、ルーズベルトは、これを世論だとして、日本への経済封鎖に踏み切りました。
    こうして、当時の多くの米国人が日本との開戦など望んでいなかったのに、日米は戦争になりました。

    いまでは、こうした委員会の作成や、ブックレットの配布などが、当時のチャイナを取り仕切っていた蒋介石によって世間の裏で、まさに陰謀として行われていたことが明らかになっています。
    そして、その目的は、米国やヨーロッパ諸国から、チャイナ国民党への援助金を引き出すためでした。

    蒋介石は、こうして米英仏露独から、いまで貨幣価値にしたら、数百兆円の資金と軍事物資を得ていました。
    要するに当時の蒋介石は、戦争ビジネスによって大儲けをしていたのであり、真面目な日本人や、真面目な米国人が、その大儲けのために殺し合いをさせられてしまったわけです。

    ほとんどの日本人が、現代の陰謀云々を知っているということは、それは世界全体が知ることであって、世界中の人たちが知っているなら、それはもう陰謀ではなく、常識化しているということです。
    けれど、その陰謀が、どこの誰から生まれているのか、誰がそのようなことを言い出しているのか等を、詳しく見ていくと、その先が霧に包まれているように判然としません。

    このことは、「日本の侵略」と言っていたかつての委員会の主張が、日本の行動のどこがどう侵略なのかを詳しく見ていくと、実は、まったく侵略でもなんでもなかったことに気付かされるのと同じです。
    逆に、日本が侵略したという前提で、その証拠となるものを調べていくと、それらがすべて捏造であったり、嘘であったりすることがわかる。

    そして当時から、嘘の吹聴のために、事態とはまったく関係のない、まったく別な写真が、侵略の証拠写真として出回っていたことにも気付かされます。
    いまと、まったく同じ展開です。


     最新刊
     

    続きを読む
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    \  SNSでみんなに教えよう! /
    \  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

    あわせて読みたい

    こちらもオススメ

  • 日本人は二度まで我慢する


    ◆次回倭塾は、明日6月26日(土)開催です。
    13時30分講義開始、場所は東京江東区の富岡八幡宮婚儀殿です。
    https://www.facebook.com/events/469516267509745

    ◆◆ニュース◆◆
    新刊『日本建国史』発売中。
    https://amzn.to/2LuOGgX

    Amazonベストセラー1位(古代日本史)


    「仏の顔も三度まで」といいますが、それは、あくまで仏様だからであって、仏様だから3度目までこらえてくださるのです。
    人は間違いをおかすものです。
    ですから、1〜2回は我慢する。けれど、三度目はない。仏様より、人間のほうが、1回少ないのです。

    大魔神
    20210624 大魔神
    画像出所=https://eiga.com/movie/37658/
    (画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
    画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



    人気ブログランキング
    応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    幕末から明治にかけて日本にやってきた外国人たちに、ある共通認識があったという話になりました。
    どういう話かというと、当時の外国人たちは、
    「日本人は
     どんなに馬鹿にしても、
     ニコニコしている。
     だがそれは二度までだ。
     三度目には
     あいつらは日本刀を抜いて
     斬りかかってくる」
    と語り合っていました。

    話の出典は不明ですが、こういう行動が日本人の武士たちの間にあったことは事実です。
    よく「仏の顔も三度まで」といいますが、それは、あくまで仏様だからであって、仏様だから3度目までこらえてくださるのです。
    ということは、仏様でも「4度目はない」ということです。

    人は間違いをおかすものです。
    ですから、1〜2回は我慢する。
    けれど、三度目はない。
    仏様より、人間のほうが、1回少ないよ、というわけです。

    このことは実は日本神話に由来しています。
    大国主神話の国譲りに際して、話し合いの交渉で、高天原は二度は許しました。
    しかし三度目には建御雷神を派遣し、問答無用で中つ国を平定しています。

    海彦山彦で有名な山幸彦(やまさちひこ)の神話も同じです。
    兄の海幸彦(うみさちひこ)に謝罪をする際に、弟の山幸彦は、一度目は腰に佩(は)いている十拳剣(とつかのつるぎ)をつぶして5百本の釣り針を献上して許しを乞い、二度目には千本の釣り針を献上して許しを乞いました。
    しかし三度目には、呪(しゅ)を込めた釣り針一本だけを後ろ手に渡して、兄を海で溺れさせ、経済的にも制裁を加えて徹底的に叩きのめしています。

    日本人は、基本的に和を大切にします。
    少々馬鹿にされようと小突かれようと、ニコニコ笑って、できるだけ波風が立ったり紛争になったりすることを避けます。
    こちらが我慢してさえすればまるくおさまるのならと、自分に非がなくてもお詫びをしたりして、なんとか紛争を避けようとするのです。


     最新刊
     

    続きを読む
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    \  SNSでみんなに教えよう! /
    \  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

    あわせて読みたい

    こちらもオススメ

検索フォーム

ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

スポンサードリンク

カレンダー

05 | 2021/06 | 07
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

最新記事

*引用・転載・コメントについて

ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
またいただきましたコメントはすべて読ませていただいていますが、個別のご回答は一切しておりません。あしからずご了承ください。

スポンサードリンク

月別アーカイブ

ねずさん(小名木善行)著書

ねずさんメルマガ

ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

電話  080-4358-3739

スポンサードリンク

コメントをくださる皆様へ

基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメント、および名無しコメントは、削除しますのであしからず。

スポンサードリンク