• 奇跡の将軍・樋口季一郎陸軍中将に学ぶ


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    樋口季一郎のことを、「旧軍の関係者であるから評価すべきではない」という人がいました。
    筆者はそうは思いません。
    旧軍の関係者であろうがなかろうが、立派な行為は、しっかりと学ぶべきものです。

    20210613 樋口季一郎
    画像出所=https://shunsukeoyama.com/kiichiro-higuchi
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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    樋口季一郎陸軍中将は、オトポール事件で2万人のユダヤ人の命を救い、アリューシャン諸島で孤軍となったキスカ島守備隊の奇跡の撤退を成功させ、千島列島の占守島の戦いを指揮して北海道の500万の人口を守った昭和の名将です。

    1 樋口季一郎中将

    樋口季一郎は明治21(1888)年兵庫県三原郡本庄村上本庄の廻船問屋で、大地主の奥濱久八の元に長男として生まれました。
    ところが廻船問屋は、明治になって蒸気船に押されて衰退。
    家業が衰退に向かった結果、11歳のときには両親が離婚。
    母・まつの実家に引き取られてすごしました。

    樋口季一郎は優秀な子でした。
    三原高等小学校、私立尋常中学鳳鳴義塾を経て、18歳で岐阜県大垣市歩行町の樋口家の養子になり、大正7(1918)年、陸軍大学を卒業しています。
    卒業後、ウラジオストックとハバロフスクに勤務した後、駐在武官としてポーランドに赴任しました。

    ウラジオストックとハバロフスク時代は、多くのロシア人と親交を結ぶと同時に、ロシア文学も熱心に学びました。
    このときにトルストイのアンナ・カレーニナの全訳にも取り組んでいます。

    またこの時期、ロシア人の先生に師事してピアノもマスターしました。
    大正14(1925)年に赴任したポーランドのワルシャワでは、夫人とともに社交ダンスを習得し、ヨーロッパ社交界デビューを果たしてもいます。
    下の動画にもご出演いただいている樋口季一郎のお孫さんの隆一氏は、日本を代表する音楽学者のひとりですが、これもまた樋口季一郎の血筋のなせるわざなのかもと思ったりします。

    昭和12(1937)年8月、樋口季一郎は関東軍に特務機関長として赴任しました。
    ここで同年12月に、ハルビンで内科医をしていたハルビンユダヤ人協会の会長のアブラハム・カウフマン博士(1885~1971)の訪問を受けました。
    カウフマン博士は、
    「ナチス・ドイツの暴挙を世界に訴えるため、
     ハルピンで極東ユダヤ人大会の
     開催をしたいから許可してほしい」
    と申し出ました。
    ドイツが猛然と力を発揮していた時代です。
    けれど樋口季一郎は、これを即決で許可しています。

    12月26日、第一回極東ユダヤ人大会が開催されました。
    ゲストとして招待された樋口季一郎は、次のような演説を行いました。

    「諸君、ユダヤ人諸君は、
     お気の毒にも世界何れの場所においても
     『祖国なる土』を持たぬ。
     如何に無能なる少数民族も、
     いやしくも民族たる限り、
     何ほどかの土を持っている。
     ユダヤ人がその科学、芸術、産業の分野において
     他の如何なる民族に比し、
     劣ることなき才能と天分を持っていることは
     歴史がそれを立証している。
     然るに文明の花、文化の香り高かるべき20世紀の今日、
     世界の一隅おいて、
     キシネフのポグロム(注1)が行われ、
     ユダヤに対する追及又は追放を見つつあることは
     人道主義の名において、
     また人類の一人として
     私は衷心悲しむものである。
     ある一国は、
     好ましからざる分子として、
     法律上同胞であるべき人々を追放するという。
     それを何処へ追放せんとするか。
     追放せんとするならば、
     その行先を明示し、
     あらかじめそれを準備すべきてある。
     当然の処置を講ぜずしての追放は、
     刃を加えざる虐殺に等しい。
     私は個人として、心からかかる行為をにくむ。
     ユダヤ追放の前に
     彼らに土地すなわち祖国を与えよ。」

    会場は、万雷の拍手に包まれました。
    (注1)キシナウのポグロムとは1903年、帝政ロシア領であったユダヤ人虐殺事件。キシナウはモルドバ共和国の首都。



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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

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