• 日清戦争と宣戦布告


    次回倭塾は7月17日(土)13時半から富岡八幡宮婚儀殿、テーマは「幻の極東共和国と古代の日本」です。
    詳細は→https://www.facebook.com/events/884676452313311


    宣戦布告文というものが、戦争の開始そのものを目的としたものではない、ということを、我々は今一度確認しておく必要があります。「宣戦布告」というのは、それがあるからはじめて戦争が始められるというものではなく、開戦ギリギリの状況下で、戦争となることを防ぐためのものでもあるのです。
    宣戦布告が、必ずしもドンパチの始まりを意味するものではないし、また国際法上必要な開戦のための要素と思い込んで思考停止におちいるようなものでもないということは、我々日本人が認識を新たにし、GHQや戦後左翼の洗脳を解く鍵でもあるのです。

    日清戦争平壌攻撃戦
    日清戦争平壌攻撃戦



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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
    小名木善行です。

    日清戦争(明治27(1894)年8月~明治28(1895)年3月)のお話を書いてみようと思います。

    日清戦争が起きた時代というのは、我が国では、大日本帝国憲法が発布(明治22、以下同じ)され、東海道本線が全線開通し、パリで万博が開催され、そのパリではエッフェル塔が建設されて、日本ではいまはファミコンシリーズで名を馳せている任天堂が創業され、翌、明治23年には教育勅語が発布、前年の明治26年には御木本幸吉が真珠の養殖に成功した、そんな時代です。

    要するに、我が国は明治の開花以降、急速に近代化が進み、欧米列強と肩を並べる実力を身に付けつつあった時代であったわけです。
    この当時でも、おそらくは精神文化という面では、我が国の治安の良さや国民の文盲率の低さ、あるいは民度の高さといった点においては、決して欧米にひけはとらなかったものと思います。
    けれど、日本と欧米では、武力が違う。経済力が違う。
    力の差が圧倒的だったのです。

    欧米諸国の東亜進出は、いわば西欧文明による東亜文明への挑戦です。
    この挑戦に対して、東洋的中世体制では勝てない。国として生き残れない。
    そのことは、清国の阿片戦争が、如実に証明していました。
    大軍を要する清国でさえ、英国のほんの少数の海軍の前に、まるで歯がたたずに蹂躙されているのです。

    ならば、その挑戦に対して、むしろ積極的に西洋文明を取り入れ、これを我が国の血肉となし、国力を鍛え上げて欧米列強と「対等」に付き合えるだけの実力を持った日本になる。
    これが日本の理想でしたし、幕末の志士たちが夢見た坂の上の雲です。

    この「対等」という概念は、我が国においては、人々の価値観の根幹をなす日本文化最大の特徴です。
    「対等」も「平等」も、英語で書いたら同じ「イコール(Equal)」ですが、日本ではまったく別な概念として認識されています。
    運動会の駆けっこで、順位をつけたらいけないと、全員並んで一等賞にするのが「平等」です。
    俺は勉強の成績ではA君に勝てないけど、「運動会の駆けっこだったら俺が一等賞だい!」となるのが「対等」です。

    「対等」は、相手の凄さをちゃんと認めたうえで、「その代わり俺にはこれが」とします。
    自他の違いをちゃんと認識した上で、自己の存在の実現を図ろうとします。
    「平等」は、ミソもクソも一緒ですから、こうした「その代わりに」という概念がありません。

    近年、洋風にならって、男女平等論がかしましいですが、男女がどこまでも「平等」というのなら、着替えも風呂も男女は同じ部屋、同じ風呂です。
    すくなくとも、女性にそうしたことが歓迎されるとは思えません。

    そもそも男には男の良さがあり、女には女の良さがあるのです。
    男の良さと、女の良さを互いに認め合い、違いを認識し、男は男らしく、女は女らしく、互いに力を合わせて、未来を拓こうとするのが「対等」です。
    どうも最近の教育現場では、「平等」にこだわるあまり、彼我の違いをきちんと認識する「対等」という概念があまりに軽視されているように感じられてなりません。

    幕末から明治にかけての日本人が求め大切にしたのも、この「対等」です。
    欧米列強の強さは認める。
    彼我の実力にそれだけ大きな違いがあるなら、むしろ積極的に欧米の文物を学び努力して、欧米列強と「対等」に付き合える日本になろう。
    それが、幕末の志士達の夢であったし、明治の政策の根幹でもあったし、日本人の対等意識の発露であったわけです。

    「対等」は、「追いつき追い越せ」ではありません。
    あくまでも「対等」になることを望むものです。

    いまでも同じです。
    日本車は欧米市場で人気ですが、日本のメーカーは、欧米のメーカーに「追いつき、追いつき」が基本戦略です。
    決して「追いつき、追い越せ」ではありません。
    彼らとどこまでも対等に付き合い、共存していく。
    それが日本のメーカーの希望であり、姿勢です。
    つまり「対等」というのは、彼我の違いを認めるだけでなく、実は、彼我の共存共栄を希望する概念です。

    このあたりも「平等」とはまるで異なります。
    「平等」は、「平等か不平等か」という対立概念しかありません。
    ひらたくいえば、「◯◯ちゃんと一緒でなきゃヤダぁ」という幼児の我儘と同じものです。

    一緒であることが認められなければ泣き叫ぶ。
    プロ市民とか、モンスターペアレントといわれる人たちの言い分は、すくなくとも私には幼児の固執性と同じに見えます。
    しかし、世の中は「分布」です。
    そのような人たちもいるから「対等な世の中」なのです。
    全部が全部、同じ思考、同じ行動なら、それは全体主義であって、不自由で哀れな世の中です。
    いろいろな人がいて、いろいろな考えが許容されているから、幸せだし、発展もあるのです。



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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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