• 戦前戦中の教科書における神功皇后に関する記述と考える授業


    第87回倭塾 令和3年10月16日(土)13:30開催
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    神功皇后の時代は、おそらく西暦200年頃であったろうとされています。
    このときに神功皇后が神がかりとなって三韓を征圧されました。
    戦前全中までの授業では、ただここで「神功皇后の三韓征伐があった」という事実にとどまらず、そこから元寇の一点を除いて、なんと現代まで1800年以上にわたって、日本がチャイナの属国とならずに済んできたということを、生徒が考え、知るに至ったのです。
    ここが大事なところです。なぜならそれは、生徒たちがただ書かれたものを鵜呑みにするということではなく、自分の頭で考えること(考えさせること)が授業の要諦となっていたということだからです。
    戦前戦中までの教育を、良いものばかりであったと述べるつもりは毛頭ありませんが、ただ、ひとつの事件や事故、あるいは歴史から、さまざまなことを考える、そういう習慣が、人に主体的であるという自由を与えてくれるのではないかと思います。

    神功皇后の三韓征伐
    20201005 三韓征伐
    画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%9F%93%E5%BE%81%E4%BC%90#%E5%90%84%E5%9B%BD%E5%8F%B2%E6%9B%B8%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%96%A2%E9%80%A3%E8%A8%98%E9%8C%B2
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    小名木善行です。

    神功皇后(じんぐうこうごう)の夫である第14代仲哀天皇は、ヤマトタケルの子です。
    神功皇后は戦前戦中までは、お札の顔にもなったくらいで、とても有名な、いまでいうなら常識となっていた人物です。
    その神功皇后について、戦前の尋常小学読本で、ご一緒に学んでみたいと思います。
    原文は漢字とカタカナによる文語体ですので、いつものようにねず式で現代語訳します。

    ****
    尋常小学読本(国定読本第1期)第18 神功皇后

    神武天皇よりすこしあとの仲哀天皇の時代、我が国のうちの西の方に悪者どもがいて、たいそう我がままをしていました。
    天皇はその皇后の神功皇后と申す御方と、それを攻めにおいでになりました。

    ところが戦いのさなかに、敵の矢を受けておかくれになりました。
    神功皇后は、
    「この悪者どもが
     わがままをしておるのは
     外国の者が扶(たす)けているからだ。
     だからその外国を攻めたら
     この悪者どもは
     わがままをやめるであろう」
    とお思いになりました。

    そこで神功皇后は、男装して海を渡り、その外国を攻めにおいでになりました。

    すると向かう国では、たいそう畏(おそ)れて、戦(いくさ)もせずに、降参してしまいました。
    そして毎年、宝物をさしあげますと約束しました。
    皇后は、それを許して、お帰りになりました。

    それから西の方の悪者どもは、わがままをしないようになりました。
    またわが国の強いことが、前よりもよく外国に知れるようになりました。

    ****


    文中の「西の方の悪者ども」というのは、仲哀天皇による熊襲征伐のことで、仲哀天皇8年、おそらく西暦200年頃の出来事であるとされています。
    そしてこの仲哀天皇の熊襲征伐によって、大和朝廷の全国制覇が完了したともいわれています。

    仲哀天皇が崩御されたとき、神功皇后のお腹には赤ちゃんがいました。
    その赤ちゃんが、後の応神天皇となられるのは、また後の話。
    神功皇后は、妊娠したまま、男装し、筑紫から玄界灘を渡って朝鮮半島に出兵して、新羅を攻めました。
    その勢いは「船が山に登らんばかりであった」といいます。

    新羅王の波沙寐錦(はさ むきん)は、
    「吾聞く、
     東に日本という神国有り。
     また天皇という聖王あり」
    と言って戦わずして降参し、朝貢を誓って金・銀・絹を献上しました。
    そして王族の微叱己知(みしこち)を人質に差し出します。

    実はこのことが、我が国における公式記録にある朝貢と人質の習慣のはじまりです。
    朝貢は毎年行われて恭順を誓い、また王子を人質として都に送り、都で王子を育てる。
    万一、国王が裏切れば、王子が殺されるので、国王には跡継ぎがいなくなって、国が滅びる、という仕組みです。
    この神功皇后のときにはじめられた仕組が、後に、源氏の制度に採り入れられ、そのままこれがモンゴルの元の大帝国による世界の支配の基幹システムになっています。

    また、このとき高句麗と百済も、倭国への朝貢を約束しています。
    これにより、高句麗、新羅、百済の三国が、倭国の属国となったことから、これを
    「神功皇后の三韓征伐」
    といいます。

    皇后の出征が10月、そして同じ年の12月には皇后は筑紫に凱旋され、そこで応神天皇を出産されています。
    出産した場所のことを「生み」から転じて「宇美」といい、これがいまの福岡市宇美町(うみまち)の名の由来です。

    また、
    1 いざというときに敵の準備が整う前に破竹の勢いで進撃(疾風迅雷)すること、
    2 これにより戦わずして勝つこと、
    3 目の前の敵ではなく、その背後にある根っこを即時叩くこと、
    4 日頃から十分な戦力を養い、強いことを内外に知らしめることによって、戦いそのものをなくすこと、
    といった、国家としての重要な武の大原則を建てられたのも、神功皇后の功績です。

    そしてなにより重要なことは、この武の発動の功績が、わが国において皇后という女性のパワーによって成し遂げられたということであろうと思います。
    基本的に女性の力は、パワーではなく、慈愛に基づくというのが、世界の常識です。
    けれどもその「慈愛こそがパワーの最重要要素」であることを、神功皇后は見事に証明しているからです。

    この神功皇后の新羅征伐によって、半島の百済、高句麗も日本への朝貢国となりました。
    新羅、百済、高句麗の三国が日本の支配下に入ったわけで、これを「神功皇后の三韓征伐」といいます。
    そしてこの「三韓征伐」が、のちの世の日本の帰趨を決定づけました。

    この神功皇后の「三韓征伐」のあと、中原(チャイナの中心地帯)に隋、唐、宋、元、明、清といった巨大王朝が出現しました。
    それら巨大王朝は、いずれも覇権主義国であり、周辺地域を武力征圧していきましたが、それらすべての王朝に共通した戦略が「遠交近攻」です。
    攻めて征圧しようとする国の、向こう側の国と結び、その国を挟み撃ちするというのが「遠交近攻」ですが、中原に巨大王朝が成立したとき、半島にそれら王朝の敵(もしくは侵攻予定地)となる国があることで、日本は常に「遠交(遠くの国の親しく交わる)」対象国となったのです。

    これが崩れたのが元の時代で、このときは半島が元に征圧されることで、元の隣国が日本となりました。
    その結果、起きたのが元寇です。

    いまでも韓国に親中政権ができたり、日本に親中派の議員などが生まれるのは、北朝鮮という武装国家がチャイナと隣接しているからです。
    そこに北という武装国家がある限り、チャイナはその向こう側にある韓国や日本に、一応は良い顔を見せるわけです。

    神功皇后の時代は、おそらく西暦200年頃であったろうとされています。
    このときに神功皇后が神がかりとなって三韓を征圧されました。
    戦前全中までの授業では、ただここで「神功皇后の三韓征伐があった」という事実にとどまらず、そこから元寇の一点を除いて、なんと現代まで1800年以上にわたって、日本がチャイナの属国とならずに済んできたということを、生徒が考え、知るに至ったのです。

    ここが大事なところです。
    なぜならそれは、生徒たちがただ書かれたものを鵜呑みにするということではなく、自分の頭で考えること(考えさせること)が授業の要諦となっていたということだからです。

    以下にあるのは、この神功皇后の授業に際しての戦前の小学5年生への出題です。

    (1) 神功皇后が新羅を討ち給ひし次第を語れ。
     (神功皇后がどうして新羅を討ったのか、その理由を述べよ)
    (2) 三韓が皇威に服せしことにつき言へ。
     (三韓はどうして日本の属国となる道を選んだのですか。その理由を述べよ)
    (3) 神功皇后の御功績を數(数)へあげよ。
     (神功皇后のご功績は、何だったと思いますか。主なものを3つ挙げよ)

    これが戦前戦中までの学校教育です。
    いまのように、「文中何行目の《それ》は何を指していますか。15文字以内で答えなさい」といった設問ではなく、文中から読み取れることについて考え、その考えを生徒同士で議論することが授業でした。

    このことは江戸時代(あるいはもっと古い時代)からの我が国の初等教育の基本です。
    なぜ基本なのかというと、議論することが我が国の国是であったからです。
    昔は議論のことを論(あげつらふ)と言いましたが、そのことの重要性は、1400年前の十七条憲法に説かれています。
    そして明治新政府が憲法以前の根幹とした五箇条の御誓文の第一条も「広く会議をお越し万機公論に決すべし」です。

    大事なことは、いまどきのメディアのように、どこかの黒幕さんが裏で全部仕切って決めてしまうという世の中の仕組みではなく、その世の中の仕組みそのものが、大事なことはみんなでちゃんと議論して決めるという、天の安河原以来の我が国の伝統文化に則っることです。

    このことは、いまどきの人たちには、いまの日本の社会の仕組みや、組織の形が、あまりにも欧風化し、ピラミッド型に染まってしまっているので、すこしわかりにくいかもしれません。
    組織というのは、ピラミッド型ばかりではないのです。
    日本型経営組織は、組織は番頭・手代・丁稚の三階層しかありません。
    番頭は責任者。
    手代が働く人。
    丁稚は見習い中の人です。

    たったそれだけで組織運営ができたのは、組織の形がピラミッド型ではなく、球体構造をしていたからです。
    球体には中心核(店主)があり、その表面にピラミッドの三角形を描いても、そこに描かれた点は、すべて頂点になります。
    ですから球面に上下はありません。
    このことは、お客様の前では、その人が社長と同じということを考えれば、容易に理解できます。

    そして球面構造に於いては、互いの意思の疎通と、全員の一致協力が不可欠です。
    その全員の一致協力のことを、古い言葉で「一揆」といいます。心をひとつにする、という意味です。

    そして全員で心をひとつにするためには、ひとりひとりにちゃんと思考力と決断力、そして実行力が伴っていなければなりません。
    何事も他人任せで、自分はマニュアルに書かれたことだけをすれば良いということにはならないからです。
    そういう社会に役立つ人材を育成するのが、戦前戦中までの日本の幼年教育の根幹であったわけです。

    ちなみにすこし余計なことを書くと、こうした戦前戦中の教育は、幼年教育がきわめて優れたものであったのに対し、高等教育(いまでいう大学など)に関しては、目的の明確な陸海軍の予科や大学、師範学校以外は、あまり褒めたものがなかったように思います。
    なぜなら下手に大学を出ると、西洋型の思考に染まり、日本の歴史伝統文化を粗末にしたり、やたらに居丈高に気取ってみたりするような人が多かったといえるからです。
    代表的なのが、夏目漱石の『坊っちゃん』に出てくる赤シャツのような人です。

    つまり欧米型ピラミッド社会に染まってしまうのです。
    すると、下の者に思考停止を要求し、上に立つ者にのみ、思考や言論の自由があるかのように錯覚するようになる。
    一部に極端な男尊女卑のようなものが見られたのも、そういうことが背景になっているものと思います。

    そんな具合ですから、戦前戦中までの教育を、良いものばかりであったと述べるつもりは毛頭ありませんが、ただ、ひとつの事件や事故、あるいは歴史から、さまざまなことを考える、そういう習慣が、人に主体的であるという自由を与えてくれるのではないかと思います。


    ※この記事は2020年10月の記事の再掲です。
    お読みいただき、ありがとうございました。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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