• あまりてなどか人の恋しき


    第87回倭塾 令和3年10月16日(土)13:30開催
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    それでもがんばるのは、なぜかと言えば、「あまりてなどか人の恋しき」だからです。
    そしてこのことをわが国では、古来「正義」と呼びます。
    それは言い換えれば、わが国では「愛こそが正義」だということを意味します。

    20191006 ススキ
    画像出所=https://news.livedoor.com/article/detail/15350119/
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    小名木善行です。

    百人一首の39番に、参議(さんぎ)等(ひとし)の歌があります。
    好きな歌のひとつです。

    浅茅生の小野の篠原忍ぶれど
    あまりてなどか人の恋しき

    (あさちふの をののしのはら しのふれと あまりてなとか ひとのこひしき)

    「恋しき」と書いてあるから、この歌は「恋の歌」である、と解説されることが多いのですが、歌人がこの歌を詠んだときの歌の意味と、藤原定家が百人一首の中でこの歌を紹介したときでは、歌の意味というか、歌を通じて伝えようとしたものが異なります。
    ここでは、あくまで百人一首のなかで、藤原定家がこの歌を通じて何を伝えようとしたのかを考えてみたいと思います。

    参議等の参議というのは官職名です。
    等(ひとし)が名前で、本名は源等(みなもとのひとし)といいます。嵯峨天皇の曾孫です。
    何度も述べていますが、「○○さん」とお名前をお呼びする場合と、「○○部長」や「○○課長」とお名前をお呼びする場合とでは、意味が違います。

    一部の大手メディアや、メディアに登場するコメンテーターさんたちは、総理や副総理のことを、「安倍さん」、「麻生さん」と呼ぶことが、まるでならわしでもあるかのように行われていますが、私的な・・たとえばゴルフのスコアがどうだったとかいうことを述べるときには「安倍さん」、「麻生さん」でも良いのですが、国政に関することを論評するときには、「安倍総理」、「麻生副総理」等とお名前をお呼びするのが日本人として日本語を扱う者の正しい姿です。

    もちろん、野党の党首の方々なども同じです。
    枝野幸男氏であれば、立憲民主党党首なのですから、その職務上の公的な発言について云々するときは、「枝野さん」ではいけない。
    たとえば政党に関する事柄であれば、あくまでも「枝野代表」とお呼びするのが日本語を話す者の最低限のルールというべきものです。

    なぜならそれが秩序だからです。
    秩序がなければ、社会は成立しません。
    そして人は、人々という集合体の中・・・いまの時代で言うならば、日本という国家の中において、その一員として生活しています。
    「そんなことはない。俺は自分で人生を切り開いて生きているのだ」と仰る方もおいでになりますが、そういう方であっても火災が起これば消防署のお世話になるし、犯罪被害にあえば、頼るところは警察です。
    病院で使う保険証も、国という集合体の中で営まれているものです。

    要するに人はひとりでは生きていないわけで、あくまでも集合体の中で、集合体のひとつの細胞として生かされ、生きているわけですから、そうした集合体における役割を互いに自覚していくためにも、呼称はとても大事なものといえます。

    最近は親子兄弟の間でも、子が母をつかまえて「○○ちゃん」と呼ぶことが、あたかもかっこいいことであるかのように宣伝されたりしていますが、これもまたおかしな現象といえます。
    わが国では、その中にいる最も年少の者の視線に合わせて、互いを呼ぶというのがならわしです。
    それは、もっとも年少の子を大切にしていこうという、わが国独特のやさしさのある文化に基づくものです。
    そうした日本文化は、これからも大切にしていかなければなならいものであると思います。

    さて、話が脱線しましたが、以前にも述べましたが、名前が役名で書かれている場合、その歌は「職務に関連する歌」です。
    従いまして、この歌を百人一首として鑑賞する場合は、「人の恋しき」とあるから、男女の恋の歌だとばかり凝り固まったような頑迷な解釈をするのではなく、何か参議という職に関することを詠んだ歌であるとして解釈するのが、正しい姿勢です。

    そこで歌を、読み返してみると、まず冒頭に「浅茅生(あさちふ)の小野の篠原(しのはら)」とあります。
    「浅茅生(あさちふ)」の「茅(ち)」という字は「かや」とも読みますが、ススキのことです。
    ススキはイネ科の植物で、穂は食用、茎や葉は屋根材として使われ、そうした屋根のことを「茅(かや)ぶき屋根」と呼びました。
    また東京証券取引所のある東京・茅場町は、もともとススキ畑であったところだから「茅場(かやば)」という名が付いています。

    その「茅」が「浅く生えている」から「浅茅生(あさちふ)」です。
    この場合、浅く生えているというのは、「ススキがまばらに生えている(見えている)」ことを意味します。
    生えている場所が「小野」、つまり「小さな野原」です。

    その野原がどのような野原かというと、それが「篠原(しのはら)」です。
    篠原というのは、笹が群生している原っぱのことを言います。

    つまり「浅茅生の小野の篠原」というのは、「笹が群生している原っぱで、ところどころにススキが生えている」そんな野原であるわけです。
    続く「忍ぶれど」は、耐え忍ぶの「忍ぶ」です。

    この上の句は、非常におもしろい構造をしていて、「忍ぶれど」が、「茅」と「篠」の両方にかかっています。
    つまり
    「ススキと笹(ささ)のように耐え忍ぶ」
    と詠んでいるわけです。

    なぜ耐え忍ぶのか。
    その答えが下の句です。
    下の句は「あまりてなどか人の恋しき」です。
    「ありあまるほど、人が恋しいからだ」
    と述べているわけです。

    「参議」という役職は朝廷において左大臣や右大臣、あるいは左弁官、右弁官などの、いまで言ったら大臣や閣僚といった組織上のラインとは別に置かれた令外の官です。
    唐名(漢風名称)ですと宰相にあたり、わが国では四位以上の位階を持つ廷臣の中から、才能のある者を選んで大臣とともに政治を参議する役職です。
    これで和訓は「おほまつりことひと」です。

    明治新政府では、西郷隆盛や木戸孝允、大隈重信などが参議職を務めています。
    政治上の、たいへんな高官であるとわかると思います。

    そして政治上の高官は、政治的意思決定を行う人達です。
    政治上の意思決定は、当然のことながら大きな責任を伴います。
    また政治上の意思決定には、常に反対意見がつきまといます。

    これは当然のことで、ひとつの新たな政治的意思決定を行う・・・つまりなんらかの行政上の変更を行えば、必ず従来の既得権益者たちは、その既得権益を失うことになるわけです。
    どんなにそれが素晴らしい未来を拓く意思決定であったとしても、特定の既得権者たちからすれば、自分たちの特権を奪われ、失わされるのです。
    反対の狼煙(のろし)があがるのは当然です。

    そして意見の食い違いは、これまた必ず、意思決定権者個人に対する恨みにつながります。
    ですから政治的意思決定者は、必ず、ねたみ、うらみ、そねみ、足の引っ張りあいに遭うことになるのです。
    それでも参議であれば、国政を良い方向に向けるために、意思決定をしなければなりません。
    どうして、人の恨みや、ねたみ、そねみを買ってまで、意思決定者となる道を生きるのかといえば、その理由を源等は、「ありあまるほど、人が恋しいからだ」と述べているのです。

    ですからここでいう「人」というのは、恋しい女性のことではありません。
    あくまでも「おほみたから」である民衆のことです。
    民衆のことが、ありあまるほど恋しいから、どんなに風当たりが強くても、正しい道をつらぬくために、参議としての職をまっとうするのだと、参議等は述べているわけです。

    ススキも笹も、どんなに強い台風のような大風が来ても、風にそよぐばかりで、決して倒れたり、折れたりしない植物です。
    とりわけ笹は、細身でありながらも、しっかりとした茎(くき)に、節(ふし)を持ち、しなやかに、しなって決して折れません。

    ですから源氏の家紋は、源氏笹(げんじざさ)です。
    俺たち源氏は、何があっても決して心が折れたりしないのだ、という決意が、源氏の定紋となっているのです。
    ちなみに、後の世で源氏が愛した能楽が行われた能楽堂には、必ず源氏笹と呼ばれる笹の絵が壁に描かれています。

    つまり、
    「浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき」
    と、参議等が詠んだこの歌の百人一首上の意味は次のようになります。

    「ススキが点在している笹の原っぱ。
     そのススキや笹は、
     大風が吹いても
     柳に風と受け流し
     決して折れることはない。
     同様に、どんなに耐えがたい苦難があったとしても
     俺は参議として、 
     その苦難を柳に風と受け流し、
     立派にこの仕事をやり遂げてみせる。
     なぜならそれは、
     おほみたからである民衆のことが
     ありあまるほど強い気持ちで
     恋しいからなのだ」



    もちろん、この歌を単なる恋の歌と読むのも、それはそれで良いことです。
    歌をどのように鑑賞するかは、その人それぞれですし、恋は、自分のすべてと思えるせつない熱情でもあるからです。
    けれど、歌を少し深く読めば、参議という官職にあって「人の恋しき」といえば、それは参議としての権力に物を言わせて恋しい女性を口説くというような浅はかなものではなく、なにより民衆を大事に思う、激情にも似た強い気持ち」を詠んでいるとわかります。

    それに、そもそも「恋」という字は、「亦+心」で、「亦=ひたすら」な「心」をいいます。
    「ひたすらな心」は、何も男女の情愛ばかりではありません。

    とりわけ男の愛は、古来、責任を伴うと言われています。
    女性の愛は、まさに愛そのもの。
    全身全霊を込めて相手の男性のことを思う愛です。
    これはおそらくは子を育てる女性の母性からきているものであろうかと思います。

    けれど男は、その妻子を責任持って養っていく愛です。
    わが国では、男子であれば、ただ妻子のことを思うだけでなく、また知行地を持つような高官であれば、その知行地に住む人々の暮らしまでをも含めて、自分の庇護下にあるすべての人々が、すこしでも豊かに安全に安心して暮らして行けるように責任を持つ。
    それが男の愛だと考えられてきたのです。

    これが日本の文化です。

    個人的にこの歌が好きなのは、これはどのような仕事をしていてもあることですけれど、何事かをしようとすれば、必ず、少し極端な言い方をすれば、利害の衝突や闘諍(とうじょう)、あるいはもっといえば戦いがあるものです。
    悪口や中傷を受けるくらいは、ある意味、あたりまえのことでもあります。

    そしてわが国は、大陸や半島と違って、反対意見を持つ者だからといって、軽々にその人達を8000万人も虐殺したり、北の共産党員かもしれないというだけで、数百万人を虐殺したりするような、横暴な文化を持ちません。
    たとえ、敵対し、対立していたとしても、どこまでも話し合いを重んじ、相手の立場や思いを尊重しながら、ともに生きていくというのが、わが国の古来からの文化です。

    従ってこのことは、何事かをする人は、常に反対者や悪意ある中傷をする人たちと共存していくしかないという、選択しかないことを意味します。

    それでもがんばるのは、なぜかと言えば、「あまりてなどか人の恋しき」だからです。
    そしてこのことをわが国では、古来「正義」と呼びます。
    それは言い換えれば、わが国では「愛こそが正義」だということを意味します。


    ※この記事は2019年10月の記事の再掲です。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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