• 擇道竭力(たくどうけつりょく)


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    道を選んで力を尽くすことを「擇道竭力(たくどうけつりょく)」といいます。講道館の嘉納治五郎先生の座右の銘です。

    20220228 嘉納治五郎
    画像出所=https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2021/53567
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    「擇道竭力(たくどうけつりょく)」という言葉は、講道館の嘉納治五郎先生が座右の銘とされた言葉です。
    「擇(たく)」というのは選択のことで、「擇道(たくどう)」は道を選択することです。
    「竭(けつ)」というのは、「尽くす」ことです。ですから「竭力」は「力を尽くす」という意味です。
    したがって「擇道竭力」というのは、「道を選んで力を尽くせ」という意味の言葉になります。

    この言葉について、講道館のHPに嘉納治五郎先生の教えとして、次の一文がありますので、転載してご紹介します。
    明治43年に書かれた文です。

    *****

    【嘉納治五郎師範の教え】
     擇道竭力(たくどうけつりょく)

    http://kodokanjudoinstitute.org/doctrine/word/takudo/

    さて大なる目的にもせよ、小なる目的にもせよ、いよいよ志が立ったならば、次に必要なるはこれを達する道を択(えら)ぶことである。
    一の目的地に達するにも道路が幾条もあるように、一の目的を達するところの手段方法にもおのずからいろいろある。
    そこで目的はよくても、手段方法を誤ったならば、目的の達せられないで失敗に終るのはもとよりである。
    その手段方法の良否巧拙は、実にその結果に多大の差異を致すのである。

    青年は、一たび目的が定ると直情径行これを達するに急にして、その手段方法を講ずるに疎なりという傾きがある。
    そうしてこれがためにせっかく立てた目的をも貫徹し得ずして、空(むな)しく失敗に終ることがあるから、よく注意せねばならぬ。

    しからばどういうのが最良の手段かというと、なるべく無用な事をせずに、最もよく目的を達し得るものをいうのである。

    よく思慮を加えないと、近道と思っても実際には遠い険しい道になっている事などがある。
    迂遠(うえん)のようでも、その実近道の事もある。
    一の目的地に達するに、自ら紆余曲折(うよきょくせつ)の存することを顧みないで、山も川も野も林もあるのを構わず、躁急(そうきゅう)にして直進しようとするのは、けだし自ら誤るのみである。

    ことに注意すべきことは、手段方法は必ず正道に依らねばならぬ事である。
    「目的は手段を択ばず」とか、「尺を枉(ま)げて尋(ひろ)を直うす」というがごときは、ともすれば人の囗にするところであるが、誤った考えである。

    不正なる手段によって善良なる目的が達せられると考えているのが、そもそもの誤解である。
    一方面から見ると、不正なる手段でも善良なる結果を生じ得るように見えるか知らぬが、不正な手段は他の方面に必ず悪結果を生じ、しまいに目的そのものをも破壊してしまうようになるのである。

    西郷南洲が
    「事大小となく正道を蹈(ふ)み、
     至誠を推し、
     一事の詐謀を用うべからず。
     人多くは事の差支うるときに臨み、
     策略を用いていったんその差支を通せば、
     跡は時宜次第工夫の出来るように思えども、
     策略の煩いきっと生じ、
     事必ず敗るるものぞ。
     正道をもってこれを行えば、
     目前には迂遠なるようなれども、
     先に行けば成功は早きものなり」

    といっているのは、目的と手段との関係についてすこぶる適切なる教訓といわねばならぬ。

    目的は空想でない。
    必ず実現し得べき望みのあるものでなければならぬ。

    手段もまたそうで、その人の能力と境遇とにおいて実行し得べき着実のものでなければならぬ。
    座上で想像を廻(めぐ)らしているときには、神算鬼策のように思える手段でも、さて実際となれば齟齬して何の益をもなさぬものが多い。
    ゆえに手段は常に着実の上にも着実でなければならぬ。

    しかし着実の好手段はちょっと見出し難い感がある。
    この手段の着実を得るようになるのは、思慮と経験との結果である。
    年少者にありがちなように、一時の考えにはやって、軽々に手段を決するようなことは、決して目的を達するゆえんの捷路(しょうろ)ではない。
    むしろ迂遠のようでも着実な手段を取った方がよいのである。

    立志と択道、この二者によって、吾人のなすべき事が定ったならば、次には竭力(けつりょく)してこれを成就することを努めねばならぬ。
    百の空しい願望百の空しい計画は、一の実行に及ばない。

    成功とは畢竟(ひっきょう)一の目的に向って力を用いた結果をいうのであって、力を用いれば用いるほど成功もまた大になってくるのである。
    たといその目的と手段とにおいて、善尽し美尽せるものがあっても、実行せられなければ畢竟美しい夢のようなものである。

    戦争に必要なのは智略であるけれども、勝敗は智略のみによって決しない。
    よく謀るものも力行を須(ま)って勝つので、謀の拙なるものも時に力行によって敗れざるを得ることがある。
    勝敗は実行する力いかんによって分れることが多いのである。

    座上では着実な目的着実な手段と考えておっても、いよいよ実行となれば種々の艱難種々の障害が生ずるものであって、堅忍不抜の意志をもって努力奮励するを要することの多いのが、人生の真相である。

    およそ事の成敗は因果の法則によって行わるるものであって、大なる果実は忽然(こつぜん)としては生ぜぬ、
    相当の結果を得るには必ず相当の力を要するものである。
    価値のある事であればあるほど、これがために長日月の努力を要するものと覚悟せねばならぬ。

    大事は一朝一夕の感激をもってよく成し得るものでない。
    青年は鋭気に満ちているけれども、とかくに一時に功を収めようとあせりやすいが、躁急はそもそも功を収むるゆえんでない。

    あせって功を得ないと、倦厭(けんえん)する。
    倦厭すれば沮喪(そそう)する。
    沮喪すればしまいに自棄するようになりやすい。
    進むに鋭きものは、退くこともまた速やかで、かくのごときものは当初の意気込の盛んなのに似ず、なんらの成功を見ないで終ってしまうものが少なくはないのである。

    ことに人生に最も必要なのは、建設の事業であって破壊の作用でない。
    時に破壊の要せらるるのは、一層善良なるものを建設せんがためである。
    その建設の事業になると、必ず長日月を要するものである。

    吾人の身体を傷害することは即時に容易に行われるけれども、これを健全に発育せしむることは決して容易の事でない。
    建設の事業は、すべてこれと同様であるから、いやしくも善美の事業を成そうとするには、十分に覚悟して躁急を避け着実を取りじりじりと歩武を進め、仮にも一事を始めたならば、終生の全力を尽してこれを成就するという決心をもってせねばならぬ。

    ********

    日本をかっこよくしたい。
    そのために活動しています。
    ただいまの時勢に頓着(とんちゃく)して、日々怒りに暮らす人は多いです。
    けれど、怒りによって築かれる未来は、怒りと不平不満の未来です。

    誰もそのようなものは望んでいない。
    誰もが望むのは、愛と希望のあふれる、やさしさのある未来です。

    ならば、日々の活動もまた、愛と希望のあふれる、やさしさのある活動でなければならない。
    そして「仮にも一事を始めたならば、終生の全力を尽してこれを成就する」

    要するに、「自分でやると決めたら、やる」のです。

    では「竭力(けつりょく)」、つまり「力」はどのようにして得たら良いのでしょうか。
    これは筋トレと同じです。
    馬鹿になって、日々努力を重ねていくしかない。

    自分にとって、このブログが「竭力」の根幹です。
    自己の「みがき」のために日々書いているものです。
    それが「力」になるかどうか。
    そんなことはわかりません。
    けれど、回り道かもしれないけれど、馬鹿になって毎日続けていれば、必ずそれは「実力」になる。
    そう思って、ねずブロは、かれこれ14年、ほぼ毎日書き続けています。
    これからも書き続けていきます。

    最近では、ブログよりも動画の方が、圧倒的に影響力が濃いです。
    でも、書くことは、話すことと違って、自己の学びがあります。
    だから続けます。

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    何事も霊(ひ)が先です。

    20220226 感の意味
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    「感」という字の意味について、↓のサイトに素晴らしい解説がありましたので、転載して紹介します。
    https://bit.ly/3hfTP9d

    【「感」 祈りに神の心が動き応える】

    白川静さん最大の功績はこれまで人などの「くち」を表すと考えられていた「口」が「くち」ではなく、神への祈(いの)りの言葉を入れる器「口」(サイ)であることを発見、「口」をふくむ字を新しく体系化したことです。

     このことは繰(く)り返し説明してきましたが、別の見方をすれば、それほど「口」に関する字が多いのです。「口」は神様への大切な祈りの言葉を入れる器でしたので、これにいろいろなものを加えて守りました。

     「口」に「戉(えつ)」を加えた「咸(かん)」もそんな字の一つです。「戉」は「まさかり」のこと。「咸」は神への祈りや誓(ちか)いの儀式(ぎしき)が終わって、その大切な祝詞(のりと)を入れた「口」に「戉」を加えて、封(ふう)をとじることを表した字です。

     封をとじるので「おわる」意味となり、すべて完了(かんりょう)するので「ことごとく」の意味もあります。

     手紙に封をすることを「緘(かん)」と言います。これは「咸」に「糸」を加えた形。「糸」は「とじひも」のことです。手紙を入れておく「文箱(ふばこ)」にとじひもである「緘」をしたのが元の意味です。現代も手紙は封をします。封をした手紙のことを「緘書(かんしょ)」と言います。つまり「封書」のことです。

     この「咸」をふくむ字で一番なじみある字は「感」でしょう。「咸」に「心」を加えた「感」は、祈りに対して神の心が動き応えること。神様の感応を意味する字です。

     もともとは祈りに対して神が感じ動き、応じる意味でしたが、人の心のことに意味を移し、心が動く意味となりました。

     「感」は心が動くことですから、「感」をふくむ字には「動く」意味をふくむものがあります。

     「世界を震撼(しんかん)させた事件」などと使う「震撼」の「撼」も、その一つ。「震撼」とは「震(ふる)え動く」ことです。祈りに対して神が感じ動き応じるのが「感」ですが、その「感」の力で他のものを動かすのが「撼」で、「扌」は他を動かす意味で加えられたものです。(共同通信編集委員 小山鉄郎)


    *******

    「口」という字が「神様への大切な祈りの言葉を入れる器」であり、その祈りを「戉(まさかり)」で封印する。
    その姿勢に神々が動き応(こた)える。だから「感動」です。

    人は「神々の心を感じて、動く」のです。
    理屈で人は動きません。だから「理動」という言葉はありません。

    人には身(肉体)があります。
    人には脳がありますから、肉体には脳で考える思考が備わります。
    けれど、思考だけでは、人は動かない。
    人が動くには、霊(ひ)の働きが必要になります。

    霊(ひ)は、肉体にとっては神に等しいものです。
    だから、霊(ひ)が本体、肉体はその乗り物というのが、日本古来の思考です。

    日本人が目覚めるというのは、霊(ひ)が目覚めるということを意味します。
    ですからそのためには、日本人ひとりひとりが、あらためて自分の霊(ひ)を自覚することが必要になります。

    ところがこれは、実は日本人にしかできないことです。
    日本に住んで日本語を話し、日本人のような顔をしていても、欲の強すぎる人たちには、その霊(ひ)を自覚することができません。
    いくらそのことを理屈で覚えても、霊(ひ)が感じない、霊(ひ)が動かないのです。
    あたりまえです。
    自己の欲望が強すぎるのです。

    「欲」という字は「谷」の部分が「神様への大切な祈りの言葉を入れる器」を意味する「口」に、「ハ」つまり山のように宝物が積み上げられています。
    その横に「欠」があります。「欠」は人が口を開けている象形です。
    つまり「欲」というのは、神々の宝を欲しがって、みっともなく、ただ口を開けている姿のことを言います。

    だから「欲」の強い人というのは、いつも「欲しい、欲しい」と欲しがるばかりで、満足するということを知りません。
    もっというなら、そのために他人の大切なものを奪っても何とも思わない。
    幼児の固執性、執着性と同じです。
    ただ「欲しい欲しい」と泣きわめく。
    幼い頃から、泣きわめくことで、自己の欲望を満たすことを繰り返すと、それが成功体験になり、大人になっても、爺婆になっても、泣きわめいてモノを欲しがるようになります。

    日本に住む外国人というのは、二通りに別れます。
    ひとつは、日本が大好きで、その大好きな日本人に、自己を同化させようとする人々です。
    そういう人は、肌の色に関係なく、日本人と同様に霊(ひ)を自覚することができるようになります。

    これに対し、日本を馬鹿にし、俺は日本人よりエライんだと、くだらない自己満足を得ようとする人々は(もしかするとそういう連中というのは、本当は人ですらないかもしれないけれど)、どこまで行っても霊(ひ)を自覚することができません。

    このことは、日本武道も同じです。
    日本武道は、相手の霊(ひ)を制する心技体を磨きます。
    修行は「みがき」ですから、試合に勝ったとしても、体は乱れません。
    ところが、エセ武道は、試合に勝つとガッツポーズです。
    その瞬間に、すでに体が曲がります。
    実戦なら、別な敵に斬られて死にます。
    それでは武道になりません。

    「感」とは、神々と心を通わせること。
    つまり、霊(ひ)と心を一体化することです。

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  • 日本の歴史にモブキャラなんてひとりもいない


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    日本の歴史に、モブキャラなんてひとりもいない。それが日本の歴史です。このことを万葉集から考えてみたいと思います。

    吾(あ)が背子(せこ)は
物(もの)な念(おもひ)ぞ
事の有(り)は
    火にも水にも
吾(われ)七国(なくに)莫(な)し

    (訳)
私が背負った夫について日頃から思っていることは、
    火にも水にも、そして私の知りうる限りの国に、
    ウチの夫に比べる人なんていないということです。

    これが1300年以上前の庶民の女性の歌です。
このような歌が残されているのは、世界に日本しかありません。
日本は庶民の国であり、庶民のひとりひとりを慈(いつく)しんできた国です。

    20220223 巫女
    画像出所=https://www.pixivision.net/ja/a/3036
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    万葉集に、安倍女郎(あべのいらつめ)の歌二首が掲載されています。
    愛する夫のことを詠んだ歌です。
    女郎(いらつめ)というくらいですから、おそらくは地方のごく普通の若い奥さんです。
    その奥さんが、夫のことを「背子(せこ)」と呼んでいます。
    自分が生涯をかけて背中に負った子という意味です。

    【万葉集 安倍女郎歌二首】
    今更      いまさらに     いまさら
    何乎可将念 なにをかおもふ  何を強く思うかといえば
    打靡     うちなびく      強くなびいた
    情者君尓  こころはきみに   澄み渡った心情は 、夫との
    縁尓之物乎 えにししものを   美しいご縁をいただいたことです

    吾背子波  あがせこは     私が背負った夫について
    物莫念   ものなおもひぞ   日頃から思っている
    事之有者  ことのりは      その根幹にあるもの
    火尓毛水尓母 ひにもみずにも 火にも水にも
    吾莫七国  われなくになし    私の知りうる限りの国に、ウチの夫に比べる人なんていないということです

    これが1300〜1400年前に生きた、ごく普通の女性の歌です。
    和歌を詠んだというだけでもすごいことですが、同時代の世界中の女性が、教養を持つことはおろか、文字を書くこと自体が禁忌とされた時代に、我が国では、ごく普通の女性が、教養を持ち、夫を愛して普通に生きることができたのです。

    「遊行女婦(うかれめ)」と呼ばれた女性の歌もあります。
    後年、遊行女婦(うかれめ)は、文字が短縮されて「遊女」と書かれるようになり、また文化性の高い女性が人々に好まれたことから、遊女=売春婦であるかのように言葉が変化していきましたが、万葉集にある遊行女婦(うかれめ)というのは、神社をめぐり、雨乞いなどの神事を専門に行う女性のことをいいました。
    そんな遊行女婦(うかれめ)の歌です。

    凡有者  おほならば あたしが普通の女の子なら
    左毛右毛将為乎  さもうもせむを 袖を左右に振って
    恐跡    かしこみと かしこみながら
    振痛袖乎    ふりたきそでを 痛いほど袖を振りたいです
    忍而有香聞    しのびてあるかも でもそれをこらえています

    倭道者  やまとぢは 都への道は
    雲隠有  くもにかくれり きっと雲に隠れた遠くまで続いているのでしょうね
    雖然    しかれども だから
    余振袖乎    あがふるそでを あたしが振る袖のこと
    無礼登母布奈  むれとおもふな 決して無礼とは思わないでくださいね

    この歌が詠まれたときの情況を、万葉集は次のように書いています。
    【補記】
    右は太宰帥大伴卿、大納言兼任のため京に向ひて上道(かみだち)す。
    此の日、馬を水城(みずき)に駐めて府家(ふか)を顧(かへ)りみ望む。
    このとき卿を送る府吏の中に遊行女婦(うかれめ)あり。
    其の字(あざな)を児嶋と曰ふ。
    ここに娘子(をとめ)、この別れの易きを傷み、その会ひの難(かた)きを嘆き、涕(なみだ)を拭(のご)ひて、自ら袖を振りこの歌を吟(うた)ふ。

    その大伴旅人の返歌です。

    【大納言大伴卿の和(こた)ふる歌二首】
    日本道乃 やまとぢの 日本男児の行く道です
    吉備乃児嶋乎 きびのこじまを これから吉備の国の児嶋郡も通ります
    過而行者 すぎゆかば そのときはきっと
    筑紫乃子嶋 つくしのこじま 筑紫で小さな肩を震わせた 児嶋
    所念香裳 おもほゆるかも おまえのことを心に刻んで思い出すよ

    大夫跡 ますらをと 日頃から男らしくありたいと
    念在吾哉 おもへるわれや ずっと思ってきた私だけれど
    水茎之 みつくきの こうして歌を贈ろうと筆を持ち
    水城之上尓 みずきのうえに 水城の上に立ちながら
    泣将拭 なみたのこはむ 流れる涙を止めることができません

    大伴旅人は、太宰府の長官です。
    とっても偉い人です。
    その偉い長官が、新たに大納言に昇進することになって、都へと旅立つことになったわけです。
    その旅立ちのとき、たまたま太宰府に来ていた神に仕える雨乞いの神事を行う児嶋という女性が、太宰府の門の前で大伴旅人の一行を見送りながら、旅人に歌を贈るのです。

    一介の女性の歌です。
    大伴旅人は、受け取るだけで終わりにすることさえもできたはずです。
    けれど大伴旅人は、そんな一介の女性のために、馬を停め、返歌を二首書き送ったのです。

    近年の国文学の教授で、当時、大伴旅人が、奥さんを病気で失って日も浅かったことから、この歌のやり取りの相手であった児嶋が、旅人の情婦であったのだと書いている人がいます。
    そういうものを邪推(じゃすい)と言います。

    大勢が大伴旅人のもとに仕えているのです。
    人目というものがある。
    太宰府の長官が、奥さんが亡くなったからと、大喜びで別な女に手を出すような痴れ者なら、大納言昇進など、決してあり得ないし、また、旅立ちの日に馬を停めて歌を返すなどということも、絶対にありえないのです。

    なぜなら自分の情婦のために馬を停めたのなら、それは私を優先したということになります。
    太宰府の長官は、国の護りの要です。
    その長官のもとには、全国から集った大勢の防人たちがいます。
    そして防人たちは、いざとなったら長官の命令のままに、死ななければならないのです。
    そういう男たちの前で、旅の行列を停めて、自分の情婦に歌を書くような馬鹿者が長官なら、男たちにしれみれば、そんな自分勝手な都合を優先する長官のもとでなど、とてもじゃないけれど働けない。
    まして命をかけるなんて、とんでもないことになります。

    そうではないのです。
    一介の、自分の情婦でもなんでもない神官の女性が、わざわざ歌を書いてくれたということで、長官は、わざわざ馬を停めて、それへのお返しの歌を詠んでいるのです。
    どんな人にも公平に、対等に接するという大伴旅人長官の、それが姿勢なのです。

    そして「どんな人にも公平に、対等に接する」ということは、防人である兵たちにたいしても、そのひとりひとりの命を、たいせつに思ってくれている長官であるということです。
    そんな長官だから、防人たちも、一緒に都までお供をする兵たちも、
    「このひとのためなら」
    と命をかける気になれるのです。

    そして今回ご紹介した6首の歌は、いずれもが、一介の、ごく普通の、平凡な人々が、それぞれにモブキャラなどでは決してなくて、それぞれが自分の人生を立派に主役として生きた人物であるということを、万葉集は高らかに主張しています。

    日本の歴史に、モブキャラなんてひとりもいない。
    それが日本の歴史の根幹です。


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  • 『子どもたちに伝えたい美しき日本人たち』の「はじめに」の全文


    ○最新刊 4月8日発売 子供たちに伝えたい 美しき日本人たち
     日本の歴史にはモブキャラなんていない!すべての日本人必読の日本人偉人伝の嚆矢
    ○新刊『金融経済の裏側』 世界の裏側で起こっていることの本質を歴史から考える
    ○新刊庶民の日本史 日本の歴史は庶民が作ってきた!目からウロコの大作
    日本建国史 学校で教えない日本建国の歴史をわかりやすく解説


    新刊本の『子どもたちに伝えたい美しき日本人たち』の「はじめに」の全文をご紹介したいと思います。
    ここに書いたことが、この本で書きたかったことのすべてです。

    20220223 美しき日本人たち



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    小名木善行です。

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    新刊本の『子どもたちに伝えたい美しき日本人たち』の「はじめに」の全文をご紹介したいと思います。
    ここに書いたことが、この本で書きたかったことのすべてです。

    【はじめに】

    『ノアの箱舟』といえば、おそらく日本人で知らない人はいないことでしょう。
    旧約聖書の『創世記』に描かれている大洪水にまつわる物語で、西洋では、繰り返し映画化され、またテレビドラマ化されています。
    神が地上に増えた人々の堕落を見て、これを洪水で滅ぼすと決め、唯一の正しい人であるノアに箱舟の建設を命じられます。
    ノアはその船に家族とあらゆる動物のつがいを乗せ、150日間の漂流の末、アララト山の山頂に漂着したという物語です。

    この物語の信憑性云々は別として、物語全体を通じていえることは、ノアとその家族以外の人物が、全員「モブキャラ」である、ということです。

    「モブキャラ」というのは、ビデオゲームなどにおける背景キャラのことです。
    ただの背景ですから、モブキャラ自身には個性はありません。
    建物と同じ。ただの背景です。

    西洋史を学ぶとわかりますが、歴史の記述は、常にこのノアの箱舟の物語と同じで、主人公以外は常に「その他大勢」しかありません。
    しかし現実の人生を考えてみれば、おそらく生きて暮らしているすべての人は、国籍や民族や時代に関わらず、それぞれひとりひとりがモブキャラではなく、自分の人生における主役であったのではないでしょうか。
    誰もが自分の幸せだけでなく、家族や周囲の人々とともに、幸せになろうと、必死に生きてきたのではないでしょうか。

    日本の庶民史を考えるとき、常にその根底にあるのが、まさに、この「モブキャラなんていない」という日本人の思考です。
    誰もが自分の人生の主役であり、誰もが幸せになろう、あるいは誰かを幸せにしたいと必死で願い、行動し、その結果として、日本の歴史は営まれてきました。
    そして実は、この点が、我が国の歴史(これを国史と言います)と、西洋史などとの決定的な違いです。

    本書は『代表的日本人』と銘打ち、30人の人物をマンガを含めてご紹介しています。
    『代表的日本人』というと、内村鑑三(1861‐1930)の名著がすぐに思い浮かびますが、そちらは西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮という五人の歴史上の人物の生き方を通して日本人とは何かを考察した日本人論です。
    「武士道」「茶の本」と並んで、三大日本人論の一冊に数えられている、立派な本です。

    本書もタイトルは同じです。
    しかしその根底にある思想はまったく異なります。
    本書では「偉大な個性が日本人を築いた」とは考えていないのです。
    日本の歴史は、いわば庶民の歴史であり、一般の、どこにでもいる普通のおじさんやおばさんが、我が子のために、あるいは村の人々のために、みんなによろこんでもらうために、そしてみんなが豊かに安心して安全に暮らして行けるようにと、日々、努力を重ねた結果が、日本という国の持つ国柄の最大の特徴です。
    冒頭の言葉を借りれば、日本の歴史にモブキャラはいないのです。

    本書でご紹介する様々な人物は、いわば全員、今の日本を生きている私達日本人と血のつながった人たちです。
    つまりみんな親戚であり、ご先祖です。
    そのご先祖のひとりひとりの思いが、行動が、いまの私達に影響を与えています。
    誰もがより良く生きていこう、我が子のため、我が孫のために、少しでも良い時代を遺していこう。
    そう思い続けて生きてくれた蓄積の果てに、私達が生きる現代があります。

    本書が、そういうことをあらためて考える一助となれば、筆者としてこのうえないよろこびです。

    末尾になりますが、本書の著述にあたり、かざひの文庫の磐崎社長には、本当にお世話になりました。
    また漫画家のふわこういちろうさんには、絵によって、人物の魅力を一層際立たせていただきました。
    心から感謝を申し上げたいと思います。

    うららかな春の日に 小名木善行

    *****
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  • イザナギと桃の実から学ぶこと


    ○最新刊 4月8日発売 子供たちに伝えたい 美しき日本人たち
     日本の歴史にはモブキャラなんていない!すべての日本人必読の日本人偉人伝の嚆矢
    ○新刊『金融経済の裏側』 世界の裏側で起こっていることの本質を歴史から考える
    ○新刊庶民の日本史 日本の歴史は庶民が作ってきた!目からウロコの大作
    日本建国史 学校で教えない日本建国の歴史をわかりやすく解説


     これまでの西洋の歴史や東洋の歴史では、常に英雄がモブキャラを使って革命を起こすというスタイルでした。そして革命の都度、多くの命が失われてきた。そういう歴史でした。
     けれど、日本は違います。
     だれひとり殺さない。英雄なんていない。主役はあくまでひとりひとりの庶民です。その庶民が照らす一隅が、世界の良心を目覚めさせ、世界を良い方向に導いていく。
     もし、神々にお望みがあるのだとしたら、それこそが「神々の希望」であり、「神々の目指すもの」なのではないかと思います。

    20220223 よもつしこめ
    神谷宗幣編著『古事記紙芝居』より
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    古事記のなかに、イザナギのミコトが黄泉の国から逃げ帰る際に、
    「黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂の本にあった
     桃子(もものみ)を三個取って、
     千五百の黄泉軍を待って擊ちました。
     すると黄泉軍はことごとく逃げて行きました」
    という記述があります。
    原文ですと「到黄泉比良(此二字以音)坂之坂本時、取在其坂本桃子参箇待擊者、悉坂返也」とあるところです。

    たかが桃の実3個で、1500の軍勢を追い返すなんて、できるはずねーだろ!みたいに言われがちなこのシーンですが、ここへくる前に、古事記は伏線を置いています。
    それが、
    「イザナミが、予母都志許売(よもつしこめ)を遣(つかは)して伊耶那岐を追わ令(し)めた」という記述です。

    予母都志許売(よもつしこめ)は「此六字以音」とありますから、使われている漢字には意味がありません。
    大和言葉で「よもつ しこめ」です。
    「よもつ」は、「黄泉の国の住民」です。
    「しこめ」は、日本書紀ですと「醜女(しこめ)」と描かれていますから、みにくい人たちという意味になります。
    ですからここは、黄泉の国から逃げ帰ろうとするイザナギを、妻のイザナミが「黄泉の国の醜い女達に追わせた、という意味になります。

    ところがこの「しこめ」たち、逃げるイザナギが、食べ物を投げると、「追え」という命令も忘れて、その食べ物に食らいつくのです。
    ということは、「しこめ」たちというのは、貧しくて、ろくに食べ物も与えられず、ガリガリにやせ細った飢餓状態にありながら、上からの命令で「追え」と言われれば追うしかない、可愛そうな人々ということができます。

    だから、食べ物を与えられたとき、追うという使命も忘れて、食べ物に取り付いたのです。
    ものすごく哀れな話ですが、そんな「よもつしこめ」に続いて、今度は1500の黄泉軍がイザナギを追ってくるのです。

    その黄泉軍に、イザナギは桃の実を3つ投げ与えた。
    すると、黄泉軍が帰っていったというのです。

    そこでこのことを考えてみるに、果たして1500人の追手の大軍に、桃の実を3個投げたくらいで、大軍は引き下がるものなのでしょうか。
    常識で考えて、そんなことはありえないことであると思います。
    ということは、ここで「投げ与えた」とされる「桃の実」は、別な何かの象徴であったと読む必要がありそうです。

    では、「桃の実」が象徴しているのは、何なのでしょうか。

    桃の実は、秋に収穫できる美味しい果物です。
    桃の実の味は、ひとくち頬張っただけで、「ああ、しあわせだなあ」と思わせる、甘くて、酸っぱくて、とてもみずみずしい味をしています。

    ということはつまり、ここで桃の実に化体して述べられていることは、そんな甘くて、酸っぱくて、みずみずしい・・・つまり、甘くて、やさしくて、幸せ感のある味であり、それが3個ということは、そこに述べられていることは、
     やさしさ
     愛情
     おもいやり
    の3つといえるのではないでしょうか。

    ただ上から強制されて、まさに「モブキャラ(背景キャラ)」としてイザナギを追ってきたのが、黄泉の軍勢です。
    それは1500名もの大軍であったけれど、全員が十把一絡げのモブキャラです。
    けれどイザナギは、そのひとりひとりに、人間としての
     やさしさ
     愛情
     おもいやり
    を投げ与えたのです。

    本当のことをいえば、誰だって、人間に生まれた以上、自分を主役とする人生を生きることができるはずです。
    けれど、それまで、黄泉の彼らは、まったく人として扱われなかった。
    ただのモブキャラ、ただの兵卒、ただの背景としてしか見られなかった。
    そんな彼らをイザナミは人して扱い、やさしさと愛情と思いやりをもって彼らと接したのです。

    生まれてはじめて、彼らは人として扱われる。
    いや、幼い頃に両親から可愛がられ、子として、人として扱われていた昔があった。
    「そうだ!俺たちだって人間なんだ!!」
    そう思ったときに、彼らはまさに、
    「俺たちは何をやっているのだろうか」と目覚めたのです。

    だから、ただ命令されて、モブキャラとなって追いかけたって、それってなんの意味もないよな、となって、追うことを止めて、元いた場所に帰っていった。
    そういうことを古事記は述べているのかもしれないと思うのです。

    1500の大軍というのも、十把一絡げの1500人ではなくて、そのひとりひとりは、自分の人生をまさに主役です。
    そうあるべきなのです。
    そして、どんな人にも、必ず良心というものがあります。
    そういうものを、しっかりと信じ、ひとりひとりを、まるで抱(いだ)くように、たいせつに、やさしさと愛情とおもいやりの心を持って接する。
    そういうことを、根本から大切にしてきたのが、日本という国の文化の最大の特徴です。
    これこそが、まさに日本の神々の心です。
    そういうことを古事記は、ここでしっかりと説いているのではないか。そのように思うのです。

    そしてそういう精神のもとに、帰国したイザナギは、三貴神であられる天照大神、月読命、建速須佐之男命をお生みになられます。
    つまり、三貴神の神としての精神(あるいは霊(ひ)の根幹)にあるのは、まさにやさしさと愛情とおもいやりの心なのです。

    この日本文化の精神は、時を越え、時代を超えて、まさにいま世界中の人々が求める偉大な人類の良心へと発展しようとしています。
    我々日本人のひとりひとりが照らす一隅が、世界を変えるのです。

    これまでの西洋の歴史や東洋の歴史では、常に英雄がモブキャラを使って革命を起こすというスタイルでした。
    そして革命の都度、多くの命が失われてきた。そういう歴史でした。
    けれど、日本は違います。
    だれひとり殺さない。英雄なんていない。主役はあくまでひとりひとりの庶民です。
    その庶民が照らす一隅が、世界の良心を目覚めさせ、世界を良い方向に導いていく。

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  • 新刊『子供たちに伝えたい美しき日本人たち』のご案内


    ○最新刊『金融経済の裏側』11月24日発売。
    ○最新刊庶民の日本史11月15日発売。


    新刊本のご案内です。
    出版社でありますかざひの文庫さんの設立記念日の4月8日に、
    新刊『子供たちに伝えたい美しき日本人たち』が出版になります。
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    20220223 美しき日本人たち



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    新刊『子供たちに伝えたい美しき日本人たち』が出版になります。
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    URLは次のとおりです。
    https://amzn.to/34TUUB3

    いわゆる偉人伝ですが、マンガページも挿入することで、たいへんに読みやすい本になっています。
    トータル460ページ、束幅25ミリの大作です。
    お値段は、これで1800円+税です。

    この本で紹介するのは、以下の30名です。
    一度は名前を聞いたことがあるという有名人もあれば、初めて聞く名前もあろうかと思います。
    実は、そのこと自体が、この本の趣旨そのものです。

    西洋やチャイナの歴史は、いわゆる英雄豪傑譚です。
    英雄豪傑だけが歴史上の人物であり、その他大勢は、いわゆるモブキャラ、つまりただの背景キャラにすぎません。
    けれど日本の歴史は、万葉集がそうであるように、一般の庶民のひとりひとりが、それぞれ歴史の主役です。

    あたりまえのことですが、歴史というのは英雄豪傑だけが生きたのではありません。
    いつの、どんな時代にあっても、ひとりひとりの生きた人全員が時代の主役であり、時代の当事者です。
    我が国の歴史は、その意味において、いわゆる英雄譚ではありません。
    名もない一庶民も、時代を代表するような高位高官も、すべてが「おほみたから」であり、それぞれの時代を真剣に、真面目に、そして懸命に生きた人たちです。
    そして、そういう「ひとりひとり」を大切にしてきたのが、我が国の歴史です。

    いわゆる『代表的日本人』として有名なのは、内村鑑三(1861‐1930)の名著『代表的日本人』です。
    そちらは西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮という五人の歴史上の人物の生き方を通して日本人とは何かを考察した日本人論で、「武士道」「茶の本」と並んで、三大日本人論の一冊に数えられています。

    しかし、私は「それは違う」と思っています。
    それぞれの人物は、なるほどその時代を代表する人物であるといえるけれど、大切なことは、そのひとりひとりが、同じ時代を生きた他の多くの人との関わりの中で、懸命にあがきながら生きたということが、事実だからです。

    だから本書を書くのにあたり、「日本にはこんなにすごい偉人がいたんだよ」という記述はできるだけ避けたいと思いました。そうではなく「日本には、こんなにがんばった人たちがいたんだよ。そういうひとたちはみんな、周囲との関係の中で、信念を貫き通して生きたのだし、その信念は、どこまでもみんなのことを思い、我が身より、より多くの人々の幸せを願っての行動してきたのだよ」という点を、お伝えしていこうと思いました。

    本書は、企画が2018年3月のことになります。
    「偉人伝を書いてくれ」というのが依頼内容でした。
    ところがこの本の執筆は、まる4年越しのになりました。

    だいたい筆が早い方なので、執筆の依頼を受ければ、長くてもその後の半年くらいのうちに原稿を用意してきました。
    しかしこの本は、原稿をいくら書き直しても気に入らないのです。
    その理由がはっきりわかったのは、最近のことです。

    その理由とは、偉人伝が、いきおい英雄譚になりがちだという点です。
    こういう人物がいた。その人物はこういうことをした。だから偉かった、というのが基本的な流れです。
    それが気に入らないのです。

    どういうことかというと、その人物以外は、ただのモブキャラなのか?という疑問が、常に頭をもたげてくるのです。
    そうじゃないと思うのです。
    その時代を生きたすべての人、ひとりひとりの人のすべてが、自分を主役として生きてきたのです。
    時代とは、そうして生まれてきたのだし、歴史もまた、その時代を生きたひとりひとりの人々すべてが、全員、それぞれの人生の主役だったのです。
    むしろ、名もない、いまでは忘れ去られたかもしれない、そうしたひとりひとりの生きた人生の総合体が歴史です。
    そして、その時代を代表する人物がいたとしても、それは同じ時代に生きた、他の大勢の人々のひとつの代表にすぎない。
    そして、そういうことを極限まで大切にしてきたのが、日本という国の国柄であり、日本の歴史だと思うのです。

    ですから偉人伝を書くということになったとき、いろいろな試行錯誤の上、最終的に「これこそが偉人伝だ!」と思えたのが万葉集でした。
    万葉集は、高位高官だけでなく、一般の庶民の歌が数多く掲載された歌集です。
    そこでは、一般の庶民が、時代の主役として活き活きと活躍したことが、しっかりと掲げられています。

    そういう意味で、いま改めて出す偉人伝もまた、歴史上の著名人だけでなく、名もない一庶民が、真面目に真剣に、そして誠実に生きた、そういうことを大切にしたきた国柄が、鮮明に浮き彫りになるようにしていくことが大事と考えました。

    こうして生まれたのが、今回の新刊『子供たちに伝えたい美しき日本人たち』です。

    原稿の最終チェックをしていて、途中、何度も涙を流しました。
    それだけ内容の濃い本になっていると思います。
    けれど、内容が濃いからと、読みにくかったり、むつかしかったりしては意味がありません。
    その意味で本書は、小中学生くらいであっても気楽に読むことができ、かつ、人生を変えるほどの衝撃が長く心に残る本になっています。

    ぜひ、お手元に一冊、そろえていただければと思います。

    【掲載した人物】
    1.  神武天皇
    2.  仁徳天皇
    3.  大伴部博麻
    4.  和気清麻呂
    5.  藤原定家
    6.  静御前
    7.  北条時宗
    8.  豊臣秀吉
    9.  木村重成
    10.  武田勝頼の妻
    11.  野中婉子(わかこ)
    12.  福井文右衛門
    13.  松崎慊堂(こうどう)
    14.  大塩平八郎
    15.  佐藤一斎
    16.  吉田松陰
    17.  小林虎三郎
    18.  二宮尊徳
    19.  中野竹子と瓜生岩子
    20.  坂本龍馬
    21.  岩崎ユキ
    22.  乃木希典
    23.  山本権兵衛
    24.  大山巌
    25.  戸山昭子
    26.  鈴木貫太郎
    27.  樋口季一郎
    28.  鳥濱トメ
    29.  根本清
    30.  昭和天皇


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  • モブキャラと呼ばれる背景キャラ


    ○最新刊『金融経済の裏側』11月24日発売。
    ○最新刊庶民の日本史11月15日発売。


    「世の中に雑草という草はない。
     どんな植物でもみな名前があって、
     それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。
     人間の一方的な考え方で、
     これを雑草として決めつけてしまうのはいけない」
    私達日本人にとって、絶対に譲れない大切な考え方がここにあります。
    現実の世の中に、モブキャラなんて存在しないのです。

    20220220 モブキャラ
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    小名木善行です。

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    「モブキャラ」というのは、ビデオゲームなどにおける背景キャラのことです。
    人物であっても、ゲームの中ではただの背景ですから、モブキャラ自身に個性はありません。
    建物や並木と同じ、ただの背景です。

    西洋史を学ぶとわかりますが、西洋においては、歴史は、常に英雄譚であって、英雄以外は、すべて「モブキャラ」です。
    実際に歴史の中に生きた人たちでありながら、あくまで歴史の表舞台に現れるのは英雄たちだけであり、それ以外の人々は、ただ悪役に屠殺されるだけの存在であったり、命令によって前進する大軍の中の兵士でしかありません。
    つまり背景としての「モブキャラ」であって、「モブキャラ」自身に個性はありません。

    有名な『ノアの箱舟』の物語にしても、人類の腐敗に神がお怒りになって、ノアに箱舟作りを命じたという筋書きですが、そこで腐敗していたとされる圧倒的多数の民衆については、そのひとりひとりに個性はなく、やはり「モブキャラ」扱いです。

    歴史だけではありません。
    いままさに現在進行系で動いているウクライナ問題にしても、そこでの報道は、あくまでプーチンの思惑とか、売電陣営の動きがどうのとかといった、英雄譚としての扱いであって、現にウクライナで暮らしている普通の庶民、普通の人々は、すべて「モブキャラ」扱いです。

    これが東洋史(チャイナの歴史のこと)になるともっと激しくて、魏の曹操とか劉備玄徳、諸葛孔明、関羽雲長など、数々の英雄豪傑が登場しますが、それ以外の人々は、ただ英雄たちに殺されるだけの、ただの「モブキャラ」です。

    しかし、歴史に登場する様々な事件、現在進行形で起きている様々な事件は、英雄譚であって、その事件の中の当事者として生きている人々は、ただの背景キャラの「モブキャラ」にすぎないのでしょうか。本当にそうなのでしょうか。

    違うと思います。
    それどころか、この世にモブキャラなんて、ひとりもいません。
    むしろ、モブキャラ扱いされている人々こそが主役なのが、我々が住んでいるこの世界というものであろうと思います。これこそが真実です。

    とらえ方が根底から間違っているのです。
    「モブキャラ」扱いされていても、そのひとりひとりは、それぞれの人生の主役です。
    英雄は、そうした「自分の人生の主役として生きている人々」のために、なんらかの働きをした人にすぎません。
    つまり、本来の主役は、むしろ歴史の中で「モブキャラ」として扱われている民衆(庶民)こそにある。

    日本の歴史の西洋史や東洋史との最大の違いが、ここにあります。
    我が国の歴史に、「モブキャラ」はひとりもいないのです。

    大阪夏の陣のとき、初陣でありながら敵中深くまで押し入って大奮戦した木村重成のもとで、最後まで死力を尽くして戦って散っていった前園良寛という人物がいます。
    大阪城内で勤めていた、ただの茶坊主のひとりです。
    ですから西洋史、東洋史なら、ただの「モブキャラ」として扱われるだけの人物であったことでしょう。

    けれどそんな良寛は、5人力の力自慢。
    優男で人気のある木村重成が妬ましくて仕方がない。
    そこで木村重成に難癖を付けて、恥をかかせようとする。
    けれど木村重成のやさしさに触れて心を入れ替え、夏の陣で最期まで大奮戦をして死んでいきました。
    そんな歴史が、ちゃんと語り継がれているのが、日本の歴史です。

    徳川対豊臣という大きな歴史の中では、それはちっぽけな波風にすぎないものであったかもしれません。
    けれど、そんな小さな波風のひとつひとつに、生きた人の人生があり、誠実があり、熱意があり、努力があり、人の心があったこと。
    そういうことを大切にしてきたのが、我が国の歴史なのです。

    だから万葉集の中には、一般の、普通の庶民のあんちゃんや、ねえちゃん、とっつぁんやおばちゃんの歌が数多く掲載されています。
    そのひとりひとりは、その他大勢ではないのです。
    そのひとりひとりにこそ、人生があり、そのひとりひとりの人生にこそ、本来、私達が大切にしていかなければならない、人の暮らしがあるというのが、我が国の古来の考え方です。

    最近、ネットを操作していると、時折、ゲームの広告が入ります。
    そんな広告の中に、ゾンビの大軍を機関銃を操作して、ただひたすらになぎ倒していくというゲームの紹介がありました。
    おもしろいゲームなのかもしれないし、人気があるのかないのかまでは知りませんし、知りたいとも思いませんが、そのような人を人とも思わないようなものが、たとえゲームとはいえ世の中にあるということが、とても悲しく思えます。

    なぜなら、そこにあるのは、「主役以外はモブキャラ」という、ものすごくねじ曲がった考え方であるように思えるからです。
    それって、自分勝手そのものです。
    自分以外は、モブキャラだという考え方です。
    ありえない愚考です。
    あってはならない態度です。

    それが、昭和天皇が植物学者である牧野富太郎の言葉を引用されて仰られた有名な言葉があります。
    「世の中に雑草という草はない。
     どんな植物でもみな名前があって、
     それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。
     人間の一方的な考え方で、
     これを雑草として決めつけてしまうのはいけない」

    私達日本人にとって、絶対に譲れない大切な考え方がここにあります。
    現実の世の中に、モブキャラなんて存在しない。

    常々思うのです。
    一寸の虫にも五分の魂だと。

    我々は人間です。
    ひとりひとりが、「おほみたから」です。
    誰一人、モブキャラなんて存在しないのです。
    常にそのことを忘れない。
    それこそが、明日の日本を拓く鍵となると、私は信じています。


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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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