• 藤原敦忠に学ぶ日本男児の愛


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    古典和歌には、その人生そのものが、わずか三十一文字に込められています。
    敦忠の歌は、身分の違いからその愛を成就できなかった男が、そこから這い上がり、男としての成功を勝ち得、そして死んでゆく、そんな男の人生を高らかに歌い上げます。
    その意味ではこの歌は、日本の和歌文化をある意味、代表する歌だといえます。

    20220924 大原三千院
    画像出所=https://yanadalim.com/sanzenin/
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     逢ひ見てののちの心にくらぶれば
     昔はものを思はざりけり


    簡単に現代語に訳すと、
    「貴女と深い仲になってからの熱い思いは、
     こうした仲になる前のあなたへの恋心が、
     まるで何も思っていなかったのではと思えるほど、
     深くて愛おしいものなのです」
    となります。

    歌を詠んだのは権中納言藤原敦忠(ふじわらのあつただ)です。
    百人一首の43番にあります。

    歌の意味は現代語訳のとおりです。
    どうみても私的な恋愛の歌です。
    にもかかわらず百人一首では、詠み手の名前を「権中納言」と役名にしています。
    詠み人の名前が官名であるということは、それは公人としての立場で歌を詠んだとして百人一首が扱っていることを意味します。

    非常に個人的な歌なのに、どうして役名が付いているのか。
    実はそこに感動的な男のドラマがあります。

    権中納言敦忠は三十七歳でこの世を去りました。
    亡くなる前年に任官した役職が「権中納言」です。

    「権中納言」が、どのような役職かというと、後世、同じ役名をもらった有名人に、徳川光圀(とくがわみつくに)がいます。ご存知、水戸黄門です。
    権中納言は、唐名が黄門侍郎(こうもんじろう)で、略して「黄門」です。
    水戸黄門は、徳川家康の孫であり、徳川御三家の水戸藩の二代目藩主であり、天下の副将軍です。
    権中納言がどれだけ高い位か分かろうというものです。

    その藤原敦忠は、はじめから偉い人だったわけではありません。
    もともとは「従五位下」です。「従五位下」も殿上人(でんじょうびと)には違いないのですが、貴族としてはもっとも身分の低い、いってみれば貴族の中の大部屋暮らしです。

    藤原敦忠はたいへんな美男子であるとともに、管楽にも優れた才能を発揮する人でした。
    管楽の腕前がどれほどのものだったかを示すエピソードがあります。

    藤原敦忠が亡くなったあと、源博雅(みなもとのひろまさ)が音楽の御遊会でもてはやされていました。
    源博雅は、映画『陰陽師』で、伊藤英明さんが演じておいででした。
    映画では笛の名手となっていましたが、弦楽もかなり達者だったようです。

    その源博雅の演奏を聞いた老人たちが、
    「敦忠が存命中は、
     源博雅あたりが音楽の道で
     重んぜられるとは思いもしなかったと嘆いた」
    という話が、中世の歴史書の『大鏡(おおかがみ)』にあります。
    源博雅の笛が、まるで児戯(じぎ)に思えてしまうほど、藤原敦忠の管楽が素晴らしかったということです。

    身分は低いけれど、若くて、ハンサムで、歌も上手で、しかもうっとりするほどの管楽の達人。
    そうであれば、管楽を多くの人前で披露する機会も多かったことでしょう。
    藤原敦忠は内裏(だいり)の女性たちにモテモテでした。

    その藤原敦忠が二十五歳のとき、なんと第六十代醍醐(だいご)天皇の皇女である雅子内親王(がしないしんのう)と、良い仲になってしまうのです。
    このとき雅子内親王は二十一歳です。
    これまた若くて美しい盛りです。

    二人はまさに熱愛となりました。
    このとき互いに交わした愛の歌の数々が『敦忠集』に収められています。
    もう「大丈夫か?」と心配したくなるほど、二人の愛は熱々、ラブラブです。

    けれど困ったことに、身分が違いすぎるのです。
    やむなく大人たちは、雅子内親王を伊勢神宮の「斎宮(いわいのみや)」に選んで、都から去らせてしまいました。
    「斎宮」というのは、伊勢神宮の祭神である天照大神(あまてらすおおみかみ)の御杖代(みつえしろ)(=神様の意を受ける依代(よりしろ)となる女性で、皇女の中から選ばれました。
    お伊勢様の中に専用の建物が与えられ、五百人の女性たちがそこに傅(かしず)きました。

    もともと天照大御神様にお言葉を奏上し、天照大御神様のお言葉を下に伝えるのは、女性神である天宇受売神(あめのうずめのかみ)の仕事でした。(だから「天の声の受け売り」というご神名になっています。)
    現世において、その天宇受売神の地位に匹敵するお役目になるのが「斎宮」です。
    どれだけ貴重な存在かわかろうというものです。

    このときの藤原敦忠は、貴族とは名ばかりの下士です。
    片や雅子内親王は天皇の皇女です。
    あまりにも不釣り合いなことに加え、「斎宮」に選ばれたとあっては、もはや二人は二度と逢うことは許されません。

    だからこそ藤原敦忠は、その苦しい胸の内を、この歌に詠んだわけです。
    禁断の恋、つらい別れだからこそ、
    「逢ひ見てののちの心にくらぶれば」
    なのです。

    しかし敦忠は、身分の差があるからと愛する女性(ひと)を失ったという感傷にただひたるだけのヤワな男ではありませんでした。
    彼は、
    「ならば、その身分に匹敵する男になる!」と決め、猛然と仕事に精を出すのです。

    もともと才能ある若者です。
    努力し成果をあげ、翌年には従四位下に昇格したかと思うや否や、その年のうちに蔵人頭(くろうどのとう)に出世、翌年には左近衛権中将、さらに次の年には播磨守を兼任と、みるみるうちに宮中で頭角をあらわしていきます。そして十年後には押しも押されぬ「権中納言」にまで昇り詰めていったのです。
    まさに彼は、「女を妻にしても足るだけの男」になっていきました。

    けれど仕事で出世するということは、それだけ人の何倍もの仕事をこなすということです。
    あまりにも仕事に打ち込みすぎた藤原敦忠は、その翌年、過労のために、わずか三十七年の生涯を閉じてしまいます。

    作者名に、あえて「権中納言敦忠」と職名を付したのは、この歌は単に愛の讃歌というだけでなく、
    その背景として、
     つらい別れを経験した男が、
     そこから立ち上がり、
     世の中におおいに貢献し、
     出世し、
     愛した女性と釣り合うだけの男に成長して、
     死んでいった
    という、そこに男のドラマがあったのです。

    この解説を聞いた友人が、次のようなことを話してくれました。
    「もしかしたら敦忠は、
     たとえ噂でも自分の近況を伝えるために
     頑張ったのかもしれませんね。
     雅子内親王が伊勢神宮の斎王となれば、
     もう噂でしか近況を届ける手段はなくなります。
     半端な噂では斎王まで届きませんから、
     かなり頑張らなアカンかったのでしょうなあ・・・」

    四十三歌は、純粋に恋の歌です。
    けれど藤原定家がこの歌を百人一首に入れたのは、
    「男なら、そうやって成長せよ」
    そんなメッセージを伝えたかったからなのかもしれません。

    最近の百人一首の解説本では、この歌をただ「愛の讃歌」として紹介しているものが多いようです。
    でもそれだけの鑑賞では、この歌があまりにもったいない。
    そこに男の人生を感じ、それをこの、わずか三十一文字の中で感じ取る。
    これこそが日本和歌の文化であり、その意味でこの歌は、日本の和歌文化をある意味、代表する歌だともいえるのです。

    「愛」とは、もともとの大和言葉では「おもひ」です。
    昔の人は「おもうこと」に、この「愛」という漢字をあてました。
    親が子をおもうこと、夫が妻をおもうこと、妻が夫をおもうこと、恋人のことをおもうこと。
    それが愛です。

    以前、蝶の話を聞いたことがあります。
    アゲハチョウの幼虫を捕まえようとしたら、おそらく母親なのでしょう。
    蝶が、幼虫を取ろうとした人に、しきりにまとわりついて、それを阻止しようとしたのだそうです。
    昆虫でさえ、愛する我が子を守ろうとします。
    動物だって我が子を守るためには、敵わぬ相手でも、必死でこれをしりぞけようとするのです。

    まして私たちは人間です。
    自分より誰かのことを大切におもうことができる。
    そして、それこそが、日本人にとっての「愛(おもひ)」です。

    女性の愛は、全身全霊です。
    子を産み育てる女性は、全身全霊で子を愛するのと同様、男性をも全身全霊で愛します。

    男の愛は、責任です。
    男は妻子を守り、家を守り、社会や国を守るものだからです。
    その責任を自覚して生きるのが、日本人にとっての大人の男です。

    権中納言敦忠は、本気で人を好きになれる男でした。
    本気で好きな女性を愛せる男だったからこそ、本気で仕事もできたし、本気で出世もできたのです。

    もっというなら、人より自分のカネや虚栄や贅沢を愛するような自己中な男には、愛がないということです。
    あるのは自己愛だけ。
    これを虚栄と言います。

    おもしろいことに虚栄を愛する男は、その特徴としてやたらとゴージャスに身を飾ろうとします。
    これは女性のおしゃれとは、わけが違います。
    そういう男は、手にしたモノや地位や財産が、自分の価値だと思い込んでいるのです。

    違うと思います。
    「歩のない将棋は負け将棋」です。
    「ボロは着てても心の錦」
    「男は黙って責任を果たす」

    それが日本男子です。
    自分も、そういう男になれるよう、精進したいと思っています。


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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

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