• シラス国を再興した大化の改新


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    10月23日13:30より富岡八幡宮婚儀殿で第95回倭塾を開催します。
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    仮に政治家が、国を思うように動かすために、神官に神への祈りを依頼したとします。
    結果が、当該政治家の政治が大失敗であったとしても、その神官に罪はありません。
    政治責任は、あくまで政治家が負うべきものです。
    あたりまえのことです。

    20221004 天智天皇
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    小名木善行です。

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    大化の改新といえば「蒸し米(六四五年)で祝う大化の改新」などと、年号の語呂合わせで覚えておいでの方も多いのではないかと思います。
    ところが近年、「大化の改新はなかった」というトンデモ説が、一部の日本人かどうか疑わしい歴史家の中で声高に言われるようになってきたのだそうです。

    理由というのが、日本人が漢字を用いるようになったのが六七〇年ごろのことだから、それよりも二五年前の六四五年にこのような凄みのある改革が日本人にできるはずがない、というものです。
    これがとんでもない説だということは、日本が一世紀の中頃に、すでに後漢に使いを送り、その使いのことが後漢書にも明確に書かれていることでも明らかです。
    日本からの使いは、自ら太夫と称し、金印を受け取っています。
    それが「漢倭奴国王」の金印です。

    印鑑は、昔も今も文書に押すものです。
    文字文化がないなら、金印は無用の長物です。
    しかもこれが金印であることにも注意が必要です。

    中国の歴代王朝には、印に種類があって象牙印が最高で、これは中国皇帝のみが用いれるものです。
    その下に、オリンピックと同じ金・銀・銅の種類の印があります。
    金は中国と対等な大国にのみ与えられる印です。
    銀印は、それに継ぐ国、
    銅印は別名泥印とも呼ばれ、村の酋長クラスの王に与えられる印です。

    ちなみに朝鮮半島の歴代王朝は、すべて泥印のみしか与えられていません。
    もし一世紀の日本を酋長クラスの王国としてしか中国が認識していなかったのなら、日本も泥印だったはずです。
    それが金印が与えられているということは、後漢からみて対等と思えるほどに日本が国力のある大国であったということです。
    そして当然のことながら、文字も縦横に使い、外国語である漢籍にも通じていたからこそ、日本には金印が与えられているわけです。

    仏教の伝来は、この金印から4百年も後のことです。
    そして日本に朝貢していた百済の王が、日本に仏典を贈ったということは、日本にそれを読みこなすだけの力があると考えたからに他なりません。
    つまり日本は、大化の改新よりも六百年も昔から、国語のみならず漢語も使いこなしていたのです。
    だからこそ中国との交易や使節の往来も可能だったのです。
    それを日本人に漢字が読めたはずはないから、大化の改新もなかったに違いないとは、勉強不足もはなはだしいと思います。

    さて、大化の改新というのは簡単におさらいすると、中大兄王子(天智天皇)と中臣鎌足が、権勢を誇っていた蘇我入鹿、蝦夷(えみし)親子を誅殺した(乙巳の変)のあと、直後に即位した孝徳天皇の御名によって発布された一連の改革の詔(みことのり)のことを言います。

    その改革内容の主なものは、

    1 公地公民制
    2 令制国の実施
    3 戸籍と課税台帳の作成
    4 税制改革(租・庸・調)

    であったとは、学校の歴史の授業で習うことです。
    そしてこの中の最大のポイントが公地公民にあります。
    公地公民というのは、
    「国内の全ての土地は天皇の土地であり、
     国内の全ての民は天皇の民である」
    という規程です。

    ここで問題なのが、天皇の位置づけです。
    天皇は国家の最高権威であって、政治権力者ではありません。
    世界の常識では、王は、神の代理人であり、地上における神として国家の全ての土地、財産、民衆を私的に支配します。
    つまり王は、最高権威(神)の代理人であり、最高政治権力者であり、国のすべての所有者です。

    ところが日本では、古い昔から、国そのものが高天原の神々の国です。
    つまりオーナーは高天原の神様で、その神様の直系のご子孫である天皇は、その神に祈りを捧げる人です。
    つまり天皇のお言葉は、神様のお言葉です。

    政治権力は、常に責任を伴います。
    しかし神に責任を問う人はいません。
    ですから神は政治権力者になりえません。

    神に祈る人も同じです。
    仮に政治家が、国を思うように動かすために、神官に神への祈りを依頼したとします。
    結果が、当該政治家の政治が大失敗であったとしても、その神官に罪はありません。
    政治責任は、あくまで政治家が負うべきものです。
    あたりまえのことです。

    そのあたりまえを国の形にしたのが公地公民です。
    従って、天皇は、政治権力を持ちません。このことは天の岩戸の章で明らかにした通りです。
    天皇は政治上の責任者を親任し、その責任者に天皇の「おおみたから」である民衆への政治を委ねます。
    したがって政治権力者は、自分の私有する民や人を支配するのではなく、天皇に代わって、天皇の「おおみたから」が豊かに安心して安全に暮らせるようにする」ための存在です。
    大化の改新でいう「公地公民」とは、まさにそのことを再確認した詔であるわけです。

    六世紀の中頃に仏教が伝来すると、仏教の伽藍や仏像などの彫刻を一手に手がけた蘇我氏は、仏教寺院の興隆に伴って莫大な財産を築きました。
    そして広大な私有地、私有民を持つようになり、その財力に任せて朝廷の政治を壟断するようになってきていたわけです。
    中大兄皇子は、その蘇我氏を討ち、あらためて日本を天皇のシラス国にしようとしたわけです。

    そしてこのことを明文化して明らかにするために布いたのが、まさに公地公民制であったわけです。
    公地公民制が敷かれたからといって、豪族たちは困ることはありません。
    豪族たちの支配地等はそのままです。

    ただし、その支配地や支配民たちは、豪族の私有地、私有民ではなく、天皇からの預かりものという形に切り替わります。
    土地も民も、すべては天皇のたからものだからです。

    そのたからものが、豊かに安心して安全に暮らせるようにすることが、豪族たちの役割となります。
    このことは、豪族たちの権力は制限しますけれど、その分、民たちはのびのびとした生活が送れるようになるわけです。

    これを強化充実させるために、戸籍と課税台帳が整備されました。
    日本の地名は、その多くが漢字二文字、苗字も多くは漢字二文字となっていますが、これはこのときに戸籍と課税台帳を整備するために、中大兄皇子が地名を漢字二文字で書き表すようにと御触れをしたことに由来します。

    いまでは、地名には漢字一文字や、三文字で書き表す地名や苗字がありますけれど、それらの多くは、大化の改新以降に、なんらかの事情で異なる文字数になったものです。
    したがって「大化の改新はなかった」と主張している学者さんの苗字も、漢字二文字であるということは、まさしく「大化の改新があった」から、漢字二文字の苗字になっているわけです。
    住んでいる土地の名前も、漢字二文字で書き表されているのです。

    さて、大化の改新のはじまりにあたる乙巳の変(おつみのへん)についても、多くの教科書などが「天皇を中心とする中央集権国家の建設を目指した中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が起こしたクーデター」と説明しています。
    これまた実に不思議な記述です。

    クーデターというのは世界中どこでも、
    「身分の低い者が、身分の高い権力者を打ち倒して、
     その地位に就くこと」をいいます。

    ところが「乙巳の変」では、蘇我入鹿は朝廷における役席者でもなんでもありません。
    いわば一民間人でありながら大金持ちで、天皇の親任も受けずに勝手に職位を自称し、天皇の地位や権威までをも脅かす存在となっていた人物です。
    このことが異常事態であることは、たとえば会社において部長の辞令も出ていないのに、誰かが勝手に部長を自称して職務を壟断することを想像したらおわかりいただけようかと思います。

    もっというなら、たとえば私が勝手に総理大臣を名乗り首相官邸に居座ったなら、たぶん逮捕されるか精神病院に送られます。
    いつの時代も同じです。
    単に財力があるというだけで勝手に朝廷の職位を壟断したら、相応の罪に問われて当然です。
    だからこそ天皇の皇子(みこ)である中大兄皇子がこれを誅殺したのです。

    つまり「乙巳の変」は、正当な身分を持ち、位の高い者が、身分が低いのに権力を横取りしようとした者を倒した事件です。
    これは単に「誅殺」もしくは「懲罰行為」であって、こういうことを世界中どこも「クーデター」とは呼びません。
    では何というかというと「当然のこと」です。

    「大化の改新」は、「新たに改めた」と書かれています。
    それがいつのことかといえば西暦645年です。
    この年、日本は初めての元号を「大化」と制定しました。

    独自の元号を名乗るということは、我が国が自立自尊の国家として中華文明と決別するという明確な意志を表します。
    「大化の改新」の「大化」にある「化」は、人が立ち姿で身をかがめた姿を言います。群臣百卿が、全員揃って天皇の前に身を大きくかがめる。
    これが我が国最初の元号です。

    「改新」の「改」は、古いものを叩いて新しく蘇生させる際に用いる字です。
    もともと日本は天皇のシラス国です。
    ですからその状態を「新たに元に戻す」というのが「改新」の意味です。

    つまり大化の改新は、
    「天皇を中心とする中央集権国家の建設を目指した」のではないのです。
    「天皇を中心とするシラス国の復活を実行した」のです。
    その証拠は、大化の改新の翌年に打ち出された改新の基本方針の中に明確に書かれています。

    1 公地・公民とし、豪族が私的に私有していた土地や民衆を天皇の直轄に戻す。
    2 そのために班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)によって戸籍と、土地の登記簿をつくる。
    3 全国を国と郡ぐんに分ける。
    4 租庸調(そようちょう)による税制を引き、国が税を直接取り立てる。

    要するに1〜4までを総括すれば、土地や領民に関して、豪族の支配を認めず、すべてを天皇の統治という大本の状態に戻すと明確に述べています。
    このことを戦後の学者や学校の教科書などでは、「だから天皇を中心とした中央集権国家にしたのだ」と説いているわけですが、そこが違うのです。

    本当に何度も繰り返しになりますが、大化の改新の際の前も後も、天皇には政治の直接権力はありません。
    政治権力は、あくまで天皇の下にある朝廷の、それも太政官にすべての権限があって、天皇は、その太政官に政治的権威を与える役割です。
    つまり天皇は、会社にたとえればオーナーであって、実質的な会社の経営(製造、営業、経理、賞罰、軍事)等の一切は、太政官という名前の社長に全権を委任(親任)しているのです。
    これが我が国の天皇が、世界の王国などと異なる最大の違いです。

    大化の改新は孝徳天皇の時代に行われたことですが、すべてを成し遂げたあと、これを推進した中大兄皇子は、孝徳天皇から数えて二代後に天智天皇となられています。
    つまり天智天皇は、皇太子殿下のときに大化の改新を断行し、それが一段落してから、政治の上の機構である天皇となられたわけです。
    その天智天皇の御製が、実は百人一首の一番歌になっています。

     秋の田のかりほの庵の苫をあらみ
     わが衣手は露にぬれつつ

    この御製は、天智天皇が、天皇自らが農事に精を出されているお姿を詠んだ歌です。
    君民一体となって、みんなが豊かに暮らして行く。
    それがシラス国である、ということです。


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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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