• 筑後川・五庄屋物語


    ■□■━━━━━━━━━━━━━■□■
    新年最初の倭塾は、1月21日(土)13:30から江戸川区タワーホール船堀 401号室で開催です。
    参加自由で、どなたでもご参加いただくことができます。
    皆様のふるってのご参加をお待ちしています。

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    いまわたしたちが住んでいる町も、道路も、公園も、川に架かる橋も、電車も、電線も、全部わたしたちの先人達が、何代にもわたって築いてきてくれた大きな遺産です。
    そしてその遺産は、同時にわたしたちの先輩達が、先輩達の生活のためでもあり、また同時に、後世に生きるわたしたちのためであり、そのまたわたしたちの子や孫、それに続く未来の世代のためにと、先輩達が力を合わせ、協同して築いてくれた遺産です。
    今回ご紹介する筑後川の五庄屋物語も、実は全国にあった物語でもあるのです。

    20230119 五庄屋物語
    画像出所=https://www.tamagawa.jp/correspondence/about/column/detail_19759.html
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    歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
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    以下のお話は、実は戦前の尋常小学校6年生の修身の教科書にあったお話を、ねず式に現代文にしたものです。

     ****

    九州の久留米の東側を流れる筑後川(ちくごがわ)。
    かつてこの川の流域に、川の近くなのに、川が低くて、流れが急なために田に水が引けない地域がありました。
    このため村では充分な作物が採れず、村人たちがたいそう貧しい生活をしていました。

    江戸時代の初めごろのことです。
    この地方に栗林次兵衛、本松平右衛門、山下助左衛門、重富平左衛門、猪山作之丞という五人の荘屋さんがいました。
    五人は、村の困難をどうにかして救おうと相談しました。
    そしてついに、筑後川に大きな堰を設けて、掘割を造って水を引こうと決めました。

    測量も行い、成功の見込は立ちました。
    けれど、これまで誰も計画したことのない大工事です。
    人夫もたくさんいるし、費用もかかる。

    藩政は苦しい台所事情です。
    藩の許可を得るのは、なかなか容易なことではありません。
    それでも五人は、
    「ワシらがいったん思い立った以上は、
     たとえどんなことがあっても
     きっとこれを成就しよう。
     それまで五人の者は
     一心同体であるぞ」
    と、堅く誓いあいました。

    五人はそれぞれに村人たちを集め、みんなに計画を話しました。
    みんなも協同して働くと誓いあってくれました。

    他の村の荘屋さんたちも、計画を聞いて仲間に加りたいと申し込んでくれました。
    けれど五人は、
    「この大工事がもし不成功に終わったら、
     ワシら五人は、命を捨ててお詫びしなければならない。
     むやみに人様を仲間に入れ、
     万一の迷惑をかけてはならない」
    と、これを断りました。
    それでも他の村の荘屋さんたちは、五人の志が堅いことを知って、いっしょになって藩への願い出に連署してくれました。

    藩も、工事には理解を示してくれました。
    けれど、あまりに費用が大きい。
    許可はなかなかでません。

    一方、この計画の水路にあたる一部の村の荘屋さんたちは、
    「そのような堰を設られたら、
     洪水の際に我々の村に被害が出る」
    と、工事に反対をしてきました。

    五人の荘屋は度々藩の役所に出て、計画が確かなものであることを熱心に説明しました。
    役人は五人に向かい、
    「もし計画通りに行かなかったら、
     お前方はどうするつもりか。」
    とききました。
    「そのときは、私ども五人、
     責任を負って、
     どんな重い刑罰でも、
     快くお受け致します」
    と申しました。
    役人は、五人の志を受け、藩にもかけあい、ついに五人の願いを許したのです。

    五人の荘屋は、仲間の荘屋たちと一しょになって、村人たちを指図して、いよいよ工事にとりかかりました。
    監督に来た藩の役人は、
    「もし失敗したら、
     ふびんながら、
     五人を重く罰するぞ。」
    と、改めて申し渡しました。

    村人たちは口々に、
    「荘屋を罪におとしてはすまない」
    と言って、夜昼なく一生懸命に働いてくれました。
    女子供までも手伝って木や石を運んでくれましたから、さしもの大工事が意外にはかどりました。

    いよいよ大きな堰が出来上りました。
    水を通しました。
    計画通り、筑後川の水がとうとうと掘割に流れ込みました。
    そのときの村人たちの喜びはたとえようもないものでした。

    その成功を見て、他の村々でも、水を引きたいと願い出てきました。
    そして堰と掘割をひろげることになりました。
    始めのうち工事に反対していた荘屋さんたちも、水の分前にあずかりたいと願い出てきました。

    一部の人たちからは、
    「あの人々は、当初工事に反対したから、
     俺たちの村に水が来るまでは、
     後回しにすべきだ」
    という声もあがりましたが、
    五人の荘屋は、
    「この工事は、
     もともとこの地方のために起したことですから、
     その水利は出来るだけ広く
     受けさせとうございます。
     どうか皆様に同時にお許し下さい」
    と、反対する人たちに頭をさげました。
    役人も同意してくれました。

    こうして筑後川の流域は、この地方を代表する、大穀倉地帯に生まれ変わりました。
    それは、五人の荘屋さんたちを始め、村人たちが心をあわせ必死になって尽くしてくれたおかげです。


    ・・・・・・

    この物語を修身教科書は、次のように締めくくっています。
    =========
    我等の住む市や町や村は、
    昔から人々が協同一致して
    郷土のために力を尽くしたおかげで、
    今日のように開けて来たのです。
    協同の精神は、
    人々が市町村を成し、
    全体を反映させる基であります。

    =========

    いまわたしたちが住んでいる町も、道路も、公園も、川に架かる橋も、電車も、電線も、全部わたしたちの先人達が、何代にもわたって築いてきてくれた大きな遺産です。

    そしてその遺産は、同時にわたしたちの先輩達が、先輩達の生活のためでもあり、また同時に、後世に生きるわたしたちのためであり、そのまたわたしたちの子や孫、それに続く未来の世代のためにと、先輩達が力を合わせ、協同して築いてくれた遺産です。
    つまり上にご紹介した筑後川の流域の庄屋さんと村人たちの物語は、実は全国で行われた物語でもあるのです。

    わたしたちの先輩たちまでは、そういうことを学校で学びました。
    その前の先輩たちも、おなじことを、寺子屋で学んでいました。
    ですから、こうした協同という理念は、日本人にとって常識でした。

    けれど戦後教育は、そうした理念そのものを否定しました。
    そして昨今では「理念を学ばせないこと」がまるで正義であるかのようにさえ語られます。

    今日のお話の中で「藩のお台所が苦しい」というくだりがありました。
    江戸時代の全国の諸藩の大名たちが、みんな赤字財政で四苦八苦していたことは、みなさん学校でも習いますし、テレビの時代劇などでもご覧になったことがあろうかと思います。
    大名たちは、江戸や大阪の大商人たちから、たいへんな借金をしていた。そんな話はきっとみなさん聞き覚えておいでのことと思います。

    けれど、それがウシハク世界の領主たちなら、赤字なら藩民から、徹底的に搾取したことでしょう。
    なぜなら自分たちだけが人間であり、民というのは、自分たちを食わせるためのヒトモドキの道具ないし私有物でしかなかったからです。

    大名たちには、年貢による収入があるのです。
    にも関わらず、彼らはどうして大赤字で、大商人たちから借金を重ねていたのでしょうか。
    自分たちが贅沢をするためでしょうか。
    全然違います。

    今日のお話しにもあったように、水路や堤防の工事、あるいは土砂災害や地震、噴火、火災からの復旧工事など、民のための土木や建築などに、藩政が赤字であっても、必要な工事を藩の事業として推進していたのです。
    なぜなら、それが天皇のおおみたからを預かる武士の役割だと認識されていたからです。

    藩民は、天皇のおおみたからです。
    そして藩主は、そのおおみたからたちが幸せに安心して暮らせるようにすることが仕事と認識されていたのです。
    そういう自覚があったからこそ、彼らは明治時代にはいって、版籍奉還に応じているのです。

    江戸の大火や、地震、あるいは富士山の噴火などによる被害、あるいは干ばつによる農産物の凶作など、日本は、各種自然災害などが民の生活を脅かすことが多々ある国です。
    そしてその都度、幕府は、備蓄していたお蔵米を民のために炊き出ししたり、無償でお米を配ったりしていましたし、町並みの復興のために、莫大なお金を使っています。
    だから赤字にもなる。
    赤字になれば、大商人から借金する。
    武士たちの贅沢のためではありません。
    全部、藩民の生活を安定させるためです。
    だから武士たちは、民から尊敬されたのです。

    私達は、日本を取り戻そうとしています。
    日本は、縄文以來、あるいはもっと古い昔から、民の安全で安心できる生活の保持を、政治の使命としてきた国です。
    それが崩れたのは、むしろ、現代の戦後日本です。

    いまの日本は、解体的出直しが必要といわれます。
    左の方も右の方もそのようにおっしゃいます。
    スクラップアンドビルドです。

    けれど左系の人たちの間違いは、世の中を新しくしたいと言いながら、ただ理想だけを描くところにあります。
    新しい理想だけが独り歩きするのです。
    すると何が起こるかというと、理想を独り占めにした人が、個人的な利得を得ることになります。
    そしてその利得の奪い合いから、大量虐殺が起こります。
    我々人類は、20世紀にまさのその経験をしてきたのです。

    けれど過去を忘れ、ただ新しいもの、理想だけが語られる。
    多くの場合、そうした理想は実は誰かの利権のために、表面上の綺麗事が並べられているだけであることが多い。
    共産主義革命がそうでした。
    共産主義はユートピアを理想とし、美辞麗句を並べましたが、やったことは大量虐殺でした。

    ところがそんな共産主義がなぜそこまで普及したのかには理由があります。
    それは、マルクスの資本論が、歴史を基に描かれた、という点です。

    マルクスは、西洋の歴史を階級闘争という視点で、ギリシャ・ローマ時代からあらためて描き直すということを行ったのです。
    そのうえで、原子共産主義者会への回帰を促したのが『資本論』という分厚い本でした。

    すべての歴史を階級闘争という視点で捉えるということは、明らかに間違っています。
    間違っているから、共産主義革命は虐殺革命になったのです。
    けれど、そんな誰が見ても危ない共産主義が、多くのインテリ層の注目を集め、いまだにその信奉者が世界中にいることには、理由があるのです。
    それが、「古い歴史」と「現代の理念」を融合させた、という点です。
    古いものを起点にして、新しいものを築こうとしたのです。

    実は、大きな改革を実現する力というのは、この
    「古いものを起点にして、新しいものを築く」
    というとこからしか、生まれないものです。

    日本を取り戻すといいます。
    そうであるなら、取り戻すべき日本には、過去と現在にギャップがなければなりません。
    そのギャップをまずは理解する。
    そのためには、歴史の再構成が必要なのです。


    日本をかっこよく!
    お読みいただき、ありがとうございました。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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