• 私心と政(まつりごと)


    一切の「私」を捨てるということは、人生の途中からいきなりなれるということではなく、幼児のうちから徹底した教育を施さなけば身につくものではありません。
    そのために殿様は、世襲にして生まれたときから、ずっと「私」を捨てる教育が施されました。
    食べ物の中に、好きな食べ物があっても、「俺、これ大好物なんだ」とさえ言えない。それがお殿様であったのです。

    雪の名古屋城
    20170125 雪の名古屋城
    画像出所=http://network2010.org/article/536
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    小名木善行です。

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    劇などで、お殿様役の役者さんが、「よは満足じゃ」と語るシーンがあります。
    ここでいう「よ」とは、いったい誰のことなのでしょうか。

    現代漢字では、「余」とか「予」が充てられます。
    けれど本来は、実は「世」です。
    ただ、「世」と書くと、なんだか大上段に振りかぶった大言壮語みたいで生意気なので、すこし遠慮して「余」とか「予」を書きました。

    音はあくまで「よ」です。
    そして「よ」とは「世」のことです。

    以前にこのことを書いたときに、ムキになって、「ねずがまたウソを書いている。よ、という一人称は、漢字で予や余、世と書くのが習わしだ」などと、わかったようなことをさかんに書き立てていた人たちがいましたが、おそらく、わからない人(=心のねじ曲がった人)には、永遠にわからないことだと思います。
    そもそも日本語を、西洋的な人称という概念だけで捉えようとしていること自体が、すでに間違いです。

    なぜ「世」なのかというと、人の上に立つ者、つまり殿様は、「私」を持ってはならないとされてきたからです。
    それが日本です。
    これはとっても厳しいことです。
    殿様は、幼少期から徹底的にこのことを教育されました。
    なにしろ「私心を持ってはいけない」ということは、昔の武士たちのイロハのイの字よりも前に来る、基本中の基本だったのです。

    いまの子どもたちなら、
    「俺、これ食べたーい」とか、
    「あたし、これほしいわ」とか、
    「オイラ、これが一番いい!」などという言葉は、ごくあたりまえの日常語です。
    けれど、殿様の家庭では、これらはすべて禁語です。
    なぜなら、「俺が、私が」という言葉自体が、私心のあらわれだからです。

    このことは徹底していて、私文書の典型である日記を書くときにも「私」を示す一人称は用いてはならないとされました。
    「母が私に七草粥(ななくさがゆ)を作ってくれた。
     私はそれをとても美味しいと感じた」
    のような、完全に自分の感じたことを書く文でも、
    「母の作る七草粥は、とても美味しいものであった」
    と書くものとされました。
    「誰がそう感じたのか」は、書くものではないとされていたからです。

    これは、他の人を優先するとか、譲り合いの精神とも違います。
    私心を徹底的に排除するという思想からきているものです。
    武家において大切なことは、どこまでも世ため、人のためであり、それ以外は「ない」とされてきたのです。

    だから必要があれば、自分の腹に刃を突き立てます。
    それはとっても痛いことです。
    けれど、痛いというのは私心です。
    それが「世のため」であれば、痛いなどと言ってはいられないのです。

    領内でとても良い、おいしい大根ができた。
    それを食べてみた。
    すると本当に美味しかった。
    だから、「世の人々は満足するであろう」という意味で言う言葉が、
    「世は、満足じゃ」
    なのです。

    このように私心を排除することが大事にされた理由は、聖徳太子の十七条憲法にまでさかのぼります。
    第十五条に「背私向公」とあります。
    「私(わたくし)に背(そむ)き、公(おおやけ)に向(むか)え」と読みます。

    人の上に立つ者は、自分個人のことよりも、みんなのことを優先せよということです。
    まして殿様といえば、藩主ならいまの県知事、直参旗本ならいまの市長くらいの役職にある者です。
    そういう人が、「俺が、俺が」と我を張って自分個人の利益を優先するようになったら、どこかの国の不正選挙と同じです。まさに「世も末」です。

    殿様に生まれたら、これが食べたい、あれが食べたいなどと言うことなど一切許されません。
    なぜならそれは「わがまま」だからです。
    「わがまま」は、「我が、まま」です。
    ご飯に味噌汁に漬物、しかもお毒味役が毒味してからですから、冷えたご飯に冷えた味噌汁です。
    おかわりも、2杯までと決められたら、それに従うしかない。
    「キュウリは嫌いじゃ。他の物を食べたい」
    などと言えば、
    「殿が嫌いと言われれば、
     キュウリを作る農家の人がどのように思われることでしょうか。
     またせっかくこの料理を調理してくれた者たちはどのように思うでしょうか。
     そのようなわがままは許されませぬ」
    と叱られました。

    もっとも、江戸時代の武士であっても、アレルギーを持つ人はいました。
    それを食べるとアレルギー反応が出てしまう。
    そのようなことは現実にあるわけです。
    この場合は、養生の観点から、やむを得ないこととされるケースは、ごくまれにはありましたが、多くの場合、それで子が死んだなら、やむをえないこと、とされたのが殿様の家というものです。
    それほどまでに厳しかったし、それほどまでに徹底していたのです。

    なぜなら、身の全ては公(おおやけ)のためのものだからです。
    美味いものを腹いっぱい食べて「満足、満足」と言えるのは、むしろ庶民の特権でした。

    そんな次第ですから、たとえばテレビドラマの「暴れん坊将軍」が、ラストシーンで「よの顔、見忘れたか!」などというのは、まったく日本の歴史を知らないか、日本の歴史を誤って教わったか、あるいは意図的に日本の統治の精神を歪めようとするさもしい心得からくるファンタジーでしかありません。

    また、武士は自分のことを「拙者(せっしゃ)」と呼びましたが、これは「そんな公に奉仕することのできない拙(つた)ない者」という意味です。
    つまり、「私」を主張したり、自分のことを述べたりする者というのは、公ではなく私であって、それはつたないものである、と考えられていたのです。

    殿様というのは、天子様から日本の治世全体を親任された将軍から、当該地域の領土領民の統治を委ねられた者です。
    だから領土領民を「御拝領」といいます。

    いわば人のものを預かっているのです。
    何のために預かっているかといえば、その領土領民たちが、豊かに安全に安心して暮らせるようにするためです。
    私腹を肥やすためではありません。

    いまでは知事や市長は、選挙によって「選ばれた人」という位置づけですけれど、「俺は選ばれた人間だ」という意識は、いわゆる選民思想に由来します。
    これは、俺は神によって選ばれた者だ、というのに等しいことであり、傲慢な思考です。

    ですからこのような人達が、自分の所轄する、自分を選んでくれた県や市町村で、何か大きな不祥事が起きたからと、自ら責任をとることはありません。
    戦後の現代史を見ても、知事や市長が引責辞任するのは、常に、その知事や市長自身の手による金銭不祥事くらいなものです。

    以前、神奈川県川崎市で中一児童の殺害事件がありました。
    もしこれが江戸時代に起きたことであれば、川崎の、この場合は町奉行になりますが、川崎の町奉行は、世間を騒がす問題を起こしたということで、切腹です。

    なぜなら、そのような問題を「起こさないために」町奉行の職があるからです。
    問題が起きたならば、その「問題を起こしたことに責任」をとるのはあたりまえです。

    これを自覚し、自分で責任をと切腹すれば、家門は維持できます。
    せめて息子は家督を相続し、また別な任地で奉行職を勤める家柄を維持できます。
    けれど、自分で責任を自覚せず、腹も切らないとなれば、幕府から「上意でござる」と譴責(けんせき)を受けます。
    この場合は、お上の手をわずらわせたわけですから、切腹ではなく斬首になります。
    斬首は武門の恥です。
    ですから、お家はお取り潰しとなり、妻子も親も、翌日からは一介の浪人一家となり、路頭に迷わなければなくなります。

    現代社会では、切腹も打首もありません。
    そして神奈川県警が被害者をイジメた児童を逮捕し、川崎市長は、市議会で「二度とこのような事件が起きないよう、教育委員会とも連携し、しっかりと対策をしていきたいと思います」と述べるだけです。
    いささか過激な発言に思われるかもしれませんが、現代日本の市長さんは、小楽なものです。

    ここまで申し上げても、「でも昔のお殿様は世襲だったよね」などと思う人がいるかもしれません。
    しかし考えてみてください。
    殿様と呼ばれる間も、そうでない間も、泣いて我儘を言えたのは生まれたての赤児の内だけで、その後は一生死ぬまで「私」ということを、言葉さえも発してはならないのです。
    しかも何か大きな事件が起きれば、公のために問題を起こした責任をとって切腹です。それが殿様の役割です。

    気楽に「私」を主張できる民と、幼児から死ぬまで一切「私」を言えないお殿様。
    話をする際にも、「私はこのように思う」とは一切口にさえできないお殿様。
    常に「世は」と、世の中の人はこのように思うであろうという形でしか発言できず、「私は」とか「俺が」などと一言でも言おうものなら、主君押込(しゅくんおしこめ)といって、座敷牢に入れられ反省するまで半年でも1年でも牢屋から出してもらえなかったのが、昔のお殿様です。

    いま、youtubeなどにおいて、様々な論客のみなさんの動画が出回っています。
    どれでも構いませんから、どれかひとつを再生してみてください。
    多くの場合、その人の発言は、1分に一度「私は」と、私という言葉が出てきます。
    公のために活動し、発言している人ですら、そうなのです。

    良いとか悪いとか言っているのではありません。
    ただ、一切の「私」を捨てるということは、人生の途中からいきなりなれるということではなく、幼児のうちから徹底した教育を施さなけば身につくものではありません。
    そのために殿様は、世襲にして生まれたときから、ずっと「私」を捨てる教育が施されました。
    食べ物の中に、好きな食べ物があっても、「俺、これ大好物なんだ」とさえ言えない。それがお殿様であったのです。
    そしてそこまで徹底して公に尽くし、公に生きることは、世襲でなければできることではありません。

    ただし実力分野、たとえば藩の経理財務や藩の外交、あるいは学問や武芸などの分野においては、世襲や血筋ではなく、実力がものを言いますから、どの藩においても、そうした分野には出自(しゅつじ)などは一切問題にせず、農民や職人、あるいは商人の出であっても、とにかく有能な人材を用いました。
    これまた至極もっともなことです。

    ただし、そうした人たちは、たとえ家老職にあったとしても、責任を取るということに関しては、そういう人達は切腹やお家断絶はなく、解雇というだけにとどめられました。
    そういう違いがあったのです。

    こうしてみたとき、江戸時代が、前にもご紹介しましたが、江戸の享保年間の20年間の間に、江戸の小伝馬町の牢屋に収監された犯罪者の数がゼロだったこと、あるいは江戸の日本橋のたもとという、日本一往来の激しかった場所で、青天井のもとに全国に送金される現金がザルにいれられて、見張り役さえいなかったのに、江戸時代を通じて盗難事件がゼロだったこと。
    明治から昭和の中期頃まで、家に鍵なんてかけなくても、誰も泥棒さえはいらないというほどまでに、優れた治安が実現していたことなど、ある意味当然のことであったと思います。

    それから考えれば、児童が殺害されるような事件があっても、女子高生がコンクリート詰めにされていながら、区長も知事も警察署長も、だれひとり死刑にならない時代というのは、施政者にとっては「都合の良い時代」かもしれませんが、民衆にとってそれが本当に良い時代といえるのか、そういうことをこそ、私達は考えていかなければならないのではないかと思います。


    ※この記事は2017年1月の記事のリニューアルです。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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