• 縄文の女神と日本的価値観


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    日本的文化や価値観を踏まえながら、逆に世界に向けて堂々と日本の文化を「正しく」発信していく。
    そういうことが、これからより一層、求められる時代になるのではないかと思います。

    国宝・縄文の女神(山形県立博物館所蔵)
    20170215 縄文の女神



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    上の画像は、平成4(1992)年に山形県舟形町の西ノ前遺跡から発掘された土偶です。
    4700年前に作られたもので、「縄文の女神」と名付けられています。
    ミロのビーナスが約2千年前のものですから、それよりも倍以上も古いものです。

    高さは45センチです。
    なんともいえない美しい形をしています。
    顔はありませんが、乳房があり、お尻が張っていて、あきらかに女性の像と分かります。
    その造形から「八頭身美人土偶」とも呼ばれています。
    そしてすこしお腹が大きいです。
    つまり、妊娠した若い女性の造形です。

    縄文時代の土偶というと、多くの方がすぐに思い浮かべるのが、次の写真ではないかと思います。

    遮光器土偶(亀ヶ岡遺跡から出土)
    20170215 遮光器土偶


    これは遮光器土偶といって、目玉が横線になっていたり、着衣が妙に膨らんでいたり、細かな絵柄が描かれていたりすることから、飛来した宇宙人を象ったものではないかとか、ガンダムのような古代ロボットに違いないとか、いろいろなことが言われています。
    想像力がかり立てられるのは、とても楽しいことだと思います。

    この遮光器土偶は発見は、とても早いもので、江戸時代の初期(1622年)にまでさかのぼります。
    たまたま津軽藩の二代目藩主が城をそこに築こうとしたら、丘から大量の土偶や土器、甕(かめ)などが出土しました。
    この土偶もそのときに発見されたもので、発見されたときは五体がバラバラでしたが、それを組み合わせて復元したのが、写真の遮光器土偶です。

    ちなみに、丘(岡)から甕(亀)が発見されたので、発見場所は「亀ヶ岡遺跡」と名付けられています。
    場所は青森県つがる市です。

    残念なのは、昔は遺物の保存や保管が大切なものとは、あまり認識されていなかったため、遺跡から発掘された多くの遺物が持ち出されてしまいました。
    遠くオランダにまで売られて行ったものも少なくないそうです。
    散逸した遺物は、一万点以上ともいわれています。

    縄文時代の土偶というのは、日本国内でものすごくたくさん出土しています。
    すでに発見されているものだけで約1万5千体。
    実際に作られた土偶は、おそらく3千万体以上あったであろうといわれています。

    その中でもっとも古いとされている土偶が、平成22(2010)年に滋賀県東部にある相谷熊原遺跡で発見された、約1万3千年前の縄文時代草創期の土偶です。
    下の写真がそれです。

    最古の土偶(粥見井尻遺跡)
    20170215 最古の土偶


    高さ3.1センチ、幅2.7センチ、重さ14.6グラムのこの土偶は、女性の胴体部分のみを表した見事な造形です。
    1万年前といえば、ヨーロッパでは、まだ旧石器時代です。
    それより三千年も古い時代に、日本ではなんと土偶が作られていたわけです。

    下の写真は、長野県茅野市の棚畑遺跡から出土した、いまから約四千年前の土偶です。高さは二七センチあります。
    この土偶も冒頭の西ノ前遺跡の土偶と同じく、美しい容姿から「縄文のビーナス」と呼ばれています。

    縄文のビーナス(茅野市尖石縄文考古館所蔵)
    20170215 縄文のビーナス


    胸があり、お尻が豊かに張り出しています。
    そして、ちょっとお腹も張り出しています。

    そういえば遮光器土偶も、乳があり、お腹が張り出しているように見えないこともありません。
    実はこのことが、そもそも
    「土偶が何のために作られたのか」
    ということと、密接に関係しているといわれています。

    土偶の特徴は、体つきがリアルなわりに、顔がなかったり、かなりデフォルメされていることです。
    そして不思議なことに、完全体で発掘される土偶はありません。
    土偶は明らかに意図的に割られ、バラバラな状態で、しかも同じ遺跡の中で各所に分散して埋められているのです。
    しかもそれが縄文期を通じて3千万体も作られたであろうことが分かっている。
    けれど、用途は不明といわれています。

    土偶が何に使われていたかについては、さまざまな説があります。
    中にはそもそも土偶は男なのか女なのかという議論もあり、それぞれの学者さんたちの論説はたいへん面白いものです。

    土偶の用途について、私がなるほどと納得させられたのが、
    「妊婦身代わり説」
    です。

    土偶は、どれもがすぐにそれと分かる女性像です。
    乳房があり、お尻が張り、中には女性器が刻まれていたりするものもあり、そして何より、ほとんどの土偶のお腹が大きいのです。
    つまり土偶は、妊婦なのではないかというのです。

    女性の出産は、とてもたいへんなことです。
    現代では、かなり安心して子供を産めるようになりましたが、いまから何千年も前の縄文時代では、なかなかそうはいきません。
    母体も子供もどちらも無事なまま、見事、元気に生まれてきてもらいたい。

    その思いは、昔も今も変わるものではありませんし、昔は子が死ぬことが多かったですし、出産時に母体が死んでしまうこともよくありました。
    そうした時代環境下で、妊婦姿の土偶が、意図的に破壊され、埋められたということは、妊婦の身代わりとして、土偶にあちらの世界に行っていただいたのではなかろうか、というわけです。

    つまり土偶は妊婦の「身代わり人形」だったというわけです。
    女性が妊娠したら、その女性を型取った土偶(人形)を一体用意します。
    あまりリアルに作ったら、神様が間違えてホンモノの母体のほうを連れて行ってしまうかもしれません。
    ですから、人形はデフォルメされた形にします。

    そして、神様の捧げものとして、土偶を破壊して埋め、身代わりにあちらの世界に行っていただく。
    そうすることで、母体や胎児の安全が図れると縄文時代の人々は考えていたのではないでしょうか。

    土偶が装飾されていたりすることも、神様への捧げものであると考えればうなずけます。
    実際いまでも、「お守り札」などは、中に板が仕込まれていて、何かのときに身代わりに割れることで、それを所持する人の命を守るとされているものがあります。

    日常の安全祈願でさえそうなのです。
    まして生涯の一大事である出産です。
    そして女性の出産のために、これだけたくさんの土偶が作られていたということは、子を産むという神秘の力を持つ女性が、大昔の日本でとても大切にされていたことを物語っています。

    中世以前の世界では、人身御供や、人柱などという習慣もありました。
    誰かを守るために、誰かが犠牲になる。そのために誰かが殺される。
    人類の歴史には、そのようなことも多数ありました。
    けれど縄文の日本人たちは、誰も殺さず、むしろ土偶という身代わりを立てて、神様に捧げました。

    そういえば古墳時代の埴輪も、古墳の人柱を人形で代用したものといわれています。
    人の命をなにより大切にしてきたのが、日本の古来からの変わらぬ文化です。

    縄文時代の遺跡は全国に数万カ所あります。
    お近くに「なんとか貝塚」というのがあれば、それが縄文時代の遺跡です。
    さまざまな遺跡から、さまざまな遺物が発掘されています。
    けれど、世界中の古代遺跡からは必ず発見されるのに、我が国の縄文遺跡からは、ただのひとつも発見されていないものがあります。
    それは「対人用の武器」です。

    矢じりや石斧はたくさん発掘されているのですが、どれも形が小さく、小動物を射たり、加工用の道具には使えても、大型動物である人を殺すには、どうみても適さないのです。
    対人用の武器が全く出土しない一方で、馬に食わせるほどたくさん見つかっているのが、ブレスレットとかアームリング、ネックレスなどの女性用の装身具です。

    古来、女性は布や花冠などのやわらかなものを加工するのが得意ですが、貝殻や石などの硬いものを加工するのは、世界中どこでも男性の役目です。
    そして宝石などで身を美しく飾るのは、女性です。

    実際に、縄文時代の女性の人骨には、装身具をまとったままで発掘されているものが多数あります。
    装身具をまとっているのは、ことごとく女性の人骨です。

    縄文時代の平均寿命が二十四歳くらいだったということなどを考え合わせると、おそらくは、こういうことだと思います。
    男性が好きな女性を射止めるために、一生懸命貝殻などを加工してブレスレットやネックレスなどを作り、それを彼女に
    「私の妻になってください」
    とプレゼントしたのでしょう。

    女性はそれを受け取って男性の妻になり、そして子を授かるのだけれど、若くして永遠のお別れが訪れます。
    身につけた装身具は、つまり
    「私、永遠にあなたのものよ」
    というわけです。
    なんだかとても温かいお話です。

    結婚したカップルのことを「夫婦」といいますが、実はこれは戦後の言葉です。
    戦前までは「めおと」といいました。
    「めおと」は漢字で書いたら「妻夫」です。
    妻が先、夫が後です。

    男性は、妻のことを「かみさん」と呼びますが、それは女性が家の神様だからです。
    なぜ神様なのかは、縄文時代の土偶を見れば分かります。
    子を産む力は、女性にしか備わっていません。
    命を産み出す力は、まさに神様の力です。

    そして極めつけは日本の最高神です。
    天照大神は女性神といわれています。
    面白いもので、いまから1400年ほど前に渡来した仏教では、「女人五障」などといって、女性は穢れていて悟りを開くことができないと説かれていました。
    もっとも宗派によっては女人成仏を説いたり、女性が悟りを得たときには、男性より高みに上れるという宗派もあるそうですから一概にはいえません。

    キリスト教では、女性のイブは、アダムの肋骨の一本から生まれ、神の戒めを破ってリンゴの実をかじり、エデン追放の原罪をつくった悪者とされています。
    「女児は男児より成長が早いが、
     それは有益な植物より雑草のほうが
     生長が早いのと同じである・・・」
    とんでもない論説ですが、これを誰が説いているのかというと、16世紀のドイツの有名な神学者のマルチン・ルターです。
    ちょっとひどい言い方です。
    西欧はレディー・ファーストの国で、女性がとても大切にされているといいますが、西欧文化の根源になっている宗教観は、どうやら違っていそうです。

    イスラムでは、『コーラン』に
    「女は男の所有物である」
    と書かれています。
    これまたひどいはなしです。

    では日本ではどうかというと、最初の男女神はイザナギとイザナミですが、二神は天の浮橋(おそらく空に浮かぶ銀河)の上に立ち、
    「なあ、俺たちや俺達の子孫が暮らす
     よろこびあふれる楽しい国はないだろうか」
    「何言っているのよ、あなた。
     そんなところあるわけないじゃないの」
    「そっか。じゃあさ、俺たちでつくろうよ」
    そう語り合った二神は、下の方にある混沌としたところを、天の沼矛でコオロコオロとかき回して、引き上げた矛の先から滴った雫が固まってオノゴロ嶋をつくりました。
    そして、その嶋に降り立った二神は、神の前で結ばれ、国を生み、神々を生み、私達の祖先となりましたと、このように書いているわけです。

    最初から、男女は対等なのです。
    ただし、男と女で役割が違う。
    なにしろ、子を産めるのは女性だけです。
    そしてその子は、人の子ですから、当然、魂を持ちます。
    つまり女性のみが神々から魂を授かることができる。
    つまり女性だけが神々と直接繋がることができたとされてきたのが、万年の単位で続く、縄文以来の日本人の思考です。

    だからそんな大切な女性を、出産のリスクから護るために、妊婦を象った土偶をつくり、その土偶を神々に(妊婦の身代わりとして)捧げることで、安全な出産を願った・・・・その証が土偶である、というわけです。

    そうそう。
    ここでひとつどうしてもお話しておかなければならないことがあります。
    よく「日本は多神教の国である」といわれます。
    なるほど、八百万の神々の国ですから、多神教には違いないのですが、欧米における多神教と、日本の多神教では、決定的に違う点がひとつあります。
    そしてこのことを理解しないまま、安易に
    「日本は多神教の国です。
    (Japan is a polytheistic country.)」
    などというと、ものすごく大きな誤解を受けることになるので注意が必要です。

    一般に「ポリティシズム(polytheism)」というのは多神教のことですが、ここでいう神々というのは、日本語的な語感でいえば、ギリシャ神話に登場するアポロンの神々や、イギリスのケルト信仰にある「妖精」に近いもののことです。
    つまり「神々と人間」、もっというなら「神と人間」であって、両者は、いわば「猿と人間」というのと同じで、まったく異なる生命体(?)です。
    もっというなら、オーナー(支配者)と、スレイブ(奴隷)との関係といえるかもしれない。
    そのオーナーの一族が多神教としての神々であったり、あるいは人とはまったく異なる世界の住人である妖精たちであったりします。

    けれども日本の場合、神々というのは、ひとことでいうなら私達の共通の祖先の霊ことを言います。
    いま生きているひとりの人が生まれてくるために、700年前の1億3千万人の祖先が必要です。
    これか万年の単位になったら、それこそ数え切れないほどの祖先が必要であり、いたことになります。
    それらを総称して、私達日本人は、これを「神々」と呼んできました。
    ですから私達も死ねば(基本的には)神になる。
    そういう意味では、日本的神々は、人の延長線上にある、人と同じように泣いたり笑ったりする感情を持った存在です。
    人にとって神が客体ではなく、主体である人の一部なのです。
    このことを間違えて、八百万の神々を「Gods of eight million」なんて訳したら、西洋の人たちは目を丸くします(笑)。

    話が脱線しましたが、「縄文の女神」に象徴されるように、日本人は一万年以上もの昔から女性に神秘を感じ、女性を大切にしてきました。
    男女は互いに対等であり、互いの違いや役割をきちんと踏まえて、お互いにできることを相手のために精一杯やろうとしてきました。
    日本の知恵は、この何十年かの間に外来でけたたましく起きてきた女性差別云々の議論より、はるかに古い歴史を持つ、温かで寛容なものなのです。

    ちなみに女神像といえば、女性の肉体美を讃える存在というのが、世界の定番です。
    けれど日本の縄文の女神は、お腹の大きな妊婦であり、生きた女性を守るための身代わりでした。

    女神様が率先して身を捧げて、私たちを守ってくださる。
    そこに感謝する。
    神様に身代わりになっていただいて永らえたありがたい命だから、お互いに大切にする。
    互いに慈しみ、支え合って生きる。
    それが縄文以来一万年以上もの長きにわたって培われた、私たち日本の文化の底流をなすものなのだろうと思います。

    これからの日本は、単に「外国でこう言っているから」という、外来文化をただ無批判に受け入れることに、もう終止符を打っていいと思います。
    日本的文化や価値観を踏まえながら、逆に世界に向けて堂々と日本の文化を「正しく」発信していく。
    そういうことが、これからより一層、求められる時代になるのではないかと思います。


    ※この記事は2017年2月の記事のリニューアルです。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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