• 中国とは意味が異なる「天高く馬肥ゆる秋」


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    ハンチントン教授が言うように「文明は衝突し、どちらかが滅びるまでその衝突は続」きます。けれど「文化は共存し、ゆるやかに融合する」ことが可能です。
    このことを、杜審言(としんげん)の『贈蘇味道(そみどうにおくる)』という漢詩から考えてみたいと思います。

    雲の種類と天気
    画像出所=https://www.yonden.co.jp/cnt_kids/science/weather/003-p02.html
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    日本に希望の火を灯す!

    だいぶ秋めいてきました。
    相変わらず日中の気温は30度を越えますが、真夏の38度とか39度とかを体験していると、32〜33度は、けっこう涼しく感じたりします。
    この高気温、11月頃までは続くのだとか。

    我々が子供の頃は、テレビやラジオのニュースで8月の猛暑日のことを、
    「今日は30度を超える猛暑」
    と言っていたのを思い出します。
    半世紀前と比べて、日本の気温は夏も冬も、だいたい10度近く上がっているのだとか。

    実はいまとおなじように気温が上昇した時期が8千年前にあって、そのときは年間の平均気温がわずかな間に8度近くも上昇しています。
    その上昇は、7千年前に一度おさまって、むしろ気温は低下に向かうのですが、ところがその後にもっと気温が高くなりました。
    それが6千年前の「縄文海進」の時代です。
    このときは、関東平野は群馬県のあたりまで海になりました。

    いま、縄文海進と同じことが起こっても、群馬まで海に浸かることはありません。
    理由はこの6000年の間に川から運ばれた土砂が堆積して海抜が上昇しているからです。
    こうした変化を経験してきている日本人は、だから住居も生活圏も、木造で移動が可能な作りを大切に育んできました。
    木造の古民家建築というのは、建物を取り壊して再生することが可能なのです。
    そして土地は「俺の土地」ではなくて、すべては天皇のたからもの、という考え方を進化させてきました。
    ですから土地を粗末に扱えば、天子様が怒って土地ごと海に浸けてしまう。
    そうなりたくないのなら、土地を大切に、感謝して使わせていただくこと。
    これは文化であって、地学ではありませんが、日本においてはとても大切にされてきた考え方といえます。

    西洋の文化が発展したのは、15世紀以降の大航海時代、植民地時代以降のこととされます。
    つまり歴史が浅い。
    だから天変地異に対する考え方も異なります。
    ポンペイの街は、幾度となく火山の噴火によって街全体が埋もれていますが、その埋もれた街の上に何度となく石造りの街が築かれ、そしてまた噴火によって埋もれていきました。
    そしてついに人々がその地に住まなくなったとき、ポンペイは神話となりました。

    このことが示すことは、彼らは天変地異に学ばない、ということです。
    天変地異によって街が沈んでも、そこから学ばずにまた同じ場所に石造りの街を作る。
    なるほど石は固くて丈夫です。
    ですから石造りの建物は、堅牢な感じがしますし、戦い時の防御にも強い。
    ところが、石造りの街は、地震や火山の噴火、大洪水といった天変地異後に再建ができないのです。

    このことはとても重要です。
    終戦直後の焼け野原となった日本が、またたくまに戦後復興を果たすことができたのは、江戸時代の大火の経験に基づいて、住宅が木造だったからです。
    これに対して東日本大震災の復興がなかなか進まないのは、瓦礫がコンクリートと鉄筋だからです。

    地震が来たって阪神淡路大震災のときは、瓦礫は短期間で片付けられたではないかと思われる方もおいでかもしれませんが、阪神淡路大震災のときは、大阪湾や神戸港の埋立工事にその瓦礫が使われたのです。
    東日本大震災では、その埋め立て計画が進まず、瓦礫がそのままになっています。

    日本は戦後、木造建築から、あらゆる大きな建造物をコンクリート制にしてきましたが、果たしてそれが永続性を持つものといえるのか。
    万一の災害時に、その瓦礫をどのように処分するのか。
    日本の政治や行政は、未来のために、いまいちど、そうした根幹に帰って考え直してみなければならないと思います。

    さて、秋といえば、「天高く馬肥ゆる秋」です。
    涼しくなったら食欲も旺盛になるし、空を見上げれば、なんといっても雲が高い。

    夏の雲なら、積雲に積乱雲(入道雲)です。
    積雲は高度が2千メートルくらい。
    積乱雲(入道雲)は、その積雲がもくもくと上空に立ち上がった雲で、てっぺんのあたりは高度が1万メートルにも達します。

    また、日本の夏は、気温だけでなく湿度も高い。
    このため低い位置に黒雲がわき、これが夕方頃に雨雲になって雨を降らせるのが夕立です。
    雨雲のことを乱層雲と言いますが、低い雲で、高度は600mくらいからできます。
    もっとも高い乱層雲は、高度6000mにも達します。
    こうなると夕立ではなく、ゲリラ豪雨になります。

    これが秋になりますと、北からの季節風によって気温が下がり、空気も乾燥してきます。
    このため雲の位置がぐっと高くなり、それが巻雲や巻積雲といった秋の雲になります。
    つまり大空に巻雲や巻層雲が見えるようになったら、北からの冷たい季節風が吹いてきたということで、これが涼しさの前兆になります。
    同じ気温35度でも、猛暑の頃よりも少し涼しく感じるのは、このためです。

    巻雲や巻層雲は、高度が5,000 〜 15,000 mメートルくらいに達します。
    富士山(標高3776m)よりもずっと高い位置です。
    上層の雲は、ジェット機が飛ぶ高さ(高度約1万m)よりも高く、小さな氷の粒でできているので、まっ白に輝きます。

    巻雲は、雲の仲間の中で一番高いところにできる雲です。
    別名を「すじ雲」と言います。
    ハケで掃いたみたいなスジになっている雲です。

    秋の美しい夕焼けになるのが、巻積雲。
    こちらは見え方によって、「うろこ雲」、「いわし雲」、「さば雲」などとも呼ばれます。

    「うろこ雲」は、空一面に巻積雲がひろがって、まるで空全体が魚のウロコみたいになったもの。
    「いわし雲」は、よく水族館などの水槽内で、イワシの大群がまるで巨大なモニュメントみたいにみえたりしますが、あのような感じで、スジ状の小さな雲がイワシの大群のようになって見える雲。
    「さば雲」は、まるでサバの背中のように、巻積雲が波打っている様子の雲です。

    これら巻層雲は、位置が高いので、それだけ日没後も長く夕陽を浴び続けることになり、これが秋の美しい夕焼け雲になります。

    秋の雲


    さて、秋によく言われる「天高く馬肥ゆる秋」という言葉は、一般に杜審言(としんげん)の
    『贈蘇味道(そみどうにおくる)』
    という漢詩からとられた言葉とされます。
    要するに「天高く馬肥ゆる秋」も「中国様から半島を経由して日本がオクレて教わったもの」だとしたいわけです。
    けれど、杜審言の漢詩と、我々日本人がイメージする「天高く馬肥ゆる秋」では、意味がまるで違います。

    我々日本人は、「天高く馬肥ゆる秋」を(すこし詳しく言えば)
    「秋になると雲が高くなり、
     食べ物もおいしくなって、
     牛や馬たちも元気一杯になるよね。
     特に男子ときたら、
     まるで馬並みにモリモリとご飯をいっぱい食べる。
     そんなご飯のもとになるお米が収穫できるのも秋。
     秋って
     稔りと収穫と、
     そしてご飯をいっぱいもりもりと
     おいしく食べれる季節だよね〜」
    といった、たいへん「おめでたい」用語として用います。
    もっとも最近ではダイエットブームなので、秋は太り過ぎに注意といった意味にも用いられているようですが、いずれにしても日本人は、この言葉を、ポジティブなものとして捉えているわけです。

    ところが杜審言の漢詩は、全然別です。
    たいへんマイナーな、陰キャラ的な歌です。
    もとになった歌は次の歌です。

    『秋高馬肥』
    北地寒応苦 南庭戍未帰
    辺声乱羌笛 朔气卷戎衣
    雨雪関山暗 風霜草木稀
    胡兵戦欲尽 漢卒尚重圍
    雲淨妖星落 秋深塞馬肥
    据鞍雄剣動 挿筆羽書飛
    輿駕還京邑 朋游満帝畿
    方期來献凱 歌舞共春輝

    意訳すると次のようになります。
    「北の大地は寒く苦しく
     南の宮廷に兵は未だ帰ってこない。
     国境では声が羌族(きょうぞく)の笛に乱され
     寒気のために戎衣(じゅうい・軍服のこと)を身体に巻いていることだろう。
     雨や雪で関所のある山は暗く、
     風と霜で草木も疎(まば)ら。
     胡族(こぞく)の兵は戦いが終わって欲しいと願い、
     漢の兵は厳重に守るばかりだ。
     雲清くなり不吉なことが起こりそうだ。
     なぜなら秋が深まり敵の馬がたくましくなっているから。
     鞍に乗れば(馬上では)名剣が動き、
     筆を揺るがせば急を告げる手紙が飛ぶ。
    (人の乗る)輿と荷車は都へと還り、
     同朋は皇帝のいるこの地方に集まっている。
     勝鬨(かちどき)を献上することを誓って、
     歌い踊り春の輝きを共にしよう」

    原文の「雲淨妖星落 秋深塞馬肥」は、
    「雲浄くして妖星落ち、秋高くして塞馬肥ゆ」と読み下しますが、これはひとことでいえば、
    「馬が肥えて長距離を走れるようになる」という意味です。
    秋には馬が食欲旺盛になって、馬の体力が増し、そんな馬に乗って匈族(きょうぞく・北方の遊牧民のこと)が攻めて来るから、友に「気をつけろよ」といっているわけです。

    杜審言は7世紀の軍事大国「唐」の官僚で、あの「国破れて山河あり」の詩を書いた杜甫の祖父です。
    この歌は杜審言が、友人で同じく詩人でもあった蘇味道という人に贈った詩で、蘇味道はこの頃、北方の守備軍に書記として従軍していました。
    友の安全を気遣ったのが、この歌です。

    杜審言のいた唐は、最終的に、度重なる匈奴の襲来で国力を落として滅んでいます。
    つまり、匈奴の侵攻は、唐の役人からしたら、まさに王朝の死活問題であったわけです。
    友人はその対匈奴の最前線にいます。
    いつ殺されるかわからないのです。
    だからせめて「春まで生き伸びてくれよ」と歌い、そうして
    「無事に都に帰ってきたら、
     一緒に勝鬨をあげて、
     歌い踊り明そうではないか」
    と詠んでいるわけです。

    腹の立つ話なのですが、この歌が、日本的な意味での「天高く馬肥ゆる秋」となったのは、
    「昔の日本人はアホだから、
     杜審言の詩の意味を取り違えたのだ」
    というのが、昨今の解釈です。

    全然違います。
    むしろ、稔りの秋を寿ぐ習慣が、日本には古代からあり、空も高いし、馬たちも食欲旺盛になるし、人間もそれと同じように、みんな食欲がモリモリとでてくる。
    そのことについて、たまたま似たような意味を持つフレーズが杜審言の詩の中にあったから、その言葉を抜き出して日本流に楽しんだだけのことです。
    実際、同じ唐の時代の杜甫の詩の「国破有山河(国破れて山河有り)」は、漢詩の意味がそのまま日本国内で普及しています。

    ではどうして日本人が杜審言の歌を別な意味に抜粋したのかというと、
    それは「日本が遅れていたから」ではなく、むしろ日本には、チャイナとはまったく別な文化性が育っていたからです。

    たとえば戦後の日本は、米国たくさんのカタカナ英語を採りいれましたが、その中には、本来の英語の意味とはぜんぜん別な意味に使われている単語がたくさんあります。
    どうしてそうなるかといえば、日本人が、
    「単に英語をカタカナにしている」のではなく、
    「日本の文化的の土壌の上に、カタカナ英語を採りいれている」からです。

    杜審言の『秋高馬肥』の歌も同じです。
    杜審言の漢詩は漢詩として楽しむ。
    けれど、もとからある「食欲の秋」に、たまた似た意味のフレーズが杜審言の漢詩にあったから、そこに寄託して「天高く、馬肥ゆる秋」を慣用句として用いたのです。

    なんでもそうですが、漢詩にせよ漢文にせよ英語にせよ、なんでもかんでも日本は劣っていて、何もかも余所の国から教わったのだというように子供たちに教えたり、解釈したりすることは、よろしくないと思います。
    昨今では、なんでもかんでもチャイナから教わった説、なんでもかんでもコリアから教わった説とも、ずいぶんと旗色が悪くなったためか、今度は、なんでもかんでもユダヤから教わった説がずいぶんと唱えられるようになりました。

    そうではないのです。
    日本文化は、
    「外来文化によって生まれ育まれた」のではなく、
    「万年の単位で続く文化的土壌の上に、外来文化を取り入れた」のです。

    日本語にカナ(カナは神名(かな)ともいいます)があり、漢字に訓読みがあるように、我々の祖先は、もとからある大和言葉による日本文化という土壌の上に、輸入文化を日本風にアレンジして導入してきたのです。

    似て異なるのが、漢字文化と日本文化です。
    両者を混同するだけでなく、漢字文化が日本文化よりも上位に位置するのだというように、そもそも物事を上下関係でしか捉えようとしないということ自体が、日本的思想からは外れているのです。
    これは特に戦後の文系学会の、大きなはき違いの最たるものであろうと思います。
    あたりまえです。
    文化に上下などないからです。

    それぞれの国の、それぞれの風土の中で培(つちか)われてきたものが文化です。
    地震のない国と、常に地震の脅威にさらされている国では、その建築文化に違いがあるのは当然です。
    内陸部で海がなく、塩分は動物の肉からしか取れない国や民族と、四方を海に囲まれて、いつでも塩分もタンパク質も摂取できる国では、食文化だって異なります。
    要するに文化に上下などないのです。

    そして面白いのは、ハンチントン教授が言うように
    「文明は衝突し、どちらかが滅びるまでその衝突は続く」
    ものであるのに対し、
    「文化は共存し、ゆるやかに融合する」
    ものなのです。

    そしていま、世界で起こっていることは、権力(ヒト、モノ、カネ)による支配という文明の構造から、奴隷のいない、すべての人が自立する社会文化の時代への変化です。
    前者であれば、国や民族同士は戦争になります。
    けれど後者であれば、国や民族は、ありのままに共存が可能です。

    さて、秋の雲といえば羊雲。
    その羊雲を、天皇の大喪の礼の際の弔問の人々に見立てた歌が万葉集にあります。
    日本は自然環境の厳しい国ですが、同時にその自然環境は、常に私達日本人に恵みを与え続けてくれた環境でもあります。
    そうしたなかで、おのずと備わった尊敬と感謝の日本文化。
    こういうものを、我々は後世にまで、しっかりと伝えて行きたいと思っています。


    ※この記事は2014年9月の記事を大幅にリニューアルしたものです。
    日本をかっこよく!

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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

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