• 最高の未来のタイムライン


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    私たちはいま、人類存続のための叡智を発揮するときなのではないかと思います。
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    20200407 マルチバース
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    すこし不思議な話をします。
    わからない方も多いかもしれません。
    わかる方だけお読みいただければ良いという、そんなお話です。

    マルチバース(multiverse)というの言葉があります。
    多元宇宙を指す言葉で、理論物理学において、この宇宙が無数に存在するという仮説です。
    別な言い方に、パラレルワールド(parallel world)という言い方もあります。
    我々が住む世界には、無数の平行世界がある、という説です。

    平行世界は、たとえば先の大戦において、日本は敗戦国となったけれど、マルチバース(ないしパラレルワールト)の中には、日本が勝利した宇宙もあるという思考です。
    あるいはもっと古い時代なら、織田信長が天下人となって織田幕府を開いた・・などという世界もあったかもしれないし、米国のワシントンが英国との独立戦争に敗れて、米国が誕生しなかった世界があるのかもしれない。
    つまり我々が住む世界とは歴史が異なる世界が無限にあって、その中では、自分自身も無限のパターンが存在しているのではないかといいます。

    これに対し、神々の世界が「光の世界」だという仮説もあります。
    光の世界では、時間軸は我々が過ごす時間とはかなり様子が違うのだそうです。
    どういうことかというと、時間は光速に近づくほど、進み方がゆっくりになります(特殊相対性理論)。
    そして光速に至ると、時間が静止するといいます。
    つまり光の世界では、時間が静止しているのです。
    ということは、神々の世界の時間軸は、我々が住む世界とは、かなり様子が異なるということになります。

    天照大御神をはじめとした様々な神々が、いつ生まれたのかわからないほど大昔の神様でありながら、記紀が書かれた時代にもご存在され、現在もご存在されていて、遠い未来にもご存在されておいでになられます。
    ということは、神々には時間軸が存在しない、あるいは時間軸を超越されているということになります。
    つまり時間軸の定義が、我々の世界とは異なります。

    図で考えてみます。

    図1
    20191223 次元論


    図1は時間軸が一直線に進んでいる図です。
    これが我々が知覚できる時間軸です。
    時間は図のように過去から未来に向けて一直線に進んでいるようにしか見えません。

    ちなみに西洋では、時間軸は過去から未来に向けて一直線に進むとされますが、我が国古来の考え方は、時間軸は未来からやってきて、現在を通り、過去へと向かいます。
    ですから未来は「未だ来たらず」と書き、過去は「過ぎ去る」と書きます。

    そうすると、時間軸というのは、直線上にあっても、その向きはわからないということになります。
    右からも左からも、どちらともある、と考えられるわけです。

    直線は一次元です。
    一次元があるなら、二次元もあります。
    二次元はx軸とy軸からなる平面です。
    その平面を仮に「時間の平野」と名付けます。
    平面であれば、我々には直線としてしか知覚できない時間軸も、実際には時間の平野の中を行きつ戻りつ蛇行しているとも考えられます。

    図2のオレンジ色の部分が、時間の平野です。
    その平野の中では、時間(つまり線)は、自由に平面上を移動することができます。
    これはちょうど、A4の用紙の上に、人が自在に線を引くことができるのと同じです。

    図2
    20191223 次元論2


    ある女性は、車を運転中に、トラックと衝突し、車のボンネットが潰れ、フロントガラスが割れてエアバックが広がり、自分が死ぬ瞬間を経験したのだそうです。
    ところがその直後、「戻りなさい!」という声が聞こえたかと思ったら、前からトラックが来るのが見えた。
    それで車を左に寄せて衝突を免れて、いまでもちゃんと生きておいでになられます。
    けれどその事故で死ぬときの記憶を、なぜか鮮明にとどめておいでになります。

    またある男性は、峠道でバイクを飛ばしている最中に、カーブを曲がりきれずにガードレールに衝突し、そのまま谷底に転落して記憶を失いました。
    ところが、気がつくと、その事故現場でバイクを停めて、立っている自分がいたといいます。

    自分でも、ある日のこと、友人と武蔵野線の外回りに乗って帰宅しようとしたところ、気がついたらなぜか内回りに乗っていて、まったく別な方向に向かっていたことがありました。
    間違いなく外回りに乗ったことは、同乗した友人も同じ意見でした。

    要するに、たとえば日本には1億2千万人の人がいますけれど、実はその1億2千万人の人は、時間の平面上で、実はそれぞれに時間軸を行ったり来たりしているのかもしれません。
    我々は縦横高さの三次元の世界に住んでいて、「いま」しか見えません。
    5分前のことは、記憶の中だけにあることですし、5分後にどうなっているかもわかりません。
    つまり我々が住んでいる世界は、あくまで三次元であって、その三次元世界が時間軸をx軸方向に進んでいるわけです。

    このため誰が見ても、時間はひとつの方向に直線的にしか流れていないようにしか知覚されません。
    けれど、実はそれぞれの人の時間は、時間の平野上で1億2線万本の時間軸が、それぞれ行きつ戻りつしているわけです。
    このことを、図1の直線だけで語ろうとすれば、パラレルワールドや、マルチバースのような仮説を持ち込まなければ説明できなくなります。
    けれど時間を平面で捉えると、この問題は解決します。

    さて、近年、マンデラエフェクト(Mandela Effect)という言葉がだいぶ言われるようになりました。
    マンデラ効果とも言います。
    これは、不特定多数の人の中で事実と異なる記憶を共有している現象のことを指していう言葉です。

    たとえば昔、音楽室にあったベートーヴェンの肖像画は、我々の記憶では、むつかしい顔をして、手に羽ペンを持っていました。
    楽譜を書くときは、昔は戦端を斜めにカットした羽ペンを使用したから、音符は、縦の線が細く、横の線が太く描かれるのです。
    ところが最近では、どこをどう探しても、ベートーヴェンのそのような肖像画は出てきません。
    なぜかベートーヴェンはイケメンになっているし、手に持っているのは鉛筆です。

    20240421 ベートーヴェン


    他にもお調べ頂いたらわかりますが、スフィンクスの両手は、昔は短かったはずなのに、いまでは両腕がものすごく長いものになっています。
    あるいは世界地図では、昔はオーストラリア大陸の南側は、ほぼ南極に接するほどであったはずなのに、いまの世界地図を見ると、オーストラリア大陸は小さくなり、赤道側にすごく移動しています。

    またあるいは、宮崎アニメの『千と千尋の神隠し』。
    ラストシーンは下の絵のものであったように記憶しているのですが、何人かに一人の割合で、ラストシーンはこのあとに、千尋たちの家族が引越し先の家に着いたら、そこには引っ越し屋さんのトラックが先についていて、おかあさんが「すみませ〜ん」と声をかけ、千尋が振り返ると、そこにコハク川が流れていた・・・というものなのだそうです。

    20240421 千と千尋


    これらは、過去に異なる時間軸にいた人々が、いま現時点において、同じ時間軸に存在していることを意味します。
    上に示した時間の平野に、さらに縦軸を加えたもので、これを「ミンコフスキー時空」とか「ミンコフスキー空間」と呼びます。

    ミンコフスキー時空
    20240421 ミンコフスキー時空


    この図の濃い青のところが、先程のべた時間の平野にあたります。
    つまり、異なるタイムラインにいた人たちが、いまこの瞬間の点(ポイント)を共有しているわけです。
    このポイントが、いわゆる「中今(なかいま)」です。
    そしてその中今の選択によって、どのような未来がやってくるかが決まります。

    ミンコフスキー時空の図で明らかなように、過去も未来も極めて多様です。
    過去は、それぞれの人にとって確定していますが、かならずしもひとつではありません。
    図の下にある円錐が示すように、その中には無限の過去が存在するわけです。

    またこれからやってくる未来もまた、確定しているわけではありません。
    中今の選択によって、人によってまったく異なる未来になると考えられるわけです。

    2025年に世界が失くなるという人たちがいます。
    それはその人達にとっては、ほんとうにそうなる未来がやってくるのでしょう。
    たとえば2025年7月に巨大隕石が地球に衝突し、その威力によって100メートル級の巨大津波が発生し、地球上の主要都市は、ほぼすべて破壊される、といった予測もあります。
    おそらくその人たちにとっては、それが現実なのであろうと思います。

    けれど、そうでない未来もあるわけです。
    様々な問題から、地球がリセットされることは、間違いないと思われます。
    金融リセット、通貨リセット、文明リセット、政治リセット、人口リセット、食料リセット等々です。
    けれど、そのリセットのされ方は、人によって違うのであろうと思います。

    つまり崩壊を望む者には崩壊が与えられ、発展を望む者には発展が与えられる。
    筆者の持つ未来のタイムラインは、世界の人々がシラスという日本古来の知恵に気付き、世界が新しい方向に向かって進んでいく未来です。

    どのようなリセットが行われるにせよ、そこに新しい方向性が与えられなければ、人類は再び収奪戦、支配戦に進むほかなくなります。
    困難な状況に置かれたときに、自分さえ良ければという行動ができる者しか生き残ることができないからです。
    けれど、むしろその困難な状況にあるときにこそ、それを乗り越える知恵も、ひとりひとりが尊重される社会の構築も行うことができるのもまた、人類の叡智です。

    その意味で、私たちはいま、人類存続のための叡智を発揮するときなのではないかと思います。
    それをするとき、私たち人類には、最高の「みろくの世」がもたらされるのではないでしょうか。


    日本をかっこよく!
    お読みいただき、ありがとうございました。


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  • 特高警察は悪の組織だったのか?


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    ほんとうに国民のためを思うのならば、いたずらに不平不満を言ったり、他所の国やよその国の思想をありがたがったりするのではなく、その「よくない」と思う日本を、いかにして住み良い国にしていくかが大事です。そのために世界中の様々な習俗や思想を学ぶのだし、それらをいかに日本の国風に調和させていくかということを、まじめに考え実行するところに、本来のいまを生きている大人たちの役割があるのです。


    20210417 特高必携
    画像出所=https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=294264516
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    ある書の序文をご紹介します。
    ちょっとお堅い文章ですが、短いので、是非ご一読なさってみてください。

    ======
    国家の進運は
    畢竟(ひっきょう)
    その国家本然(ほんねん)の
    独創的改革によって
    はじめて成就(じょうじゅ)し得(う)るものであって、
    決して模倣(もほう)によって
    招来(しょうらい)し得るものでない。

    日本には本来、
    建国の昔から貴き伝統があり、
    有難き国風がある。

    ロシアの真似も、
    英国の真似も、
    アメリカの真似も、

    すべてそれらは、
    この国風を長養(ちょうよう)する意味において摂取(せっしゅ)する場合においてのみ意義を発揮し得るのであって、
    単に模倣のための模倣は
    決して日本のためにならぬのである。

    その昔
    儒教仏教もこれが国風化したときに、
    はじめてそれは日本国家のものとなり得た事実に鑑(かんが)み、
    欧米舶来の新思想もまた、
    これを国風化して
    日本開展の一資料たらしむる覚悟が
    なければならぬのである。

    ======

    この文は、かつて特高(とっこう)と呼ばれた、特別高等警察官の職務手帳「特高必携」の冒頭序文にあるものです。(冒頭の写真)
    正式名称は、特別高等警察(とくべつこうとうけいさつ)といって、一般の警察機構が都道府県単位に独立した警察組織になっているのに対し、特高は内務省の直接指揮下にあり、全国規模で思想の取締を行いました。

    特高警察がおかれたのは、大正12(1923)年です。
    なぜそういう機関がおかれたのかは、時代を考えると答えはすぐに見つかります。
    その前年の大正11(1922)年に、日本共産党が結成されたのです。

    大正6(1917)年にはじまる共産主義のロシア革命では、ニコライ二世など、ロマノフ王朝の王族がことごとく虐殺されました。
    大正9(1920)年には、ロシアのニコライエフスクで尼港事件が起きて、ソ連の共産主義者たちによって約700人の日本人居留民が、みるもおぞましい姿で全員虐殺されるというたいへんショッキングな事件も起こりました。

    大正11(1922)年になると、ソ連が世界の共産化を目指してコミンテルン組織をつくり、世界から君主を廃絶することを目標として掲げています。
    これは我が国でいえば、天皇の廃絶です。
    しかもそのためには、どれだけの人の命を奪っても、それは革命のためだからということで正当化されるというのです。
    むしろこのような偏向した殺人思想を持つ者や団体は、取り締まらない方が、国としてどうかしています。

    ですから世界中で、共産主義者に対する逮捕や投獄がさかんに行なわれるようになりました。
    日本でも、日本共産党という極左暴力集団が結成されたのです。
    これを取り締まるための機関が日本にできたのは当然です。

    大正14(1925)年には、先般お話した「治安維持法」が制定され、特高警察の取締に法的根拠が明示されました。
    さらに昭和初期には、日本国内の戦時挙国一致体制保持のために、これを否定する反戦運動家や、似非宗教などの反政府的団体も、取締の対象となりました。

    戦後、特高によって逮捕投獄された人たちが、GHQの解放によって、牢獄からゾロゾロと出てきました。
    彼らが口を揃えて言ったのは、
    「自分は、国家権力によるいかなる弾圧にもめげずに、信念を貫き通した」というものでした。

    そうであれば、彼らがヒーローとなるためには、特高による取り調べは、厳しいものであればあるほど、彼らにとって都合がよくなります。
    ですから特高の取り調べは、脚色され、増幅されて、まさに特高警察による尋問は、暴力そのものによる極めて厳しいものであるかのように宣伝されました。

    特高警察の取り調べは、ほんとうにそのように苛酷なものだったのでしょうか。

    昭和7(1932)年に出された「特高必携」という本があります。
    特高警察官の心得や、各種反社会的団体について、その概要を記した本なのですが、その本の序文には、冒頭でご紹介した文に続けて、次のように書かれています。

    =======
    特高警察官は、
    彼等に対してよき薫陶を与え、
    よき反省のための伴侶であり、
    師であり、
    友であることによって、
    職務の実を挙げ得るよう心掛くべきである。
    それは独りその人々の幸福たるのみならず、
    国家のための至福たるべきものである。
    =======

    もし本当に、特高警察が、殺人鬼集団のようなものであったのなら、特高に逮捕された人たちは、そもそも出所できていません。
    中共やソ連によって、政治犯として逮捕された人たちは、誰も出て来れません。
    なぜなら、裁判もなく、皆殺しにされているからです。

    そういう平気で皆殺しをするような思想を持つ者を、特高の警察官は逮捕したのです。
    そこで何が行われたかといえば、捜査官たちが、逮捕した政治犯たちと真面目に向き合い、彼らの話も一生懸命に聞きながら、彼らに対して、その心得違いを諭し、ときに涙を流しながら、彼らに日本の国風にあった改革を考えるよう、懸命に説得を重ねていたのです。

    もちろん殴ることもありました。
    それがいいこと、わるいことという議論はさておいて、我が国の特高では、取調中の死亡者は、小林多喜二1名しか、実例がありません。
    その小林多喜二にしても、暴力がもとで死んだわけではない。
    病気になり、特高で懸命の治療をしたけれど、結果、死んだというのが、実際のところです。

    考えてみてください。
    これが諸外国の政治犯収容所なら、数千、数万人規模で死者が出ています。
    特高警察官が、どれだけ「やさしかったか」ということは、
    戦後に逮捕された政治犯たちが、全員、五体満足、健康そのもので出所してきた事実が明確に示しています。

    戦後、GHQによって特高警察は解散させられました。
    そしてその一方で、元政治犯たちによって、特高は恐怖の国家権力集団としての印象操作がなされました。
    かつて、その特高警察官として、涙を流して説得にあたっていたまじめで正義感の強い警察官たちの思いは、いかばかりだったことでしょう。

    さて、ここで、共産主義がはびこる土壌について、すこし触れておきたいと思います。
    かつて世界を共産主義にしようと目論見、結果として崩壊した旧ソ連には、もともとロシア正教があり、そのロシア正教には、有名な「ユートピア思想」があります。

    ユートピアというのは、ロシア正教が太古の昔に「あった」とする貧富の差のない理想郷です。
    人類は社会の発展にともなって貧富の差や格差を産んだけれど、未来には人類発展の理想型として神によってユートピアが人々に与えられるとしています。

    これは日本でいうなら、さしずめ極楽浄土です。
    ただし、極楽浄土が死後の世界であるのに対し、ユートピアは人類の未来社会であるという点が異なります。

    ところが、もともとが宗教的理想郷ですから、そのユートピアなる社会が、どのような刑事、民事、商事等に関する社会構造があるのかといった具体像はありません。
    極楽浄土の社会構造や、立法、司法、行政の仕組みに具体的解説がないのと同じです。
    あろうがなかろうが「ある」と信じるのが信仰です。

    これだけなら共産主義はただの宗教的理想論に終わったはずですが、現実の貧富の差のある中で、このユートピア思想に当時流行したダーウインの進化論が加わりました。
    進化論では、すべての生物は進化するものであり、進化に乗り遅れたものは淘汰されると説かれますから、両者がくっつくことで、「ユートピアにむかうことが人類の進化型」だとされたわけです。
    そしてこれを阻害する者は、たとえ相手が君主や貴族や雇い主、はたまた同じ共産主義者であっても、淘汰されるべき存在であり、殺戮しなければならない、としたわけです。

    この思想が、誰にとって都合が良いかと言えば、強盗や殺人鬼、権力主義者たちです。
    なにしろ強盗傷害殺人が、進歩の名のもとに正当化されるのです。
    おかげで共産主義によって殺害された人の数は、共産主義誕生以来おそらく10億人を下らない。

    ふりかえってみれば、実にとんでもない話なのだけれど、当時のロシアの人々は、共産主義のユートピア思想にコロっと騙されてしまいました。
    もともと、それを希求する歴史、文化がロシア内部にあったからです。

    ただし、そうした土壌があってもなお、ロシアの共産主義者たちが、ロシア国内でに共産主義国を実現するためには、人類史上も、ロシア史上もかつて類例のないほどの、異常な殺人を重ねなければならなかったのです。

    このことは、現在進行系で共産主義政権となっているチャイナも似ています。
    チャイナには、伝説の時代とされる「三皇五帝(さんこうごてい)」の時代があります。

    三皇は、伏羲・神農・女媧という神です。
     伏羲(ふくぎ)=伝説の帝王で文字を定め、八卦を整え、道具類を発明し、婚姻の制度を定めた帝
     神農(しんのう)=農具をつくり農耕を人々に教えた帝
     女媧(じょか)=伏羲の妻で、泥をこねて人類を創造した女神

    五帝は聖人で、黄帝・顓頊・嚳・堯・舜という皇帝です。
     黄帝(こうてい)=中国を統治した五帝の最初の帝
     顓頊(せんぎょく)=黄帝の孫で人、天へ通ずる道を閉ざさせ、神と人との別を設けさせた帝。
     嚳(こく)=黄帝の曾孫で生まれながらに言葉を話すことができた。
     堯(ぎょう)=嚳の子で、仁は天のごとく、知は神のごとくと讃えられた帝。当時は太陽が10個あり、弓の名手の羿(げい)に命じて九個の太陽を打ち落とさせた。この時太陽の中にいたのが三本足の烏(八咫烏)とされる。
     舜(しゅん)=顓頊の7代子孫で、禹を採用して洪水を治めた。

    この三皇五帝の時代が、チャイニーズたちにとっての理想世界で、扶桑国や蓬莱山に匹敵するチャイナにおける最高の理想社会とされてきました。
    もっとも八世紀に書かれた『契丹古伝』によると、この三皇五帝は「いずれも倭種なり」ということで、日本人だったと書かれていますが・・。

    ともあれ、チャイナでは伝説の時代に、人が人を殺すことのない、理想社会が営まれたとする記録があるわけで、これがチャイナの多くの文化人を共産主義に傾斜させた一因とすれば、チャイナの共産化は、旧ソ連のユートピアと、かなり似ていたということができます。

    ちなみに、おかしなものに凝る人というのは一定割合で必ずあるもので、文化的背景にユートピア思想や三皇五帝などと似た伝説を持たない西欧諸国や、日本にも共産主義者がいるのは、これが理由です。
    比率からすると、それはだいたい2.5%くらいと言われます。
    ひとクラス40人なら、だいたいクラスにひとりくらいは、おかしな思想に染まった奴がいたご記憶は、多くの方がお持ちのことと思います。

    上の文では、「欧米舶来の新思想もまた、これを国風化して日本開展の一資料たらしむる覚悟がなければなない」としています。
    自由主義、民主主義、資本主義、共産主義等々、それらもまた、我が国の歴史、伝統、文化に即して、良い部分は取り入れ、良くないところは切り捨てる、そういう国風化していく努力が必要なのです。
    なんでもかんでも舶来モノをありがたがるのではなく、日本の国情にかんがみて、学び、活かすという努力が大事だということです。

    すこし脱線するかもしれませんが、英国生まれの高級スコッチのジョニ黒は、昭和40年代、つまり、サラリーマンの初任給が1〜2万円だった時代に、国内での販売価格は1万円しました。
    いまで言ったら、一本20万円くらいの感覚になるのでしょうか。
    まさに高級酒だったわけです。

    けれど当時のジョニ黒は、英国から船に載り、アフリカ南端の喜望峰をまわって、はるばるインド洋を経由して日本に輸入されていました。
    まだ船内の冷蔵設備など十分でなかった時代です。
    ですから赤道直下を通過するときなどは、船内でウイスキーが沸騰してしまい、日本に着く頃にはもともと英国で売られているときとは全然別な味に変わってしまっていました。

    けれど、それを当時のお金持ちさんたちの間では、庶民に手が届かない高級酒として贈答用に使われていたわけです。
    いまでは冷蔵して輸入されますから、英国で売られているジョニ黒も、日本で売られているそれも、味は同じです。そして当時もいまも、値段は同じで14000円くらいです。

    ただいえることは、沸騰ジョニ黒だった時代、高給スコッチは、贈答用にかなりの数が売れました。
    なにせ、味より「値段が高い」ということが重要だったのです。

    かつては北朝鮮が人類の理想国家として、北朝鮮への移民が奨励された時代もありました。
    日本は世界最悪のひどい国であり、北朝鮮には、人類が理想とすべき素晴らしい楽園が建設されているから、こんな日本は捨てて、北朝鮮に移り住もうというわけです。
    けれど、現実の北朝鮮がどういうものであったか、いまでは誰でも知っています。
    ただ、このとき、移民を斡旋した連中は、大儲けしています。

    要するに、思想であれ品物であれ、なんでもかんでも舶来品をありがたがるのは、なんらかの下心や邪心のもたらす悪徳商法や、利権集団の悪事の宣伝によるダマシでしかないのです。

    ほんとうに我が国民のためを思うのならば、北朝鮮を理想郷としてそこに単に逃げ出すのではなく、その「よくない」と思う日本を、いかにして住み良い国にしていくか、そのために世界中の様々な習俗や思想を学び、それをいかにして日本の国風に調和させていくか、そういうことをまじめに考え実行することが大事です。

    そして、そうするためには、まずは日本という国の持つ歴史、文化、伝統、国風をしっかりと学び、その上で、海外の文物を学び、取捨選択して日本にそれを根付かせる。
    それにはもちろん、膨大な時間がかかるし、損な役回りだし、途中で何度も失敗もあるかもしれない。
    けれど、本当にそれがいいものだと思うならば、なんどでもあきらめずに、謙虚に学び行動していく、その覚悟が大事だと、冒頭の文章は書いているわけです。

    これからの日本人は、より良い、ほんとうに日本人が日本人として、豊かに生きれる社会について、自分たちの頭で考えるべきです。

    夏目漱石の『草枕』です。
    「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
     智(ち)に働けば角かどが立つ。
     情(じょう)に棹(さお)させば流される。
     意地を通とおせば窮屈(きゅうくつ)だ。
     とかくに人の世は住みにくい。

     住みにくさが高(こう)じると、
     安い所へ引き越したくなる。
     どこへ越しても住みにくいと悟(さ)とった時、
     詩が生れて、画(え)が出来る。

     人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
     やはり向う三軒両隣(りょうどなり)にちらちらするただの人である。
     ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、
     越す国はあるまい。
     あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
     人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

     越す事のならぬ世が住みにくければ、
     住みにくい所をどれほどか、
     寛容(くつろげて)、
     束(つか)の間(ま)の命を、
     束の間でも住みよくせねばならぬ」


    ※この記事は2013年4月のねずブロ記事のリニューアルです。
    日本をかっこよく!
    お読みいただき、ありがとうございました。


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    肥料を絶たれるということは、そのまま自国の安全が脅かされることになります。食べ物が失くなるからです。国防のために、ミサイルを装備することは大切です。けれど、ミサイルを撃つ前に、食料の輸出を外交カードに用いられたら(いや、現に用いられていますが)、日本は、相手国のいいなりになるしかなくなるのです。
    日本の農業と安全を守れ!!
    このことは、いま我が国における喫緊の課題です。


    満洲に於ける農作大豆播きの実況(絵葉書)
    20240419 満洲に於ける農作大豆播きの実況
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    さて、3年ほど前から大阪と東京を行ったり来たりの生活になり、幸い大阪では「ゆにわ」のみなさんが調達するオーガニック食材を使った食事をいただくようになりました。
    最近では、コーヒーもオーガニックに変えたのですが、不思議なことに東京に戻り一週間から十日仕事をして大阪に戻ると、全身にひどいじん麻疹が出るようになりました。
    おかげさまでじん麻疹が出たのが首から下だけなので講演等には支障が出なかったのですが、その代わり胸から背中、大腿部にかけてものすごいじん麻疹が。

    あまりにもひどい状態だったので医者で診てもらったところ、じん麻疹というのは、体が体内の毒素を出そうとして出る症状だとのこと。
    普段良いもの(というか農薬まみれではない、昔ながらの普通の食材)を食べるようになることで体が浄化され、逆にこれまで通りの(体に良くない)食べ物を食べると、体がそれを「毒」と判定するようになることで、じん麻疹となるのだそうです。

    東京では、毎日講演か動画の収録で外出になるため、二食(朝食と晩食、昼は抜いています)ともほぼ毎日外食で、とりわけ仕事のあとは披露で麺しか受け付けなくなることから、ほぼ毎日ラーメン(笑)で、もしかするとこれが悪かったのかもと、そのときは思っていました。

    ところが先日、東京に戻ったときは、それまでと同じようにラーメンを食べていたのに、ほとんどじん麻疹が出ない。
    何が違うのかと思ったら、ガ◯トでの外食をしていませんでした。
    ガ◯トなどの、いわゆる大手外食チェーンの食事に出てくる食材は、大量一括調達のため、ほぼほぼ外国産。
    しかもキャベツなどは、刻んでから何日も経過しても型くずれしないという、かなり特殊なお野菜です。
    普段は、味のきついドレッシングをかけて食べるので気付かないのですが、何もかけずにいただくと、なんとキャベツが苦い。砂のような味がします。
    どうやらじん麻疹の原因は、(あくまで個人的にですが)そうした外食チェーンのお野菜であったようでした。

    お野菜は、現状、80%が国内生産だと言われています。
    けれど、種子の90%は海外に依存しています。
    さらに、肥料も、輸入肥料に依存しています。
    化学肥料原料のリン、カリウムは100%輸入に頼っていますし、尿素も96%が輸入に依存しています。
    種子と肥料の輸入が停まると、お野菜の自給率は4%にまで下がるのだそうです。
    つまり、国内生産が壊滅するするのでs.

    ちなみに鶏卵の国産率は97%といわれていますが、これも輸入エサが止まれば自給率は12%となり、ヒナが止まれば今でも自給率はほぼ0%です。

    このことについて歴史にすさまじいケースがあります。
    かつて地上に存在した満洲国は、その主な産物が大豆でした。
    もともと満洲地方は、不毛の大地だったのですが、そこで細々ながらも大豆の生産が行われていることを発見した、当時三井物産の上海支店長だった山本条太郎(やまもとじょうたろう)が、その大豆の栽培を満洲で大々的に始めたのです。

    山本条太郎は、わざわざヨーロッパでも、大豆の加工の仕方や料理の指導まで行い、欧州全土に大豆の売り込みをかけました。
    こうして、ほんの数トンあるかないかだった満洲の大豆は、山本条太郎が名付けた「満洲大豆(まんしゅうだいず)」の商品名とともに広く栽培されるようになり、条太郎が満鉄総裁に就任した昭和二年には、満洲の大豆生産高は、じつに年間500万トンに達するものとなっていたのです。
    しかも、このうち400万トンが輸出用。内訳は欧米向けが200万トン、日本向けが200万トンでした。

    大豆は、味噌、醤油、豆腐など、日本人の食卓には欠かせない食物です。
    ところが当時の日本の大豆の自給率は20%。
    日本は、台所の大豆の8割を、満洲大豆に頼るようになったのです。

    一方で満洲は、世界最大の大豆生産国となりました。
    とにかく、荒れ地を開墾して大豆を作れば、作っただけ売れる、儲かる。
    こうして満洲の大地は、大豆の大地となり、耕地面積が広がるとともに、収穫した大豆の運搬のための鉄道網が満洲中に、網の目のように広がるという状況になったのです。

    ところが先の大戦前のABCD包囲網によって、日本への様々な物資の輸出が制限されるようになりました。
    その代表的なものが石油で、石油がないから日本は戦争を始めるほかなくなったということは、皆様御存知のとおりです。
    ところがこの禁輸物資の中に、満洲へのリンの輸出制限も入っていたのです。

    満洲の土壌(どじょう)は、もともと酸性土です。
    大豆の栽培には、土壌がアルカリ性である必要がありました。
    酸性の大地をアルカリに改良するためには、大量のリンが必要でした。
    そのリンを、当時の満洲は米国から輸入していました。
    米国はこれを一方的に打ち切ったのです。

    大豆は満洲経済の根幹です。
    その大豆は、リンがなければ大豆が育ちません。
    リンがなければ、満洲は社会経済の基盤を失うのです。
    同時にこのことは日本人の食卓にも重大な影響を与えます。
    日本人は大豆を味噌汁や醤油、豆腐などで、主食並みに消費するからです。
    陸海軍の糧食も同じです。
    満洲大豆で腹をうるおしていた日本人にとっても、米国の満洲へのリン輸出の規制は、まさに一大事であったのです。

    「石油が欲しくて戦争を始めたのに、
     どうしてハワイを攻撃に行く必要があったのか」
    という人がいます。
    けれど、ハワイを攻撃して、米国に一撃を与え、その後の交渉でリンの輸出を解禁してもらおうとした、当時の政治情勢もあったことを、私たちは見落としてはなりません。

    3年半の大東亜の戦いのあと、その後の満洲大豆がどうなったのかというと、壊滅しました。
    満洲国も崩壊してなくなりました。
    大豆の生産も、3年半、肥料のリンがないために停滞し、壊滅しました。
    つまり、たった3年半、肥料のリンの輸入が停まっただけで、満洲の農業が壊滅したのです。
    戦争が終わって、今年で79年経ちますが、いまだに満洲大豆は復活していません。

    御存知の通り、日本は大豆消費大国です。
    そしてリンの生産は、日本でも出来ます。
    もし戦前の日本が、満洲大豆の生産の安全保障のために、満洲へのリンを日本で生産していたら、満洲大豆は壊滅することはなかったし、いまもなお、満洲は大豆の一大産地のままでいれたかもしれないのです。

    満洲から邦人が引き上げるとき、現地の人たちから凄まじい収奪を受けたことは、良く知られたことです。
    なるほど、現地の人たちに、そのような非道を行う習性があることは事実かもしれません。
    けれど、彼らだって、自分たちの食べ物がちゃんと安定的に確保され、収入の道があったなら、意図して非道などしなかったかもしれないのです。

    農業を考えるとき、肥料を輸入に頼るのか、自国で確保するのかは、極めて重要な問題です。
    食料自給というのは、ただ農作物を国内で作っているというだけでなく、そのための種や肥料をも、国内持久できるようにしておかなければ、それは自給とはいえません。

    そして、その肥料を絶たれるということは、そのまま自国の安全が脅かされることになります。
    食べ物が失くなるからです。
    国防のために、ミサイルを装備することは大切です。
    けれど、ミサイルを撃つ前に、食料の輸出を外交カードに用いられたら(いや、現に用いられていますが)、日本は、相手国のいいなりになるしかなくなるのです。

    日本の農業と安全を守れ!!

    このことは、いま我が国における喫緊の課題です。


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  • あかねさす紫草野行き標野行き


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    茜草の根から採れる染料で布を茜色に染めるように野放図な世をまっすぐな美しいものに染めていこうとされている大君の采配を、これまでバラバラでいて中央の政令を見ようとしなかった地方豪族たちも必ず受け入れていくことでしょう。


    20200416 森田春代
    画像出所=https://meisuta.jp/2017/07/24/%E6%98%A5%E4%BB%A3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88-%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89-%E3%83%90%E3%83%A9%E5%A3%B2%E3%82%8A-%E5%85%A8%EF%BC%91%EF%BC%95%E7%A8%AE-11/
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    「紫野」といえば、ご存知、額田王(ぬかたのおほきみ)の次の歌です。

     あかねさす紫野行き標野行き
     野守は見ずや君の袖振る


    この歌は万葉集巻1ー20にある歌で、原文はすべて漢字です。
    次のように書かれています。

    あかねさす   茜草指
    むらさきのいき 武良前野逝
    しめのいき   標野行
    のもりはみずや 野守者不見哉
    きみのそでふる 君之袖布流

    有名な、額田王の歌です。
    5句目のところは、一般には「君が袖振る」と訳されているのですが、原文を見れば「君之袖布流」ですから、ここは明らかに「君の袖振る」です。

    それがどうして「君が」となっているのかというと、この歌は、天智天皇と、弟の大海人皇子(後の天武天皇)、そして額田王との三角関係だからだ、というわけです。
    額田王は、大海人皇子と結婚して一女を産んでいます。
    つまり幸せな結婚をして、娘までもうけているのに、夫の兄(天智天皇)の妻となっている。
    ところが蒲生野での狩猟会のときに、遠くから元彼の大海人皇子がこっち向いて手を振っている。
    だから、「いやん、野守が見てるじゃないの」というシチューションを、夫が天皇なのに公然と歌にして詠んだ、というのが、通説です。

    そしてこの歌(他にもいくつかの歌があります)が元になって、兄弟である天智天皇と天武天皇(大海人皇子)と、美人の額田王が三角関係にあったのだ、という(悪いけど)妄想が、学会の定説のようになっています。
    学校でも先生が、得意げに、この三角関係説を生徒に紹介し、
    「日本の古代は性がおおらかだったのだ」などと、もっともらしく解説をしていたりもされています。

    しかし、5句目のところは、原文を見れば明らかに「君の袖振る」です。
    そしてこの時代、「君」といえば天皇を指します。
    つまり袖を振っているのは、元彼の大海人皇子ではなく、天智天皇であるとも見て取ることができます。
    そして、天皇であれば「君の袖振る」は、天皇としての采配を意味すると考えられます。

    この歌は、668年5月5日に開催された蒲生野での狩猟会の席で詠まれた歌です。
    この年、1月に皇太子であった中大兄皇子が天皇に即位して天智天皇となりました。
    そして2月に弟の大海人皇子を皇太弟としています。

    我が国が百済救援軍を起こしたのが661年。
    この戦いが白村江の大量虐殺によって収束したのが663年です。
    白村江の戦いでは、日本側の4万2千の大軍のうち、なんと兵1万人、馬1千頭、軍船400が破壊されるというたいへんな被害を受け、日本はこの戦いのあと、朝鮮半島から完全撤退しています。

    このときの兵の損害が、大和朝廷の国内の権威にたいへんな影響を及ぼしたことは想像に難くありません。
    それまでの日本は、地方豪族たちのゆるやかな結合体です。
    その頂点にあるのが大和朝廷であったわけですが、その大和朝廷が指揮した朝鮮半島での戦いで、地方豪族たちが供出した兵たちが外地で大量死したわけです。
    当然、地方の豪族たちの中には、大和朝廷から離反する動きさえも出てくる。
    けれど、当時の日本は、朝鮮半島の後ろにある唐という軍事超大国の侵略への備えのために、どうしても国内をひとつの朝廷のもとに統一していかなければならない状況にあります。
    つまり、白村江後の戦後処理が、どれだけたいへんなことであったのか、ということです。

    その白村江の戦いから5年、皇太子であった中大兄皇子が中心となって、その戦後処理と唐への備えなど、猛烈に大変だった期間を経て、ようやく国内が一段落し、ついに中大兄皇子が天皇に即位して、なにもかもが一段落したことで、そのねぎらいの意味も込めて開催されたのが、蒲生野での狩猟会だったわけです。

    狩猟会は、鹿狩りです。
    そしてその鹿狩りが一段落したところで、館か陣幕かわかりませんが、みんなで宴をもよおすことになった。
    その宴会の席で披露されたのが、額田王の、この「あかねさす」の歌であったわけです。

    天皇に即位し、国内も一段落し、弟の大海人皇子も正式に皇太弟として指名されている。
    そんなときに、果たして天智天皇の妻である額田王が、自分の元彼である大海人皇子が、
    「あたしに手を振っているわ、もう、バカね♡」
    なんていう歌を、おおやけの席で披露などするでしょうか。
    しかもそのような歌が、我が国初の勅撰歌集である万葉集に掲載されるでしょうか。

    物事をもっと常識で考えていただきたいのです。

    この歌は、タイトルに【天智天皇ご主催の蒲生野での遊猟のときに額田王が作った歌】と書かれています。
    しかもこの歌は、恋愛歌を意味する「相聞歌」ではなく、それ以外の「雑歌」に分類されています。
    つまり、この歌は、恋愛の歌ではない、ということです。

    そして歌をよく見ると、
    まず歌い出しが「あかねさす(茜草指)」です。
    茜の開花時期は8〜9月で、この遊猟会はいまでいう6月ですから、ここでいう茜(あかね)は、茜の花のことではないとわかります。
    茜草というのは、その名前の通り、根が赤い事から「赤根(あかね)」と名付けられた草です。
    我が国では最も古くから使われた赤系の染料のひとつとされ、日の丸の赤も、この茜の根から作られる染料で染められています。
    つまり「茜草指」は、「茜草で染めるように指し示す」という意味になります。

    続く「むらさきのいき(武良前野逝)、しめのいき(標野行)」は、同じ「いき(いく)」に、「逝」と「行」という漢字が使い分けて用いられています。
    「逝」はバラバラになること、
    「行」は、進むことです。
    つまり、茜色に染めたのは、バラバラになった何かで、それをもとに戻すための道標に向けて何かが進んだわけです。

    バラバラになったことは、「むらさきの(武良前野)」でも示されています。
    「紫の野」と言いたいのなら、ここは原文でも「紫野」と書けば良いところです。
    ところが、意図して「武良前野(むらさきの)」と書いているわけです。

    「武」とは「たける」で歪んだものをまっすぐにすることです。
    「良」は良いことです。
    「野」は、白村江事件で被害を受けた地方豪族と考えれば、息子を失った地方豪族たちと国(朝廷)の絆(きずな)が途切れてしまっていたこととわかります。
    その紐帯(ちゅうたい)を取り戻すための戦いが、この5年間の朝廷の戦いであったわけです。
    天皇は、まさにその紐帯を取り戻された。
    人々に明確な道標を与えられた、ということを述べているということがわかります。

    そうであれば、「のもりはみずや(野守者不見哉)」の「野守」は、地方豪族のこととわかります。
    「みずや(不見哉)」の「哉」は言葉を断ち切るときに用いる字で、見ないことを断ち切ることから、「見るでしょう」という意味になります。

    そして「きみのそでふる(君之袖布流)」は、君が天皇ですから、天智天皇の采配です。

    すると再解釈した歌の意味は次のようになります。

    【天智天皇ご主催の蒲生野での遊猟のときに額田王が作った歌】
     あかねさす紫草野逝き標野行き
     野守は見ずや君袖振る
    茜草の根から採れる染料で布を茜色に染めるように野放図な世をまっすぐな美しいものに染めていこうとされている大君の采配を、これまでバラバラでいて中央の政令を見ようとしなかった地方豪族たちも必ず受け入れていくことでしょう。


    歌は一見すると、実に女性らしい艶のある歌です。
    けれど、その意味は、この時代に、苦労を重ねて国をひとつにまとめようとして来られた朝廷の人々なら、誰もが、「そうだよね」とわかる内容になっています。

    他の者がこのような歌を詠めば、それは天皇へのただのゴマすりになってしまうかもしれません。
    けれど 額田王は、天皇の妻であり、霊力を持つ女性です。
    そして古来我が国では、神々と直接つながることができるのは、女性だけに与えられた特権とされてきた歴史を持ちます。

    ということは、額田王が詠む歌の意味は、神の声であり、神々の御意思です。

    万葉集に限らず、我が国では明治以降、あらゆる日本文化が矮小化され、貶められてきました。
    明治時代は、江戸時地代までのすべてが否定された時代であったし、戦後の日本もまた、あらゆる日本の古代文化はオクレたもの、といった理解でした。

    挙句の果てが、現代では鎌倉時代よりも前の時代、つまり飛鳥、奈良、平安時代が、なんと「古代」という分類です。
    古代というのは、歴史の始まりで、詳しいことはよくわからない時代のことを言います。
    西洋史なら古代は、ギリシャ・ローマの時代です。

    古代以前が先史時代です。
    つまり考古学的な史料しかなかったり、神話の時代が先史時代です。
    ですから、少し前までは、我が国では古代は「古代大和朝廷の時代」のことを言い、縄文時代、弥生時代が先史時代とされていました。
    古代に続くのが中世で、飛鳥、奈良、平安時代は「中世」に分類されていたのです。

    ところが近年の文科省を中心とした歴史学会は、飛鳥、奈良、平安時代が古代だという。
    そして鎌倉時代から戦国時代までが中世なのだそうです。
    これは、歴史認識を近隣諸国に配慮した結果です。
    しかし歴史は、政治ではありません。
    純粋に学問であるべきものです。
    そこに政治をからませるのは、おおいに疑問です。

    さらにいうならば、その近隣諸国のうち、チャイナは今もまだ、少なくとも近代国家とはいえません。
    いまなお、中世封建主義体制にあると言って良い。
    お隣のコリアも同じです。
    国民の自由な意思が国家意思となるという、近代国家とはまったく言い難い。
    すなわち、いまだに北コリアも南コリアも、事実上の中世封建主義体制下にある。

    そういう国に、民衆の自由な意思を国家意思とすることを国是とした先進国である日本が配慮する必要が、果たしてあるのかは、はなはだ疑問です。

    とまあ、話が脱線しましたが、額田王の上の歌に代表されるように、きわめて高い文化を持った日本、そしてその高い文化を、高らかにうたいあげた万葉集です。
    もっとちゃんと、しっかりと読みたいものです。


    『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
    https://amzn.to/34cLFq0



    ※この記事は2023年4月のねずブロ記事の再掲です。
    日本をかっこよく!
    お読みいただき、ありがとうございました。


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  • 野菊の墓と心の襞(ひだ)


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    男と女は頭の構造が違います。だから葛藤があり、葛藤があるから小説の題材になり、人々の共感を得る。人々は、そんな葛藤の中で、持って生まれた魂を鍛え、訓練し、自分の魂をより高度なものに成長させる。それが魂がこの世に生かされている理由としてきたのが、日本の国柄であり国民性です。


    木下恵介監督『野菊の如き君なりき』より
    20151108 政夫と民子



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    好きな映画って、何度観ても、良い映画ですね(笑)。
    そんな中でいちばん好きな映画をあげろと言われたら、迷うことなく挙げさせていただきたいのが、
    木下恵介監督の『野菊の如き君なりき』です。

    昭和三十年(1955年)の作品で、映画がまだ白黒だった時代の映画です。
    15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・戸村民子の淡い恋を描いた作品で、小学校以来、これまでに何度この映画を見返したことか。

    映画の原作は伊藤左千夫の小説『野菊の墓』で、こちらは明治三十九年(1906年)に雑誌「ホトトギス」に発表されました。当時、この小説を夏目漱石が絶賛したのだそうです。
    小説の方は、読んだのが(たぶん)小学校5年生か6年生のときで、当時、月刊の『小学◯年生』の付録に、文庫本が付いてきていて、その文庫本で読んだのが最初だったように思います。

    ちなみに、いま思い出したのですが、この頃、爺さんが毎月自分の小遣いでこの月刊誌を孫の筆者にバイクで届けてくれていました。
    離れて暮らしていた爺ちゃんでしたが、孫のことをおもってのことだったんですね。
    この歳になって、はじめて気が付きました。
    ありがたいことです。

    小説は、最初に読んだときに大泣きに泣かされて、その後、これまでに何度も読み返させていただきましたが、その都度泣かされて(笑)、映画を観てまた、繰り返し何度も泣かされました。

    そんな小説と映画、両方に共通の会話があります。
    会話のなかで二人は、畑仕事に行く途中、道端に咲いている野菊を見つけます。

    **********

    「まア綺麗な野菊、
     政夫さん、私に半分おくれッたら。
     私ほんとうに野菊が好き」

    「僕はもとから野菊がだい好き。
     民さんも野菊が好き?」

    「私なんでも野菊の生れ返りよ。
     野菊の花を見ると
     身振いの出るほど好もしいの。
     どうしてこんなかと、自分でも思う位」

    「民さんはそんなに野菊が好き。
     道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

    民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。
    二人は歩きだす。

    「政夫さん、私野菊の様だってどうしてですか」

    「さアどうしてということはないけど、
     民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」

    「それで政夫さんは野菊が好きだって?」

    「僕大好きさ」


    *********

    映画でも、この通りに描写されています。
    下にYoutubeを貼りましたので、お時間のあるときにでも、ご覧いただければと思います。

    この会話のなかで、民子は、
     政夫さんは野菊が好きだと言った。
     政夫さんは自分のことを野菊のようだと言った。
     ということは、
     政夫さんは自分のことを好きだと言ってくれている。

    と、思考が働いています。
    だから民子は、頬を赤らめながら、うつむいて黙ってしまうのです。
    大好きな政夫さんが、自分のことを好きだと言ってくれたと思ったからです。

    女性の方なら、以上の意味は説明するまでもないことと思います。
    ところが男にはこれがわからないのです。

    政夫の頭のなかでは、
    「野菊が好き」ということと、
    「民子は野菊のようだ」ということは、それぞれ独立しています。
    つまりこの二つは結びついていません。

    もちろん政夫は民子のことが好きなのだけれど、だからといって「民子さんが好き」と、この場で告白しているわけではないのです。
    政夫の頭の中では、民子のこと好きと思う気持ちと、野菊が可愛い花で好きだということ、民子のイメージが野菊のようであるということは、それぞれまったく別々なものとして認識されているのです。

    民子のことは好きだけれど、「好きだ」と告白することは恥ずかしくて言えないし、自分では、まさかそんな気持ちを民子に「悟られた」と気づいてもいません。

    このことは、男性と女性の脳の仕組みの違いに依るのだそうです。
    男性の脳は、コンピューターに例えれば分類処理式で、ひとつひとつのことを分類し、整理し、識別し、区別していこうとする特徴があります。
    これに対して女性の脳は、並列型分散処理式で、同時に複数の事象や言葉をつなげることで、様々なことをいちどきに合成し、感じ取ることができます。

    ですから小説のこの場面を読む読者も、
    女性なら、政夫の告白と受け止めますから、ここはドキドキのシーンになります。
    ところが男性なら、ただ野菊が好き、民子は野菊みたいな女性という2点は、別々な情報として頭の中で処理されますから、この段階では、サッパリ意味がわからないのです。

    かくいう筆者も、この小説は大好きで、小学校のときに初めて読み、そのあとたしか中学高校のときにも、あるいは社会人になってからのまだ若い頃にも、この小説は何度も繰り返し読んでいるのですが、このシーンの持つ意味がわかるようになったのは、やっと五十歳も半ばを過ぎてからのことでした(笑)。

    小説では、このあと、しばらく黙ってしまった民子に、政夫は次のように言います。

    ******

    「民さんはさっき何を考えてあんなに脇見もしないで歩いていたの」

    「わたし何も考えていやしません」

    「民さんはそりゃ嘘だよ。
     何か考えごとでもしなくてあんな風をする訣(わけ)はないさ。
     どんなことを考えていたのか知らないけれど、
     隠さないだってよいじゃないか」

    「政夫さん、済まない。
     私さっきほんとに考事かんがえごとしていました。
     私つくづく考えて情なくなったの。
     わたしはどうして政夫さんよか年が多いんでしょう。
     私は十七だと言うんだもの、ほんとに情なくなるわ……」

    「民さんは何のこと言うんだろう。
     先に生れたから年が多い、
     十七年育ったから十七になったのじゃないか。
     十七だから何で情ないのですか。
     僕だって、さ来年になれば十七歳さ。
     民さんはほんとに妙なことを云う人だ」


    *******

    民子の頭の中では、
     自分は政夫さんが好き。
     政夫さんも自分のことが好き。
     私も政夫さんが好き。
     だから、二人は結ばれたい。
     けれど私のほうが歳が多い。
     どうしよう・・・・、
    とこうなっているわけです。

    一方、政夫の方はというと、民子のことが好きではあるけれど、野菊が好きと言っただけで、民子に好きだと告ったわけではない。
    だから政夫は、先回りして思考が進んでしまった民子の思考についていけず、
    ただ額面通りに、
    「十七年育ったから十七になったのじゃないか。
     十七だから何で情ないのですか。
     僕だって、さ来年になれば十七歳さ。
     民さんはほんとに妙なことを云う人だ」
    となっています。
    多くの男性の読者も、同じ読み方になります。

    でも、政夫が民子を好きであることは、それはそれで事実なのです。
    好きだから、こうして一緒に歩いています。
    けれどまさかまさか、自分が好きだという気持ちを、ちょっとした会話から民子に悟られたとは気がついていないのです。

    映画で民子を演じた有田紀子さん
    20151108 有田紀子


    実は我が国の文学作品は、このような男女の思考の微妙なすれ違いを題材にした作品がたいへん多いことが特徴です。
    そのなかで最古の作品といえるのが古事記で、そこにはイザナキ、イザナミの思いのすれ違いや、トヨタマヒメとヤマサチヒコの想いすれ違いなどが描かれています。

    世界最古の女流文学である『源氏物語』も、こうした男と女の微妙な意識差が描かれ、それが人々の大きな共感を呼んでいます。
    共感があるから、千年以上にわたって作品が生きているのです。

    こういう心のヒダのすれ違いは、とてもやっかいだし面倒なものです。
    けれど、やっかいだからこそ、千年たっても、そこに共感があるわけです。

    ところがこうした心のヒダのすれ違いのようなものは、西洋の文学には、ほとんど描かれることがありません。
    イプセンの『人形の家』にしても、トルストイの『アンナ・カレーニナ』にしても、ハーベイの『テス』にしても、あるいは『シンデレラ』のような童話であっても、女性の気持ちと、男性の脳の働きからくる微妙な心のヒダのすれ違いが小説のテーマになることはありません。

    シェイクスピアの『ロメオとジュリエット』にしても、二人が愛し合っていたのはわかるけれど、愛し合いながらも、互いの心のスレ違いに葛藤する男女というのは、そこにはありません。
    題材は常に、
    「物理的に結ばれるか否か」
    であり、思慕は描かれても、心のすれ違いは、テーマとして扱われません。

    要するに、女性の気持ちになど関係なく、『人形の家』のように、
    「手に入れたはずの女性がが家を飛び出してしまった。なんでだろう」
    みたいなものが世界最高峰の西洋古典文学作品と讃えられているわけです。

    これが東洋に至ると、女性の気持ちが描かれるということ自体が皆無になります。
    楊貴妃にしても、虞美人にしても、本人の意思や思いにまったく関係なく、ただ美人であって、武将に愛されているだけの存在です。
    女性が男性の意に反せば、彼らはその女性を殺して食べてしまっていたのですから、さもありなんといえるかもしれません。

    要するに西洋においても、東洋においても、やや強引な言い方をするならば、女性は男性にとって、単に略奪の対象でしかなかったといえるわけです。
    それがたまたま女性の側に、その男性を思慕する気持ちがあれば、シンデレラのストーリーになって「ロマンス」と呼ばれることになるわけです。

    シンデレラは、たまたま男女とも独身で、互いに相手を思う気持ちがあったから、ロマンスです。
    けれど王子様は、シンデレラを得るために国中の女あさりをしています。
    もし、探しているのが王子ではなく、妻子あるヒヒジジイの王様であったり、シンデレラが、たまたまお城でダンスパーティーがあるというから美しい衣装を着て踊ってみたかっただけで、他に愛する彼氏か、夫や子があったなら、あのガラスの靴探しは、とんでもない迷惑ストーカー行為です。

    歴史を振り返れば、西洋でもチャイナでも、現実には、そうした迷惑行為となる女漁りが現実だったわけで、このとき、シンデレラが、王子を拒めば、シンデレラは魔女として火炙りになり、チャイナなら本人は食べられ、一族は皆殺しにされてきました。

    このような社会構造のなかで、男女の微妙な心のすれ違いなど、文学作品のテーマにさえ、なりようがありません。

    ということは、我が国の冒頭にご紹介したような微妙な心のすれ違いが、多くの日本人にとって、
    「ああ、そうだよなあ。たしかにそんなことあるよね〜」
    といった人々の共感になることは、それは、日本が築いてきた社会が、とても平和であったということと、男女ともに互いの気持ちを大切にすることを重んじる社会環境があったからだということになります。
    政治的テロや暴力とは対局の世界がここにあります。

    ひとむかしまえまでは、日本文学は、妙にねちっこくて嫌だといわれたものです。
    けれど、社会環境を考えた時、この違いははなはだ大きなものです。
    気持ちなど関係なく蹂躙されることがあたりまえな社会と、
    ひとりひとりの気持ちを大切にした社会。
    そこから生まれる文学は、
    前者は「ロマンスへの共感」となるし、
    後者は「すれ違いへの共感」となるのです。

    なぜ日本では、心こそ大事という文化が育まれたのでしょうか、
    その最大の理由は、日本が天然の災害の宝庫である国土を持つことにあったといえるかもしれません。
    なぜなら日本では、災害は必ずやってくる。
    忘れた頃にもやってくる。
    そのときのために、非常事態を先読みして、事前に手を打っていかなければならない。
    いまどきのメディアにひしめく近隣国からの渡来人のように、災害が起きてから「たいへんだ、たいへんだ」とバカ騒ぎするだけでは、日本列島で血をつないでいくことはできないのです。

    そしてそのために、国家最高権威としての天皇によって、すべての民衆が「おほみたから」とされました。
    国や行政は、その「おほみたから」が、いついかなるときにあっても、たとえ天然の災害にあったとしても、必ず安心して生き延びることができるように、日頃から準備をすることが最大の使命となっていったのです。
    日本人のお役所に対する信頼意識も、そうした背景から育まれました。
    もっとも近年では、そうした信頼されるべきお役所が、むしろ信頼を損ねる側の存在になってしまっているのは、残念なことです。

    国というのは、人々の共同体です。
    その国の形が、ひとりひとりを大切にすることを出発点とし、それが国柄にまで育まれると、その国に育った民衆もまた、相互に人を大切にするようになっていきます。
    自分も「おほみたから」なら、周囲の人達も「おほみたから」なのです。
    だから国や郷里や家族や友を大切にし、男であれば女を、女であれば男をたいせつにするという国柄、文化が育くまれていくのです。

    ところが、そもそも男と女は、冒頭の民子と政夫の会話みたいなもので、頭の構造が違います。
    だからそこに葛藤があり、葛藤があるから小説の題材になり、人々の共感が生まれるのです。
    人々は、そんな葛藤の中で、持って生まれた魂を鍛え、訓練し、自分の魂をより高度なものに成長させる。
    それが魂がこの世に生かされている理由としてきたのが、日本の国柄であり国民性です。

    『野菊の如き君なりき』は、いま、youtubeでご覧いただくことができます。

    野菊の如き君なりき (1955年) - 木下惠介


    また小説『野菊の墓』は、青空文庫で無料で読むことができます。
    https://www.aozora.gr.jp/cards/000058/files/647_20406.html

    あとひとつ、付け加えます。
    松田聖子さんの大ヒット曲に『渚のバルコニー』という曲があります。

    ♪渚のバルコニーで待ってて
     夜明けの海が見たいの
     そして秘密

    といった歌詞なのですが、男性脳では、
     
     渚に近いところのバルコニーで待っててね
    (ああ、あの場所ね)
     夜明けの海が見たいの。
    (そうなんだ)
     そして秘密
    (わはは、女子は秘密が好きだなあ)

    という具合に、それぞれが別々に脳内で処理されます。
    ところが!!

     渚に近いところのバルコニーで待ってて
     夜明けの海が見たいの。
    (ということは、バルコニーのあるベットで夜明けまで一緒にいたいと言っているのだ)
     そして秘密
    (ということは、***をしたぁい♡と誘っているのだ。しかも)
     バカね、呼んでも無駄よ
     水着持ってない
    (と、裸を想像させている・・!!
     うわぁ!すごい意味深な歌詞だったんだ!!)

    と、気付いたのが60歳を過ぎてから(笑)
    この曲が生まれたのが1982年(昭和57年)ですから、40年近くもの間、何度となくこの曲を聴いていながら、まったく意味がわかっていませんでした。
    と、おそらくいまこれをお読みの男性の読者の皆様の多くも、もしかしたら、言われてはじめて「そうだったんだ!」とお気づきになられた方も多いのではないかと思います。
    ・・・て、そんなことないのかな(笑)


    ※ この記事は2015年11月のねずブロ記事のリニューアルです。
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    感謝の心と祭祀を失わないという日本人の魂の歴史は、なんとヤマトタケルノミコトの時代から綿々と続いてきた、わたしたち日本人の根底にある心です。
    日本人の心を取り戻すとは、日本人が、日本人としての「魂」を取り戻すことです。
    そして魂を取り戻すためには、日本神話の上辺の筋書きだけではなく、その奥にある真意(神意)を学ぶことです。


    弟橘比売命



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     さねさし相武の小野に燃ゆる火の
     火中に立ちて問ひし君はも


    この歌は、弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)が東京湾に入水自殺する直前に詠んだ歌です。
    先に少し情況を申し上げますと、ヤマトタケルノミコトは、大和朝廷の全国統一のために、東奔西走したのですが、その東国征伐のときに、駿河の国(佐賀牟能国、相武の国)の焼津で、地元の国造(くにのみやつこ)に欺かれて、野原で火攻め(焼き討ち)にあうのです。
    このとき、三種の神器のひとつである草薙の剣(くさなぎのつるぎ)で難を逃れるのですけれど、そのことが由来となって、静岡県に焼津の地名が残っています。

    そしてさらに東へと向かったヤマトタケルノミコトの一行は、いまの神奈川県の横須賀あたりから、東京湾を横断して房総半島に向かおうとします。ここは海流の激しいところであることから走水の海(はしりみずのうみ)と呼ばれた難所です。

    ところが海路を行く途中で嵐に遭ってしまう。
    そこでヤマトタケルノミコトの妻(出雲風土記には皇后と書かれています)の弟橘比売命が、海神を鎮めるために入水自殺しました。
    海は夫を想う妻の気持ちが海神に通じて、時化(しけ)がやみました。
    そしてヤマトタケルノミコトの一行は無事に海を渡ることができました。

    弟橘比売命は、身を挺して夫を扶(たす)けたのです。
    このとき、弟橘比売命が入水する直前に詠んだ歌が、冒頭の歌です。

    弟橘比売命は、いままさに海に飛び込もうとするときに、その身を投げることには何も言わず、
    「あの相武の小野(焼津)で燃えさかる炎の中で、その炎で自分が焼け死んでしまうかもしれないというのに、そのことよりも私の安否を気遣ってくれたあなた・・・・」と詠んでいます。

    ちなみに歌にある「さねさし」は、枕詞で意味がないと多くの解説書にありますが、「さね」というのは、古語では「突起」のことをいいます。
    「さし」は、「砂嘴(さし)」とか「指し、差し」などと書かれるように、細長く突き出たものをいいます。
    であれば「さねさし」は、細長く突き出た「岬」のようなものを意味することは明らかです。
    ですから「さねさし相武の小野」は、相武国(駿河の国)の長い突き出た岬にある小野(焼津の岬の野原)という意味になります。

    また「相武」は、「相模」と書かれているものが多いのですが、古事記の原文では「佐賀牟能」となっています。
    読みはどうみても「さがむの」なので、「相模」ではなく、「相武」と書く方が正しいのではないかと私は思っています。(冒頭の歌も、そのように表記させていただきました)

    ちなみに、このとき入水された弟橘比売命の袖が流れ着いたというのが千葉県の「袖ケ浦」、弟橘比売命を忘れられないヤマトタケルノミコトが、足柄で「吾妻はや(わがつまはや)」と嘆いたことが、東国を「あずま」と呼ぶ縁起とされています。

    さて実は、というかここが大事なポイントなのですが、この歌にまつわる故事は、日本書紀には書かれていません。古事記にだけある神話です。
    前にも申し上げましたが、古事記はいわば「秘伝」、日本書紀は「公開の史書」です。
    「秘伝」は、ある一定のレベルに達した者にしか見せない「秘伝中の秘伝の教え」とするものです。
    ですからこの「弟橘比売命とその歌にまつわる物語」が古事記にしか掲載されていないということは、そこに何らかの「教え」があるということになります。

    実は古事記には、弟橘比売命が入水するとき、「菅疊八重・皮疊八重・絹疊八重を波の上に敷きて、その上に下りましき」という記載があります。
    嵐で海に揉まれている最中に、海の上に、菅(すげ)の畳を8畳分、皮を8畳分、絹を8畳分敷いて、その上に降り給いて、この歌を詠み、そして海に消えたとあるのです。

    このことから学べることは、どんな緊急時にあっても(海の上で嵐に遭って波間に揉まれているのですから、まさに緊急時、非常事態です)、祭事をきちんと行い(菅疊八重・皮疊八重・絹疊八重を波の上に敷きて)、そして、いかなる場合においても、相手が示してくれた恩義(焼津で自分を気遣ってくれた)を忘れずに、感謝の心をもって、嵐のような強大な敵に、たとえ命を犠牲にしてでも、男女ともに立ち向かいなさい、という教えです。

    男女ともにとか、強大な敵に立ち向かうとか、非常に厳しい教えであり、心得であるがゆえに、あえて公開文書である日本書紀には記載せず、秘伝の古事記にのみ、これを記載したということです。
    そしてこれが私たちの国、日本の、天皇の統治の根底にある事柄なのです。

    国難と呼べるような非常事態は、常に私たちの身に降り掛かります。
    けれど、どんな緊急時にあっても、我が命を失うことがあっても、報恩感謝の心を失わず、祭事を大切にして、まっすぐに生きて行く。
    そして生残った者は、亡くなり、命を捧げて犠牲になった人の心をいつまでも決して忘れない。
    それが日本人だということです。

    お亡くなりになって御柱となられた方々への感謝の心と祭祀を失わないという日本人の魂の歴史は、なんとヤマトタケルノミコトの時代から綿々と続いていた、わたしたち日本人の根底にある心です。
    いいかえれば、それが「日本人」です。

    古事記は、その時代に生きて、いまは亡くなっている人を「命(みこと)」と表記しています。
    その人や神様の御霊(魂)のことを「神」と表記しています。
    そして「魂」は永遠のものである、
    もっと簡単に言うと、「肉体と命」は「魂」の「乗り物である」というのが古くからの日本人の考え方です。
    人が車に乗っているのと同じです。
    運転している人が「魂」
    乗ってる車が「肉体」です。

    日本人の心を取り戻すとは、日本人が、日本人としての「魂」を取り戻すことだと思います。
    そして魂を取り戻すためには、日本神話の上辺の筋書きだけではなく、その奥にある真意(神意)を学ぶことだと思います。


    美智子上皇后陛下が英語で語られた倭建御子と弟橘比売命の物語
    Her Majesty the Empress English Speech
    ここで、以前は、youtubeの動画を張っていたのですが、いまは削除されています。
    現在拝聴できるのは、ニコニコ動画だけですので、そのURLを貼りました。
    それにしても、さきの皇后陛下、現上皇后陛下のお話まで配信停止するとは!!
    youtubeも、行き着くところまで行きましたね。
    いよいよ現状が転換するときがやってきたと思います。
    世界は、いままでの方向とは真逆の新たな方向に向けて走り始めます。



    ※この記事は2021年4月のねずブロ記事のリニューアルです。
    日本をかっこよく!
    お読みいただき、ありがとうございました。


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  • ブリコラージュとアブダクション


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    瞬間瞬間の問題解決をブリコラージュしていくと同時に、いま抱えている問題と、神話や古典や歴史などをクロスオーバーさせながら、アブダクションする。そうすることで、たいていの問題は、解決の糸口が見つかります。


    20210419 未来の日本
    画像出所=https://stage.st/articles/drmbA
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    ジャンボジェット機に限らず飛行機(たとえば羽田から沖縄に飛ぶ飛行機)には、一定の航路があるのだけれど、実は航路通りに飛ぶ飛行機はありません。
    その日、その時間によって、上空の気流は毎日全部違う。
    飛行機はその中を飛ぶから操縦士がいるのです。

    自動車の運転も同じです。
    高速道路を目的地に向かって走行しようにも、路面の微妙な変化によって、クルマは左右にぶれます。
    だからドライバーは、ハンドルを微妙に操作して、走行車両が車線からはみ出さないようにクルマを操作します。
    もっとも最近では、自動運転などが登場して、運転手が操作しなくても、ハンドル操作までクルマが勝手にやってくれるといったシステムも登場するようになりました。
    そうしたシステムが必要なのは、クルマは、操縦しなければ、目的地までたどり着くことができないからです。

    何かを成そうとするとき、一定の目標や目的地はあっても、物事が予定通りに進むことは、まず、ありません。
    早い話、子供の頃に、誰もが「夏休みの計画帳」なるものを作った記憶があろうかと思いますが、明治の学制が敷かれて以来、その「夏休みの計画帳」の通りに夏休みを過ごせた子供は、おそらく皆無です。

    かつてソ連が「経済五カ年計画」なるものを想定し、これによって大成功を治めたと宣伝した結果、主に左翼系の学者さんたちによって、企業においてもこうした「計画」が大事であり、長期五カ年計画、中期三年計画、当期経営計画なるものを作ることが、企業にとってあたりまえの常識であるかのように宣伝されたことがあります。

    けれど、時間と能力と経費をかけて、そんな計画書を作っても、そのとおりに実現できた会社は、世の中におそらく皆無です。
    もっとも、お金を貸す側の金融機関では、企業との力関係保持のために、なんだかんだと言って当該企業に経営計画書を作らせ、あとになって「計画通りになっていないではないか」といって、貸し渋りや貸し剥がしがいつでもできるようにしておく、という(ある意味、悪意での)意味で経営計画書なるものを要求するということは、よくありました。

    しかし冷静に見て、世の中に計画通りにピッタリとうまく行った会社など、(繰り返し申し上げますが)皆無だと、これはおそらく断言して間違いないと思います。

    とりわけ昨年以降は、コロナの影響によって、それ以前の経営計画書は、日本中の企業において、すべてゴハサンになりました。
    あるいはもっと以前なら、震災の被災地における企業の経営計画は、すべてゴハサンです。

    計画が不要だと申し上げているわけではありません。
    ある程度の計画は、目的地にたどり着くために必要だし、計画達成という目標のもとに、さまざまな準備や、達成のための活動が必要になることは事実です。

    申し上げたいのは、計画し、準備万端整えたうえで、実際の日々の活動は、常にブリコラージュ(Bricolage)による、ということです。
    多くの企業が、あるいは国が組織が個人が、ここを間違えることで失敗を繰り返しているといえる、ということです。
    計画に固執してしまうのです。

    昔、『踊る大捜査線』で、アオシマ君が、
    「事件は現場で起きているんだ!」
    という有名な決め台詞を吐いたことがありますが、まさに、そのことです。
    現場は、動いているのです。
    だから、軍隊でも、最前線に戦場指揮官がいるのです。

    碁でも将棋でも同じです。
    相手の出方次第で、当意即妙に打ち手を変化させていかなければ、絶対に勝つことはできません。
    特に、相手が強い場合なら、なおのことです。

    スポーツでも同じです。
    計画は必要です。
    しかし、計画通りにはなかなかいかないものです。

    そこでブリコラージュという考え方が出てきます。

    ブリコラージュ(Bricolage)というのは、フランス語の動詞 「bricoler」に由来する言葉で、その場にあるものを寄せ集めて、試行錯誤しながら盛り付ける・・・つまり結果を出していくことを言います。

    ゴッホの有名な絵に「ひまわり」がありますが、ゴッホは、あらかじめああいう絵を描こうとしてキャンパスに向かったわけではなくて、美しい花を描きたいと思って、キャンパスに向かって、絵の具を塗り重ねていったら、結果としてあの「ひまわり」ができあがった・・・・これがブリコラージュです。

    計画が結果を作るのではなく、瞬間瞬間の最善手の積み重ねが、良い結果を招くのです。

    渋沢栄一は、個人的にはまったく好きな人物ではありませんが、ただ、彼が大成功をおさめた背景には、農家だったお父さんが、我が子の栄一くんに、武士以上の教育を与えようと、忙しい農作業の合間を縫って、直接教育を施し、武芸は神道無念流を学ばせ、結果、優秀な若者となった栄一くんが、我が国では当時めずらしかったフランス語を習得することで、人生を開きました。

    渋沢栄一という人物の好悪や善悪評価は別として、彼はその生涯を通じてたいへん勉強熱心であったと伝えられています。
    その勉強の積み重ねが、結果として、日本経済の父と呼ばれ、現代に続く500社以上の企業や大学の創業に関わるという偉業を為したわけです。

    それは決して「計画された人生」というものではなくて、瞬間瞬間の勤勉を積み重ねる、つまり学問のブリコラージュによって、彼の人生が成果を生んだ、といえるわけです。
    そしてそこに、もうひとつの重要なファクターがあります。
    それがアブダクション(abduction)です。

    アブダクション(abduction)の単語の意味は「誘拐」とか「拉致」です。
    ですから最近ではUFOに拉致されたことをアブダクションと呼んだりもされています。

    なぜアブダクションが「誘拐」とか「拉致」になるかというと、その語彙が「別な側に転じる」というものだからです。
    そこからアブダクションは、論理学において、「いくつかの事実に基づいて、それらに共通する仮説を得る」こと、すなわち「仮定的推論」の意味で用いられます。

    論理学上の推論法としては、我が国では演繹法(デデュケーション・Deduction)と帰納法(インデュケーション・Induction)ばかりが強調され教えられています。
    あたかもそれ以外の論理的手段は「ない」かのように教育されています。
    しかし実は、世の中において、もっとも役に立つのはむしろアブダクション(Abduction)です。

    演繹法というのは、簡単に言えば三段論法のことで、たとえば「人は考える。私は考える。ゆえに私は人である」みたいなものです。
    しかし、猫だって考えます。そうであれば、私は猫であるのかもしれない。
    そうなってくると、思考が混乱してきますから、どんどん思考が複雑化してきて、永遠に結論がでないということになってしまいます。
    これでは、いかなる場合にも結論を求める実社会では、およそ役に立ちません。

    帰納法は、一般化、法則化する手法で、A君は勉強家である、B君も勉強家である、A君もB君も日本人である。したがって日本人は勉強家である、と一般化するという論理手法です。
    けれど、勉強が苦手な日本人だっているわけです。
    つまり帰納法は、むしろ結論が誤誘導されやすいという欠陥を持つ論理手法です。

    そういう次第ですから、演繹法も帰納法も、やや極端な言い方をするなら、実社会ではおよそ役に立ちません。
    そして日本人に対して、その役に立たない論理手法しか世の中に存在していないことにしておけば、日本人を愚民化し、あるいは日本人を誤った方向に洗脳し、誘導することができます。
    つまり日本人を、強制的にアホにするためには、日本人にとっての論理的思考方法を、演繹法または帰納法に縛り付けておけばよいのです。
    まあ、戦後の日本人は、まさにこれに完全にハメられてしまったわけです。

    早い話、「神話がなんの役に立つのか?」という問いに対して、演繹的、機能法的にそれを証明することはできません。
    演繹法なら、「神話は役に立つ。なぜならば・・・」となりますが、そもそも役に立たないといっているわけですから、これでは頭から対立と闘争の世界、つまり共産主義の世界に誘導されてしまいます。ということは演繹法では証明できないわけです。

    帰納法でも同じです。
    帰納法的展開なら、神話が役に立つことを、具体的な事例を神話の中に探し求めることになります。
    大国主神がウサギを助けたことが、いかにして今の世の中に役立つのか、という論理展開になれば、これを否定するのは、たやすいことです。
    つまり、演繹法でも帰納法でも、「神話が役に立つ」ことを論理的に証明することは不可能なのです。

    しかし、神話が役に立つのは事実であり、現実です。
    ではどういうときに役立つのかといえば、神話に書かれていることと、いま自分たちが直面している現実とをクロスさせて、そこから新たな知見を得ようとするときにこそ、神話は価値判断の物差しとして機能します。
    これがアブダクション(Abduction)です。

    アブダクションでは、どのようにアプローチされるかというと、先程の例なら、
    事象1「人は考える」
    事象2「日本人は勤勉な人が多い」
    という2点から、
    「日本人に考えることを中心に置いた、新たな勉強を提案してみたらどうか」
    といった、新たな仮定的推論を導くのです。
    仮定的推論ですから、他にも別な推論が成り立つかもしれない。

    大国主神は、困っているウサギを助けた。
    これはやさしさが大切であることを伝える神話だ。
    いまコロナで大勢の人たちが困っている。
    その困っている人たちを助けるには、正しい情報が必要であるに違いない。
    そしてそこには、ウサギを助けた大国主神のようなやさしさが必要であるに違いない・・・などと、神話と現代の問題をクロスさせながら、論理的に新たな視点を得る。
    それがアブダクションです。

    歴史、古典も、ただ記憶力を試すテストで良い点をとるためだけの勉強なら、社会人にとっては不要なものです。
    では、昔の人が、どうしてそんな歴史や古典にこだわったのか。あるいは社会人になってからも、そうした学問を重ねていこうとしたのか。
    その答えが、歴史や神話や古典だからこそ可能な、アブダクションが可能だからです。

    現代の問題のことを時事問題と言いますが、問題というのは、その問題が発生したときと同じレベルの思考で解決できることは、絶対にありません。
    そうであれば、時事問題を現代の問題として思考している限り、そこに解決の糸口は見つからない、ということです。
    歴史や神話や古典を学び、それらと現代の問題をクロスさせて、そこから解決の糸口を得る。つまり仮定的推論を得る。
    そこに問題解決の緒口があります。
    だから昔の人は、古典を、神話を學んだのです。

    つまり、瞬間瞬間の問題解決をブリコラージュしていくと同時に、いま抱えている問題と、神話や古典や歴史などをクロスオーバーさせながら、アブダクションする。
    そうすることで、たいていの問題は、解決の糸口が見つかります。


    ※この記事は2018年11月のねずブロ記事のリニューアルです。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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