幸せの黄色い道・・・三宅精一



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点字ブロック


駅のホームや歩道などに、上の写真にあるような黄色いデコボコのついたブロックが設置されています。
この正式名称が「視覚障害者誘導用ブロック」で、通称は「点字ブロック」です。
盲人や、光は感じれるけれどあまりよく見えない弱視者などの視覚障害者が、安全に歩行できるように敷設されています。

このブロックには、まるいポチポチのついた「点状ブロック」と、突起が平行線になっている「誘導ブロック」の2種類があります。
前者は注意を喚起するためのブロック、後者は進行方向を示すためのもので、相互に組み合わせて使われます。
点字ブロックは、いまでは駅のホームだけでなく、歩道や公共施設の中や、商店の出入口付近、横断歩道、車道の横断歩道部分など、幅広く敷設されています。

そこで皆様に質問です。
この「点字ブロックは」どこの国の発明なのでしょうか。


点状ブロックと線上ブロック


答えは「日本」です。
発明したのは、三宅精一(みやけせいいち)さんといって、昭和2(1926)年生まれで、岡山県倉敷市のご出身の方です。
実家はもともと果物屋さんで、精一さんは三男四女の長男だったのですが、17歳のとき父親が急逝して、一家8人の生活が、精一さんにすべてのしかかったのだそうです。
これが昭和19年のことで、翌年には終戦が重なります。

当時は、物資が極端に窮乏した時代です。
売りたくても物資がない。
一家の生活は、どん底まで追い詰められてしまったそうです。
なんとかしようと三宅さんは、果物屋を廃業して、岡山市に移り、そこで旅館を始めます。

そして、すこしでも家計の助けになればと、旅館業のかたわらで様々な発明を手掛けました。
なんにもない。
けれど頭はある。
だったら工夫努力して、多くの人に喜こんでいただけるものを考案しよう。
そうすれば、すこしでも暮らしの助けになるかもしれない、と考えたのです。

成功の保証なんてありません。
けれど三宅さんは必死に努力して、100種類もの発明を手がけました。

その頃の三宅さんが発明したもののなかに、「ナンバープレート融雪(ゆうせつ)装置」というものがあります。
冬に、雪が自動車のナンバープレートにこびりつくと、ナンバーが読み取れません。
そこで温水を循環させて、ナンバープレートの雪を溶かそうという装置です。

そんな三宅さんの生活も、昭和30年代の後半になると、だいぶ安定してきました。
動物好きだった三宅さんは、当時、非常に珍しかったセントバーナード犬を、オス、メスのつがいで飼いはじめました。

セントバーナード犬
セントバーナード犬


仔犬が生まれました。
昭和38(1963)年のことです。
仔犬のの引き取り手を探している三宅さんのもとに、岩橋英行さんという方が現れました。
岩橋さんは、視覚障害者への支援事業を行う社会福祉法人「日本ライトハウス」の理事をされている方でした。
はじめて会った岩橋さんに、三宅さんは、日本ライトハウスという法人のこと、日本の盲人のこと、世界の盲人のことなどを、繰り返し詳しく尋ねました。

岩橋さんは、すこし前までは健常者だった人です。
けれど数年前に目に変調をきたし、医者から失明の宣告を受けていました。
二人は、盲導犬や盲人の交通安全などについても語り合いました。
話の内容は、盲人のもつ足の感触や、目の代わりをする耳や、触感などの代償機能のための感覚訓練にまで及んだそうです。

三宅さんは岩橋さん話を聞きながら、目をつぶって、いちいち話の内容を確認しながら、うなずきました。
そして岩橋さんの話を聞きながら、この人のために、あるいは日本の、あるいは世界の盲人のために、自分に何かできることはないだろうかと考えました。

この頃の日本は、マイカーが普及し始めていた時代です。
自動車の交通量も一気に増えていました。
一方でこの時代は、戦災などで視力を失った方が非常に多かった時代でもありました。

ある日、三宅さんは街に出て目をつぶって道路脇に立ち、もし自分が盲人だったらと考えていました。
そのとき、白い杖を持った盲人が、三宅さんのすぐ目の前で道を横切ろうとして、危うくタクシーに接触しそうになって、大きな音でクラクションを鳴らされました。
盲人は、怖くてその場にうずくまっていました。
それはまさに、死の恐怖の瞬間でした。

「なんとかしなくては。このままではいけない」と思う三宅さんの脳裏に、岩橋さんの言葉が浮かびました。
「眼の見えない者は、苔(こけ)と土の境が靴を通して分かる・・・。」
「これだっ!」と三宅さんは、直感したそうです。「歩道と車道の境を、足の裏を通してわかるようにすれば、盲人の危険が減るに違いない!」

三宅さんは、さっそく研究にとりかかりました。
歩道のコンクリートブロックに突起物を付けて危険を知らせる、というアイディアは、わりと早い段階で固まりました。
問題はどういう形にするかです。

突起の形状は三角形がいいのか?
四角がいいのか?
丸がいいのか?

突起の高さはどのくらいが良いのか。
突起と突起の間の間隔はどうするか。
ブロック全体の大きさサイズは、どうするか。
突起は、高ければわかりやすくなりますが、つまづきやすくもなります。
低すぎれば足裏に感覚が伝わりにくくなります。

日中は、旅館の仕事があります。
研究は、もっぱら夜の作業でした。
物置き小屋で、たこやきの鉄板のような木枠を作りました。
そこにコンクリートを流し込んで、実物を作りました。
そして感触を確かめました。

作っては壊しが繰り返されました。
睡眠時間を削って、ようやく完成形となったのは、30センチ四方のコンクリートブロックに、高さ6ミリの丸い突起を、49個(7×7)配列するというものでした。現在の形です。
完成までに2年の歳月が流れました。

点字文字は、盲人にとってはいわば「目」です。
その点字を踏みつけることには、多少の抵抗感もあったそうです。
けれど、これが盲人のためのものであることを健常者に知らせる意味も込めて、名称は、あえて「点字ブロック」としました。

ブロックの色は、黄色にしました。
これは岩橋さんのアイデアでした。
黄色なら、弱視や色弱の方でも、見分けやすいからです。

昭和42(1967)年3月18日、岡山市内の岡山県立盲学校に近い国道2号線の横断歩道に、世界初の「点字ブロック」が敷設されました。
このとき三宅さんは、まるでわが子を社会に送り出すような気持ちだったそうです。

寒い日でした。
制作に協力してくれた弟と一緒に、工場に行き、230枚の「点字ブロック」を受取って、二人で一枚一枚、冷たい真水で丁寧にタワシで洗って磨きました。
一枚の重さは12キロです。
洗い終えたブロックを、兄弟で軽トラックの荷台に乗せ、歩道まで運びました。
そして工事の人たちに歩道に並べてもらいました。

このときの点字ブロックは、ブロック製造費も、敷設のための人夫代も、全部、三宅さんの自腹でした。
どこからも費用なんて出ないのです。
道路改修の許可をもらうだけでもたいへんでした。
けれど、これが世界で初めての「視覚障害者誘導用ブロック」の敷設でした。

当時は、誰からも理解してもらえませんでした。
三宅さんは、盲人の保護のためにと、この「点字ブロック」を全国の県や市に寄贈していきました。
当時は、全国に約4000の市町村があったのですが、そのひとつひとつに手紙を添えて、点字ブロックのサンプルを送り続けました。

しかし注文はひとつも来ませんでした。
問い合わせの電話すらありませんでした。
それどころか、役所の福祉課を訪問すると、押し売りと間違われて追い返されました。
ようやく担当者と話ができても、
「こんなものが役に立つとは思えない」
「白杖があれば十分なのではないか」と、まるでとりあってもらえませんでした。

三宅さんのもとには、盲人の歩行訓練の指導者たちからもクレームが寄せられました。
「いくら点字ブロックが便利でも、道路のすべてに敷設されているわけではない。」
「それなら結局は、あるがままの町を歩く訓練をしなければ、生きていけない」

なんとか普及しようと、盲人学校などに足を運ぶと、
「盲人を金儲けに利用しようとするとは何事か!」と逆に怒鳴られる始末でした。

それでも三宅さんは、全国の役場や盲人用施設にサンプルを送り続けました。
売り込みのための役所訪問もしていきました。
費用は、湯水のように出て行きました。

いくら旅館を経営しているといっても、建物は戦後間もない頃のものです。
この頃には老朽化して、客室にまでひどい雨漏りがする状態でした。
けれど点字ブロックのサンプル作りや訪問活動のためにお金が飛んでしまい、三宅さんの手元には、建物を治すためのまとまったお金すらありませんでした。

それでも三宅さんは、点字ブロックの普及をやめようとは思いませんでした。
経済的にも追い詰められていたし、自分が間違っていたのかもしれないという不安もありました。
けれど、おおやけのために自分にできることをする。
正しいと決めたら、こうと決めたら何があっても、石にかじりついてでもやりぬく。
それが三宅さんが受けてきた教育でした。

親戚からも、友人からも、弟からさえも、「もうあきらめようよ」と言われました。
世の中は、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)が夢の消費財とされた時代です。
大阪万博の開催が決定され、国産初の旅客機YS-11が就航し、エメロンシャンプーが発売されて、テレビマンガの「鉄腕アトム」が大ヒットしていた時代でした。
華やかに高度成長していった時代です。
インフレの時代でもあります。
物価はどんどんあがっていきました。
けれど三宅さんは、貧乏のどん底暮らしのなかにあって、それでも世の中のためにと戦っていました。

そんな三宅さんのもとに、最初のうれしい知らせが飛び込んできたのは昭和43(1968)年9月のことでした。

三宅精一さん
三宅精一


栃木県宇都宮市が、点字ブロックを敷設したいので、ブロック250枚を購入したいと言ってきたのです。
これが、初めて行政が点字ブロックの価値を認めてくれた瞬間でした。

実はこの年、アメリカで全米の公共施設を車いす障害者の移動ができやすように改良を命じる連邦法が成立していました。
これがきっかけとなって、日本でも厚生省が音頭を取って「福祉の町つくり」を全国規模で展開すると決めていたのです。
その影響で宇都宮市が、視覚障害者の移動に先鞭をつけたのです。

ところが、話はこれっきりでした。
次の注文がこないのです。

点字ブロックという重量物を扱い、しかもその販促が徒労に終わり続ける。
もともと丈夫だった三宅さんの身体は、過労と心労でむしばまれ、ついに肝臓を患ってしまいました。
病院通いを続ける三宅さんのもとに、次の報せがきたのは、それから2年も経った昭和45(1970)年のことでした。

報せの主は東京都道路局安全施設課でした。
東京の高田馬場駅の東側一帯に、点字図書館や盲人福祉センター、東京へレンケラー協会などの視覚障害関係の施設が集中しているのだけれど、この一帯に点字ブロックを採用したいというのです。
ブロック一万枚でも予算計上可能という報せでした。

三つ目の注文は、それから3年後の昭和48(1973)年のことでした。
厚生省が障害者福祉モデル都市事業を制定し、首都東京で大々的に「点字ブロック」の敷設を決めてくれたのです。
これがモデルケースとなりました。
そして地方自治体も「点字ブロック」を次々に採用していきました。

鉄道のホームや公共施設内などにも、視覚障害者の転落事故防止等のためにと「点字ブロック」が採用されはじめました。
ところが、こうなると類似品が大量に出回るようになります。
おかげで、施設ごとにブロックの形も色もバラバラになってしまいました。

そもそも点字ブロックに、統一規格がないのです。
当然、安ければよいというだけの、いい加減なブロックも出回ります。

実は国際的には、昭和42(1967)年4月に行われたWCWB委員会で、ブロックの点の配列は、足に対する感覚が常に平均している点の平行配列がよく、千鳥配列では不安になることが、各国の実際の試験歩行の中で確認されています。
つまり、三宅さんの点字ブロックが、世界で承認されていたのです。

それでも国は、類似品を放置したままでした。
市町村ごとの条例もまちまちでした。
この時期、市町村によっては、「エレベーターには設置しなければいけないけれど、エスカレーターには設置しなくてよい」などと意味不明の条例が登場したりもしています。

しかし、せっかく「点字ブロック」を採用しても、その仕様がバラバラでは、混乱を招くだけです。
盲人は目が見えないのです。
これでは何のための「点字ブロック」かわからない。
だから三宅さんと岩橋さんは、私財をはたいて、必死に全国の行政機関を説いて回りました。

三宅さんは、ただでさえ肝臓を患っているのです。
身体はだるいし、体調不良は意欲を削ぎます。
けれど、それでも三宅さんは、入退院を繰り返しながら、全国の行政機関を説いてまわりました。
そして昭和57年に、ついに三宅さんは帰らぬ人となってしまいました。
享年57歳でした。

三宅さんの人生は、視覚障害者のために、私財をはたいて必死に開発し、必死に売り込んだ人生でした。
全部、つぎ込みました。
一文無し状態でした。
贅沢などとは程遠い、美味しいものを食べるなんていうことも縁遠い人生でした。
ただ、お国のためにできること。おおやけのために自分のできることをしようとし、志を立てたら絶対にくじけないと決めた、そういう人生でした。
良いことなんてない人生でした。
けれど、三宅さんの志は、三宅さんの死後も生き続けました。

岩橋さんや、三宅さんの弟さんの努力もあり、バラバラだったブロックの規格も、平成13(2001)年にはJIS規格によって、統一されました。
そして、いま、全国の歩道や駅のホーム、公共施設には、かならずといっていいほど、点字ブロックが導入される時代となりました。
そして三宅さんの生んだ点字ブロックは、いまや世界中に普及し、視覚障害者の安全を守っています。

いまの日本で、「三宅精一」という名を知る人はほとんどいません。
しかし彼が発明した「点字ブロック」の心は、いまや世界中に広がっています。
そしてそのブロックが視聴覚障害者のためのものであることを、世界中の誰もが知っています。
三宅さんの心が、世界に広がったのです。

ちなみに「点字ブロック」の上に、ものが置かれたり、障害物があったりしたら、意味をなしません。
下の写真は、支那の南昌市の写真です。

↓ここから拝借してきた写真です。
http://www.jx.xinhuanet.com/tsxw/2005-05/16/content_4235285.htm
意味もなく形だけを取り入れた模造だと、こういうことが起こるという見本です。

支那の点字ブロック


よろしかったら下の動画もご覧ください。
2010年に行われた、岡山の「幸せの黄色い道」の除幕式の模様です。
歌は、点字ブロックの歌です。

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「除幕式」幸せの黄色い道~顔晴れOKAYAMA~


日本の心を伝える会 日心会
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コメント

愛国日本!反日撲滅!

ネット上での反日工作の一例?
>>せいとさん

岡山県って保守の方が多いのですか。今年始めに色々と知り始め、目が覚めたばかりなので、そういう方々が多い県とか地域とかが有るであろうとは思っていましたが、具体的にどこがそうだとかは良く分かっていません・・・。

そう言えば、反日工作系のブログや、SNS等での反日工作で、やたらと目が覚めていない人達、左翼思想の人達や、いわゆる放射脳になっている様な人達に対して「岡山が一番住みやすい県、だから移住するなら岡山が良い」みたいな誘導をしていました。

保守層の多い地域へ左翼思想の人達や、放射能の人達を誘導して、味方を増やして、保守層を追いやる思惑があったのではないかと思います。

せいと

顔晴れOKAYAMAの【顔晴れ】は、ガンバレと読みます。前例主義の保守王国の岡山県ですが 【顔晴れ】なければいけない時期に来ていますね。
岡山県津山市在住

Miko

mixiの日記に書きました
ねずきちさん
日本人である事を誇れるお話ありがとうございます。
あたりまえだと思っていることが、
あたりまえになるまでは怒りまでかう。
三宅さん、なんども「もうやめようか」と思ったそうですが、やめないでくれてよかった。
価値を認めた初めての行政が栃木県宇都宮市、我が郷土だという事が誇らしい♪
たくさんの人にこの事実を知ってもらいたくてmixiの日記に書かせていただきました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1654746328&owner_id=12582810

杜若

No title
この記事を読んだ一日は歩くたびに黄色い点字ブロックに目が行きました。
こんな発明はなかなかできませんね。だいいちお金がもうかる発明とは思えません、目の不自由な方のためにとの一心で苦労されたのでしょうね。
日本人に生まれてよかったと思います。
このような方の寄せ集めが日本人だとすれば誇るべきですね。
素晴らしい記事をありがとうございました。

基準点

点字ブロックの道を歩いてみました
今日仕事が終わってから、点字ブロックの道を歩いてきました。
確かに、まるいポチポチのついた「点状ブロック」と、突起が平行線になっている「誘導ブロック」の2種類がありました。
一つだけ記事とちがっていたのは、私の町では一枚のブロックは30cm×60cmのサイズで作られていることだけでした。突起の高さは、6mmが正しいようですね。
目を瞑って、歩いても足の裏の感触で進んで良いか、止まるべきかを感知できました。

更に、横断歩道内にはポチポチを横一列に配列したものが敷設されていましたので、この上を歩けば横断歩道内で有ることとそこでの進行方向を感知することができるようになっていました。勿論歩道に上がる時には注意ブロックがありますので横断終わりを判断できます。
これは三宅精一氏の発明からの拡張かなと思っております。

知り合いの福祉団体関係者にこの話をしてみたいと思います。

いつものことながら、今日はとても良い話をありがとうございました。


-

自衛隊応援のデモ
先ほど花うさぎさんのブログに、このような告知がされていましたので、貼らせていただきます。



【緊急拡散依頼】JSN
■10・24尖閣諸島への自衛隊配備の要請は

「感謝」と「応援」のシュプレヒコールで!


 10月24日が迫ってまいりました。朝7時15分集合は、驚かれたことと思います。時間が早くなったのには、理由があります。それは当日、自衛隊の中央観閲式が朝霞駐屯地で開催されるからです。


 この日は、駐屯地近辺の警備が最も厳重に行われる日だからです。中央と名がつくのは、陸海空の合同の観閲式だからです。中央観閲式は、陸海空自衛隊で持ち回り、朝霞駐屯地で行われるのは3年に1回です。つまり、3年間で最も警備が厳重な日にデモを行うわけです。


 あえて、この日を選んだのは、沖縄からの「自衛隊緊急配備」を求める声を届けるには、最も相応しい場所だと考えたからです。


 デモを開催するにあたり、埼玉県警の皆様には大変お世話になりました。コースの下見をするのにも、10名程が付き合ってくださいました。警察の方が言うには、観閲式の日に保守系の市民団体が自衛隊応援のデモを行うのは、初めてとの事です。


 調整窓口になっている警察官の方には、このように言われました。「街宣車による車両デモは毎回行われいるが、保守系一般市民による徒歩デモは、今回が初めてであり、歴史に残る画期的な事です。たとえ、参加者が100人だったとしても警察の記録には、このようなデモを始めたのは、みなさまだとしっかり残りますから、誇りに思っていいと思います。」


 どうやったら、自衛隊を動かすことができるか、沖縄の左翼の声を打ち消すことができるかという事で頭がいっぱいになってしまっている私には、想像もしなかった言葉で、本当にうれしい限りでした。是非、このような歴史的瞬間のデモに100名といわず、1000人でも2000人でも、できるだけ多くの方にご参加いただければと思います。


 直前になってしまいましたが、今回、ご参加を検討されている、皆様にもう少し趣旨をお伝えしたいと思います。まず、お伝えしたい事は、今回のデモは、抗議デモでは無いという事です。


 日本政府や中国共産党や人民解放軍に対する抗議のデモも当然必要ですが、朝霞駐屯地付近で行う今回のデモは、自衛隊、自衛官に対する「感謝」と「応援」のデモだという事です。


 今の尖閣危機は、戦後65年の平和ボケのつけが回ってきて、日本には大きな変革を求められている瞬間だと思います。それは、明治維新の時と全く同じです。そして、最も大きな変革が求めれているのが他ならぬ「自衛隊」です。「戦争をしない自衛隊」から、「命をかけて祖国を守る自衛隊」に変革が求めれているのです。


 今、多くの国民が危機に目覚めて行動を開始しています。そして私たちは、平気で「政府は毅然とした態度で国を守れ!」といいます。しかし、実際に守るのは、声をあげた国民でもなく、政治家でもなく、実際の国防の任務につく自衛官なのです。


 結局、日本を守るためには、自衛官が命をかけて戦わなければならないのです。自衛官一人ひとりは、いざとなったら命をかけて任務につく覚悟はできています。

 しかし、憲法や法律が整備されていないため、具体的な有事の際の想定ができず、本当の覚悟ができていないというのが実情だと思います。


 つまり、国を守るためには、私たち国民は、自衛官に本当の覚悟をお願いするしか方法がないのです。その時に、私たちが忘れてはならないのは、自衛官一人ひとりにも家族がいるという事です。


 妻がおり、幼い子供がいる隊員もいるのです。また、入隊する時には、「まさか戦争にいく事になるとは思っていなかった。」という隊員がほとんどだと思います。結婚した妻も、「まさか主人が紛争地に行くとは思わなかった。」ときっと言うと思います。


 そのような家族の心に思いを馳せたならば、10月24日の「自衛隊緊急配備を求める」デモのシュプレヒコールは、「感謝」と「応援」に溢れたものであるべきだと思います。


 ご参加いただく方は、そのような思いを胸に秘めてご参加いただければ、幸いです。(JSN代表 仲村)

当日配布予定の資料ができあがりました。請願国民集会には、西村幸祐先生がご登壇予定です。集会は、デモ参加者が優先となります。

coco

日本の技術
ねずきちさん こんにちは。 はじめまして。
いつも拝見しております。毎回、すばらしい話ありがとうございます。
日本人の発明は、世界中でいろいろな形で貢献しているんですね。うれしいです。日本人の発明には、本当に心を感じますね。

こちらは現代の発明(?)です。ロボット技術は、すごいですね。日本がこれから世界のロボット産業を先導していくんでしょうね。
↓は本当にびっくりしました。

http://www.youtube.com/watch?v=Z1TK4D1Jr6k&feature=player_embedded

世界が後退せず、発展していくことを切に願います。
(もちろん、歴史も大切にしながら・・・)
TVで紹介してほしいですよね・・・(放送されました?)


パキラ

人材とは
はじめまして。
ヤフーコメントにココのサイトが触れてあり
興味がありお邪魔しました。
点字ブロックのお話いい話ですね。
こういった日本人の創意工夫と無私の精神には
色んな発明品やアレンジに生かされていると
感じています。
儲けじゃなく使い手の為、自分がその立場なら
どうすればいいか?そんな心です。

今回尖閣テロ事件で中共・民主党・既存マスコミは
この日本人の魂を踏みにじり、誇りを傷つけました
とうてい許せません。
日本が世界に誇る〝人材〟という宝まで
奪おうとするシナ・チョン
日本国民は犠牲と覚悟を心に決めて
それらの敵に立ち向かう時が来たと思います。

-

こういう良い話は、是非教科書にも掲載してほしいですね。
中国って、呆れた国ですね。これでは柱にぶつかってしまいます。


それと、ハイヒールを履いても、なるべく点字ブロックの上を歩かないようにしたら良いのに。

(そうは言っても、横断歩道の所では点字ブロックを踏んでしまいますけど)



 安心の  膨らみ感じる  点字かな

やっち

暗闇と戦った武士
ヘレン・ケラー女史が、ライオンズクラブでのスピーチで言った、「盲人のために暗闇と戦う騎士になってはいただけませんか」という言葉を思い出しました。
この言葉がライオンズクラブを動かし、「白杖」が全世界に広まったんですよね。
そんな世界最大のボランティア組織に勝るとも劣らないことを、一個人で成し遂げた三宅さんの志、日本人として誇りに思います。
私も、三宅さんのような、誇れる人間になりたいなあ。

にっぽんじん様
殉職九人の乙女の碑、当初は軍の命令となっておりましたが、事実と違うことが判明したことにより書きかえられ、現在は職に殉じたという内容に改められています。

taikon

だれかの為に
ここが日本人の素晴らしいところだと思います。
自分の為ではなく、他人の為に身をなげうつことで、ものすごい力を発揮できる。
我々日本人はそんな「血」を引いています。
ご先祖様に感謝ですね。

多峰鋭太

誇って良い郷土の「星」
岡山からです。いつも良い話を有難うございます。

自身の努力が生きている内に日の目をみることが出来れば良いのですが、
先覚者はそれが斬新であるほどいつも不遇を囲っています。三宅さんもその一人。

でも、きっと星になって世界中の点字ブロックを眺め、目を細めていらっしゃることでしょう。

チープパープル

視覚障害者から
私は、視覚障害者(弱視)です。

日頃、点字ブロックのお世話になっています。

点字ブロックにも、無名の日本の偉人が尽力されていたのですね。

こうした人々が、日本には多くいらっしゃる。

日本人として、誇らしくそして有難いことだと思います。


ちょっと余計なことを言うと、点字ブロックは車椅子の方には不評のようです。

あと、ハイヒールの女性にも(苦)。


お互い、みんなが上手く暮らしていける街作りを願っています。

ネトウヨ

おそらく・・・
> ようやく完成形となったのは、30センチ四方のコンクリ
> ートブロックに、高さ6センチの丸い突起を、49個(7×
> 7)配列するというものでした。現在の形です。

揚げ足取りのようですみません。
注目されるブログですので、上記の間違い?を指摘させてもらいます。

高さ6cm → 高さ6mm??
現在の形です。→現在の形の原型です。(現在のJIS規格だと、当時の
ブロックは、規格外なため)

細部まで、気にしすぎるとの批判もあろうとは思いますが、念のため、
書かせてもらいます。

いつも、私の知らない歴史や逸話をありがとうございます。
私自身、ねずきちさんのブログを読むことで、日本人として恥ない生き方
をと、自らを奮い立たせる良い機会になっております。

今後とも、よろしくお願い致します。

shorty

No title
同県に住む者として、誇らしい話です!
地元紙などでは少し名前が出ることがある方ですが、もっと知られて良い偉人ですね。
いつも素敵なお話をありがとうございます。

あきちゃ

つД`)・゚・。・゚゚・*:.。
点字ブロックにこんな素敵な話があったとは!!!

号泣です。

この話は伝えて回りたいです。

にっぽんじん

卑劣な人間
今日の新聞に映画「氷雪の門」で描かれた9人の女性電話交換手に関する記事がありました。終戦後、日ソ間の条約を無視して日本に宣戦布告したソ連軍の犠牲になった乙女たちです。

「殉職九人の乙女の碑」が北海道稚内の丘「氷雪の門」の傍にあるそうです。その碑文には「日本軍の命ずるままに青酸カリを飲んだ」と書かれているそうです。

初めて知りました。本当なら、これほど「九人の乙女」の英霊を冒涜する言葉はありません。稚内市はどのように考えているのでしょうか。実に卑劣な恥ずべき人間の行為です。

このような碑文が書かれているのなら、むしろない方が良いのではないでしょうか。九人の乙女を称えるはずの言葉が冒涜する言葉では英霊の魂は浮かばれません。

北海道の皆さんはどうお思いでしょうか。

仙谷セックス

小澤一郎失脚 新井将敬みたいに死ぬなよ
岡田克也 犬鍋強姦大国の韓国に憬れる政治屋
岡田克也 竹島は韓国領でいいと主張する政治屋
岡田克也 韓国人売春婦のババーを愛する政治屋
岡田克也 中国高官様の靴の裏を舐める政治屋
岡田克也 イーオン 日本人を奴隷にし、地方商店街を次々とシャッター街にする政治屋
岡田克也 桑名のエタ在日に尽くす政治屋
岡田克也 在日韓国人が得する政策ばかりを実践する政治屋
岡田克也 CO2削減25%の日本大損失の政策を強行する政治屋
岡田克也 日本のインド原発ビジネスを妨害しようとした韓国工作員まがいの政治屋

岡田克也 日本人?

マグナム大阪

日本人の発明だと知らなかった・・・
はじめまして。

時々拝見していたのですが、まさか、日本人の、それもこのような人の発明であるとは知りませんでした。


中国人に言わせると、
「日本の点字タイルは小さくて狭く、わかりにくい」
とかいって、日本人をバカにしたようなことを言います。


今度、お前らは、近代国家として何一つ生み出していないんだと、はっきりと言ってやりますよ

-

点字ブロック
いつもよい話が読めるのですが今日もいい話ありがとうございます。
努力が実って億万長者になれた(すいません、俗っぽい人間なんで、アメリカンドリーム見すぎ)と期待してたら三宅さん、不遇のうちに亡くなられたんですね。(それでも死後、願いがかなってよかったです)当たり前のようにある点字ブロックがまさか普通の一般市民の方が作ったとは思いませんでした。
(写真のお顔はとてもきりりとしてます)

-

No title
【HELP!】【HELP!】
シナの侵略計画を死守する為に!
この場をお借りして拡散、お願いいたします。
宜しくお願いいたします。

【HELP!】沖縄の離島の小島で中国人の侵略におびえる日本人の書き込み

http://am6.jp/93hQTA

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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
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『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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