もうひとつの赤穂浪士物語・・・矢頭右衛門七



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赤穂浪士099


以下のお話は、ちょうど一年前の同じ日にご紹介したお話です。
どうしても好きな話で、この時期になると誰かれ構わず話してしまう(笑)

なので、ほんのちょっぴり、文面も修正して、今年もまたやりたいと思います。

~~~~~~~~~~~
12月14日といえば、赤穂浪士討入の日です。

赤穂浪士の物語というのは、本編(内匠頭と上野介の確執、切腹から討入まで)のお話だけではなくて、四十七士その他登場人物のひとりひとりに、それぞれの細かなエピソードがたくさん語られています。

ここまでくると、もう、どれが実話で、どれが脚色なのか、さっぱりわからない(笑)

ただ、それらのエピソードの中で、ボクが大好きな物語が、「矢頭右衛門七(やとうえもしち)」のお話です。

矢頭右衛門七は、討ち入りのとき、わずか17歳でした。
大石主税(おおいしちから、内蔵助の息子)につぐ若さです。

当時は「数え年」ですから、いまで言ったら、16歳。それも栄養事情がいまよりはるかに悪かった時代ですから、見た目はいまの13~4歳くらいだったかもしれない。

それでもやはり武士は武士なんですね。

はじめ大石内蔵助は、右衛門七(えもしち)を同志に加えることを許さなかったそうです。
あまりに若かったからです。

しかし、同志に加えなければ切腹もしかねないという右衛門七の真剣な姿に、内蔵助もついに折れ、父・矢頭長助の代わりとして、同志に加えています。

この右衛門七(えもしち)ですが、討ち入り後に「赤穂浪士には 女が混じっている」と噂されたほどの美男子でもあった・・・と言われています。

時は元禄15年、秋のことです。

上京した右衛門七(えもしち)は、大石瀬左衛門とともに浅草の花川戸の裏店に住んでいました。

ちかくには、浅草山の聖天宮があります。
ここは紅葉の名所なんですね。

まだまだ隅田川の水も、透明できれいな水であった頃のことです。

透き通った青空に、ぽっかり浮かんだ白雲のもと、墨田の川面に浅草山の真っ赤に燃えた紅葉が、見事に映えていた、そんなある日。

右衛門七(えもしち)は、ひとり紅葉見物に歩いていると、浅草山の崖の上から、紅色の扇子が落ちてきます。

「はて? 紅葉のように美しい扇子(せんす)だが、誰が落としたものか・・・」
右衛門七(えもしち)は、落ちてきた扇子を拾い、持ち主に届けようと、坂道を登ります。

すると、そこに同じくらいの年頃の、美しい少女がいた。
時は元禄です。
世は、まさに好景気にわいた頃です。
その少女は実に美しい着物を着ていた。

右衛門七(えもしち)が、「もしやこの扇子は、あなたのものでは?」、と声をかけると、その少女は、顔を真っ赤にして、「よけいなことをしないで!」と、走り去ってしまいます。

近くにいた町方のおじさんが、右衛門七(えもしち)に声をかける。

「そこなお武家さん、野暮なことをしちゃぁ、いけませんよ。
これは紅葉供養って言ってね、
年頃の娘さんが、良い人(夫)が見つかりますようにって、願いをこめて、
ここから下の紅葉の中に紅扇を捨てるんですよ。
それを拾うってなぁ、雰囲気ぶちこわし、ってことでさぁ」

知らなかったとはいいながら、ささやかな乙女の願いを邪魔してしまったことを深く恥た右衛門七(えもしち)は、こんど見かけたら、ひとこと謝ろうと、何日か浅草山に出向きます。

2~3日経ったある日、右衛門七(えもしち)は、ようやく少女を見つけます。
少女は、紅葉の枝を取ろうと、背伸びをして手を伸ばしていた。

「どきなさい。私がとってあげる。」

抜く手も見せぬ早業で、剣を抜いて一瞬で鞘におさめて枝を斬り落とした右衛門七(えもしち)に、少女は目をまるくします。

「まぁ、なんということをっ!
私は願い事を書いた短冊を枝に結び付けようとしていたのです!
それを切り落とすなんて!」

田舎から出てきたばかりの武骨者の右衛門七(えもしち)には、花のお江戸の若い女性の習慣など、知るすべもありません。
親切にと思ったことが、またまた裏目に出てしまった。

こういうの、ボクなどはすごくよくわかるなあ。
まあ私事ですが、よかれと思って女性にしたことが、ひんしゅくのオンパレードになって、「デリカシーがない」などと逆に叱られてしまう。
十代の昔からそうです。
って、50過ぎたオヤジのことなんか聞きたくないって?w
うるせぃ!、俺にだって十代の頃はあったんだいっ!(笑)

顔を真っ赤にして、素直に詫びる右衛門七(えもしち)に、少女も、いつしか心をときめかせます。

それから何日か経ったある日のことです。

右衛門七(えもしち)が歩いていると、川端でたたずんでいる少女がいる。
あの少女です。

見ると川面には、なにやら荷物のようなものがプカリプカリと浮いている。

こんどは間違っちゃイケナイと思った右衛門七(えもしち)、行動を起こす前に、ちょっと慎重になって、先に声をかけます。

「なにを流しておいでなのですか? これも何かの風習ですか?」

すると少女は、

「ちがうのよ。
大事なお届けもののお荷物を川に落としてしまったの。
お願い、拾って!!」

ええっ!とばかりびっくりした右衛門七(えもしち)は、おもわず初冬の隅田川に飛び込んでしまった。

荷物は無事に拾い上げたけれど、全身、水浸しです。
さ、寒い!

こうなったら、もはや走るしか体を温める方法はありません。
右衛門七(えもしち)は、近くにあった茣蓙(ゴザ)で身を覆うと、後ろで何か言っている少女をさしおいて、いちもくさんに家に向かって駆け出した。

この少女は、浅草駒形の茶問屋、喜千屋嘉兵衛の娘で、お千といいます。

茶問屋さんというのは、江戸時代はどこも大店(大金持ち)です。
いくら若い男女とはいえ、娘がお武家さまを、冬の川に飛び込ませたとあっては一大事です。

親御さんは、とにかくお礼をしなくてはと、家にあった反物(たんもの)を使って、お千に、若侍さんの着物を縫わせます。

何日かかかって、右衛門七(えもしち)の居所をようやく見つけた家の者は、右衛門七(えもしち)をお千の家に招待した。

そしてお千が縫った着物を右衛門七(えもしち)に渡そうとする。

けれども右衛門七(えもしち)は、
「そのようなお気づかいは、ご無用に」と、受け取らない。

「せっかく心をこめて縫ったのに、受け取らないなんて!」
お千ちゃんは泣いて、奥に引っ込んでしまいます。

そこに、ばあやが出てくる。

聞けば、お千は、不治の病で、もういくばくの命もないという。
そして、お千の家の茶問屋では、宇治茶を「吉良家」にしばしば届けていると。。。。

「これは!」

吉良家の動静を知る上で、重要な手掛かりになるかもしれない。
右衛門七(えもしち)は、お千の縫った着物を受取り、またの来訪を約束します。

若い二人です。
美しい大店の娘と、女と見まごうほどの色男の右衛門七(えもしち)。
二人には恋心が芽生えます。

しかし、右衛門七(えもしち)は、討入したら、死ぬ身です。
いくらお千さんのことが好きでも、自分には彼女を幸せにすることはできません。

そうとわかっていながら、お千が吉良家に出入りしていると知って、自分はお千に近づいている。お千ちゃんを「利用」しようと、している。

こんなことでいいのだろうか・・・・

しかし、お千ちゃんの命は、聞けばあと半年ともいう。
お千ちゃんも自分も、実るはずのない命。
せめてその短い間だけでも・・・

いや、しかし・・・

右衛門七(えもしち)の心は、千路に乱れます。

それでも、

あいたい、会いたい、逢いたい・・・


12月14日、朝からしんしんと雪が降る日、屋敷にいた右衛門七(えもしち)のもとに、お千ちゃんがやってきます。
ひどい高熱だった。

お千は、今夜、吉良家で茶会が開かれる・・・吉良上野介が在宅している・・・ことを右衛門七(えもしち)に告げます。

右衛門七(えもしち)は、高熱に侵されているお千を、籠屋を呼んで家に帰すと、すぐさま討入の仲間に、「今夜」と報告をします。

討入の当夜、もともと体の弱かったお千は、雪の中を無理をして右衛門七(えもしち)に報告に走ったことがたたって、床に伏せたままになってしまう。

・・・・

そして、討入り。

・・・・

翌朝、お千のばあやが、血相を変えて、お千の部屋に飛び込んできます。

今朝早くに、深川へお茶を届けに行くと、たいへんな騒ぎで、なんでも赤穂の浪士が吉良邸に討入ったとか。

そこへ引揚の赤穂の浪士がやってきた。

「右衛門七(えもしち)さんも、いましたか?」

「いましたよ、いましたとも!」

ばあやを見つけた、右衛門七(えもしち)は、隊列を抜け、ひとこと、

「ばあや、昨夜はお千さんのもとにお見舞いにいけませんでした。
お千さんに、すまぬと、お詫びしてください」

「すまぬ」とひとこと。。。。


討入のあと、赤穂の浪士たちは、細川、松平、毛利、水野の4家に、別々に預けられます。

矢頭右衛門七は、水野家にお預けです。

年が明けます。
梅の花が咲く。

ようやく床から起き上がれるようになったお千が、水野家を訪ねます。
面会謝絶です。
水野家では、追い返そうとしたけれど、見れば、お千は、病いで、苦しそうな様子。

ひとめ右衛門七(えもしち)に会いたいというお千だけれど、浪士への面会は、幕府によって固く禁じられています。

たまたまその様子を眼にした水野のお殿様は、お千に、

「梅が見たいのなら、小庭をまわって、見られたらよかろう」と話した。

「えっ?!」

「ただし、けっしてお声をお出しなさるな。
 梅を見るだけじゃぞ」


そうか! 右衛門七(えもしち)様に会わせてくださるんだ!
お千は、涙を流します。

いっしょにいたばあやは、あの勝気だったお千が、こんなにもいじらくと、また涙を流した。


水野は、その足で、浪士たちがいる部屋に向かいます。

そして右衛門七(えもしち)を見つけると、

「矢頭殿、庭に梅が咲いております。庭に降りてご覧になったら、いかがかと」

「? ここからでも、梅は見えますが」

「そういわずと、さぁさぁ、庭にお出なされ。
ただし、どんなに美しくても、決して声は出してはなりませぬぞ」

おかしな老人だと思いながらも、右衛門七(えもしち)は、水野の勧めにしたがって、庭に出ます。

すると、庭の境の垣根の向こうに、

お千が、 いた。



二人は互いの目と眼を、じっと見つめあいます。
しかし声を出すことは禁じられている。

「右衛門七様、たったひとことでいい。いつわりの恋ではなかったと、お聞きしたかった」

「お千殿、あなたへの心は、真実と、伝えたかった」

二人は声に出さずに、眼と眼だけで、そう会話すると、
右衛門七は、懐(ふところ)から、紅扇を取り出した。

そうです。
それは最初に二人が出会ったときに、お千が投げた、あの扇子です。


右衛門七(えもしち)は、梅の小枝を一枝手折ると、その小枝を紅扇に乗せて、小川に流します。

扇子は、庭の小川をゆっくりと流れ、お千のもとへと流れつく。


ひとことも語ることは許されなかった。
けれど、語る必要はなかった。

二人の心と心が、百万の言葉を費やすより雄弁に、強く互いの心を知りあてた。

そして紅扇に乗せた、梅の花が、すべてを伝えてくれた。


まもなく右衛門七(えもしち)は水野の家人から、お千の死を知らされます。

お千どのは、おそらく右衛門七(えもしち)殿の心を知りたくて、弱り切った体で無理をしてやってきたのだろうと。


その年、元禄16年2月4日、赤穂四十七士に、切腹のお沙汰が下ります。

水野邸においては、右衛門七(えもしち)が、先んじて短い命を絶った。

矢頭右衛門七(やとうえもしち)
切腹。介錯人杉源介 享年18歳。

矢頭右衛門七(えもしち)というのは、母妹の世話に苦難したことで有名な赤穂浪士なんですね。

父は、赤穂藩家臣の勘定方、矢頭長助。
母は、姫路松平家の家臣の娘です。

元禄14年3月の浅野内匠頭の殿中松の廊下での刃傷のあと、4月19日には、早々と赤穂城が開城され、引き渡しになっていますが、このとき、大石内蔵助のもとで、藩の財務の残務処理を最後まで行ったのが、右衛門七(えもしち)の父の長助です。

ところが心労がたたった父・長助は、元禄15年8月15日に、病死してしまう。

右衛門七(えもしち)は、義挙に加わらねばならない身の上ながら、母と妹三人をどこかに預けようと、母の実家のある奥州白河藩(松平家がここに転封されていた)へ向かうのだけれど、荒井関所で女人通行手形不携行として通してもらえず、大阪へ帰るなどしています。

そして同年9月には、討入のために上京。

翌元禄16年切腹となりますが、浪士の義挙によって、事件後右衛門七(えもしち)の家族の苦難が知られるようになり、母と妹三人は、奥州白河へ行くことができます。

そして長女は、多賀谷致泰(奥州白河藩松平家家臣)
次女は、多賀谷勝盛(奥州白河藩松平家家臣・致泰の息子)
三女は、柳沢家の家臣山村氏にそれぞれ嫁ぎ、母も娘達の嫁ぎ先の多賀谷家で暮らします。

今日の物語のお千ちゃんというのは、創作で、水野家にやってきて対面したのは右衛門七(えもしち)の妹で、母の縫った襦袢を持ってきたときのエピソードだという話もあります(女たちの忠臣蔵)。

まあ、どれが本当の話しかはわからない。

けれども、恋に不器用な男子と、忠義をとるか恋をとるかの板挟み、そして見事、討入を果たし、水野のお殿様の配慮で、再会したときも、ちゃんと約束事を守って眼だけで会話した、ルールを遵守する日本人の気質。

そうしたいろいろな要素が、この右衛門七(えもしち)とお千の物語には入っているような気がして、だから、このお話はとっても大好きです。

ちなみに、右衛門七(えもしち)は、実は東海道四谷怪談にも登場します。

四谷怪談で、お岩さんにひどいことをした民谷伊右衛門を、ラストシーンでバッサリ斬って一件落着させるお岩さんの妹の旦那、佐藤与茂七が、矢頭右衛門七をモデルにしたキャラクターとして描かれています。

昨日今日と、赤穂浪士談義で、政治とはなんの関係もないじゃないかと思われるかもしれません。

でもね、私たちが取り戻そうとしている日本という国は、卿の物語にあるように、上も下も約束事はちゃんと守る、そういう国だったのです。

いまのような国民との約束事を守らないことがまるで当然とするような政権では、日本は完全に壊れてしまう。

みんなの力で、日本を取り戻しましょう!!

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コメント

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偏差値50

No title
年末に、よくテレビ東京で赤穂浪士の長時間ドラマを見てましたが(いつも泣いてましたが)、この話は忘れてたかな。新鮮に感動しました。ま、創作というのはすぐ解りますが、やはり日本人の心のツボを心得ていますよね。て言うか、日本人て、こんなに情感が豊かな民族なんですよね。
 毎日の更新お疲れ様です。応援してます。

-

e
忠臣蔵いいですね♪
私の好きなシーンは、討ち入り前に大石内蔵助が瑤泉院を訪ねる『南部坂雪の別れ』です。
「西国の大名とは極楽浄土のことであったのか、、、」と血判状を見て内蔵助の真意を知り亡き内匠頭の仏前に手を合わせる場面は、感動的です。
いつかねずきちさんに改めて筆を取っていただきたいです。

>猫ドン さま
>お達者クラブ さま
大東亜解放戦争と私は申しております。

皆さま!!忘年会は『刃傷松の廊下』をリクエストしてくださいね!!

おにぎり

日常生活、日々ルネッサンス
儚くも美しいですね。外国人に『貴方の国ではLOVE(愛)はあっても、恋はないでしょう?』
『日本は恋から愛に変わる愛おしさを知っているんですよ』と言っています。

<2010/12/14(火) 15:40 さん
今も持っていますが☆ティッピ野生のことば(文・写真集)
☆野生のティッピ
http://spluch.blogspot.com/2007/10/girl-from-namibia-who-has-special-bond.htmlにも映像があります。

天気の良い日に、父方のお墓参りもおススメです。
父母が共に先祖の墓を手入れし、磨き上げ、花を生ける感謝の姿は、先祖が守ってくれたから生まれ、
今も見守ってくれていると自然に手を合わせたくなります。子供は大人の言葉より、行動を見ます。
お仏壇があるなら、ハンカチ&ティッシュを仏前に置いておくと出かける際or帰宅した時に、自然とチーンして挨拶しますよ。(チーンしないと叱られましたけど)

姉と曽祖父の家に行った時。お茶碗にご飯粒が幾つか残っていしまいました。叱られたんですが、その日の昼ご飯『鶴は千年、亀は万年』って云うだろう。鶴さんみたいに綺麗に、亀さんみたいに長生きしたければ鶴鶴飲まずに、亀亀ってな(爆笑)
~元気玉~
【おむすび】(三角)高御産巣日神と神産巣日神に共通の「むすび」(産巣日)という言葉。
天地万物を生み出す神霊、またはその霊妙な力を意味している。日本人は山を神格化し、その神の力を授かるために米を山型(神の形)をかたどって食べたもの。関西ですから、【おにぎり】(俵型)は『鬼を切る』という言葉に似ているため、魔よけの効果がある元気玉

笑顔は最強の力です。
私たち日本人がついています!大丈夫!

きゅうりは未だに苦手です。カッパにはなりたくなかったんで・・・

お達者クラブ

一寸気になったので
>猫ドン さん

>太平洋戦争→大東亜戦争とあっし等は言ってます。

22

ミンダンのおかげ
興石 東 殿

  当組織は、第二十二回参議院議員選挙において貴殿を推薦決定
  しましたのでここに通知します。

   平成二十二年

          山梨県甲府市宝一丁目三九-一
          在日本大韓民国民団山梨県地方本部
          団長 鄭 郁
 -------------------------------------------------------------------
韓国政府からの民団支援金の30%削減で、上記のような選挙工作費用の捻出も厳しくなる?
いやいや・・・他の予算を削っても、地方参政権付与運動の為のロビー活動費は削減しないだろうね。

http://toriton.blog2.fc2.com/

No title
全然関係ない話で申し訳ありません。

昨日、夜7時ぐらいでしょうか。NHKで戦争に行った動物たちみたいな番組を流していました。スタジオには子役たち。明らかに子供をだーゲットした番組です。私は「あーやだな」と思いながら家事をしていました。番組が終わるころリビングに戻ったら6歳のわが子が声を殺してなかば放心状態のようなかんじで涙をながしていました。何をどんな偏向を流したんだと心配しながら娘に涙の理由をききました。6歳の子供なので涙の理由をうまく答えられません。話をきいてくうちに、戦争というものかおろしくて涙を流していた。どうやらそんなかんじのようであわててフォローしました。
きれいな白いキャンパスに汚いインクを落とされてはたまりません。一度沁みついたらとれないわけですから。

抱きしめながら「ひいおじいチャン世代が戦争に駆り出されたこと、ひい爺さんたちは国のために戦ったこと。いまの豊かさはひいじいさんたちの努力の上にある。」的なことを伝えたらだいぶ落ち着いてきたのですが、戦争の話をするように今、猛烈にせかされています。学のない私にはつらいくうまく伝えるのに苦労します。どなたか英霊に感謝の念が書いてあるような子供向けの良い絵本しりませんか?

夕方の民放の子供番組は品のない変なお笑い芸人がでてるし、NHKの子供番組にも芸人はでていますが比較的まともな子供番組ってNHKしかないんです。そのなかに紛れ込ませてくるので本当に困ります。もう6歳理解できますし本当にまったなしの状況です。

左まき人間にさせたくないんです。

愛信

11年度の年金支給額、引き下げへ 物価水準下落で
11年度の年金支給額、引き下げへ 物価水準下落で
http://www.asahi.com/politics/update/1214/TKY201012140175.html
年金支給額は物価の変動が反映される。04年の法改
正で、05年の物価水準を下回った場合に翌年度分を減
らし、物価の上昇時は据え置くことを決めた。来年度分
を下げるのは、今年の全国消費者物価指数が05年の
基準を下回ることが確実となったため。

国民生活の基と成っている年金を減額するには、
公務員の給与を減らしてからにするべきである。

【年金問題の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj1.cgi
【年金問題タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

光喜

No title
心揺さぶられる素晴らしい御話です。
感動しました。
ねずきち様のブログで語られる、こうした先人の見事なる生き様の数々が、現代の初等教育から盛り込まれ、中学、高校と一貫し子供たちに語られ続けられたら…。
きっと、しっかりとした国家観、道徳観を持った国民が育成されることでしょう…。
日本の歴史において、見事な生き様をした先人は列挙にいとまがありません。
そんな誇りある先人をすべて否定する日教組及び戦後の教育が、今日の堕落した日本人を量産した元凶だと改めて実感しました。

いつもねずきち様のブログで勉強させていただいています。
今日は初めてコメントさせていただきました。
これからもずっと、ねずきち様を応援します!




日本人

No title
これから泉岳寺に参上します。
今日のお話泣けました。

愛信

【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】(288)
【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】(288)
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/101127/bks1011270751002-n1.htm
第1回は学会草創期。戸田城聖第2代会長が立ち上げ
た小口金融(つまり高利貸)の大蔵商事で池田氏が力
を認められ(つまり取り立てがうまく)て、第3代会長に
選ばれるまで。

このような営利団体を宗教団体と騙して非課税としてい
る犯罪行為を糾弾しよう
【創価学会の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/snt/snt0.cgi
【創価学会の掲示板タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

-

No title
ねずブロはやっぱりこうでなくちゃいけません。
時局の話もいいですが私はこういうのがすきです。

八目山人

元禄美少年
中学生の頃、映画館で「元禄美少年」とう映画を見ました。あらすじはほとんど忘れてしまいました。右衛門七は中村賀津雄がやっていたと思います。
覚えているのは、貧しいながら必死に生きる。義のためには命はちっとも惜しくは無い。むしろ生き残る事が恥ずかしいと言った若さゆえの一途さ、と言ったところです。
その後テレビで、高校三年生を歌った舟木一夫主演でドラマ化されて、見た人も多いのではないかと思います。

すずき

No title
とても美しい話ですね。そしてとてもうらやましい話です。
本当に好きな相手と出会えてよかったと思います。たとえその後死が待っていたとしても。

猫ドン

No title
太平洋戦争時の日本の状況ににている気がします。
現在で言う高校生や大学生の年代の方々が私的な想い、繋がりをも断ち君の為御国の為に命を差し出し 大義を果たす。
特攻隊隊員として空に海に散っていかれた若者達 。
戦後、多くの日本国民が忘れ去った真実。
今、生きている我々はこの様な方々の誠道を守り散られて、千尋の海に沈みつつ尚も御国の守り神になられた英霊の方々に感謝の心と安らかに靖国で眠られる為にも、正道・誠道に生き、この大和の御国、天皇陛下をお守りしなければならない。
決して、史実を曲げられ 大和の国を多国に譲り渡したりしてはならない。
感謝の心を持たない左派 集団に大和の国を汚させてはならない。

マカロン

また朝から
泣いてしまいます
化粧が剥げちゃいますね(笑)


こんな話があって(例え創作があっても)、命を掛けて闘う、守る その武士道精神


やはり 日本は素晴らしい!!

日本人で 良かった


早く 天皇誕生日が来ないかな…
お元気な皇族方様のお姿
待ち遠しい…

ねずきちさん、今日もありがとうございます

butchiyar

No title
・・・大画面テレビや大きな車を持つような貨幣経済上の幸福感ではなく・・・お互いが貧しくとも相互信頼の確立した、勤労が美徳と認知されている、担保や保証がなくとも契約が成立してきた、そんな歴史が積み重なった世界最古の国なのです。

ですか?

毎回元気をもらってそれを仕事の活力にさせていただいています。
今回のお話も大変勉強になりました。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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