黒沢登幾と天命のお話



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黒沢登幾の寺子屋
黒沢登幾の寺子屋


黒沢登幾(くろさわとき)のことを書いてみようと思います。
日本で最初に小学校の教師になった女性であり、また、高い志(こころざし)で、時代を動かした女性でもあります。

「日本で最初に小学校の教師になった女性」という表現には、すこし注釈が必要かもしれません。
明治に入ってから学制がひかれ、全国統一的な小中学校ができたのですが、実はその前の日本には、こうした全国統一的な学校制度はありませんでした。

子供達の教育は寺子屋が担ったのですが、この寺子屋のおかげで江戸時代の日本人の識字率が9割近くもあったということは、みなさまご存知の通りです。
このことには、さらに注釈が必要なのですが、この文字の読み書きができるということについては、江戸時代の人たちは、草書体や行書体で書かれた筆字で、「読み」かつ「書く」ことができたわけです。

いまの私たちは、活字ばかり使用しています。
筆で書かれた書となると、実際のところ読めない人が多い。
ということは、江戸時代のレベルで言ったら、現代日本人の識字率は、果たして何%くらいになるのでしょうか。

寺子屋の教科書
寺子屋の教科書


この寺子屋ですが、寺子屋の先生は「お師匠さん」と呼ばれました。
生徒は「寺子(てらこ)」です。

お師匠さんは、だいたい6割が男性、4割が女性でした。
以外と女性のお師匠さんが多かったのです。

そういう意味では、明治に入ってからの学制に基づく小学校教師でも、黒沢登幾に限らず、もっとたくさんの女性教師がいてもいいように思うのですが、明治初期のの頃は、教師といえば、基本、男性でした。

これには理由があって、武士が失業して仕事にあぶれたたため、雇用創出という意味で、男性教師を積極採用したことにもよるようです。
つまり、一家の大黒柱とならなければならない人に、まず仕事を与えようとしたわけです。
ですからこれは、男尊女卑などという思想的理由とはまったく異なります。
あくまで経済的社会的合理性のうえから、そのようにしただけのことです。

現に、公的な学校以外の私塾では、昭和初期まで女性が塾長を勤める私塾はたくさんありますし、いぜんご紹介しましたが、頭山満翁を生んだ通称「にんじん畑塾」など、まるで女侠客のような女性塾長です。

さて、黒沢登幾に話をもどします。
黒沢登幾は、文化3(1807)年12月21日に、常陸国東茨城郡錫高野村、いまでいうところの、茨城県東茨城郡城里町で生まれました。

父は、将吉、母は総子で、登幾は長女です。

黒沢家は、もともと藤原一族の末裔で、一時は大名であったこともある家柄です。
江戸時代を通じて代々、修験道場と子供たち向けの寺子屋を営んで生計を立てていました。

ですからいわば教育家庭で育った登幾は、幼いころから学問好きで、たいへんに成績もよかったようです。
頭が良くて男勝(おとこまさり)の登幾は、19歳でお嫁に行き、20歳で長女久子、23歳で次女照子を生むのですが、登幾が24歳のときに、旦那がポックリと逝ってしまいます。
登幾は翌年、秋の収穫を終えたところで、2人の子を連れて実家に帰っています。

ところが登幾の実家の父と、祖父が、相次いで他界してしまう。
これも珍しいことではありません。
明治中期頃の日本人の平均寿命は、44〜45歳です。
こうして登幾は、実家の修験道士を育てる私塾と、寺子屋のあとを引き継ぐわけです。

ところが、大人相手の修験道道場は、さすがに24歳の若い娘さんが師匠ということでは、なかなか、そのふさわしさというか、貫禄がありません。
また、子供向けの寺子屋にしても、まだ2歳にも満たない幼い二人の子の面倒をみながらでは、現実の問題として、授業はうまくまわりません。

そんなことから、結局登幾は修験道場も寺子屋も閉鎖せざるを得なり、やむなく登幾は、行商をはじめています。
江戸で、くしや、かんざしなどを仕入れ、これを行商して歩くのです。
記録によると、この時代、登幾は、なんと群馬県草津の湯元温泉方面まで、重たい荷物を抱えて行商に出向いています。

当時のことです。
もちろん、自動車も宅配もありません。
荷物は全部背中に担いで歩くわけです。

特に女性の場合、男性のように荷物を背負って着物の裾をまくり、足を出して歩くというわけにいきません。さぞかし大変であったろうと思います。

けれど、行商のおばさんでありながらも、知的で明るい登幾は、行く先々でお客さんにめぐまれ、結局登幾は、この行商の仕事を、なんと20年以上も続けながら、子供たちを育て、母親を養っています。

さて、嘉永6(1853)年、ペリー率いる黒船がやってきました。
日本はその翌年、日米和親条約を締結しています。
さらに大老・井伊直弼は、安政5(1858)年に、天皇の勅許を得ずに、日米修好通商条約を締結します。

これを知った水戸藩主・徳川斉昭は激怒して、江戸城に緊急登城するのですが、この緊急登城と、将軍への緊急の面会要求のことを「不時登城」といいます。
あってはならないことです。

この「不時登城」で、徳川斉昭は、将軍の面前で、大老、井伊直弼を激しく面罵するのですが、井伊直弼は、かわりに徳川斉昭を「不時登城」の罪に問い、なんと「重謹慎」処分を科してしまいます。

徳川斉昭は、仮にも徳川御三家の一角です。
方や井伊直弼は、大老職にあるとはいえ、彦根藩主です。
水戸藩の若手武士たちは、大挙して江戸城に押しかけ、「奸族斬るべし!」と、井伊直弼の命を奪おうとします。
これに対して、井伊直弼が行ったのが、勤皇派そのものを一網打尽にする「安政の大獄」です。

このころ、登幾は茨城郡錫高野村にいました。
ここは、れっきとした水戸藩です。

その年、54歳になる登幾は、なんとかして斉昭公の謹慎解除を求め、日本国の安泰を図らなければならないと真剣に悩み、女ならばこそできる何か方法があるはずだ、と登幾は考えます。
そして彼女は、なんと孝明天皇に、斉昭公の謹慎解除を直訴しようと思い立つのです。

これは、捕まれば死罪です。
たいへんな行為です。
それでも、登幾は、やると決めたら、やる。

彼女は、単身、京に向かいました。
登幾は、決して楽な生活をしていたわけではありません。
食うのがやっとの行商暮らしです。
蓄えがあるわけでもありません。
それでも彼女を動かしたもの、それは日本を守りたい、そのために斉昭公をお守りしたいという熱情だけです。

京に着いた彼女は、なんとかして公家のつてを探し求め、孝明天皇に宛てて、一首の和歌を献上することに成功します。

その和歌です。

~~~~~~~~~~
よろつ代を
 照らす光の ます鏡
さやかにうつす
 しづが真心
~~~~~~~~~~

水戸からわざわざひとりの女性が訪ねてきて、現代の世相を真心という鏡に映しています、という歌です。
「しづが真心」は、静御前の「しづ」と、賤い下賤の身の女性の「賤」をひっかけています。
わざわざ水戸から今日へ、女の身で上ってきたのですから、写っている光は、時からみて斉昭公のことでしょう。
その光を、民衆の真心が求めているという歌です。

歌に込められた登幾のメッセージは明快です。
あっという間に公家や孝明天皇に知れ渡る。

実はこれが大騒動になります。
お上に対する直訴は御法度です。
その直訴を、なんと女性が、あろうことか天子様に対して行ったわけです。

ただ、見方を変えれば、ただ歌を詠んだだけともいえます。
その歌は、直訴か文芸か。
直訴とすれば、磷付(はりつけ)獄門晒し首だけど、中味はただの歌です。
けれど、歌にしては、あまりにも政治的メッセージが濃厚です。

この微妙さがある意味、たいへん高く評価され、なんと登幾のメッセージは、たしかに孝明天皇にまで届けられてしまうのです。
当然、幕府の目付役たちにも知れ渡たる。

登幾は、幕府の役人によって大阪で捕えられました。
そして厳しい尋問を受けました。
斉昭謹慎解除の訴えが、登幾の単独行動ではなく、斉昭夫人である登美の宮の密使としての行動ではないかとまで疑われてしまうわけです。

尋問は凄惨を極めました。
石抱きといって、まな板のようなデコボコした台の上に正座で座らされ、重たい石を膝に乗せられるといった、拷問まで受けたようです。
けれど、登幾は白状しない。

白状できるはずありません。
登美の宮とは何の面識もない。
行動はあくまでも登幾の単独行動です。

登幾は大阪でまる二か月取り調べを受けたのち、江戸に送られ、さらに厳しい尋問を受けることになりました。
登幾は、重罪政治犯として、籐丸篭(とうまるかご:罪人を護送するための専用カゴ)に乗せられ、江戸まで護送されました。
すると途中の宿場町でも街道でも、女性の重罪人をひとめ見ようと、大勢の見物者が詰め掛けました。

ここもすこし解説が必要です。
江戸時代というのは、ものすごく犯罪の少ない時代でした。
幕末になって、浪士たちによる血なまぐさい事件が頻発するようになりましたが、それまで、たとえば将軍吉宗がいた享保年間など、伝馬町の牢屋に入れられた人自体がゼロです。

なぜここまで犯罪がすくなかったかといえば、江戸時代の日本人の徳性が高かったからで、この犯罪発生割合と民度徳性の高低は、ものすごく相関関係にあるものです。
昨今の日本では、犯罪はあってあたりまえというくらい多発していますが、では日本人の民度や徳性がそれだけ下がったのかというと、東日本大震災に明らかなように、実は日本人そのものの徳性は、さほど下がっていない。

にもかかわらず、これだけ犯罪が多発しているのは、要するに民度、徳性ともに極端に低い人たちが、通名などで日本人になりすまして、好き放題犯罪をしでかしているからです。
実際、刑務所収監者のほとんどは、在日外国人、在日永住者、在日帰化人です。
私たちは、この現実をしっかりと見据えなければならないと思います。

黒沢登幾の籐丸篭での江戸護送は、そういう意味で、そもそも街道筋の人たちは、籐丸篭自体、見たことがない。
まして女性の犯罪者なんてことになったら、前代未聞、驚天動地!というわけで、見物の野次馬は、まさに押せや押せやの大盛況になったわけです。

江戸に着いた登幾は、伝馬町の獄舎に入れられました。
先客がたくさんいます。
そのなかのひとりが吉田松陰です。
河合継之助もいます。

江戸でも登幾に対して厳しい取り調べがなされました。
このお取り調べは、多分に政治的なもので、事実があろうがなかろうが、基本、打ち首または切腹のお沙汰を前提としたものです。
ところが登幾は、いわゆる攘夷の志士ではありません。
まして歌を詠んだだけです。
これは幕府としても、罰しにくい。
幕府はついに、登幾の言葉を容れ、判決を言い渡します。

判決内容は、江戸日本橋から五里四方と、常陸国(水戸藩)への立ち入り禁止、というものでした。つまり自分の家に帰れない。

江戸でかんざしを仕入れて行商して生計を得ていたのです。
これでは、生計そのものがなりたたない。
ひらたくいえば、死ねと宣告されたようなものです。

やむなく登幾は、栃木県茂木町に仮住まいをするのですが、ほどなくて万延元(1860)年3月3日、井伊直弼大老が江戸城桜田門の外で、水戸浪士の襲撃を受けて亡くなります。
いま、警視庁が建っているあたりです。

これで幕府内に政権交替が起こり、登幾は無罪放免となり、この年の11月には、晴れて錫高野村の実家に帰っています。

とことが、こうなると水戸藩では、単身、ミカドにまで直訴に及んだ登幾は、英雄です。
女だからといって、そのままにしておくのはもったいないと、なんと登幾に、家業の寺子屋の再興話がもちかけられる。
そして父の代には、15~6人だった門人(生徒)が、登幾が再興した寺子屋では、なんと生徒数が80名を超す大盛況となります。

その登幾のもとに、錫高野村の村長から、小学校の教師をしてくれないかともちかけられたのが、明治5(1872)年のことです。
この年、明治新政府から新たな「学制」が発表され、全国に小学校が置かれることになったのです。

この明治5年の「学制」では、「小学教員ハ男女ヲ論セス」となっています。
つまり女性でも、教員になれるとしてあります。
男女同権なんて、言葉さえもなかった時代ですが、明治初期においても、我が国では、教職に男女の別を設けていなかったのです。
これは、世界でもめずらしいことだろうと思います。

錫高野村は、登幾の寺子屋を、そのまま小学校とすると決めます。
登幾の自宅の寺子屋が、江戸270年を経て、明治6(1873)年5月、正式に村立小学校となったのです。
このとき、登幾、68歳でした。
彼女は「日本で最初の小学校女性教師」となったのです。

登幾は、この学校で漢学を担当しました。
そして一年間、ここで教職を勤めたあと、翌年、近くに小学校舎が新築されたのを機会に、高齢を理由に、学校教師を辞任しました。

ところが・・・ここがおもしろいところです。
登幾は辞任したはずなのに、教えを請う生徒があとをたたないのです。
このため、一時は、公式な小学校よりも、登幾のいる元の小学校の方が、生徒数が多いなんていう事態まで起きています。

結局、登幾は、明治23(1890)年、85歳の高齢で亡くなるまで、自宅の私塾で、青少年に教鞭をとり続けました。

さて、登幾が歌を献上した孝明天皇は、明治天皇の父親です。
混乱の時代の中にあって、父に素晴らしい歌を献上した黒沢登幾に、明治天皇は、毎年10石の米を授けました。
陛下は、ちゃんと見ておいでなのです。


さて、未成年の頃の登幾は、家運もよく、頭もよく、学問もよくできる素晴らしい才女でした。
しかし大人になった登幾を待っていたのは、夫に先立たれ、女手一つで二人の子を育てるというたいへんな境涯でした。

そしてさらには、登幾から教育者としての地位も奪い、20年の長きにわたって、過剰な肉体労働を強い、体力を使い果たさせ、貧乏な暮らしの中で、餓えに苦しませ、その身を極貧暮らしにまで追い落すというものでした。
そして、意を決した京都行きでは、登幾の身柄は拘束され、拷問を受けたのみならず、籐丸篭で護送され、ようやく放免されても、家に帰らせてもらえない。
老いた母の顔も見れない、娘たちにも会えないという暮らしでした。

ところが、実に不思議なものです。
天は、最後には、登幾に、本来の教育者としての地位を与え、しかも天子様(天皇陛下)から、直接御米をいただけるという処遇を受けるようになったのです。
なぜでしょうか。

孟子の言葉に、「天の将に大任を是の人に降さんとするや」というものがあります。

天の将に大任を是の人に降さんとするや
必ず先づその心志(しんし)を苦しめ
その筋骨を労し
その体膚(たいひ)を餓やし
その身を空乏し
行ひその為すところに払乱せしむ。

というのです。
なぜそんなことを天がするかといえば、それは、大任を得た人が、

「心を動かし、性を忍び
その能はざる所を曾益せしむる所以なり」
と書かれています。

要するに、黒沢登幾は、20年という長きにわたり、天から薫陶を受け続けたわけです。
そしれそれだけの長い期間、行商人に身をやつしながらも、登幾は本来の教育者としての自覚と誇りと矜持を保ち続けたわけです。

そして最後に天は、登幾に、我が国初の女性小学校教師という役割を、与えています。

見えない世界のことは、私にもよくわかりません。
ただ、ひとついえることは、天はその人に、「絶対無理!乗り越えられない!」としか思えないような試練を与える、ということです。

いまの日本には、悩んだり、苦しんだりしている人はたくさんおいでだと思います。
黒沢登幾は、極限まで追いつめられ、そんな状態を20年も続けたのです。
けれど、あきらめない。くじけない。

スーパーマンや、バットマンなど、アメリカン・ヒーローは、はじめから全てを持っています。
三国志の関羽や張飛ははじめから強く、あるいは諸葛孔明は最初から天才です。

けれど日本のヒーローは、オオクニヌシにせよ、スサノオにせよ、アマテラスにせよ、神様自体が、最初は不完全で、いじめを受けたりしながら、様々な試練を経て、成長していきます。
牛若丸だって、カラス天狗に訓練を受けて、そこではじめて強くなる。

どんなに苦しくても、笑顔で顔晴る。
ただしい道を行く。
途中に、どんなに辛い艱難辛苦が待ち受けていても、くじけずに顔晴る。

それが日本人のすごさなのだと思います。

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コメント

takechiyo1949

大きな希望を授けられた気がします
Netの国会図書館に行き、寺子屋の教科書を覗いてみました。
1頁目の1行目から、まるで歯が立ちません(泣)
こんなことでいいのだろうか?
あまりにもの未熟さに不安になっていました。

黒沢登幾嫗…物凄い生涯です。
言葉ではうまく言い表せませんが、何か大きな希望を授けられた気がします。

営 業中

No title
わかりやすい文体なのに、誤字脱字があるのがもったいない。

一読者

地元民
 おお 黒沢登機の家から目と鼻の先に住んでます。
彼女の話は祖父から口伝で知りました(今も健在)
でもちゃんとした話は初めて聞きました。ありがとうござい
ます。学校でこういう話は教えてほしいなあ。最近
郷土史を調べると観音像が恵美押勝の息子の作品だったとか地元の神社が延喜式に載っていたとか驚くことが
多いです。やはりパトリオリズムを左派は警戒してるのか?

dekotyan

感激しました。
私は20歳位から、どういう生き方をしたら?と考えて、
存在した先人の女性達の生きざまの本を読んできましたが、
女性で初めて小学教師になられた登幾さんの生き方を読んでいたく感動しました。
感動のあまり涙がうっすらと滲んできたほどです。

先日、フランス人のポール・クローデルが日本人に対して言われた
「貧しいけど、高貴である」と。この言葉は、登幾さんにこそ当てはまるのではないでしょうか?

また、私も最近、人って「神様に生かされているのではないか?」と感じていました。
その人が克服できるからこその試練を与えているのではないかとも思います。
人がこの世に生まれてきたのは、それぞれ選ばれたからです。
この世に何かしらの役目があるのだと思います。
それを全うするのが人生ではないでしょうか?

-

いつも色々と勉強させて頂いております。
ねずきちさんのブログを読んでいると、「日本人である私」を再考させられます。
生かされていること。
それ自体が生きる使命なのですね。
そしてその使命がどんなものなのかは、己の在り方と生き方、そして死に様に係ってくるのですね。
お天道様の下に居られる、ご先祖様方に恥じない生き方をして行きたいです。

垂逸

住民投票に法的拘束力
リンク先の記事を読みました。この住民投票は、地方自治法を改定するもので、投票権者は日本国民となっています。

-

一色・元海上保安官
Sengoku38こと一色・元海上保安官の単独インタビューで考える事は国民の知る権利だ、尖閣衝突事件での中共人船長逮捕のビデオ公開と中共への海保巡視船の修理費請求を与野党に求めよう
「一色・元海上保安庁職員の独占インタビュー」の動画
http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/34197346.html

ミミ

今日のお話も、私ではなく信念を真摯に貫いた方のお話でした。

こういう方を、連日ご紹介いただきますと元気になります!!

ねずきちさん、ありがとうございます。

生かされている使命、追及していきます。
生きている限り、ですね(笑)

-

住民投票に法的拘束力
民主政府、通常国会に“改正案”提出
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-4101.html

-

TPPはトロイの木馬
《インタビュー》中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる

……この程度の議論は、私みたいな若輩者が言わなくても、偉い先生が言うべきなのに誰も声を上げません、もはや民主主義国家じゃないですよ。

《「反対」はもちろん「わからない」と言いづらい雰囲気がありました》

一般の人の方が正常な感覚を持っていたのですが、偉い先生が賛成しているから反対する自信がなかったんだと思います。

それこそ下級武士(兵士)が目を覚ませということで、それにかけるしかない状況です。

私は今回のTPPを見ていて女性の反応に驚きました。

男どもが開国ごっこ、龍馬ごっこをやっていて、その安っぽいロマンチシズムのせいで自分たちの大事なものが奪われるかもしれないと不安に思っているのでしょうか。

「明治の開国は関税自主権の回復であり今回はそれを放棄しようとしている」と言うと、多くの女性がまさにその通りと言ってくださいました。

女性の方が戦略性というものには敏感なんでしょう……
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/01/tpp_5.html

二児の母

No title
ねずきち様、皆様、今日は本当に勉強になります。                                                                             感謝、感謝です。                                                                                                                                                                                                 


愛信

【若宮健】パチンコに溺れる日本、全廃した韓国[桜H23/1/20]
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なぜ大新聞が、パチンコの全面広告を掲載するのか
一昨年訪韓して、SBSテレビのプロデューサーにインタ
ビューしたとき、「パチンコの被害が出れば、その原因
を追及して糾弾するのがマスコミの役目ではないです
か」と言われて、絶句したことがある。
http://www.youtube.com/watch?v=byA-wh37mow&nofeather=True
(動画)
【関連情報】【議員連盟タイトル一覧】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj8_hdir.cgi
パチンコチェーンストア協会
民主党娯楽産業健全育成研究会
詳細は【正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装
の実現】パチンコの僕マスコミを信頼できるか・・をカッチとね
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4119.html
【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

断固反対です

TPPで日本は確実に餌食にされる
ねずきちさん
こんにちは。ねずきちさんのブログを読んでいると日本人として生まれて来たが嬉しく誇らしく、改めて感謝したくなります。いつもありがとうございます。

民主党代表選、APEC横浜開催の辺りから、ふって湧いたようにTPPに参加して平成の開国を!と声高に叫んでいる管首相ですが、一体このTPPとは何なのか、気になっていました。友人から勧められた桜チャンネルなどの動画を見て、これ程危険で不平等な条約はないと、非常に危惧しています。農業のみならず金融、保険、マスコミ業界、サービス、労働の面でもどんどん開国を迫られるというものらしく、当然、移民が増え、外国からの安い商品が溢れ、デフレも悪化するのが明白だとのことです。郵政民営化で日本人の巨額の貯蓄を奪い取れなかったアメリカが、またもや牙をむき出した印象を捨てきれません。しかし日本のマスコミは郵政民営化の時と同じ、情報操作下にあるので、TPPがいかに素晴らしいかとばかり報道、問題点や危険な側面が全く報道されていないとのことです。

尖閣諸島問題があって中国憎し!の流れの中、好チャンスとアメリカは捉えているのでしょう。TPPがどれほど不平等であるかをよく理解している中国も韓国も、全く参加などしないし、当然ですが自国の利益のみを追求しています。日本はたった戦争に1回負けただけで、何故ここまで情けない思いをしないといけないのか、悲しくなります。このTPPに参加すれば、アメリカの餌食になるだけです。中国に侵略される前に最後のチャンスとばかり搾取するだけ搾取しようという流れでしょうか。私の考えすぎでなければ良いのですが。。。

経済界の知識人ですらこのTPPをよいものだと捉えてメデイアでそのような発言を繰り返してる事も非常に危険だそうです。また経団連の米倉会長も積極的姿勢を見せ、つい昨日は将来的に移民大量受入れを是とする意見を発表したばかりらしく、これもTPPを受けての事だと思われます。http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110121/biz11012118470142-n1.htm

もしもお時間があれば以下の動画を少しずつでもご覧頂ければ私の危惧している事をご理解して頂けると思います。本当にTPPなど参加してしまえば、日本は沈没してしまいます。雇用は奪われアメリカの利益追求による円高が加速し、国民の暮らしは苦しくなるばかりです。憤りが湧いて来ます。

TPP解説―日本はTPPで輸出を拡大できっこない
http://www.youtube.com/watch?v=nRmNJpUj5sI

TPPアメリカの真の狙いは!? 10/11/13
http://www.youtube.com/watch?v=aV4fmGVP3kw&feature=channel

降って沸いた「TPP」の謎?! 10/11/06
http://www.youtube.com/watch?v=JvBhl7rt4rU&feature=relmfu

経済討論】TPPと世界経済の行方[桜H23/1/15
http://www.youtube.com/watch?v=bqwvNJBlaQA

久智

「強いですね」に同感です
おはようございます。
今朝も力強く清々しい
エピソードのご紹介 誠に有難うございます。

共通一次世代様の
「マスコミや民主党は、国を蔑ろにし、頑張る政治家を汚い言葉で誹謗中傷しながら潰してきました。自分の行動を省みることなど全くしないで、汚い日本語や訳の分からない日本語を使う連中です。」の鋭いご意見に全く同感です。

黒沢登幾様、仲村俊子様のように壮絶な艱難辛苦を乗り越えて 大和撫子としての凛々しさを胸に生きていく様は
ベンツのSLにまたがり国会へ行き、恫喝まがいの言葉を吐く蓮〇議員や、赤軍関係者の内縁の夫のいる辻〇清美議員などには、到底分からない心境であろうと思います(笑)。

共通一次世代

No title
強いですね。
読んでいて、自然と沖縄の仲村俊子さんを思い浮かべました。
教師だった仲村さん。日教組と戦い、沖縄の祖国復帰運動に奮闘した仲村さんの強さには心から尊敬の気持ちが沸き起こります。

【沖縄祖国復帰運動の歴史的真実 仲村俊子に聞く 】
http://zoome.jp/JSN/diary/2

【JSN■沖縄県民緊急フォーラム「開会の挨拶」呼びかけ人 仲村俊子】(2010年4月9日)
http://www.youtube.com/watch?v=L0jFY5_yDME
=========
紹介にありましたように、私は去年米寿をおわりました。しかし、いつ、お迎えが来ても­おかしくない年ですが、「ちょっと待ってください。私やることがあるのです。沖縄のた­めに、日本のためにまだやることがありますので、お迎えはちょっと待ってください。用­事が終わったらこちらからいきますので、ちょっと待ってください。」
とお願いをしているところです。・・・
==========

仲村さんは今年91歳になられるのでしょうか。本当に素晴らしい方だと思います。信頼できる方の言葉は強いと同時に謙虚であると改めて思います。

黒沢登幾さんや仲村俊子さんのような先生に教えてもらえた子供たちは幸せだと思います。

マスコミや民主党は、国を蔑ろにし、頑張る政治家を汚い言葉で誹謗中傷しながら潰してきました。自分の行動を省みることなど全くしないで、汚い日本語や訳の分からない日本語を使う連中です。

安倍さんの時、上杉隆という自称ジャーナリストが連日テレビで誹謗中傷していたことを私は絶対に忘れません。

上杉隆は、安倍さんがやむなく退陣する時も、「麻生クーデター」なるものをでっち上げ、その後も、安倍さんの山口での集会での中身を取材もせずにウソを週刊誌に書き連ね、激怒した安倍さんの抗議にも何ら謝罪をしていません。

また、野中広務が官房機密費を暴露したとして、3流週刊誌に「取材内容」として記事を書いていますが、野中自身は「取材は受けたことがない」と言っています。

【野中広務氏の公共の電波を使った "華麗なる勘違い発言"に反論す|週刊・上杉隆|ダイヤモンド・オンライン】
http://diamond.jp/articles/-/8903
=========(抜粋)
安倍氏も同様だが、この3人の共通点は「繰り返しの取材を断っておきながら、取材を受けてない」と強弁する点だ。野中氏は1999年から20回以上、安倍氏に関しては2001年から30回以上、インタビューか取材を依頼しているがすべて断ってきている。せっかくの機会だから、この2人には僭越ではあるが、正しい日本語の使い方をお示ししよう。

 その場合は「インタビューを受けていない」「取材を受けていない」と言うのではなく、「取材を断った」「取材を拒否した」というのだ。国会議員であるのだからもう少しきちんとした日本語を使用していただきたい。
==========

上杉隆の頭の中はどうなっているのか。私にはこの人間の言ってることがさっぱり分かりません。

「取材依頼を断り続けたのだから、取材を受けたことになる」

コレを聞いて「そうですね」と頷く日本人はいるんでしょうか?

こんな人間が「ジャーナリスト」としてテレビに連日お目見えし、重宝され、まともな政治家を誹謗中傷し続け、それに国民は迎合していた。
その結果は「今の惨憺たる国家の危機」です。
ほんとうに恐ろしいことだと思います。国民に目を覚まして欲しいと思います。


ねずきちさんへ
「野麦峠」の件、こちらこそ恐縮です。
また色々教えてください。よろしくお願い致します。

山奥育ち

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いつも素晴らしいお話を紹介していただき有り難うございます。
と云いながら、お話の本質には何ら関わりないし重箱の隅を突つくようで心苦しいのですが、気になる点がありました。

>女性は男性のように、荷物を背負って着物の裾をまくって、足を出して歩くことはできません。

とありましたが、そうでしょうか?
時代や装束への考証の余地があると思います。

↓軽く検索しても、次のように出て来ます。

*江戸時代から昭和の初期ごろまで、女性も股引(ももひき)を履いていました
*農作業用としては、山袴など軽衫系統のものや、もんぺの方がより一般的だった。

季節や各地方によっても色々な服装があったとは思いますが、
行商や各種作業の際には、男性の様に尻からげとまでいかなくても膝上くらいまで着物の裾を捲り上げることは普通に行なっていたはずです。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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