航空戦艦「伊勢」と「日向」の物語

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航空戦艦伊勢


今日のお話は、宇宙戦艦ヤマト好きな方なら、絶対に興奮しそうな実話です。

実は、上にある絵は、上田毅八郎画伯の描いた「航空戦艦・伊勢」です。
実際にあった船です。

絵を見ると、前部が戦艦で、後部が空母になっています。
ちょっと奇妙です。
これが日本だけが保持した「航空戦艦」です。

この船は、同型で、2隻作られています。
ひとつが「伊勢」、ひとつが「日向」です。

日本神話を司る伊勢神宮と、日本神話発祥の地である「日向」の名です。
この2隻は、大東亜戦争開戦当初は、実戦で使い物にならない船として、練習艦として使われていたのです。
ところが、この2隻が、戦争を最後まで戦いきり、大量の敵機を撃墜し、激戦のさ中にエンジンを停止して日本の誇る軍艦の乗員を救助するという快挙をやってのけ、さらには日本最後の航空燃料を持ち帰り、そして日本海軍最後の主砲発射をし、満身創痍となって、沈黙したのです。

この2隻は、もともとは「航空戦艦」として計画された船ではありません。
もともとは扶桑型の大型戦艦として計画された船です。

扶桑型大型戦艦は、一番艦「扶桑」、二番艦「山城」、三番艦「伊勢」、四番艦「日向」の4隻で、大正2(1913)年に建艦が計画されています。

ただし、実際の建艦は、当初、一番艦の「扶桑」の建艦にはいったところで、残る3隻は、無期延期となります。
国会から、財政上の理由で待ったがかかったのです。

なるほど戦艦の建造は、莫大なお金がかかります。
目先の国の財政を考えれば、真っ青になる者が表れても仕方がない。

ところがこの「財政上の理由で戦艦の建造を停止」した、ということが、後々、ものすごく大きな問題を引き起こし、国家の財政を破たんさせたのみならず、多くの日本人の生命と財産を失わせるきっかけになりました。
ちょっと脱線しますが、このことについて、先に述べておきます。

国家の最大の役割は、国民の生命と財産を守るということです。
ときに国家は、国民の生命と財産を守るために、無理を承知の財政出動をしなければならないときもある。
それが「政治」というものです。

はっきりと言わせていただきます。
日本が大東亜戦争に突入しなければならなかったのは、大正2年に、財政上の理由で、軍艦の建造を渋ったことが原因です。

このことを申し上げるためには、先に当時の情勢について語っておかなければなりません。

まず第一に、明治から大正にかけては、まだ航空戦の時代ではなかった、ということです。
よく「大鑑巨砲主義」という言葉を使いますが、まさに巨大かつ頑強な装甲を施し、大口径の砲塔を据え付けた巨大戦艦が、世界の海を制することができた時代であったということです。

そして世界はまさに「力」が支配していた時代です。
「力」の強い欧米列強は、「力」を持たない黄色人種や黒人を支配し収奪し、国家ごと植民地として支配下に置いていた、そういう時代です。

植民地支配された有色人種には、もはや「人権」はありません。
殺されても収奪されても文句をいうことはできない。
そして植民地からの奪うことが、欧米列強の「富」の源泉であり、彼らの「力」をますます強大なものとしていた。そういう時代です。

そんな中で、明治維新後、国力を増した日本は、明治38(1905)年、日本海海戦において、世界最強と言われたロシアのバルチック艦隊を撃破します。

これによって日本は、黄色人種としては唯一、世界の三大強国の仲間入りをすることになった。
つまり、世界の三大強国は、日、英、米の三カ国となったのです。

そして日本は、有色人種唯一の、白人支配に対抗できる強国として、世界の期待を一身に担う国家となった。

実際には、日露戦争は辛勝であり、戦争に勝利したとはいってもロシアからの賠償金はもらえず、国家財政は極めて厳しい状況に置かれていたのだけれど、白人支配に苦しめられている国々からみたら、日本は、まさに夢のような武士の国、であったわけです。

しかもその日本は、世界最強の植民地国家である大英帝国と同盟関係にあった。

つまり、世界から見れば、世界第一位の強国と、それに並ぶ強国の2カ国が同盟関係にあったことになる。
これは、のちのちの世でいえば、全盛期のソ連と冷戦時代のアメリカが、同盟国となったようなものです。

この同盟に勝てる国は、世界広しといえども、どこにもない。

そんな中で英国は、明治39(1906)年、「ドレッドノート」という名の、革命的な超ど級戦艦を就役させます。

この船は、世界初の蒸気タービンエンジンを搭載した船で、巨大戦艦でありながら、超高速走行が可能だった。
しかも装甲は厚く、敵のどんな大砲の弾もはじき返してしまう。
さらに、世界一の巨大主砲を装備し、この主砲は、世界のどの戦艦の最強装甲でさえも打ち破る。

ドレットノートは、たった1隻で、大型戦艦2隻分の戦力を有し、たった1隻で、世界中のどの艦隊と勝負しても勝ち抜けるだけの戦力を保持しているというまさに、破格のバケモノ戦艦です。

こうなると、世界は英国にひれ伏さないといけない。
なにせ、バケモノ戦艦「トレッドノート」1隻が来るだけで、他の国々の艦隊は、ひたすら逃げまくらなければならなくなるからです。

こうなると日本も、対抗上、強大な力を持つ戦艦を建造せざるを得なくなる。
なぜなら、日英の軍事バランスがくずれれば、同盟関係が主従関係に化けてしまうからです。

力の強い者が正義であり、力の弱い者はどんなに「正しいこと」を言っても、「力」の前には屈服せざるを得ない。
だから世界は、「トレッドノート」の就役にともない、未曽有の巨大戦艦建造ラッシュになります。

日本ももちろんそうだったし、世界の三強のなかの一国である米国も、もちろん同様です。

ここで問題なのが、米国の立ち位置です。

米国は新興国です。
アメリカ合衆国が建国されたのは18世紀のことですが、南北が統一されて統一国家となったのは、ちょうど日本の明治維新の頃のことです。

米国は、明治31(1898)年にスペインとの米西戦争に勝利して、ようやくグアム、フィリピン、プエルトリコという植民地を手にし、明治32(1899)年にフィリピンに戦争をしかけてフィリピン独立を鎮圧して米国支配下に置き、さらに明治33(1900)年に、義和団事件の平定のためにと称して、ようやく清国に派兵した。

要するに当時の米国は、まさに米西戦争や米比戦争、あるいは義和団事件をきっかけにして、東亜の植民地支配に、王手をかけつつあった、という時代にあたるわけです。

当然、太平洋を渡るわけですから、強大な海軍力が必要となる。

そして同時に、そうした米国の東亜進出にあたって、最大の障害が、武士の国、日本だったわけです。
しかも間の悪いことに、その日本は、世界最大の強国である大英帝国と同盟関係にある。

この時点で米国が日本に喧嘩を売れば、同盟関係にある英国とも一戦交えなければなりません。
実家が英国にあるという人々が多い米国において、そんなことは世論が許さない。
したがって当時の米国は、日本に手出しをすることはできず、また日本に遠慮をしながらでなければ、東亜における植民地支配地の拡大はできない、という情況にあったのです。

ただし、ただしです。
日本が弱国となれば、話は別です。
米国は、せっかく築いた太平洋艦隊を駆使し、東亜を好きなように侵略し、分捕ることができる。

そういう時代背景の中で、一方で英国が「トレッドノート」を就航させ、一方で、日本が国際経験に不勉強な外交オンチのエセ平和主義のアホタレ政治家によって、新型戦艦の建造を停止したのです。

厳密には、あとで詳述するけれど、結果として戦艦の建造は行っています。
これは海軍からの相当なクレームで、ようやく予算がとれたからです。

けれど、相当予算をケチられた結果、少ない予算で無理やり強力戦艦を作ろうとした結果、設計に無理が出てしまった。
結果、新造の戦艦は、実戦で「使い物にならない」ツマラナイ船になってしまった。

これによって何が起こったか。

つまり、軍事バランスが崩れたのです。
このチャンスをほっておいてくれるほど、世界は甘くはありません。

日本おそるに足らずと見た米国は、大正11(1922)年に、米国の首都ワシントンで軍縮会議開催を呼びかけます。
そして、日、英、米の保有艦の総排水比率を、3:5:5と決めてしまいます。

しかもこの会議に出席した日本政府の代表は、これで軍事予算を軽減できて財政が潤った、世界が軍縮に向かって、良かったよかった、と小躍りして喜んだ。
しかも、なんと、陛下の勅許さえ得ないで独断でこれを決めてきてしまった。

こういうことは、幕末に井伊直弼が、天皇の勅許を待たずに独断で日米和親条約を締結し、その結果、日本の金(gold)が大量に米国に流出し、日本から金(gold)がなくなってしまったのと同じで、とかく日本の政府が陛下を軽んじると、のちろくなことが起こらない。

日本国内では、政府の勝手なワシントン条約批准に、これは陛下の統帥権を干犯した大問題である、との抗議運動が起こって内政は大混乱します。
かたや世界では、日本がこの条約を飲むやいなや、翌年8月には日英同盟が失効してしまう。継続は、なしです。
変わって米英が同盟国となった。

つまり、世界の三強国(日、英、米)は、それまでの、

(日5+英5)対、米5

という関係だったものが、なんと一夜にして、

日3、対(英5+米5)

という、状態になったのです。

軍事バランスが変わった。

米英の10に対して、日本3では勝ち目がありません。
それまでの米英日の軍事バランスは、これで完全に崩れ去ったのです。
日本は一夜にして「軍事弱国」になってしまったのです。

こうなると、あとは日本の力を削ぐだけです。
米国は、日本の行うありとあらゆる国際政策に対し、なんだかんだと難癖をつけるようになります。

そしてついには、中国内にいる不良武装集団である軍閥に、英国と手を組んで武器弾薬や糧食を裏から渡し、外地にいる日本人を殺害したり、拉致したり、日本人婦女を強姦したりと、あくどい戦争挑発行為を行いはじめます。
そしてついには、日本に対してハルノートを突き付け、日本が戦争に踏み切らざるを得ないように挑発した。

要するに、日本がChina事変や大東亜戦争に向かわざるを得なくなったその遠因を手繰り寄せれば、それは、英国が「トレッドノート」を建艦し、日本が扶桑級4隻の軍艦建造を「財政上の理由」から「渋った」ことが、遠因である、ということです。

こうした切り口での解説には、保守系の方でも、詳しい方なら詳しい方ほど、いろいろなご説はあろうかと思います。

けれども、国際情勢の中で、やるべきときにはやらなければならないこと、いかに財政上の苦労があろうが、軍事バランスを常に「強者」に置いておく努力がなければ、国家は他国に軽んじられるのだ、という事実は、ちゃんと記憶しておく必要があるものと思います。

軍隊というものは、戦争をするためのものではありません。
軍隊は、戦争を未然に防ぐのが、最大の役割なのです。

そこを間違えると、財政上の理由でケチった何百倍ものツケを払うことになり、国の経済は傾き、国民の生命も財産も失うハメになる。
これが現実となったのが、大正2年の軍艦建造反対の国会の動きだったのです。



さて、お話が、ものすごく脱線してしまいました。
今日の物語は、航空戦艦「伊勢」と「日向」です。

扶桑級大型戦艦である「扶桑」、「山城」、「伊勢」、「日向」の4艦は、計画段階で予算の関係で待ったがかけられ、ようやく大正2(1913)年に「扶桑」、大正3年に「山城」が建造開始となります。

ところが、世界最強クラスの戦艦を建造しなければならないという海軍の要求に対し、予算はついたものの、大幅な圧縮予算です。

いざできあがってみると、一番艦「扶桑」、二番艦「山城」とも、なんと主砲を打つと機関が壊れるという重大な問題を引き起こしてしまいます。
要するに、予算をケチられた状態で、無理な装備を施した結果、設計そのものにひずみが出てしまったのです。

これでは戦艦の体をなしません。

で、やむをえず「扶桑級」戦艦としての建造はあきらめ、あらためて「伊勢級」戦艦として、着工開始になったのが、「伊勢」と「日向」の姉妹戦艦です。

しかし、刻々と動いている世界情勢の中で、あらためて一から設計しなおすだけの時間的余裕は、日本海軍にはありません。

そこで「若干の改良型」として、「伊勢」は大正6(1917)年、「日向」は大正7(1918)年にそれぞれ就役します。

そして大正から昭和のはじめにかけて、「伊勢」と「日向」の姉妹は、徹底的に船体の改良をされていきます。

そして、昭和9(1934)年、緊迫する世界情勢の中で、姉妹は大改装を施されます。

まず第一に、艦の主砲の最大仰角が45度に引き上げられます。
当時の主砲というのは、仰角が上がれば上がるほど、砲弾が遠くに飛ぶようになります。そのかわり命中率が下がる。
それを「伊勢」と「日向」は、砲台の仰角としては最大の45度という、限界仰角にまで引き上げた。
もともとは、最大仰角25度で設計された船です。
それを一気に45度に引き上げた。
しかも砲弾の命中率さえも向上させた。

これによって姉妹の射程距離は、なんと3万3千メートルになった。
なんと、33キロ先の目標に向かって正確に着弾させることができるようになったのです。

次に装甲が格段に強化されました。
これで、少々の魚雷にあたっても、船はビクともしない。

さらに新型タービンエンジンを搭載し、最高速度も25.3ノットまで引き上げられた。
(それでもまだ世界の標準艦には追い付かない)

そして新型の対空機銃や高角砲によって、対空防御力が格段に向上、さらに光学機器や新型測機器、レーダー、無線等が装備されます。

ところがそれでもやはり速力が遅い。
連合艦隊の機動部隊に参加するなら、やはり30ノットはほしかったのです。
なので「伊勢」も「日向」も、大東亜戦争の初期には練習艦として使用され、実戦配備されなかった。

そんな姉妹に、いよいよ実戦投入が決まったのが、昭和17(1942)年6月のミッドウエー海戦です。
「伊勢」も「日向」も、猛烈な訓練にいそしんだ。

そんな折に、重大事件が起こります。

昭和17(1942)年5月5日、愛媛県沖で主砲の発射訓練を行っていた「日向」の、艦尾五番砲塔が突然大爆発を起こしたのです。
砲塔部が吹っ飛び、乗員54名が一瞬にして亡くなってしまった。

やむなく緊急でドック入りした「日向」は、砲塔部をそっくり外し、その穴を鉄板で塞いで、上に二五ミリ四連装機銃を突貫工事で装備した。

そんな状態で、「日向」はミッドウェー作戦に参加します。
なにせ「伊勢」と「日向」には、試作品とはいえ、レーダーが装備されているのです。

ところが姉妹の持つレーダーも、まったく活かされないまま、ミッドウエー海戦では日本軍が大敗してしまいます。
そして日本は、大切な空母を失う。

失われた空母力を補うため、日本は、急きょ間に合わせでも構わないから、空母を用意する必要に迫られます。

商船や、水上機母艦など、ありとあらゆる船を空母に改造することが検討されますが、どれも帯に短したすきに長し。

で、結局、建造中の大和型戦艦3番艦である「信濃」を空母に改装すること、および、事故で後ろ甲板を損傷して鉄板でふさいでいる「日向」、同型の「伊勢」を航空戦艦に改造することが決定されます。

しかし、もともと戦艦として設計された「伊勢」と「日向」には、艦の中央に巨大な司令塔(艦橋)があります。
これを壊して空母に改造するとなると、完成までに1年半はかかってしまう。

それなら、艦の後部だけを空母にしちまえ!とできあがったのが、冒頭の絵にある「航空戦艦」という形でした。

そして「伊勢」は呉の工場で、「日向」は佐世保の工場で、それぞれ大改造を施されます。

ただ、問題があります。
艦の中央に巨大な艦橋がある以上、空母として航空機の発着陸に必要なだけの十分な滑走路を確保できない。

で、どうするかというと、まず離陸にはカタパルト(射出機)を使用することにした。
これなら、長い滑走路は必要ありません。

カタパルトは、新型のものを備え付けました。
30秒間隔で、飛行機を射出できる。
これを二基備え付けます。
これによって、わずか5分15秒で全機発艦できるというスグレモノです。
これは、当時としては世界最速といっていい。

では着陸はどうするかというと、一緒に航海する空母に着陸させればよい、ということになった。

といって、空母側だって艦載機を満載しているわけです。
そこに「伊勢」「日向」から発進した飛行機が着陸してきたら、もといた空母の飛行機が着陸するスペースがない。

で、どうするかというと「出撃後に墜とされるから艦載機の数が減る」という、いささか乱暴な理屈になった。

残酷な話ではあるけれど、それは現実のことなのです。

さらに航空戦艦への改造と併せて、「伊勢」「日向」には、ミッドウエーの教訓から、対空戦闘能力の徹底強化が施されます。

対空用三連装機銃が、なんと104門も配備されたのです。

それだけではありません。
新開発の13センチ30連装の対空ロケット砲も6基装備した。

各種対空用の射撃指揮装置も増設し、「伊勢」と「日向」は、超強力防空戦艦としての機能も身に着けたのです。

こうしてようやく完成した姉妹は、昭和19(1944)年10月に戦線に復帰することになります。

ところが、艦載機となることを予定していた飛行機が、台湾沖航空戦で全機損耗してしまった。

結果、「伊勢」「日向」は、艦載機を持たないまま、同月24日のレイテ海戦で、小沢中将率いる第三艦隊の一員として参加します。

「伊勢」「日向」の姉妹は、フィリピン沖で、米軍のハルゼーが繰り出してきた527機の大編隊を敵に回し、海上から猛烈な防空線を展開します。

この戦いで、小沢艦隊は、空母4隻を失う大損害を得るのだけれど、その猛烈な戦いのさ中、「伊勢」も「日向」も果敢に対空線を挑み、両者あわせてほとんど損傷を受けないまま、100機近い敵機を撃墜するという大奮戦をしています。

さらに「伊勢」に至っては群がる敵機との戦闘のさ中に、自艦のエンジンを停止させ、被弾し沈没した旗艦「瑞鶴」の乗員を救助することさえしています。

エンジンを停止するということは、当然、艦は停まります。
停まっている的は、爆撃機の爆弾が当たるのです。
ですから敵爆撃機との戦闘中にエンジンを停止するなど、まさに暴挙に等しい。

けれども「伊勢」の持つ強力な対空砲火と、戦艦設計の強力な装甲は、敵弾を跳ね返し、群がる敵機を片端からはたき落しながら、「瑞鶴」の乗員100名余を、助けている。
これはすごいことです。

レイテ沖海戦の結果、日本海軍は完全に制海権を失い、日本の戦況はますます厳しさの一途をたどることになります。

レイテ沖海戦で生き残った「伊勢」と「日向」は、以後、輸送艦として、主に物資の運搬に用いられます。

航空戦艦を輸送船に使うなど、もったいない話にみえるけれど、当時の状況下では、強固な装甲を持つ戦艦が輸送任務をこなすことが、もっとも安全確実なこととなっていたのです。

「伊勢」と「日向」は、昭和19年11月、シンガポールから航空燃料、ゴム、錫などを内地に運んでいます。

途中で、何度も米潜水艦に狙われたのだそうです。
けれども、そこは、もともとが戦艦です。

なんどとなく米潜水艦を撃退しつつ、無事に、内地にたどり着いた。

このとき「伊勢」「日向」が持ち帰った航空燃料が、日本が外地から持ち込んだ最後の航空燃料です。

沖縄戦における特攻隊や、東京、大阪、名古屋等の大都市への本土空襲に果敢に立ち向かった戦闘機が使用した燃料は、この姉妹が持ち帰った最後の燃料です。

そして姉妹は、自走するための燃料さえもなくなり、呉で海上砲台として停泊したままになります。

そして「伊勢」と「日向」は、終戦間近の昭和20年7月28日、米軍機の猛攻撃を受けて、最期まで抵抗を続け、大破着底した。

このとき、着底した状態で対空射撃終了後に、伊勢が群がる敵機に向かって、主砲をドドンと放ちます。

そしてこの砲撃が、日本戦艦が行った最後の砲撃です。

航空戦艦伊勢の最後
航空戦艦伊勢の最後


冒頭にも書きましたが、「伊勢」と「日向」の名前は、ともに日本神話ゆかりの名前です。

「日向」は、神話発祥の地、天孫降臨の地です。
神々の子孫である歴代天皇が祀られているのが「伊勢」です。

そして日本神話というのは、昨日の記事のオオクニヌシの物語にも書きましたが、神々の成長の物語でもあります。

いってみれば、できそこないの船としてできあがってしまった「伊勢」と「日向」の姉妹は、いろいろな事件を経て、航空戦艦というものすごい兵器に生まれ変わりました。

そして、日本海軍華やかりし頃には、使い物にならない船として、練習艦にしかされなかった。

その2隻が、ミッドウエーの敗戦後、戦況厳しくなった折、誰よりも活躍し、最後の最後まで抵抗する要の船となり、そして最後まで抵抗して、日本海軍最後の砲撃を行って、沈黙した。
日本神話の物語そのものを見ているような姉妹の生涯です。

なんだか、とっても身につまされるような気がします。

でも、「伊勢」も「日向」も、後世に生きるボクたちの目から見て、実に「かっこいい」って思います。

ありがとう!!伊勢、日向!!
ありがとう!!航空戦艦!!

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戦艦「伊勢」


日本の心を伝える会 日心会
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コメント

ありがとう

うれしいです。
私の親戚のおじさんが日向の乗組員でした。凄く頭が良く、肝っ玉の座った方で、日向の思い出の話されてましたが…子供の私は大和とかビスマルクとかのウォータラインのプラモデル造りながら… なーんか、地味 日向とか…って思ってましたw このお話を読ませていただいて、生前のあの豪快で気さくなおじさんの笑顔を思い出し、なんだか嬉しいです。ありがとうございました。

姫だるま

戦艦大和航海長
直接関係ない話で恐縮です。
戦艦大和の愛媛松山出身の
茂木史朗中佐のお墓と
碑の写真が愛媛県の
護国神社のHPに
掲載されています(以下)

http://www.gokoku.org/topics/?p=4269

ぱぱ

誤字
>日米の軍事バランスがくずれれば、
>同盟関係が主従関係に化けてしまうからです。

 日米→日英 ですね。

遠藤

No title
申し訳ないのですが「ドレッドノート」は革命的な戦艦でありますが、此がド級戦艦で、「ドレッドノート」は超ど級戦艦ではありませんので訂正を御願いします。ど級の「ど」はドレッドノートからとったものです。
「ドレッドノート」クラスの戦艦は一艦だけしか建造されず、その後建造された、「ドレッドノート」より強大な戦艦を「超ど級戦艦」と呼称しています。

戦艦スキー

伊勢型戦艦は、改扶桑型戦艦として建造された艦級である

主砲の配置を合理化することで、不十分だった防御力を改善した

36センチ砲艦としては有力な戦艦だが、建造が滞っている間にアメリカはより強力な戦艦を完成させてしまったが為に、完成前から些か陳腐化してしまった感がある

昭和の大改装で、艦容を一新し、新鋭戦艦に近い基本性能を獲得した
36センチ砲12門の一斉射撃は、貫徹力を除けば長門のそれに匹敵する一級品
装甲防御も第一線級のもの
速力も、鈍足な米戦艦を悠々と振り切れる25ノットの快速を発揮可能である

琴姫七変化

勉強させていただきます。
時期をはずれたコメントですみません。
興味深く読ませていただきました。中学生の頃、学校の隣に雑貨屋がありまして日向のプラモデルも買って作ったことがあります。スクリューまで付いていたので風呂で浮かせました。このような魅力的な歴史があったとは知りませんでした。
「ハリマオ」の記事と言い、「伊勢」「日向」の記事といい、このブログには読みたい記事がたくさんあります。
このブログをブックマークさせて頂いたのはごく最近のことです。
少しずつ勉強させていただきます。
いいブログに出会えて嬉しいです。

ジャンルイマニア

No title
芳佳様

横から失礼ではありますが・・。

>碌な航空支援も無しに「大和」を出撃させた首脳部の無能ぶりなど酷いものがあります。

大和だけ見ているとこういう理解になるのはやむを得ませんが、実際は「航空部隊の支援に大和が突入」であって、逆(大和を守るために航空機を使うと本末転倒)ではないのが実相です。

この作戦の主力は陸海軍で2000機近くが投入される航空部隊であったので、大和はそれに付随して投入されたということです。

芳佳

はじめまして。
はじめまして。
私も「大鑑巨砲主義」というのに違和感を覚えます。
碌な航空支援も無しに「大和」を出撃させた首脳部の無能ぶりなど酷いものがあります。

個人的には、戦艦として大活躍した金剛型四姉妹が大好きです。
三女の榛名は、主な海戦にはほぼ参加し、生き残り
最後は大破して燃料も無いながらも、呉で砲台として戦い抜いた姿など素晴らしいものがあると思います。

-

No title
戦艦大和の艦載機のようなフロート付きであれば、着水後、クレーンで吊りげることができるが、伊勢・日向ではそうはいかない。

ガッツ

伊勢ってカッコいい
すいません書かせて頂きます。
どこかで見た戦艦だなって思ってました。
確か小学生低学年のときにプラモデルで兄貴に作って貰った記憶が甦りました。
いいお話読ませて頂き、ありがとうございます。
今考えると、当時は潜在的に日本の兵器は弱い、兵士の装備はカッコ悪い、軍国主義で悪い奴、と思い込まされてきたんだなって。
親父は黒塗り教科書世代ですから。
アメリカ人はカッコいい。映画やら音楽やらと。
ネットの普及はとても有り難いです。目が覚めたのですから。
どうも失礼しました。

よっちゃん

No title
昨日、旅行の帰りにずっと行きたかった「三笠公園」に寄って来ました。10数年ぶりに行きましたが、やはり良いもんですね。小学4年生の息子にいろいろ説明してあげましたら艦内の地図の前で「こんなに大きいロシアに日本は勝ったんだね」と言っておりましたので「日本は強かったんだ、命をかけて戦ってくれた人達のお蔭で今の自分たちが幸せに暮らせるんだよ」と伝えました。うんうんと、息子もだんだん分かってくれてきたようです。

とんび

映画
素敵なお話をありがとうございました。また勉強になりました。最後の動画の姿は涙がでました。

上で九州男様のご紹介にもある竹野内豊氏主演映画は見てみたいと思いました。先日某カフェに置いてあったフリーペーパーに主演の竹野内さんのコメントがあるのですが、彼の主張に感動したので一部掲載させていただきたい。問題があれば削除願います。

フリーペーパーnujdeより(中略、抜粋)
この映画についてはお話するのがとても難しいと思います。僕は実際の戦争を知らないから。僕たち世代は『戦争をしてはいけない』ということはわかっているし、歴史書や記録映像で史実を知ることはできる。ただそこからは戦争を生きた人たちの気持ちがわからない。でも自分が本当に知りたいのはそこなんです。演じることに戸惑いと大きな責任を感じていた。当時国家や家族のために戦った方々の魂を自分のような平和な時代に生まれ育った人間がわかるはずがないと。でも時間は待ったなしに進んでいる。少しでも手がかりをつかみたい。人生にはそのときどきに担うべき役目があっていま、自分はそれを知り伝えるという役目を頂いたんだなと。どんなに詳しい資料を調べあさっても絶対にあの空気感や匂いはわからない。実際にジャングルに入ってみて戦闘地のすさまじさをほんの少しだけ感じることができたような気がしました。観光地として表のストリートには面影すらありませんが、日本人としてサイパンを訪れる機会があれば、戦ってくださった方々のために手をあわせてほしい。そして今、あたり前のようにあるこの国の平和は、当時を生きた方々の苦しみの末にあることを決して忘れないでほしいです。今自分たちが幸せで生きていられるのは、当時戦争を闘った人たちがいたから。そのことは決して忘れてはいけないことです。戦争を体験した日本人の方々がどんどんお年をめしていくなかで、これから誰がどんなふうに当時を生きた人たちのことを伝えていくのか、そんな時代にこの作品を観て少しでも何かを知って感じてもらうことができたら素晴らしいことだと思います。未来の子供たちが戦争について知りたいと思ったとき知るための力添えに少しでもなったらうれしいです。

トラネコ

当時からハイテク日本!
伊号400も潜水空母ですよね。潜水艦に飛行機って、日本ってすごく奇抜なアイデアを実現化していますね。ドイツと日本はトンデモ兵器が目白押しでした。戦後マッカーサーの日本弱体化洗脳がなかったなら、いや吉田茂の防衛政策無視・経済優先政策がなかったなら、日本は再度世界の強国になってシナやチョーセンごときに舐められずにすんだかもしれません。はやく民主党政権を潰したいですねえ。

たつ

No title
いつもありがとうございます。
わかってくれる方が増えてきました。

-

航空戦艦大好きです。
航空戦艦「伊勢」「日向」プラモデル持ってました。
パッケージの絵が違うだけで中身は同じ。(^^)
もちろん両方持ってました。
子ども心に戦艦と空母のハーフ的なエキセントリックな珍妙ぶりが大好きでした。
一粒で二度おいしいというか。何と言うかナックルボーラーとかアンダースロー投手とかのような変則的なスタイルがたまらなく好きです。
「伊勢」「日向」の変則スタイルは日本的独創性の魅力を象徴していると言ってもいいのではないでしょうか。。。

子ども心にどうやって着陸するのかなあ?なんて思ってました。(^^)
ズングリしたお尻にも何とも言えない愛嬌があります。

名前もいいですよね。「ひゅうが」って何か音的にかっこいいじゃないですか。
実際の戦績もオンボロなのに頑張ったというところに贔屓したくなる所があります。
レイテ沖海戦での活躍は有名ですよね。両艦合わせて100機近くの敵機を撃墜したという。。しかも無傷!
どんなもんだい!
ハルゼーも「老練なる艦長の回避運動により、ついに一発の命中弾を得ず」と悔しがっています。
どんなもんだい!(^^)
素晴らしい記事ありがとうございました。読んでいて本当にワクワクしました。

祖国防衛を訴えるもの

日本国の危機
伊勢と日向の史実はこのブログで初めて知り、感動しております。戦後の日本人の多くは自虐歴史観あるいは
自虐戦争観に犯され祖国防衛に疎いところへ、シナ、朝鮮の火器はつかわないが実質侵攻が教育、宗教、政界、
ビジネス、マスコミ、センター試験等に行われています。
その一分野が上記コメント”雪祭りxxx”にコメントされている通りです。そこえ今の祖国防衛が嫌いな政権が日本国を支配しています。このままいくとシナ某トップが日本国はあと30年すれば消えてしまうと言った政治予言は強ち悪夢ではない危機を観じます。勿論今の日本国危機をいかようにして護るかを唱える田母神閣下等数多くの愛国、救国の先輩たちを日本国は有してはいます。しかし国を変える、国を護るとなれば政治と教育が
即効薬と遅効薬であります。ああ、即効薬の交換時期がきました、主権の移譲と共有というおぞましい党是をもつ連中から日本国を取返す機会は今です。そして日本国を取返した後、日本国を立直す作業は無限なるも日本人がいま忘れている”日本を護る”教育と思想を静かに浸透させなければならないですね。

屯田兵

艦の性能や認識について、少し事実と違う記述がありますね。細かい部分ですが・・・

空母になれなかった「日向」と空母と呼んでもらえない海自の「ひゅうが」の共通点は悲壮感。
http://www.youtube.com/watch?v=b-XlTQkGhiQ

匿名

雪まつりの市民雪像で怪しい雪像発見!!
雪まつりの市民雪像で怪しい雪像発見!!1


記事と関係無い話で、申し訳ありません。

本日、雪まつりの前夜祭を見に行った人から聞いたのですが、
市民雪像に非常に怪しい雪像があったとの事で、ご報告させていただこうと思います。


大人一人弱くらいの大きさの四角で中がくりぬいてあって、
中を見ると、全裸で性器を出したままの拘束された男が、しゃがんで両ひじをつながれてうなだれている姿。
まるで虐殺や植民地支配を連想させるような異常に気分を悪くさせるような、プロパガンダにしかみえないものだったとの事。
しかも、それを子供も覗いていた。
性器丸出しで公序良俗に反する。ましてや子供にも見せている状況は、許しがたい。

そして、「2.13に放たれる」とかいうような事が書かれていたとの事です。

何かの記事で、今年の雪まつりから中国のネットTVが取材にきて、春から中国で大々的に流すというのを先日見ました。
その関連の、市民雪像という制度を悪用した、工作員によるプロパガンダ雪像かもしれません。

あんち民主

No title
 大艦巨砲主義なんて言うけど、戦艦に対して航空爆雷による撃沈成功事例を作ったのは対イギリス戦の日本帝国軍が初めてです。ヘリコプターの原型機による、アメリカのベトナムヘリボーン作戦の先行導入例は日本だったり・・・

 実際当時の先進的な戦術や戦略は日本の驚異的な練度によってなされていただけで、練度の低い欧米では物量で押し込める米軍以外運用が無理なシロモノばかりでして。
 日本兵最強伝説ってのが正直ギャグだとわかってますが、実際の資料を見て出てくる練度の高さは末尾に書き込んでも違和感がなくて・・・
 
あと、チャーチル曰く
 「戦争したくねーから軍備拡張してるんだよ!!」
まあ、ww2のドイツ暴走も当時のイギリスが今の日本並みに平和ボケして放置した結果なんだけどね。

J・L・M

ありがとうございます
伊勢・日向の姉妹を取り上げて頂き、ありがとうございます。
何かと酷評される事が多い彼女達を沢山の方々に伝えて頂き、ありがたい限りです。

然しながら、本エントリー中に数点、彼女達へ関する不明点がありましたので、少々列挙させて頂きたく存じます。
長くなりますが、ご容赦ください。


>大東亜戦争開戦当初は、実戦で使い物にならない船として、練習艦として使われていたのです。
>大東亜戦争の初期には練習艦として使用され、実戦配備されなかった。

開戦の数時間後に両艦とも山本提督の指揮下、聯合艦隊の主力(第一艦隊第二戦隊、伊勢は戦隊旗艦)として機動部隊援護のために出撃しており、また17年3月と4月に本土への敵機動部隊接近の報を受け迎撃に出ているので、これは明確な相違です。


>新造の戦艦は、実戦で「使い物にならない」ツマラナイ船

伊勢型の話でなく恐縮ですが、扶桑型は設計に無理があったものの、その大火力と、不十分ではありますが他列強の同時期の戦艦と比べ全体防御指向の水平防御、25ノット近い高速など、決して「ツマラナイ」艦ではありません。
また、他の戦艦が改装で動けない時に(榛名を加え)わずか3隻で太平洋正面の抑止を実現していたのも扶桑型二隻です。この二隻がいたから他の戦艦は半分解体するような改装を行えたのであり、伊勢型を題材に取り上げられるなら、いずれ扶桑型が平時に無言で果たし続けた仕事についても読ませて頂きたいと存じます。


>それを「伊勢」と「日向」は、砲台の仰角としては最大の45度という

伊勢型のみでは無く、扶桑型・長門型にも同様の改修が施されております。

>33キロ先の目標に向かって正確に着弾させることができ

33000は最大射程ですので、いわゆるカタログデータです(想定主砲戦距離は2万から2万5千)。
戦艦の射撃はある一定の区域内に複数の砲弾を集中させ、確率論を高める(最終的には運任せという要素が含まれる)射撃方法であり、3万3千は「そこまで弾が届く」というだけの話で、「正確」というのであればどの程度かという問題が発生します。


>少々の魚雷にあたっても、船はビクともしない。

残念ながら水線下防御は「ビクともしない」ほど強化されてはおりません・・・(バルジ装着と液層防御の導入・25mm鋼板の追加)。


>(それでもまだ世界の標準艦には追い付かない)

失礼ながら明確な間違いです。これだけは少々看過できませんでした。
当時のアメリカの主力艦は20~22ノットが最大速力(というかこれが世界標準)であり、むしろアメリカ側は日本の主力戦艦は米戦艦と同等の砲力を持ち、機動力が優れるという評価を下し、日本戦艦への対抗のため自らの戦艦群の改装時に速力及び打撃力の向上を図っています。
開戦時における、我が国の扶桑から陸奥までの第一艦隊、六隻の戦艦は世界最強・最速の凶悪な戦力単位と言って差し支えがありません。


>連合艦隊の機動部隊に参加するなら、やはり30ノット

日米ともに機動部隊の随伴支援は、戦艦の主要任務ではありません。金剛型やアイオワ級は「代替の効く、投入可能な戦力」だったから投入されただけというのが実際かと。


>一緒に航海する空母に着陸させればよい

艦爆彗星を搭載する当初の計画では、陸上基地か空母への着艦を視野に入れているため間違いではありませんが、回収案に関しては空母戦力の消耗を当てにしたのでは無く、昭和17年末に日本海軍の主力戦力の位置づけが艦隊から基地航空隊に移行したことが大きいかと存じます。


>戦闘のさ中に、自艦のエンジンを停止させ

彼女がこの離れ業をやったのは事実ですが、「軍艦伊勢捷1号戦闘詳報」によると、停止したのは1603時から最長で敵機発見の1705時までですので、「戦闘の合間に」とすべきが適当かと存じます。あと、救助したのは瑞鶴ではなく瑞鳳の乗員ですね。(戦闘詳報画像→http://1cc.jp/iakcns


>戦艦設計の強力な装甲は、敵弾を跳ね返し

両艦はこの戦いで被弾していないので、装甲は関係ないかと。


>伊勢が群がる敵機に向かって、主砲をドドンと
>そしてこの砲撃が、日本戦艦が行った最後の砲撃です

伊勢の最終の射撃は敵機に対してでは無く、傾斜のため、砲室内の弾庫に戻せなくなった砲弾を抜弾処理するためのものです。


重箱のような事を長々失礼致しました。
しかし、ブログ主様が我が国の誤ったイメージを修正したいと思われておられるのと同様に、私もかつて国防の要であった戦艦群への誤解を可能な限り避けたいと思っていますゆえ、ご理解ご寛恕をお願いするものであります。

蛇足で恐縮ですが、扶桑・山城・伊勢・日向四隻の運用・概略についての動画を貼らせて頂きます。
http://www.nicozon.net/watch/sm8489496
伊勢はポニーテールですね。

二児の母

No title
ねずきちさん、ありがとうございます。

共通一次世代 さん、海上自衛隊のHPを紹介していただきありがとうございます。

                                       

九州男

No title
ねずきちさん、日心会の皆様・・・こんにちは。

いつもねずきちさんのブログを拝見させて頂き、感動と時には勉強といろいろな意味で活用させて頂いてます。
心より感謝申し上げます。

レスさせて頂きましたのは、今回の「伊勢・日向」の記事との繋がりはありませんが、最近でも日本の某俳優が主演の映画で話題?のサイパン島での話しです。

「太平洋戦争の傷痕」というブログに、サイパン玉砕戦を最後まで戦い抜いた”元帝国陸軍大尉 大場栄部隊”の投降の様子が書かれていました。

投降当日の部隊の行動、そして堂々と日本国旗を翻し、アメリカ兵が銃を手に居並ぶ中、軍歌「歩兵の本領」を唄いながら整然と行進して行く・・・。
その行動、その姿のすべてに感動を禁じ得ず、そしてこんな方たちが居られたからこそ、今の日本、私たちがあるんだと思わず目頭が熱くなりました。

http://ameblo.jp/tashutayou/entry-10364712062.html

すでにねずきちさん、皆様はご存知のお話かもしれません。
ただもしご存知でない方がいらっしゃるのであれば、ご紹介したくコメントさせて頂きました。
ご迷惑なようであれば削除ください。

TAKE

No title
「大鑑巨砲主義」、この言葉が私は大嫌いです。
たしかに航空母艦は強力です。
ですが戦艦には戦艦の重要な役割があったはずです。
この話にもあるように強力な対空装備を備えれます。
駆逐艦、巡洋艦と協力して航空母艦を守る役割がありました。
島の攻略時には艦砲射撃で上陸部隊の援護が可能です。
戦艦は無用の長物ではなかったのです。
「大鑑巨砲主義」、この言葉は日本海軍の象徴ともゆうべき大和を貶める為に使われているとしか思えません。

共通一次世代

自衛隊は日本の誇りです!
いまも「ひゅうが」の名の護衛艦があるのですね。
久しぶりに海自のHPを覗いてみましたが、ずいぶん映像が充実していました。

HPの「海上自衛隊テレビ放送局l」をクリックすると「アクティビティCH」があり、平成22年度日米共同統合演習時の護衛艦「ひゅうが」を見ることが出来ます。

日本の誇るべき海上自衛隊。
子供たちにも日本を守る自衛隊の方々の日々の頑張りを見て触れて、尊敬の気持ちと誇りを持って欲しいです。↓

【海上自衛隊】
http://www.mod.go.jp/msdf/formal/jmc/index.html

あ太郎

いいね
数年前、中央線の某駅前の靴磨きのおじさんに、靴を磨いてもらいながら話を聞きました。おじさんは、伊勢の乗組員だった。

南方に行くと、太陽が真上から照り付けるので、正午には立っている人の影がなくなるのだという。

おじさんの話から、文中にあるのは本当です。26機の飛行機をカタパルトから打ち出したら、あとは戻ってこられない(着艦できない)。


戦艦大和の艦載機のようなフロート付きであれば、着水後、クレーンで吊りげることができるが、伊勢・日向ではそうはいかない。

パイロットは海面に不時着して、泳いで艦までたどりつくのでしょうかね。・・・・・・いや、敵艦に体当たりして自爆するのが「建造計画」に含まれていたのかもしれません。

後年おじさんが南方の島に行くと、当時の人々、といっても相当年を取っているが、日本の歌を歌って歓迎してくれたとのこと。

ありがとう

日本のステルス技術
戦艦「伊勢」は呉港南部の三ツ子島沖で大破座礁しました。
奇しくも、昨年7月エントリーした日本海軍のステルス機・九三式中練による神風特攻第三龍虎隊出撃の日でした。
今新たに日本製のステルス機が開発されています。
  ◎You Tubeより
先進技術実証機「心神」3DCG 国産ステルス戦闘機への道
You2008JPNalpha09 | 2010年010月21日
心神(しんしん)は、日本の防衛省の技術研究本部(以下技本)が三菱重工業を主契約企業として開発を行っている航空機の開発計画の通称である。
技本ではこの研究機を先進技術実証機(Advanced Technological Demonstrator-X, ATD-X)と呼んでおり、次世代戦闘機に使用できる独自の先進的な軍事技術の開発過程において、実際に飛行させて実証・確認をするための機体である。
KC-130H&ATD-Xスケールモデル展示(小牧航空祭2010)
501ELK | 2010年09月26日
小牧基地航空祭2010で地上展示されていたKC-130H空中給油・受油機能試改修機と先進技術実証機(ATD-X 「心神」)のスケールモデルなどの展示の様子です。
◎Japanese stealth fighter - 心神
http://www.youtube.com/watch?v=jRPlnT-PD0A&feature=player_embedded
◎「心神」 Japan's Fifth-generation fighter aircraft named 心神(shin-shin) will soon debut 2!!
http://www.youtube.com/watch?v=Re1CCVk0vdc&feature=player_embedded
◎小牧基地航空祭2010 ATD-X(心神)モデル ATD-X TRDI MoD Japan
http://www.youtube.com/watch?v=yYyhmc6cO3U&feature=player_embedded
◎先進技術実証機 「心神」 3DCG 国産ステルス戦闘機への道
http://www.youtube.com/watch?v=ZcqcOjHQ-Xo&feature=player_embedded

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【完全版】頑張れ日本!1周年・TPP問題シンポジウム[桜H23/2/5]
◆TPP問題シンポジウム
パネリスト:
 西部邁(評論家)
 東谷暁(ジャーナリスト)
 中野剛志(京都大学助教)
 三橋貴明(作家・経済評論家)
 片桐勇治(元国民新党広報部長・政治アナリスト)
司会・コーディネーター:水島総
http://www.nicovideo.jp/watch/1296883457

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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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