猿とみなされながら世界一の大数学者に・・・高木貞治



人気ブログランキング
←はじめにクリックをお願いします。

高木貞治
高木貞治


明治31(1898)年のことです。

東京帝国大学理学部を卒業し、東大大学院で数学を学んだある若者が、文部省からの命でドイツに留学しました。

当時のドイツは、科学研究のメッカであり、特に数学では、世界一の水準です。

若者を迎えたドイツ・ベルリン大学では、当時のドイツ数学界の第一人者であるフロベニウス教授が、ある挨拶の中で、次のように述べました。

~~~~~~~~~~~
最近、外国人がしきりにドイツへ科学の勉強にやって来る。

アメリカ人も来るし、いろんな国からも来る。
近頃では日本人さえやって来た。

そのうち猿も来るだろう。
~~~~~~~~~~~

時代には時代の気分というものがあります。
当時の欧州社会では、黄色人種は、ただの「猿」でしかなかった。

ところがこのとき「猿」に比せられた日本人の若者は、世界中の数学者が束になっても解けなかった数学の超難問「クロネッカーの青春の夢」を、世界ではじめて解いてしまいます。

それどころか、嘉永3(1850)年来、およそ百年もの間、世界中の誰も解くことができなかった難問を、「類対論」によって完膚なきまでに解き明かしてしまった。

そしてその日本人は世界中の誰もが認める国際的な数学者となり、日本の数学界は、一躍世界のトップクラスとみなされるようになったのです。

~~~~~~~~~~~

その若者の名前は、高木貞治(たかぎていじ)といいます。
明治8(1875)年の生まれです。

出身は、岐阜県本巣郡数屋村(現・本巣市)です。
幼いころに、村役場の収入役をしていた実母の兄・勘介の養子になっています。

幼いころから、人並み外れて物覚えが達者で、4~5歳の頃には、たまたま行ったお寺での坊さんの説教を、帰宅後にそっくりそのまま聞かせたり、親鸞聖人の御伝鈔などを、暗唱したりするなど、おとな達をびっくりさせたといったエピソードが残っています。

明治15年4月、地元の一色学校に入学したのだけれど、成績は飛びきり優秀。
なんと、1年生の次には3年生となり、3年生の次には5年生に飛び級し、6年生の小学校を、わずか3年で卒業しています。

ところが、これだけ優秀な子供でありながら、養父は厳格に貞治をしつけています。
学校で2番だったりすると、罰として重い机を背負わせて、寒中であっても家の外に立たせたそうです。

この時代の人の幼年時代の記録を見ると、とにかくしつけや教育には、どの家庭もものすごく厳格なことに気づきます。

後年海軍出身で日本の総理大臣になるhttp://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-684.html">山本権兵衛(やまもとごんべい)は、雪の降る寒い朝に庭で槍の稽古をしていて、たまたま権兵衛が寒さのあまりかじかんだ手にホウホウと息をかけていたら、親父さんが裸足で庭に飛び降りるなり、権兵衛を怒鳴りつけ、権兵衛の頭をつかんで、雪の中にねじこんでいます。

山本家では、寒中でも毎晩、井戸水を石鉢に汲み、翌朝、凍った水で、子供たちに縁や棚を拭かせた。

女性でも、http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-572.html">杉本鉞子(すぎもとえつこ)は、6歳から漢文の素読をはじめ、学習中に畳の上に正坐して、手と口以外がほんのちょっと動いただけで、恥ずかしいことと、きびしくしつけられた。

昨今では、日教組教育の影響で、「しつけ」そのものがなにやら「悪いこと」のようにみられ、まして体罰などもっての他という風潮があるけれど、子供でも大人でも、「厳しさ」があるから人間が鍛え上げられるのです。
安閑とした中では、人は甘ったれるだけです。

話しが脱線しましたが、高木貞治も、もとより高い素質を持って生まれ、それを厳しいしつけによって、さらに砥ぎすさまれた。
それが、「猿が来た」と疎んじられながら、世界に名だたる大数学者を作った遠因となっているのだと、思います。

脱線ついでにもうひとこと。
日教組の撲滅と、日本に教育を取り戻すために、中山成彬先生をみんなで応援しましょう!

さて、小学校を卒業した高木貞治は、岐阜県きっての名門中学である岐阜尋常中学校(現・岐阜高校)に、わずか11歳で進学します(通常は16~7歳で入学)。

中学までは、片道で12Kmもあったそうです。
自動車も電車もありません。
彼は、雨の日も雪の日も、これを歩いて通った。
片道3時間の道のりです。

そして明治24(1891)年3月、なんと一番の年少者の高木貞治が、成績1番で岐阜尋常中学校を卒業してしまう。

この年の9月、貞治は、京都の第三高等中学校に入学します。
この第三高等中学は、国立高校です。帝大の予備校的な学校です。

貞治は京都で下宿生活を送るのですが、京都に行ってまもなくの10月28日に、濃尾地震が起こります。

この地震の震源地は、貞治の実家のある本巣市です。
マグネチュード8.0、日本の陸地で発生した地震としては、史上最大の地震です。
この地震を報じる新聞社の第一報は、「ギフナクナル(岐阜無くなる)」だったそうです。
それくらいひどい地震だった。

この地震を新聞で知った貞治は、親の安否を気遣います。
そして、すぐに帰省した。

ところが、汽車は米原から先が不通です。
貞治は、夜を日に継いで、歩いて家まで帰った。

幸い、家は離れが倒壊しただけで、母屋は無事で死傷者もなかったのだけれど、義父の勘助は、

「お前には学問という大切なことがあるはずだ。家のことなど心配する必要などない。すぐ京都へ帰れ」と貞治を叱り飛ばします。
叱るだけじゃなく、家にすら入れようとしなかった。

母は、もう日も暮れるし、せめて今夜だけでも泊まらせたら、それがだめなら、せめて食事だけでもととりなしたけれど、いっさいとりあわない。問答無用です。
そのまま追い返してしまった。

後年、高木貞治は、「あのとき家に入れてくれなかった父のおかげで、自分は大成できた」と語っています。
どんな苦労があっても、やるべきことをやる。すべきことをする。
そういうド根性のようなものは、やはり「厳しさ」の中から身に着くのです。
そういうことを、いまの日本の教育は、いまいちど見直すべきです。

義父の勘介だって、「こいつ、よくぞ帰ってきたな」と内心はうれしいのです。
けれど、家のことは俺がちゃんとする。
おまえは一族の、そして日本の期待がかかっている男なのだ。
ならば家のことは心配しなくてもいいから、おまえは勉強に打ち込め!というのが、勘介の思いです。

そしてその思いが、貞治には痛いほどわかった。
「わかる」背景には、親子の深い相互信頼関係がそこにあります。
相互信頼関係の「物証」はあるのか、と問われれば、そんなものはありません。
互いの心を忖度(そんたく)するということなのです。
互いの心を読む。
そうした中にこそ、ほんものの信頼関係は生まれる。
そういうものです。

だから貞治は、決意も新たに、京都の下宿に歩いて戻った。

三年後の明治27(1894)年、日清戦争に日本が勝利した年、高木貞治は、日本でただひとつの理学部である東京帝国大学数学科に入学します。

帝大では、菊池大麓(だいろく)教授について、勉強します。
このときの菊池大麓の授業は、貞治にとって、数学研究の醍醐味を味わい尽くす、素晴らしいものだったといいます。
菊池大麓は、後年、当代の学長を経て、文部大臣となり、我が国の理数系の育成に貢献した逸材です。
貞治は晩年、「先生が今でも尊敬しておられる方はどなたですか?」と聞かれたときに、迷うことなく「恩師の菊池先生です」と答えています。

明治30(1897)年、東京帝国大学理科大学を卒業して、大学院へ進んだ貞治は、翌、明治31年、文部省からドイツ留学を命ぜられ、その年の8月31日に、横浜港を後にします。

そしてドイツに着いて最初に受けた洗礼が、冒頭の「次は猿が来るだろう」だった。
けれど、学問の志に燃える貞治は、その程度の中傷にはいっこうにへこたれません。

貞治は、ベルリン大学で代数の研究に着手すると、1年半後には、ゲッチンゲン大学に移籍して、著名な数学者ヒルベルトのもとで学びます。

ヒルベルトという人は、19世紀末から1930年頃まで、世界の数学者のナンバーワンといわれた人です。

そしてそのヒルベルトが、明治33(1900)年に、パリで開催された第二回国際数学者会議(ICM:International Congress of Mathematicians)の席上「世界の数学者よ、数学上の未解決の大問題を解決せよ!」と大講演を行います。

そこで提起された問題が、「クロネッカーの青春の夢」と呼ばれる難問です。

これは、ドイツの数学者レオポルト・クロネッカーの総実代数多様体上の零点の分布に関して、

「次の関数を複素数全体に拡張した場合、φ(κ)の根は必ず1 のベキ乗根の有理整数係数の有理関数として表されるのではないか」と「予想」します。

クロネッカーの青春の夢


ところがこの「予想」を、数理学上で証明することができない。

このテーマをもらって明治34(1901)年に帰国した貞治は、そのまま東京帝国大学理科大学数学科の助教授に就任すると、代数学講座を担任しながら、なんと明治36(1903)年に、この難問を解いてしまうのです。

そして貞治はこの解の論文を、「東京帝国大学理学部紀要」に発表し、理学博士の学位を得ます。
ちなみに、日本の数学の博士論文の第一号が、このときの貞治の論文です。

この頃、大学近くの文京区本郷曙町に住んでいた貞治は、明治35年にお見合いで結婚します。

そしてそれから10年、帝大教授として判で押したような規則正しい毎日の生活を送る。

ところが、大正3(1914)年7月に、第一次世界大戦が勃発します。
同年8月、日英同盟を結んでいた日本は、ドイツに宣戦布告する。

こうなると、数学先進国のドイツの論文などが、まるで手に入らなくなります。

それまでドイツの文献で多くの知識を得てきた貞治は、嫌応なく、自分自身で問題を提起し、自らの発想で考えて解決していかなければならなくなった。

そのときの心境を後年、貞治は次のように告白しています。

~~~~~~~~~
西から本がこなくなっても、学問をしようというなら、自分で何かやるより仕方が無いのだ。
恐らく世界大戦が無かったならば、私なんか何もやらないで終わっていたかも知れない。
『近世数学史談』「回想と展望」
~~~~~~~~~

そしてついに、貞治は、「任意のアーベル拡大体は類体である」という「タカギ類対論」を顕します。

このタカギ理論は、ハルレ大学のヘルムート・ハッセ教授が詳細に検証し、この理論が正しいことを証明します。

これによって貞治は、日本で最初の世界的な数学者として内外から脚光を浴び、日本の数学界の地位を一挙に世界のトップクラスに引き上げています。

貞治が、大学教授として平穏無事な生活を東京の本郷ですごした10年の頃の話です。

貞治は、鼻眼鏡をかけてピンとはねたカイゼル髭(ひげ)を生やし、三つ揃えの背広に蝶ネクタイという、典型的な洋行帰りのハイカラさん姿だったそうです。

けれども、ご長男の話によると、このころの貞治は、相当いらいらしていた様子だったという。
何でもないことでも、よく腹をたてていたのだそうです。
高木貞治博士自身も、この当時のことを、「自分はノイローゼにかかっていたようだ」と告白しています。

幼い頃から「一人で勉強する」という姿勢で育てられた貞治にとって、挑戦するものを失ったその平穏な日々は、もしかすると苦痛だったのかもしれません。

その貞治は、たまたま起こった第一次世界大戦によって、ドイツの数理本が手に入らなくなるという事態を前にして、彼が本来もっていたDNAが覚醒した。

そして彼は、誰も解けなかった「類対論」の解決へと、自らの目標を定めます。
それはまるで、彼の中で眠っていたDNAが、ふとしたきっかけで目覚めたかのようです。

いま日本は、日本史上四度目の最悪の危機に陥っているといいます。

四度の危機というのは、一度目は元寇、二度目はペリー来航、三度目が大東亜戦争、四度目が、民主党売国政権の誕生です。

しかし、こうした危機によって、いま、日本中で日本の心、保守に目覚める人たちが、陸続と増えてきています。

元寇も、黒船も、戦争も、これまでの日本は、見事に乗り越えて、いまに至っています。

この危機を救うのは、日本人としてのDNAに目覚めた日本人です。

いまは「鬼子」や「豚足」とみなされても、陸続と目覚めた日本人のDNAは、これから世界にはばたく日本を築く。

危機はチャンスです。

 ↓クリックを↓
人気ブログランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
\  SNSでみんなに教えよう! /
\  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

あわせて読みたい

こちらもオススメ

コメント

-

No title
>>明治24(1891)年、岐阜県きっての名門中学である岐阜尋常中学校(現・岐阜高校)に、わずか11歳で進学します。
>>1875年生まれなのに年齢おかしくないですか?

erstea

そんな高木貞治の著作権も2年前に著作権が切れ、無料公開する運動が盛り上がった時期があった

高木貞治プロジェクトから2年が経過した
https://twitter.com/digiking3/status/22276374442020864
数式の表示技術は確かに進んだが、肝心の出版社は一切対応せずに放置されたままである。

その矢先にTPPのせいせ高木貞治大先生の素晴らしい教科書群や論文集ですら公開底止に追い込まれるだろう。著作権が延長されれば高木貞治の著作すら何十年も公開出来なくなる。

著作権 《死後50年経っている数学者(没年順)》
高橋卯之助 (1833-1902)
菊池大麓 (1855-1917)
佐原純一 (1841-1920)
樺正董 (1863-1925)
北条時敬 (1858-1929)
藤沢利喜太郎 (1861-1933)
林鶴一 (1873-1935)
70年の壁
隈本有尚 (1860-1943)
竹内端三 (1887-1945)
藤原松三郎 (1881-1946)
吉江琢児 (1874-1947)
掛谷宗一 (1886-1947)
岡村博 (1905-1948)
秋山武太郎 (1884-1949)
窪田忠彦 (1885-1952)
谷山豊 (1927-1958)
高木貞治 (1875-1960)
辻正次 (1894-1960)
小倉金之助 (1885-1962)

わが国の数学者で著作権が切れている者はこれだけいるのだが、著作権が延長されれば有名人が全て公開停止になってしまう。著作権70年というのは、丁度日本の数学者たちが世界的業績を上げ始めた時期と被るのだ。欧米人は科学も歴史が長いから、19世紀以前のものでも著作権切れの名著が多く無料公開されているのだが、日本の場合近代科学が本格的に導入されたのは明治以降なため、明治初期は人材養成や教育システムの確立などで生涯を終えてしまった科学者たちしかおらず、ちょうど彼らに教育を受けた世代あたりからやっと世界的に活動できるようになってきたのだが、彼らの著作もTPPによる著作権延長で公開停止に追い込まれるというわけだ。もちろん安価で古典的名著が安定供給され、昔の本もいつでも読めるというのであれば、こんなことを書き込む必要性もないのだが、実態はそうではない。

理工書の場合このような古典的名著に触れるということも大変重要なことなのだが、売国出版社たちはそのような名著は売れないからといって全て絶版にし、30年前の高校の参考書のような薄っぺらい大学教科書を濫造し、金儲けに従事している。わが国の未来を担う人材育成に当たるべき理工書の出版社の経営が売店守銭奴に乗っ取られており、誰もが知っているニュートンのプリンキピアといった名著ですら出版社は全て絶版にしている。絶版の古書が幾ら売れても著作権保持者には一円も入らず、保護期間が1年だろうが1000年だろうが全く無関係で、創価学会系列の転売古書屋が未来を担うべき学生たちが読むべき書物の価格を不当に釣り上げて奴らの活動資金にしている。高木貞治の絶版の著作なども同様だろう。岩波高木貞治の欧文論文集を絶版のまま放置している。このようなことに、なぜ誰も声を上げないのだろうか。とくに東京図書などはブルバキやランダウをことごとく絶版にしてゴミのような教科書を氾濫させている。東京図書に電凸しよう、ブルバキやランダウを復刊しろ、と。あんなカスのような参考書を読まないと大学の授業についていけないような連中は本来留年や退学にせねばならないのに、そういう連中だけ救済して古典的名著を全て絶版にする守銭奴が支配している。理工書の商業的寿命なんてもう数ヶ月から数年ぐらいですよ。新刊で高度な内容を扱っても100冊も売れやしない。せいぜい数百冊捌ければベストセラークラス。そんなに金儲けがしたければ別のことで金を稼げよ。古典的名著を絶版にするような出版社を蔓延らせてはならない。

電子書籍がそういう絶版の本を復刊させる契機になるかと思ったら、そんなことはありえなかった。電子書籍の統一規格であるepubは既に数式表示にも対応しているのに、なぜかどこの出版社も数式表示に対応せず、日本の電子書籍屋の科学技術書のコーナーを見ても解析学の専門書すら存在しないのである。まさに「ありえない」。せいぜいブルーバックスのような書物しか存在しない。そういう啓蒙書も最近は数式含む本は売れないとほざいている始末で、昔の本の劣化コピーのような内容ばかりだ。なめているのか。青空文庫のような電子書籍を無料公開するプロジェクトでも全く数式を含む文章が存在しない。せっかく有志が公開した高木貞治や竹内端三の著作もTPPで潰され、出版社は著作権の名の下に死蔵し続けるだろう。日本の出版物は昔のがレベルが高いのに、資本主義で儲けがないからといって死蔵されて劣化コピーを再生産している。この時代の学術的遺産を日本復活のために再利用したいのだが、著作権すら延長するとなるともはや打つ手がなくなるだろう。出版社も売国守銭奴が支配したままだし。現に東京図書がそうしているし、講談社も似たようなものだ。岩波は理工書に限ってはマシなほうだが、それでも多く絶版にしているし復刊する度に価格を暴騰させているのだからやはり悪徳企業だ。みすず書房も昔は理工書も凄まじいラインナップだったのにいまや文系の出版社と間違われてる。検索をかければこの問題はうじゃうじゃでてくる。「講談社の輝かしい功績」とか揶揄されたコピペがな。ブログ主様は数学も少しはわかるかもしれないのでこういう問題も取り上げて頂けると有り難い。もう東大の学生ですら、「解析概論」や同レベルの解析学の専門書もろくに読まず、イプシロンデルタすら全員学ばず単位が取れるとかよくわかるとかなっとくするとか下らない参考書で勉強しているようです。微積分の教科書とか、大半は大学の授業や雑誌連載が元なので年代別に揃えればどのぐらいレベルが低下したかわかりますよ。これが亡国の兆しといわずしてなんだというのか。著作権や出版界の話は文系の話ばかりが話題になるが理工書の事情も日本の未来を支える科学技術者の養成にも直結する話で極めて重要なことかと思われます。

乾坤一擲

偉人への掘り出し
日本の歴史のなかで、こんなに素晴らしく凄い能力を持っていた方が居たなんて、恥ずかしながら存じておりませんでした(恥)

この文面は教科書に記載すべき偉人ですよ。と私が大臣ならば即断即決で認可するんですけどね。

そして、教育が壊れている今「本当の優しさとは厳しさなのである」ということを理解出来ない、父兄や教師が昨今では多過ぎますよ。

自分事な話になりますが、五月蠅いほど娘を厳しく育てております。
私は父親として「嫌われても、憎まれてもよい」という理念を持っておりまして 、それによってキチッとした躾をして世間に送り出すのが親の義務だと思っております。ですが、なまじか嫁が甘チャン育ちだったので、不埒な擁護をするので私は嫁にも躾るという毎日ですよ(笑)

私の教育理念は「平手の何発も叩かれたことが無い」「叩かれたことが無いし躾られていないので、力の程度が知らなくて他人を殺してしまった」なんてことがしばしばありますが、やはり未然に防ぐには「褒める時はベラボウに褒めて」「小沢みたいなことばかりしていたら、加減をしながら確実に張り倒します」
この様な私の教育理念ですが、最近ではチョコレートみたいな父兄が多々存在するので、反日日教組の責任は重大ですよね(教育を根底から崩壊させる教育方針には断固反対ですね)

-

承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです

無名の剣士

No title
我が郷土の(かつ、出身高校の)偉大な先輩を取り上げて頂き、ありがとうございます。
残念ながら、地元の学校で、このような偉大な先輩方について教えることは、ほとんどありません。

小中学校の教員のレベルなんてたかが知れていますし、個々人の教員のできることなんて限られているのですから、こういう過去の偉人の実例を示す方が、どれだけ有益なことか。

wktk

No title
米1で言われているように、このブログは素晴らしい教科書そのものです。

小町

愛国心に目覚める
そのとおりだと思います。

私も、日教組に反日教育をうけてきましたが、気がついたうちの一人です。

多くの国民も気づきだしていると思います。

この国は、大和民族のDNAによって、必ずや眠りから覚めることでしょう。

-

紀元節
アミバの日本国憲法の追認と一億ことごとく道鏡の国民主権の肯定を戒める昭和天皇のおほみうた
昭和天皇の御製「日日のこのわがゆく道を正さむとかくれたる人の声をもとむる」(声 昭和四十一年)を拝し感激した荒木貞夫元陸軍大将は次のように遺言した。

【荒木貞夫大将遺言】
・陛下の年頭「声」の御製に御答えする為に、君側に諫争の臣を御勧めすること。理由は後述する。
・建国記念日は紀元節として、二月十一日を敢行すること。理由は後述する。
・帝国憲法の復活を断行すること。多少の混乱があっても敢行する事。理由は後述する。
・日本の未来像は、維新の五箇条の御誓文を主とし、つまらぬ事を付け加えずにこれを達成すること。
http://oncon.seesaa.net/article/122562297.html

-

他所からのコピペです
この管の異様な様子について、「民主党の支持率回復のための芝居じゃないか」と指摘している方がいました。

『管が体を壊して倒れ、緊急入院をする。
         ↓
安倍総理の時と違ってマスコミも味方してくれるので、テレビ・新聞をフル活用して
「疲労困憊してまでがんばった管総理」という演出をする。
         ↓
無念のリタイヤをした管総理から新総理へバトンタッチ。
国民の熱い同情が集まり民主党の支持率が回復。
「管総理を入院させるほど苦しめた自民党は、非人道的な政党だ」
とかなんとかマスコミが騒いで、自民党をこき下ろし、民主党批判も封じる。
         ↓
民主党、統一地方選を無事に勝ち抜く。』 


考え過ぎかもしれませんが、なにしろ詐欺師集団ですから狂言入院までやりかねませんね。

自民党にメールで知らせといた方がいいかもしれません。あとネットで情報拡散もやった方がいいかも。

bunkataisi

田母神先生の講演「日本人よ誇りを持て!」を聞き
ねずきち様、いつも素晴らしいお話をありがとうございます。

建国記念の日の岡崎奉祝会で、田母神先生の講演が開催される事をチャンネル桜のイベントページで知り、三河では珍しく今日は朝からかなり激しく雪が降っていましたが、10年振りぐらいで岡崎に出掛け、素晴らしい講演を聞いて来ました。

去年名古屋の栄で開催された尖閣侵略反対デモ行進にも参加しましたし、近くで真正保守の催しが有ったら参加したいと常日頃から考えていましたので、田母神先生の講演を聞く事が出来ました。

田母神先生の講演内容は「日本人よ誇りを持て!」と言う事で、ねずきちさんのブログを読んでいる私には理解できない点は有りませんでしたが、直接お話しを聞く事が出来ましたので、たとえ小さなことでも自分のできる事を、子供や孫に素晴らしい日本を残して行く為に頑張ろうと再確認しました。

日本人として国を護る意識を明確に持って、良識ある保守として微力でも尽くしたいと思います。

アトラクションの伝統芸能の「吟・剣詩舞」は背筋が伸びるような気持ちになりました。

-

在米韓国人
米国トヨタのリコール問題は結局のところトヨタ車の電子制御システムに問題は無かったようですが、苦情を申し立てた者の中に在米韓国人が多く含まれていたそうです。金目当ての便乗か反日からか分からないですが、このような事をするから韓国には余り良い感情を持てません。

22

No title
「幻」は、竺人・インドで、抽象的な纏(まと)めに趣く。

「文」は、漢人・中国で、文飾に走って纏めてゆくのです。

「絞」は、東人・日本で、真実を的確に把握しようとする。

  「絞」は、いわば「まこと」に極め行く事と、言い換えることが出来ると思います。

  ここが、要諦です。
 「日本」は、この意味で「まこと」を尊ぶ国柄です。
 「まこと」とは、「真実・本質」とも重なる概念です。

ブログ「縄文文字ヲシテを復活!」より
http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/

ぷく

解析概論
今は知らないが、私の大学時代(昭和40年代)は、高木貞治の「解析概論」が理工科系数学の入門書でした。しかし、彼にそんな厳しい青春があったとはじめて知りました。
ねぐきちさん ありがとう。

ミミ

高木先生や中山先生のように、優秀な頭脳を持つ若者が、日本をひっばっていって欲しいです。
愛国心を持つエリートの育成も、保守として大切ですね♪
日本のために…
そして世界のために…

sakuya

「平和を脅かす諸国には憲法9条を適用しない」
「平和を脅かす諸国には憲法9条を適用しない」


国難突破のために、この場をお借りいたします<(_ _*)>

『この国を守り抜け』国難突破運動スタート!!

いよいよ本日2月11日から、幸福実現党は「『この国を守り抜け』国難突破運動」を開始し、
全国一斉街宣や署名活動等を通じて国論を盛り上げ、必ずや危機に立つ日本の
国難を突破してまいります!

本運動の一貫として、本日「建国記念の日」に、産経新聞(全国版)に幸福実現党の
意見広告(全面広告)が掲載されました!

意見広告の内容は、美しい富士山を背景に「憲法9条では、もう日本を平和は守れない。」
とメッセージを打ち出し、「平和を脅かす諸国には、憲法9条を適用すべきではありません」
と主張。さらにその根拠を述べたものとなっております。

併せて「『この国を守り抜け』国難突破運動」特設ホームページが
スタートしました!
http://www.hr-party.jp/2011_topic02a.html

また昨日、幸福実現党より《「『この国を守り抜け』国難突破運動」について》と題する
マスコミリリースが出されました。内容は以下の通りです。

*・・・・・・・・・・・・・・・*

《「『この国を守り抜け』国難突破運動」について》

尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件、北朝鮮による韓国・延坪島砲撃事件など、
現在の日本を取り巻く東アジア情勢は大変緊迫しており、戦力の保持や交戦権を
否認する憲法9条では、もはや日本の平和は守れない状況に至っています。

こうした国難の到来を見据え、幸福実現党は、立党以来、一貫して国民の
生命・安全・財産を守るべく、憲法改正を主張してまいりました。

しかし、尖閣事件をはじめ、中国の軍備拡張、北朝鮮の核武装等、国難は眼前に
迫っており、もはや憲法改正を待っていてはこの国を守り抜くことはできません。

幸福実現党は、この国を守り抜くべく、憲法9条の解釈を変更し、
「平和を脅かす諸国には憲法9条を適用しない」ことを提言します。

そして、政府に対し、平和を脅かす国家への「世界標準の自衛権の行使」を認め、
抑止力を強化し、国民の生命・安全・財産を守り抜くことを要請します。

そもそも、憲法の趣旨は「国民を守る」ことにあります。
また、憲法には「憲法の変遷」という概念があり、これは自衛隊が「合憲」とされて来たように、
憲法の規範内容と現状との間にずれが生じた場合、規範的意味を変更または修正し、
憲法に柔軟性を持たせる考え方です。

ゆえに、現状において憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」
という前提が崩れている以上、ここに述べた憲法9条の解釈変更は、「国民を守る」
という憲法の立法趣旨に沿った正統な解釈変更であります。

今、菅直人首相や仙谷由人前官房長官に見られる戦後平和主義的発想のまま、
憲法9条の解釈変更を断行しなければ「国民は座して死を待つのみ」です。

こうした情勢を踏まえ、幸福実現党は「『この国を守り抜け』国難突破運動」として、
2月11日(建国記念の日)から5月3日(憲法記念日)までの期間を中心に
「中国や北朝鮮には憲法9条は適用されない」という言論・署名活動を展開します。

その皮切りとして、2月11日の「建国記念の日」には、衆議院選挙区支部長を中心に
「全国一斉街宣」を行います。皆様のご支援ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

幸福実現党党首 ついき 秀学

☆゜・*:.。. .。.:*・゜

以上の声明内容を国民の皆様に直接訴えるために、幸福実現党ついき秀学党首は
下記「建国記念の日東京街宣」に参加する予定です!お近くの方は、ぜひ、ご参集ください!!

ついき秀学党首「建国記念の日東京街宣」(予定)

池袋駅東口 13:00~
新宿駅西口 14:30~
渋谷駅ハチ公前 16:00~

教えてください。

日本人を猿扱いするんじゃない。
事務レベル会議に中国参加 米の狙いは「包囲網」 TPP参加
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/456279/

               ↑
巷には、TPPが「中国包囲網」であるとする記事が沢山あります。
ところで、TPPやジョージ・ソロス氏が、中国のどの様な脅威から日本を守ってくれるのでしょうか?
「包囲網」に参加する一方で日本政府は、中国人観光客の呼び込みに必死ですし、ますます中国との経済協力を進めると明言しています。
中国人観光客の誘致を目論んで、国民の祝日を定めるとも言います。
で、最終的には、中国自身もTPPや日中EPAに参加するのではないですか?

猿並みの脳味噌しか持たない私には、いまいちよく理解ができません。
どなたかに説明をお願いしたいです。

共通一次世代

先人の技術者たちの素晴らしさ
うちのパソコンのデスクトップはグーグルの大きな「ロゴ」付きの検索画面にしていて、私はいつもその日にちなんだデザインのロゴを楽しみにしています。
8日の「海底2万マイル」(作者ジュール・ベルヌの誕生日だった)も素晴らしかったけれど今日のもかっこいい。今日はトーマス・エジソンの誕生日でもあるのですね。

【エジソンと日本の意外な関係とは】
http://www.edisonworl10.com/person/japan.html

★エジソン唯一の日本人助手・岡部芳郎氏。
岡部氏はエジソンの下で助手として蓄音機の改良に取り組んでいた方だそうです。

=======
エジソンは、この日本人青年をとても信頼していたと伝えられています。
エジソンは、「自分の子供たちは金品を自分の元から勝手に持っていくのに、芳郎はそんなことを一切しない」と岡部を高く評価していたといわれています。
また、エジソンが街中で襲撃を受けた時に芳郎が得意の柔道で窮地を救ったエピソードもあり、エジソンやフォードがキャンプを行った時に芳郎を連れて行ったといわれているほどに強く信頼していたといわれています。
=======

★エジソンの元で学んだ日本人、岩垂邦彦氏。
日本電気(NEC)の創設者、岩垂(いわだれ)邦彦氏も、エジソンの元で働き、学んだ最初の日本人だそうです。

========
エジソンは邦彦の勤勉さを高く評価していたと言われています。
しかし、送電事業における直流・交流の争いが起きた時に邦彦は窮地に追い込まれています。
エジソンが直流を支持していたのに対し、邦彦は交流の有用性を認め交流を支持していたのです。
エジソンも邦彦の主張に懸念を抱きましたが、邦彦が交流を主張するウェスティングハウスと内通していたわけではなかったので結局何も処分を行いませんでした。
========

当時、岩垂氏は、新しく設立される大阪電燈の発起人から発電設備一式の調達を依頼されたのですが、直流を支持していたエジソンに逆らう形となるも自らの信念を貫き、交流式の発電機をなんとエジソンが敵対するトムソン・ハウストン社から購入。日本での販売権を大阪電燈にとりつけたそうです。

一方、直流を支持していたエジソンの会社は・・・。
なんと、後に敵対していたトムソン・ハウストン社と合併して、ゼネラル・エレクトリック社(GE)を設立。その交流発電機などの強電製品を生産する世界最大の企業にしてしまいました、とさ。めでたしめでたし。↓

【NEC・日本電気の創始者にして、かの発明王・エジソンを唸らせた男…。】
http://www.nec.co.jp/ad/onlinetv/ja/introduction/iwadare_l.html


★エジソンの元で電球製造を学んだ日本人、藤岡市助氏。
藤岡氏は、日本国内での白熱電球製造を志し、やがて、「白熱舎」という会社を設立します。
これが現在の「東芝」の前身だそうです。

エジソンは、技術を学びに訪れる日本人に絶えずこう言っていたそうです。↓

「外国から輸入すればいいと考えていてはいけない。自分の国でも作ろうという気概がなければその国は滅ぶ」


今の経団連の企業は、こうした先人の努力と技術者としての強さをもう一度振り返るべきだと思います。
かつての創業者の「熱い思い」を、今の社長さん達は本当に受け継いでいるんでしょうか。

以前、愛信さんが紹介してくださいましたが、「痛くない注射針」で有名な岡野工業株式会社社長、岡野雅行氏の先の自民党大会での言葉こそが、先人の頑張りを受け継いでいると感じます。

「技術で飯を食ってきた」頼もしい言葉です!!

【自民党大会でハッパ「日本は全然ダメじゃないよ」】
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5322

-

まばたき1分に100回、菅パニック症候群!
「助けて」と叫んで倒れてもおかしくない
頭の中は思考停止、放置すると鬱、早く医者に診て貰い薬を飲むべき
http://hanausagi.iza.ne.jp/blog/entry/2150659/

ねずきち

No title
みなさん、いつもコメントありがとうございます。

みるくさん、当ブログは、転載自由です。
ご自由にお使いくださいね^^v

愛信

野党はビデオの全面公開を迫れ
野党はビデオの全面公開を迫れ
http://hanausagi.iza.ne.jp/blog/entry/2149414/
元海上保安官、映像流出悔いなし 
尖閣、国会内で講演 尖閣諸島付近の中国漁船衝
突の映像流出事件で起訴猶予となった元海上保安
官の一色正春氏が9日午後、国会内で講演した。
http://www.youtube.com/watch?v=p2c1lr6zGY4&nofeather=True
(動画)
詳細は【花うさぎの「世界は腹黒い」】救国ネットが
「一色正春講演会」をカッチとね
http://hanausagi.iza.ne.jp/blog/entry/2149414/
【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

-

恐るべし日本語の凄さ
 ……一方日本は約千年かけて1)漢字の音読み・2)訓読みの発明・3)訓読みの完全普及の三段階を成し遂げた。漢字は訓読みによって日本語と融和することが可能になったのである。また訓読みの完全普及は日本人が漢字を「徹底的に理解した」ことを意味する。これによって初めて漢字は日本語の完全な一部となったのである……
http://blogs.yahoo.co.jp/nobu_aidasort5694/2112652.html
◎漢字、ひらがな、カタカナの併用も付け加えたい

みるく

No title
いつも読ませていただき感動しております。
教育が如何に大切かを感じました。
転載させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?
mixiのひらめちゃんで検索すれば私のブログが出てきます。よろしくお願い致します。

海外の一読者

仮名漢字変換について
毎朝の更新、ご苦労様です。いつも楽しみに拝読しています。

一点気になることを、コメントさせていただきます。内容についてではありません。枝葉末節的なことではありますが、ご容赦ください。

文章中の漢字表記についてです。コンピュータの仮名漢字変換の機能で文章を書かれているかと思いますが、時折誤変換が気になります。例えば、本日のブログ中では、「先例を受けた」とありますが、これは「洗礼を受けた」であろうかと思われます。

自分も漢字を誤変換したままメールを送ったりすることも多くあり、他人様にとやかく言えた義理ではありませんが、せっかくの格調高い文章を読み進める中で、漢字の誤変換に出会うとそこで違和感を感じてしまいます。出版物ではなく毎日大量の文章を手打ちされているのだから、校正にも限度があることは重々承知していますが、実に惜しい。(出版物でも、時折誤字がありますけどね。)手書きの文章ではまず有り得ない漢字に出くわすと、思わずそう思ってしまいます。ここは本来こう変換すべきだと分かる読者のみならまだしもですが、若い読者が読んで意味不明にならかいかも心配です。

コンピュータのかな漢字変換機能の限界と思われます。毎日の更新で大変でしょうが、少しでも誤変換の無い文章を期待しています。本質には関わらないコメントで、失礼しました。

一般人

No title
おはようございます、
危機はチャンス・・・まさにそのとおりであると思います。

毎度素晴らしい記事を見せてくださって、ありがとうございます。

-

No title
このブログにいつも勇気をもらっています。
(いつも泣きながら読んでしまいます。)

ここに書いてあるものを、日本の全中高生が読むようになれば、10年で日本は劇的に変わると思います。

非公開コメント

検索フォーム

ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

スポンサードリンク

カレンダー

05 | 2021/06 | 07
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

最新記事

*引用・転載・コメントについて

ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
またいただきましたコメントはすべて読ませていただいていますが、個別のご回答は一切しておりません。あしからずご了承ください。

スポンサードリンク

月別アーカイブ

ねずさん(小名木善行)著書

ねずさんメルマガ

ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

電話  080-4358-3739

スポンサードリンク

コメントをくださる皆様へ

基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメント、および名無しコメントは、削除しますのであしからず。

スポンサードリンク