インパール作戦・・・続き



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牟田口廉也中将.jpg
牟田口廉也中将


先日、インパール作戦のことを書きました。

インパール作戦と言えば、先日も書きましたが、
「戦場でもっとも大切な兵站を無視した無謀な戦いをした」
「作戦を独断専行で進めた牟田口中将はバカである」
「はじめから意味のない戦いだった」
等々、戦後あらんかぎりの罵声が浴びせられている戦いです。

実際、日本兵9万が出撃し、3万名が戦死、4万名が戦病死しています。
負け戦です。

しかし、何万もの将兵を失った戦いというなら、16万の将兵を投じて15万名が戦死に至った東ニューギニア戦や、一方的に倒されたトラック諸島の攻防戦、あるいは敵をして七面鳥撃ちと言わしめたマリアナ沖海戦、相次いだ南方諸島での玉砕船など、インパール作戦以上に悲惨な戦いは他にも多くあります。

そもそも大東亜戦争そのものが、およそ戦闘という意味においては負け戦だったわけで、であれば個々の戦闘において、種々の敗北戦があるのは、ある意味、当然のことです。

にも関わらず、なぜかインパール作戦だけが、なにやら突出して、無謀だとか独断だとか、はなから意味がなかっただとか、口を極めて罵られ続けている。

けれど、これがとっても大切なことなのだけれど、インパール作戦は、すくなくとも中盤戦までは、日本軍の圧勝だったのです。

インパールへの出撃に際して、牟田口中将は、
~~~~~~~~~~~~
ここに諸氏に告ぐ。
河、山、錯綜せる密林など、いくたの障害あるとはいえ、駿足にして無敵なる進攻のみが本作戦勝利のカギと知るべし。
~~~~~~~~~~~~
と述べています。

そもそもインパール作戦は、迅速を旨とする作戦であったということです。

日本は初動段階で、インパールの入り口をふさぐコヒマを占領しています。
すぐ近くにディマプールという、英国軍の物資補給基地があります。
そこまでは、わずは2日の距離です。

もし日本が、その段階でディマプールを陥としていれば、補給の問題は解決していたのです。
そうなるとインパール作戦は、日本側の大勝利に終わった可能性すらある。

そのことを敵である英国側が、戦後はっきりと認めています。

戦後の東京裁判史観を原典として、事情も調べずにああだこうだ批判する反日左翼の評釈より、実際に牟田口中将率いる第十五軍と戦った英国軍の言う事の方が、よほど真に迫った現実を物語っています。

まず、アーサー・スウィンソンという英国のインド駐留軍第二師団参謀は、その著書である「四人のサムライ」の中で、次のようにインパールの戦いを記述しています。

~~~~~~~~~~~
当時の状況としては、勝負はまったく髪の毛一本の競り合いだった。
~~~~~~~~~~~

インパール作戦における日英の戦いは、毛筋一本で戦局が変わる微妙なものであったと書いているのです。
彼は、さらにこう述べます。

~~~~~~~~~~~
当時のディマプールは、全地域にわたって、狼狽と混沌の中にあった。

何千という苦力が路地に群がっていた。
血走った眼の通信隊の列がぶつかりながら動いていた。

日本軍がディマプールを手中にすれば、そこには食糧、弾薬、ガソリン、輸送車が無尽蔵にあったのだから、牟田口は確かに勝っていた。
~~~~~~~~~~~

双方の兵力は、英国15万、日本は9万です。
しかも、英国軍は、十分な兵站がある。
対する日本側は、毎度のことだけれど、ギリギリの装備しか持っていない。

ギリギリの装備しかなかったのは、牟田口中将の資質の問題ではありません。
日本という国自体が、貧しく、ギリギリの戦いをせざるを得なかったのです。
そこを間違えてはいけない。
日本本土だって食い物がなくて、食管法が施行され、闇米が流通し、人々に生活物資がいきわたらなかったのです。
冬は寒いけれど、石油ストーブさえ炊けなかった。
だからみんな木を燃やしたのです。
都心部では餓死者まで出る状況だった。
日本はそうした事情の中で戦っていたのです。
第15軍だけが、なにも兵站が少なかったわけではない。

それでも牟田口中将率いる第十五軍は果敢に戦い、昭和19(1943)年3月21日には、宮崎繁三郎指揮の左突進隊が、はやくもウクル・サンジャクの英国第49旅団を潰走させています。
日本陸軍は、ほんとうに強かった。

そして続く本隊が、コヒマに肉迫した。

コヒマは、ディマプールからインパールに通じる、補給路の要衝です。
日本軍の猛攻に、3月25日、英国のアジア総司令官であるマウントバッテン卿は、ロンドンにある英国統合本部に次のように打電しています。

~~~~~~~~~~~~
もはやインパール街道と、ディマプール~コヒマ間の輸送路の持久は望み薄となった。

第四軍団および、スチルウェル軍との連絡も絶たれる可能性が高い。

唯一の希望は、有効な防御によって勝利の転機を見出すだけである。

よって、すみやかに第7師団をインパールに空輸せられたい。

~~~~~~~~~~

その第7師団の空輸が始まったのが4月6日です。
その空輸が始まった当日に、日本軍は、はやくもコヒマを占領しています。
まさに疾風怒涛の快進撃だった。

コヒマの目と鼻の先には、英国軍最大の補給基地であるディマプールがあります。

ディマプールが陥ちれば、日本軍は、糧食、武器、弾薬、ガソリンなど、戦いに必要な一切合財を確保することができます。

ところがここで、予期せぬ出来事が起こります。
一刻の猶予もならないと、督戦をあおる牟田口中将に対し、コヒマ攻略の指揮官が、牟田口中将兵の反発から、敵前で進撃を停止してしまうのです。
これは外敵というより、むしろまったく内部事情です。

ディマプールにいた英国スタッフォード将軍は、
「このとき、もし日本軍が、コヒマからディマプールに果敢に急進していたのなら、(作戦全体において、英国に勝利はなかった」と述べています。

日本側のコヒマ攻略の指揮官は、その後インパール作戦の日本側の配色が濃くなったとき、補給途絶の故をもって、無断撤退して抗命事件を起こします。

なぜか戦後史観では、この命令に逆らって無断撤退した佐藤幸徳中将が将兵1万の命を救ったと高い評価を得ているのだけれど、実際に戦った英国軍側から見ると、このとき佐藤中将が、あと二日の距離を急進し、ディマプールを陥としていたら、戦況はまったく違うものになっていた、ということなのです。



さらに話を進めます。

たしかにインパール作戦は、困難な作戦です。
しかし、当時、タイに駐留していた牟田口中将率いる日本陸軍は、わずか3個師団なのです。
この3個師団で、英国のビルマへの浸透を抑えることは、前線が広すぎてどうにも困難です。

さらに、China南部の雲南省には、国民党十万の大軍がいます。
この大軍は、通常の寄せ集めのChina兵と異なり、米軍のジョセフ・スチルウェル中将によって、米式で徹底的に鍛えあげられた軍団です。

時間が経てばたつほど、日本側は不利になる。
しかも彼らには、十分な補給がある。

簡単にいえば、東海道を東進する圧倒的大軍の敵を、箱根(インパール)で討つか、関東平野(ビルマ)まで引き入れて迎撃するかという選択が、インパール作戦となっています。

これだけではありません。
インパール作戦の実施は、日本とその同盟国との関係が大前提となっている。

そもそも大東亜戦争というのは、日本によるアジアの植民地からの「解放」戦争です。
特ア三国以外のアジア諸国は、みんなそう理解している。

なぜならそれが本当のことだからです。
異を唱えているのは、特ア三国だけです。

特ア三国は、大東亜戦争においては、日本とも諸外国ともまったく戦闘をしていません。
当時、八路軍と呼ばれた毛沢東率いる中国共産党は、単に中国奥地に隠れていただけだし、金日成は、名前も登場しない小者にすぎない。
韓国を建国した李承晩は、米国亡命中で日本軍には会ってもいない。
彼らは強力で規律正しい日本陸軍を前に、逃げ回っていただけです。

戦後の東京裁判で、日本陸軍だけが裁きの対象となり、海軍にはまったく罪が及んでいない事情がここにある。
要するに、実際には日本軍とまったく相対することのなかった連中が、後年になって、「我こそは抗日戦線の英雄」などと、嘘八百を言い募るものだから、その三国だけが、おかしな歴史認識となっているのです。

それ以外のアジアの国々は、すべて、日本のおかげで独立できたと認めています。
日本は、おおいに自信を持ってよろしい。

実際、大東亜戦争のさなかである昭和18(1943)年11月に、東京で大東亜会議が開催されています。
会議の席上で、ビルマのウー・バー・モウ総理は、次のように述べています。

~~~~~~~~~~~
インドの独立なくしてアジアの独立なし
~~~~~~~~~~~

そして特別参加していた自由インド政府首班のチャンドラ・ボーズは、特に発言を求めて烈々たる気迫で、次のように語った。

~~~~~~~~~~~
他国は、あるいは英国と講和ができるかもしれませんが、インドとしては絶対に英国と講和はできない。
~~~~~~~~~~~

これを受けて、東条英機総理は、

~~~~~~~~~~~
日本は、いよいよインド独立のため、全幅の協力をする決意
~~~~~~~~~~~
と述べています。

この会議で、日本がその時点ですでに占領していた、インド領アンダマンとニコパル両諸島が、自由インド政府に帰属することになった。
この会議で、日本はインドの独立のための具体的支援行動に出ることを、国際的に約束したのです。

約束は守らなければなりません。
日本は、大東亜会議の二か月後である昭和19年1月に、インパールへの進攻作戦を決定する。

軍は、国家の命によって動きます。
国が、インド独立支援を決めたのなら、それに沿った軍事行動をする。
それが軍隊というものです。

この決定の時点で、牟田口中将以下の第十五師団は、タイで道路工事をしています。

軍隊というと、戦闘以外のときは、なにやら教練をしているくらいしか仕事がないと思っているなら、大間違いです。

諸外国の軍隊はそうかもしれないけれど、日本陸軍は、戦闘以外のときは、地元のために植林事業をしたり、ジャングルに物流の中核となる道路を造ったり、橋をかけたり、地域のために休みなく大土木工事を行っていた。

ぜんぶ、当該地域住民のためです。

とにかく、休んだり、暇にしていることがない。
24時間、365日、休みなく、地域のために働き詰に働いていたのが、日本軍です。

本国から命令を受けた牟田口中将は、具体的なインド独立のためのインパール作戦の詳細を煮詰めます。

当時の日本軍の作戦というのは、巷間、よく言われる「第何々連隊は○○を攻撃すべし」というような、アバウトなものではありません。

予算にも装備にも限界がある日本は、攻撃のルートから手順、目標、経路、必要な装備に至るまで、詳細につぐ詳細な検討がなされ、攻撃活動を展開しています。

その作戦の詳細が煮詰まった、昭和19(1944)年3月8日、牟田口中将によって発動されたのが、インパール作戦です。

ただし、日本のインド独立支援という国家の命題を背負った牟田口中将と、現場の戦線だけを監督する現場指揮官との間には、その意識において、この時点で大きなギャップが生まれています。

つまり、日本国の決定としては、インド独立支援を行う。
ところが、この時点で、すでに日本は全体の戦線を縮小する方向にあったわけで、にもかかわらず、
「なぜいまさら戦線を拡大するインド攻略などしなければならないのか」
という意識が、現場指揮官内に万延していたのは否めません。

しかし、軍は、国家の命に沿って動く。

作戦の詳細を煮詰め、一気にインドに駐留する英国軍を叩く作戦を決定した牟田口中将揮下の第十五軍は、出撃と同時に破竹の快進撃を行います。

そして、起こったのが、コヒマ攻略隊の造反だった。

日本軍は、敵の補給基地の奪取による圧倒的有利な戦いのチャンスを逃し、以降、いっきに敗戦への道を転がり落ちることになる。

しかしそれでも、補給難に陥った状態で、よくぞ二か月間も、ジャングルの中で耐えに耐え、日本の将兵は戦ったものです。

さらに、全軍が総崩れになって、飯も食えずに退却する中にあって、日本の将兵7万人が通った退路で、ただの1件たりとも、民家への略奪や暴行事件が起こっていない。

そして、インパール作戦は、日本側の敗退に終わったけれど、このときの日本の将兵の果敢な戦いが、英国軍の最高指揮官マウントバッテン卿の心を動かし、戦後の東京裁判でのインド人、パル判事の派遣につながる。

そして、インドは英国から独立した。



インパール作戦については、戦後、戦史家の佐藤晃氏が、詳細な史料に基づく検証をされています。

佐藤氏は、陸軍士官学校第61期生です。
軍事の専門家でもあります。

以上の分析は、その佐藤晃氏に学んだ、史実を世界に発信する会の茂木会長から、教えていただいた内容に基づいて、記載させていただきました。

戦後の自虐史観では、インパール作戦の悲惨な撤収ばかりが強調され、そこだけをみたら、まるで日本軍ダメダメ作戦でしかなかったかのようです。

けれども、子細に史料を検証すると、そこからはまったく別な真実が見えてくる。

私たちは、戦後の歴史認識を、いま、抜本的に改める時期にきていると思います。

◆参考記事
≪インパール作戦とパル判事≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1164">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1164

≪勇敢で高潔で、誰からも好かれた日本軍人≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-712">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-712

≪チャンドラ・ボーズ≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-668">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-668

≪敵は幾万ありとても・・・拉孟の戦い≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-720">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-720

≪先人たちの必死の戦いを忘れるな!・・・騰越の戦い≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-724">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-724

≪いくつかの主張≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-792">http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-792

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コメント

泣く奴は非国民 葉隠れも愛国心もなか

国民の敵 小林よしのりと佐賀の葉隠土人!
自虐史観と煽ることで自爆史観に脳内を置き換えるための洗脳漫画をこれまで描いてきたのだが知ってるやつもいる通りわしに指示出しているのは佐賀の牟田口廉也の親戚の葉隠教団という一派だ。わしはその牟田口のために餓死する素晴らしさを伝えたかっただけなのにアホウヨどもが勝手にわしを神輿にして誤読してくれたことに非常に憤慨している。わしが餓死するんじゃなくてお前ら阿呆ウヨが餓死をエンジョイしろ!という意味だったのにだ!わしが前線いってどぎゃんすっか! あと
わしは商業高校以外に名前が言えないいわゆる進学校(笑)には受かったので実業高校
       *    _,...... --──--、  * 入学の底辺とか真実いうやつは許さん
     +     ((((  ( ((  彡`i  あとわしは現役では確かに九州産業レベルの
           ノl``````(``∬、彡| + クソ大学にしか合格できずFラン一直線なのが
         *    |'゙゙`'= =''"´` r'、| 悔しかったので東大一直線とか描いたが商業高校が
          + |(傲),(慢)-‐' 6|  *世間的にも最下層扱いというのは最近知って
     *         l.  l_、    じ'  余計に後悔したがその併願した進学校が私立なのか
        _.,-‐''´ヽl、 、--,+   /`‐--、._ +最下層のウンコ高校なのかの詮索することも
       /l~ 小、.   l\` '  / ,ノ丶ヽ(`  )許さん ゴーマンかましてよか?
      l' |`ヘ___,^l`ll. l. `-‐'  ./ヽ 、J´   ( わしの洗脳論で牟田口廉也を美化して靖国
      /| |  ノ |i'.ノ|Uゝ(('))ノ《 `'      l、の栄養分になって死んで来いいいよろうが!!
     l´| ゙lノ´ノ | ※|(i) l l l l l|※ ソノ    |商業高校は底辺だろうが知らんかったったい!!
    ( l、 ノ /| ※| l l l l| |※ノ‐-、_    )浪人で福大なんて地元じゃ誰も相手してくれんから
 ̄ ̄ ̄`‐--‐'゙ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ノ⌒`‐、 `ソ´ ̄ ̄ ̄ペテンで煙にまくっちゃ!
                  (ノノノノソゝ´

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承認待ちコメント
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つくつくほうし

独断で撤退したのは佐藤師団長。
破綻プロジェクト(企業ならば背任罪)推進者の牟田口ではないです。
過日、送信した分の師団長名が間違ってましたので訂正!

はなだ

いえ、ディマプールを陥としていても補給の問題は解決しません。
>もし日本が、その段階でディマプールを陥としていれば、補給の問題は解決していたのです。

「イキリスの補給基地の物資をぶんどれるから」という理屈でしょうか?
いえディマブールには精鋭のイギリス第二師団が迫ってましたし、疲弊した部隊ではディマプールや補給基地には侵攻できませんって。

仮にイギリスの補給基地を占拠したとしても、
数ヶ月でその基地の補給物資を食い尽くしてましたし、
そうなると鎌倉から金沢まで地図で線を轢いたようなルートを更新してきた15軍には補給するすべもなく、
マラリア患者だらけの兵士を治療する術もないです。

仮に15軍が目覚しい活躍をしてコヒマもインパールもディマプールも占領してたところで、
そこまでの補給路がない以上はいずれは破綻する作戦でした。
まあ、ディマプールを選挙すれば長らくイギリス軍を追い払う事が出来たというのは事実ですが、それが手一杯です。

ミノル

答えの糸口
「日本の行なった侵略戦争全てを裁きたい。できれば、日清、日露戦争まで裁きたい」


「じゃあ、ペルリ(ペリー)を連れてこい。俺たちは鎖国してたんだ。それを無理矢理開国させたのは、お前ら(アメリカ)だろ。」

歴史は間断なく続いているのです。

禍福はあざなえる縄の如し

名無しの一人様へ
横レス失礼します。

成りすましは、ブログ主様がその気になれば判別出来ますので余りお気になさらなくても良いかと思います。また、ハンドルネームは食品や家電製品などのどこかに脈絡なく並んだ英数字があると思いますので近くの物をお確かめ下さい・・・そう製造番号です。ご心配でしたら、誰に販売されたか判別出来ない物を使われてはいかがでしょうか。

terag3

名無しでお悩みの名無しの一人ですさんへ
名無しの一人さん

      ↓
<うっかり他の人が使ってる名前を使ったりしそうで、少し気になります。 >

そのお気持ちも良くわかります。またせっかく良く考えて作ったハンドルネームも悪意のある誰かが、なり済ましでコメントを書き込むという懸念もあると思います。

しかし、単に「名無し」ではこの名無しさんはこんなことを言った、しかしあの名無しさんはああいうことを言っているがこの名無しさんとあの名無しさんは別人だろうか?などと読んでいる人も混乱してしまいます。

自分にだけ分かるパスワードのような、そして簡単なハンドルネームをお考えになったら如何でしょうか?


-

歴史は見えぬ目で
極論ですが、人間がそれほど聡明であれば悲喜劇は成立せず、木の上でギャアギャア叫ぶ反省猿も存在しない。

我々は、島国の多神教、水稲農耕民族として、狭い耕地の上田から下田に水を引き、共同作業によって生き延びてきた民族です。大陸の農耕民族は略全て滅ぼされるか、周辺に追いやられてしまったというのが現実なのではないのでしょうか。我々は異民族との戦いに慣れていないのです。

〝よくぞ戦って下さった〟という小賢しさのない、素朴な感情は大切にしたいのです。

しかし、何故、いま言挙げしなければならないのか。それは、歴史、伝統、文化、換言すれば、我々のアイデンティティーを保守、防衛できるのは国家権力であり、その国家が自虐史観により危殆に瀕しているからです。

又、小さな黄色い日本人が白人相手に戦い、最後はカミカゼ、この大戦が起爆剤となり植民地の国々が独立。これは世界、少なくとも東南アジアの周知するところです。

戦後65年間不毛な論争が繰り返され、今度こそ批判者だった我々が、国家存亡の危機の当事者となっております。是非、国家防衛の礎としてその聡明さを発揮せられんこと乞い願うばかりです。

名無しの一人です

No title
私も名無しの一人ですけど、このごろどこのブログでも名無しは批判されがちですね・・・


今のこの記事に書き込むのは初めてですけど、まあ確かに他の人から見たら別人か同じ人か分かりませんし分かる訳ないですし・・


うっかり他の人が使ってる名前を使ったりしそうで、少し気になります。


-

結局は、誰よりも敗戦を引きずり、「戦後」という枠にがんじがらめにされてるのは自虐史観の方々なんでしょうね。

terag3

shiiさん、垂逸さんへ
shiiさん、垂逸さん
私たちは感傷に浸っているわけでもなく、あの戦争を神聖視したい気持なども全然無いのです。

あなた方の疑問に答えてあげたいのですが、あなた方の常識では相当に長時間の解説が必要になりますので残念ながらそうもいきません。

あの戦争は太平洋戦争とアメリカでは我々に押し付けていますが日本では当初から、大東亜戦争だったのです。それは現在でも変わりません。この数十年来、学校教育の地理、歴史教育が偏向してきたため、あなた方も基本的な教育を受けられ無かったのでしょう。

あなた方の言い分を見ていますとあの大東亜戦争が何だったのかという観点が完全に欠落していて我々との論点が全然噛み合っていません。

ここで論じるには、あなたがたがもっと基本的な知識を身につけられてから、そして私が何度も言うように局所的な観点ではなくて大所高所から見下ろす鳥瞰的な観点で話し合いたいものだと思っています。



垂逸

疑問
>どこをどうとっても、あの戦争はただ日本が日本と言う国のために起こした、ごくごく普通の戦争だったに過ぎないでしょう

私もそう思います。国益のために戦争するのは国の権利です。たとえば榎本武揚が、北海道に政府を打ち立てたとき、諸外国に対して"交戦権のある団体"として独立国と認めさせた、と記憶しています。

ここでアジアのために戦争した、と言い張っている方々は、何か国益のために戦争することに罪悪感をお持ちで、それを正当化する必要を認められているのでしょうか。

terag3

shiiさんへ
shiiさん
貴方の物の見方は木を見て森を見ず、重箱の隅をつつく姑根性、そして自虐史観そのものだと思います。
戦後のサヨクの人間の声の大きさに貴方の脳みそも痺れたまんまのようですね。

史実をちょこっ、ちょこっと齧っているようですがあの大東亜戦争の何たるか全体像が見えていないようです。

ミノルさんや、YUDAKOUさんが仰ったことを良く噛み締めてみて下さい。
これはあくまでも私見ですが、お気に障ったらお許し下さい。

YUDAKOU

shii さんへ
shiiさんあなたは生半可な知識しかないにも係わらず偉そうに講釈している。

ものぐさしないで一丁前の口を利くからにはもっときちんと勉強しなさい。

中途半端が一番始末がわるい!

ミノル

shiiさんへ
一度、靖国神社遊鷲館を訪ねられれば、答えの糸口がありますよ。

是非、お勧めします。

訪ねられた事があるのでしたら、ごめんなさい。

shii

No title
感傷に浸られているところを失礼しますが、あまり自身の見たいものだけをみていますと、足元を掬われますよ
お節介ながら

当時の日本を神聖視なさりたい気持ち、戦後のサヨクの声の大きさを知っている人間として痛いほどわかりますが、だからと言って当時の日本に雲の上に住むカッコウばかりがいたかと言われると首を傾げざるをえません
東亜の開放の戦争とおっしゃられますが、ならば何故その発端は、同じアジアの国である中国との戦争だったのでしょう
そういえばインパール作戦も、元々は援蒋ルートの遮断を目的とした作戦でしたね
援蒋ルートの遮断といえば、仏印進駐後、日本は植民地支配を続ける仏ヴィシー政府の打倒に動いたと言う話を聞いたことがありませんが、ベトナムの人民はアジアの民ではなかったと言うことでしょうか
そもそもユダヤ人差別を掲げるナチスドイツと同盟を結び、どのように五族協和を達成するつもりだったのでしょう
人種平等、ただしユダヤ人は除く、とでも言うつもりだったのでしょうか
また、東亜の開放を目的とした戦争なら、何故アメリカと戦う必要があったのかをお伺いしたい
アメリカの持つアジアの植民地などフィリピンしかなく、そこは既に将来の独立が決まっていたと言うのに

どこをどうとっても、あの戦争はただ日本が日本と言う国のために起こした、ごくごく普通の戦争だったに過ぎないでしょう(それが悪いことだったとは全く思いませんが)
そうであって欲しいという願望を持たれるのは結構ですが、それと現実とを一緒にしてしまっていたのでは、国のためではなく愛する者を守るために死ぬんだと言った、多くの関行男さんたちのような方々も草葉の陰で首を傾げることと思われます

terag3

大東亜戦争は国を挙げての戦争だった
三四郎さんのこれまた素晴らしいコメントを拝見しました。

<あの戦争は間違った戦争だった、無益な戦争だった。それを前提にものを考えるから、おのずと結論も次元の低いものになってしまうのです。 >

       ↑
まったく三四郎さんの仰るとおりです。特に東京裁判で処刑されたA級戦犯にされた方々に対して、日本を戦争に導いた戦争責任者だと非難する人々が多いです。

特にあの元帝国海軍中尉だった中曽根元首相までもが戦争責任者云々と言われるがもってのほかだと義憤を感じます。

あの大東亜戦争は日本の全国民が一丸となって戦った戦争です。敗戦になったからその責任者を非難すると言うのはとても卑怯なことです。

国民が一丸となって戦った、勿論軍隊の指導部もあらゆる手段を尽くして命をかけて努力したが力及ばずに負けた。

敗戦の兵多くを語らず、潔く負けを認める、これが日本人本来の姿なのです。三四郎さんのコメントに全面的に賛同します。

三四郎

No title
人類史上、戦争という究極の目的において、かつて自国の利益に優先する理念のために戦った戦争があっただろうか?
八紘一宇の理念の下、民族自決、人種差別撤廃を目的に大和民族が打って一丸となって戦ったのが先の大戦であり、大東亜戦争は、まさに東亜百年戦争の最終章を飾るにふさわしい大戦であった・・と私は考えます。
日本の自尊自立と亜細亜諸民族、ひいては世界人類の人種平等のため、日本民族がその全身全霊をかけて戦った・・大東亜戦争とはそういう性格の戦争だったのだと思います。
だからこそあそこまで戦えたのです。人は自分の良心に反することを行うとなかなか力が出ませんが、良心に従えば持てる力以上の力を出せるものです。
その良心に従い民族の誇りと魂を懸けて戦ったからこそ、そこには良きにつけ悪しきにつけ、その民族の性格がものの見事に現れたのです。緒戦の快進撃から終盤の玉砕につぐ玉砕、そして最後のご聖断による見事な兵の撤収に至るまで・・・まさに大和民族の性格がそこに看取出来るではありませんか。「敷島の大和心を人とわば、朝日ににおう山桜花(本居宣長)」
較べて見てください、フランス革命と・・・フランス革命は歴史の画期となったとされ、偉大な人類史の一歩とされています。しかし、その歴史のパースペクティブは決して美しいものではありません。ジャコバン派とジロンド派・・様々な政治勢力が血を血で洗う冷酷で酷薄な内戦の末、王妃マリーアントワネットは民衆の好奇と嘲笑の中断頭台の露と消えました。民度の低さは驚くばかりです。
女性初の東大教授となり、後に文化勲章を受賞した中根千枝女史が、まだ戦争の記憶が残る昭和30年代、インパールの戦跡を訪ねた時のレポートがあります。
この中で女史は、やはり、というか当然日本軍はこの地で悪さをしたに違いないとの疑心にかられ、現地の人々に恐るおそる取材しています。しかし現地の人々の答えは予想に反するものでした。人々は一様に日本軍の略奪や暴行はまったく聞いたことが無いと言うのです。なぜそんな質問をするのかと言わんばかりです。
それどころか日本のマスターたちは英軍を相手にこんなに勇敢に戦ったという事を、戦車にもひるまず爆弾をもって勇戦したんだという事を、身振り手振りで、まるで自分が戦ったかのように再現して語って聞かせたのです。彼女の手記にはそう書かれています。彼らの目には戦後の日本人の感覚がどうにも、もどかしかったようです。もちろん中根女史の感想は簡単なもので、ただ暴行略奪が無かったと聞いて安堵したと書いています。
この戦争の悲劇性は狭義には国内の戦争勢力や軍の指導者に戦争責任をおしつけ、歴史的パースペクティブからものを判断出来なくなった戦後日本人の内向性にあります。そして広義には、平時の戦争である、外交・・・宣伝戦、思想戦、情報戦などの日々の戦争において、決して譲ってはならない先の大戦の歴史的意義や理念をあっさり譲り、太平洋戦争史観やコミンテルン史観の奴隷となっている事にあります。
たしかに悲惨な戦いもあったでしょう、負け戦なのですから。個々の作戦や戦闘をみれば多くのミスが指摘されるでしょう。しかし我々が戦ったのは戦後のリベラルな日本が考えている一部の軍人や政治家に押し付けられるような、そんなスケールの小さな戦争を戦った訳ではないでしょう。後講釈で語るのは簡単です。
あの戦争は間違った戦争だった、無益な戦争だった。それを前提にものを考えるから、おのずと結論も次元の低いものになってしまうのです。
戦争の悲惨を語るなら、先ず人類史の悲劇というべき広島、長崎の原爆を語るべきでしょう。しかし一方この悲惨な人体実験がその後の戦争を抑止した事実をどう解釈すればよいのでしょうか? 同時に、大東亜戦争後の独立戦争で生まれた多くの国々や、日本が提案して否決され、その後国連で採択された人種差別撤廃宣言をどう受け止めればよいのでしょうか?
先の大戦で多くの犠牲があった・・・だからこそ、戦後の我々はその犠牲を単に悲劇や悲惨で片付けてはならないのです。百年後、二百年後必ずや、先の大戦は人類史に輝くエポックとして、世界の記憶に残る史実となるでしょう。
当時の日本は貧しかった、戦争などする余裕は無かった。しかしそれでも矛を持って立ち上がった日本人の止むに已まれぬ大和魂。私はそこに人類発展の光明を見るのです。

トラ

共通一次世代さんへ
その熱のこもった訴えに全く同感です。

先人も草葉の陰で喜んでいることでしょう。

terag3

心から感動しました
またまたしゃしゃり出まして申し訳ありません。
共通一次世代さんの「先人への思い」・・・感動で思わず涙が滲みました。私も全く同意同感です。

日本を守るために戦って下さった多くの先人、靖国に眠る英霊たちもきっとこのコメントを読まれて喜んで下さるでしょう。私からも心から有難うと感謝申し上げます。

共通一次世代

terag3(テラG3)さんへ
terag3(テラG3)さん、ありがとうございます。

あとのご意見にも同感です。

自分のコメント、長すぎました・・。感情的になりました・・。

共通一次世代

先人への思い・・。
歴史を振り返る時、その時代の背景や状況を汲むことが如何に大事であるかを最近、より考えさせられます。

また、全ての人間が「良し」といえる行為、100パーセント納得出来る行為がこの世の中にどれだけあるだろうかと考えます。加えて、「完璧な人間」など絶対にいないのです。

「せざるを得ない状況」に追い込まれる、あるいは、いくつかの選択肢の中から当時の状況を踏まえて「前へ進むか、引き下がるか」、その決断の如何によっては多くの犠牲が出ることもある、当然ではありますがそういった決断が間断なくあったのだろうと想像します。
そして、それらの決断は、今の時代よりも極めて過酷であったと考えられます。

今の民主党政権を見ていると、シロウトでも「それはやってはいけないだろう」と判断できることを平然としでかしています。「売国」ですから勿論確信犯的なものもあるでしょうし、本当に無知無能によりさらけ出した愚かな政策や決断が山ほどあるのは周知の通りです。

それを目の当たりにすればするほど、「インパール作戦」が「間違っていた」と今の時代の者たちが簡単に決め付けることなど、出来るはずがないと思うのです。

ある部分だけを切り取ってそこだけ見れば、もしかしたら方法が間違っていたかも知れないと思うかも知れません。また当時死にかけた人たちの中には、あとで当時を振り返り『自分は単なる「駒」だった』と思われた方もいたであろうことは想像に難くありません。

でも、いつ、そういった「命を軽く見られていた」というような感覚が芽生えたのか私たちには分かりません。

今の「陸軍は悪玉である」という「前提」が既に成り立ってしまっている中で、この「インパール作戦」を一方の方向からのみ見るのは、まんまと反日左翼に洗脳されているのと同じだと思わざるを得ません。

今の時代は何よりも「命」が大事だと教えられています。鳩山は「命を守りたい」と言いました。聞こえのいい言葉です。

今、「命よりも大切なモノがある」と政治家が言えば叩かれるでしょうね。
元自衛隊員だった自民党の宇都隆史参院議員が、この言葉を昨年の参院選での街頭演説で訴えていましたが、あれは本当に「タブーを打ち破るほどの衝撃」だったと思います。

「命よりも大切なものがある」このことをどうやって国民に納得させていくか、これからの教育でもそして政治を全うにやっていく上でも考えていかなければいけないことだと思います。

「僕らはみんな生きている」という歌がありました。
歌は「思想」であり、「理想」です。日本人はそれを実現しようとする民族です。だけど、世界は違う。
かつて、日本は白人社会の奴隷になってもおかしくなかった。それを先人たちは拒否し、現代の私たちが「人間」として認められた生活を送れる環境を護るために戦ってくれた。これが「嘘偽りのない真実」ではないでしょうか。

やり方がどうのこうのは「参謀」の域でしかありません。多くの犠牲を払ったのも事実です。でもその多くの犠牲がなければ私たちは今、「奴隷」としてしか生きられなかった。
それを思えば、先人に「ケチ」を付けることなんて出来ません。あの時、先人たちは苦渋の決断をした。自分たちの命を失ってでも白人の奴隷にはならないのだと。先人たちは選んでくれた。そして、あの時、もし、今の売国民主党なら「逃げること」を選んでいたでしょう。「戦うことから逃げる。奴隷になってもよいから」そういう判断をしていたと思います。(そして彼らは自分たちだけ助かろうとしたに違いありません。)それこそが当時の「絶対にやってはいけない判断」だった。

先人はその「絶対にやってはいけない判断」をしなかった。
先人たちは「逃げなかった」んです。戦うことから逃げなかった。
そしてそれは、外交努力をギリギリまでした上での、本当に「苦渋の決断」だったと。

それぞれの作戦で判断の誤りは多かれ少なかれあったと思います。そのことを歴史の上で大きく取り上げるのは主旨が違ってきます。その検証は自衛隊の参謀ががやるべきことだと思います。

やり方がどうのこうの、と細微についてあるのは当たり前だと思います。でもそれに対しても、ハイテクでもない時代に「生身の人間」の先人たちがが今の時代のリスクなど比べものにならないほどの危険な中で戦ってくださった。本当にどれだけ苦しかったことか。

国民は先人たちの何を見るべきか。そこだと思うのです。

此の事に対して今を生きる我々が「本当に本当に命を賭けて戦ってくださってありがとう」そう言わずしてなんなのだろうかと思うのです。



しかし、その「苦しかった思い出」を持つ心の中にまで、反日左翼連中は土足で入り込み、「あなた達をこんなに苦しめたのは日本軍の上に立つ者たちだったのですよ」と煽り立て「国を憎む」方向へと仕向けて言ったのも彼らです。

そのやり方は今も同じ手法です。
病気で苦しむ人達や生活に苦しむ人達、不慮の事故でなくなった遺族らに擦り寄ってきて「あなた達がこんなに苦しい思いをしなければいけないのは全て日本という国のせいだ」と囁く。そして、国を相手取って訴訟を起こす。
東京大空襲訴訟を起こす人達がいました。「被害者」らは反日左翼に丸め込まれ、原告側に名を連ね、驚くことに日本国に謝罪と賠償を求めました。

全ては日本を咎めるため。それも日本人にまで日本という祖国を咎めさせるため。
こんな悲しことはありません。

マスコミがそれを煽り国民は国に対して「嫌悪感」を持つ。「愛国心」を失わせ、国に何が起こっても国のためになんぞ動かない、という国民をたくさん作り出す。
日本人自身による日本の破壊。これほどに悲しいことはありません。
今、沖縄が完全にその煽りに乗ってしまっていますが。


すべてを賛美しているのではありません。ただ、今まで余りにもその当時に過酷な状況、「奴隷として生きるのか、人間として生きるのか」という、今では想像もつかない過酷な状況で先人が下した決断と命がけの戦いに、自分たちが先ず何をすべきかを考えれば、「先人の方々が命を賭して戦ってくださったお陰で、私たちは今、こうして生きています。本当に有難うございます」と頭を下げるべきではないかと思うのです。

戦後の歪められた「命の大切さ」の中で当時のご自分の戦いを「殺人者」のように自虐的に捉える方がもしいらっしゃったら「いえ違います!!あなたは私たちを、子孫を守ってくれたではありませんか!!」と伝えるべきだったのだと。戦ってくれた先人たちを「間違った自責の念」に追い込んできたのは戦後の歪んだ教育に洗脳された私達自身であり、先人が「私たちは日本を守るために戦ったんだよ」と堂々と胸を張って言える時代にしなければならなかったのに、その言葉を伝えることなく時代はすり抜けていってしまいました。

戦争の多くを語らなかった方達(私の親戚にもいます)はそういった戦後の思想に口を閉ざされたのだと思います。間違った「自責の念」などを持たせてしまったのは戦後の私たちです。

申し訳ない気持ちで一杯になります。本当に申し訳ない・・。

「靖国で合おう」と言って戦ってくださった先人の方々に、国が、そして国民が「ありがとうございます」と頭を垂れることのどこが間違っているのか。

先人を批判する前にしなければいけないことはなんなのか。そこに視点を置かなければ、私たちが生かされている意味さえ自分は分からなくなってしまいそうです。

自分たちを生かしてくれたのは何故か。恵まれた高度成長期の中で育ってきた自分がこうして反日に苦しむのは当然の事なんだろうと思います。

「産みの苦しみ」とでも言うのでしょうか。今がそうなのだという気がするのです。
国民が気付き覚醒する時を先人はきっと望んでいるはずです。
「どうか分かってくれ!!気付いてくれ!!」」と叫んでいるのように思えて仕方がありません・・・。

長くなってすみません。

terag3

コメントはせめてハンドルネームで
共通一次世代さんの多くの名無しさんへのお願いに同感です。
良く指摘して下さいました。私も以前からそう思っていました。私もブログ主を差し置いてこのようなことを言うのは気がひけますがお許し下さい。

ハンドルネームも匿名ではありますが、自分の意見を書き込むなら名無しでは失礼だと思います。
せめて、あでも、いでも、うでも、良いから自分のコメントに責任持てるように、ハンドルネームでお願いしたいものです。

ちなみに私のハンドルネームは、terag3(テラG3)ですので宜しくお願い致します。

なお、このたびの「インパール作戦・・・続き」は、色々なコメントが飛び交い面白かったです。しかしながらほとんどの方が個々の事象にのみ視点を置いてまるで重箱の隅を穿るような見方をしているようですが、勝った負けただけではなく自虐史観から脱却して世界に及ぼした意義についても考えるべきではないかと思いました。

共通一次世代

多くの「名無しさん」へ
「名無しさん」で書かれている方々にお願いがあるのですが・・・。
みなさんのコメントのやりとり、自分も興味を持って読んでいます。
名無しさんのコメントが続いていますが、コメントを最初に書かれた段階で意思表示の強さを感じます。
意思表示の強いコメントに対して何らかのコメントが付くのはある程度察しが付きます。
だからこそ、「強い意思表示」をされるならせめてHNで書いて欲しいと思います。

ねずきちさんの記事に「同感です」くらいなら「名無し」でもいいと思いますが、「強い意思表示」をされるならば、せめてハンドルネームを使ってほしい、ということです。

また、そういったコメントに対して強くコメントされる方も同じく、どうかHNでを使ってくだされば、と思います。やりとりが分かりやすいですし。
読む側からすれば、「何時何分の名無しさん」では分かりにくくてコメントを読むにも混乱します。
区別ができるように、また、ある程度、「責任」をもって書いていただきたいと思うのです。

「責任」云々など鬱陶しいと思われるなら、「便宜上」との簡単な理由でも良いです。「あ」だけでもいいです。、例えばさっき食べたばかりの食べ物、「ラーメン」でも「餃子」でもいいですので。

ブログ主でもない自分が偉そうに言って申し訳ないですが、もしよろしければそういった旨、汲んで頂ければと・・・。
最近「名無しさん」が多いのも多少気になっていましたゆえ・・。

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名無しから20:05 名無しさんへ
歴史から自由となり、どのような認識も、どのような行動もできる。これこそヨーロッパを始原とし数百年にわたる進歩主義、西洋人とって不可分な神を抹殺した唯物論である。あなた様には日本の未来はどのように見えるのかご教示くだされば幸いです。例えば喫緊の問題として統一地方選挙は。

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No title
インパールの作戦はガンジーの非暴力・不服従の元になった作戦です。
もしインパールの作戦がなかったらガンジーの思想は生まれていなかったでしょう。
サヨクの人がよく戦争になればガンジーのように戦えば良いという人がいますが神風特攻やこのインパールの作戦を無駄死にと言う人間に出来るわけがないと思い笑ってしまいます。
その人たちはガンジーたちがやった作戦の映像をよく見たことがあるのでしょうか。
彼らは銃を持ったイギリス兵のに向かっていくのです。1人また1人殺されても殺されても従わずに抵抗するのです。
それはインパール作戦で日本兵が負けるとわかっていても戦った姿そのものです。
世の中には負けるとわかっていても戦わなければいけないときがあるのです。
私はこのインパール作戦と神風特攻隊をみると人の崇高な美しさを感じて感動で胸が震える思いです。
インパール作戦で戦って帰ってきたおじさんにお伝え願えますでしょうか。
あなたのおかげで私たちは人種差別を受けずにすみました。
わたしたちのために戦ってくれてありがとうと。

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No title
「それを語るなら、ハワイ奇襲も、ミドウエーも同じです。」
 そうですね、だったら良いな、で作戦を立てて、その結果ハワイでは米国の世論を沸騰させて、ミッドウェーにいたっては空母を沈められると言う大敗北を引き起こしてますね
 特にインパールではその判断のダメさ加減が際立ってますよね

「それは、この記事のどこが「都合の良い意見」だというのでしょうか? 」
 あくまで老婆心ながら、一般論を言っただけですので、こちらの記事がそのようなことをしているとは思ってはおりません
ですので、イギリス軍が日本軍をあえてインパールまで引き込んで戦っていたと言う、ウィキペディアに書かれている程度のことに触れられていないのも、何らかの理由あってのことと理解しております

「ロシアでは、「ノモンハン」の見直しすら始まっているのですよ。」
そうですね、実際にはソビエト軍の被害もかなりの物になっていたようですから、ここでもうちょっとマシな教訓を得る努力をしていれば、インパールで精神論を振りかざす無能な将軍が指揮をとることもなかったでしょうし、負けていた戦闘を実は勝っていた等と言う戯言は避けて、きちんと見直しを行うべきですね

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インパール作戦が敗色濃厚となり部下(参謀の藤原岩市)に「陛下へのお詫びに自決したい」と相談した(もとより慰留を期待しての事とされる)。これに対し部下は「昔から死ぬ、死ぬといった人に死んだためしがありません。 司令官から私は切腹するからと相談を持ちかけられたら、幕僚としての責任上、 一応形式的にも止めないわけには参りません、司令官としての責任を、真実感じておられるなら、黙って腹を切って下さい。誰も邪魔したり止めたり致しません。心置きなく腹を切って下さい。今回の作戦(失敗)はそれだけの価値があります」と苦言を呈され、あてが外れた牟田口は悄然としたが自決することなく、余生をまっとうした。

牟田口は傷病兵を見て「貴様等のこのざまは何だ。それでも帝国陸軍か!こういうのを魂の抜け殻と言うのだ」と怒鳴り散らしていた。それでも兵達は動こうとしなかった。また、兵隊達が年次の低い兵を小突くように、お供していたある少佐を衆目の面前で「軍法会議ものだ。恥を知れ恥を」と殴りつけた。
高野が見たその少し後の場面では、撤退し、他の将兵と同じようにぼろぼろとなっていたある師団の少佐が牟田口を見つけ、路上で申告した。牟田口は「貴様は病気を口実に後に下がった。自分の部下をどうしたのか。病気は何だ」と難詰し、少佐が「負傷とマラリアと下痢であります」と答えると「そんなものは病気じゃない。貴様のような大隊長が居るから負けるんだ。この大馬鹿者」と手持ちの杖でその少佐を何度も叩いた。高野もこの一団に誰何されたが、その際の内心を次のように書いている。
「てめえらにシンから敬礼する気持ちのある兵隊なんざあ、一日中駆けずり回ったところで、一人でも居るかってんだ。(中略)てめえら俺達兵隊を虫ケラとでも思ってやがんのか!性根を据えて返答しやがれ!」

牟田口廉也 - Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E5%BB%89%E4%B9%9F

terag3

表面的には作戦の失敗だが
歩三・安藤大尉殿のご意見に同感。

要するにこのたびの大東亜戦争の個々の作戦を見れば失敗と思われるものは各所に見られた。それは前線部隊への兵站が陸も海も途絶えて弾薬、食糧が尽き結果的に玉砕の憂き目にあったことである。

銃後の国内も武器弾薬を生産するために鍋、釜お寺の鐘楼などあらゆる金属類を拠出して対応するほどだった。兵站の確保、これがこのたびの大東亜戦争の最大の反省点であり二度と負けないようにするにはこの態勢をいかに確保するかが重要な課題なのだ。

しかし日本敗れたりとはいえ、大東亜共栄圏構想、GHQや、サヨクが忌み嫌った「八紘一宇」の精神でアジア諸国を欧米列強の植民地から解放し独立させたことは歴然たる事実であり、日本人の誇りである。

大東亜戦争の個々の作戦などという局所的な部分にだけ目を奪われず負け戦の反省は必要だがそれをもって自虐的になる必要は全く無く、逆に日本人かく戦えりと誇りにすべきものなのである。

歩三・安藤大尉

日本軍の悪癖?
「結局インパール作戦というのは、補給の軽視、希望的観測を基にした作戦、見たいものしか見ようとしない作戦指揮と、日本軍の悪癖をもっとも良く表してしまった作戦として、後世の反省の材料として語られているのではないでしょうか」-そうですね。しかし、それを語るなら、ハワイ奇襲も、ミドウエーも同じです。
「自分に都合の良い意見だけを選択」-それは、この記事のどこが「都合の良い意見」だというのでしょうか?
ロシアでは、「ノモンハン」の見直しすら始まっているのですよ。

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No title
まず、このブログに書かれていることに異見を言わせていただくなら
迅速を旨とする作戦であるのなら、なぜそれが可能にるような準備を行わなかったのか
碌な準備もせず補給を現地の牛に頼っての大失敗
挙句出てきた言葉が日本人は草食動物発言
後2日とおっしゃいますが、その2日の距離を進ませるだけの補給すら送れなかった、送ろうともしなかったことを問題視すべきではないでしょうか
補給のあてがないのなら、最初からそんな作戦は取るべきではないことは言うまでもありませんし
そもそも補給を敵からの鹵獲に頼ると言うのは、春秋戦国の中国ではあるまいし、まともな指導者ならあったら嬉しいくらいで留めておくべきことです
また、途中まで勝っていたということですが、単に敵軍が戦略的後退をおこない、日本軍の補給線が延びるのを待っていただけではないのでしょうか
サッカーに例えるのなら、終盤まで全くペースを無視した試合展開を行い、それまでこちらの息切れを待っていた相手チームに最後の10分で攻撃に出られて、結局3-0で敗北、と言ったところでしょうか
それを途中まで我がチームは相手を圧倒していた、むしろ勝者は圧倒していた時間の長いこちらだ
と評価するのならそれはそれで間違いないでしょう
大本営発表ならそれで良いと思います

結局インパール作戦というのは、補給の軽視、希望的観測を基にした作戦、見たいものしか見ようとしない作戦指揮と、日本軍の悪癖をもっとも良く表してしまった作戦として、後世の反省の材料として語られているのではないでしょうか

歴史の再評価と言うのは大変意義のある作業とは思われますが、だからと言って以前までなぜそのように評価されていたのかを軽視せず、あの時ああすれば大成功だった等と言う希望的観測を戒め、自分に都合の良い意見だけを選択するようなことが無いよう、これからもご注意ください

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弟橘姫命(オトタチバナヒメノミコト)
「人のために自分の生命を捨てるという行為をする人間が現れたとき、人類の歴史における道徳的進歩は最高の立場に達する」
ヤコブ・ブルクハルト(Jacob Burckhardt)

■関岡英之『帝国陸軍、見果てぬ「防共回廊」』(祥伝社)
日本軍人と大陸浪人らが描いたアジアの夢はかくも壮大だった
チベット、モンゴル、ウイグルの独立を支援し、秘密工作は進捗していた

 月並みな言葉を用いれば「近現代史の空間にぽっかり空いた穴を埋めた」秀作であり労作である。
 不都合なことが多い所為か正史からきれいさっぱりと消されていた驚くべき事実が、最近公開された機密文書、公電から徐々に明らかにされ、当時の日本の壮大な秘密工作の全貌、すなわちシナ包囲網の構築、そのユーラシア戦略の希有壮大さが、ようやくにして浮かび上がった。
 ただし本書は過去に山のように出された大陸浪人伝や馬賊物語、日本人のマフィアまがいの血湧き肉躍る活劇冒険譚とは、まったく基本の性格が異なる。
 小日向白朗や野中進一郎といった馬賊になった日本人等は日本の戦略的ヴィジョンとは関係のない地点での活躍であった。
http://www.melma.com/backnumber_45206_4792349/



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どうせやるなら次は勝てる戦争がいい。

余計な事は言わない

反日反米自虐洗脳が好きなら
■2010年12月5日放送 NHKスペシャル 日米安保50年

冒頭アメリカ兵が起こした交通事故の映像を写し、アメリカにより苦しめられてる沖縄を強調
全編を通じてNHK得意の陰鬱な音楽を流し、反米を印象つける
戦後、アメリカ軍の基地は日本中にあったが反米感情を気にしてアメリカは本土から沖縄に基地を移転させたとか、しかし沖縄人は
基地の受け入れに反対した、案の定、アメリカ兵が6歳の少女を誘拐暴行殺害した
沖縄の老人言、「昔日本軍が住民を殺したのと同様に米軍も同じことをやった」米国はブルトーザーで次々に住宅や田畑をさら地にしたのだとか
タクシー運転手の金城さん、客の大半は米兵で、乗り逃げや料金踏み倒しのトラブルに見舞われた アメリカに沖縄の土地を提供するため日本政府は6.5倍の高値で借り受け、
アメリカ軍に提供した、しかしその高額な借地料をめぐって家族や親戚でいさかいが起こった、あくまで日本政府が悪いらしい
つい3ヶ月前に尖閣問題があり、沖縄の米軍基地の重要性を日本国民の多くが再認識したはず、というか、米軍がいなかったら尖閣は確実に取られてた
しかし3ヶ月前の尖閣問題など、まるでなかったかのように一切触れない異常性、米兵の犯罪を並べ立て、アメリカの
悪を印象つける印象操作とアメリカ軍出てけ、の大合唱
NHKの製作側の反米に凝り固まった意識をなんとか日本国民にも植えつけてやろうと公共放送を使って反米意識を刷り込んでくる屑番組

■こんな既製洗脳メディアがあるから、来なくてもヨロシイな!

No title
>>戦争は結果がすべてです。インドの独立は日本のおかげ、などと恩着せがましいことを言っても、インドが国として日本に何をしてくれるでしょう。日本は日本の国益を考えて戦争した。これは国として当たり前のことです。そしてその戦争に負けたために国民は苦しい目にあいました。指導者はその責任を取るべきで、正当化しようとするのは見苦しいだけです。


思考回路が日本人じゃないのはよく解った。
「日本が日本の国益を考えて戦争をした」
ってのは日本人の言う所の
「情けは人のためならず、めぐりめぐって我のため」
って意味の国益であり
「義を見てせざるは勇無きなり」
の言葉を守り公のために戦ったのでしょう。

それを理解できない人は自分の利益しか考えられない国の人なのでしょうね。

それに戦争に負けたために大変な目にあったわけではないでしょう?
白人社会の強欲のため、シナ人の無法のために大変な目にあったのでしょう?
なぜなら戦争に勝っても人は死ぬし、日本はロシアに勝った時も賠償金など要求はしなかったのですから。

白人社会の利益のためにアジア全体が弾圧され、
それを食い止めるべきシナは白人の支配下に入り、
アジアのために戦った日本は負け、
戦時中の日本軍の行動により白人社会はアジアの奴隷を全て失い、
負けた日本を潰すために白人は日本に自滅の種をまき、
日本は守銭奴が大多数をしめる国になった。

それが今の結果であり全てなのかな?
ただ「結果が全て」と言っても全ては流れ続く物。
それは今の結果でしかなく、それが次の流れを生む。

私は日本が厳しく、そして思いやりの在る国に戻れると信じています。
まだまだ流れは止まっていない。

wktk

No title
>「すくなくとも中盤戦までは、日本軍の圧勝だった」というのは所詮負け犬の遠吠えにすぎません。

こんな書き込みしかできないなんて、馬鹿すぎて可哀想なくらいです。
結果は確かに負けました。
が、事実である「すくなくとも中盤戦までは、日本軍の圧勝だった」と書いてなにが問題なんだ?
それとも事実を捏造して、最初から惨敗の連続とでも書けば、あなたは喜ぶんでしょうねw

あなたが左翼とはいいませんが、あなたの態度は左翼にありがちな、なんでもかんでも一緒くたにして事実誤認させようとする態度そのものですよ。
反省するにしても、正確な分析は必要です。

それにしても日本を馬鹿にする書き込みをする人間は「結果がすべて」大好きのようですね?
マニュアルでもあるんですか?

結果は同時に事実でもありますから、日本の犠牲でアジア各国を始めとして、この地球上から植民地が無くなったこと。
それを「結果」として受け止めたらどうですか?
それとも反日で頭湧いてる人間には理解できませんかね。

terag3

No title
やまさん
<私の感覚ではインパール作戦の意義と大東亜戦争の意義は同列だと思います。 似てると思いませんか?
大東亜戦争批判とインパール作戦批判の論調。 >
           ↑
・・・と仰る、やまさんのご意見に同感です。
サヨクの自虐史観に洗脳された人々は局所的な観点しか見えないのでしょう。

いわく、大勢の将兵や、国民が無残にも殺され犠牲になった。その責任者は処罰されなければならない・・・・

国と国との戦争では当然なことです。兵士も国民もそれから逃げる訳にはいかないのです。国を挙げて闘わねばならないのです。それが国民の義務と責任なのです。

アメリカに帰化する際に星条旗に誓うということはそういうことなのです。ですから442日系部隊が大東亜戦争で日本軍と闘ったのです。

それを東条英機首相はアメリカの国民として当然だと認めたのです。

このような心情や認識は日本人だけのものではありません。各国共通の認識です。

そういうことを理解できないのがサヨクに洗脳されて脳みそが赤く染まった人々には理解できないことであり情けないのを通り越してどうしたら良いのかと考え込んでしまいます。










一読者

No title
数年前、ある地方紙に載っていたパール判事の息子の記事に、「父は日本軍の戦争を支持したわけではない」と強調した、と書かれており、息子を使ってまで日本を否定しようとする新聞(マスコミ)の醜さにあぜんとしました。
東京裁判においてただ一人の味方とも言えるパール判事ですが、日本にはたった一人の味方の存在も許さないのかと思いました。報道はされても、このような報道の仕方では真実は伝わらないと思います。

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沖縄の戦いは続いている
今沖縄の裁判で大変お忙しいのでしょうね、狼魔人日記ブログで知りました。
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925
(『パンドラの箱を開く時』の連載拒否損害賠償問題)

外国人参政権のほうも気にはなりますが、司法の場の本戦での戦いにぜひ集中なさってください。
また集団自決冤罪訴訟上告審の行方も気になっています。

 各位



  2月3日、有志で上原氏の激励会兼誕生日会を那覇市内で開催しました。

   上原氏曰く、「自分はかつては左翼だった。しかしこの連中に信義だの正義だのが全くない

  ことに気づき袂を分かった。今は梅沢少佐、故赤松大尉の名誉回復を沖縄県民のつとめとして

  実行していくのみ」と強調されました。

   現在上原氏は事情があって赤貧洗うがごとしの生活を送っておられます。今後も有志で応援

  して行きたいと思っております。

   本土の皆さまどうか声援を送ってやって下さい!





            恵 隆之介拝

ネトウヨ

「子宮頸癌ワクチン」 打つ?打たない?
>>愛信様

同時に、こちらも読むことをお薦めします。
http://follow-after-the-truth.blogspot.com/2011/02/blog-post.html

まさに、ネット情報のリテラシーが問われる問題と思われます。

従軍慰安婦や南京大虐殺に同じく、無いものもあると主張しているのはどちらでしょうか??

こぎつね

No title
ねずきちさん いつもありがとうございます
私の親類がインパール作戦に行き 
亡くなったということです
病死か 撃たれたかはわからないということです
ジャングルでのマラリア、テング熱、赤痢
ヒルや毒虫、毒蛇、空腹、激しい気候の変化などなど
想像を絶する環境だったことだったでしょう

そんな 状況の中で 大義のために
命を奉げて戦った英霊には頭が下がるばかりです
そして 誇りに思います

ねずきちさんのおかげで
インパール作戦のことをよく知る事ができました
ありがとうございました

愛信

「子宮頸癌ワクチン」 打つ?打たない?
「子宮頸癌ワクチン」 打つ?打たない?
http://wishcomestrue.ti-da.net/e2969927.html
次の世代は、子供がいない社会。 ぞっとします。
女の子のお子さんをお持ちの、お父さん、お母さんは、
慎重な判断をお願いします。
【関連情報】
【新型ウイルスの掲示板】新型ワクチン健康被害、
救済制度スタート
【新型ウイルスの掲示板】ワクチン接種 妊婦と持病
のある人、きょうから受け付け

自国民へ有害ワクチン、断種(子供を出来なくする)
ワクチンを注射する国の狂った政策を直ちに停止しさ
せよう。

詳細は
【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。

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No title
>>kumaさん
>>垂逸さん
>戦争は結果がすべて

結果がすべてということは、起因も過程もすべてが否定されるということですね。

つまり、大東亜戦争に負けた日本は、アメリカに戦争を挑んだことも、アジア各地を一時的にでも欧米列強から解放したことも全否定されるのですね。

ということは、日本はハルノートを受け入れて無条件にアメリカに屈し、アジア諸国が現在でも欧米の支配下にあった方が良かったということですか?

第一、インパール作戦は「戦争」の中のごく一部です。
作戦ひとつの結果を戦争全体の結果と同列に見るのはおかしいと思います。

システム

目からウロコです
おろかな私は牟田口廉也中将は極悪人だと信じ込んでいました。
物事は多面的に捉えなければならないとわかっていてもこうやっていつの間にか洗脳されてしまっている自分に腹が立ちます。
古今東西紙一重の差で一方の陣営が壊滅してしまう戦いは数多くあります。インパール作戦がそのうちのひとつだったとは。しかもパル判事の派遣にまでつながったとなると歴史というものは単純に割り切れるものではないと改めて感じました。
いつの時代も日本は内部の裏切り者により多大なる被害を出す国のようですね。残念ですが。
もう、アジアの為に働くのは止めましょう。
何の見返りも無く損害ばかりを被り濡れ衣を着せられ叩かれる。お人好しにもほどがあります。
アジア諸国が日本の過去の努力に対し感謝し英霊に対して頭を垂れる時が来るまで日本は自国の利益のみを追求していいと思います。
もうたかられるのはうんざりだ。

koukenz

No title
皆さんご存知の渡部昇一先生は日印友好協会会長だそうです。数年前、この会合でインド代表の方の挨拶”は今のインドがあるのは東條元首相のおかげであります!”という一節から挨拶が始まったそうです。先生も多くのニッポン人はびっくりしたそうです。同じことが”442日系連隊の映画の後半で”東條首相の手紙が紹介されています。”諸君は祖国米国のために戦うのは当然のことです。と”学校の先生が読み上げた時、志願した日系2世の方々は意外に思ったそうです。また、オポトゥ–ルの樋口中将の上司は東條さんでした。そして鬼平こと長谷川平蔵は言いましたよ。”死んだ人の事は例え極悪人でも悪く言うもんじゃねぇ!”でも、牟田口さんも、東條さんも愛国者でした。これは事実です。愛国者だったんです。東條さんの遺言書を読めばわかります。赤化という言葉が何度も繰り替えされています。共産主義こそ我らが敵であり極悪なんです。コミンテルンインターこそ極悪です。”赤”はダメ!ピンクも絶対駄目!選ぶなら侍ブルーに限ります。

-

No title
いつも拝見させていただいております。

私は左でもなんでもなく、むしろ右方向ですが、

このインパール作戦だけは納得出来ないのです。

現場で飢えや病気で苦しんでいるのに牟田口中将は

毎日5時で仕事を終わってお抱えの芸者と宴会など

信じられないのです。ジンギスカン作戦?アホかと思います。
戦後も何一つ反省せず、自分の擁護に徹していました。

今村さんを見習ってほしかったです。

やま

No title
歴史を見るとき、多角的な角度から公平にきちんと検証しなければならない。
これに尽きると思います。
特に今定説になっているのは左翼が作り出した可能性も強いので、
一度すでに作られてしまった先入観をリセットする必要があります。

そうして資料を検証していくと、新たな見解が見えてくるということでしょう。

私の感覚ではインパール作戦の意義と大東亜戦争の意義は同列だと思います。
似てると思いませんか?
大東亜戦争批判とインパール作戦批判の論調。

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言語
……英語も中国語も敬語がなく、丁寧語は少ない。「わたくし」も「私」も「わらわ」も。「オレ」も「僕」も「ワシ」もない。中国語の一人称の主語は「我」であり英語は「I」だけ。
 言葉に深みがあるのは、どうしても日本語の強み。
 評者が中国へ行ってよく指摘されるのは「なぜ中国人社会では宮崎さんは、あれほど横柄なのか?」。自分では気がついていなかった。
英語を喋るとき、集中して論理を構築することに努力し、なぜか身振りも大げさになり、手を広げたりしている自分を発見するが、日本語で会話しているときは、むしろ敬語、相手への思いやりに気がいって、言葉を選ぶことに気を遣う。
中国では横柄な態度を意図的にやっているわけではなく、中国語が本来、尊敬語も丁寧語もない、貧しい語彙力の言語体系である以上、どうやって詭弁を弄するかにエネルギーが注がれる……
http://www.melma.com/backnumber_45206_5105105/

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ねずきちさん、いつも有り難うございます
有名な英雄による人物史は必要だがありふれてゐる。庶民の歴史は大切だが甘い。庶民は體で知り、英雄が謀略で表現しようとしたそんな歴史のこころを、健全な自覚を、日本の節度の下で表現した人々の、つつましさでつつまれた振舞を現す歴史を描くことは、まことの文人の任である。
有名の英雄は、筆力の弱い文士を助ける、時の流行は賣文家の無力をかばふ。しかしここで私の考へるような歴史の文學は、よほどに強い筆力とその志だけが作品を支へるのである。それは危きに遊ぶといふこころを悟つた、まことの文人にとつては生甲斐となるものである。
保田與重郎「現代畸人伝」修身のへ

-

No title
ねずきちさんの意見に完全に同意するわけではないもののねずきちさんが、あの悲惨なインパール戦をなんとか救いとろうとする気持ちは理解できます
それは日本人が大東亜戦争の意義をもう一度とらえなおすことに他なりません。
ちなみにインド独立について水間政憲が下の動画で日本軍とインパールを戦った軍人が英国から裁判にかけられましたが、インド国民はインド国民の英雄として何万人もが裁判所を取り囲み15年の判決を出したものの、翌日刑の執行停止、無罪放免を勝ち取ったと話しています。

10・27請願集会&中川先生追悼の告知
http://www.youtube.com/watch?v=k-UjTLKKR_c&feature=related

チョパーリ謝罪汁

No title
はじめまして私チョパーリ謝罪汁と申します。ひとつ質問よろしいですか?
先日イルポンの町を歩いいると、ウリ好みのチョパーリアガシがいたので「ヨボセヨ~♪ウリとセクース汁ニダー。日程36年の悪戯の謝罪と賠償のためにウリとセクース汁!汁!汁!汁!犬汁~~!!!」
とウリが声をかけるとそのチョパーリアガシは顔をひきつらして逃げていってしまったニダ……〈`Д´;〉ナジェニカ?
これはイルポンのチョッパリどもは、ウリナラミンジョクのことを尊敬し過ぎていて恐れ多くて口も聞けないということニカ?どうか質問にお答え下さいニダー。

石原昌光

個人的意見
管理人さま、こんばんは
>垂逸さん
もし、戦争に負けた事で戦いの意義が全否定されるなら、あれだけ連戦連勝したのに、結果ワーテルローで敗北し全てを失ったナポレオン一世は負け犬ですか?
ユーラシア大陸にまたがる大モンゴル帝国も最後には各汗国ごとに分裂し、戦争に負けたりで解体され消滅しましたから、チンギスハーンの業績も無意味ですよね?
ローマの平和を実現した古代ローマ帝国の賢帝や将軍の偉業も、ゲルマン民族に滅ぼされたり、オスマントルコに征服された時点で負け犬ですから無意味ですか?
戦争の意義とか業績というのは時代の当事者ではなく後世の人間が発見し見出すものです。
インパール作戦に意義があったのか?ではなく、先祖の苦難の歴史に意義を見出し、その功績を讃え顕彰する事が自然な人間の情です、その事の何がいけないのか?
アイルランドは歴史上、大国イギリスに敗戦してばかりですが、アイルランド国民は、自らの祖国の歴史を、敗れても敗れても征服者に挑み続けた不屈の歴史だと誇っています。
私は、その感情こそ自然だと思います、私達は、世界に対して誇っていい、
「私達の偉大な先祖は白人帝国の搾取からアジアを解放したのだ」と、
勿論、だからってアジア諸国の方々に対し横柄な振る舞いをしてもいいという訳ではない、偉かったのは先祖であり、私達ではないからです。私達は先祖の偉業を汚す事がないように自重して誠実な態度で世界に対して接すればいいのです。
それでいいのではありませんか?

terag3

垂逸さんへ
垂逸さん
あなたも片目しか見えないお人のようですね。大東亜戦争は日本の国益だけで戦った戦争ではありません。この戦争でアジアを独立させた日本ですがその国々に対して日本は見返りを要求したことなど有りません。

このコメント欄の最初の「亜さん」の書き込みを良く読んでご覧なさい。独立したアジアの国々の方々は皆一様に日本国に感謝しているのです。

恩着せがましいことなどしていませんし、戦争で負けたために国民は苦しい目に遭ったと仰いますが戦争当事国の国民は敵も味方も苦しかったのは同じです。

貴方の観点は完全な自虐史観そのもので、サヨク思想の持ち主と判断しましたが如何ですか?



一有権者

No title
東條元首相は敗戦の責任を日本国と日本国民に向けて取ったと思います。
決して連合国の事後法にもとずく裁きに納得して絞首台に上ったわけではないと思います。

垂逸

No title
戦争は結果がすべてです。インドの独立は日本のおかげ、などと恩着せがましいことを言っても、インドが国として日本に何をしてくれるでしょう。日本は日本の国益を考えて戦争した。これは国として当たり前のことです。そしてその戦争に負けたために国民は苦しい目にあいました。指導者はその責任を取るべきで、正当化しようとするのは見苦しいだけです。

垂逸

パチンコ
なぜ日本人はパチンコをするのでしょうか。なぜ劣等民族が経営するパチンコ屋に金を落とすのでしょう。誰も、パチンコをやれと無理強いしているわけではありません。日本人の崇高な遺伝子にパチンコを容認しないものがあるのであれば、パチンコ屋などという産業は日本に存在しないはずなのですが。

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【元尖閣保安官 講演(1)】
「石原知事まで来られ緊張」リラックスした様子で語り始める2011.2.14 12:52
沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突をめぐる映像流出事件で、国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検され、起訴猶予処分となった一色正春・元海上保安官(44)=依願退職=の講演会が14日午後0時32分、日本外国特派員協会(東京都千代田区)で始まった……
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110214/crm11021412530009-n1.htm

和田

話題違いで…
申し訳ありませんが昨晩、ユーチューブにてチャンネル桜の【特別番組】『パチンコで壊れる日本』を視聴しました。
長丁場の特番なのでまだ半分しか見ておりませんがパチンコの『害毒』が余す所無く報道されていて、皆様にも見て頂きたいと思いました。
『国富』を収奪するパチンコに鉄槌を!!
ねずきちさんのBlogでも是非パチンコを取り上げて頂きたく思います。
『応援クリック!!』
失礼致しました。

一有権者

No title
インパール作戦の事については戦後牟田口氏が自分を擁護しているとマスコミから批判を受けていたと記憶しおります。

物事の見方を角度を変えてみたり局地的な見方か大局的な見方をするかでまた其の評価は変わるのでしょう。
第十五軍の前線指揮官佐藤中将からしてみるとどんどん部下達が戦病死、餓死をしていき戦力や士気がだんだん衰えていくのを見過ごすことができなかったのでしょう。

其の部分をきちっと作戦会議で詳細を詰切れなかったのだろうか。?これも戦後の我々が安易に評価してはいけないと思います。

しかし間違いなく戦後アジア諸国、アフリカ諸国は独立を果たした事実は厳然と目の前にある。
卑怯極まりなくいまだ日本を目の敵にしている特亜3カ国と火事場泥棒ロシアの動向をしっかり監視し適時において外交対策を実施する事。
日本国の国益と日本国民の暮らしの安全を守る為にも
私達日本国民は選挙において政治家をしっかりした目を持って選ばなければなりません。

民主党の旗色が悪いからといって推薦や公認を取り下げたりするような人物を落選させなければなりません。
人物の政策や信念、思想を見抜かなければなりません。!

terag3

負け犬の遠吠えとは失礼です
kumaさんへ
大東亜戦争で戦った将兵に対して戦争は結果がすべてだから中盤戦までは日本軍の圧勝だったとは所詮、負け犬の遠吠えだと言うのはちょっと失礼だと思います。

戦争は結果がすべてといいますが終戦後の判定でどちらが勝者でどちらが敗者かの判断は簡単ではありません。

作戦もその通りで、私も大本営の潜水艦の起用法に対しては間違いだと思っていますが、それはその部分の結果から見てのものであり大東亜戦争全体を鳥瞰的に観るならばアジアを欧米の植民地から解放し独立させた日本は果たして敗戦国と言えるのか?

「戦勝国は日本だった」のブログ主さんの主張も一理あると思っているところです。

また自分の身内が誰にも看取られずに餓死したらと仰いますが、餓死した兵士も作戦中の中で我が身を犠牲にして戦った立派な戦死であり、その行為に対して我々は心からの感謝を捧げるとともに顕彰しなければなりません。

当時の日本人にはそれを恨むと言う人間は一人もいませんでした。戦後の人たちはそういうことを感情的にとらえて物事を客観的に観ることが出来ない人が多いようです。

決してkumaさんを、サヨクの人とは思いませんがね、ひとこと言わせて頂きました、悪しからずご容赦願います。


歩三・安藤大尉

kumaさんへ
「戦争は結果がすべてなのですから。」尤もらしいことを仰いますが、インドが独立できたことこそ、「結果」ではないのですか?ねずきちさんは、「負け犬の遠吠え」ではなく、「惨敗」と日本人に刷り込まれている、インパール作戦(これは「戦争」ではなく「戦闘」)の知られざる一面をご教示くださっただけで、牟田口将軍を「擁護」などしていませんよ。よく文章を読んでください。
そして「左翼扱いされる」等、ご自身で自分を貶めている。あなたは、左翼でも右翼でもない。ただ読解力の無い人なのです。

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古い動画ですが
西部邁ゼミナール 【現役官僚 中野剛志】2009/03/21
ゲスト・中野剛志 経済産業省「“国民”経済を守れ! 国士“役人”たちよ」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6509087

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詐欺の下働き・民主党員への踏絵
★春の選挙キャンペーン

『ちょっと待て、その無所属は民主かも?』

新聞各紙も伝えているように、民主党員が相変わらずの急場しのぎで、「出自」を隠して地方選挙に出馬するようである。隠すのは国籍だけかと思えば、遂に民主党員であった過去までも消したいようである。

党員であり、地域の支部長まで務めていた人間が、支持率が下がったからといって、自らの過去を、高が公認辞退程度のことで消し去れると信じているあたりが、「さすが民主党員」と言わざるを得ない。幾ら隠したところで、そうした態度がまさに「民主党気質」そのものではないか……
http://jif.blog65.fc2.com/blog-entry-514.html

佐賀でも「維新の会」 民主・原口前総務相が主導
2011.2.13 19:43
 民主党の原口一博前総務相は13日、佐賀県内の首長や地方議員が2月中にも地域主権改革を進めるための政治団体「佐賀維新の会」を立ち上げると明らかにした。佐賀市内で記者団の質問に答えた……
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110213/stt11021319440007-n1.htm

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参議院決算委員会審議中継を見ています
2月14日13:00~
参議院決算委員会審議中継を見ていますhttp://www.webtv.sangiin.go.jp/generator/meta_generator_wmv.php?sin=692&mode=LIVE&un=9a94d0da2de1ab32ab07953af3a31604&ch=n&pars=0.3089618227948663

【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

二児の母

No title
共通一次世代 さま

おっしゃる通りです。
安倍総理大臣時代に彼がおやりになった事を報道しないで潰すことばかりをテレビで流していましたね。そういえば、テレビ朝日だけではなかったのでは・・・。
おかしいですよ。正しいことを報道していただきたい。

ねずきちさん、いつもありがとうございます。

kuma

No title
おじゃまします。
「すくなくとも中盤戦までは、日本軍の圧勝だった」というのは所詮負け犬の遠吠えにすぎません。
戦争は結果がすべてなのですから。
自分の身内が密林の中で誰にも見取られずに餓死したとしたら、どう思われますか?
なぜ牟田口中将を擁護されるのか自分には理解できません。
こう言うときっと左翼扱いされるのでしょうね。

ミミ

立場の違い、によって結果の受け止め方はいろいろです。
この作戦に関しましても、意義あるものであったか、失敗であったか、私には判断することはできません。

ただ、ねずきちさんのブログのお陰で、自虐史観が和らぎ、日本人としての誇りを取り戻すことができます。

希望を持てるかどうかが、私にとって、とっても大切なことです。

hinomaru

でっちあげはいけません!!
 私のおじは、少佐でしたが、インパール作戦に参加しました。何とか奇跡的に生還しました。

 細かいお話をききました。実に無謀な作戦だったと嘆いていました。日本軍の作戦はいい加減な参謀のひどい作戦が多かったと聞きました。

 ミッドウエー海戦にしても、極秘のはずが、情報は駄々漏れ。 これではすべてが筒抜けであったろうし、敗戦は必然であったかもしれないと言ってました。

 潜水艦の起用法にしても、欧州では、ドイツが通商破壊作戦で甚大な戦果をあげていたが、ガダルカナルでは敵潜水艦が補給船を壊滅、飢えに苦しみ何万人もの兵が餓死した。しかし日本軍は補給船を攻撃せず、味方が苦しんだだけだった。これが実態です。

koukenz

No title
昨年11月6日はわたくしも参加させていただきました。

真の日本を取り戻したいです。

皆さん!頑張りましょう!わたしもやります。

共通一次世代

No title
安倍さんが総理時代、 アジアを歴訪しました。
インドネシアでは独立戦争に参加した旧日本兵が 埋葬されているカリバタ英霊墓地に献花しました。
インドではパール判事の遺族と面会し、また、インド国会では『強いインドは日本の利益、強い日本はインドの利益』と演説して スタンディングオペーションで迎えられました。

でもマスコミはこれを全くと言っていいほど国民に伝えませんでした。

麻生さんの外相時代からの「価値観外交 」「自由と繁栄の弧外交」を引き継ぎ、「中国包囲網」を形成しようとしていた安倍さんはマスコミに潰された。

政治家に対してだけでなく、マスコミは、カネで言いなりのタレントとカメラを世界に「派遣」し、「日本人はここまで馬鹿になった」ことを広めています。日本人のイメージを一番貶め続けるのは他でもない日本のマスコミです。

NHKはもう、テレビ朝日のコメンテーターと同じ人間を日々使ってきています。NHKは反日の塊です。

マスコミのCMはパチンコで埋め尽くされています。
アニメもパチンコに食いつぶされてしまう。

テレビへにたいする嫌悪感。なにかがおかしい、という疑問。
その「感覚」は間違いがないのだということを多くに人に気づかせるために「マスコミ」の話題を日常生活で何度も取り上げることがこれからさらに重要だと思います。

マスコミを潰さなくてはいけない。

まだ進撃はこれからだ
11月6日(土)日比谷野外音楽堂で行われた尖閣問題に関する抗議活動には四千人を超える人々が詰めかけました。
中国によって属国化され弾圧されているチベット、ウィグル、南蒙古、満州をはじめ中国の脅威を身近に感じている台湾、ベトナム、インドからの代表も登壇して中国侵略と人権弾圧を糾弾していました。
外国からの登壇者は異口同音に、日本がしっかりして強くなればアジアは連帯して中国の強権政治に対抗できるし、日清・日露・大東亜戦争を戦って白人植民地主義をアジアから一掃して今日のアジアを作ったのは日本だと讃えていた事です。
こうした見解は私も書物では読んでいましたが、べンガルのジャーナリストの口から直接耳にして、改めて我々の先人を誇らしく感じました。
東京裁判で無罪を主張したパール判事もベンガル人だとの事でした。抗議集会の後、四時頃からデモ行進に移りましたが、銀座界隈では通行人が飛び入り参加して4500人に膨れ上がり、立ち止まって手を振ったり、応援の掛け声をかけたりで正々堂々のデモ行進でした。


 、-‐'''""''''\
  \  ●  \  
   \-‐'''""''''
     \ ∧_,,∧
      ○○;ω;´) アジアは中韓鮮だけじゃないよね!
       ヽヽ`  ヽ'´)
       @〉  ,.- '´
         〈_ノ´.................
   ............::::::::::::::::::::::.::::::::::

●皆さん今年も頑張りましょう!
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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E-mail info@musubi-ac.com
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○受付時間 
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