南京攻城戦~(4)国際安全区内敗残兵掃討

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南京城
南京城MAP


さて、いよいよ南京攻城戦における国際安全区(安全地帯)の掃討です。

冒頭で申し上げた通り、ここは、列強各国が公使やら新聞記者やその家族を置いている、まさに国際安全区です。

城内に残ったChineseの住民たちは、安全区にいた宣教師たちによって、戦闘前にこの安全区に避難していた。

ここで激戦などが行われようものなら、それこそ国際問題が起こるところです。

なにせそこには、20万人もの南京市民が避難している。
そしてその中に、国民党の敗残兵も紛れ込んだのです。

松井石根大将率いる南京城攻略隊は、南京城の占領を終えた14日から16日までの3日間、この国際安全区内の敗残兵掃討を行っています。

順に見ていきます。



まず、誰よりも敗残兵に困ったのが、安全地帯を管理する米、英、独、仏、墨などの国際委員会の方です。

委員会は、国民党の敗残兵に対し、日本側と交渉するからと言って、武器を手放させます。
そして日本側には、彼らは国際法上認められる戦時捕虜だとして、その安全を認めるように求めています。

しかし、です。
日本側としては、敗残兵たちの代表者と会ってもいないし、敗残兵である彼ら自身も自分たちを捕虜であると宣言しているわけでもない。

そこで日本側は、安全区内で国民党兵を捜索したいとのみ回答しています。

委員会側も、日本側の話の筋が通っているので、これに異議を唱えなかった。

日本側は、昭和12(1937)年12月13日の夜、下調べをし、14日、15日、16日の3日間、市内の捜索をしています。

その捜索方法ですが、これにはまず、安全区の各辻ごとに歩哨をたて、将校の指揮のもとに、整然と一軒ごとの捜索を行っています。

外国人居留区なのです。
建物それぞれは、各国のいわば領地です。
ですから、捜索にあたっても、各国の要人に失礼のないよう、きわめて慎重に行っています。

3日間の捜索の結果、約6500人の敗残兵を検挙し、トラック数台分の武器を押収しています。

敗残兵の中には、堂々と「○○部隊宿舎」と大書した看板を立てていた者もおり、彼らは大砲まで隠し持っていた。

国際委員会で武器を押収したはずなのに、大量の武器弾薬に大砲に宿舎です。
この実態に、国際委員会が反論できようはずもなく、また検挙された国民党兵も、武器を押収後は、そのまま釈放しています。

当時、この国際安全区内には、各国の新聞記者も100人あまりいて、彼らは日本軍の捕虜検挙や武器の押収の状況をつぶさに見て確認しています。

そこでの虐殺など、起こりようもないし、実際、乱闘や銃撃のような事態すらまったく起こっていません。

ただ、現実に大量の武器を彼らが隠し持っていた以上、日本側が敗残兵たちの捜索に細心の注意を払ったことは事実です。

戦後開かれた東京裁判では、この国際安全区内での日本軍の残敵掃討に対して、「戦意を失った捕虜を日本軍が虐殺した」とされています。

けれど、敗残兵たちは、いちども自分たちは戦時捕虜であると宣言したことはないし、たくさんの武器を隠し持っていた以上、日本側がそれなりの用心をするのはあたりまえのことです。

そして武器を取り上げたあとは、日本は彼らを釈放している。

そんな状況の中で、誰がどのように「捕虜」を虐殺したというのか、虐殺派の言い分は、もはや無茶苦茶というほかありません。



南京攻城戦は、上海派遣軍と第十軍によって昭和12年12月10日から行われました。

南京城に籠る国民党兵が総崩れになったのは、南京防衛軍総司令官の唐生智が、12日夜に敵前逃亡してからのことです。

日本側が南京城内に突入したのは、13日。

そしてまず、第十軍の第百十四師団は、南京入場から2日後の12月15日には、もう杭州へと転進しています。

第十軍の第六師団も、16日から転進をはじめ、蕪湖に向かっている。

さらに上海派遣軍も、
第九師団は12月24日には南京を去っています。
第十六師団も、第十九旅団は、12月20日から北支に向かっています。

その結果、南京の守備は津の第三十旅団がこれにあたったけれど、その三十旅団も、1月20日には、天谷支隊と交代しています。

これにより、1月20日には、当初の南京攻略軍は、すべて南京を去ったことになる。

そして、12月13日から24日まで、「人がいた」国際安全区内の警備を行った日本軍は、第7連隊第一大隊の790名と、第二大隊の802名、合計1592名です。

12月24日から31日までの警備にあたったのは、第三八連隊の約千名です。

そして、1月1日以降は、日本軍の歩兵による警備そのものが行われていません。

これはどういうことかというと、国際委員会側から、もう南京市内の安全は確保できたので、もう日本軍の歩哨は必要ない、と言われたことから、以降は中国人の警察官に安全区内の警備を委嘱し、日本軍はそこから手をひいているのです。

日本軍が南京城を攻略後、12月24日までは1592名、31日までは約千名の警備隊しか、そこにはいなかったわけです。

その人数で、外国人公使や世界中の新聞記者たちがいる前で、どうやったら30万もの市民や敗残兵を殺戮できるのか、事実を知れば知るほど、そんなものはまったくのでっちあげにほかならないことがわかります。



以上が、南京戦で実際にあったことのすべてです。

南京城内で、千人殺しただとか、2千人殺しただとか、10万人、あるいは30万人を殺しただとか、いろいろなことが言われていますが、南京で戦闘があったのは事実です。

城の守備兵10万人と、日本軍10万名が激突したのです。
当然、そこでは両軍ともに多くの死傷者が出た。

しかしそれはあくまで戦闘行為です。

そして唐生智が逃亡したあと、混乱した国民党兵士同士での殺し合いは、確かにあった。

一方、南京に入城した日本側は、南京城内が国際安全区を除いて、ほぼ完全に無人であったため、多くの兵士たちは、14日ないし15日には、城外に退出し、他の戦地へと去って行っています。

そういえば、いつぞや南京事件のことをこのブログに書いたら、どっかの誰かが「南京の人口は20万ではなく、100万人です。日本軍が30万人虐殺したのはありえることです」みたいなことをコメント欄に書いていました。

なるほど、南京城内の当時の人口は100万人です。

けれども、日本軍が上海を陥とし、南京に向かってくるという情報がもたらされると、南京市民たちは、難を逃れるために、ことごとく城外に脱出していた。

これにはさらに理由があって、日本軍と戦うのに邪魔だからと、国民党兵士たちが民間人の居宅に火を放って燃やしているのです。

市民は、城外に避難せざるを得なかった。

そして南京城内に残った市民は、結果として、約10万です。
これに蒋介石直下の精鋭守備隊10万が、南京城内にいた。
双方合わせて、20万人が、戦いの直前に、南京城内にいたわけです。

こうした事態の中で、国際安全区の外国人宣教師たちは、城内に残る10万の市民たちを、安全区内に避難させた。

そんな状況で、南京での攻城戦の火ぶたが切られたのです。

そして日本側は、城内の安全を確保できた部隊から、次々と他の戦地へと転進させた。

結果、国際安全区の警備にあたったのは、1000~1500だけです。

また、国際安全区の中に潜んでいた国民党兵士たちは6500人です。
日本軍は、彼らの武器を取り上げ、そこで釈放している。

治安の確保に関しては、その後は地元の中国人の警察官がこれにあたっています。

蒋介石にしてみれば、自らの首都であり、自らの最精鋭部隊を留め置いた南京城を簡単に日本軍に奪われたことが、よほど悔しかったのであろうことは、容易に想像できます。

だから蒋介石は戦後になって、、南京城戦でもっとも精悍に働いた日本陸軍の第十六師団長である中島今朝吾師団長を探し、これを殺害しようとしています。

ところが中島師団長が、その時点ですでに他界していたので、彼は報復のため、後任の谷寿夫師団長を、逮捕し、処刑しました。

このとき、もし、第十六師団が、南京城内で殺戮をしたというのなら、蒋介石は谷師団長を南京城内で殺害したはずです。

けれど、蒋介石が谷師団長をみせしめのために殺害したのは、南京城南端の雨花門の外側です。

そこは第十六師団と、国民党軍守備隊との激戦があったところです。

要するに、蒋介石にとって、報復とみせしめの場所は、第十六師団と国民党守備隊が激戦を繰り広げた雨花門外であり、虐殺が行われたとする城内ではない。

要するに、南京虐殺など、まったく「存在しなかった」のです。

日本は、通州その他で、卑劣な手段で日本を戦いに引きずり込む彼らに、いいようになぶり殺され、やむにやまれず、無政府状態だったChinaに軍事進攻した。

国民党は、自分から日本軍を招いたのです。
ですから、日本軍のChina進出は、侵略ではない。

そして上海で日本軍の殲滅狙った国民党軍を蹴散らし、蒋介石の本部のある国民党きっての精鋭部隊の籠る南京も、わずか二日で攻略している。

戦いは、戦わないことをもって最上とするものです。

以前にも何度か書きましたが、昭和のはじめ、世界の2強だった英国と日本は同盟関係にあった。

いわば、日英同盟は、さしづめ米ソ同盟のようなものです。
この段階では、誰も日本に敵わない。

東亜進出をもくろむ米国やドイツ、ソ連は、なんとかして日本の弱体化を狙い、軍縮を日本に飲ませ、英国に日英同盟を破棄させ、代わりに米英同盟が締結された。

この時点で、日本は、軍事弱国になってしまっていた。
それが昭和5年です。

そしてわずか7年後には、日本軍はChina兵にさえ舐められ、Chinaのあちこちで日本人に対する残虐行為が行われた。

そしてとどのつまりが、上海にいたわずか4千名の海軍陸戦隊への国民党軍精鋭5万による攻撃です。

やむなく日本は、Chinaへの派兵をした。
待ち受ける蒋介石国民党軍は、なんと60万の大軍を持って、日本軍の上陸を待ち伏せた。

日本陸軍は、それをたいへんな苦労をして破り、海軍陸戦隊を助け出し、そして南京に転進した。

南京城に籠る国民党軍10万。
日本軍10万。

攻城戦では、城内に籠る側が圧倒的に有利なものを、日本軍はわずか二日でこれを攻略。

南京城内の治安を回復し、そして翌月には全員去って行った。

疾(はや)きこと風のごとく
徐(しず)かなること林のごとし
侵略すること火のごとく
動かざること山のごとし。

日本政府が軍事をおろそかにし、軟弱外交で、かえって外地にいる邦人の苦境を招いた中で、私たちの若き日の父祖たちは、まさに風林火山を地で行くような素晴らしい戦いをし、無政府状態のChinaの治安を回復し、平和をもたらすための努力をしたのです。

大陸に赴いた日本の軍人を、ボクは誇りに思います。

※ 南京城攻略戦の記述については、冨澤繁信先生の書かれた、日本「南京」学会会報第35号、再び南京戦を問うー正しく南京事件を理解するために-を参照させていただきました。

冨澤先生のますますのご健勝をお祈り申し上げます。

(明日の記事に続く)

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南京陥落当時の貴重な映像(4)


日本の心を伝える会 日心会
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コメント

特亜消尽

No title
誤、>日本陸軍の第十六師団長である中島今朝吾師団長を探し、これを殺害しようとしています。

ところが中島師団長が、その時点ですでに他界していたので、彼は報復のため、後任の谷寿夫師団長を、逮捕し、処刑しました。

谷師団長は「上海派遣軍・第九師団、第十六師団の上級部隊」とは別に行動していた第十軍(編制、6D・第十八師団・第百十四師団)第六師団長として南京戦に参加していました。よって{後任の谷寿夫師団長を}という部分は誤りであります。中島師団長後任は藤江恵輔中将です。
以下師団長名簿 *兵科名無歩兵出身
第六師団長 谷寿夫中将
第九師団長 吉住良輔中将
第十六師団長 中島今朝吾砲兵中将
第十八師団長 牛島貞雄中将
第百十四師団長 末松茂治中将

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日中共同歴史研究の報告書は「曲学阿中」だ
「南京事件の真実を検証する会」が抗議書

 日中歴史共同研究の報告書が1月31日に発表されました。
皆さますでにご存じのように、共産党独裁国と共同歴史研究など行うこと自体間違っていますが、報告書は予想通り、「曲学阿中」の学問の名に値しない、売国的なものでした。
 このほど「南京事件の真実を検証する会」会長 加瀬英明氏、事務局長 藤岡信勝氏は共同で、下記の通りの抗議声明を出されました。
「史実を世界に発信する会」では、これを英文にしてサイトに掲載し、又世界の多くの識者・マスコミに案内します。

                      平成22年2月8日

「日中歴史共同研究報告書に抗議する」
     加瀬 英明 「南京事件の真実を検証する会」 会長(外交評論家)
藤岡 信勝 「    々        」 事務局長(拓殖大学教授)


去る1月31日、日中歴史共同研究の報告書が発表された。学術研究は、国家の政治に従属し、奉仕するものされている共産党支配の独裁国家と、歴史の共同研究を行おうということ自体おろかなことである。案の定、南京事件に関して中国側は相も変わらず、30万虐殺宣伝に終始した主張を繰り返した。こんなものは研究の名に値するものでないことは言うまでもない。

より問題であるのは、日本側の学者が、近年急速に進んだ南京事件についての研究結果をこの共同研究の場に提起するのではなく、デタラメ極まりない東京裁判において主張された20万虐殺論をベースとする古色蒼然たる時代遅れの南京虐殺論を報告していることである。虐殺があったという固定的な前提に基づいて事実をつまみ食い的に集める、学問とは程遠い俗論である。
 絶対的な重みを持つ最新資料として、東中野修道亜細亜大学教授が台北にある国民党党史館で発見した「国民党宣伝部国際宣伝処工作概要1938年~1941年4月」という「極機密」印の押された内部文書がある。ここには南京戦を挟む10ヶ月間に漢口において外国人記者を招いて100回に記者会見をしたことが詳しく記されている。
しかしながら日本を非難する目的のこの記者会見において、ただの一度も南京で日本軍が市民虐殺をしただとか、捕虜の殺害をしただとか発表していないのである。何十万という虐殺がありながら、一言も言わないなどという事がありうるのか。このことに全く触れた形跡のないこの報告書は、学問研究の価値ゼロの代物である。

南京事件の実態はいまや明らかとなってきた。我々は2008年5月、胡錦涛主席来日の折に、添付の公開質問状を提出した。5点の質問項目は、南京事件の実態を明らかにするための根幹的な重要事項である。
しかしながら未だに胡錦涛主席からの返事はない。当然のことながら我々は答えられないためである、と解釈している。北岡座長をはじめとする委員に質問する。

この5項目に対して貴殿らはどのように考えるのか。あのような報告書を書いた当事者としてこれに答える責任があるはずである。回答を要求するものである。
 以上

~~~~~~~~~~~~~~

<添付>

「胡錦濤国家主席閣下への公開質問状」

このたび中華人民共和国国家主席胡錦濤閣下のご訪日に当たって、日中両国の友好を願う者として心より歓迎申し上げます。
さて、われわれは1937年12月に行なわれた日中南京戦に伴って起こったとされる所謂南京事件を検証すべく、研究して参りましたものです。貴国のこの事件に対する見解とその取り扱いにつき、深刻な憂慮を感じております。昨年南京屠殺記念館が大規模に拡張改装されましたが、一方で友好を唱えながらこのような非友好的なことを平然と行なう貴国に対して強い不信の念を感じざるを得ません。そもそも南京で大虐殺があったという論拠は最近の研究によって根本的に否定されつつあります。以下重要な5つのポイントについて閣下のご見解を伺いたく、謹んでご質問申し上げます。

一、故毛沢東党主席は生涯にただの一度も「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後に延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?

二、南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝部に国際宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300回の記者会見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35名と記録されています。
しかしこの300回の記者会見において、ただの一度として「南京で市民虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになられますか。もし本当に大虐殺が行なわれたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?

三、南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939年に上海の英国系出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後、ずっと20万人、占領1ヵ月後の1月には25万人と記録されています。この記録からすると30万虐殺など、到底ありえないとしか考えられませんが、閣下はいかがお考えでしょうか?

四、さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?

五、南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。
しかしその後の科学的な研究(『南京事件の「証拠写真」を検証する』(東中野他・草思社)など)によって、ただの1点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことが明らかとなっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえで検証させていただきたいと思います。

以上述べました5つの点は南京で大虐殺があったなどということを根本的に否定しているものとわれわれは考えざるを得ません。上記5つの点につきまして、閣下のご見解を承ることができれば幸いです。この問題は多くの日中国民の関心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子子孫孫までの日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。
                平成20年5月5日
                 南京事件の真実を検証する会委員一同

(会長)加瀬英明 (事務局長)藤岡信勝 (監事)冨沢繁信 茂木弘道
(委員)阿羅健一 上杉千年 小林太巌 杉原誠四郎 高池勝彦 高山正之 東中野修道 
溝口郁夫 宮崎正弘
http://www.melma.com/backnumber_45206_4758202/

使命

訂正
訂正します。
London Times
NY Times

使命

お待たせしました
よもぎさん、marinaluciaさん遅くなり申し訳ありませんでした、結果ですが期待に副うほどの収穫はありませんでした。

図書館の会員番号があれば住んでいるcountyが提供しているサイトで1850年から2004年(ニュウヨークタイムズ)の記事を読むことが出来ます。ただ、日にちを入れたらその日の記事が読めるのではなく複雑です。

検索に「nanking incident」または 「nankihg and media and japanese」など色々変えながらヒットした中から選んでいきます。

LONDON TIMSはなくNY TIMSだけでした。

イギリスの図書館もアメリカと同じ流れなのではないかしら、もっと進歩しているかも、自分のPCで読めるので試してみて下さい。

シナの場所の名前がたくさん出てきてこんがらってしまいます。長期戦になりますが信憑性のあるLONDON TIMSが読めないのが残念です。

『南京の実相国際連盟は「南京虐殺2万人」すら認めなかった』$29.50を注文しました、3週間くらいで届くので楽しみです。

この本の中に『百聞は一見に如かず』があればいいですね。

何かあったら知らせて下さい、また連絡します。

togyo

南京の実相を注文
土日に近郊の大型書店を回りましたが、この時期に「南京の実相」の在庫はなく、私も「南京の実相」をネットで注文しました。
議連が集結を宣言しても、1年前の日中歴史研究結果のように日本側は未だ2万~20万という数字を上げています。国民はこれを信じてしまいます。私のようなゆるい頭でも、ひとつでも多くの話を身につけ、機会を見つけては知り合いに伝えていく。この作業をコツコツと続けていく所存です。
一昨年はネット推薦の「南京事件の総括」を、去年は友人の紹介で「中学生にも分かる慰安婦南京問題」を購入して読みました。
今年は「南京の実相」ということで、核心様には正に核心の意見を頂き、ありがとうございました。

使命

よもぎさん、marinaluciaさん、核心さんへ
よもぎさん、marinaluciaさん早速の返信有り難う御座います。

図書館に行くと何処へアクセスすれば探せるとかの手伝いをしてくれるようです。ネットで1885年くらいから読めるとの事です。

少し時間をください。どうしたらネットで読めるか調べてから、ねずきちさんの、その日のエントリーに投稿します。

核心さん有り難う御座います。
『南京の実相国際連盟は「南京虐殺2万人」すら認めなかった』の中に、国際連盟の会議録やロンドンタイムズなどの原文資料が掲載している。のことなんですが、

その原文資料は外人が読んだら「南京大虐殺」は宣伝だったと払拭できるくらいの効果があるのですよね?

注文して2~3週間かかります。
核心さん、ものぐさして申し訳ありませんがアメリカで注文するだけの価値はある?と思いますか?

当然1927~1945年くらいまでの英字新聞を優秀なスタッフが調査し選んだ記事の筈ですが『百聞は一見に如かず』くらいの捕獲はありましたでしょうか?

すみません教えて下さい。

koukenz

No title
今日は!
日本はPRが下手でした。南京大虐殺は蒋介石国民党が雇っていた外国人のティンパリーがこのインチキ報道を流させました。上海にいた米英記者が裏もとらずに世界中に垂れ流したんです。ならば、この年の7月29日の通州事件や終戦後(1946年2月3日)の通化事件も世界中に発信するべきでありました。同じ事がいえるのは”ハルノート”でした。歴史の一項と片付けることなく、現在の領土問題についても世界中にPRしなければなりません。

核心

南京の実相
南京問題は、中山成彬先生が会長として、自民党「歴史議連監修」出版した『南京の実相 国際連盟は「南京虐殺2万人」すら認めなかった』で終結しています。国際連盟の会議録やロンドンタイムズなどの原文資料も掲載いてあります。ねずきさんは、それを承知で紹介しなかったのであれば問題です。

marinalucia

No title
使命さん、よもぎさんへ。

イギリスのデイリーミラーとデイリーエクスプレスはネット検索ができ、有料でダウンロードできます。
http://www.ukpressonline.co.uk/ukpressonline/
ちなみに私はデイリーミラーを調べたことがあります。
1927年の国民党軍による南京虐殺はNanking outrageと書かれていますが、1937年の日本軍による虐殺の記事はありませんでした。
1942年3月11日の記事に「ニューヨークタイムスの記者が南京で日本軍による虐殺があったと語った」と書いてあるだけです。
1937年8月16日の記事ではイギリス大使が国際租界への中国軍の空爆について中国政府に抗議したと書いていますから、これだけでも中国がいかに嘘つきか証明出来ると思います。

しかしながら、当時は厳しい検閲があり中国国民党に都合の悪いことは欧米人であっても自由に書けなかったのです。検閲があったということはニューヨークタイムスにも時々書いてあります。
1927年から1935年くらいまでアメリカやイギリスの宣教師が中国人達に虐殺されていたか、これもニューヨークタイムスを検索するとよくわかります。まずその宣教師虐殺の記事を見せるのがいいかもしれません。ラルフタウンゼントが書いていたことは本当だったと証明できるのです。
またミッションスクールは1927年ごろから中国人に乗っ取られ校長やボードは中国人になったこともちゃんとニューヨークタイムスに書いてあります。

よもぎ

使命さんへ
使命さんへ
初めまして、よもぎと申します。
現在イギリスに留学中の身ですが、
何処の図書館にも過去の新聞(を纏めた本のような物)って置いているのでしょうか?
日本だと、大学の図書館でも新聞を纏めた本って置いてますよね。
興味があるので、探してみたいと思います。
もしかしたらコピー機でコピーさせてもらえるかも…?
ただ、大英図書館みたいに大きい図書館でしか所有してない場合は、大変かもしれません。
大学の授業や、移動時間やら。。。
でも頑張ってみたいと思います^^

使命

百聞は一見に如かず
>当時、この国際安全区には各国の新聞記者も100人あまりいて、彼らは日本軍の捕虜検挙や武器の押収の状況を見て確認しています。<

100人余りの新聞記者が南京大虐殺があったとされる前から安全区にいたものと想像しますが彼等、特に英国の記者の書いたその当時の新聞記事の一覧が手に入れば『百聞は一見に如かず』で説得できます。

特にアメリカではシナの宣伝のせいで『あったかないか』ではなく、あったと、信じきられています。

普段話題に上るのではなく日本に関連した何かが出てきた時誰もが、この南京大虐殺が頭をよぎるわけです。

そして、反感を持った時に、この話を持ち出し責め道具として使う(パールハーバー、卑怯)も同じ。アメリカの国防長官(ロバート.ゲーツ)ともあろうものが 『従軍慰安婦を忘れるな』と、吐き出したのを忘れないように。いとも簡単に騙されています。また日本はこのような外人たちを相手に外交しなくてはならないと、言う事も。

「嘘は大きいほど信じられる」のいい見本です。

ねずきちさんの、台湾統治の様子を詳しく書いた英国の新聞のような記事のコピーがあれば百回話す必要はありません。

日本人が否定すればするほど外人は疑います。70年前の新聞なら黙って納得します。

当時の新聞コピーを見つけたり、持っている方はいませんか、心がけて、先行き見つけた場合はその日のエントリーに書き込んでください、よろしく。

イギリスに在住している日本の方なら図書館で見つけることが出来ると思うのですが、、、。

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韓国救援隊派遣拒否
NZ地震でNZ政府は韓国からの救援隊派遣を拒否していた。恐らく韓国での口蹄疫流行が原因だと思われる。それに引き換え日本政府はといえば親韓丸出しで韓国の口蹄疫に対して全く警戒感が感じられない。マスコミも韓国を異常に持ち上げ日本国民の洗脳に必死で口蹄疫をひた隠す。韓国資本の大量流入と多数の在日社員によりマスコミは反日続行中。いい加減に目醒めろよ日本人!日本を愛せよ!日本を守れよ!

日本人

ご報告です。
以前、13秒後のベイルアウトでお世話になったものです。
話題が違うことをお許しください。
貴殿の記事を読み娘が涙声になったことをコメントさせていただいたペンネーム「日本人」です。
娘もこの春に小学校を卒業します。最後の社会の宿題で新聞を書くことになったらしく、
娘が何のテーマがいいか尋ねてきました。
私はなぜ日本はアメリカと戦争したのかというテーマを提案しました。。
アメリカとの当時の外交関係を説明したところ娘はその内容を
小学生らしくまとめてあす授業で発表するそうです。
社会の教科書では近代の歴史の内容は韓国併合を植民地扱いしていたり、
中国へあたかも虐殺しながら侵略したりと,
いたずらに悪玉日本を語っている文章が目立つ中、
親としてそのつど修正解説をしてきました。
今回は自由テーマだったのでアメリカとの戦争、
そして靖国の話をからめてしてあげました。
命をかけて国を守る人がいた。
命をかけて国を守る兵隊さんがいた。
そんな話を素直に聞ける娘に育っています。
これもねずきちさんの「13秒後のベイルアウト」がきっかけです。
本当に有難うございます。

-

No title
いつもいい話ありがとうございます。 故 中村先生のお話も、ご参考までに。 http://www.youtube.com/watch?v=-sTFQtl29eE&mode=related&search=

よもぎ

初めまして
はじめまして、よもぎと言います。
現在イギリスに留学している学生です。
南京攻略に思うところがあったので書き込ませて頂きます。
以前アメリカからの留学生と大戦の話になったのですが、
アメリカの高校では「南京大虐殺:日本軍が中国人を30万人殺害した」と習ったと言っていました。
その子はニューヨークから来ていたのですが、
やっぱり日本軍の本当の行いは欧米にとって都合の悪いものなのでしょうね…。

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シナの邪悪な思考が透けて見える
要するに、シナ人は日本を悪者に仕立て上げようとして、日本軍の悪行を探してみたけども見つからなかったから、自分たちの想像を日本軍に転嫁投影したのでしょうね。


だから、日本軍の悪行とされている行為は、そのままシナ人の思考や行動原理を表しています。


だって、こんな残酷な事、日本人なら想像を絶する事ですからね。

マカロン

久しぶりにブログをハシゴ
以前の半分ですが、みました

最近、あまり動きがないようなので(デモも近場で無いし)忙しいので 見てなかったのが多数…

見てほしい、知ってほしいのが またまたありました

ももんがの勉強部屋さん と ひねもすのたりさん
のに、2ちゃんねるのネタがコピペされてて
それが 笑えるのですが…
笑える状況じゃない日本を思い出させてくれる、ブラックな話です

「皆様、機長の麻生でございます」

麻生元総理に、現総理になってほしい!

まともな日本国民の気持ち、永田町に届きますように…

ありがとうございました

terag3

蒋介石の悪行ばかりが目立ちました
このたび蒋介石が戦後になって南京攻防戦の報復として日本陸軍第16師団の中島今朝吾師団長を探したがすでに他界していたためその腹いせとして後任の谷寿夫師団長を逮捕して処刑したとありましたがその事実をは知りませんでした。

その他としては、南京防衛軍総司令官の唐生智は日本軍の攻勢に堪らず部下を戦場に残して逃亡したとありますがこの司令官はその後、蒋介石との関係はどのようになったのでしょうか?蒋介石に処罰されなかったのでしょうか?

それともうひとつは、当時南京城内の国際安全区には外国の記者や観戦武官がいて、この攻防戦の内容をつぶさに観察していたはずで当然公平な視点で観た事実を記録していたと思われますから私もその証言の内容を書物で読んだ記憶がありますが現在、記憶は薄れていて定かではなくその点、果たしてどうだったのかと言う強い関心を持っています。

マカロン

またまた場所をお借りします
失礼致します

「正しい歴史認識…」さんブログの、今日のUPは 読んで戴きたいので、場所をお借りします

「国旗(日章旗)を毀損したら 罰則」自民党が法案出すとか

大賛成です!!

日章旗ストラップ、シールを持ち歩く私に とっては、特に(笑)

最近は 全然恥ずかしくなく、見せびらかしながら、闊歩してます(笑)

保守派さんたちの行動のお陰で、日本人が日の丸国旗を持つのは 当たり前!に 認識されだしました

本当に、ありがたいです
ありがとうございます
これからも国旗を持ち歩くことで、日本人である誇りを忘れずに 生きていきたいと思います

ねずきちさん、いつもありがとうございます

兵藤一馬

ありがとうございます。
私もこの日本軍を誇りに思います。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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