しばらく様子をみることにします



被災地の方々には、心からお見舞い申し上げます。

地震の影響で、明日から関東の東京電力管内は、いわゆる非常用節電状態にはいり、部分的な停電、あるいは電話やメールなどの送信等も、かなり制限されるようになるのだそうです。

そこで、状況が落ち着くまで、ブログの更新を一時、中断させていただきます。

ねずきち 拝
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コメント

東北地域はかなり厳しい死の大地になる可能性が高い

東北地域はかなり厳しい死の大地になる可能性が高い(農林水産省幹部)
米軍は、自国兵士に対し、「福島第一原発から半径90キロ以内の立ち入りを禁ずる」という指令を出した。 
もう、残っている奴は見殺しだ。だからあれだけ、避難させろっていったのに!!!
警視庁の特科も、必ず生きて帰れよ・・・

米無人機で内部撮影へ きょうにも福島原発で

タス通信より 福島第一2号機は「完全に」メルトダウンの危険性とのこと。

「電力を敵に回すと死にますよ」と警告があったが、

v-132「福島の水道水に放射能が混じりだしたが、すでに首都圏産の野菜から自然界ではあり得ない数値の放射能が検出されだした。
たとえ原発問題が解決しても、土 壌には放射能汚染が長期にわたって残留し、野菜がそれを吸収してしまうため、かなり厳しい状況だ。
今後、もっとひどい状態になるだろう。福島だけではすま ないかもしれない。東北地域はかなり厳しい死の大地になる可能性が高い(農林水産省幹部)」

たぬきち

関西の親友から・・・
先程関西の親友から電話で言われました。

「首都圏はいったいどうしたんだ?!風評に惑わされて何を買い漁っているのか? 日本人として情けない。 10年前の阪神・淡路大震災の教訓をぜんぜん生かしてないじゃないか! 今関西は関東に送る物資の調達をしている
しトラックの手配もしている。 被災地でもない首都圏で買い占めたら東北の被災地に物資が届きにくくなる。
冷静に考えれば簡単に分かることでしょう

ここからは私の個人的意見ですが、「スパーで買い漁った都民のほとんどはレンホウに投票した奴ら」ではないのか?・・・と、。


しま

町工場の親方さま
おはようございます。
町工場の親方さま、こちらで初めて拝見させていただきました。転送していただきありがとうございます。
米騒動のお話にはドキッとしました。
全体とても貴重な内容なので皆様と共有したいと思います。
掲示板にご紹介させていただきました。ご了承くださいませ。ありがとうございます。

icezuki

静岡県東部で震度6の地震
地震が西の方にやって来た。
ノストラダムスの大予言が今頃になってきたのかな?
もしかして日本沈没?どうなってんだ?!
日本は!!!

乾坤一擲

泰然自若、神色自若
見苦しくもジタバタしても何ら進歩はありません。
泰然自若、神色自若と構え冷静に判断と事象を見据える「ねずきち氏」それでこそ貴殿の気概だと存じ得ます。

和田

ねずきちさんの…
賢明な判断に『応援クリック』!!

町工場の親方

モラルの高い、優れた日本人
チャンネル・桜、掲示板、に書いたものですが、ねずきちさんのブログ、コメント欄に投稿させていただきたく、転載させていただきます。

No.205826:Re:米国での報道。
草の芽様、今晩は。

今回の、日本の東北太平洋地域を襲った大地震、大津波に関して、被災地の日本国民の取った、モラル、倫理性の高さに対する、米国各紙の称賛の報道をご紹介くださいまして、まことに有難うございました。

私は災害に遭遇した時の、多くの日本国民の道徳性の高さ、秩序感覚、責任感、については良く知っておりましたが、なにしろ、日本、および、日本人の美点、長所は、《意地でも書くまい》、という、「朝日新聞」、を首魁とする、我国の左翼変脳マスコミの報道に、日夜接する国民は外国と比較する知識は十分で無く、良く分からないのではないかと考えております。
その点からも、非常に貴重なレポートです。

>その中でもリポーターは口々に言うのは日本の秩序の良さ。
ご記憶かもしれませんが、ニューオリンズ市にカトゥリナというハリケーンが襲った時、
多くの人々が家を失い、食べ物、飲料水等の配給もなく、避難所での暴力や略奪、レイプ、
救助に来たヘリコプターに銃を発射した馬鹿達が報道されました。

>略奪は米国社会では、致し方ない行為とみなされています。
ハイチでも震災後、略奪はおこりました。
それは非常時には致し方ない行為なんです。
(この国では。。。)

>その米国人たちは今、歴史的なサイズで被害にあった日本人たちを観ています。
そしてその態度を“admirable”(賞賛すべき)と報道しています。
以下はそのうちのひとつです。

>何重にも重なる混乱、不安の中、食べ物や配給をめぐっての略奪や小競り合いも、日本にはない。

>CNNのリポーターが仙台に入りリポートをしていましたが、彼女は

“神戸の時もそうだったが、何で日本は世界から跳びぬけているか。それは国民の秩序の高さだ。”

これに関して、昔読んだ著書の一節をご紹介いたします

桶谷繁雄・著ーーー「性悪説のすすめ」・・・日経通信社、昭和52年1月

献辞・・・『本書を、故・池島信平氏の霊前に捧ぐ』

第五章、

《兇悪な顔》
話を前に戻そう。私は明治43年の生まれであるが、大正7年の日本全国に起こっ米騒動は子供の私に強烈な印象を与えたことを忘れない。その頃のことを、『毎日年鑑』、昭和42年版別冊、「近代100年史年表」、から写してみよう。

大正
7年7月15日ーーー閣議、シベリア共同出兵につき対米提議。
7月16日ーーー宮中で外交調査会開催、寺内首相、出兵問題につき報告。
7月17日ーーー農商務省、地方長官宛に米十万石以上所有者の、7月末日の内地米現在高、強制調査報告につき通牒。
7月25日ーーー閣議、出兵準備事項決定。
7月31日ーーー米価大暴騰、各地の取引所7日まで立ち入り禁止。
8月2日ーーー政府、シベリア出兵宣言。農商務省、朝鮮米の売り出し発表。
8月5日ーーー鈴木商店、政府買い入れの朝鮮米売り出し。
8月7日ーーー東京の米の小売り相場一升五十銭台。
8月10日ーーー政府、米価調節協議・政友会米価問題につき寺内首相に警告。
8月12日ーーー東京府、朝鮮米の廉売開始。

当時の日本は、米の消費量増大に対して、農業生産が停滞していたといわれる。自由販売であった米が投機の対象となり、政府のシベリア出兵の決定によって、米相場は過熱した。約1.4キロの米は、小売で38銭程度であったものが、きわめて短期間に55戦も上昇した。富山県の漁民の妻たち300名あまりが、米産県である富山の米の県外移出を禁止する要求を出していわゆる、「米騒動」、の口火を切ったが、これが全国にひろがる騒乱となったのである。

私の住む東京浅草においても米屋の打ち壊しがあり、馬車通りの米屋を襲撃する人々の喚声を夜中に聞いた子供の私は恐ろしいと思った。
8月12日以降のことと思うが、政府が米を安売りすると発表してから後、私が通学していた、富士尋常小学校がその売り場になった。私の家はーには若い者がたくさんいたので、彼等は袋を母から持たされ、総出で小学校に出掛けた。私の学校だから勝手はよく知っている。私は好奇心で売り場の近くをウロウロしていたが、係りの人も子供の私を余り気にしていなかったようである。

販売が開始され、一人当たり一升であったろうが、長い行列は遅いけれど確実に進行していた。販売開始からどの位の時間の経過があったか覚えていないが、行列の後方で誰かが、「もう米はないぞ」、と大声で怒鳴った。これは嘘である。米の袋はまだ山のように積まれてあるのである。私はこの眼でみていたからである。しかもこう叫んだ人は、米の袋の積まれているのを見ているはずである。なぜなら、見える位の距離でその声はした。

しかし、この声は廊下の曲がった無効にいた、積んである米袋を見えない人に動揺を与えたらしい。行列は混乱し、たくさんの人が売り場に殺到した。もう金を払うものはいなかった。取れるだけ取ろうという掠奪になったのである。その時、父の長屋に住む靴職人のセイさんが、血相かえて米を袋につめいてるのを私は見た。係り員がそれを抑えようとする。それを跳ね除けたセイさんの顔はゾツとするほど兇悪であった。

すでに述べたように、私の家の裏には、「先生」、のいる六軒長屋があり、セイさんはその一軒に住み、靴をこしらえていた。靴が今日のように普及していない時で、靴職人というのは珍しかった。結婚して間もなくのようであったが、おかみさんは産後の肥立ちが悪く、乳飲み児をかかえて寝たり起きたりの状況であった。

セイさんは温和な性格で、長屋の誰からも好かれていた。家主の息子の私が、ガラス板をパチンと割って、その鋭い破面で靴の底皮をすうーと削っているセイさんの手許を珍しげに眺めていると、「繁ちゃんにも一足作ってあげるから楽しみに待っていてね」、というのである。その優しいセイさんが、あのようなこわい、恐ろしい顔をするとは!子供のわたしは人間の心の中にある悪の深淵を、このときのぞいたわけである。それは衝撃ともいえた。

この米騒動の後、セイさんは昔通りであったが、それから私は彼の仕事場に近寄らなくなった。家賃を払いに来たセイさんが、「この頃繁ちゃんが遊びに来てくれないのが淋しい」、と母にいったことを聞いた。永わずらいのおかみさんは死んだ。長屋一同の協力で、ささやかな葬式が出され、やがいセイさんは赤ん坊を背負い、おかみさんの骨壷を風呂敷に包んで長屋を出て行った。

その淋しい後ろ姿を私は忘れない。食えるか食えぬかの、せっばつまった状況になると、おとなしいセイさんだって兇暴になる。そうさせないのが、政治の役目ではないか。これは私が成長してから思ったところであるが、子供の私は、人間の心の中にひそむ深淵をのぞいたような気がして恐ろしかった。


だが、《太平洋戦争中、私はそういう顔を一度も見ていない》、昭和17年以降、東京工業大学助教授になっていた私は、ほとんど東京を離れず、戦争末期の大爆撃のほとんどすべてを体験した。

生か死の境目にあって、今日の若い人々には想像もできないだろうが、《東京の人々は平静であった。》爆撃で死んだ人を、われわれ生き残った者たちは、出来るだけ丁重に扱った。なせなら、今夜、明朝、自分がこういう姿になっているかもしれないと、誰も思っていたからである。

焼け出されて、高等学校時代の恩師の山田信一郎先生の未亡人の邸宅に住まわせて貰い、高齢の未亡人と女中さんの女二人だけの中で男の私は頼りにされたが、そこも爆撃を受けた。落ちてきた二発の焼夷弾を始末し、燃え出した天井の火も消し止めて、ほっと外を見れば周囲は火の海である。隣家のシャム大使館のガレージも燃え出しており、この火が強くなれば、せっかく残したこちらの家も焼けてしまう。それで私は一人でこの大使館のガレージの火も消した。結局、焼け野原には、鉄筋コンクリートのシャム大使館と、この恩師の木造の家だけが残った。

大使館のガレージには大型の立派なアメリカ製の自動車が入っていたが、火を消したお礼だといって、大きなドラム缶一本のカ゜ソリンとたくさんのシャム製シガレットを貰った。このガソリンは始末に困って庭の土中に埋めておいたが、出入りの大工さんが欲しいというので与えてしまった。シガレツトは五、六百本あったのではないか。ヘビー・スモーカーの私は大変に嬉しかった。またも、未亡人からは家を救ったお礼として、恩師の勅任官の金ピカの大礼服一揃いをいただいた。駝鳥の白い羽のついたナポレオン風の帽子と剣がそえられてあった。これは戦後、食うに困って二束三文で売ってしまった。
繰り返すが、こうした大爆撃の下で明日をも知れぬ生命であり、食う物にも不自由したが、《私の知る限り、東京の人々は平静であった。パニックもなかった。》

※、桶谷繁雄ーーー東京工業大学・名誉教授、
東京帝国大学工学部冶金学科卒、
工学博士、東京工業大学教授を務め、名誉教授、京都産業大学教授。
この経歴から分かるように、技術系の学者です。(日本がまだ貧しかった頃、一番研究室に欲しいのは、電子顕微鏡である、と述べておられました。)

戦後、雑誌、「文芸春秋」、をここまでに育てた第一の功労者、池島信平・編集長の知遇を得て、文芸評論、社会評論の文章を発表しましたが、共産主義国の批判、並びに我国の偏向マスコミの批判を行ったため、晩年は少数派となり、孤立した感がありました。
偏向マスコミ批判の、ミニコミ紙,『月曜評論」、を発刊し、「朝日新聞」、と徹底的に戦いました。
私の書棚にも、古い、「月曜評論」、がとってあります。

桶谷博士の言葉と関連して。
今から30年近く前、上司の代理で、中央鉄道学園・国鉄大学校の入学式に参列した際。
国鉄副総裁が
「昭和20年8月15日も、線路が破壊された場合を除き、鉄道省の列車は日本全国でダイヤ通りに動いていた」、と訓示を述べられていたことを思い出しました。



マカロン

他ブログでの 暴言に我慢出来ず
お邪魔致します

私が 卒業します と言ったのは、+1レベルに 近づいてきた自分と、また この震災により、自らの足で立ち、歩んで行く必要を 感じたからです

+を 増やす努力と、実際に一歩を踏み出さないと、机上の論理では 何も変わらない 事を 感じたからです

また 実際、保守派をうたう人も、自分勝手な思想を与える 洗脳派 もいます

自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じて、選ぶ
私は その岐路に立ったのだと思ったのです
ねずきちさんに対しては、これからも 良き日本人を教えて頂きたいです

また、お話がうかがえる時を お待ちしてます

皆様も、目覚めたなら、日本国を護る為に どうか 歩んでください

よろしくお願いします
ありがとうございました

コムロ

No title
懸命な判断だと思います。

おかさん

No title
★ 今回の大地震に関し、ちょっと暴論を吐きます。

 日本の首相が子役人のような「節電」という会見発表しかできない、情けない状況です。(それはそれで重要なことですが・・・)
 経験上、指揮官というものは常に精神的基盤に言及しなければなりません。従って、この場では「今こそ、日本民族の団結・思いやりを発揮し、なるべく早く再建しよう!」「再建する日本の姿を、世界の人に示そう!」というようなことを言うべきです。

 これからが本論です。
 もう地震が起きて4日が過ぎようとしています。何回も災害派遣に行ったことがあり、現地の人の苦しみは嫌と言う程分かります。しかし、悲しみ・苦しみにいつまで浸っていては何も進みません。壊滅したのは、自分の家(家族)、町なのです。国が、県が、何かをしてくれるまでじっと待っているのですか?
 家族が亡くなった人、家を失った人、色々な苦しみを抱いている人がおられる事は理解できますが、今こそ「自分たちの力で・・・!」と立ち上がるべき時でしょう。マスコミの報道というものはいい加減なので、現地の人達の行動は伝わって来ませんが、まだ若いピンピン動ける人達が、他人が作ってくれたテントのなかで横たわっている姿を見ることが多いのです。何か出来るでしょう。何人かが集まって、自分達の町のためにやるべきでしょう。年老いた人達は、それなりに出来ることがあります。若い人のために激励することも立派な仕事でしょう。子供だってできる事があるでしょう。「何やってんだよ、若いもんが!」

 もちろん、その為には必要なことがあります。自衛隊など専門の人達の邪魔にならないように行動することが前提です。そこで、自分たちが出来ること、場所などについて良く調整することが必要になります。逆に、町の人でしか出来ないこともあるでしょう。また、道具がなかったら要求すべきです。「俺たちが出来ることは、俺たちでやる!」と言えば、きっとそういう専門の人達は助けてくれます。その際、大事なことは連絡手段の確保です。第2・第3の地震・津波が来ても、直ちに非難するためです。

 「国」とは、「何かをしてくれるもの」ではなく「国のために、自分が何かをすべき」存在だと思います。昨日、今その場で助けらればかりの80才過ぎの方が「わしゃあ、チリ地震も経験した。さあ、また再建するぞ!」というのを目のあたりにしました。それも、とっても元気に明るく話されていました。日本人は、こういうものです。嬉しくて涙が出ました。もうすぐ死ぬという行く間際まで、底抜けに明るく散って行った民族です。

 立ち上がりましょう!
 世界の人達に、日本人のDNAを見せてあげましょう!
 元気に、明るく!
 悲しみ・苦しみをこぶしに包んで!

きなこ

No title
お見舞いありがとうございます。我が家は無事なものの、500メートル離れた海沿いでは、家が流されて、昨日現場をみてショックでした。

koukenz

No title
今晩は!
とんでもないのが登場するようです!

首相補佐官に辻元清美氏 被災地支援の基盤整備
http://www.asahi.com/politics/update/0313/TKY201103130151.html
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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