清廉至誠の武人 伊東祐亨



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伊東祐亨
伊東祐亨


昨日の記事で、日清戦争について書きました。

日清戦争では帝国海軍が、装備においてはるかに勝る清国・北洋艦隊にたて続けに勝利し、制海権を握っています。
そしてこの日清戦争のときに非常用特設艦隊として、我が国にはじめて誕生したのが、連合艦隊(聯合艦隊)でした。
日清戦争当時、帝国海軍は、新鋭艦で編成した主力部隊と、老巧艦などで編成した沿岸警備艦隊の2つの艦隊を持っていました。

ところが日清間の開戦が迫ると、当時の軍令部にいた山本権兵衛(当時大佐)が、すこしでも戦力の増強を図るためにと、この2つの艦隊の統合をしたのです。
これが「聯合艦隊」です。

ちなみに最近では、「聯合艦隊」を「連合艦隊」と書きますが、実はこの二つは意味が違います。
連合の「連」は、単に車が道に連なっているありさまをあらわす字です。
けれど「聯合」の「聯」は、糸が複雑に絡み合っている姿をあらわします。
つまり各船舶が、互いに有機的に結合して祖国防衛にあたる。だから「聯合」です。
ただ船が一列に並んでいるのとは、実は意味が違います。

その聯合艦隊は、日本海軍の総力を結集した大艦隊です。
ですから特に、天皇に直属する連合艦隊司令長官がこれを統括しました。

その初代連合艦隊司令長官に就任したのが、今日お話しする、薩摩出身の伊東祐亨(いとうゆうこう)です。
実に魅力的な、日本男児です。

伊東祐亨は、天保14(1843)年、鹿児島城下清水馬場町生まれの薩摩隼人です。

少年時代には、「飯、焦がし(めしこがし)」というあだ名で呼ばれたそうです。
これは伊東が町を歩くと、付近の若い女性たちが伊藤に見惚れ、ついつい炊いている最中の飯を焦がしてしまう、というところからきたのだそうです。

伊東祐亨はそれだけ「イイ男」だったわけですが、おもしろいのは、この時代にモテた薩摩男児というのは、いい顔をしているだとか、背が高いだとか、そういう、昨今の韓流俳優や在日タレントたちのような「外見」だけの色男では、絶対にモテなかったし、女性たちに相手にされなかったのだそうです。

学問ができ、腕も立ち、思いやりがあって、内面から発する凛とした清々しさがある。
それでいて決して高ピーにならず、常に謙虚であり、しかも堂々としている。
そういう男でなければ、「飯焦がし」とは呼ばれなかったと聞きました。
現代日本とはだいぶ様子が違うかもしれません。

さて、少年時代に和漢の書籍に通じ、書も極めた伊東は、薩摩藩の開成所に学ぶようになりました。
この学校、黒船来航で刺激を受けた薩摩藩が、英語学校として薩摩に築いた学校で、藩内からとびきりの英才が集められた学校です。
そのとびきりの英才のひとりが、若き日の伊東祐亨だったわけです。

文久3(1863)年、伊東が20歳のとき、薩摩藩を震撼させた薩英戦争が起こりました。
実はこのとき、藩公、島津久光の発案で、大山巌、西郷従道、伊東祐亨、樺山資紀、黒田清隆、仁礼景範らが選ばれ、敵、英国艦に乗り込んで、これを奪いとろうという決死隊が組織されています。

これがまたおもしろいのですが、なんとスイカ売りに化けて小舟で敵・英国艦に近づき、敵が油断したところを軍艦に乗り込んで奪取する、という計略だったそうなのです。
で、なぜ伊東が選ばれたかというと、彼は英語ができる。
相手が英国人なので、スイカ売りの口上も、英語でなきゃならんだろう、というわけです。

伊東らは、予定通り小船にスイカや野菜や鶏を満載して敵艦に近付きました。
そして英語で遠くから「スイカはいらんかね~」とやったわけです。
ところが、一般の庶民が、この時代に「英語」でスイカ売りなど、するわけがありません。
不審に思った英国艦に、ぎゃくに集中砲火を浴びせられ、あわてて逃げかえっています。

いまにして思えばかなり無茶な作戦ですが、とにかくなんとしてもあの強力な大英帝国戦艦を奪取してしまおう、という豪胆さは、すごいものです。

ところがこのときの体験が、実はその後の伊東の人生に大きな影響を与えています。

当時の日本がもっていた大砲は、オリンピック競技の砲丸投げの弾のような鉄の塊りを、大砲の「先っちょ」から詰めて、ズドンと撃つという、250年も前の戦国時代のままのものでした。

ところが英国艦隊の砲は、火薬も玉も、後ろから詰めてズドンと放つ様式です。
しかも放たれた砲弾は炸裂弾(火薬が仕込んであって爆発する弾)です。
そんな大砲が船にたくさん積んであって、ズドン、ズドンと撃ってくる。
砲弾が着弾したところで、大爆発が起こるわけです。
しかも船は、見たこともないような、鉄でできた巨大戦艦です。

彼我の戦力の違いを間近に見た伊東は、よしっ!それならワイが戦艦造って操舵しちゃる!と決意したわけです。
そして彼は、幕府の海軍操練所の生徒に応募しました。

この幕府の海軍操練所というのは、勝海舟が神戸に開いたものです。
坂本竜馬が塾頭でした。
竜馬は、船の操艦と万国公法を教えてくれました。
勝海舟は、「国」という概念を教えてくれました。

竜馬は、この海軍操練所の塾頭だった時代に、すでに万国公法(国際法)に通じていたことがわかります。
後年、竜馬は海援隊を組織し、海援隊が初めて入手した船で大阪に向かう途中、瀬戸内海で紀州藩の船と衝突した。
紀州藩の船の方が、圧倒的に大型です。
幕末とはいえ、幕府の権威はまだまだ存分に存在していた時代です。
紀州藩といえば、徳川御三家の名門、竜馬は一介の浪人者にすぎません。

けれど竜馬は、まさに万国公法を盾にとり、紀州藩と正面からやりあう。
交渉は暗礁に乗り上げ、途中で交渉役を土佐藩の岩崎弥太郎に代わってもらったけれど、これによって、一介の浪人者が、紀州藩から巨額の賠償金をふんだくる、という前代未聞の出来事が起きています。
要するに、法が権威に勝利したわけです。
≪詳細は「岩崎弥太郎と竜馬伝」≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1001.html

一方、勝海舟は、徳川幕府の直参旗本でありながら、すでに徳川幕藩体制という枠組みを一歩出て「日本国」という概念を明確に持った人であったことから、伊東に「藩ではなく、日本国こそが「公」であり、幕府や藩は「私」なのだ」と説きました。
これが後年の伊東の基本的な思考となっています。
後年、西南戦争が起きた時、伊東は西郷を心から慕いながらも、日本国海軍に残留しました。
伊東は「私」より「公」を優先する決断をしたのです。

明治元(1868)年に、海軍局に所属となった伊東は、明治4(1871)年には28歳の若さで「第一丁卯」の艦長に就任し、「春日」「扶桑」「浪速」などの艦長を歴任し、最も豊富な艦長経験者として、海軍内で圧倒的な存在感を示すようになりました。
そして明治27(1894)年、51歳になっていた伊東は、日本とChina(清国)との関係が冷え込む中で、初代連合艦隊司令長官に就任したわけです。

ちなみに日清戦争では、開戦前の同年7月25日に、豊島沖海戦が起きています。
このとき、先に挑発し、大砲を撃ってきたのは清国軍艦でした。
巨大戦艦を誇る清国海軍は、小船の日本海軍を馬鹿にし、砲撃を加えてきたのです。
ところが日本海軍は、これを徹底的に打ち破ってしまいました。
これが日本海軍が、対外戦ではじめて勝利した海戦です。

そして8月1日、明治大帝から宣戦布告の詔勅が発せられました。
6日後、連合艦隊が組成されます。

ここで大事なポイントは、日本が宣戦布告したから日清戦争になったわけではない、という点です。
清国側から攻撃を受けて、日本はやむなく豊島沖海戦を戦いました。
そして事実上の戦争状態になったということで、なるほど宣戦布告をしていますが、それでも戦闘行為をすぐにするのではなくて、あくまで話し合いによる解決の糸口を探し続けていたのです。

けれど、日本を軽く見る清国は、何度も何度も日本に対して挑発行為を繰り返しました。
そしてやむなく、清国の主力艦隊である北洋艦隊と、連合艦隊が、ついに衝突に到ったのが9月16日だったわけです。
要するに、宣戦布告から事実上の戦闘にいたるまでに、一ヶ月半もかかっているのです。
日本が国として、いかに戦争を回避しようと努力していたかがわかります。

このときの清国北洋艦隊は、戦艦2、巡洋艦10を含む合計16隻の大艦隊でした。
対する日本海軍連合艦隊は、巡洋艦からなる10隻です。
イメージからすれば、16台の大型トラックと砂利トラの軍団に、たった10台の軽自動車と原付バイクで挑むようなものです。

互いに敵の存在を知った両艦隊は、戦闘隊形をとります。
北洋艦隊は、横一直線に並んだ鶴翼の陣です。
対する日本海軍は単縦陣です。
ちょっとイメージしてみると、滑走路のような広いところで、横一列に並んだ16台の大型トラックに、5台の軽自動車と5台のバイクが縦一列で大決戦を挑んだようなものです。

当時の軍艦というのは、後年の軍艦と異なり、砲が舷側(船の横)についています。
つまり、北洋艦隊は、片側の全砲門を開いて、日本海軍を待ち受けたわけです。
そして最終的には、数の少ない日本艦隊を取り囲み、最強の砲火である十字砲火を浴びせようとしたわけです。

これに対して、伊東が指揮する連合艦隊は、まさに薩摩示現流そのものです。
敵に向かって一直線に突き進み、一刀のもとに敵を斬る。

12時50分。
横陣をとる北洋艦隊の旗艦「定遠」の30.5cm砲が火をふきました。
両軍の距離は、このとき6千メートルです。

「定遠」は、鋼鉄で装甲した巨大戦艦です。
所持する砲もバカでかい。
バカでかいから、弾を遠くまで飛ばすことができ、しかも当たれば敵艦に大きな損傷を与えます。

これに対し、日本海軍の艦は小型艦で、持っている砲も小型です。
速射は利くけれど、弾は近くまで行かなければ届かない。

一直線に単縦陣で距離を詰める日本艦隊。
これを、近づく前に沈めようと、巨大な砲を全艦から打ちまくる清国・北洋艦隊。

日本艦隊の船は、小型です。
大型の敵弾が当たり、全艦被弾します。
それでも日本艦隊は、一直線に並んだまま、どんどん距離を詰めていく。
そして距離が詰まったところで、小型砲を速射します。

北洋艦隊は、連合艦隊の6倍以上被弾し、「超勇」「致遠」「経遠」など5隻が沈没、6隻が中大破、2隻が座礁して動けなくなりました。
日本側は、旗艦「松島」など4隻が中破しただけで、沈没、大破、座礁ともなし。

こうして黄海海戦は、日本艦隊の圧倒的大勝利に終わりました。

連合艦隊旗艦「松島」
連合艦隊旗艦松島


この戦闘の最中のことです。

伊東の乗る旗艦「松島」は、戦い早々に左舷に砲弾が命中しました。
一瞬にして28人が絶命、68人が負傷してしまったのです。

伊東は即座に艦橋から現場に向かいました。
そこに重傷を負って瀕死の状態の水兵が、全身の力をふりしぼって、伊東長官の足元に這い寄ってきました。
そして伊東に手を差しのばし、
「長官、ご無事でありましたか」と言った。

伊東は、血まみれになったその手をしっかり握り、
「伊東はこの通り大丈夫じゃ、安心せよ」と彼の心配に答えました。
そしてその場で足を2度、3度と踏み鳴らしました。

水兵は「長官がご無事なら戦いは勝ちです。万歳!!」と言いながら、伊東の腕の中で息絶えました。
伊東は目を潤ませながら、その手をしばらく離すことができなかった。

激戦の最中です。
その激戦の最中に、連合艦隊司令長官が、被弾して多くのけが人が出たその現場に、直接自分の足で、検分に出かけているのです。
そういう伊東の、末端の部下を案じる姿勢、それに答えようと、死力を振り絞って司令長官を気遣う水兵。
水兵は、自分が瀕死の重傷を負っているのに、伊東の身を案じているのです。

日頃から伊東が、どのように部下と接していたのかが、わかろうというものです。

たとえば、いまどきの学校で、何か大きな事故や災害があったときに、死を前にした生徒や教師が、「校長さえご無事なら本校は安泰です、万歳!」と叫んで息絶えるでしょうか。
あるいは、会社が不慮の災難に襲われた時、「社長さえ(部長さえ)ご無事なら、我が社は安泰です!」と叫んで息絶えるでしょうか。
そうでないなら、私たちは、教育や会社組織のあり方を、もしかしたら抜本的に考え直さなければならないところまできているといえるかもしれません。

日本はもともと「家族国家」です。
日本国民みんなが、ひとつ屋根の下で暮らし、生きる家族となろうとした国です。
そして、様々な国内の組織もまた、それぞれが家族でした。
当時の伊東連合艦隊司令長官のもとに一致団結した日本海軍は、まさに日本海軍という名の大家族だったのです。
だから「長官さえご無事なら」という言葉は、そのまま「オヤジさえ無事なら、一家は安泰なんだ!万歳!万歳!」という声でもあるのです。

たとえは悪いけれど、昔はヤクザの世界でも「○○一家」と名乗ったものです。
ヤクザの世界は世間の縮図といいますが、そのくらいかつての日本人にとって、自分の所属する軍も組織も商店も学校も、すべては家族そのものだったのです。

それは、伊東の側から見れば、何千人いようが、部下の水兵たちは、ひとりひとりが伊東の家族であり、子供たちでもあった、ということです。
だからこそ、伊東は「松島」が被弾したとき、いの一番に被弾した部下たちのもとに飛んだのだし、伊東の姿を見つけた水兵も、全身血まみれになりながらも、伊東の傍まで寄ってきています。

そして家族を守るために、家族の一員として戦うのだから、他にも敵弾で腹部が裂けて内臓がはみ出す重傷を負いながらも、戦い続けるからと、治療室に運ばれるのを拒否して息絶えた兵士や、紅蓮の炎で全身黒こげになりながらも、消火につとめ、鎮火を見て、息絶えた兵士など、伊東の腕の中で息絶えた兵士同様、彼らのひとりひとりが、持ち場持ち場で、必死になって戦っています。
日本は、もともとは、そういう国だったし、いまも人々の心の奥底にある感情は、まったく変わっていません。

ところが清国北洋艦隊の状況はというと、上司は部下を命令によって「支配」し、部下は上司に「支配」されている関係です。

黄海海戦で、北洋艦隊の艦隊責任者である丁汝昌(ていじょしょ)提督は、座乗する旗艦「定遠」に200発近い命中弾を受け、甲板は穴だらけとなり、提督自身も顔や手足に大火傷を負い、左足も負傷しました。
海戦の最中には、一直線に並んでぐんぐん近づいてくる日本・連合艦隊に、水兵だけでなく、一部の艦長までが怖じ気づいて、敵前逃亡を図る始末となっています。

生き残った船は、なんとか本拠地である威海衛(中国山東半島北東部)に逃げこんだけれど、港の入口は、すでに日本艦隊に囲まれていました。
丁汝昌提督は、港の入口をふさぐ日本海軍に挑み、脱出作戦を展開しようとするのだけれど、これに応じようとする艦さえ、いない。
なぜかというと、水兵たちが逆切れして、艦長らを剣で脅しあげ、出港させないように仕向けていたのです。

伊東は、丁汝昌に、見事な達筆で、降伏をすすめる文書を送ります。
もともと開戦前に二人は2度ほど会っていて、これは万国共通なのだけれど、どうも海の男たちというのは、平素は、すぐに打ち解ける。

伊東は、老朽化した清国を立て直さんとするとき、必ずや清国は、丁提督を必要とするから、しばらく日本に亡命して、その時まで待ってはどうか。亡命に関しては、日本武士の名誉心に誓って、これを請け合う、と手紙にしたためた。

丁汝昌提督も海の男です。
書信を読んで深く感動する。

そして書信を受けた十数日後、ついに降伏を決意し、丁汝昌提督は、自らの祖国よりも、伊東を信頼する返信をしています。
そこには、「兵士と人民を許して、彼らをその郷里に帰らせてもらいたい」と書いてある。

伊東はその条件を受け入れる旨の書簡を書いたあと、使者にこう質問しました。
「丁閣下にはお変わりありませんか」
そして、体調のすぐれない丁を慰めるため、ブドウ酒とシャンペン、それと干し柿を贈りました。

丁汝昌は、伊東の変わらぬ友情に涙し、
「もはや思い残すことはない」と言って、北京の方向を拝し、毒をあおって自決したのです。

丁提督は、きっと嬉しかったのだろうと思います。
なぜ嬉しかったか。
彼は、清国海軍の中にあっても、ただの駒でした。
彼の部下たちも、ただの駒でした。
駒は駒であって、人間ではありません。ただの道具です。
そういう道具であることが、ある意味、あたりまえとなっていた提督を、伊東は人として遇したのです。

「人として扱ってもらえる」
実は、人として生まれた人間にとって、こんなあたりまえのことがあたりまえでなくなっているのが、実は、Chinaなどにおける上下社会というものです。

けれど、伊東の応対に、丁提督は、駒や道具としての自分ではなく、人としての自分になることができました。
だから彼は、死を選んだのです。
「士は己を知る者の為に死す」という言葉がある。
史記の刺客伝に出てくる言葉です。

伊東も、丁提督の姿に武士を見ました。

丁を失った北洋艦隊は降伏しました。
ところが清国側は丁汝昌以下死者の遺体を、ジャンク船で送ろうとしました。

これを知った伊東は激怒しました。
たとえ敗戦の将とはいえ、国に殉じた提督の遺体をジャンク船ごときで送るとは何事か!

伊東は、没収する予定になっていた運送船「康済号」を没収リストからはずすと、これに遺体を乗せて送るよう、使者である牛将軍に伝えました。
このとき、丁提督を心から尊敬していた牛将軍は、伊東の配慮に感きわまって、その場で泣き崩れたそうです。

伊東は涙ながらに次のように述べています。
「俺が同じような立場になっていたら、お前たちはこの俺がボートで送り届けられてもよいのか。責任は俺が取る。
万一お咎めがあったときは、俺が死をもってお詫びいたすだけのことだ」

丁の遺体を乗せた「康済号」が威海衛から出港する日、連合艦隊の各艦は、半旗を掲げて、一列に整列して見送りました。
伊東は「松島」の甲板に立ち、前をすすむ「康済号」に敬礼を送りました。
その直後、「松島」からは弔砲(弔意の礼砲)がはなたれました。
戦う男たちの姿がそこにありました。

けれども、北洋艦隊敗北知らせを聞いた清国の光緒帝は、すぐに丁汝昌の財産を没収し、葬儀をも許しませんでした。

立派に戦った提督に対する、伊東が示した武士道と、清国皇帝の姿勢。
このふたつの違いは、実は、日本文化と、China文化の根本的な違いでもあります。
そしてこの事件は、日本が世界から称賛され、日本が世界的な信用を得る出来事となっています。

日清日露との戦勝に勝ち抜いた伊東は、晩年元帥の称号を与えられました。
けれど、伊東は戦いの中で多くの部下を死なせたことを生涯気にかけていました。

伊東の歌です。

 諸共に
 たてし勲を おのれのみ
 世に誉れある
 名こそつらけれ

戦勝の名聞名利は、明治大帝以下、みんなが力を合わせて戦った結果です。
だから、自分が世に誉れる身とされるのは、かえってつらい、と詠んだのです。

大正3(1914)年1月16日、伊東祐亨は、逝去されました。
71歳でした。

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コメント

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No title
売国民主党からの御報告で御座います・・・

衆議員の優越ということもあり、平成23年度予算が成立したことを御報告させて頂きます。一般会計予算は過去最大の92・4兆円となりました。
勘違いされては困りますので、はっきり申し上げておきますが、これには災害復興費用は殆ど含まれていないということで御座います。
では、復興資金はどうするのかというと、これは補正予算を組むわけで御座います。
限られた予算である以上、何に対して優先的に使うかということは非常に重要なことで御座います。

私たち売国民主党は、このような非常事態においても、マニュフェストで謳ったことを決して忘れることなく、「子ども手当」を第一に考え、つなぎ法案で現行制度である中学生まで1人1万3千円(1カ月)を6カ月延長しようと頑張っている所存で御座います。
今回の災害規模は日本経済に深刻な打撃を与えると悲観する専門家も多くいます。
適時な復興計画と適時な復興資金は日本経済をデフレから脱却させるという楽観論の先生がたも居られます。
しかし、売国民主党といたしましては、この非常時においても、バラマキ4Kが最終的には日本を救う、外国人も「子ども手当」を熱望している理由などにより、今回平成23年度予算が成立したことは誠に目出たいことだと感じております。

昨日は「後藤新平に学ぶリーダーの力量」がネットで書きこまれました。
関東大震災から見事復興を遂げたのは後藤新平がいたからだという新聞記事を援用したものでありました。御存じの通り、当時は、今は無くなってしまいましたが、内務省という国内を一元管理する省があったわけで御座います。
この内務省の権限は非常に強く、統制が効くものでありました。
ですので、関東大震災のような首都壊滅、犠牲者11万人、経済損失は計り知れず・・のような大災害にも対応ができたわけで御座います。それとやはり、後藤の復興計画とその資金規模は精密を極め、さらには、それを実行する復興院の設立は迅速でありました。
関東大震災の翌日に内務相に就任した後藤は、帰宅後ただちに机に向い、その2日後にはこれらの計画を書きあげたと言いますから、そもそも政治家としての器が昨今の政治家とは違う訳で御座いますので、どうか後藤とスッカラ菅を比較なさいませんようにお願い致します。

「官僚主導から政治主導」というスローガンを上げて闘った売国民主党で御座いますので、本来、このような非常事態であればこそ政治家主導の威力を発揮しなければならない処で御座いますが、実際は「自治体から要請がなければ物資は届けられない」などと枝野が言いました通り、その実力がいまだ発揮されていないことは誠に残念で御座います。
国会の答弁では「何ぶん初めての事なので」を連発して逃げるしかありませんが、同じような災害が発生したときには、「何ぶん初めての事なので」とは決して申しませんので、どうぞ売国民主党をこれからも応援を宜しくお願い致します。

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No title
【拡散希望】 地震の最中こっそり、外国人住民基本法、社民党。 http://bit.ly/igHDMv

拡散a href="http://twitter.com/nissyan05" target="_blank">@nissyan05 怒 @ginntokii いつの間に出したのだろう?社民党は衆議院でも外国人住民基本法の請願出していた → 阿部 知子「外国人住民基本法の制定に関する請願」 http://bit.ly/gRayYD 参議院→http://bit.ly/gMnIeh

愛国者

名無し反対
他の方も仰ってたけど、産経を引っ張る名無し、共感する事もあるが、ねずきちさんブログに投稿する以上自分の名を名乗れ!長ったらしく『毎回うさんくさいがあなたの意見だとは思えない』あなたの意見なら名無しにするのは辞めろ!信念があるのなら最低な事であろう。どこかのマスコミの回し者と判断されても仕方がない。とにかく文章も 長いし説得力に欠如している。自己満足にも甚だしい。そんなに語りたかったらニチャンネルでもいけばいい。はっきり言って迷惑だし、あなたにの発現にはおそらく皆そう感じている。反論があるなら名を出せ!

ミノル

これぞ日本男児!という方ですね。名前は知っていましたが、どういう人物であったか、を初めて知りました。
格好良すぎです。

この時代の日本人は、日本人アイデンティティーのピュアさが濃密で、現代の私達とはスケールが違いますね。
私には命を懸ける胆力など、とてもありません…。


それにしても偽装スイカ売り作戦?の実行者は豪華な顔ぶれでしたね。

禍福はあざなえる縄の如し

No title
韓国産ミネラルウォーターが店頭に並んだようです
http://kuyou.exblog.jp/12341381/

写真だけだと詳しい事は判りませんが、韓国産を敬遠する人が多いのは良い事です。

年明けからスーパーに中国産の殻付落花生が8ケース並びました。しかし3ヶ月近くたって売れたのは2ケース足らず、つい先週まで6ケース余りがまだ並んでいました。さすがにギブアップして他店に回したのか或いは処分したのか、今は数袋だけ小さなバスケット一つに入れられていますがそれでも売れてない感じがします。特亜の食品なんか何が入っているかわかりませんからねぇ。

菅首相は国家的危機に対応できていない
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110329-OYT1T00702.htm

×菅首相は国家的危機に対応できていない
〇民主党は国家的危機に対応できていない

ひろ

いつも思う事なんですが…
なんで、ねずきちさんの文章に対するコメントが少ないんでしょう?

掲示板みたいですよね…


違和感を感じるのは私だけでしょうか…

-

No title
> 諸共に
> たてし勲を おのれのみ
> 世に誉れある
> 名こそつらけれ


私心無く

  たてし勲を  つつしみて

想い深さに

丁も涙す

日本は復興する
[必●殺]大日本帝国陸軍特攻隊キ-167櫻弾機唯一の戦果
大日本絵画の新刊(ポーランド人の著作で、日本の「無条件」降伏なんて書いてる本ですが、)
「日本陸海軍の特殊攻撃機と飛行爆弾」に
少しだけ気の休まる記事が載っていた。

昭和20年4月17日午前9時50分、飛行第六十二戦隊のキ-167櫻弾装備三番機(金子寅吉曹長操縦)は、
米海軍の記録によれば、空母バンカーヒルの第84戦闘中隊のコルセア6機に追撃され、
リロイ・L・ウォレット中尉に後部から撃たれて左エンジンが出火したが、
着水ともに大爆発し、50ヤード後方にいたウォレット中尉機を巻き添えにし、
尾部を吹き飛ばして墜落させ、ウォレット中尉は行方不明(戦死認定)となった。

U^ェ^U犬HKの負け犬史観では、絶対に言わん事実だが少し嬉しい!

[必●殺]このblog読者の方は同意していただけると思っております。

通りすがりの保守

No title
~書き込んでいるが」までと「そこまで~ の部分に明確な飛躍が見られますねぇ。(匿名で書くな!ではなく、出展が怪しく無い事明らかにして欲しい、という話なのに。。。)

典型的なすり替えでしょう。

大体「偉そうにゆうなら」☓ →「偉そうにい(言)うなら」でございます。
日本語にご不自由な方ですか?

通りすがり

No title
寄付したいけどお金がない方は「クリック募金」にご協力を!

■東日本大震災に1日1円、無料で募金ができます
→現在の募金額201,500円(3/26現在)
http://www.clickbokin.ekokoro.jp/139.html

■東日本大震災に1日1円、無料で募金ができます
→現在の募金額1,650円(3/26現在)
http://www.mascot-world.org/?mid=bokin

■東日本大震災に10円、無料で募金できます
被災地の方々への一言メッセージを入力してクリック
→現在の募金額5,080,530円(3/25現在)
https://www.magaseek.com/user/RegistEnquete/donation

歩三の安藤大尉

No title
丁提督と伊東提督の友情譚は、高校生の頃、戸川幸夫さんの「乃木と東郷」という小説で読み、感激しました。
結局「定遠」は自沈するんですよね。「鎮遠」は捕獲されて、日露戦争にも「海防艦」として参加しています。
せっかくのねずきちさんのお話に関係ないコメントを入れる人は、左翼と同じですね。困ったものです。

おかさん

No title
★ どうしたら・・・

 保守系のブログを読みながら
 「本当に、そうだ!」と思いながらも
 これをどうやって日本国民に伝えようかと
 悩んでいます。

 国民はテレビでしか情報を知らされていない・・・
 というのは事実でしょう。

  インターネットが普及したからと言って
 老人を含む国民一般の方が、インターネットを
 見ているとは考えられません。

 そうでなければ、「菅内閣支持率30%」という
 数字など出る筈がありません。

 テレビ・新聞などのマスコミは信用できないことは
 分かりますが、では、どうやったら良いのか・・・

 これは、保守系ブログが今考えなければならない
 一番の問題点だと思います。

谷 豊

No title
●国民の不幸

 「首相の失敗を、国民の血で償う!」


●インタビュー

 ある外国人のアナウンサー :
  何か欲しいものはありますか? 何が必要ですか?

 被災者 :
  ・・・ 首相が欲しい!


●統一地方選挙

 統一標語
 「気を付けよう、その無所属は民主かも!」

愛信

県議選、自粛ムード 争点埋没の懸念
県議選、自粛ムード 争点埋没の懸念
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110329/gnm11032913180005-n1.htm

統一地方選の前半戦となる県議選告示まで1週間を切
ったが、ガソリン不足に加え、計画停電の影響で集会
を見合わせる立候補予定者が続出。
自粛ムードは広がるばかりだ。

組織票を持たない自民党はこんな選挙をしたら、投票
率が激減して創価学会、日教組、労働組合等の組織票
を有する政党の大勝利となる。 有権者にこの国日本
を守れるのは自民党しかないと訴えて投票をお願いし
ないと自民党は滅亡する事を自覚して戴きたい。
震災の外国救援隊では中韓だけを外務副大臣が空港へ
出迎えた、被災者の放置や原発の爆発後の対処では
中国の野菜や韓国の水の緊急輸入措置などは、民主党
流の日本人社会を破壊する社会主義革命や共産主義革
命闘争を売国テレビ局・マスコミが支援していると見
做せる。

【新党勝手連の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/ktr/ktr.cgi

和田

こんにちは。
最近は大分暖かくなりましたがねずきちさんのBlogには『名無しさん』が多くなりましたね~。
これは一体複数の人間なのでしょうか…?
何か名前を名乗れない理由でも?

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No title
官邸の場当たり的判断
危機管理が出来ない内閣だ。被害は広がり,深化するばかりだ。どうする日本国民。放置するともっと悪くなるだけだ。
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土壌からプルトニューム発見
燃料の核分裂で発生する物質だ。わずかな量なので問題なし。
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産経抄
原発現場には500名近い人が詰めている。しかし宿舎は粗末で碌な食事も出ないという。これでは長丁場の重大復旧作業はできない。きちんとした宿舎からバスで通うようにすべきである。国民が一日千秋の思いでまっているのは施設の復旧である。東電関係者が苦しんでも何にもならない。幹部は勘違いしてはならない。
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主張:福島原発危機:
どうやら何年も長期化する様子だ。日本の災害は、経済災害の様相をおびてきた。そうなると工業、農業から飲食店まで全産業が衰退するのである。これは何としても食い止めたい。やはり危機の司令塔が必要だ。左翼は平和な時代の無責任な騒動屋だ。いざとなると完全に無能であり、逃げ出す。
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注水減らし、漏出防止:
原子炉や燃料を冷やすために注水すると、汚染水が漏出する。この悪の連鎖をどう切るか。油タンカーに汚染水を積み込んだらどうか。
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政府一時帰宅を検討:
要するに判断基準がないのだ。そこで市町村に判断を丸投げしようとしている。無責任だ。住民が避難すると地域は無人化する。そこで犯罪者が跳梁する。しかし非常線を張って治安管理するには、必要な法律が失われているという。戦前ならすぐに対応できた。間抜けで危険な政府である。これでは犯罪者を支援し国民を攻撃しているのだ。
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中露が対日挑発
野獣は相手が弱っているところを襲う。猛獣の決まりだ。地政学が教えるように隣国は永遠の敵である。偽装援助を真に受けるような幼児頭では政治家は務まらない。外務大臣、お前だ。もっとも裏で何か受け取っているのかもしれないが。

http://pub.ne.jp/surugasankei/



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No title
売国民主党からの御連絡で御座います・・・

東日本東北大震災の被害が拡大しているという報道についてで御座います。
いまだ避難所に物資が届かなく、餓死する危険の方々が2万人もいるということで御座います。当初より物資をいかにして届けるかということは、このような災害が発生した場合には最も重要なことだということぐらいは売国民主党政府も認識はしておりました。
しかしながら、支援物資は速やかに揃えられたのでは御座いますが、被災地の自治体からの要請がなかったため、物資が届けられなかったので御座います。

憲法では痴呆自治を謳っております。
国はなるべくこの痴呆自治に関与してはならない。そういう意図が、憲法にも記されているわけで御座います。
売国民主党は痴呆自治ならぬ「痴呆主権」を最も大切に扱う売国政党で御座います。
痴呆主権を確立した痴呆自治からの要請がなければ何もしない、痴呆自治が外国からの間接支配を受けたとしても何も出来ない・・そういう痴呆主権を痴呆自治に確立することこそ、まさに自由主義社会と言えるのではないかと思う次第であります。

痴呆議員と国会議員を比較すれば、何をしているか分からない痴呆議員、議会の様子を放送することなど殆どない痴呆議会を籠絡するのは、いとも簡単なことで御座います。
死名国様や姦国様の工作員を使えば、籠絡出来ない愛国心の塊のような議員でも闇に消えていなくなるというもので御座います。
随分と悪いことばかり書きましたが、良いことも当然にあるわけで御座います。
死名国様移民(帰化人)の方々におかれましては、人民解放軍の出身者がかなり含まれているわけで御座います。本国から来た姦国様移民の方々は、当然のごとく徴兵制を終わってから来るわけで御座います。よって、他国からの侵略があった場合には、銃の取り扱いには自衛隊なみに精通していると思われますので、痴呆自治体のためにともに闘ってくれれば相当な戦力になると思えるわけで御座います。
そのためには、痴呆主権の名のもと、彼らには一等国民ならぬ一等住民としての特権を与え、日ごろから共存共栄を旨に三等住民として日本民族が奉仕さえすれば、必ずや力になって頂けるものと確信をしている次第で御座います。

「痴呆主権」こそ日本を救う救国の提案であることを深く認識され、「痴呆主権」を謳う候補者は無所属であろうと売国民主党候補者であろうと、その主張を疑うことなく、清き1票を投票して頂きたくここにお願いする次第で御座います。

共通一次世代

No title
上の名無しさんたちは、あなたがた自身のご意見ですか?

どこかの意見を丸写ししているのですか?

リンク先の内容を参考にした何かの意見ですか?

リンク先の写しですか?

何が何だか分かりません。

そしてリンク先はどこですか?

上に出ているリンク先は、私も見させていただいている政治ブログのリンク先ですので分かりますが、そうでなければ判断ができません。

クリックするだけで飛べるリンク先の名称くらいは絶対に書くべきではないですか?そうでないと危険ではないですか?


こんな時期だからこそ、そういう事をはっきり出来る書き方をして頂けませんか?
そうしないと、このねずきちさんのブログまでもが信頼性を失いかねません。

内容に文句を云っているのではありません。

どこからの情報なのか、何を基にその内容を書いているのか、ましてや、記事に関する感想ではなく、殆ど関わりがない内容ならば、それを明確にすべきだと思います。

「デマ」「煽り」に注意しなければいけない今こそ、守るべきマナーがあると思います。

信頼を与えたければ、せめて名前を、名称を、ということです。

日本人

誇り高さ
日本人の精神性の高さがうかがえます。

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No title
今度の地震と津波は戦後日本の価値観と政治制度を破壊した。
価値観については、危機が常態となった。これは占領憲法のいう「諸外国を信頼して云々」という油断感覚が完全否定されたのだ。これからは常に最悪に備える覚悟が必要だ。事実いつ大地震が起こるかわからない。領海侵犯も起きている。戦後の油断は異常だったのだ。平和ではないのだ。

今回釜石地域では、学校で津波予防に高台に逃げる訓練をしていたので、生徒たちに津波犠牲者が出なかったという。これは大変な教育の成果である。
これから津波だけではなく、あらゆる災害が起こる。だから戦争を含めて国民は避難訓練をしておく必要がある。そうでないと、いざと言う時に身体が動かないのだ。
また、釜石の津波災害時の合言葉は「てんでんこ」という。「てんでバラバラに高台を目指して逃げろ」という意味である。非常時なので親子の愛情もなしとする。「親知らず、子知らず」の非情の処置なのだ。
しかし親の願いは子供の命だ。とにかく遺伝子を残すという一点に絞られている。これが人間の本質なのだ。平等も弱者保護もないのだ。

戦後の社会制度は、分散化されているので危機に対応していない。だから危機が起こると即無能無力を露呈する。その犠牲になるのは国民だ。当然、これから危機対応の社会にするように至急改革を求めなければならない。
その場合の目標は、実は戦前の日本の中央集権の社会体制である。これは長い民族の経験から危機を前提として作られている。だから戦後の危機にも対応できたのだ。大人の強い社会だった。

http://pub.ne.jp/surugasankei/

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日本の資源
福島の原発事故により世界中で反原発の声が高まりつつ有るようですが、原発以外の発電でこれ迄と同量の電力を得ることは難しいと思います。今後石油などの資源争奪は益々激しくなるであろうことは容易に想像がつきます。かつては日本には資源は無いと思われていましたが、実際にはメタンハイドレートなど莫大な量の資源が日本の周辺の海底には埋蔵されていることが判り地上波テレビでも放送されるようになりました。ロシアや中国も震災直後の日本に対して余りあからさまな行動をとることは国際社会の目が有り控えているようですが、時が経ち一段落すれぱ自国の為になりふり構わず資源争奪の行動に出る可能性は十分に想定されます。原発事故で大変な日本ですが、その後のロシア、中国などの動きに備える事も現在やっておくべき重要な課題であると思います。

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No title
売国民主党からの御報告で御座います・・・

さて我がスッカラ菅総理におかれましては、巷で噂されております通り、一人パソコンの前で虚ろな目で日々を過ごすことが多くなってしましました。
無能無責任の批判はまだよいほうで、実態は完全に役立たず・・と言ったところで御座いますが、売国マスコミの協力もあり、これが隠蔽されておりますことは幸いで御座います。

スッカラ菅総理が防衛省を激励訪問という見出しが新聞紙面に躍っておりました。
売国マスコミの皆さん、いつもどうも有難うと言うところで御座います。
この時期に激励などせず、政府としてやるべき仕事に集中せよ・・といった批判じみた記事になっていないことは、返す返す売国マスコミの同胞には感謝する次第で御座います。
今回の大震災は戦争と同じで御座います。
どうしたら国を守れるかという瀬戸際で御座います。
事態は予断を許さない状況で、色々なことを想定、体制作りをしなければならない時期で御座います折り、激励や謝罪などかえって現場に迷惑を掛けることなど、小学生でも分かる愚行でありますが、そこはパフォーマンスしか取りえがない我が首相ですので、どうぞご了承して頂きたくお願い申し上げる次第で御座います。
戦闘体制の米軍に大統領や国防長官、あるいは野球の有名選手が訪問するのは、戦闘が終結した時かその間際で御座いますので、明らかに常軌を逸している行動なのであり、原発事故の第一報を得て福島上空から視察したことに対する批判をものともせず、そのことにより現場復旧作業が著しく遅滞したことなどまるで意に介せず、東電がフランスのSOSを出すなどの緊迫した時期にも拘わらず、防衛省を激励訪問するのですから、不作為による国家破壊政策を実によくやっていると言わざるを得ませんし、身内からは再評価に値するといった声がちらほら聞こえてきた次第で御座います。

本来なれば、不眠不休で事に当たらなければならないところでは御座いますが、
阪神大震災の村山を見て頂ければ分かる通り、売国左翼並びに成り済まし日本人にとって、このような国家的災害を担当することは非常に重荷であり、また苦痛で御座います。
左翼の思想とは、大雑把に言えば・・社会を変革するためには、既存の社会、伝統、文化を暴力的革命によって徹底的に破壊粛清し、新たなる理想社会を構築する・・というもので御座いますので、国家が破壊されることを嘆き悲しんだりする人間的な感情を本質的に持っておりませんし、国家を破壊解体することが売国左翼の目指すところで御座いますので、大災害が起きる度に行動の緩慢さを指摘される訳で御座います。
成り済まし日本人の説明はもはや説明は不要かと存じます。

ここで勘違いされては困りますので、多少弁明をさせて頂きますが、売国左翼はその能力が不足しているわけではないということで御座います。
優秀な人間を政府中枢、教育中枢、マスコミ等々に送り込み、戦後日本人の矜持を挫きましたことは馬鹿では出来ないことで御座います。
これからも、この優秀な売国左翼同胞と成り済まし日本人が政権を担当して行くわけで御座いますが、任期いっぱいの最終日に思わぬどんでん返しがあるかも知れませんので、その最終日に「やはり売国民主党にやらせてみて良かった」と言われるように、今後も頑張りますので、どうぞ一喜一憂せず売国民主党を応援して下さいますようお願い申し上げます。あわれ
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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