日本人という生き方 醍醐忠重海軍中将



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醍醐中将軍帽


上の写真は、靖国神社遊就館に展示されている醍醐忠重(だいごただしげ)海軍中将の遺影と遺品の軍帽です。

醍醐中将の終戦当時日本海軍第六艦隊司令長官です。
第六艦隊というのは、潜水艦隊です。

醍醐中将は、明治24(1891)年、名門の醍醐家の嫡男としてお生まれになられました。

醍醐家というのは、旧侯爵家です。
れっきとした華族のご出身です。

華族というと、なにやらひ弱なイメージを持たれる方もおいでになるかもしれません。
けれど、醍醐中将は、まさに人として男として、そして帝国海軍軍人として、誰よりも尊敬に値する生き方を貫かれた人です。

醍醐中将の父親は、戊辰戦争で奥羽鎮撫副総督などを務めています。
けれど、醍醐中将がまだ8歳の頃に他界。
母も相次いでお亡くなりになり、醍醐忠重は、孤児となって一條家にひきとられて育っています。

子供の頃の醍醐中将は、乃木大将が院長だった頃の学習院旧制中等科に通いました。
そして同時に、嘉納治五郎の講道館で柔道を修業している。
とても強かったそうです。

そして明治42(1909)年に、海軍兵学校に、第40期生として入校する。

入校時の成績は、150名中、第126位だったそうです。
けれど、入学後猛勉強をして、卒業時には、成績は144名中、第17位となっています。
たいへんな勉強家でもあった。

兵学校で同期だった福留繁(元海軍中将)によると、兵学校当時の醍醐中将は、「(華族の家柄だけあって)さすがに行儀が良く、上品で服装もきちんとしていた。酒を飲んでも少しも乱れることはなく、謹厳で、しかも謙譲な奴だった」といいます。

昔は、海軍兵学校で成績上位者は、そのまま海軍大学校に進学しました。
卒業すれば、その日から高級士官だからです。

けれど醍醐中将は、あえて現場勤務を選択します。
そして明治45(1912)年、兵学校卒業と同時に海軍に入隊した。

海軍では、はじめ巡洋戦艦「吾妻」の乗組員となります。
そして大正6(1917)年、初の潜水艦勤務に就く。

このときの潜水艦勤務が、その後の彼の一生をある意味決定づけます。
当時大尉だった醍醐のもとに、練習艦隊参謀にという内示があったけれど、彼はそれを断っています。
生涯を潜水艦に賭けようとしたのです。

彼が少佐として潜水艦長だった頃のことです。
海軍が艦隊をA軍、B軍に分けて、大演習を行いました。

このとき、忠重が艦長を務める潜水艦は、たった1隻で、相手チームの戦艦群がいる厳戒態勢の舞鶴港に侵入し、相手の全艦隊を轟沈、ないしは大破させるという離れ業をやってのけた。

もちろん演習ですから実弾は使用していません。
けれど警戒碇泊中の連合艦隊全艦が、忠重が艦長を勤めるたった一隻の潜水艦の奇襲に、なすすべもなく、全滅させられたのです。

この手腕に、当時の海軍関係者全員が、まさに度肝を抜かれた。


昭和13(1938)年のことです。
醍醐にご皇室の侍従武官の話が出ます。

このとき、彼が海軍大学校を出ていないからと反対論が出たそうです。
しかし、人格、識見からいって充分適格との上層部の判断で、彼は見事侍従武官となる。

当時を振り返って、入江侍従は、
「醍醐さんは、まじめで冗談など滅多に言われない方でしたが、決して固苦しい方ではなく、非常にやわらかい、温かい雰囲気をもった方でした」と語っています。

戦争も末期となった昭和20(1945)年5月、醍醐は第六艦隊司令長官に就任します。
このときは、第六艦隊の全員が、歓喜して彼を迎えたといいます。
醍醐の長官就任で、戦争末期の重苦しい艦隊の気分が、まさに一新された。

この頃、作戦可能な潜水艦はたった9隻です。

けれど、醍醐が司令長官となった潜水艦による第六艦隊は、以降、めざましい戦果をあげます。

重巡インデアナポリス撃沈。
駆逐艦アンダーヒル撃沈。
駆逐艦ギリガン大破。

とりわけインデアナポリスは、原爆を、テニアン島に運んだ重巡です。
そのインデアナポリスに、伊58潜水艦は、6本の魚雷を発射し、3本命中させて撃沈しています。
≪伊58潜水艦と原爆のお話≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-887.html

当時ニューヨークタイムズは、「わが海戦史上最悪の1ページ」と書いた。

醍醐この頃の第六艦隊の潜水艦は、どれも人間魚雷「回天」を搭載しています。
醍醐中将は、その回天の出撃の都度、必ず出撃の基地を訪れて、連合艦隊司令長官から贈られた短刀を搭乗員に授与し、激励しました。

これら若者と一人一人握手するとき、醍醐の眼はうるみ、顔には深刻な苦悩がにじんでいたそうです。
優秀な若者を、特攻させなければならない、そのことに、醍醐は深く悩んでもいた。

終戦後、艦隊司令部の機密費の処理をどうするかという問題が起こりました。

このとき、第六艦隊には、かなり巨額の金が残った。
そしてそのお金の処分が、醍醐長官の決定に委されます。

醍醐は、
「このお金は国家のお金です。
ですから一銭たりとも私すべきものではありません。
何か有意義な使い道はありませんか?」と、鳥巣参謀に相談します。

鳥巣参謀は、
「回天で戦死した搭乗員の霊前に供えたらどうでしょう。
本来なら戦死者全員に供えられれば良いが、この混乱の中ではとても手が回りかねます。回天関係ならば全員わかっていますから」と言うと、醍醐はこの方法に賛成し、決定します。

決定は、昭和21(1946)年正月から春にかけて実行に移されます。
各幕僚が手分けして遺族を訪問し、長官の弔意を捧げ、香料を供えた。
遠距離で行けないところには郵送したそうです。

このときの醍醐長官の弔辞が、いまに残っています。
以下にその弔辞を引用します。

原文はカタカナですが、平仮名に直します。
ぜひご一読いただきたい。

~~~~~~~~~~~
【弔辞】謹みて回天特別攻撃隊員の英霊に捧ぐ

去る八月十五日、終戦の大詔下り、皇国は鉾を収め、ポツダム宣言受諾の已むなきに至れり。

真に痛恨の極にして、何を以てか之に喩へん。
特に諸子が忠魂を偲びては哀々切々の情、胸に迫り五内為に裂けんとす。

かえりみるに、諸子志を海軍に立て、勇躍大東亜戦争に臨みしが、戦い中途より利あらず。
ために憂国、義に就かんとして、回天特別攻撃隊員となり、以て戦勢を挽回せんとす。

其の闘魂真に鬼神をも泣かしむ。
しかして克く秋霜烈日の訓練に従事し、一度出撃するや必死必殺の体当り攻撃を以て敵艦船を轟沈するの偉功を樹て、以て悠久の大義に殉ず。
まことにその忠烈、万世に燦たるべし。

しかれども諸子の武勲赫々たりしにも拘らず、戦利あらず。
遂に今日の悲運に遭う。
誰人か之を予期せんや。

我等諸子の期待に副ひ得ず、忠魂を慰むるに由なし。
嗚呼又何をか言はん

されど諸子が誠忠遺烈は万古国民の精髄たるべく、必ずや諸子の七生報国の精神は脈々として永へに皇国を護らん

今や皇国は、有志以来最大の苦難に直面し、今後に於ける荊棘の路は実に計り知るべからざるものあり。

されど我等諸子の特攻精神を継承し、堪え難きを堪え忍び難きを忍び、以て新日本建設に邁進せんとす。

願わくば冥せよ
茲に恭しく敬弔の誠を捧げ、諸子の英霊を慰めんとす。

在天の霊来たり餐けよ

 
元第六艦隊司令長官
海軍中将 侯爵 醍醐忠重
~~~~~~~~~~~~

遺族の中に、復員して帰って来た弟が、そのお蔭で大学に入ることができた。
彼は亡き兄のひき合わせであると言って父母と共に喜び、やがて大学を卒えて立派な社会人になった、と聞いて、鳥巣元参謀は喜んだそうです。

「長官がお聞きになったら、さぞ喜ばれたことだろう」

しかしその頃、醍醐はすでに生きていなかったのです。

昭和21(1946)年12月のことです。
醍醐は突然、オランダ当局による逮捕命令を受けます。

そしてその日のうちに巣鴨に収容され、さらにバタビアを経て、翌年二月上旬に、ボルネオのポンチャナック刑務所に移送されます。

醍醐は、昭和18年11月から第22特別根拠地隊司令官として、ボルネオに駐在していたのですが、そこでポンチャナック事件に遭遇しています。

ポンチャナック事件というのは、以下の事件です。

昭和18年頃から、日本の敗勢を予想した南ボルネオでは、オランダの一大佐の指揮するゲリラ部隊が、華僑やインドネシア人をまき込んで、反日の運動を激化していたのです。

ある日、ポンチャナックの特別警備隊長上杉敬明大尉(68期)のもとに、副隊長中村少尉がつかんだ情報がもたらされた。

それは、12月8日の大詔奉戴日に行なわれる祝賀会の際、接待役を命ぜられていたインドネシア婦人会のメンバーのための飲料に、反日運動家らが毒を入れ、日本の司政官や警備隊幹部、ならびに現地人で構成する婦人会員を皆殺しにし、同時に決起部隊が蜂起して一挙に日本軍を一掃しようとする、というものです。

報告を受けた第22特根司令部は、ただちに容疑者らの逮捕と、彼らの武器・弾薬の押収を命令します。

そして調査の結果、これら千余人は、まちがいなく反乱の陰謀を企てていたことが確認されます。

しかし、ポンチャナック付近には千人も収容する施設はありません。
そのうえ付近海面にはすでに敵潜が出没している。
いつ連合軍の上陸があるかも知れないという状況です。

さらに日本軍の警備隊といっても、たかだか百人ほどしかいない。

逮捕されていないゲリラもあとどのくらいいるかも知れないし、いったん反乱が起きれば、日本側が全滅するのは目に見えています。

そこで司令部は、4月上旬、上杉に彼らの即時処刑を命じた。
そういう事件です。

一方、終戦後のボルネオでは、オランダからの猛烈な離反、独立運動が起こっていた。

オランダにしてみれば、現地人をたらしこんで憎っくき日本を追い出しさえすれば、ボルネオは手に入ると思っていたのに、実際には、そのオランダ自体をも、ボルネオの現地人たちは排除しようとした。

そこでオランダは、現地人たちの鉾先をそらすために、ボルネオの民衆の前で、君たちを苛んだ日本軍を我々が追い出したのだ、との報復裁判を演出しようと企図したのです。

こうして醍醐は、ポンチヤナック事件の日本側総責任者として、ポンチヤナック刑務所に収監されます。

このポンチヤナック刑務所というのがひどいところで、郊外の沼田の中にあり、土地が低いために雨が降ると水びたしになる。

しかも井戸もなく、飲み水はすべて天水です。
貯めた天水には、ボウフラがわいている。
不衛生極まりない悪環境です。

昭和49年になって、上杉と同期の豊田穣がこの地を訪れています。
30年近い時を経由しても、その汚さはまったく変わっていなかった。

醍醐は、昭和22年2月にこの刑務所に入れられます。
刑務所の周囲には、深さ2メートルほどのどぶがあります。

そこは、猫の死体などが浮いていて、臭気がひどい。
看守は、そのどぶさらいを醍醐に命じます。

醍醐は、真っ暗などぶの中にもぐって、メタンガスで窒息しそうになりながら、何時間もかけて報復的に働かされた。

毎日、笞で打たれたり、殴られた。
しかし、醍醐は、最後まで泣き言も愚痴も、ひとことも口にしなかったそうです。

インドネシア人の看守は、彼らの堂々とした態度に次第に心惹かれ、
「自分の権限でできることなら、何でもしてあげるから申し出なさい」と言ってくれるようになったそうです。

どのみち報復目的の一方的裁判です。
すべてが書類の上で運ばれ、反対訊問も、証人を呼ぶことも許されず、裁判はわずか3時間で終わります。

そして10月3日、醍醐に死刑の判決が言い渡された。

死刑の判決後に、助命嘆願書をオランダ総督に提出するのがしきたりです。
嘆願書が却下されてはじめて死刑が確定する。

死刑が確定した時、通訳が醍醐にそのことを伝えると、醍醐は、

「ありがとう。
大変お世話になりました。
オランダの裁判官の皆さんに、あなたからよろしく申し上げてください」と静かに言ったそうです。

処刑は報復的に民衆の面前で行なわれました。
処刑の模様を、華僑新聞が次のように伝えています。

~~~~~~~~~~~
醍醐はしっかりと処刑台上に縛りつけられ、身には真っ黒の洋服を着用、頭にはラシャの帽子を被り、目かくし布はなかった。

努めて平静の様子だった。

刑執行官は希望により歌をうたうことを許したので、彼は国歌を歌った。
その歌調には壮絶なものがあった。

歌い終わって、さらに彼は天皇陛下万歳を三唱した。

それが終わると、直ちに十二名の射手によって一斉に発砲され、全弾腹部に命中し、体は前に倒れ、鮮血は地に満ちた。
~~~~~~~~~~~

陸軍の現地軍司令官として同じ獄中に生活し、醍醐の4カ月後に処刑された海野馬一陸軍少佐は、醍醐の処刑のことを、どうしても日本に伝えたくて、彼が持っていた谷口雅春著『生命の実相』 という本の行間に、針穴で次の文を書き綴りました。

これはのちに彼の遺品として日本に返還される。
そこには、次のように書いてあります。

~~~~~~~~~~~
12月5日
昨日、醍醐海軍中将に死刑執行命令が来た。
閣下は平然としておられる。
実に立派なものだ。
一、二日のうちに死んで行く人とは思えぬ位に。

かつて侍従武官までされた人だったのに。

12月6日
海軍中将侯爵醍醐閣下銃殺さる。

余りに憐れなご最後だったが、併しご立派な死だった。
国歌を歌い、陛下の万歳を唱し斃れられた。

その声我が胸に沁む。
天よ、閣下の霊に冥福を垂れ給え。

予と閣下とはバタビア刑務所以来親交あり、予の病気の時は襦袢まで洗って頂いたこともあり、閣下は私のお貸しした「生命の実相」をよくお読みになり、死の前日、そのお礼を申された。

閣下の霊に謹んで哀悼の意を表す。
~~~~~~~~~~~

東日本大震災の現場でも、たいへんな避難所生活の中で明るくみんなを励ましながら生きておいでの方がいます。

よく「頑張る」と言いますが、日本語のガンバルは、「顔(がん)晴(ば)る」であるともいいます。

醍醐中将は、名誉や地位よりも、現場の一兵卒としての道を選ばれました。
華族でありながら、普通の日本人と一緒に働こうとした。

そして誰よりも努力し、潜水艦長、艦隊司令長官にまで出世されました。
本人が謙虚でいても、周囲はちゃんと見ていたのです。

そして明らかにオランダ側に非があるのに、その責任をとらされ、処刑されました。
泣き言も言わず、ぶたれても、窒息しそうなドブ掃除を任されても、愚痴も言わず、それだけでなく、身近な刑務所の看守たちには、いつも笑顔でやさしく接していた。

そして君が代を歌い、陛下に万歳を捧げられ、逝かれた。

ボクは、醍醐中将の生きざまに、まさに日本人としての生きざまがある。
そのように思います。

醍醐閣下のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


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コメント

嗚呼!

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■元沖縄県公文書館副館長・喜納健勇・新訳

アメリカ陸軍省戦史局編

「沖縄戦」第二次大戦最後の戦い

出版社Mugen2011刊

■外間正四郎氏の旧訳は、一部省略版だったが、コッチは完訳なんだそうだが、

P111「八時ニニ分、エセックスからの一機が敵艦隊の姿を認めた。それは戦艦大和、軽巡洋艦矢作(やはぎ)、八隻の駆逐艦で構成され、東シナ海を沖縄に向かって航行していた。」

(^_^;)イヤハヤ 元県立公文書館副館長が誤字にルビ振るなんてね!

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ミノル

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ご高説ありがとうございます。


名指しした無礼をお詫びします。


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山崎 麗子

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デモ今気付きました。最大限がんばります。
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垂逸様、よろしくお願いします。

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nanasi

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復興予算:4紙が公約見直しを要求:これでも子供手当を要求する民主党は日本の政党ではないということだ。もともとこの「子供」には国籍がない。それが詐欺だった。外国人に支給するためだった。日本の子供は飾りだった。どうせ借金は日本人が負うのだ。実に悪い政策であり悪党売国政権である。
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先人の教え:昔津波で大災害を受けた宮古地区には、居住限界を戒めた石碑がある。これを守ったので今回集落ごと助かったという。「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」というが、致命的な体験では生かすことはできない。そこに歴史の重要性がある。これはまさにその証拠だ。
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産経抄:ホンダの本田宗一郎氏は関東大震災を体験したので、本社ビルの外壁設計もガラスの崩落がないように配慮したという。今後の日本は政治から経済、教育まで油断大敵である。
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主張:入学式:中学生も5年すれば若者だ。国力を上げるために、日本社会を最組織することが必要だ。再軍備、徴兵制度、青年団など戦前の日本の社会組織を再建する。それが戦後の復興の最大の力になっていたのだ。今のばらばら社会では国民の力が分散化して効果が上がらない。復興のキーワードは日本社会の再組織化だ。
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主張:中共の国防白書:これは中共にいくら強大化を止めてくれ、と頼んでも止めるわけがない。国家は津波と同じだ。産経は頭が古い。津波にはお願いするのではなく、対応を考えることだ。それはスパイ防止法、国民皆兵、核自衛しかない。サルでもわかる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
統一選:民主全国で劣勢。今回の気の毒な犠牲者をとむらうためにも反日政治勢力は追放しなければならない。日本にあってはならない政権なのだ。国民はだまされたのだ。
首相の武器、解散権は封印:国民には解散要求権があるだろう。全国的に署名を集めたらどうか。圧力になるはずだ。菅はとにかく信用がない。指導者の資格がない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
知事選挙:石原都知事で決まりだ。よかった。ただし後継者育成をお願いします。それにしても、最高の行政官候補に漫才師が出てくるとは、ぞっとする。鳥肌が立つ。恐ろしい制度だ。国民も恐怖感を持ってほしい。痴呆自治は廃止すべきである。悪いことばかりだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今週の世論調査:自民党支持24%という。連立すれば民主に友引きされる。自民の愛国勢力は分裂すべきであろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
欧州のエストアニア:外国の記事はまず紹介が必要だ。バルト三国の歴史は複雑であるから素人にはわからない。まず1921年のソ連からの独立。1939年のソ連の占領(虐殺)、1941年のナチスドイツの占領、1945年のソ連の再占領、1991年のソ連からの独立である。これらの時にいつも国民が殺されている。苦難の民だ。それでも負けない。誇り高い。実に偉い。日本人が学ぶべきである。

http://pub.ne.jp/surugasankei/


有難うございます

冤罪を忘れるな
海軍指揮官としては、現地部隊の捕虜殺害容疑で処刑された
左近之丞中将の悲話もあります。
もっと戦犯事件の真実を伝えないとなりませんね。

米太平洋艦隊のニミッツ司令官は、
真珠湾攻撃直後に無制限潜水艦作戦を命令し
民間人虐殺を合理化しました。
このため、Uボート司令官のデーニッツ元帥を戦犯として
処刑する事ができなくなりました。
日本軍は原子爆弾は無論、無差別爆撃、無制限潜水艦作戦もしてはいません。
意図的な民間人虐殺で戦勝国になった恥辱を
忘れさせてはなりません。

KM

ありがとうございました
醍醐忠重海軍中将の秘話、慎んで拝読させて頂きました。涙無くしては読み進めることはできません。このような大変貴重な史実をこちらのブログで拝見させて頂けるのは、本当に有り難いことであり、何よりも価値ある行為だと存じます。陰ながらですがこれからも応援しています。

ゆーさくパパ

No title
ねずきちさん、今回も素晴らしい記事拝見出来て良かったです。このような出来事がもっと早く(小・中・高学校時代に)教えて欲しかったですね
日本人は間違ったことはしていないと
先人達を誇りに思います

垂逸

請願
そんなに大騒ぎすることではありませんよ。

請願なんて誰でも出来ます。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_tetuzuki.htm

サポートしてくれる議員を一人見つければ請願できます。

また、請願されたからといって国会がすぐに何かしなければならないということではありません。二重国籍容認などはここ10年以上毎年のように出ています。

反日クレーマー活動中
かの故・中村粲先生の門下生である関西在住のYさんから手紙が来ました。
立命館大学でとんでもない催しが行なわれていたとのことでした。
立命館創立140年記念という大学の企画です。「巨大な監獄、植民地朝鮮に生きる」(2011年3月1日~20日)
「巨大な監獄」とはなんという言い草でしょうか!
同封されていたちらしによれば、「立命館大学国際平和ミュージアム」名誉館長安斎育郎・館長(浣腸?)高杉巴彦が声明を出し、
主催者は国際平和ミュージアム民族問題研究所のほかに、コリア研究センターが主催とのことです。まあ色々名前は違っていても、実態は同じ団体なのでしょう。
「過去の100年間の日本がアジアにおいて犯した侵略と植民地支配の歴史を正面から見据えて、この教訓を次世代に伝え、現在まで続く植民地問題をともに考える機会となれば幸いです」とさ。ケッ!
ネットで見ると…。
http://www.unn-news.com/news-ritsumei/article/201102262558

■傍観者の後知恵で文句ばかり言う奴らに騙されてはならない

-

拡散!
参議員のHPを見たら、
「国籍選択制度の廃止に関する請願」
「成人の重国籍容認に関する請願」
「外国人住民基本法の制定に関する請願」
↑も請願が提出されている

去年、外国人に部屋を貸したら家賃の催促が出来ない、追い出す事も出来ないバカ法案がありましたね。
http://nippon-end.jugem.jp/?eid=396
民主党→賃貸住宅家賃に消費税を課税する法案を国会に提出。
http://ameblo.jp/independence-sky516/entry-10818804380.html そりゃ、子ども手当何がなんでも特アにばらまく為には、国民は人質、日本人は奴隷がスピードアップしてます!

外国人住民基本法とは=これはこれまでの闇法案全てを網羅集大成した法案でまさしく日本人弾圧法案です。
外国人参政権だけでなく戦時賠償、移民促進、三年在留で犯罪者も無罪放免、
重国籍付与、外国人が公務につく権利、政治家になる権利等、権利付与のオンパレードです。
日本人には外国人に対する徹底した監視と差別行為に対する処罰、投獄も付帯事項に入れようとしています。 民主、公明、社民、共産はこの法案成立に全精力をかけるため内容の重複する外国人参政権をとり下げたのが真相です。

良い記事は拡散し隊

これからの日本は戦後の体制を続けると、長い混迷に入る。大災害からの復興は金や掛け声だけでは実現しないからだ。
まず心は油断から常時警戒へ切り替える。もう平和運動は止めだ。戦争は津波と同じだ。問答無用で襲ってくる。そこで我々は、世界の常識であるローマの諺「平和が欲しければ戦争の準備をせよ」をかみしめる。心の防潮堤を高めることである。
 
国家の友好は相手国を見てだ。猛獣相手に無差別友好すれば子供が食われてしまう。そこで地政学の確認だ。すなわち「隣国は敵、敵の敵は味方」の大原則だ。警戒心が身に付いたら、日本社会における反日利敵言動の取り締まりだ。震災前のノーテンキの価値観を正す。
 
中学の歴史教科書検定の価値観は、震災前の「ヘーワ」主義だ。歴史観は敗戦直後の敵の傀儡歴史観だ。津波のゴミと同じで使い物にならない。
 
政治は、行き詰まったので大連立と言うが、事態はあまりにも巨大で自民と民主が集まっても解決はできない。問題は国民の不満のはけ口がなくなることだ。その場合どうなるか。火山の水蒸気爆発のように大変動が起こる。それが自衛隊の臨時政権につながるのかもしれない。
政治は常に国民の心の受け皿が必要なのだ。民主党は失敗した以上民意に従わなければならない。小手先の延命として、自民党を引きずり込むこともあるだろう。しかし解決できない以上責任のなすり合いで両方消滅する。もっとも両方戦後日本を食い物にしてきた腐敗した政党であるから良いかもしれない。

新しい政党が必要だ。それは愛国自由主義政党だ。天皇崇敬、靖国護持、国民皆兵、家制度回復が基本綱領だ。
今後の復興には長期的に人材がいる。しかし日本は少子化傾向だ。優れた人は減ってゆく。この対策は家制度の回復だ。日本の伝統的な人材供給制度は家制度なのだ。

いま日本の混迷に乗じて中共や韓国は海外の日本の市場を奪うと言われている。この大災害は占領政策に盲従して先祖の教えを忘れるという、戦後の日本の大失敗をさらけ出した。国家の回復には価値観、社会制度の本格回復が必要なのだ。もちろんその最初は日本軍の再建であり徴兵制度の再開だ。

「がんばれ産経新聞」より転載


koukenz

No title
おはようございます。
 『回天の群像』宮本雅史著があります。神風や回天などの特別攻撃に志願した方々の精神を理解することは難しいことだと思います。何か新しい境地を求めてでもいたのだろうかと思える程です。しかし、この究極の勇気が日本を護り、世界を変えたことは歴然としています。また世界中がこの勇気を賞賛しています。現在、自衛隊と呼ぶのは日本人だけで、世界各国には日本軍と呼ばれています。海上自衛隊は日本海軍と呼ばれています。そしてこの勇気は受け継がれていると確信しています。

愛信

ラストサンデー 「自粛」限界 マイク・選挙カー復活
ラストサンデー 「自粛」限界 マイク・選挙カー復活
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110403/tky11040322120001-n1.htm

投票日まで残り1週間となった東京都知事選。
3日は各候補が駅前や繁華街で支持を訴えた。

反日売国政党の策略が投票率を激減させて現有勢力の
減少を防止する、こんな騙しの手口も効果なく、まさに政
策を訴えなければ意味がないと、激戦が始まった。

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terag3

まさにそれは男の生き様だ!
山本五十六元帥の言葉

苦しいこともあるだろう
言いたいこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう

それらをじっと堪えて行くのが男の修行である。

当時の海軍軍人で偉人と言われる人々はみんな、その言葉通りの生き方をしていたのだと思います。昔の人は偉かったと痛感しています。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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