いまあらためて戦陣訓を読む(その1)



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戦陣訓の根本精神
戦陣訓の根本精神


今日と明日で「戦陣訓」を書いてみたいと思います。

なぜにいま「戦陣訓」と思われるかもしれません。
今年は、あたらめて売国勢力と戦う大決戦の年だからです。

「戦陣訓」といえば、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」という一節だけが、やたらと有名ですが、その全文は、3900文字という非常に長いものです。

発布されたのは、昭和16(1941)年1月8日で、当時の陸軍大臣・東條英機氏による示達(陸訓一号)となっています。

この全文を読んでみると、これからの保守が、日本を取り戻すための戦いに必要な心構えが自然と見えて来ます。

現代社会、とりわけ今年は国内に巣食い、日本の解体を目論む売国勢力との一大決戦の年です。

その決戦に際して「戦陣訓」は、戦いにあたって何が必要なのかを、非常にわかりやすく、具体的に説いてくれています。

たとえば戦陣訓には、「戦場においては勇怯の差なんてのは、小さなものにすぎない」と書かれています。
勇気ある者、怯えがちな者の違いなんて、戦場では関係ないというのです。
それよりも大切なことは、何かといえば、「戦陣訓」には、「責任感」であると説かれている。
「責任を重んずる者こそが、戦場ではもっとも勇気ある者となる」と書かれているのです。

人間、究極の場に置かれたとき、最終的に何が最後まで戦いの場に我が身を駆り立てるのかといえば、それは勇気ではない。責任感です。

また「戦陣訓」には、知識や謀ごとなどよりも、実行力が大事と説かれている。
そして、その実行に際しては、義を重んじることによつて、個人を美しくし全軍の戦力を至大ならしめる、と説いている。

こういうことは、まさに日本人の日本的戦いにおいて、不可欠の要諦です。

そこで、今日はまず、昭和16年3月に陸軍省が発行した「戦陣訓の根本精神」という本から、戦陣訓の心がどのようなものであったかを学び、明日の記事で戦陣訓全文を掲載したいと思います。

ちなみに「戦陣訓の根本精神」は、阿南陸軍次官、田中兵務局長兩閣下、馬淵報道部長殿、陸軍報道部員中島少佐、陸軍育總監部本部長今村中將、同部員浦邊少佐などが監修し、日華事変の前線から帰還した岡村、桑木、谷、末松、藤田、荻洲各中將、並びに航空本部西原少佐、井上哲次博士、菊池寛氏等によって編集された本です。

そう聞いただけでも、なんだか身が震え立つような凄みを感じてしまうのですが、内容は、さらに素晴らしい。

そこでその冒頭の10ページを、現代語に訳して掲載します。
たぶん、読みやすくなっていると思う。
(原文は、下に示します。)

==========
「戦陣訓」の根本精神
 陸軍省
==========

昔から各藩には、それぞれ藩の教訓というものがありました。

たとえば、佐賀藩には有名な「葉隠れ」があったし、島津藩、細川藩、毛利藩なども藩の教訓を持っていました。また、会津藩には会津武士としての精神訓があった。

そこで陸軍では、かねてから将校や生徒のために、旧幕府の時代に各藩が持っていたこうした教訓のいいとろこだけをとった「精神資料」の発行を考えていました。

この「精神資料」は、勅諭や典令、綱領等に常に内包されている純粋な日本的精神の要素です。
そして軍は、その「精神資料」を、いかに実行に結びつけるかが重要課題です。

この度、China事変が勃発し、China大陸の戦陣に多くの将兵たちが派兵されました。

その、戦地に赴いた彼らからも「戦陣訓」の必要性は、強く求められていました。
また陸軍当局でも同じ認識があったことから世に出されたのが、まさに「戦陣訓」だったのです。

実際に「戦陣訓」を作るにあたって最大の課題だったのは、「戦陣訓」を作るのはいいけれど、いったいどのようなものを作ったら良いのか、ということでした。

実戦を前提にした軍の「戦陣訓」である以上、その「戦陣訓」は、は、「一読しただけで陶酔し、人が自然に実行に追い込まれるだけの迫力ある内容」でなければなりません。
なぜなら、そういうものでなければ、ものの役には立たないからです。

で、この「戦陣訓」を一読して何が必要かといえば、「人をして自然に実行に追い込むだけのものが盛られている」ということです。
では「人をして自然に実行に追い込むもの」とは、いったい何でしょうか。

答えは「感激」です。

戦場にある将兵は、感激性が非常に強くなっているものです。
その強くなっている感激性を、正しく理性と一致させ、一死奉公の実をあげさせる。

そこで、戦陣訓の第一の主眼は「感情の指導」ということになりました。
近頃では、世間一般に「感情の指導」ということが足らないと言われています。

「感情指導」のためには、「人間の純情」を捉らえなければなりません。

そこで「戦陣訓」では、天皇陛下に対し奉る、国民の真情を呼び起こしたのです。
そうすることで、忠君愛国の大義に徹するように導いた。

日本精神を振り返ってみると、「道の根本」は「忠孝」にあります。

戦陣の夜半、戦闘が止んで、人が寝静まる深夜、兵士たちの脳裏に去来するのは何かといえば、それは両親であり、兄弟です。
これこそが人間としての自然の情です。

では、親は、子に何を希(ねが)っているのかといえば、一死君恩に報ずることです。
このことは、「孝」の純情から、「忠」の大義に徹するものです。
ですからこの純情をつかむことによつて、至誠をはっきりと表すことができる。
言い換えれば、「純情即至誠」なのです。

軍隊では、表むきは「孝」を論じていません。
ですが、「忠」の大義は、「孝」の純情から発しているものです。

軍人勅諭の中に「朕か国家を保護して上天(しょうてん)の恵に応し祖宗の恩に報いまゐらする事を得るも得さるも、汝等軍人か其職を尽すと尽さゝるとに由るそかし」という文があります。
口語訳したら「朕が国家を保護し、おてんとう様の恵みに応じて、代々の天皇の恩に報いることが出来るのも出来ないのも、お前たち軍人がその職務を尽くすか尽くさないかにかかっている」という文です。

陛下がこうおおせられていることは、陛下が「大孝」を大切にするご決意であられる大御心と拝察されます。
とりわけ「お前たち軍人がその職務を尽くすか尽くさないかにかかっている」というお言葉は、自然の間に忠孝をお示しになられたお言葉です。
まさにここにこそ、日本の国体の精華がある。

また、同じく軍人勅諭には、
「されは朕は汝等を股肱(ここう)と頼み、汝等は朕を頭首と仰きてそ其親(したしみ)は特(こと)に深かるへき」とあります。
口語訳すると「だから朕はお前たちを手足のように信頼する臣下と頼む。お前たちは朕を頭首と仰ぎなさい。
そうすれば、その親しみは特に深くなることであろう」となる。

これは、理屈を越えた「君臣の情的結合」です。まことに恐懼に堪えない。

戦陣訓がうかがうのは、まさにこの「情的結合」です。
それは崇高な人情の発露であり、道義の結晶といえます。

そこで戦陣訓では、例えば本訓その二の第一「敬神」の項で、「忠孝を心に念じ」と説き、第二の「孝道」においては、純情と大義の関係を説き、「戦友道」においては、信の至情を説いています。

また、本訓其の一の第三「軍紀」、第五「協同」では、「命令一下、喜び勇んで死地に投じ」とか、「喜び勇んで我を捨てて協カし合う精神を発揮し」といふように、「欣然(=喜び勇んで)」の言葉がいくつも使われています。

これは、とりもなおさず「感情の発露」です。
「みんな喜んで行け、理窟ではないぞ!」
いざというとき、喜んで死ぬということが、すなわち「欣然(きんぜん)」です。

そしてさらに、この心をおし進めて行くと、戦場では勇怯の差は、実ははなはだ小さいものでしかない、ということがわかります。
戦場でもっとも大きな働きをするのは、「勇怯の差」などではない。
「責任感の差」です。これが非常に大きい。

ですから本訓の二の第六「責任」は、
「責任を重んずる者、これ真に戦場における最大の勇者である」と説いている。

「責任感こそが、どんなに恐怖心が強い者でも、自暴自棄にならずに、献身的に殉国の大勇者にし得る」と教えているのです。

また、智謀の差は極めて小であるが、實行力の差は非常に大きいことも「戦陣訓」には説かれています。

「率先躬行(そっせんきゅうこう」の項に於いて「戦陣は実行をを尚(たっと)ぶ」とこの点を強調している。
しかも第八「名を惜しむ」の項では、「義を重んずることによって、個人を美しくし全軍の戦力を至大ならしめる」と説いています。

徳義を重んじることが武人の大本をまっとうすることとしているのです。

さて、最後に一言。
武人がいやしくも戦場に出たからには、生還を期せぬ覚悟が大事です。
いわんや、遺骸が還れるなどとは考えてもならないと教えられています。

けれどもし、九死に一生を得て、生還する場合のことを、本訓其の三の第二の「戰場の嗜(たしなみ)」の九に書いてあります。

実はこれは、軍当局としては、はなはだ心苦しいことです。
「戦陣訓」起草に當つて、この一項を書くべきかどうかについて、たいへんな議論になりました。
それほど書くのに迷ったのです。

けれど百人中、九十人迄は事実上生還しているのだから、これらの者に対して、帰還に対する「武人の心得」は、やはり必要ではないかということになって、この一項を加えました。

この点は、生還を期さない武人の覚悟と矛盾するものではないと考えています。

以上、戦陣訓を一貫する思想について大要を述べさせていただきました。
要するに「戦陣訓」は、「情と義」が全文のいたるところに綾のように織なされているところに特色があるのです。
(P.1-P.10)

「戦陣訓の根本精神」目次

序. 本社主幹 高田元三

    解 説

戦陣訓の根本精神 陸軍省
戦陣訓制定の由來とその使命 陸軍省兵務局長 田中隆吉陸軍少將
戦陣訓の社會的反響 大本營陸軍報道部長 馬淵逸雄陸軍大佐
道義の國日本武士道は神代から 文學博士 井上哲次
皇軍の「神武の精神」 陸軍中將 岡村寧次
恩威並ぴ行ふ 「正義の軍」 陸軍中將 桑木崇明
平時も非常時も紊れぬ規律 陸軍中將 桑木崇明
没我協力・困苦に克つ  陸軍中將. 谷 壽夫
心を正し身を修め誠を致せ 陸軍中將 末松茂治
盡忠報國こそ最大の孝行 陸軍中將 末松茂治
上下一致の表現「心からの敬禮」 陸軍中將 末松茂治
二人で卅餘名の敵を殲滅した話 陸軍中將 岡村寧次 
幹部が率先すれば必ず勝つ 陸軍中將 岡村寧次 
與ヘられた使命を遂行こそ眞の男 陸軍中將 荻洲立兵
「天皇陛下萬歳」を叫ぶ心 陸軍中將 岡村寧次
十五倍の敵と十日絶食激戰 陸軍中將. 今村 均
清廉潔白 北條清一
不用意に心を許すな 陸軍中將 末松茂治
思想戰の防壁 陸軍中將 藤田 進
敵地の田へ入らなかつた昔の武士 菊池 寛
銃後も良心に恥ぢない行ひを 陸軍中將 桑木崇明
遺骨の還らざる覺悟 陸軍少佐. 西原 勝
愛馬の名を呼びつヽ戰死 陸軍少將 田中隆吉
誇張をやめて正直實行 陸軍中將 荻洲立兵
跋 本社編輯總務 上原虎重
解説者略歴

編輯後記

本書の刊行に當り、阿南陸軍次官、田中兵務局長兩閣下、馬淵報道部長殿、陸軍報道部員中島少佐殿と、陸軍育總監部本部長今村中將、同部員浦邊少佐殿より御示を賜はリ、戦陣訓各項の解説については、前線より歸還せられたる岡村、桑木、谷、末松、藤田、荻洲各中將及び航空本部西原少佐と井上哲次博士、菊池寛氏より、御多忙中を談話をいただき、或は二月十二日座談會開催に際し、御出席を賜はリ、有益なるお話を拜聽し、本書に收めることを得ましたこと厚くお禮申上げます。
尚、語義解釋については、文部省倉野監修官の御協力を得ましたこと附言いたします。

陸軍省檢閲濟

昭和十六年三月 十 日 印刷
昭和十六年三月十四日 發行

編輯發行兼相馬基
印  刷  人  
印 刷 所  東京日日新聞社
發 行 所  東京日日新聞社
同       大阪毎日新聞社
定價六十錢
==========

ここまでお読みいただいて、「戦陣訓」は、単に「生きて虜囚の・・・」という一文だけのものなのでは全然なくて、戦う武人に必要な心構えを、わかりやすく、しかも読み手の感性に訴える形で書かれたものだということがおわかりいただけたのではないかと思います。

そしてこの「戦陣訓の根本精神」の末尾には、
~~~~~~~
「戦陣訓」は、「情と義」が全文のいたるところに綾のように織なされている
~~~~~~~
と書かれています。

「情」というのは、りっしんべん(心)に、「(せい/あお)」と書きます。
「」は、清らかという意味を持つ漢字で、これに「心」が加わることで、「情」は、心のはたらきの清く純粋な要素を指す言葉として用いられます。

そして「義」は、「羊」へんに「我」と書く。
「羊」は古代では神への捧げものです。
つまり「義」は、我と我が身を神に捧げるという意味を持つ漢字です。

ですから「戦陣訓」に流れる「情と義」は、すなわち「純粋な心と、我が身を捧げる心」がテーマとなって書かれたもの、ということができます。
そしてそれこそが、革命、改革を起こす際、つまり「戦い」にあたってもっとも必要なことだ、ということなのではないかと思います。

いよいよ今年は、私たちにとって、日本を守るための大決戦の年です。

「情と義」を胸に刻み、ご一緒に笑顔で戦い抜いてまいりましょう!

=========
(原文)
「戰陣訓」の根本精神   陸軍省

昔から各藩には、それ ゞ 藩の訓といふものがあつた。例へば、佐賀藩に「葉隱論語」があり、島津藩、細川藩、毛利藩といづれも藩の訓を持ち、會津武士には曾津武士の精神があつた。
曾つて、陸軍では將校生徒のために、舊幕時代各藩の持つてゐたかうした訓のいいところだけを採つて「日本精神資料」として研究し、勅諭、典令、綱領等に示されてゐる精神要素の生粹をどう實行するか──と云ふことの必要を痛感し想ひをこのことに致してをつたのである。
たま ゝ 、今次事變の勃發となり、China大陸の戰陣に臨んだ將星の多くが、「戰陣訓」をつくることの必要を認め軍當局においても同じ認識の下に「戰陣訓」の世に出る動機となつたものである。
さて、「戰陣訓」をつくることになると一體どんなものをつくることがよいか──この點について「戰陣訓」の基礎となり底流をなすべき一番大事なことは、一讀、陶醉して人をして自然に實行に追ひ込む迫力のある訓書であらねばならぬ──さう云ふものを書かなければ、物の役にたたぬと云ふ點であつた。
で、この「戰陣訓」を一貫して、何が入つてゐるかと云へば、「人をして自然に實行に追ひ込むもの」が盛られてゐる。「人をして自然に實行に追ひ込むもの」とは一體、何であるかと云へぱ「感激」である。
戰場にある將兵は、感激性が非常に強くなつてゐる。この強くなつてゐる感激性を捉らへて、正しく、理性と一致させて、一死奉公の實をあげさせなければならない。で、第一の着眼は感情の指導といふことであつた。近頃、世間一般に感情の指導といふことが足りないと思ふ。感情指導のためには、人間の純情を捉らへねばならない。それで、この「戰陣訓」は、天皇陛下に對し奉る國民の眞情を喚び起したものである。かくして、忠君愛國の大義に徹するやうに導かねばならぬとの構想の下に書かれたものである。
つら ゝ 日本精神をふりかえりおもんみるに道の根本は忠孝である。
戰陣の夜半、戰ひやんで人しづまる時、まづ、腦底を去來するのは何か──それは兩親であり、兄弟である。これこそ、人間の自然の情である。しかして、親は子と共に何を希つてゐるかと云へば、一死君恩に報ずることを希つてゐるのである。この一事は、孝の純情から忠の大義に徹するものである。而して、この純情をつかむことによつて、至誠を顯現することが出來る。
言葉を換へて云へば、純情即至誠である。軍隊では、表むき孝を論じてゐない。ところが、忠の大義は孝の純情から發してゐる。
軍人勅諭の中に
「朕カ國家ヲ保護シテ上天ノ惠ニ應シ、祖宗ノ恩ニ報イマヰラスルコトヲ得ルモ得サルモ、汝等軍人カ其職ヲ盡スト盡ササルトニ由ルソカシ」
と仰せられてゐることは、天皇陛下が大孝を遊ばされんとする大御心と拜察されるのである。
「汝等軍人カ其職ヲ盡スト盡ササルトニ由ルソカシ」このお言葉は、自然の間に忠孝をお示しになり茲に、我國體の精華が窺はれるのである。
また
「朕ハ汝等ヲ股肱トミ、汝等ハ朕ヲ頭首ト仰キテソ其親ハ特ニ深カルヘキ」と仰せられてゐる。これは、理窟を離れた君臣の情的結合であつて恐懼に堪へぬ所である。
戰陣訓の覘ふところのものは、この情的結合である。崇高なる人情の發露であり、道義の結晶である。
例へば「敬神」の項において「忠孝を心に念じ」と説き「孝道」においては、純情と大義の關係を説き「戰友道」においては、信の至情を説いてみる。また、本訓其の一の第三「軍紀」第五「協同」の項において「命令一下欣然として死地に投じ」とか「欣然として没我協カの精神を發揮」といふ風に「欣然」の言葉がいくつも使はれてゐるが、これは、とりもなほさず、感情の發露である。みんな喜んで行け、理窟ではないぞ! 喜んで死ぬ──即ち欣然の姿である。更にこの心をおし擴めてゆくと、戰場では、勇怯の差の如きは、甚だ小なるものである。しかし、責任感の差は、非常に大きい。故に本訓の二の第六「責任」の項において「責任を重んずる者、是眞に戰場に於ける最大に勇者なり。」と説き、如何なる恐怖心強き者も、自暴自棄に陥ることなく、獻身殉國の大勇者たり得ることをえてゐるのである。
また、智謀の差は極めて小であるが、實行力の差は非常に大きい。故に「率先躬行」の項に於いて「戰陣は實行を尚ぶ」とこの點を強調し、しかも、第八「名を惜しむ」の項において、義を重んずることによつて、個人を美しくし全軍の戰力を至大ならしめるゆゑんを説いてゐる──かくして、戰場における武人の大本を完からしめんことを戒めてゐる。
終りに臨んで一言したきことは、武人がいやしくも戰場に出たからは、生還を期せぬ覺悟である。況や、遺骸の還ることは考へてもならぬとえられてゐるのであるが、かりに、九死に一生を得て、生還する場合のことを「本訓其の三、第二、「戰場の嗜」の九に書いてゐるのであるが、これは、軍當局として甚だ心苦しき事で「戰陣訓」起草に當つて、この一項を書くべきや否やについて思ひ迷つたのである。しかし、百人の中九十人迄は事實上生還して居るものであるから、これらのものに對しての歸還に對する「武人の心得」といふものを一言しておくことは、非常に大切であるといふ意見に一致して、この一項を加へた次第であつて、この點、生還を期せざる武人の覺悟と矛盾するものではない。
以上、戰陣訓を一貫する思想について大要を述べたのであるが、これを要するに戰陣訓は「情と義」が全文の到るところに綾の如くに織なされてゐるところに特色がある。(P.1-P.10)

「戦陣訓の根本精神」目次
序. 本社主幹 高田元三
 解 説
戦陣訓の根本精神 陸軍省
戦陣訓制定の由來とその使命 陸軍省兵務局長 田中隆吉陸軍少將
戦陣訓の社會的反響 大本營陸軍報道部長 馬淵逸雄陸軍大佐
道義の國日本武士道は神代から 文學博士 井上哲次
皇軍の「神武の精神」 陸軍中將 岡村寧次
恩威並ぴ行ふ 「正義の軍」 陸軍中將 桑木崇明
平時も非常時も紊れぬ規律 陸軍中將 桑木崇明
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心を正し身を修め誠を致せ 陸軍中將 末松茂治
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與ヘられた使命を遂行こそ眞の男 陸軍中將 荻洲立兵
「天皇陛下萬歳」を叫ぶ心 陸軍中將 岡村寧次
十五倍の敵と十日絶食激戰 陸軍中將. 今村 均
清廉潔白 北條清一
不用意に心を許すな 陸軍中將 末松茂治
思想戰の防壁 陸軍中將 藤田 進
敵地の田へ入らなかつた昔の武士 菊池 寛
銃後も良心に恥ぢない行ひを 陸軍中將 桑木崇明
遺骨の還らざる覺悟 陸軍少佐. 西原 勝
愛馬の名を呼びつヽ戰死 陸軍少將 田中隆吉
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跋 本社編輯總務 上原虎重
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コメント

佐久間象山

皇軍の規律が悪化したから戦陣訓が作られたのでしょう。
東條がすべきだったのは自分達の愚かさを棚上げして部下に責任を押し付けるのではなく、現実的な戦略を立て、戦争に勝てるように努力すること。
勝てぬ戦ならせずにすむように外交すること。
昭和天皇も戦後まもなく、我が国の敗因を科学を無視して精神論に傾いたことだと今上陛下にお手紙を書いてましたね。
売れる商品がないブラック企業ほど、こういう精神論で部下を虐待するものですね。

のぶ

No title
つまりは卑怯だと思います。

neko

嘘つきNHK
沖縄の集団自決が軍命だったという証拠が見つからないので、どうしても軍命にしたいNHKは、強引に「戦陣訓=軍命論」と印象づける偏向報道を繰り返しやっています。
ただ戦陣訓の全体が知られると、むしろ日本軍は規律正しかったんじゃないかとばれてしまうので、「戦陣訓=生きて虜囚の辱を受けず」の刷り込みもしつこくやってます。

-

No title
>日本奪還さん
深く同意です。
戦後のGHQ政策を見ていくと、『禁止』『廃止』となった
ものの中にこそ、日本という国の本質や強さともいうべきものが
あると思います。
それらを再発掘させないように、『軍国主義』という
レッテルテープを貼って封印したのでしょう。
戦後生まれには『軍国主義』=「危険思想」的な
イメージを刷り込み、決してその箱を開けさせないように。

けれど、恐る恐るでも自分の手でその箱を開いて
中身を見た者なら、その封印されていたものこそが、
ずっと探していたものだとわかるはずです。

ウヨクだのサヨクだのという話ではなく、
要はたったそれだけのシンプルな話なのだと
思います。とは言え、シンプルなことが一番困難
だったりしますからねぇ。。

及ばずながら、自分にできることをコツコツと
やっていきたいと思っています。

DUCE

降伏忌避は戦陣訓とは無関係
よく、戦陣訓のせいで、本来降伏して生きていられる兵士が多数死んだみたいなことが言われていますが、戦局が悪化すれば、そう言う発想はますますナンセンスでしょう。
白虎隊も城が炎上したのを見て(実は武家屋敷炎上の勘違い)自殺に至りました。国が亡びれば帰還する場所がないと言う思いで死に至った兵士もいたことでしょう。
また敵が残虐だという思いがあれば、上からの命令など無関係に降伏忌避に至ることでしょう。ベトナム戦争映画を見れば、アメリカ兵の誰もが降伏忌避に至ったとしても驚くには当たりません。一方、わが国でも鬼畜米英言っていましたからね。
そして戦後捕虜になった兵士で勝者から虐待を受けても、勝者側から何の補償もない。こんな有様ではいかに国際条約を説いた所でいまだに降伏忌避の発想は異常とは言えますまい。

アンテナ

No title
  水よりも清く
  空よりも広く
  海よりも深い愛

  だから特攻隊に志願した。
  だから国の為、志願して戦地にいった。
  
  純粋そのもの、でなければ不可能な行いです!
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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