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しばらく前に夢野久作の書いたものから「にんじん畑」のお話を紹介させていただいたのですが、夢野久作といえば、昭和初期を代表する日本のミステリー小説家としても有名です。
その夢野久作は、本名を杉山泰道(すぎやまたいどう)と言って、父親は、玄洋社の国家主義者の巨魁といわれた杉山茂丸です。
実は、その(世間から畏れられた大物の)父、杉山茂丸について、夢野久作は「父杉山茂丸を語る」という一文を書います。
読んでみると、これが実におもしろい。
ちょっとその「さわり」をご紹介してみます。
夢野久作がまだ5〜6歳だった頃のことです。
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久しく家を空けていた父が、久しぶりに帰宅しました。
帰って来た父は、私の頭を撫でる間もなく、かみそりを取出して、しきりに磨ぎ立て、尻をまくってアグラをかくと、突然、きんたまの毛を剃り初めました。
なんでも、きんたまにシラミが湧いたのだとか。
「門司の石田屋という宿屋で頭山満と俺とが宿賃が払えずに、故郷を眼の前にしながらフン詰まっていたんだ。ところで頭山も俺もきんたまの毛にシラミがウジャウジャしていたから、ひとつこいつを喧嘩させてみようではないか。で、負けた方がここに滞在して小さくなっていて、勝った方が宿賃の金策に出る事にしよう!」てなことになったのだそうです。
頭山が「面白い、やってみよう」と云うた。
ところが頭山のシラミは、真黒くて精悍な恰好をしている。
俺のに湧いたヤツは真白くてムクムク肥って活動力がない。
これではドウ見ても勝てそうにない。
しかし俺には確信があったから、新聞紙を四ツに折って、その溝の十文字のところで、選手を闘わせた。
案の定、俺の白いヤツが黒い奴を押し倒おして動かせない。
で、俺が解放される事になって帰って来た訳だ。
ナアニ頭山は正直だから、シラミを逃がさないようにシッカリとつまんで出すから、土俵へ上らないうちに代表選手が半死半生になっている。
俺の方は、選手をつまみ出すときから、出来るだけソーッとつまんで、てのひらに入れてソーッと下に置くのだから、双方の元気に雲泥の相違がある。
勝敗の数は勿論、問題じゃないことになるのだ!ワハハ」
この話で、ウチ中が引っくり返るほど笑い転げました。
とにかく父が帰ると同時に家中が急に明るく、朗らかになった気持だけは、今でも忘れない。
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こうした破天荒な明るさ、このことは幕末から明治、大正、昭和初期に来日した外国人や、外地で日本の兵隊さんたちと接した外国人たちが等しく指摘している点です。
たとえば、義和団事件の模様を「北京篭城」という本に書いた英国人ジャーナリストのP・フレミングは、20万の大軍を相手に篭城戦を戦ったときの日本の兵隊さんたちについて、とても人間業とは思えない光景を見たと言って、次のように語っています。
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隣の銃眼に立っている日本兵の頭部を銃弾がかすめるのを見た。真赤な血が飛び散った。
しかし、彼は後ろに下がるでもなく、軍医を呼ぶでもない。
「くそっ」というようなことを叫んだ彼は、手ぬぐいを取り出すと、はち巻の包帯をして、そのまま何でもなかったように敵の看視を続けた。
また、戦線で負傷し、麻酔もなく手術を受ける日本兵は、ヨーロッパ兵のように泣き叫んだりはしなかった。
彼は口に帽子をくわえ、かみ締め、少々うなりはしたが、メスの痛みに耐えた。
しかも彼らは沈鬱な表情一つ見せず、むしろおどけて、周囲の空気を明るくしようとつとめた。
日本兵には日本婦人がまめまめしく看護にあたっていたが、その一角はいつもなごやかで、ときに笑い声さえ聞こえた。
長い籠城の危険と苦しみで欧米人、とりわけ婦人たちは暗かった。中には発狂寸前の人もいた。
だから彼女たちは日常と変わらない日本の負傷兵の明るさに接すると心からほっとし、看護の欧米婦人は皆、日本兵のファンになった。
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どんなに苦しくても貧しくても、痛くても悲しくても、泣きわめいたり当たり散らしたりするのではなく、明るさと笑いをもたらす。
それが、自分よりも集団、周囲の人々を大事にする、日本人の普通の常識だったのです。
フランス人のボーヴォワルは、来日して日本人に接し、その印象を次のように述べています。
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日本人は笑い上戸で、心の底まで陽気である。
日本人ほど愉快になりやすい人種は殆どあるまい。
良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。
そして子どものように、笑い始めたとなると、理由もなく笑い続けるのである。
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腹の底から屈託なく笑えるというのは、相互の根底に互いの信頼関係があるからです。
「どんなに親しい友人でも、決して一緒に井戸の底を覗いてはならない」というのは、Chinaの格言ですが、そういう人と人とが信頼しあうことができない社会では、人は腹の底から大笑いするなどということはできません。
日本が素晴らしい国であるためには、みんなが大笑いできる国である、ということも、重要なファクターであろうと思うのです。
その一方で、夢野久作は、父について、次のような逸話も紹介しています。
やはり、久作がまだ幼かった頃のことです。
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奥の八畳の座敷中央に火鉢と座布団があり、そこにお祖父様が座っておられました。
大変に憤(おこ)った怖い顔をして、右手に総鉄張りで梅の花の模様の入った銀制の煙管(キセル)をを持っておられました。
そしてその前に、父が両手を突いて、お祖父様のお説教を聞いているのを、私はお庭の植込みの中からソーッと覗いていたのです。
そのうち、突然にお祖父様の右手があがったと思うと、煙管が父のモジャモジャした頭の中央にぶつかって、ケシ飛びました。
それが眼にも止まらない早さだったのでビックリして見ているうちに、父のモジャモジャ頭の中から真赤な滴りがポタリポタリと糸を引いて畳の上に落ちて流れ拡がり初めました。
しかし父は両手を突いたままジッとして動きません。
お祖父様は、座布団の上から手を伸ばして、くの字型に曲った鉄張り銀象眼の煙管を取上げ、父の眼の前に投げ出しました。
そして、
「モット折檻してやるから真直に直して来い」
と激しい声で大喝されたのです。
父はうやうやしく一礼し、煙管を拾って立上りました。
その血だらけの青い顔が、悠々と座敷を出て行くところを覚えています。
〜〜〜〜〜〜〜
幼い久作には、祖父が何で怒り、父がなぜ叱られていたのかまではわかりません。
けれど、幼子の前で、祖父が若い父親を叱り、キセルが曲がるほど強くひっぱたき、そのため頭から血を流しても、堂々と立ち振る舞い、きちんと頭を下げ続ける父。
笑いの絶えない明るい家庭である一方で、そうした厳しく、また凛とした強さと、家族の絆、信頼関係、毅然とした親子関係があったのも、これまた日本の原風景ではないかと思うのです。
底抜けの明るさとやさしさ。
そして毅然とした厳しさ。
まさにこのことこそが、日本人の日本人たるところなのではないかと思います。
2つは、車の両輪のようなものです。
どちらか一方に偏ってもいけない。
先般どなたかが、日本には、英国同様、成文憲法はいらないのではないか、という問題提起をされていました。
歴史と伝統ある日本には、そもそも憲法そのものが不要なのではないかという問題提起です。
是非はともかく、その方の論説でひとつなるほどなと思ったのは、現代日本では、日本国憲法という欺瞞を信奉するエリートと、日本人として日本古来の慣習をいまなお持ち続けている庶民との間には、根源的な文化の違いがある。
まるでそれは、人種の違いといってもいいくらい大きな違いです。
鳩ぽっぽにしても空き菅にしても野田にしても、日教組にしても、GHQが急場凌ぎに作った日本国憲法の理念からすれば、彼らのしていることは、きわめて「まっとうな」ことです。
けれど、その「まっとうな」ことは、日本の歴史、文化、伝統からすると、あまりにも軽薄でお粗末です。
つまり現代日本では、優秀であればあるほど、人間が馬鹿になる。
そこに日本人と日本をひっぱるエリートさんたちとの間の断絶が生まれ、今なお続く日本の混乱の元凶となっているのではないか。
私は、それは「正しい指摘」であろうと思います。
ひとついえることは、人々が心から笑うことができ、互いに信じあうことができ、ときに烈火のごとく怒り、叱ることもあるけれど、きちんと秩序を守る。
これをあたりまえとしてきた文化が、世界最古の歴史ある日本という国の文化である、ということです。
そして戦後の高度成長を担ったのも、日本が戦後の焼け野原から、またたく間に経済大国になりえたのも、日本がいまだに豊かな国でいられるのも、それらすべては、戦後のエリートさんたちの功績ではありません。
日本的精神を色濃く残している庶民のパワーがあったればこそ、可能にした現実です。
いま、日本は、不況に沈んでいます。
コンビニに行くと、高校生のアルバイトにまじって、働き盛りの中高年のおじさん、おばさんたちが、高校生と同じ時給で働いている。
日本は、なぜここまで落ち込んだのか。
ひとつはっきりしているのは、それは庶民の努力不足が原因ではありません。
日本の牽引役であるエリートさんたちが、日本の伝統文化を曲解し、正義を不義に、不義を正義に、よこしまを正道と勘違いし、日本のもつ素晴らしさを否定し続けた結果です。
それがわかれば、日本を立ち直らせるのは、簡単です。
日本が日本的なものを取り戻すこと。
それだけのことです。
たったそれだけのことで、日本は大きく変わる。
陽はまた昇る。
なぜなら、常にとどまらないのが日本人だからです。
お酒を飲む時、カラオケに行く時、心から信頼しあえる仲間たちと飲みかつ歌うときは、実に楽しいものです。
そういう信頼関係が、社会全体にあれば、もっと楽しい。
そうじゃありませんか?みなさん。
みなさん、
お互いが心から笑える秩序ある日本を、取り戻しましょう!

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コメント
某さん
【突然にACTA批准が委員会全会一致で可決。残すは衆院のみ】
http://anti-acta.alternwcs.org/?p=304
《7/31の参議院外交防衛委員会に於いてACTA批准は全会一致で可決されてしまいました。
7/26の突然の同参議院外交防衛委員会での玄葉外務大臣によるごく簡単なACTAの趣旨説明(30秒程度)の後、初の審議入りである7/31、反対意見も出されぬまま、全会一致でACTA批准は可決されました。
7/31 22:56分現在、この可決を伝えるWebニュースはGoogle検索では出てきません。
このような重大な国際条約、問題に対し、国内海外問わず強烈な反対の声が上がる中で、このような形で、反対意見の一つも出されずに可決してしまうという事は異常な事態です。 以下略》
【欧州議会、海賊版防止条約ACTAを否決】
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1207/05/news025.html
《ACTAをめぐっては、その条文が不明確で誤った解釈によってインターネットの自由を侵害することにつながる恐れがあるとして世界中で反対運動が展開されている。欧州ではACTAに反対する街頭デモや議会メンバーへのメールによる嘆願が行われた他、欧州議会に280万人が署名した批准否決の請願書が提出されていた。欧州議会では、賛成39票、反対478票、棄権165票で、ACTAを批准しないことが決定した。》
欧州が否決したものを日本政府がなぜ可決して、しかも報道しないのか????
皆さんも、疑問を持って調べてみてください。
2012/08/01 URL 編集
anonymous
決してエリートや自民党が何もしてないという意味ではないしエリートと庶民を分けてエリート敵視する意図もないことぐらい文章全体を読んでいれば分かることです。
自分が正しい相手が一方に悪いだのの論調も一切感じられませんし増して共産主義のイデオロギーだの心配する必要は全くないはずですが
管理者の意を読み取ろうともせず一部を短絡的に更に歪めて受け止め固守し見当違いな共産主義イデオロギーだのを心配するコメントもらったら管理者も残念でしょうに
管理者さんの記事は、自分にとって毎回新鮮であり認識を改めたり深めたりと勉強させて頂いてます。いつも有難うございます
2012/08/01 URL 編集
hehehe
「慰安婦の日」制定して思うのって、こんなでは。
「慰安婦の日ねえ」
「何それ。映画でも安くなんのか?見たくねえ韓国映画。
スーパーで特売すんの?買わないけど韓国製品。
アメリカに又、売春婦を押しつけようとしてんの?
日本人と嘘ついて。朝鮮女いらねーから。
FTAで黙ってアメリカに貢げばいいんだよ。韓国は。」
米グレンデール市が「慰安婦の日」制定
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120801-00000025-yonh-kr
聯合ニュース 8月1日(水)14時43分配信
【ソウル聯合ニュース】米カリフォルニア州のグレンデール市が7月30日を
「韓国慰安婦の日(Korean Comfort Women Day)」に指定した。
韓国挺身隊問題対策協議会は1日、米下院による旧日本軍慰安婦決議案
の採択から5年を迎えたのに合わせ、同市が先月30日に開催した行事で指定したと
明らかにした。
同市は慰安婦決議案の採択を積極的に後押しした。フランク・キンテロ市長は
同日発表した宣言文で「旧日本軍従軍慰安婦は日本政府に強制された売春」と批判
したほか、最近日本の教科書で慰安婦問題をはじめとする第二次世界大戦での日本
の戦争犯罪に対する記述が減っていると指摘した。
2012/08/01 URL 編集
貼り付け
<非同時的>ライブ中継
オリンピックは
厳密には衛星ライブ中継ではない。
衛星中継に必要な最小限の伝送時間に加えて
10秒前後のタイムラグを意図的に生成している。
あらゆるタイプのテロ行為に備えて
中継車からのすべてのカメラのライブ映像を
短時間に編集できる時間をつねに確保するために
サーバーで非同時的に管理している。
クラウドによって
あらゆるスポーツは
同時性(=ライブ)を共有できるが
あらゆる権力構造は
人々をより<非同時的>に支配しようとしている。
すべての現実から<同時性>を奪うために。
----
2012年8月 1日
最初の「全世界」
同時的な「全世界」を
共有するための
最初の聖火リレー付きの多国籍オリンピックゲームは
ヒットラーが考案した。
さらに当時はまだ実験段階であった
テレビ同時中継を準備していた。
当時はメディアによる同時性こそが
「全世界」支配のための<見えない武器>であった。
http://two-pictures.net/mtstatic/
2012/08/01 URL 編集
甘野老
日本の混乱の元凶は、庶民とエリートさん(日本国憲法を信奉する)との間の断絶にあると言われますが、日本国憲法を改正しようとする政党が今政権を担っていないからといって、責任のすべてがエリートさん側にあると言うのは、どうでしょうか。
戦後長く日本の政治を担ってきたのは、自民党です。経済大国になったのは、選挙のたびに「景気を良くして欲しい」という庶民の願いを受けて努力してきた、自民党の政治家に負うところが大きいと思います。決して庶民だけの努力ではないと思います。
しかし改憲を党是に持つ自民党でありながら、左翼とマスコミを含む左翼シンパは、長期政権下の汚職や腐敗を暴く事で自民党を追い詰め、憲法改正を論議することから国民の目を逸らせ、結局は民主党に政権を与える役目を成功させました。
日本では国民の考えを反映しない選挙結果などあり得ません。民主党に騙されたと思っている人も、騙されたのは自分であって、決して強制されて一票を入れたわけではありません。
自分がいつも正しい側にあり、相手が悪なら対立させても良いという考えが、共産主義のイデオロギーを生みだし、共産革命を目指す者が狙っている所ではないでしょうか。
それでは、先の戦争は軍部がすべて悪いのであって、善人である国民は何も知らされていなかったという共産党や社民党の考えと同じだと思います。
2012/08/01 URL 編集
鳥
2012/08/01 URL 編集
Supermum
最近つくづく思います。
東京大学はいらない、と。
福澤諭吉も大隈重信も、
大学を出ていません。
科挙のような制度は
日本にはいりません。
2012/08/01 URL 編集
桜子
ですよね、その結果、日本丸を操舵する船長があれです。
船長も船長ですが、それをサポートする乗組員もイコールですね。
しかしどのような物事に対しても決断するのは船長です、飾りではありません。
そういう意味で船長の責任重大です!
今の日本丸船長、いかほどの認識、お持ちになっているのやら・・・・。
船長が船長なら乗組員も乗組員、同じ穴の狢というわけです。
下が偉くても上が馬鹿、ならば上を替えれば両輪揃うと言う事です。
先月7月30日は明治天皇が崩御されて、ちょうど100年目でしたね。
「明治は遠くなりにけり」では駄目なのです、今こそ明治の精神に立ち返る時だと思います。
2012/08/01 URL 編集
核家族
核家族を攻撃する人がいますが、始めは誰もなりたくて核家族になった訳でも、そう教育されてなったわけでも有りません。そうしなければならない状況に追い込まれたのです。
集団就職というのを覚えている方はいらっしゃるでしょうか。地方の中学を卒業した人たちを、都市近郊の工業地帯の工場がまとめて雇うシステムです。戦後日本は地方の産業を振興するだけの活力がなかったのでしょう。いくつかの地域を決めて、その地域に労働力を集める政策を実施しました。中学を卒業した人たちをまとめて雇ってそういう地域に連れて行って仕事につかせたのです。
集団就職した人たちは、故郷に戻っても仕事はありませんから、仕事のある地域で新しい家庭を始めるしかありません。当然実家とは離れてしまいます。
そしてそういう人たちが戦後の日本の復興に非常に大きな役割を果たしたのです。
彼ら無しには、高度経済成長はなかったでしょう。
そういう状況が二世代くらい続いてしまえば、大家族が崩壊するのは当然です。元々江戸時代から姑、嫁の別居はうらやまれる事だったのは、七部集の炭俵の中にある付合、分にならるる嫁の幸せ、というのを見てもわかります。分家して独立する嫁をうらやんでいます。それが皆に現実の物となったのです。
地方がそれぞれの産業を振興して、住民が根付く政策にある時点で転換するべきだったのでしょう。残念ながら政府はそれを見誤り、あくまで東京を中心とした新幹線行政に進んでしまいました。
昔は上野の駅の前には、盆正月前には帰省客のためのテント村が出来ました。地方から集団就職してきた人たちが規制するために、金がなくて特急券が買えなかったり、特急券の数が少なかったりしたために何日もテント村で待って列車に乗って帰省していたのです。集団就職第一世代の人たちは、故郷とのつながりも深いでしょうから、どうしても帰りたかったのです。
今となっては、集団就職から数世代経過して、故郷ととのつながりもほとんどありません。盆正月と言っても新幹線が少し混むくらいの物です。
日本の核家族化の進行は、つい最近始まった物ではなく、戦後すぐ、集団就職が始まったときに始まっていたのです。
2012/08/01 URL 編集
素浪人
2012/08/01 URL 編集
本来の日本人を見ている気になります。わたし?わたしは宇宙人ですよ。日本的な文化が一個もはいってない。涙が出るほどなさけない。
2012/08/01 URL 編集
あつし
>陽はまた昇る。
思わず花うさぎさんのブログを思い出してしまいました。
私もそう信じ日々人生を送っています。
>底抜けの明るさとやさしさ。
>そして毅然とした厳しさ。
本当にその通りですね。
日本人ならそのように生きたいと思います。
この集合写真は良いですね。着ているものや髪型は違えど、今も昔も一緒だなと思えて見ていて楽しくなります。
ありがとうございます!
2012/08/01 URL 編集